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ギルド小話まとめ

 今日の依頼は迷宮にあるお宝の回収です。
 依頼者曰く、迷宮の奥地にある非常に珍しいお宝で、どんな手段を使ってでも欲しい! と熱く語っていたところ偶然通りかかったルノワールが話を聞いて依頼を受領、宝の場所を教えてもらい、第一パーティの一行と共にその場所へ向かっている最中でした。
「なんでもその宝は番人が守っていて、自分たちではとても取り出せないから冒険者の手を借りたかったんだって」
「宝の取り分は」
「宝は一個しかないから取り分はないけど、そのかわりその価値に見合う報酬を支払ってくれるって約束してくれたよ」
「よし」
 果たして何がよしなのか。後ろを歩くヒイロたちには分かりません。
 迷宮内をしばらく進み、魔物を蹴散らしながら歩み続けること数時間、ようやく宝がある場所の到着しました。
 通路の一番端の袋小路、石材を積み上げて作ったであろう石壁。シエナの頭の上ぐらいの高さに人の顔を模した石像が彫られています。
 石像の口には一辺十五センチほどの四角い空洞があって、まるで大口を開けているかのよう。
 そして、その奥には蓋付きの壺が入っていました。
「なんだこれ」
「これがお宝……なのかな、僕の方が九万二千五十八倍ぐらい可愛いけど」
 アオとルノワールだけでなくヒイロとギンもじろじろと壺を観察。あーだこーだと意見を交わし始め、ヒイロがツッコミを入れるいつもの光景。
 しかし、背の低いシエナだけ壺がよく見えないため、四人の後ろで背伸びしたりジャンプしたりと頑張っていますが無駄な足掻き。しまいには全てを諦めてその場にしゃがみ、地面に「の」の字を書いて落ち込んでしまいました。
 しょぼくれるシエナはさておき、依頼主にとってこれはとんでもない価値のあるお宝なのでしょうが、どこにでも売っているような茶色い小さな壺にしか見えません。パーティに骨董品に情熱を注ぐ人間の気持ちを理解できる者がいないので、半信半疑になってしまうのも仕方ありませんね。
「じゃあシエナ、これ取ってみて」
「うえぇっ?! 俺!?」
 突然の無茶振りに驚いて顔を上げ、自分を指し示すも、ルノワールは本気でして、
「大丈夫だって死にはしない。命の危機に晒されるようなことはない、これは依頼主から聞いた確かな情報だから心配しなくていいよ」
 文末の言葉はシエナではなくヒイロとギンに向けて言ったことでして、二人はホッとして胸を撫で下ろしました。
「うー……じゃあ、まあ、いいけど」
 あまり気は乗りませんが渋々チャレンジすることに。
 とはいえ口があるのはシエナの背より若干上、背伸びをして手を伸ばしても壺を掴めるかどうか怪しいところ。
 そこで、近くにあった丁度良い感じの石をヒイロに持ってきてもらい壁の前に設置、それに乗り背伸びをすることによって、手の届く高さになりました。
「よいしょ」
 口の中に肘にかからないぐらいまで腕を入れ、奥の壺を掴んだその時。

 ―――ワタシは番人、ワタシはナンデモお見通しデース!

 突然、どこからともなく声が響いてきました。大人の女性らしい声はとても明るく元気で片言でした。
「えっ、えっ? どこから!?」
 慌てたシエナが周囲を見渡すもそのような女性はどこにもいません。ルノワールが声帯を自由自在に変えられるなら話は別ですが、さすがにそんな化け物じみた離れ業は持っていません。
 ルノワール以外のメンバーも目を丸くして周りを見る中、女性の声は続きます。

 ―――アナタは昨日、晩ご飯のつまみ食いをしてみんなの分のエビフライの数を減らしましたネ?

「な゛っ!? なんでそれを……!」
 口走った刹那、周囲の視線がとてつもなく痛いことに気付き、言葉を止めました。
『………………』
 その静寂は痛々しく、何もしていないのにじわじわと体力を削られているような感覚。
 齢十三の少女が地味で痛烈な視線に耐え切れるワケもなく……、
「……い、い、いいえ……」
 額に汗をかきながら嘘をついた次の瞬間、

