世界樹の迷宮X

 今日も今日とて一応平和なマギニアの街並み。
 茜色の西日に照らされているマギニアの市場は、人とモノと活気で満ち溢れていました。
 冒険者だけでなく、マギニアの住民もよく利用しているためか、訪れている人々は老若男女問わず皆バラバラです。人が増えれば活気も増えるとはよく言ったもので、ここは連日連夜賑わっていて、静かな時が全くありません。
 個性豊かな人々を横目にしつつ、並んで歩いているのは青年と少女の冒険者二人組です。
「すまないなシエナ、夕食の買い出しに付き合わせてしまって」
「ギンちゃん。そこはありがとうって言うところだせ?」
「ありがとう」
「どいたま!」
 クアドラ第一パーティ後列ほんわか組(ルノワール命名)レンジャーのギンとメディックのシエナは、市場でのんびりお買い物の真っ最中。
 魔物を美味しく食す研究に余念のないギンは探索から帰った後、アイディアを試すために必要な食材を購入し、宿の厨房を借りて実行に移しています。今日はメタルシザースの新たな調理法を試すためのお買い物です。
 シエナは仲良し友達のレマンが鍛錬から帰って来ていなかった為、ギンの買い出しにちゃっかり同行しているのです。たまに屋台のお菓子とか奢って貰えますし。
「ギンちゃんギンちゃん、今日は何を作るんだ?」
「メタルシザースの甲羅を火で炙って中身を蒸し焼きにする、さらに甲羅の上で肉や野菜を焼けば一つで二度美味しい調理ができるかもしれないと思って試してみたくなった」
「おお〜」
「関節の間はまだ脆いから、そこに穴か切り込みを入れて調味料を注入するのも良いかもしれない」
「おおお〜」
 数々のアイディアに目を輝かせるシエナですが、すれ違い様に話を聞いてしまった人が魔物を食うという狂気じみた話に足を止め、ギンたちを見て愕然としています。ハイ・ラガード出身の冒険者ではないのでしょうね。
「あっ!」
 突然シエナが声を共に足を止めます。釣られてギンも立ち止まり、少女の視線の先にある露店に目を向けて、
「あれは……石を売っているのか?」
「誕生石ってやつだぞギンちゃん!」
 教えると同時に露店に向かって行ってしまうので、ギンは首を傾げながら後を追いました。
 こじんまりとしたスペースで出店してるそこは、小さなテーブルの上に小皿が十二枚並べて置いてあり、それぞれ色や形の違った石がいくつか置かれています。お皿たちの横には値段と石の名称が詳しく書かれているプレートが添えられるように置いてありました。
 店番らしき男は無口なのか人に興味がないのか商売っ気が全くないのか、シエナとギンを横目で見た後、黙って石を磨き始めるのでした。
「うわーうわー……キレーだなー」
 年頃の女の子らしくこういう物にも興味があるのか、目を輝かせながら綺麗な石をじっと見るシエナですが、少女のお小遣いでは少し厳しい値段をしています。とはいえ、強請るのも恥ずかしいのかチラチラとギンを見るだけ。
 ただし、天然な彼が無言の要求に気付くかと言われたら……気付くワケがなくて。
「様々な色の石があるな。何に使うんだ?」
 ここでシエナが最大級の不満そうな表情を浮かべましたが、男もギンも気付きませんでした。
「……あれ、ギンちゃんって誕生石ってしらねーの?」
「誕生石?」
「自分の誕生月にちなんだ石をお守りにして持っておくと、何かのご加護があるってやつ! 俺も詳しくしらねーけど!」
 得意げに言うものですから、店番の男がずるりとこけました。何も言いませんでしたが。
「ほう……そういう物があるのか。初めて知ったな」
「あっそうだ! ギンちゃんの誕生日っていつなんだ?」
 クアドラとして冒険を続けて長く経ちますが、彼の誕生日はまだ知らなかったので、シエナは思い切って聞いてみることにしました。
