巡る樹海は敵だらけ

 低い壁と地上を繋ぐ蔦はすぐ近くにあったため、合流はスムーズにできました。
「なんで君たちもここにいるの? いつもの調査任務じゃないよね?」
 合流してすぐにルノワールがすぐ尋ね、シラハナが笑顔で答えます。
「第十三迷宮の魔物大発生が深刻な事態だからアタシたちにも声がかかったの。帝国騎士のレムリア調査任務はマギニア司令部の特別な許可を得た上でしているモノだから、こういう緊急要請はどうしても断れないんだって」
 それはマギニア司令部のいいように扱われているだけだろ……と、アオは思いましたが冒険者の自分には関係のない話なので思うだけに留めておきました。
 そんな中、ヒイロは辺りをキョロキョロと落ち着きのない様子で見回しています。まるで何かを心配して探すように。
「えっと……君たちだけで来たの?」
「キミドリとコンは別行動してるよー」
「えっ!? いや、お、俺そこまで言ってな、言って……言ってた!?」
「イッテナイヨ」
 遠い目でどこかを見つめるルノワール、片言で答えました。
 シラハナはポンと軽く手を叩き、
「そうだ! アオ、ちょっと地図を貸してくれない?」
「何故だ」
「階段前とは別の場所に衛兵たちが待機してて、そこでナメクジ退治に役立つアイテムを配っているんだ。あたしたちはナメクジ殲滅アンド増殖原因の調査任務を遂行しながら、冒険者たちにその場所を伝えるお仕事もしてるの」
「教えろ」
 躊躇いもなく即答して地図を渡します。ルノワールとシエナが白い目で見ていましたが気にしません。
 態度が少々アレなもののシラハナは嫌な顔ひとつせず、腰のポーチからペンを取り出すと、そのポイントに印を付けて地図を返しました。
「ここの場所か……だったらアオニたちの方が近いだろうな……」
 通信機を取り出してスイッチを入れるとすぐに繋がったようで、
「アオニか? 今手元に地図はあるな? 今から言う場所で衛兵がアイテムを配っているそうだから回収しておけ、できるだけそれを使わずにとっておけよ、それから……」
 ついでにお互いの現状も確認している様子ですが、ルノワールの冷めた目つきが戻ることはありません。
「……アイツのことだから、タダで貰えるアイテムを売り飛ばしてお金にするつもりだよ」
「えっ、いや、そんなまさか……」
 否定しようとするシラハナですが、ルノワールの表情が一切変わらないのを見ると、嫌でも納得するしかないと気付いて口を閉ざしたのでした。
「……」
「それぐらいのことをするのがアイツなんだよ。金の亡者だもん」
「そんなにお金に困ってるの……?」
「困ってないぞー」
 シエナが淡々と答えてくれたお陰でシラハナはますます混乱し、目を白黒させながら首を傾げるのでした。
「今はアイツのびんぼーしょーはどうでもいいんだよ、それよりも向き合わなきゃいけない問題がある」
「え? なにそれ……」
「あちらをご覧ください」
 ルノワールに促されたので目を向けると、低い壁を背景に睨み合っているギンとキンの二人がいました。
 お互いまるで親の仇を見るような鋭く、憎悪しかこもっていない目付きで、言葉もなく相手を威嚇している上、その間で仲裁したくてもできないヒイロがオロオロしており、大変シュールな光景を繰り広げているわけで。
「あらら」
 忘れがちですがあの二人は超が付くほど犬猿の仲。幼馴染で血の繋がってない姉弟でもあります。
 その仲の悪さはナギットとカリブの口喧嘩が非常に可愛く見えるほどで、本気で相手の首を狩るため躊躇なく武器を持った殺し合いを始めるほどです。今は迷宮内ということもあって自重している様子ですが、その手には自身の獲物をしっかり掴んでおり臨戦体勢はバッチリ。
 なお、タルシスで同じギルドだったヒイロ、ルノワール、アオの三人はすっかり見慣れている光景です。ついでに言うとルノワールとアオの二人はガチの殺し合いが始まっても止めようとしません。めんどくさいし怪我したくないので。
 つまり、この中で二人の仲裁に入るのは穏便派でお人好しのヒイロだけということ。
