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世界樹の迷宮X

 聖騎士、ナギットが目を開けると、そこは「何もない」空間でした。
「……は?」
 真っ暗な空間に自分が一人、周囲は一寸先は闇という暗い場所。しかし、自分の姿形はハッキリしていますし、重い鎧を着込んでいるというのに妙に体が軽い気がします。
「え、ここ……どこだ?」
 なんとか平静を保ちつつ、まずはどうしてこんな場所にいるのか、今日の出来事を思い出すことから始めます。
 今朝は第二パーティのメンバーで第六迷宮の探索に繰り出していたハズ。
 しかし、宿から出たのは日が登って間もない早朝で、まだそこまで時間も経っていないから夜になっているとは考えにくい。そもそも夜なら自分の姿が明確に現れるワケがない。
「……キキョウ……?」
 信頼する彼の名を読んでもうるさいぐらい元気な返事はなし。いつもならものの数秒で飛んでくるのに。
 すると突然、四角い小窓のようなモノが音もなく現れたかと思えば、それは次々と姿を表していき、あっという間に自分の周囲を取り囲みました。
「なんだっ!?」
 小窓の中にはそれぞれ別の風景が映っています。広い屋敷、綺麗な庭園、多くの人々が行き交う街、騎士の訓練校、オーベルフェ、世界樹のダンジョン、マギニア、世界樹の迷宮……。
 それは、どれもこれも全て見覚えのある場所でした。
「ま、まさかこれ……俗に言う走馬灯ってやつか……?」
 そうです。
「マジか……それってつまり、俺、死んだのか……」
 唐突に突きつけられた事実に呆然と立ち尽くすしかできません。
「あー……死んじまったのかー俺……いつかこうなるかもしれねぇって思ってたけど、本当にこうなっちまうと、なぁ……」
 死んだというのにイマイチ実感が湧かないのは、自分がイメージしていた「死」と現状が全く繋がらないからでしょうか、それもよく分かりません、始めて死んでしまったのですから。
「……誰かを守って死んだのなら騎士として未練は……いや、死んじまったら意味ねぇな。騎士失格だろ……」
 己を犠牲にするのではなく、自分も相手も守りきってこその騎士だというのに。この死も自身の修行不足による結果なのだとしたら仕方のないことだと受け入れ、大きなため息を吐きました。
「しっかし、走馬灯かあ……何が映っているのやら……」
 少しだけ気になってしまったのもあって小窓の中をいくつか観察すると、生前に起こった会話や光景が映っていることが分かります。
 実家で働いている使用人たち、騎士学校時代の恩師や同級生、オーベルフェの街の人々……しばらくの間会っていない人も映って、漠然とした懐かしさを覚えました。
「……二度と会えないんだよな、あ……」
 ぼやいた途端に気付きます。
 小窓の中にある景色のおよそ八割ぐらいにキキョウが映り込んでいることに。
「コイツ出現率高すぎじゃねぇか! 当たり前か!!」
 人生の半分以上を共に過ごした幼馴染で友人で従者(仮)です。いつでもどこでも一緒にいましたし、いることが当たり前でした。いない方が不思議なほどでした。
「騎士学校に乗り込んできた時は本気で引いたな…………ん?」
 ふと目についた小窓の中を覗くと、そこにあったのはつい最近の記憶、オーベルフェからマギニアまでの馬車の光景。



『世界樹の迷宮ってダンジョンと違って死んだらマジで死ぬから気をつけてね』
『死ぬ!? えっマジで死ぬの!?』
『世界樹の葉があっても復活できませんよ』
『うえぇ〜じゃあ俺、死ぬ気でナギットさんを守らないといけないッスね!』
『守るのは俺の仕事だろうが』
『それもそうッスね!』
『驚きの受け入れの早さだった』
『でも、もしも俺の力及ばずにナギットさんが死んじゃっても大丈夫ッス、ナギットさんが向こうで寂しい思いをしないように俺もすぐに行くッスから!』
『笑顔で物騒な話をしてんじゃねぇよ! 俺の分も長く生きようとか思わねぇのかよお前!』
『だってナギットさんがいない世界なんて解釈違いすぎて嫌なんスよ。あっ、遺体のことはアオニに任せるな!』
『流れでとんでもないことを頼まれちゃったよ』
『この冗談みたいな会話が現実にならないように、気を引き締めて挑まないといけませんね』
『そ、そうだな……』



