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世界樹の迷宮X

 第七迷宮に宝箱に擬態した魔物が出没する。
 酒場でクワシルからその話を聞いた時はいつもの冗談だと軽くあしらったクアドラ一行でしたが、
「ホント! ホントなんだって! ホラ! これ証拠!」
 やや必死なクワシルがクエスト用紙を出してこなければ一生信じてもらえなかったでしょう。
 FOE一体を討伐するにしてはなかなか高い報酬だということが決め手となり、クアドラ第一パーティは第七迷宮に向かったのです。
「宝箱に化けてる時点で人間だけをターゲットにしてるってことだな。その魔物」
 地図を持ち、先頭を進むギルドマスターのアオは考察していました。
 酒場を出る前にFOEの出現場所を教えて貰っていたため、魔物を探して無駄に歩き回らなくて済むので楽です。
 当たり前のような顔で彼の隣にいるルノワールは目をキラキラと輝かせていまして、
「宝箱に擬態している魔物なんて珍しいよね! どんなんだろうねぇ!」
 今まで見たことのない未知の魔物に期待しているのか、ワクワクしながら意気込みを語っていました。
 これでもタルシスやアイオリスを冒険していた頃は、魔物一匹にギャーギャーと悲鳴や文句やワガママを飛ばしていたものですが……今やその面影もありませんね。
 彼女とは正反対に今も昔も魔物が怖くてたまらないヒイロは苦笑い。
「お兄ちゃんはもう帰りたい気持ちでいっぱいだよ……ところで、第七迷宮はハイ・ラガードの迷宮だけど、そっちにその宝箱みたいなFOEがいたってことはないの?」
 という質問を前方のルノワールと後方のシエナに飛ばしました。
 ルノワールはアーモロードとオーベルフェ以外の世界樹の迷宮に挑んだ経験があり、シエナは両親がエトリアとハイ・ラガードの世界樹を踏破したベテラン冒険者。なので時折こうして話を聞くことがあり、それが今でした。
 しかし、二人は首を傾げるばかりでして、
「僕は覚えがないなぁ……シエナはどう?」
「うーん……あるよーなないよーな……」
 曖昧な答えで参考になりません。
 それもそもはず、ルノワールがハイ・ラガードの迷宮に入ったのは今から十年以上前の幼少期、シエナも両親の話を聞いただけなので明確な情報を聞き出すには向かないのです。
 ギルドマスターのアオも二人の話をあまり参考にできないことぐらい分かっています。なので曖昧な答えが出ても二人を責める事はありません。
「じゃあ、完全初見の魔物を退治するって意識でやるぞ」
 淡々と言い足を進めます。
 蝙蝠のFOEに追われつつ、時には獣道を通り、モグラやハリネズミの魔物を蹴散らし、蜥蜴の魔物に悲鳴を上げたヒイロを叱咤し続け……。
 探索始めは地平線から登って間もなかった太陽が空の一番高い所に到達した頃、ある扉を開けました。
「あれか」
 手元の地図と周囲を何度も見比べて確認、ここが目的の小部屋と見て間違いないと確信を持ったところで、地図を荷物の中に戻しました。
 部屋の隅には開けてない宝箱がぽつんと置かれていて、それは謎の力で浮遊し回転を続けながら開封の時を待っています。
 一行は宝箱に近づかず、まずは近くの茂みに隠れて様子を伺うことに。
「おかしい……第七迷宮は隅々まで調べ上げて、宝箱は全て取り尽くしたハズだぞ……」
「後続の冒険者のために少し残すっていう考えは一切なかったもんねぇ」
「まあな」
 堂々と即答するギルドマスターこそ各所で「金の亡者」とか「守銭奴の悪魔」とか「地獄の金庫番」とか「ギルドの財布と煉獄を繋げる者」とか……様々な通り名で呼ばれるほどお金にうるさくがめつい男です。最近では「リーパーよりも適切な職業があったのではないか」と囁かれる始末。
「取り尽くしたってことは……あれが宝箱に擬態しているFOEってことかな?」
 まだ冷静なヒイロがぼやくと、すぐさま返したのはギンでして、
「そう見て間違いないだろう。気配こそ隠している様子だが、人間への強い敵対心のようなモノを感じるな。他の魔物には見向きもしていない」
「へえ……」
 顔を引きつらせるヒイロの後にすかさずアオとルノワールが、
「お前の野生の勘はどうなってんだよ」
「エネミーアピアランスより的確じゃん」
 という冷静な指摘の後、アオは続けて、
「しかし……ギンが指摘してくれなかったら絶対に触ってたな、アレ」
 静かに回っている宝箱を指すと、ルノワールも、
「普通の宝箱とソックリだもん。見た目はもちろん、回転しているのもそうだし……なんなら回転の向きとかスピードも同じだよねぇ」
「何も知らなかった冒険者がFOEの被害に遭うのも頷けるかも……」
「早く退治してやんねーとな!」
「それで、どう攻める?」
 パーティの方針を決めるのもギルドマスターの役目。意見を求められた彼はまず、足元に転がっていた手頃な石ころを持ち上げて、
「まずは相手の出方を伺うか」
 そのままひょいっと投げました。
 茂みから飛び出した石は綺麗な放物線を描いた後、宝箱の天板に当たります。
 こつんと軽い音がして跳ね返り、草むらの上に落ちました。