 するとギンはいつもと変わらない表情でこう答えます。

「一昨日だが?」

「…………………………え?」





 シエナはギンを連れ、さまよう魔眼もびっくりのスピードで宿に帰ると、きちんと手洗いうがいをしてからギンをロビーのテーブルに座らせて、宿に残っているクアドラのメンバー全員に声をかけて回りました。

「ギンちゃんの誕生日が一昨日だった!」

 と。
 驚愕する他メンバーとは違い、ギンは落ち着いているというよりも状況がよく飲み込めていません。早く厨房へ行ってメタルシザースの調理を試したいというのに、シエナに「ギンちゃんはここにいろよな!」と釘を刺されてしまい、身動きが取れなくなっていたのです。
 そして、シエナがメンバーを集めて戻り、最初に言った言葉は。
「何で誕生日が一昨日って言ってくれなかったんだよギンちゃん! お祝いしたのに!」
 ぷりぷり怒りながらの苦情でした。 
「そういえば僕もちゃんと聞いたことがなかったよ。当たり前のことすぎて改めて聞くのを忘れていたよ……ねぇ?」
 呆れるルノワールはそう言ってカラスバに話を振りますが、何をどう言っていいのか分からない彼は無言でオロオロするばかりで会話になりません。
 どうすればいいのか分からない青年とは違い、齢十三の少女の目は決意に満ち溢れていました。
「ちゃんとプレゼントを用意するから待っててくれよな、ギンちゃん!」
 それは力強くて頼もしい言葉。普段の探索の時でもここまで気合いを入れることはないというのに、こういう時ばかり本気になるのが性分です。
 さらに、その後ろから、
「僕も渡します!」
「わたしも!」
「ぼくも!」
 レマン、カナリー、ミモザの三人兄妹が登場。シエナがメンバーをかき集めている間に帰ってきていたのです、蛇足ですがローヌは用事があるためまだ外出中。
 と、輝く瞳を向けてくる子供たちに対しギンは、
「何故……プレゼントを渡すんだ?」
「ギンちゃん!?」
 真顔でキョトンとしてそんな疑問をぶつけるのですから、シエナだけでなく他のメンバーも戸惑います。天然系男子、誕生日の意味を知らない問題発生。
「ギン!」
 宿の奥から大声が響きます。
 声の主は仕事から帰ってきたばかりのヒイロです、彼はさっきまで部屋で商売道具の整理をしたり、任務報告用の伝書鳩を飛ばしたりと事後処理をしていました。探索終了後にサクっと終わらせられる仕事を片付けて戻ってきたばかりなのです。
 勢いよく階段から駆け下りてくると、ギンのすぐ横で急ブレーキをかけて停止。必死の形相にカラスバだけ戸惑っていますが置いといて。
「誕生日のことがわからないってホントなの!?」
「わからない?」
 やっぱりキョトンとする天然系男子。もはや天然という域を超えていそうですがさておいて。
「誕生日って生まれたことをお祝いしてプレゼントを渡すんだよ!? てか俺は毎年プレゼントを渡してたじゃん!」
「そうだったのか?」
「そうだよ!? 一昨日の朝一に渡したじゃん! 結構お高めのワイン!」
「ああ」
 そういえば。と納得したように手を叩きましたが、周囲の反応は冷たいモノでした。ギンに対してではなくヒイロに。
「ヒイロは知ってたんだ……なんで教えてくれなかったの」
「そーだぜ」
「そうですよ」
『そーだーそーだー』
 ルノワールとシエナとレマンとカナリーとミモザの視線は裏切り者を見るよう。カラスバはカバーのしようがなくてやっぱりオロオロしています。役に立たないから無視。
「だ、だって……一昨日は早朝から翌朝までお仕事だったんだもん……てっきり俺のいない所でお祝いしてたんだとばかり……」