「あの……二人とも? お互いを殺したい気持ちは十分に分かっているけどここは迷宮でしょ? しかも緊急事態でしょ? 仲良くしろとかは言わないけど、いつでも攻撃できる姿勢のままでいるのはちょっと……」
 犬猿二人は全く目を逸らさずに。
「何を言ってるんだヒイロ。ここは迷宮だ、いつ、どこから魔物が襲ってくるか分からないから常に警戒するのは当然のことだろう? 武器を持っているコトとこの女が目前にいることは全く関係がない」
「フン。どうだかな……小狡い男の貴様のことだ。魔物討伐に紛れて私も一緒に撃つつもりだろう? 正面から殺り合うよりもそちらの方が私の首を落とす確率は上がるからな」
「誰もそこまでは言ってない。大した妄想力を持った女だな……さては迷宮に潜り続けて精神でも侵されたな? 腕の立つ医者でも紹介してやろうか?」
「妄想ではなく事実を話しただけだ。それとも、自分の手の内が読まれて焦ったか? 生憎こちらは魔物よりも人間を相手にした回数が多いものでな……魔物とばかり戦っている貴様とは踏んできた場数が違う。人の手の内を読むぐらい容易なことだ」
「人を相手にしようが魔物を相手にしようが相手に暴を振るったことに変わりはない、むしろそこを誇ることこそが傲慢の表れだな。私は魔物を倒した後に綺麗に食すという自然の流れを守っているが? 貴様はただ倒していくだけの破壊者にすぎ」
「うるさい」
 一声と共に頭を叩かれギンは言葉を止めてしまいます。そして、振り向いて見えるアオの姿。
「アオ……何故止める」
「この調子だとどんどん話が脱線していって、最終的に自分の方が世界的に必要不可欠だとかアホな言い争いに発展するだろうが」
「あの女よりも私の方が世界的に有益な存在だろう?」
「知らんわ」
 この恋人冷たいです。ハッキリ断言されたギンが表情は変えずともほんの少し俯いてしまったので、ショックを受けたことだけは分かります。
「相変わらずアオに懐いているのかあの男……さながら飼い犬といったところか」
 落ち込むギンを眺めて優越感に浸るキンですが、言葉から分かるようにあの二人の本当の関係を知りません。恐らくこの中で唯一。知っている皆が冷めた目を向けていますね。
 蛇足ですが、キンを慕うシラハナだけでなく、誰にでも優しいシエナまでもがアオとギンの交際をキンに伝えていないのはギンに固く口止めされているからです。なお、ご覧の通り彼女は鈍いので言葉で伝えない限りは真実に気付くことはありません。
 口止めの理由は「事実を知らずに過ごす奴の姿は滑稽だからな」だそうです。宿敵相手になると子供じみた嫌がらせばかりしてしまう彼らしいと思いつつ、皆は律儀に言いつけを守っているのでした。
 そんな何もしらない彼女は調子に乗り始めまして、
「確か……貴様は昔からナメクジが苦手だったなあ?」
 ナメクジ。という四文字を聞いたギンの肩がびくりと震えました。
「そうなの?」
「そうだぞー」
 初耳だったシラハナがシエナに確認をとったところで、
「生家の庭でナメクジに怯えていた時が今となっては懐かしいな……あの頃は葉の裏にくっついていたナメクジをうっかり触ってしまった貴様が大騒ぎして姉様たちが慌てていたな……あー懐かしい懐かしいー」
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
「ギン、人間の言葉を話しなさい」
 怒りのあまり徐々に野生に還りそうだったのでヒイロが軽くたしなめますが、自分が優位に立っていると自覚したキンの勢いは止まりません。
「それで、ナメクジが恐ろしいあまりこれから街に帰るところか?」
「はっ」
 その言葉で我に返ります。そう、彼の右手にはシエナが無理矢理持たせてくれた糸があったのです。
 しまったと思った時にはもう遅い。
「負けず嫌いで傲慢な貴様のことだ。ナメクジがいるから探索を止めるなど自分のプライドが許さず、意地を張ってここまで来た……だが、実際に無数のナメクジを前に怖気づいてしまい帰るといったところか。最初から無理だと分かっていたなら探索を代行してもらう手もあっただろうに」