『………………』

 宝箱が動き出すのではないかと様子を見ていましたが、一行にそんな現実離れした現象が起こる気配はなく……宝箱は静かに回転を続けているだけです。
「動かない……ね?」
「変だなー?」
 ぼやくヒイロやシエナだけでなくアオとギンもきょとん。事前の情報が間違っていた可能性が脳裏を過りますが、
「よっと」
 疑念を言葉にして発する前に、ルノワールが茂みから出て日差しがやや強い日向に表れました。
「るーちゃんあぶねーぞ?」
 すかさず注意したシエナでしたが、ルノワールは笑って手を振ります。
「へーきへーき。魔物の気配はないもん。それに、安全を確認するのはパーティで一番攻守に優れている僕の役目でしょ?」
 危機感を抱かずに彼女は歩き出します。足取りはとても軽く、まるで休日のお買い物を楽しんでいるように見えました。
 茂みの中でヒイロだけが心配で顔を真っ青にさせる中、ルノワールは宝箱の前で足を止め。
「ふーむふむ……生きている感じはしない……と」
 五秒ぐらい観察して答えを出すと、桃色の髪をなびかせながら振り向きます。
「やっぱりこれってアオが奇跡的に取りこぼしちゃった宝箱なんじゃないのぉ?」
「……そんなはずは」
 地図描きには一切手を抜かない自分がこんなミスをするだろうか……彼は自問自答を繰り返しますが、いくら疑問を浮かべたところで答えてくれるのは自分しかおらず、明確な答えを得ることはできません。
「ギンの野生の勘も外れることがあるんだねぇ、猿も木から落ちるってことかぁ」
「私は猿ではない」
 ルノワールの言いたいことがあまり理解できてないギンが静かに苦情を飛ばしますが、茂みに残ったままの三人がかなり呆れた様子で彼の横顔を見ていることには気付きませんでした。
「さてさて、野郎たちの凡ミスが重なって放置されていた宝箱には、一体どんなお宝が眠っているんだろうねぇ……」
 この時の彼女の頭には、もしも宝箱の中身が高価な薬や莫大な資金だったらいつも偉そうにしている無愛想なギルマス悪魔野郎を煽って煽って煽りまくって、最終的には「お願いします何でもするからそれらを無償で譲ってください」と言わせることにより最強の優越感に浸ることを計画していました。だって悪友がひどい目に遭ってる様が見たいから。
 邪悪な思惑を胸に秘め、宝箱に触れた時、

 ずるん。

 と、何かが引きずり出すような不愉快な音と共に宝箱の蓋が勝手に開き、魔物が姿を現しました。

 黒い塊に牙の生えそろった口の大きな生き物が宝箱の皮を被っている……そんな印象の魔物。
 塊からは腕が二本伸びており、四本ある爪どれも鋭く、もしもあれに引き裂かれてしまったら、並大抵の冒険者はひとたまりもないでしょう。
 大口から紫色の舌を伸ばし、ダラダラと涎のような体液を垂らしながら、ルノワールを見下していました。

 音もなく訪れた窮地に、皆は言葉を失い、息を飲み、時が止まりました。
 そして、

 ルノワールは頭からパックリ、食べられました。





 若々しい緑色が茂る芝生の上には、剣と盾が転がっています。
 夏のような日差しに照らされている武具は日光に反射されて光っています。とはいえ、輝いているのはその刀身や金属部分ではなく、粘り気のある透明な水分がほとんどです。これらを一目見るだけで、絶対に触れたくないという生理的嫌悪感が押し寄せてくることでしょう。
 すると、手袋をはめてた手がやや汚らしく捉えられる外見に戸惑うことなく拾い上げ、使い捨ての紙タオルで粘り気のある水分をせっせと拭き始めます。
「うーん……やっぱりこれ、一気に水で洗い流さないと取れねーかなー?」
 薄い紙タオルでは多少の水分を吸収しただけで水気を吸わなくなってしまいます。乾いた布タオルも持っていますが、魔物の唾液付きの武具を拭くのは少し躊躇いますし、いざという時に自分たちの分が使えなくなるのも困ります。
「どうしよリーダー」
 判断に困ったシエナは振り向き様に声をかけると、アオはすぐに答えてくれました。
「置いておけ、コイツに持って帰らせる。貴重な資源を無駄遣いするな」
「へーい」
 ギルマスの命令には素直に従うため、軽い返事をしてから盾をそっと芝生の上に置くと、