「死んでる場合じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 絶叫は黒い空間の中に溶けていきました。
「ヤベェ……今まですっかり忘れてた……そうだよ、キキョウはそういう奴なんだよ。俺が死んだら本気で死ぬし、俺が拒絶したらショック死するような奴なんだった……ここから脱出しねぇと……」
 しかしどうやって出たものか。小窓以外は本当に何もない場所ですから。出口のような場所は見当たりませんね。
 前に進もうと足を動かしてみても、地面を蹴る感触がありません。水の抵抗のない水中を歩くような不思議な感覚がするだけで手応えがないのです。
「ど、どうする……どうやって出る……? このままだとアイツまで死ぬぞ……俺だけが死ぬならいいけど、俺のせいで誰かが死ぬなんてゼッテー嫌だ……」
 頭を抱えて考えるも、どうすればいいかなんて思い浮かぶワケもありません。こういう突拍子もない危機的状況には慣れてないので。
「考えろ……考えろ……状況を受け入れるな……走馬灯なんか見てる場合じゃねぇ……早くしないとアイツが、キキョウが……」
 必死に考える最中に気付きます。そういえば、どうして自分は死んでしまったのだろうかと。
 顔を上げた時、前にある小窓に目が止まりました。



『ねーねーアホ金髪〜サンダードレイクが苦手なのは分かったけどさあ、いい加減後列に退避するのやめてくれない? 迷惑だよ』
『うるせぇクソ王子。前にクロに怒られたのをもう忘れたのかよ、記憶力ボンクラか?』
『覚えてるし〜? 僕が言いたいのは、サンダードレイクと戦闘になるとパラディンにあるまじき早さで後列に下がってくる姿が鬱陶しいってだけだし〜?』
『じゃあ前に出ろって言うのかよ』
『別にそこまで言ってないじゃ〜ん。被害妄想激しいんじゃないの〜? 僕は鬱陶しいっていう苦情を飛ばしただけだよ?』
『それを直訳すると“前に出ろやボケ”になるだろうがクソ王子!!』
『聞き分けが悪いなあ、だからいつまで経ってもアホ金髪…………あっヤバッ』