 そういえばそうでした。ヒイロを責める口実がなくなったことで五人の口は一斉に閉ざされ、冷たい視線も消えました。
「……それで、ワインを貰っても誕生日を祝うモノだとわからなかったのか?」
 黙り込んだ皆の代わりにカラスバが尋ね、ギンは首を縦に振ります。
「私はてっきり日頃の礼だとばかり思っていた」
「日頃から君には感謝してるからこそのプレゼントだったんだけどなぁ……」
 呆れるヒイロですが、魔物に怯え、アオとルノワールに虐められ、汗水と血を流して仕事を頑張る彼に厳しくも優しく接し、助けてくれるギンに対する感謝の気持ちは尽きません。だからこその高級なワインをプレゼントしたのです、一本十万エンですが値段は言わないでおきました。
「ワインをくれた礼にスモークチーズを振る舞ったんだが」
「えっ、もしかして昨日の晩ご飯のアレ……? そ、そうだったんだ……ありがとう……」
「どいたま」
「素直にお礼を言ってる場合か」
 ルノワールの冷静なツッコミによりひとまずこの話題は終わりということになりました。

 ということで話し合いは続きます。
 本人が誕生日を伝えてなかったのはそもそも誰も尋ねたかったからですし、ギンを責める前に少し遅れたけどお祝いをする準備をしようと話が進みかけた時でした。
「何故、誕生日を祝うんだ?」
『ええっ?』
 いつもの表情で首を傾げている彼は、誕生日はお祝いするものだという一同の意見が不思議て仕方ないのでしょう。腕を組んで自分なりに考えていますが答えは出てきません。
「自分が生まれたことはとってもめでたいことだから、お祝いして楽しく過ごすんだぜ?」
 呆れもしないで優しく教えたシエナでしたが、この答えはギンの疑問を拭うことはできなかったようで、
「私は自分の誕生日と母親の命日が同日だが……それでも祝うのか?」
「あ」
 すっかり忘れていたシエナは固まり、初耳だったレマンとカラスバは氷付き、ヒイロとルノワールは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、双子はキョトンとしていました。
 ここにいる半分のメンバーは彼の母親が臨月時に亡くなり、赤子だったギンはすぐに腹から取り出された、重い事実を知らないのですから。
 本人はこのことを一切気にしていないようですが、本筋とは関係ないので置いておきましょう。
「これは……確かに祝いにくいですね……」
「誕生日を祝い事だと思わないのも頷ける……」
 とてつもない気まずさに襲われたレマンとカラスバはさておき。
「でもさでもさ、身内の命日と自分の誕生日が同日でもだいたいの人間って死者より生者に関心を向けるものだから、誕生日を祝ってもらっても不思議じゃないと思うなぁ」
 デリケートな問題にも平気な顔をして土足で踏み込む系ヒーロー、ルノワールの爆進撃は続きます。
「ギンって故郷にいた時は誕生日をお祝いしてもらえなかったの? 例の暗黒時代抜きで」
 堂々と発する「例の暗黒時代」についてシエナとヒイロは心当たりがあり、少し顔を引きつらせますがギンは全く気にしておらず、ルノワールの質問を冷静に答えます。
「誕生日を祝福するという風習はなかったな。歳を一つ取る日という認識だけで、特別なことではない」
「そうなの?」
「そうだ」
 真顔で即答されたので本当のことでしょう。
「出産時、母親は激痛に耐えて子供を産み落とす。それは時には命を落とすことになるかもしれない苦難と苦痛だと聞く。新しい命が産まれることはめでたいかもしれないが、母親の痛みに同情するという認識の方が強いな」
 続けて語った言葉に一同は気付かされました。母の偉大さと誕生日を祝福しない側の言い分を。