「えぐっ……ぐす……ひっく、ひっく……」

 魔物の唾液にまみれ、座り込んで泣きじゃくるヒーローの元へ戻りました。
「るーちゃん、もう泣かなくて大丈夫だぞ。魔物はリーダーたちがやっつけたからな」
「ぐすぐす……」
 肩を叩いて慰めるシエナですが手袋は外しません。
 心優しい少女であっても未知の魔物から分泌された液体を素手で触りたくはないのです。どんな有害な成分があるか分かりませんからね。
 それらを眺めているアオは腐れ縁の悪友がこの有様でも、いつも通り冷たいので、
「いつまで泣いてんだよお前……結局、俺たち三人で魔物を倒す羽目になっただろうが」
 ため息をつきながら瘴気の兵装を解除し、黒い片翼が音もなく消えました。
 食べられかけたことで窮地に一生を終えたルノワール。解放された途端に泣いてしまい戦闘に参加できず、宝箱の魔物はアオ、ヒイロ、ギンの三人で討伐したのです。シエナは後方支援とルノワールのアフターケアを頑張っていました。
 ご機嫌斜めなアオを宥めるのはヒイロの仕事です。
「まあまあ……ルノワールは前にメデューサツリーに食べられかけたトラウマがあるんだから、こうなっちゃうのも仕方ないよ……」
「討伐できたから良し、だ。あの魔物で食せそうな部位が舌ぐらいしかないのは残念だがな」
 魔物の解体作業を終えたギンが帰還、その右手には紫色の舌が握られていて、切断面から青紫色の液体が滴り落ちていました。
「お前はそればっかか。売れそうな部位を採集し損ねたら承知しないぞ」
「それなら問題ない。顎が使えそうでな……鋭い牙を勢いよく突き刺せば、薄い鎧程度であれば貫通するかもしれない。あの店主なら良い値で買い取ってくれそうだ」
「よし」
 報酬だけでなく魔物の素材からの収入も確定したことでアオは満足げに頷きました。
「えぐ……えぐぅ……あ、あ、ありがと……ぐす……」
 魔物討伐後のいつもの会話を交わしている最中もルノワールは泣き続けています。
「わかったからいい加減に立て、帰るぞ」
「ぼく……ぼくぅ……も、もう、ぐす……ホント……死ぬかと……思ってぇ……」
「あーはいはい、わかったからもういい」
 足元で泣き続ける悪友に優しさの欠片も見せません。手と足が出ないだけでも慈悲があるのでしょう、きっと。
 クエストは完了したので後はマギニアに帰るだけです。アオがシエナに糸を出すよう指示した時、
「助かってよかったよぉぉぉぉぉぉぉ!」
 号泣しながら後ろからアオの腰に抱きついたではありませんか。
 この行為、人によってはセクハラと捉えられますがルノワールには関係ありません。
「うっわ魔物臭ぇ!」
 女の子に抱きつかれた男から出る台詞とは到底思えない罵倒が出ました。なおこの瞬間、ルノワールの体にこびりついている魔物の唾液が彼の衣服にも付着してしまい、それに合わせてストレス急上昇です。
「生きててよかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉおぉ!!」
 そんなこと知る由もなく、ルノワールは号泣を続けて絶叫。もはやヒイロやシエナに宥めることは不可能ですし、ギンはきょとんとしています。
「わかったから抱きついてくるな! ベタベタしてて気持ち悪いんだよお前!」
 怒鳴りながらルノワールの頭を掴もうとしますが、魔物の唾液は非常にぬめりがあるため滑りやすく、思うように掴めません。
「クソムズで余計に腹立つな!」
「やだ! 絶対離さないもん! 二度と! あんな目に遭いたくないもん! だってすっごい怖かったんだもん! もん!」
「うるせぇわ!! 唾液まみれの人間に纏わり付かれていい迷惑なんだよこっちは!! 離せボケ!!」