「そんなことは」
 即座に否定しようとしますが、
「あるな」
「あるねぇ」
「あるよ」
「あったぞー」
 四人の仲間たちは無情で誰もギンを庇いません。シエナでさえも助け舟を出さないのですから。
「うぐ……」
「自分の力量も測れず迷宮に行くなど愚かにも程があるな」
「ぐ」
 これには何も言い返せません。ストレスなのか糸を持つ手は震えています、
「その愚か者の馬鹿が尻尾を巻いて逃げるというのなら、さっさとマギニアまで逃げ帰ることだな。というかさっさと消えろ、貴様は私の視界に映るだけで人生において多大な迷惑となるんだ」
 しっしと、まるで野良犬を追い払うように手を振ってギンの撤退を促します。ぴきり、と彼から血管が切れたような音がして、ヒイロが顔を引きつらせました。
 怒りのあまり体を震わせるギンは視線を下に向けると、絞り出すような声で、言います。
「……誰が、愚かで間抜けで愚鈍で馬鹿で怠慢で傲慢で強欲で傍若無人で鬼畜で自己中心的だ……」
「なんで途中からアオのこと言ってるの? 強欲で傍若無人で鬼畜で自己中私的な悪魔ってまんまアイツじゃん」
 今は声を荒げる場面ではないのでアオはルノワールの足を踏みつけておきました。ご丁寧にヒールのかかとの部分で。
「ぴぎゃあ!」
 致命傷は免れましたが大ダメージです。すかさずシエナが治療に入ったのでした。
 背後の騒ぎは無視するキン、鼻で笑いながらギンを見下すように、
「ほう? よく私が日頃から貴様に抱いている感情が理解できたな。愚鈍な男のクセに」
「キンさんってもしかして、実はさっきからずっと真っ青だったギンを心配して帰れって言ってる?」
 なんて首を傾げるシラハナに即座に鋭い眼光を投げつけて、
「何を言っているんだお前は。私はただ奴が目障りなだけのこと。奴がこの世から消滅するというのなら、糸を使おうが小さいナメクジに埋もれようがFOEのナメクジに頭から食われようが何でも構わん。悲惨な最期であればあるほど私は喜ぶがな」
「わあ」
 図星を突かれた照れ隠し……といった要素は一切ありません。素です、一点の曇りもない真実の素。更に、
「足がすくんで動けないというのなら私が特別に手を貸してやろうか? まあ、手が滑ってナメクジのいる方向へ飛ばすかもしれないが、貴様の運が悪かったと諦めたらいいだろう」
 そう言いながら砲剣を起動。静かな迷宮に熱変動エネルギーが動く騒音が響き渡ります。
「何をしようと思っているのかすっげー分かりやすいぞーキンちゃん」
 シエナが呆れていますが、キンも宿敵を前にした途端に大人気なくなる人種のためそれも無視します。
「誰が……貴様の手など借りるか……」
「ならその糸でマギニアに帰ることだな。私たちが事件の原因を究明しておいてやるから、安心して宿で震えていろ腰抜けが」
 静かにヒートアップする対立。とはいえ、言葉はキツいものの言っていることは正しいキンが優勢なのは明らか、苦手なのに意地を張ってここまで来てしまったギンが十割悪いので誰もフォローしません。する気もありません。
「止めなくていいの?」
 自分も止める気がさらさらないシラハナがアオに尋ねますが、答えは想定通り、
「お互いが武装したら止めるぞ。ヒイロが」
「全負担俺だよね知ってる!」
 タルシスの時から分かっていました。ポケットに入れている右手には睡眠薬を塗り込んだナイフを掴んでいるので、言われてなくても最悪の事態を想定しているのです。
「キンちゃん、そこまで言わなくてもよくね?」
「本当のことを言っただけだ」
「…………」
 ここでギン、とうとう無言になった……と思いきや、口が動いているので何か喋っていますね、接近しなければ聞き取れないほどの小声のようです。
「ん……?」
 それに気付いたアオは静かに近づき……そして、


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 まるで家族全員をとても残酷な方法で殺されてしまい、その仇への憎悪を言葉にして何度も繰り返しているよう。赤黒いオーラは彼の瘴気か、はたまた憎悪の塊か。