 カリブがナギットを盾にして身を隠した刹那、脳天に稲光が落ちてきて、そして……。










「アイツのせいじゃねぇかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 身を起こした際の絶叫は、周囲の桜の木々を揺らしました。
 迷宮内で大声を出せば魔物が寄ってくることは樹海の定番ですが、彼の声は木の枝に停まって休息していた鳥の魔物たちを驚かせ、一斉に飛び立たせました。中にはテントウムシの魔物も混じっていますね。
 魔物たちの鳴き声が止み、静寂が戻った頃、ナギットは我に返りました。
「……あ?」
 周りを見ると、隣で膝をついている涙目のアオニと、その隣で空になった薬瓶を手に立ち尽くしていたクロがいて、二人とも彼を見て呆然としていました。
『…………』
 絶句する二人。様子からしてナギットが死んでしまったものと思っていたのでしょう。
 仲間が死んで悲しみに暮れていた時に絶叫しながら目を覚ましたのです。目の前で起こったことが信じられずに言葉を失うのも無理ありません。
「え、あっ、ええと……」
 注目の的になるナギットは言葉にできない気まずさに襲われています。
 生き返ったことには生き返りましたがその第一声をどうするべきか迷っているのです。「ただいま」なのか「生き返ったぞ」なのか「大丈夫か?」なのか……。
 人生経験もそこまで豊かじゃない上に人見知りでもある彼、こういった不慣れな場面は極端に苦手で、背中に汗をかき始めた時、
「あ、あ……あ、い、いき、生き返ったぁ!!」
 アオニは喜びの勢いのままナギットに抱きつきました。加減しないと彼が二度目の死を迎えることになるので、ちゃんと力加減をセーブして。
「うおっと!?」
 そのまま押し倒されてしまいましたがアオニは泣き続けたまま、
「生きてたあ! 生きててよかったあ! 本当によかった、よかったよぉぉ!!」
 大胆な行動を受けてクロの反応が気になるところでしたが、耳元で子供みたいにわんわん泣くアオニの心境を考えると、拒絶する気も消え失せてしまいました。
「ごめんな、心配かけて」
「う゛ん゛……ネクタルをかけても飲ませても全然起き上がらないから本当に死んじゃったのかと思って……アタシ……もう、どうしたらいいのかわからなくてぇ……」
「そうか……」
「最終手段でお尻にネクタルをぶち込んで、それでも起きなかったらご臨終ってことにしようかなって……」
「気つけ薬を座薬として使おうとするんじゃねぇ! 用法を守って正しく使えっつーの!!」
「まあまあ、黒歴史が更新される前に戻ってこれてよかったじゃないですか」
 怒鳴り散らすナギットを宥める丁寧な声は、クロのものでした。
「ご生還おめでとうございますナギット。無事に戻ってきた記念として、フカ子の愛の抱擁を受けている件については不問としますね」
「やっぱり静かに嫉妬心燃やしてやがったのか……」
「はい、紳士ですからね」
 実際の紳士とは全く関係がありません。彼の持論ですので。
 泣き止む気配のないアオニの頭を撫でていると、ナギットは極めて重大なことを思い出します。
「そうだ! キキョウは!? キキョウはどうしてるんだ!?」
「キキョウなら、ナギットが死亡した責任は自分にあると私やフカ子の制止も聞かずに切腹の準備を進めていますよ。ちょうど今、白装束に着替え終わったところです」
 淡々と答えたクロが指した先には、桜散る迷宮のど真ん中で正座して、懐刀の鞘を抜く白装束姿のキキョウがありました。
 静かに現実を受け入れているのか世界で一番大切な人を失った直後とは思えないほどその表情は落ち着いています。
 そして、
 一秒でも早く大切な人との再会を果たすため、
 己の腹に刃を向け、
「だああああああ! 止めろ! 俺が死んでないんだからすぐに止めやがれ! 入れ違いで死ぬとかシャレにならねぇだろうがぁ!!」