「酷くない!? ねえ酷くない!? 僕がこんなにも心を傷つけて弱ってるっていうのに! 臭いだのウザいだの罵倒天国だよ! 酷くない!? 酷いよね!」
「そうだな」
 ギンは膝の上で泣き叫ぶルノワールに静かに同意すると、シャワーを終えたばかりで少し湿っている頭をぽんぽんと撫でました。
 ここは湖の貴婦人亭ロビー。
 宿泊客の待合所や憩いの場となっているこの場所は四人がけテーブル席だけでなく、その横の壁際に二人がけの小さなソファーがありまして、ギンはそこに座って泣き続けるルノワールをあやしていました。
「あーうるさい……」
 アオはテーブル席でのんびりコーヒータイム中。探索が終わってすぐに宿に戻り魔物の唾液を付けられた衣服を着替えてからネイピア商会で素材の売却等の事後処理を終わらせ、ようやく一息ついているところです。隣のヒーローが非常にうるさいのが困り物ですけど。
「よくもまあこれだけ喚き散らせるもんだよ……」
 呆れながらコーヒーを一口飲むと、商会からの帰り道で購入したゴシップ誌に目を通すのでした。大きな見出しのタイトルは「冒険者の死霊か!? 第二迷宮に浮遊する謎の炎の正体とは!」
「宝箱の魔物かぁ……だからルノワールはさっきからずっとこんな調子なんだね」
 ロビーで騒げば皆が不思議に思って集まってくるもので、ちょうど暇していたアオニ、クロ、ナギット、キキョウの四人がロビーに集まり事の顛末を聞いて、ひとつの疑問を解決していました。
「つーかさギンちゃん」
「案ずるなキキョウ。今日の夕食は魔物のタンの塩焼きを出すぞ」
「いや違う違う。そのソファーって前からあったっけ?」
「街の福引で当てた」
「わお、すげーじゃん」
「福引のこととかどうでもいいし!」
 自身の悲劇とは関係ない世間話を途中でぶった切り、ルノワールは顔を上げました。
「聞いてよアオニ! そこで優雅にコーヒーブレイクしてる極悪人が僕の宇宙一の可愛さを妬んで意地悪してくるんだよ! 最低でしょ!」
「妬んでねーし」
 アオニが答える前にアオがツッコミますが無視して、
「妬んでるっていうか、軽くあしらってるだけだと思うよ?」
「運命ですねフカ子、私もそう思います」
 友人とその彼氏はとても冷静な判断を下し、
「うわーん!!」
 ルノワールの心が少し荒みました。
 その姿があまりにも可哀想に見えるものだから、彼女にほのかな好意を寄せているナギットはアオニに耳打ち。
「そこはちゃんと同意してやれよ……」
「ごめーん、アタシはできるかぎりアオの味方したいからついうっかり〜」
「私は永遠にフカ子の味方です」
「お前ら……」
 呆れるナギットですが、すぐ隣にいるキキョウに「だったらナギットさんが真っ先に庇ってやればいいのに」と、内心呆れられているとは思っていないでしょう。
 すると、
「ただいまー」
「戻ったぜ! クエスト報告完了だぜ!」
 アオたちとは別行動をして酒場に報告に行っていたヒイロとシエナが帰ってきました。
 客のご帰宅ですがヴィヴィアンは相変わらず爆睡中。なのでマーリンがカウンターから降り、二人の元へ歩いて来ました。
「よっすマーリン、ただいまだぜ」
「にゃあ」
 そのまましゃがんだシエナがマーリンを撫で始める大変心温まる光景が広がりました。
 ヒイロはそれを横目で見守り癒されつつ、アオの元へ。
「はいこれ、クエストの報酬だよ」
「ご苦労」
 受け取った袋にはお金や希少な薬が入っています。アオはすぐに中身を確認して、クエスト報酬として提示されていた物と同一か細かくチェック。一エンでも狂っていたらすぐさまクワシルの元へ怒鳴り込みに行くつもりですが。
「よし。問題なしだな」
 あのちゃらんぽらんな言動に似合わず今日も仕事は適切だったようです。ヒイロはホッと胸を撫で下ろしました。
「よかった……そうだ、あの宝箱の魔物のことなんだけど……」
 言いかけて、ギンに泣きじゃくったままのルノワールを見ますが、
「構わないから続けろ」
 一切遠慮容赦ないアオに強く言われ、ため息混じりに続けます。
「ええと……あの魔物は物欲を欺く者って呼ばれていて、ハイラガードで生息が確認されているみたいなんだ」
「へえ」
 全く興味のない返事でしたがその目はしっかりとルノワールを睨んでいます「やっぱりいたんじゃねえか」と文句のこもった目で。
 その怒りが爆発しないかヒヤヒヤしつつ、ヒイロは続けます。
「は、話によるとね? ハイラガードの第一迷宮の隠された通路の先にある、ごく一部のエリアにしか生息していない希少な魔物らしくって認知度は低いみたい……ルノワールやシエナが知らないのも仕方ないんじゃないかな?」
「そうか」
 あっさり納得してくれて一安心したヒイロでしたが顔色はやや悪いまま。
「それと、クワシルがこれも検討してくれないかって……」
「ん?」
 アオが用紙を受け取るその横で、
「なーなーるーちゃん、るーちゃんはなんでギンちゃんに慰めてもらってるんだ?」
 マーリンを撫で終わったシエナがソファーの横で不思議そうにルノワールに尋ねると、傷心中のヒーローは鼻声になりながらも答えてくれます。
「だってギンはそのこの金の亡者悪魔野郎よりも男前でカッコいいんだもん! そんでもって優しいもん!」
「なるほど!」
 笑顔で納得するシエナですが、すぐ側でナギットが地味にダメージを受けていますね。好きな女の子が自分ではなく、別の男がカッコいいと断言したショックでしょう。
「ナギットさんはショックを受けるだけじゃなくて、真っ先に頼りにされるように努力してほしいッス」
「……うるせぇ……」
 キキョウの指摘は的確なのでこれ以上の反論はできませんでした。
「その宝箱の魔物ってどんなヤツだったの?」
 アオニがシエナに尋ねると、彼女は目を閉じ頭を抱え、不足しがちな記憶力をフル活動させながら、あのビジュアルをなんとか思い起こします。