 ―――ガブリ

 石像の口が閉じられ、腕が挟まりました。
「ギャー!! ギャー!! ごめんなさいごめんなさい三個食べましたー!!」
 正直に答えると口は開いて右腕は自由を取り戻しましたが、続いてゲンコツが直撃しました。
「みぎゅ」
 拳を下した張本人はアオです。この中だとゲンコツを飛ばすのは彼ぐらいなものです。
 殴られたシエナは頭を押さえて蹲っていますが、今は誰も慰めてくれませんでした。
「なるほど……宝を取ろうとして壺を掴むと、その番人ってヤツが秘密を暴露するってことか」
「すごいね……尋問に使えたらお仕事が楽になりそう……」
 ヒイロだけ何か別の用途を想像している様子ですが誰も聞かなかったことにしました。
「そういうことだねぇ。だから依頼主は自分で取りに行けなかったんだよねぇ」
「わかってたのなら先に言え馬鹿」
「仕掛けがわかったんだからいいじゃない。それに昨日のエビフライ違和感事件が解決してよかったじゃないか」
「それもそうか」
 静かに納得するアオです。ヒイロはとても非道な大人を見た気分になりました。
「じゃあ次はギン、行け」
「わかった」
 非道な大人は暴走を止めません。疑問を持たずに承諾するギンもギンで問題ですが。
 ギンは頭を抑えるシエナを慰めつつ一旦石像の前から退いてもらい、石の上に乗って石像の口に右腕を入れ、奥にある壺を掴みます。

 ―――ワタシは番人、ワタシはナンデモお見通しデース!

「おお」
 ちょっとだけ感心した声を出しますが、

 ―――アナタは先週、火竜のステーキ肉を皆に振る舞うつもりで作っていたのに、それがあまりにも美味しくて自分で全部食べましたネ?

「え」
 次の瞬間には飛んでくる周囲からの冷たい視線、振り向かなくても分かります。
「い、いいえ……」
 いたたまれずに嘘をついて、

 ―――ガブリ

 石像の口が閉じられました。
「でっ!? た、食べた!」
 正直に答えた時には右腕は自由になるも、続いて横っ腹を蹴られ、軽く吹っ飛びます。
 石畳の床にうつ伏せに倒れても勢いは衰えずに体はずるずると引きずられ、完全に止まったのは壁に頭をぶつけた時でした。
 続いて飛んで来たのは、足を下ろしたアオの激怒。
「全然失敗してないだろお前!」
「楽しみにしてたのに酷いよねぇ」
 ルノワールも呆れてため息をついて苦言を漏らすと、倒れたまま動かない彼は、
「……す、すまない……いつか言わなければいけないと思っていたのだが……」
 静かに謝罪した後、シエナが駆けつける前にヨロヨロと上半身を起こしました。
「ギンちゃん大丈夫か!?」
「ああ……しかし、あの噛み付きは強いな。手甲を装備していてもお構いなしに激痛が飛んでくる」
「だよな、ヤベーよな。俺は手甲装備してねーけど」
「それでも耐えたのか、シエナは強いな」
「にへへ〜」
 ほのぼのしい光景ですがさておき、問題は山積みです。
「……あの壺を取るには何をどうすればいんだ?」
 このタイミングで確信を突くような疑問がアオの口から飛び出しました。
「依頼主曰く、番人の尋問に耐えた時に宝が授けられる……だって」
 ルノワールも平然と答えます。
 知っていたのなら最初から教えて欲しかった……ヒイロは心の中で叫びました。
「なるほど、じゃあ次はヒイロが行け」
「なんで!?」
「順番的にそうだろう」
 なんの順番なのか、というか君たちが行ったらとか言いたいことは山のようにあります。しかし、一つ言い返せば十ぐらいの文句と反論が返って来るため言葉を飲み込むしかありません。
 こうして今日も逆らえないパーティ内最年長青年、足場にしている石はもう邪魔なので横に除けてから、涙を堪えて石像の口に手を入れ、壺を掴むのです。
 この後の予定は決まっています。誰にもバレたくない秘密を暴露され、慌てて否定しても口は無慈悲に閉じられ悲鳴を上げ、訂正した途端開放されるも後ろのギルドマスターから罵詈雑言か暴力が飛んでくるのです。あと一分ぐらいで予定は終わりそうですね。

 ―――ワタシは番人、ワタシはナンデモお見通し……。

 番人の言葉が止まりました。
「あれ? どうしたの?」
 秘密を暴露されて右腕が犠牲になると覚悟していたので、想定外の反応に首を傾げます。後ろで見ているアオたちも同様にきょとん。

 ―――……え、え……ええ……アノ、ソノォ……。

「なに?」

 ―――ワタシ、その、口の中に手を入れたヒトの心が読めるのデスが……アナタの秘密は、その、なんと言っていいのカ……。

「そんな言いにくい秘密なんて抱えてないよ!?」

 ―――だだだってアナタの秘密は……あ、待っテ! ヤダ! ムリ! 見たくないデス! これ以上はホントヤメテー!