 彼がここまで負の感情をむき出しにしている様を始めて見たアオでしたが、
「呪詛を吐くな」
 とても冷静でした。
「なんでギンから瘴気が出てるの?」
「ギンちゃんはサブクラスがリーパーだから」
「なるほどー」
 納得しているシラハナの横で、床や壁の隙間から生えている雑草たちが赤黒い瘴気に侵され、みるみる枯れていく異様な光景がありました。
「怒ってもしかたねーよギンちゃん、今から帰るんだから……」
「帰らない」
「え」
 キョトンとする少女にアリアドネの糸を突き返します。それは、ナメクジだらけの迷宮に残るという選択を取るということ。
 シエナと一緒にぽかんとしているシラハナを横目で見て、ギンはキンを睨み返します。
「誰が帰るか誰が尻尾を巻くか誰が腰抜けだ。クエストを完了させるまで私がここから手を引くとでも思ったか」
 キンは何も言いません。心底愉快そうにニヤニヤ笑っているだけでして、それがまたギンの苛立ちを加速させます、赤黒い瘴気が止まりません。
「ギンちゃん無理しなくても……」
「してない!!」
 珍しく声を荒げた彼はキンに背を向けると、あまりナメクジがいない道を選びながら迷宮の奥へと行ってしまうので、シエナが慌てて後を追いかけます。
「ギンちゃん待って〜ひとりはあぶねーぞー!」
 イラつく足音を追いかける足音が急速に遠くなっていきます。
 樹海ではぐれてしまえば待っているのは死……というのは冒険者の常識です。幸いにもシエナがアリアドネの糸を持っていますが、ナメクジ大量発生の原因が明確になっていない以上、軽率な行為は危険でしょう。
 それを一番理解しているギンが先に行ってしまうのですから、キンとの言い争いが相当頭に来ていたようです。冷静な判断力を失っているのは火を見るより明らかでした。
「……いいの?」
 去っていく背中を指し、シラハナはアオとヒイロに小声で確認。
 ヒイロは力なく首を何度も振りながら、ため息を交えて答えます。
「もうダメだよ……俺たちじゃどうしようもできないもん」
「こうなったらとことん放置して、少し痛い目に遭わせるしかねーよ」
 諦めるヒイロとアオも同意見。シラハナの顔が引きつっていますが無視。
「キンと出会った時点でギンがマギニアに帰らないことは確定しちゃったんだから、もういいんだよ……」
「理解力がすごいね」
 感心するシラハナの横で、ルノワールはまだ悶絶していました。





 こうしてクアドラ一行と、帝国騎士一人と、ホランティア少女一人はナメクジだらけの迷宮を進みます。
 先頭は地図を持つアオと当たり前のように隣に居座るルノワール、続いてキンとシラハナとシエナ、最後にヒイロとギンが固まって歩いていました。
 ナメクジたちは相変わらず人間に興味がなく、不意を突かれて蹴り上げられたり吹き飛ばされたりしても無関心、すぐ横で仲間が倒されていても自分には無関係というような態度で這うだけです。
「マジで何なんだコイツらは……」
「人は襲わない、攻撃もしてこない。ただ増えまくっているだけのお邪魔虫でしかないよねぇ」
 足元のナメクジを蹴り飛ばし、アオはルノワールと一緒に怪訝な顔。
「攻撃はしてこないけど、粘液には毒が入ってるから直接触っちゃダメだぞー」
「おっけー」
 シエナに言われた側からシラハナはナメクジを殴り飛ばし、低い壁の向こう側へと葬り去りました。
「……ハナちゃん」
「およよ?」
 渋い顔をするシエナが何を言いたいのか理解できず、シラハナは首を傾げるだけでした。
「それにしてもさあ、こうしてキンと迷宮探索するのって久しぶりって感じがするねぇ」
 遠い昔の出来事を懐かしむようにルノワールがぼやきます。実際は五年ぐらい前の話なので遠いような近いような難しい間隔です。
「感じも何も、実際に久しい事だと思うが」
 真面目な性格のキンはとても真っ当な答えを返してくれました。