「そういう考え方かあ……ギンの地元って君以外の村民が女の子っていう環境だから、出産はもっとこう……めでたいっていうか、頑張った日だー! って言うものかと思っていたよ」
「結婚妊娠出産はこれといって特別視されていなかったな、各々自分の好きにしてくれといった感じだったと思う」
「人口とか大丈夫だったのかい?」
「亡命したり悪漢から逃げてきた女性を匿い、村の一員として迎え入れていたからその問題なかったな。そもそも村で子供を産んだとしても、男だった場合は間引くか近隣の街の孤児院に預けるか母親と共に村から出て行くかの三択だ、リスクが大きい」
「しれっと間引くって言っちゃったね……」
 子供好きのヒイロ、ギンの故郷の事情を分かっていても心が痛みます。自分には全く縁もゆかりも無い子供ですが、理由もなくいたずらに命を奪われるのは納得しにくいところがあるのです。暗殺者として。
「なーるほどねぇ……文化の違いってやつだねぇ」
「そうだな」
「でも僕は君の誕生日をお祝いしたいからお祝いするよ。君がその気じゃなくてもね」
「何故?」
「僕がそうしたいからさ!」
 胸を張って堂々と宣言したルノワールは、これ以上のない自信に満ち溢れていました。自分の気持ちと欲にはとっても素直でワガママな性格です、絶対に近日中に誕生日会を開催することでしょう。ヒイロには分かります。
 宇宙一可愛いヒーローの高らかな宣言に賛同する声もちらほら上がり始めます。
「俺も俺も! 俺もお祝いしたいからお祝いする!」
「僕もやります!」
「わたしもー!」
「ぼくもー!」
 言うまでもなく四人の子供たちでしたが、ギンはわけもわかずキョトン。「なんで?」と言いたそうな顔をしています、台詞がなくてもわかりますね。
 無言の疑問に答えるのはもちろんシエナです。
「俺はギンちゃんの誕生日をお祝いしたいからお祝いするだけ! るーちゃんと一緒だ! それとも、ギンちゃんはお祝いされるのが嫌なのかー?」
「嫌……ということはないと思う、なんというか……安心するな。何故だろう」
「じゃあ嬉しいってことだな!」
 勝手に決定付けました。元々自分の感情の変化に鈍感な彼ですから、曖昧に終わらせておくより断言した方が分かりやすいですし、感情の起伏について少しでも覚えておきたい彼のためにもなるでしょう。
「……そうか」
 まるで自分のことのように喜んで「にへへ〜」と笑う少女の表情を見て、誕生日を祝福されることも悪くないと思い始めたギンなのでした。
 そして、

「ただいま」

 我らがギルドマスター、アオが帰ってきました。
「お帰りアオ、白魔女は見つかった?」
「全然」
 ヒイロの質問に対し、静かに首を振ったアオはため息を交えてそう答えました。
 白魔女と呼ばれる、白髪青目で美しい女性はアオの育ての親でありリーパーの技術を教えてくれた恩人……ですが、色々と複雑な事情が絡み合って現在は親子喧嘩の真っ最中。クアドラに所属していますが宿を拠点にはしておらず、マギニアのどこかにある隠れ家でこっそり暮らしているとのこと。
 弟子三号のギンと白魔女に惚れ込んでいる帝国騎士コンは隠れ家の場所を知っているそうですが、二人の口は固くて教えてもらえませんでした。よって自力で探す手段に出ています。
 理由は単純明快、散々やらかしてきた腹いせに住処を暴いてやろうという私怨。それだけ。
「……で、何なんだこの騒ぎは」
 帰ったばかりのアオは大変盛り上がっているシエナたちを見るなりぼやきます。子供たちが盛り上がっているのはいつものことですが、今回はギンも巻き込まれているため少し気になりました。
 すぐに答えてくれたのはヒイロです。
「ほら、ギンの誕生日って一昨日だったでしょ? シエナやルノワールたちはそれを知らなかったから、改めて誕生会しようって話をしているところなんだ」