「えっとえっと、宝箱の箱の鎧みたいに身につけててー黒くて口が大きくて歯がギザギザしててすごくてー手も大きくて爪もあったけど爪では全然攻撃してこなかった!」
「ビジュアルが掴みにくいな……もうちょっと正確に教えイテッ」
 聞き耳を立てていたキキョウがぽつりとこぼし、アオニに足のスネを蹴られました。
「んあ? きーちゃんどうしたんだ?」
「何でもないよ。一生懸命伝えようとしているのにケチ付けようとした女装ブシドー野郎に腹立っただけだから」
「そっかー」
「ごめんって! 謝るから軽く聞き流さないでくれよ!」
 慌てて謝罪していると、やりとりを見ていたクロがぽつりと、
「シエナのその情報ですと、ルノワールが頭から食べられた時に牙で食いちぎられていても不思議ではないと思いますが」
 冷静に恐ろしい考察を繰り出したことで一同が凍りつきました。除ギルマス。
 さすがに泣きやんだルノワール、顔を上げると痛いほど突きつけられた視線に気づき、冷や汗を流します。
「あー……な、なんかそーいえば……食べられた時はかじられたというか……なんかこう……舐められた……ような?」
「すぐに食べず、最初は味を楽しんでいたということでしょうか。そんな魔物は聞いたことありませんね」
「知らないよぉ……でも現に舐めまくられたんだって、ギンが後で調理するって言って宿の裏で血抜きしているあの舌で……」
 現在、湖の貴婦人亭裏口の日陰に血抜き中の舌が吊り下げられています。ヴィヴィアンやその両親たちは見慣れた光景なので「今日はまた見たことない魔物を狩って来たんだなあ」というあっさりとした反応をするだけ、慣れってすごい。
「魔物はルノワールを食べる前に味を堪能していたのでしょうか?」
「わ、わかんない……というかもう思い出したくないからその話やめて……」
「わかりました」
 女の子の言うことには素直に従うのが紳士というもの。すぐに引き下がったクロでしたが、彼が原因で生まれた疑問は、周囲に動揺を呼んでいます。
「魔物が人を味わうってどういうことだよ」
「さあ、アタシも初耳」
「るーちゃん前もメデューサツリーに大人気だったもんなー」
「そういう魔物もいるってことかな……? お兄ちゃんとっても怖い……」
「もうこの話題やめてやれよ……」
「ふむ、まるで駄菓子のコンブのようだな」
 最後にギンがぼやくと同時に、
「……コンブ女」
 鼻で笑ったアオがぽつりとこぼしました。
 当然、その声を一言も聞き漏らさなかったルノワールの何かが切れまして、素早く体を起こし立ち上がるとやや勢いをつけて振り返り、
「だあああああああああああああああああああ!!」
 雄叫びを上げ激怒しながらアオの前まで駆けます。当然の反応でした。
「だ―――――れがコンブ女だぁぁぁぁぁぁぁ!! このサディストクズ魔女野郎があああああああああああああ!!」
 すごい怒声です。毎日歌って喉を鍛えている人間の叫び声は一味も二味も違いますね。
 間に割って止めに入るべきかもしれませんが、この状態のルノワールを宥めることは誰もできません。例えヒイロでも。
 怒り心頭の悪友を前にしてもギルマスは冷静そのもの、一瞥もくれずにゴシップ誌を読むばかり。
「ふーん」
 せめてもの情けか返事はしますがお手本のような生返事でした。
「なにその雑な対応! 宇宙一可愛い僕がこんなに怒っているんだからちょっとは悔い改めようとか反省しようとかそういうこと考えたりしないの!? 謝るとかさ! 謝るとかさ!」
 誰もが思います、言うだけ無駄だと。
「うるさい。食われかけたのが辛かったことを理由にして喚き散らして俺に八つ当たりするなコンブ女が。とっとと向こうに行け」
 しっしっと野良犬を追い払うように手を振ると、ルノワールは即座にギンの膝に戻ります。俊足でした。
「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あの悪の大魔王やだあああああああああああああ!! 僕を邪魔虫扱いするぅぅうぅぅぅぅぅぅぅう!!」
「私はそういうところが良いと思っているぞ」
「そういう返答は求めてないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 さっきよりも声量を上げて大騒ぎです。収集不可能でしょう。
「一気に賑やかになりましたね、ちなみに私は声の大きな女性は私とても好みで」
 刹那、クロの足のスネを蹴るアオニ。キキョウの時よりも威力強めです。
「うぐっ」
「お前いい加減にしろよ」
 ナギットにも睨まれる始末でした。
「全くクロってば……それにしても、ルノワールの暴れっぷりがいつもよりすごいなあ。騒音迷惑でクレームが来なきゃいいんだけど」
「そうだ。その宝箱の魔物はもう一体いるぞ」
「えっ?」
 コーヒーを飲み終えたアオは依頼書をテーブルの上に広げます。ついさっきヒイロから受け取った紙です。
「最初の依頼が出されたすぐ後にもう一体発見されたらしい。一度俺たちが倒しているからまたついでにもう一体できないかってクワシルが依頼してきやがった」
「実力を見込まれたんだね。なるほどなるほど」
 口元を緩ませるアオニは依頼書を取り、さっそく内容を確認します。
 ざっくりまとめると、場所は第七迷宮、詳しい場所は依頼を受理した後に伝える、報酬はお金。
「俺たちが討伐しに行こうにも、ルノワールがあの調子じゃ使い物にならないからな、アオニたちに任せたい」
「いいよ!」
 有無をいわざずあっさり決定。尊敬しているアオに頼られてとてもとても嬉しいのです、キキョウが何か言いたげですが言葉にしない方が悪いので無視されました。
「……彼女をそうさせた原因は、魔物じゃなくてアオさんだと思いますけど……」
「なんのことやら」
 ナギットの苦情を無視し、アオは席を立って食堂方面へ消えました。