「前にキミドリから聞いたよ? 本当はクアドラに入りたかったーって嘆いてたんでしょ?」
「なあっ!?」
 思わぬ情報漏洩に隠しきれない悲鳴が漏れます。後ろの男の反応が少し気になりましたが、今はその存在を一時的に頭の中から消去することにしました。
「来ればよかったものの……」
 呆れるアオですが、キンは気まずそうに目を逸らしてしまい、
「ま、まあそうだが……奴がいると分かっている上でギルド入りするのも……」
「タルシスの時はギンがいるって知らないまま登録しちゃったもんねぇ」
「できることならもう二度と同じ屋根の下で過ごしたくないからな」
 恨めしそうにぼやきながら砲剣の柄を握りしめ、何食わぬ顔で起動させました。
「砲剣をしまえ。殺意を行動で表現するな」
 冷たく言い放ったアオのお陰で、アクセルドライブが暴発したと称してギンを殴りに行く奇襲は未遂に終わったのでした。

 そして、かつての仲間と和気藹々と話すグループを積年の恨みがごとく睨む人物が一人。
「ぎぎぎぎ……」
 言うまでもなくギンでした。当たり前のような顔をして居座っているだけでは飽き足らず、アオとルノワールと楽しくお喋りしているのです、嫉妬という感情がみるみる戻ってきていました。
「はいはい、ヤキモチ焼かないの……」
 呆れつつも優しくなだめてあげるヒイロ。いつもならコートの裏に隠れる彼もキンが同行しているという理由で隠れはしませんが、その左手はコートの裾をしっかり握っていました。まるで親の服を掴む幼児。
 キンは気付いてない……と言うよりもギンを視界に入れないようにしているため振り向こうとしません。恐らくこれが一番適切な対応でしょう、片方が勝手に燃え上がっているだけでどこかに飛び火しないのなら被害はありませんし。
 とはいえ、いつまでもこんな調子というのも可哀想だと思ったヒイロは、
「ねえギン、イライラしちゃうなら別のことを考えようよ。楽しいこととか嬉しいこととかさ」
「別のこと……」
 ギンの目つきが戻りました。どうやら注意を逸らせたようですね、一安心です。
「そうだな、久し振りにあの女を殺す百八式シチュエーションを練り直しておくとするか」
「そっち!? そっちの方向に思考が向いちゃうんだね!?」
 アオとかお肉とか狩りとかシエナ等々の想像するのかとばかり思っていたので、驚愕を隠せず絶叫で表現。シラハナとシエナが振り向いて不思議そうにやりとりを見ていました。
「その壱、高所から突き落としての落下死。落下の衝撃だけでは死の淵に留まる可能性があるため、重りを入れた鉄箱や木箱を上から落として確定的な死を与える……」
「怖いこと言い始めちゃった……というかギン、もしかしてタルシスにいた時はずっとそんなことを考えていたの?」
「ああ。当時の私の思考はアオが四割、奴を殺ることが四割、その他が二割として構成されていた」
 その他の中にはギルドの仲間とか探索とか諸々が詰まりに詰まってなお二割だと思うと、ヒイロは言葉にできないやるせない気持ちに包まれてしまったのでした。
「……物騒極まりないけど、君にとってキンの暗殺計画を練ることは最重要項目に分類されてるってことなんだね……大好きなアオと同格になるぐらいの」
「そうだな……ヒイロ、お前がいつも仕事で使っている暗殺術も取り入れてみようと思うから教え」
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー!!」
 何も知らないシエナとシラハナとキンがいるというのに口を滑らせてしまうのですから、ヒイロは慌ててギンの口を塞いでから声で魔物が寄り付いてもおかしくない程の絶叫を披露しました。
 そして、みんなの視線は一斉にこちらを向きます。キンを除いて。
「なに? どうしたの?」
「ひーちゃん?」
 一番近くの距離を歩いていたシラハナとシエナはキョトンとしているだけ。見れば共に探索を始めた時よりも距離が開いていますね。
「あ、いや、その……明日晴れたらいいなあって……」
『?』
 二人揃って同じ方向に首を傾けているだけなので本当に聞こえてなかったようです。