「アオはギンの誕生日にどんなお祝いしたの? 恋人になって初めての記念日みたいなものだし、僕たちの知らないところでイチャイチャしてたんじゃないのぉ〜?」
 ついでとばかりにルノワールが煽り、カラスバは無言で成り行きを眺めつつ、そろそろ部屋に戻ろうかと踵を返そうとして、
「…………」
 無言のアオに違和感を覚え、動きを止めました。
「……どうした?」
「あれ?」
「およよ?」
 首を傾げる三名。恋人ギンとの関係になると照れながら「言わない」とか「話してたまるか」とか「誰がお前たちに説明するか」とか答えてくれるものですが、無言とはまた珍しい反応ですね。
 ルノワールの言い方が気に入らなくて無言で怒っている……ということでもなさそうです。
 赤と青のオッドアイの瞳が、遠くを見つめているのですから。
「…………え、あ……え……」
『?』
「……おと、とい……?」
『嘘でしょ!?』
 ヒイロとルノワールの絶叫はマギニア全体を揺らしたとか、揺らさなかったとか。





 緊急会議はネイピア商会の裏で行われることになりました。
 驚愕の事実から一夜明け、今日は探索の予定もないため、シエナたちはギンの誕生日会をしようと盛り上がっていました。ギン本人が目の前にいますが関係なく。
 できれば誰の耳にも入らずに過ごせる場所は……と、考えた結果がここでした。宿でコソコソするのも嫌だというアオの希望です。
 朝の穏やかな光が差し込んでくるため日当たりは良いですが、大通りではないため人通りは少なく、見かけるのは商品を納品する業者や店の工房で作業している職人ぐらい。マギニアの超有名ギルドでもあれば顔も広いため、すれ違う度に軽い挨拶が交わされます。
「じゃあなールノワールちゃん、また綺麗な歌声を聞かせてくれや」
「おっけー! 楽しみにしといてねー!」
 裏口の戸を開けて作業場に戻っていった中年の職人を見送った後、
「で? ギンに何を渡すか決めたの?」
 後ろで壁に頭を押し付け、苦悩の真っ只中にいるアオに尋ねるも。
「全然……」
 地獄の呻き声のような返答しか来ません。
 恋人のギンの誕生日を知らなかったことと、それが一昨日だったことが地味にショックだったらしくずっとこのテンションです。ギンが誕生日を特別扱いしていないと知っても、です。
「ギンの考え方が独特とは言っても、恋人として最初の記念日を逃すのはショックだよね……」
 そう言って同情するヒイロの腕には、タヌキに似た魔物が抱かれていました。朝ごはんなのかパンの耳をもぐもぐ食べています。
「きゅー」
「ムルムル……お前はどうするべきだと思う……?」
「きゅ?」
 魔物なので当然、アオが何を言っているのか分かりません。つぶらな瞳を向けつつ、パンの耳をかじり続けるだけです。
「だからその子の名前はぽんぽこ丸だってば」
 ルノワールが注意してもアオは全く聞きません。ヒイロからタヌキの魔物を受け取ると、しっかり抱きしめてもふもふの頭を撫で始めました。死んだ魚のような目で。
 人間に全く敵意を向けないこの魔物、ネイピアからの依頼で樹海から連れて帰った化けダヌキという種類で、つけられた名前は「ぽんぽこ丸」現在はネイピア商会で飼われており店のマスコットにもなっている愛らしい魔物です。公式グッズ絶賛販売中。
 クエストに立ち会っていたアオはなぜかこの魔物を気に入っており、ネイピアという飼い主がいるにも関わらず「ムルムル」という名前を付け、隙あらば持ち帰ろうとしています。よって、単独での接触禁止令が出ていますが、今回はルノワールとヒイロ、更にはカラスバもいるので触れ合い可能です。
「何故……俺は巻き込まれて……」
