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俺は安眠ができない

 某月某日、湖の貴婦人亭にて。
「ねえねえアオ、ねえねえアオ。シロが怖い話大会してくれるから一緒に行かない? みんなで」
「怖い話だあ?」
「うん、探索なくて暇だからやろーって話になって。シエナたちがいない隙に」
「へえ」
「お兄ちゃんこういうの始めてだからちょっとドキドキしてる」
「私もだな。怪談は始めてかもしれない」
「ふーん……ま、暇だし付き合ってやるか」










 その日の夜。
 セミダブルサイズのベッドはアオとギンとルノワールとヒイロの四人によってギッチギチに詰まっていました。
「…………………………何でだ」
 左壁際にルノワール、その隣にアオ、右端にギン。ベッドの下方、つまりは皆の足元にあたる場所にヒイロが上半身だけを預けています。
 机で眠るように腕枕をして下半身は床にあるという状態で首を痛めそうですが、果たしてこれで眠れるのでしょうか。
 なお、一番端っこにいるギンもベッド上に預けているのは自分の右半身だけなので非常に不安定でちょっと……というよりもかなり落ちそうな状況……あ、今落ちましたね。 
「解散!!」
 ギルマスの怒声により一同は一時解散。部屋の真ん中で大人四人が円になって座り、緊急会議を開くことに。あぐらをかくアオ以外は正座していますね。
「なんでここに集合した!!」
 激怒のアオが最初に繰り出したもっともな意見。自分の部屋に集合した原因はわかります、シロの怪談が怖すぎた。それだけ。
 問題はその動機。
「えー……だって君たちと一緒の方が安心感あるしぃ……僕は宇宙一可愛いしぃ……」
 まるで自分は悪くないと言わんばかりに頬を膨らませるルノワール。ワンピースタイプのパジャマ。
「おっかないものが出ても絶対大丈夫だよって言い切れるんだもん……」
 悪いと自覚しているものの、恐怖には抗えなくて目を逸らすヒイロ。コートを脱いだだけの普段着。
「私は至っていつも通りの行動をとっただけだが」
 良いとも悪いとも思っておらずいつも通り堂々としているギン。インナーシャツと半ズボン。
「ギンはともかく、ルノワールとヒイロはそれぞれ女子部屋男子部屋にメンツいるだろうが」
 呆れ果ててため息をつくアオ。袖の短いシャツと丈の短いズボン。
 蛇足ですがヨルムガントを倒してからの部屋割りはアオとギン、第二パーティ、男子部屋、女子部屋の4つに分けられています。自分以外にも頼れるメンツがいないことはないハズですが。
「今日はアオニたちの第二パーティが夜明けまで探索でいないしぃ……女子部屋メンバーのローヌがレマンを連れて朝まで徹夜で夜の鍛練らしくてぇ……なんかシロもいなくなってたから、女子部屋にはシエナと双子しかいないんだぁ……」
「男子部屋に至ってはカラスバが用事あるからって今日はいなくてお兄ちゃんボッチ……」
「……いや、双子とシエナがいるだろうが。怖いんだったらアイツらに添い寝してもらえばいいだろ、断るような連中でもないし……」
 人懐っこい子たちですので喜んで協力してくれそうですが、ルノワールとヒイロは目を見開きまして、
「大の大人がガチ怪談にガチでビビってひとりで寝れないとか子供に言えると思う!? 僕は無理だねぇ!」
「大人の事情に子供を巻き込めないんだよ!?」
「お前らの事情に俺を巻き込んでいい理由にはならねーんだよ!!」
 おっしゃる通りでした。ヒイロが反論できずに震えていますが全員知らん顔。
「そういや、僕らはともかくギンまで怯えてるのは意外だったねぇ」
「……背中にナメクジが入り込む描写で私はダメになった……」
 深海の如く顔が真っ青なのを見て深入り禁物と判断しました。
「アオはなんともないのか……? あんなに恐ろしい物語を聞いて……」
「別に」
 淡々と答えました。動揺の色は一切見られません。
 本当になんともない様子にルノワールが即座に反論。
「ウソでしょ! この世のものとは思えない話だったじゃん!」
「は? この世のものじゃないモノなんて第十四迷宮のそこらじゅうにいるだろうが、それに比べたら……」
『ギャー!!』
 叫ぶ三名。
「やめて! ガチっぽい人がさらっとガチっぽいことを言うとガチになるからやめて! 僕の可愛さが鳥肌になる!」
「シャレにならない! 君が言うとシャレにならないんだって!」
「持ってる……!」
「そこまでビビる必要あるか?」
『ある!!』
 強い断定にアオはノーコメント。
 なお、彼がシロの怪談で無反応だったのは、幼い頃に散々怖い話を言い聞かされめちゃくちゃに泣かされた経験があるからです。絶対に言わないけど。