 ヒイロはホッと息を吐くとギンから手を離し、普段なら口を滑らせることなどない彼が激昂に身を任せつつあるのだと改めて実感したのでした。
「お願いだから次は言っちゃダメだよ」
「む?」
 ギン本人は全く分かっていないようで、シエナたち同様ポカンとしていました。自分がストレスと怒りに振り回されていると理解しているのでしょうか。
「奇行に走るのは結構だが、あまり目立ちすぎた真似をするなよ。ちびナメクジしかいないとは言っても、何が起こるか分からないんだからな」
「はーい……」
 アオに睨まれ萎縮してしまうも、その意見はもっともなことなので反論せず、落ち込みつつも受け入れたところで一行は再び歩を進めるのでした。
「あ! ちびナメクジ発見!」
「わざわざ言わなくてもあちこちにいるだろうが」
「違う違う、アレ見て見て」
 ルノワールが主張を激しくして壁を指すため渋々見てやると、壁の隙間らしき場所から溢れんばかりの量のナメクジが出てきている光景があり、それは一種のグロテスクなアートのよう。
「うっ……」
 途端にますます顔色を悪くしたギンはとっさにヒイロの後ろに隠れます。
「うわーなんだこれ、ムチャクチャ気持ち悪ぃな!」
「ねー」
 小さいナメクジに害はないためシエナとシラハナは一足先にずんずん近づきます。
 人間が至近距離まで迫ってきてもナメクジはやっぱり気にしておらず壁の隙間の前で塊を作ってうごめいているだけ。まるでそういう生き物のよう。
 シエナたちが観察している間にも、メンバー全員が隙間の前に集合しました。
「絶え間なく出てきてるねぇ、もしかしてあの壁の奥にナメクジの巣があったりして?」
「可能性アリだな。様子を見てみるか」
「瞬時に調べる方針で固めたのはいいけど、どうやって調べるの?」
 後ろにギンを隠しつつ、ヒイロはアオとルノワールに問いかけます。
 傍若無人で暴走気質な狂人の二人でも、未知の領域に無計画のまま突っ込んでいいくような真似はしないので、しっかりとした作戦を立ててから行きます。勘違いしてはいけませんよ。
 最初に提案したのはもちろんルノワール、
「ショックスパークでナメクジをまとめて吹き飛ばしちゃってから隙間を通り抜けちゃう? たぶん人一人ぐらいならギリギリ通れるでしょ」
「名案だがあの粘液はどうする。微量の毒素が含まれているから迂闊に触れるとえらいことになるぞ」
 アオの反論によりルノワールの勢いが止まりました。粘液については何も考えてなかったのです。
「うむむ……触らずにっていうのは難しいねぇ……避けたいところだけど、通路は狭いし……」
 文末を濁しつつシラハナを見ます。アオも同様に視線を向けます。
「んん? どうしたの?」
 首を傾げる彼女の胸元に備え付けられている特大級のお山をちらりと見たところで、同時に視線を逸らしました。
「……粘液を除去する方法を考えよっか」
「……万が一のことがあってはならないからな」
「あ、うん、そうだね?」
 一連の行動に疑問しか抱かなかったシラハナですが、あーだこーだと話し合いを始めてしまった二人の間に割って入ることもできず、立尽くすしかできませんでした。
「……」
 始終黙っていたシエナ、二人とも大きいおっぱいが好きなのかな……と、思いました。思うだけです。
「レジメントレイブ何もかも吹き飛ばしちゃう? もちろん壁ごと」
「遺跡を破壊するな! ここは一応レムリアの重要文化財なんだぞ!」
 キンに怒鳴られ提案は瞬時にボツ。第十三迷宮が重要文化財に認定されていると知らなかったヒイロが顔を青くさせていますが誰も気に留めません。もちろんギンも。
 極悪非道に定評のあるギルマスは、
「原因究明のためなら多少の破壊ややむなしだ。あのぽんこつ王女のことなら少し壁が壊れたぐらいで文句を言わないだろ」
「ぽんこつ王女?」
 全く聞き慣れない名称にキョトンとするキンにヒイロはそっと耳打ち。
「あのね、アオたちはペルセフォネ姫様のことをぽんこつ王女って呼んでるんだ……」
「何故っ!?」