 翌日、日差しの強い第七迷宮の大地を踏み締める冒険者が五人。
 クアドラ第二パーティのメンバー、ソードマンのアオニ、パラディンのナギット、ブシドーのキキョウ、元ルンマスのゾディアックのクロ、プリンスのカリブです。
 早朝にクエストを正式受領し、魔物の出現ポイントも教えてもらっていたのもあって迷うことはなく、昼過ぎには到着できました。
「あったあった! あれが例の魔物だよ!」
 今度のポイントは通路の一番奥、つまりは袋小路。ぽつんとある宝箱を指してアオニは興奮気味に叫んでいました。
 最初は近付かずに、少し距離を取った場所で立ち止まることにします。
「まさに“いかにも”って感じの場所にあるんだね。なんて名前の魔物なの?」
 カリブが尋ねると、
「なんだっけ? 欲を茶化すもの?」
「欲望を笑うものだと思いますが……」
「強欲を嘲弄して晒して辱めるものだった気がするぞ」
『ああ!』
「物欲を欺く者だよ! お前らテキトーに覚えすぎだ!」
 ナギットに怒鳴られたので遊ぶのはこれぐらいにしておきます。これ以上ふざけると殴り飛ばされますからね、キキョウが。
「あれぐらいの遊びごときでキレるとかマジ短気〜」
「うるせぇクソ王子!」
「まあまあ」
 カリブが煽ってナギットが怒ってクロが宥めるのも、第二パーティ内ではよくある光景でした。
 本気で殴り合いになるか、争いの長期化が見込まれた時にしかアオニは犬猿二人の喧嘩を止めません。よって、地図を確認しながらキキョウに問いかけます。
「ねえキキョウ、あれって本当に魔物かな? 普通の宝箱にしか見えないけど」
「宝箱みたいだけど侮らない方がいいぜ。ありとあらゆる人間に対する憎悪のような嫌な気配がするからな」
 持ち前の直感を活かして感じたままの情報をそのまま伝えると、アオニは表情を一切変えず、
「DOEのレーダーより的確じゃん」
 冷静な指摘をしつつ、地図を荷物の中に戻しました。
 彼の言葉に信憑性があると判断できるのは長年の付き合いから成る信頼関係と確かな実績があるからでしょう。遠くでカリブが「正確すぎて気持ち悪い」とぼやいていますが無視です。
 すると、ナギットがふとした疑問。
「あれがFOEとして、どうやって挑むつもりだ? こっちから触らない限り襲いかかってこないんだろ?」
 当然、宝箱に触れない限りは魔物は襲ってこない情報は収集済みです。しかもこれは元ハイラガードの冒険者のお墨付きの情報でもあります。
 誰かがアイディアを出す前に、キキョウが動いていました。
「宝箱状態のまま先制攻撃を仕掛けたらいいんスよ、ナギットさん!」
 即座に刀を抜いて上段の構えを取ると空刃を使います。
 空気を鋭く切り裂くことで刃のような衝撃波……わかりやすく表現するとかまいたちを作り出せる攻撃技。遠くから攻撃しても技の練度が落ちない為「防御は切り捨てるモノ」精神のブシドーはとても重宝する技です。
 空気の刃が宝箱に向かい一直線に飛んでいき、そのままこれを真っ二つ……に、できませんでした。
 宝箱に接触した瞬間、まるで弾かれたように刃が消えてしまったからです。
「なぁん!?」
 得意技が無効化されてしまいキキョウ驚愕。情けない声が出ました。
 唖然とするキキョウの後ろでアオニを始めとするメンバーたちは実に冷静で。
「まさかの物理耐性最強かな?」
「アオたちの情報によれば、属性攻撃に強く、物理耐性はないとのことですが」
「そうだよね。そうじゃなかったら属性攻撃手段が貧弱すぎて状態異常しか能のない第一パーティ男性陣が太刀打ちできないもんね」
 しれっとカリブが毒を吐いてしまうのも、第一パーティのメンバーの半数が嫌いな人間で構成されているからです。
 人の好みはそれぞれなのと、ナギット以外には大人の対応をしているということでアオニは見逃しているようですが。
「可能性としては、宝箱の状態だと防御が桁外れに高くなるものの、魔物も冒険者も互いに手が出せない……ということでしょうか」
 クロが仮説を立てた途端キキョウは振り向き、