 カラスバがぼやいても誰も聞いてくれません。今朝だって起きて、朝食をとってからマギニアの外に出て一人鍛錬に励もうとしていたら突然ルノワールに引っ張られてここまで連れて来られたのです。さっさと無視して帰ればいいだけの話かもしれませんが、もしかすると何か理由があるのかもしれないと思い、逃げ出せずにいました。
「まずはギンの好きなものを一つずつ挙げていって、その中からプレゼント候補を決めよう」
 カラスバの存在を無視してルノワールは提案します。ヒイロも全力で首を縦に振っていました。
 青い空を仰いでもぽんぽこ丸を撫でる手は止めないアオは、
「アイツの好きなもの……肉と……キンを苛めることと……樹海料理と……シエナと……俺?」
「なんで最後ちょっと自信なさげなのさ」
 君らしいけどねぇ。と付け足したルノワールは、パンの耳を食べ終わったぽんぽこ丸にクッキーを与えます。
「きゅー!」
 タヌキらしく雑食性のぽんぽこ丸は喜んで食べ始めました。
「もうさあ、全裸になってリボンで大事なところを隠して自分がプレゼントだって言えば? ギンもそれで大満足でしょ」
「彼のことをなんだと……」
 さすがにやりすぎだとカラスバは嗜めようとしますが、小声だからか存在ごと無視されているのか全く聞いてくれません。ヒイロの表情が引きつっているのは無視しているルノワールに何か言いたいのか、ルノワールの提案に反対なのかどちらかでしょう。
 アオといえば怒って反対するどころか、
「それは絶対に喜びそうだが俺がすごく嫌だ……!」
 渋い顔で却下。抱いている人間の物々しい表情にぽんぽこ丸もただならぬ気配を感じたのか、少し戸惑っている様子。
「きゅきゅ……?」
「喜ぶのか……」
 ついでにカラスバも戸惑っていました。
「面白いと思ったんだけどなぁ」
「プレゼントを面白さだけで追求してんじゃねぇよ」
「じゃあさ、ヒイロは何でギンにお酒をプレゼントしたの?」
 清々しいほどのスルーっぷりにアオ絶句。自分のやりたいことだけをやる彼女の生き様を垣間見ました。
「ええっと……あの子もお酒が好きだから喜ぶかなって思って、アオと同棲……を始めてからはお酒を控えてるって言ってたし」
「え」
「え?」
 まるで知らなかったような反応ですが本当に知らなかったのでしょう。ぽんぽこ丸を撫でる手を止めてしまいました。
「きゅ?」
「それも初耳なのぉ?」
「二人きりの部屋になってからは甘いものも控えてるって言ってたよ?」
「……」
 愛する人を想っての我慢の数々にアオは絶句するしかありません。
「きゅー……」
 御覧の通り、ぽんぽこ丸も不安な表情。
 すると、ルノワールが嫌味を畳みかけます。
「部屋以外でのイチャイチャも禁止だしー付き合ってることもあんまり公言してないしーギンに色々我慢してもらってるんじゃな〜い? 何か一個ぐらい妥協してあげなよ〜誕生日限定とか言わないでさぁ〜?」
 クスクスと相手を煽るように笑いながら言うものですからアオのストレスが急上昇。負のオーラを感知したぽんぽこ丸が体を震わせました。
「おい待て! 話が逸れてるだろ!」
「逸れてるとか逸れてないの問題じゃないんだよ。僕が突きたい問題を突き回しているだけなんだから!」
「最悪だなお前!!」
 さすが瘴気ノ魔女の悪友、己の欲だけ見て生きています。
「お、お、落ち着いてよ!」
 ヒイロが間に入ってヒートアップする二人を止めていなければどうなっていたことか。
「ぽんぽこ丸も怖がっているからもうやめよう? その話はアオとギンでゆっくりすればいんだし、今は誕生日プレゼントのことを考えよ? ねっ?」
「……それもそうか」
 いつもなら話なんて聞いてくれませんが、ぽんぽこ丸がいるためかすんなり聞き入れてくれました。