 一国の王女に対する扱いに驚愕する彼女ですが当然の反応です。驚かない方がどうかしてる。
 驚きの声を聞いたアオとルノワールはすぐさま振り向いて、
『ぽんこつだから』
 それだけ答えてから作戦会議に戻りました。キン、言葉を失って唖然。
「…………」
 彼女は考えます。ヨルムンガンドを倒した英雄ギルドだからと言っても一国の王女……ゆくゆくは女王になるであろう高貴な身分の方に「ぽんこつ」という渾名を付けても良いものか…………。
「いや、全然良くない……王族にあそこまで失礼な態度を取る奴らだったか……?」
 変化とは必ずしも喜ぶべきではないと感じていると、シエナが彼女の腰辺りの鎧をぺたぺた触って呼び止めていました。
「キンちゃんキンちゃん」
「どうした」
「リーダーとるーちゃんはな、エンちゃんのことを巨乳のぽんこつ王女って呼んでるぞー」
「よく不敬罪で首を跳ねられないなお前ら!」
 極刑されても文句は言えない状況だと言うのに、彼らはこうして息をしてナメクジロード踏破を試行錯誤しているのですから、世の中は不思議なものです。
「よかった……君はまともにツッコんでくれるんだね……」
 ヒイロ感涙。自分以外、誰も王女たちへのぽんこつ呼びについて指導してくれなったので。
 それらを無視し、ルノワールは唸りながら考えを絞り出していました。
「うむむ……やっぱり壁を壊すって方法しか思いつかないなぁ……」
 純度百%の破壊的思考を述べれば、ヒイロの後ろに隠れているギンが恐る恐る顔を出し、
「破壊するのは悪い案ではないかもしれないが……壁を破壊した轟音等でナメクジやナメクジの影響を受けていない魔物が来ないとも限らないぞ……」
 事は慎重に運ばなければならない彼の意見は最もと言えるでしょう。音でナメクジが増えるという最悪の事態を避けるために言っているようにも聞こえますが。
「確かに……ちびナメクジは興味を持たなそうだけど、ナメクジに怯えて極限状態になっている魔物が大きな音に焚きつけられて襲ってきたら厄介だなぁ」
「魔物に包囲される可能性があるから破壊する方針は全面的にキャンセルだ」
「うーむ」
 ルノワールは考え込んでしまいます。剣術と歌唱力に長けていても頭は良くない彼女がいくら考えたところで、状況を打破するアイディアは日が暮れても出てこないのは明白でしょう。
 その悪友のアオは彼女とは真逆でした。
「……よし、考えがまとまった」
「何がー?」
 待っている間にすっかり飽きてしまったのか、シラハナと一緒にあやとりをして遊んでいたシエナが目を向けます。丁度たんぼができていました。
「まず、ルノワール」
「なんだい?」
「ショックスパークでナメクジを一掃」
「おっけぇ!」
 疑問も持たずに剣を抜いたルノワール、ナメクジの塊に向けて剣を振るうとナメクジたちは吹き飛んで宙を舞います。ギンの顔色が一段階悪くなりました。
 次の瞬間、彼女の正面に稲妻が落ち吹き飛んだ空中のナメクジたちが感電、ついでに壁や隙間に溢れていたナメクジたちも稲光に包まれ、悲鳴もなくチリと化しました。
「どーよ!」
 たった一撃で無数の魔物を葬ったヒーローが得意げな顔を向けていますが、
「続いて氷砕斬の冷気で粘液を凍結させる」
「ちぇすとぉ!」
 労いも言葉もなく次の段階です。ルノワールは文句一つ言わないで冷気を纏わせた剣を壁の隙間に向けて振れば、青白い光が隙間を一瞬で通り過ぎます。
 光が消えた時、無色透明な粘液は氷点下の温度に晒されたことで氷と化していました。
「リーダーリーダー、今のるーちゃんの攻撃でちびナメクジいなくなっちゃったけど、また新しいナメクジが入ってくるんじゃね?」
 シエナの言う通りなので、動きの遅いナメクジより先に向こうにたどり着く……という無理矢理な戦法を取るワケではなく、
「そこで、俺の瘴気だ」
 アオはルノワールを退けて隙間の前に立つと、壁の隙間に少しだけ手を入れます。
 彼の周りに赤黒い瘴気が漂い始め、兵装としてそれを身に纏うと背中から黒翼が片方だけ生えます。肩翼なのはそっちの方がカッコいいからという本人の趣味によるもの。