「だから俺の空刃が効かないってことか!? なんだよそれズリぃぞ!」
「落ち着いて、あくまで可能性の話ですよ」
「もう兜割りでかち割る!」
「聞いてください」
 聞く耳持ちません。刀を構え直し、魔物の頭上を取るべく飛び上がるため足に力を込めて、
「待てキキョウ」
「はいッス!」
 ナギットの声で中断。振り向き様に可憐な女性らしい素敵な笑顔を浮かべましたが彼は男です。
「魔物は直接触らない限り動かない。つまり、直接攻撃を加えた瞬間に反応する可能性があるってことだ」
「じゃあ、兜割りを喰らわした瞬間に動き出すってことッスか?」
「最悪、兜割りが当たる直前に動いて食われるかもしれねぇぞ」
「ヒエェ……」
 あのギャン泣きしていたルノワールのように捕食未遂されるのだけはお断りなので、ひとまず刀を鞘に納めました。
 しかし、状況は前途多難と称しても良いでしょう。
「先制攻撃不可能なのは承知したッスけど……これじゃあ手出しできなくないッスか?」
「それなんだよなあ問題は……」
「できれば何事もなく戦闘を始められた良いのですが」
「いつもは魔物から襲ってくるのに、今回は僕たちが先に一手を考えないといけないんだね。しかも不利な状況で……」
「そうだ!」
 男性一同が頭を悩ます中、閃いたのか声を上げたのはアオニ。一斉に視線を集めます。
 右手を挙げたままの彼女は興奮気味に作戦を説明。
「まず、誰かが宝箱に触れて魔物を起こすの、すると魔物は触れた冒険者に対して先制攻撃を仕掛けてくるハズだから、それを素早く回避するか防御してやり過ごせば、最初の一手は超えられるんじゃないかな?」
 スマートな方法ではありませんが、一番確実な方法はこれしかないでしょう。男性一同は頷いたことで作戦が決まりました。
 決まりましたが。
「……で、その最初の生贄は誰なの?」
「やめてよ不吉な言い回し」
 アオニに叱られたカリブでしたが反省の色は全くありません。更には、
「僕は遠慮しておくよ。回避も防御も苦手だから魔物一撃を防ぎきれないかもしれないし〜」
「私も同様に回避と防御が不得意ですので辞退します」
 しれっと便乗したクロまで自主棄権。カリブはサブで習得した巫術で味方の治療に専念するため盾を持ち込んでおらず防御が心許ないのは確かですし、クロに至ってはナギットに庇って貰わないと魔物の一撃で気を失ってしまうことがほとんどです。
 賢い二人が下した無難な判断にアオニは文句を言いません。
「こればっかりはしょうがないね、うん」
 自分の好みのイケメンたちということもあり、すぐに許しました。
「……」
 若干不満が残るナギットですが、アオニが納得してしまったのなら仕方ありません、それでも、クロに聞かなければならないことがありました。
「アオニが許すならそれで良いけどよ……クロは本当にそれでいいのか? 大事な彼女がかなりのリスクを犯して魔物の囮になっても」
「人にはそれぞれ得意不得意がありますから無理はできません……とはいえ心境は少々複雑なので、フカ子のためにナギットかキキョウが犠牲になってくれると助かるのですが」
『なってたまるかアホ!!』
 キキョウも一緒にキレました。この自称紳士の男性に対する扱いの雑さはどうにかならないものでしょうか。
「まあまあ二人とも、ここは公平にじゃんけんで決めようよ。誰が貪欲を汚して沈めて並べて犯して濁して写して拾った物を起こすのか」
「そのいい間違えは絶対にわざとだろ。しかも思いついた単語を適当に並べているだけの」
 アオニ、ナギットから目を逸らしました。
「お前……」
「やい負けろアホ金髪」
「早々に辞退したクソ王子にとやかく言われたくねぇし!!」
「細かいところから喧嘩の種を拾わないでくださいよ」
 クロが静かに注意したところで、キキョウは拳を掲げます。
「とにかくじゃんけんで決めるんだよな! じゃあもうさっさと決めようぜ!」
「そうだな」
「だね!」
 言い争ってばかりでは始まりません。気持ちを切り替えたところで熱い勝負の火蓋が切って落とされます。
「じゃあいくぜ! じゃーんけーん……」