「いや〜ナギットさん、死んでなかったんスね! よかったよかった!」
 間一髪のところで切腹は中断され、いつものブシドー姿に着替えたキキョウは明るく笑い飛ばしていました。
「嘆くことなく状況を受け入れて迷わず自害を選んだお前を見て、俺はお前より先に死ねないってことが痛いほどわかったわ……」
「ひとつ賢くなってよかったッスね! ナギットさん!」
「クソ……殴りてぇ……すっげぇ腹立つからすぐにでも殴りてぇ……でも俺を想ってのことだから頭ごなしに叱れねぇ……」
 握り締めた拳を戻し、今は大人しく怒りをセーブする処置に止めたのでした。 
「とにかくナギットが無事だったことはよかったけど、ネクタルを使っても蘇生できなかったことが気になるし……今日の探索はお開きにして一旦マギニアに帰らない?」
 すっかり泣き止んでクロの隣に立つアオニ、ポケットからアリアドネの糸を取り出して提案。
 行動からして確定のようですが、第二パーティのリーダーとして皆の意見を聞いておきたいのです。
「私はフカ子がそうしたいのであれば構いませんよ。紳士ですから」
 女好き自称紳士の意見は想定通りだったので無視され。
「俺はアオニにさんせ〜。ナギットさんの容体が一番気になるもん」
「急ぎの探索でもねぇし、俺も異議なし」
「よしよし、そうと決まれば早速……ってあれ、カリブは?」
 糸を使う寸前にカリブがこの場にいないことに気付き、手を止めました。
 ナギットとしてはあのクソ王子を樹海に置き去りにしても全然構わないですし、是非ともそうしてもらいたいところですが、アオニがそれを許さないのは言われなくても分かっているので言いません。
 隣でキキョウがすごく冷めた目を向けていますが断固無視を貫こうと決めた矢先、
 背後から、草をかき分ける物音がしました。
「っ!?」
 魔物かと警戒して振り向くと、大きな穴を掘る際に使用するスコップを持っているカリブと目が合いました。
「……あっ」
 ヤバイとでも思ったのかすぐにそれを後ろに隠すと、ナギットから目を逸らし。
「生きてたんだ……ね」
 言い終えるとこっそり舌打ちを鳴らしました。
「埋める気だっただろ! お前! 俺を樹海に埋めて帰る気だっただろクソ王子!」
「大丈夫、寂しくないように仔犬くんも一緒に埋めるつもりだったからさ」
「どこも大丈夫じゃねぇよ!!」
「ナギットさんナギットさん」
 キレ散らかすナギットの肩をそっと叩いたのはキキョウでして、
「いい感じの場所に埋めて欲しいって頼んだのは俺ッスから、あんまり責めてあげないで欲しいッス」
「だから背後からいきなりクソ王子が出てきても反応しなかったんだなお前!」
「そうッスね」
「僕は遺体を地元に持って帰った方がいいんじゃないのかなって思ったりもしたけど、アレは半分僕が原因みたいなものだから責任取りたかったんだよね〜」
 原因と自分で言っていますが反省している様子はゼロ。とても軽い口調でした。
「お前が俺を盾にしたからサンダードレイクの雷で一回死んだんじゃねぇか!」
「生きてたからいいじゃん」
「よくねぇよ! 走馬灯まで見たんだぞこっちは!!」
「ワオ。初体験じゃないか、よかったねえ〜」
「だからよくねぇっつーの!! 本当に死んだらどうしてくれんだよテメェ! 化て出て一生祟ってやるからな!」
「えっ迷惑。死んでも僕に迷惑かけるとかマジやめてよ、塩撒くよ塩」
「塩に耐性付けてきてやる……耐性だけじゃねぇ、塩で回復できる体質作って来てやる……!」
「だいたいさ〜パラディンは味方の盾になることが仕事なんだだからいいじゃん、僕と言い争って魔物への警戒を忘れた君にも責任があるんじゃないの?」
「テメェが喧嘩吹っかけなかったらよかった話なんじゃねぇのかよ!!」
「喧嘩なんて売ってないし〜? 世間話の延長戦じゃ〜ん。本当に血の気が多いよね君って、あ〜あ短気でキレやすい若者ってヤダヤダ」
「言わせておけばクソ王子が……」
 今日こそあの小綺麗な顔に重い一発でもぶつけてやろうと拳を握り締めたナギット。彼の殺気を察したのか、カリブも一歩身を引いて逃げる準備を整えます。
 一触即発な状況の中、アオニはナギットの肩をそっと叩き、
「ねえ、ナギット」
「なんだよアオニ! 邪魔してんじゃねぇよ!」
「ナギットがサンダードレイクの雷に撃たれて臨死体験したのは、戦闘中にも関わらずカリブと口喧嘩してたせいってことだね?」
「……あ」
「それでもって、カリブもカリブで自分の身可愛さにナギットを盾にして殺しかけたってことだね?」
「……」
 急速に黙る二人。黙って見守っていたクロとキキョウの冷ややかな視線が止まりません。
 一刻も早くここから逃げ出したい心境に駆られますが、足が全く動かないのは何故でしょう。ここが前人未到の樹海で、パーティから離れて勝手な行動をすると死に直結するかもしれないという理性がしっかり働いているからか、逃げようとすれば確実な死がそこの頭巾のリーダーによって与えられるからか。
 足封じにもなっていないのに逃げられない二人を前に、アオニは小さく息を吐き、
「……そっか」
 続いて、拳をパキパキと鳴らします。
 それは女性を口説き始めたクロを沈める時とほぼ同じ動作。こういった準備運動を行うことにより、確実に相手を仕留めることが可能になると、以前、彼女は得意げに語っていました。

「じゃあ、戦闘中に喧嘩したナギットと、ナギットを盾にしたカリブもどっちも悪いってことで、喧嘩両成敗いっちゃおっか?」





 街に帰ってすぐに医者に診てもらったナギットでしたが「明らかにそのゲンコツの方が重症」と診断されたそうな。


2020.2.24
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