「えっ、えっ、えっ?」

 ―――お宝アゲマス! だからもう手を離してくだサーイ!! お願い!!

 がこん。と何かの仕掛けが外れる音がすると、石像の口が大きく開いたのでヒイロは恐る恐る壺を手前に引いていきます。
 途中で口が突然閉じるような不意打ちも起こらないまま、取り出すことに成功しました。
「や、やったあ!? 取れたよ!?」
 疑問は多く残ったものの目的を達成したことに変わりありません、振り向いて皆に壺を見せると歓喜の声を上げれば、
「すごいすごい! ヒイロすごいね!」
「たまにはやるもんだな」
「ひーちゃんすげーぞ!」
「よかったな」
 仲間たちから歓喜の声と拍手が送られます。基本的にろくな扱いを受けてなかったヒイロ、暖かい拍手に感動して瞳に涙を溜めてしまいました。
「あうう……よかった、なんだかよく分からないけど、お宝をゲットできたしみんなに褒めてもらったし……お兄ちゃん感無量だよ……」
「それよりヒイロ、お宝」
「うん……」
 袖で涙を拭いつつ、壺をルノワールに渡しました。
「それにしても、番人はみんなの秘密をバラしていたのにどうして俺だけ拒絶されたんだろう……?」
「よーし! お宝もゲットしたし、糸で街に帰ろっか!」
「そうだな。報酬ゲットだ」
「えっ?」
 ヒイロが抱えている秘密については触れてはいけないという判断が下されました。
 とにかく、これで依頼は完遂です。多額の報酬で財布を膨らませる未来を想像し、二人の目は輝いていました。
 しかし、
「それは了解したが」
 ギンが言い、シエナがルノワールの手から壺をひょいっと回収。
「その前に」
 続いてヒイロがルノワールの左手首、ギンがアオの右手首を掴みまして、共に石像に向き直ります。
「え?」
「ん?」
 テンポ良くされるがままでキョトンとする悪友コンビですが、次の瞬間、
「二人ともこれやってみなさい!」
「私だけやってお前たちが何もしないのはさすがに腑に落ちん」
 ヒイロとギン、二人の手を力任せに石像の口へと運び始めたのです。
「ちょ! まっ!? えっやだ! やだよ!」
「やめっ! おい! 離せコラ!」
 当然抵抗する二人。壺は無くなったとはいえ、あの口の中に手が入れられてしまえば何が起こるかは明白です。最悪の事態が起こります。
 運ぶ力に反発しようにもヒイロもギンもルノワールやアオよりは腕力があります。ヒイロはほぼ毎日こなしている暗殺業で勝手に鍛えられていますし、ギンも弓を引いているので一般の成人男性より腕の力は強いのです。つまり、力に逆らうのは無駄な抵抗ということ。
 しかし、この悪友コンビはとても諦めの悪いコンビなので、腕力で負けているという事実は分かっていても抵抗するもの。じわじわと口に近付いたり離れたりと、一進一退の攻防が続いていました。
「……まだかな」
 石像の前で騒ぎ立てる光景が続いている状況、迷宮内なので誰の迷惑にもならないし魔物避けの鈴も鳴らしているので魔物が襲撃してくることもありませんが、壺を持って待っているシエナはすごく暇でした。
 なので、
「弱り目に祟り目」
 ファーマーの技をアオとルノワールにだけかけてやり、一時的に身体能力を鈍らせてやりました。
『うわぁ』
 まんまと術中にかかった二人の手は、石像の口に突っ込まれてしまい……。

 ―――ワタシは番人、ワタシはナンデモお見通しデース!

『げっ』
 二人揃って顔を青くした時、ヒイロとギンは手を離して穴の外に撤退していました。

 ―――アナタたち二人は先日、街でサイフを拾って持ち主に届け、中身の数割を頂いて、ギルドの皆にはナイショで焼肉を食べに行きましたネ?

『…………』
 目を逸らして黙り込んでしまいましたが、そんな見え透いた逃避行動は、周りで白い目を向けているヒイロたちには通用しません。
 なので当然、出した答えは、
『…………いいえ』

 ―――ガブリ

 口が閉じられました。

『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』


2020.1.23
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