 この後もギャーギャーと反論されていますがアオは聞き入れることなく右から左へ流すばかり。
 その頭の中では、この深刻かつどうでもいい問題をどうやって解決するか考えていまして、
 プラン①瘴気で弱らせてつまみ出す。
 解・ルノワールは瘴気に完全体制持ちのため不可能、よって不採用。
 プラン②無理矢理追い出す。
 解・ルノワールは自分より腕力があるため力業による解決は困難、よって不採用。
「ルノワール……お前、存在がクソだよな……」
「今までで一番酷い罵倒が飛び出してきたけど、どういった心境になればそこまで言えるのか逆に気になるなぁ!?」
 以外と堪えてませんね。疑問が打ち勝ったからでしょうか。
「そもそもお前ら、俺とギンだけでもギリギリのベッドに四人寝れるとか思ってんのか」
『ぜんぜん』
「思ってるならベッドに集合すんな!」
 無理だと分っているのに実行に移した意味がわかりません。
「でもさでもさ、勝算はあると思うんだよねぇ。まず二人並んで、その間に乗っかるように行けばさ」
「負担がデカすぎる。ヒイロはどうすんだよ」
「最悪上半身だけベッドにあればいいからそれで!」
 必死のヒイロ。いつもアオやルノワールに虐められている彼ですが、今日ばかりは何があってもしがみつくと決めているようです。アオにとっては鬱陶しい以上の感情はありませんが。
「じゃあもう床で寝ろよ」
「ヤダ!! だって床ってことはベッドの下が見えるってことでしょ! やだ! 怖い! 何かが生えてきたらどうするの!!」
「知らねーよ」
 心底めんどくさくなってきました。暇なのか、後ろでアオの髪をいじって遊んでいるギンの存在を含めて。
「……もう俺が移動した方が早」
『ダメ!!』
 立ち上がろうとした刹那、三人一斉に腕を掴まれたのでダメそうですね。
「……」
 何も言いませんがすごく引きつる顔。まるでロックフィッシュとモスロードが同時に現れた時のように、厄介な相手と対峙した表情と酷似していました。
「あのねぇ! こういう時は怯えてる人間だけをまとめても意味がないの! 恐怖が増長するだけなの!」
「だから全く怯えてない君が必要なんだよ! 絶対に!」
「私はお前がいないと生きていけない」
 必死のルノワール、絶叫のヒイロ、いつも変わらないように見えるギン。思いはひとつでした。
「…………」
 無言のギルマスの想いは一つ「クッソめんどくせぇ」
 すると長年の腐れ縁もとい悪友ルノワール、彼が懸念していることに気付いたのか手を叩いて、
「そりゃあねぇ、いきなり人が二人も増えたせいでベッドが壊れないか心配する気持ちはわかるけど、連日連夜ドッタンバッタン夜の大運動会してるのを受け止めてくれる子は柔じゃないでしょ?」
「そこじゃねーよ!! つーか連日連夜もしてねーし!」
「そうだな、前は確かおととおぐぅ」
 これ以上は続きませんでした。みぞおちに一撃喰らったので。
「えっまさかここでおっぱじめるつもり……? でも僕は君たちがヤり始めようともここに居座り続ける決意をするよ」
「今日ばかりはお兄ちゃんも同感させていただきます」
「今のやりとりをどう見たらその結論に至るんだよお前ら! つーかしねーし! ヤッてたまるか! 見せもんでもねぇ!!」
 思わぬところで夜の個人情報が流出するところでした。ギンがまた何か言いそうだったので左手の甲をつねって情報漏洩阻止。
「ぎぃっ」
「もういい、めんどくせぇ」
 吐き捨てるように言い、アオは立ち上がってベッドへ直行。ヒイロたちの不安げな視線など無視、ないものとして扱って。
「俺はもう疲れたから寝る。どうするかはお前らが相談して決めろ、俺が迷惑しないようにな」
 自分の力だけで解決不可能と判断したので全て投げることにしました。こんな奴らに付き合って貴重な睡眠時間を失うぐらいなら、一分一秒でも多く眠った方が楽だという判断です。なんせ、人間の三大欲求の中で「睡眠」を一番大切にする男なので。
『…………』
 反論も否定も肯定もせずに無言の三人は、舌打ちしながら毛布を被るアオを見つめていました……。





 深夜。夜もすっかり更けた頃。
 ベッドの左壁際にいたアオでしたが、隣でぬいぐるみを抱くように密着して来るギンと、その間に乗っかるようにして寝ているルノワール、やっぱり上半身だけ預けているヒイロという、超密集状態に陥っていました。
「………………何故だ」
 結局夜明けまで一睡もできず、翌朝の早朝に眠気眼の三人をバチクソに叱りつけたとか。


2020.3.27
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