 キキョウの動きが止まりました。

「……どうした?」
 釣られてナギットも止まります。
 周りを見ると、アオニも、クロも、カリブも、皆が唖然としたまま固まっていて、その視線は全てナギットに向けられていました。
「なんで絶句してんだ?」
 意味が分からず首を傾げるナギットに答えるように、アオニは彼の後ろを指します。
 振り向いてみると、

 後ろで、物欲を欺く物が涎を滝のように流しながら、彼を見下していたのです。

 仲間たち同様に絶句したまま視線を恐る恐る宝箱に向けると、底の部分だけ袋小路に残した魔物が、黒い体を伸ばしてこちらまで来ているという、想定外の光景が見えました。
 体だけを伸ばし、音もなく背後まで急接近した……といったところでしょうか。
「は」
 話が違う。
 叫ぶ前に、目の前が真っ暗になりました。





「ごめんッスナギットさん! 強烈な殺気をそのままにすることで俺に悟られずに近づいてくるっつー魔物の技に気付かなかった俺の過失ッス! 切腹してお詫びするッスー!!」
「落ち着いて、キキョウはショーグンの切腹作法を知らないでしょう? ナギットもルノワールと同様、駄菓子のコンブのように舐められただけでよかったではありませんか。そこをまず喜びましょう」
「あっホントだ! コンブ扱いされてよかったッスね! ナギットさん!」
「そうそう! 生きているのなら問題無い! 魔物も倒せたから大丈夫! 例えコンブでも!」
「コンブ……コンブって君……おもしろ……面白すぎでしょ……ぷぷぷ……」
 魔物の体液にまみれ、うつ伏せになって倒れるナギットの頭上から響く、仲間たちの声。
 生きた状態で助けてもらったことには感謝していますが、それを伝える前に。
 言わなければならないことが事がひとつだけ、ありました。
「……街に帰ったら覚えてろよ……テメェら……」



 この一件をきっかけに、ルノワールとナギットは人間を捕食するタイプの魔物に強烈な苦手意識を持つようになった挙句「魔物用駄菓子コンブ要員」という不名誉かつダサイ通り名までついてしまったのでした。


2020.2.18
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