 禍々しい瘴気は吸い込まれるように壁の隙間へ入っていきました。
「目視できないのがやや不安だが、瘴気を出している限り入ってくることはないだろう」
「本当にそうか? あのナメクジが瘴気に耐性を持っていたらどうする」
 キンが鋭く指摘しますが、アオは隙間の向こう側を睨んだまま、
「それなら問題ない。俺の瘴気の毒はこの世の生き物全てに効くからな……本来なら確認するまでもないが、お前たちと合流する前に確認している」
「ならいいが……相変わらず、すごい自信だな」
「自信じゃなくて事実だ。俺の瘴気が全く効かない奴なんてそこの宇宙一アホヒーローぐらいしかいないし、コイツだけで十分だろ」
「オイコラ」
 呼び名に不満しかないルノワールの苦情が飛び出すもアオは無視。いつものことです。
「俺が最初に隙間に入るからその次にルノワールが来い。その後の順番は適当でいいが、最後尾はキンに任せたい、念のため獣避けの鈴も使っておいてくれ……シエナ」
「ほーい」
 呼ばれたシエナはカバンの中に手を突っ込んで獣避けの鈴を取り出し、キンの前まで持ってきました。
「はいキンちゃん!」
「分かった。後方の警戒は任せておけ」
「いつもはギンちゃんが後ろの警戒をしてくれてたんだけど、今のギンちゃんはちびナメクジがいるかむぎゅ」
 すかさず背中にまわったヒイロがシエナの口を塞いだお陰で会話は中断されるも、彼女が何を言いたかったのかは最後まで聞かなくてもわかりますね。
『………………』
 ヒイロの後ろにぴったりくっついたままのギンと、獣避けの鈴を持つキン。
 二人の目がおよそ二十五分ぶりに合うと同時に、ギンの背中から赤黒い瘴気が発生し、キンが砲剣の柄を握りますが、
「ここで暴れたら一緒に縛って置いて行くからな」
 アオの鶴の一声により、再び互いの存在を無いものとして扱うため、目を逸らしたのでした。
 鎮静化を確認したところで、アオは瘴気を維持したまま壁の隙間に入っていきます。
「ちょっとちょっと! ナメクジを蹴散らした上に粘液問題も解決した僕に労いも敬いも感謝の言葉もないワケー!?」
 彼の後ろからクレームを飛ばしまくるルノワールが続き、興奮した犬のように吠えながらもちゃんとついて行くのでした。
「少しは何か言ったらどうなの!? “さすが宇宙一可愛いヒーローのルノワールは頼りになるなぁ”とかさ! 僕が可愛くて強くて信仰の対象だって自覚してもいい頃なんじゃないの! ねえ!」
 以下、「僕を褒めろ」とか「ちょっとは可愛いって言え」とか「僕を可愛いって認めろ」とか「僕のことを可愛いって言ってもアイツは怒らないからいいじゃん」等々似たような内容の文句を飛ばし続けていましたが、アオは断固無視を貫いたと言います。
「行くぞヒイロ」
「……うん」
 背中を押されてしまうヒイロはシエナから手を離してから、ルノワールたちが消えていった壁の隙間に入っていきます。後ろのギンが目を閉じながら進んで行ったのをシエナとシラハナが知っています。
「シラハナは先に行け、後ろはシエナと私が続く」
「はーい」
 続いてシラハナが軽い足取りのまま壁の隙間へ、大きな胸がややつっかえ気味ですが通れないこともなく、あっという間に隙間の中へ吸い込まれて行くように消えていきました。
「俺もいつか、あんなでっかい女になりてぇ……」
 何が。とまでは言わないシエナでした。
「……シエナ、少しだけいいか?」
「どしたのキンちゃん」
「アオとルノワールだが……あの二人、いつからあんなに仲良くなったんだ?」
「んあ? タルシスで冒険者してた頃のリーダーとるーちゃんは仲良くなかったのかー?」
「ああ……ワガママかつナルシスト気味のルノワールと、我が道を全力で突き進むアオはいつも反発しあっていてな、顔を合わせる度に何度も言い争っていたが」
「じゃあ今とかわんねーな!」
「え?」
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