「きゅ」
「すまないなムルムル」
「きゅ!」
「だからぽんぽこ丸! 君もムルムルって呼ばれて返事しちゃダメでしょ!」
 ヒイロのこのツッコミはいつも通り無視されます。
「プレゼントなあ……欲しがってるものとかあれば……」
 調理器具とかどうだろうか……と思考を巡らした時。
「あっ」
 ふと、少し前の出来事を思いだしました。


 その日、探索が終わったアオは自室でギルド予算を家計簿に書き留めていました。
 アイオリス滞在時に借金で苦労してから、お金には一エン単位で厳しくなった彼がこの作業を欠かしたことは滅多になく、並々ならぬ情熱を注いで細かく記入している様は節約に命をかける主婦のようだとルノワール談。蛇足ですが家計簿をつけているアオの作業を妨害すると、世にも恐ろしい目に遭うとシエナは力説していたそうな。
「……よし」
 ホッと息をついてペンを置き、ノートを閉じて作業完了。探索をし始めた頃は家計簿を付ける度に頭を抱えていたものですが、最近は採集班のお陰で経済的余裕もできたため、大変穏やかな気持ちで記入できるとか。
 家計簿を付けた後はどうするかは決まっています。明日の探索に備えて寝る、それだけ。
 ですが。
「……」
 机の横にあるベッドに座り、アオをじっと見つめているギンに構うことが優先です。
「……なんだよ、さっきからずっと見てきて」
 夜のアレソレのお誘いであれば全力で断る決意を固めています。性格は難アリですが基本的には真面目なギルマスなので、明日の探索に影響が出てしまいそうな行為は自重しています。
 しかし、ギンの返答は想像とは全く違っていました。
「アオの耳たぶにある傷がとても気になったが、家計簿を付けている時のアオに接触すると生命がアレやコレやしてヤバイとシエナが言っていたから、終わるまで待っていた」
「生命の危機を表現するにしても、もう少しまともな言い回しはなかったのか」
 聞くまでもなくシエナの表現をそのまま口にしているのでしょう。ギン本人は何がいけないのか全く分からずにキョトンとしていますが、いちいち説明するのも疲れるのでやめました。
「……ピアスの穴だよ。もうほとんど塞がってるけど」
「ピアスなんてしていたのか?」
「アイオリスで冒険者をしていた頃にちょっとな」
 その辺りの記憶は忌々しい借金のことと重なってしまうのでなるべく言いたくありませんが、今のギンは耳たぶの傷痕が気になっているだけですし、この程度の返答で十分でしょう。
 丁寧に説明しようがしまいがギンの反応は変わりません。小さな声で「なるほど」と独り言をぼやいてから続きの台詞。
「私もやりたい」
「……何を?」
「ピアス」
 直後、アオは「しまった」と思いました。好きな人と色々なものを共有したいギンのことです、自分もアオのようにピアスを着けてみたいのでしょう。
 アオ本人は心底どうでもいいという気持ちで溢れていますが、邪険に扱うと後が面倒です。ギンはある程度はちゃんと構ってあげないと面倒な態度をとるタイプの人間です。ルノワールも同様に。
「へいへい、わかったよ。今日は遅いし明日も探索だから、また今度な」
「わかった」
 ひとまずそれでこの話を終わらせて、二人は大人しく就寝するのでした……。



 回想終わり。
「……やっべ、すっかり忘れてた……」
「きゅ?」
「なにが?」
「いや別に……渡す物の目星がついただけだ」
 ギン本人も忘れているのか、空気を読んで黙っているかどちらかはわかりませんが。ああやって約束してしまった以上、やることは決まりました。
 目を白黒させるルノワールと言えば、彼の中で何が起こったのか検討も付かないものの、解決の糸口が見えた以上、やることは決まりました。
「よーし! じゃあ早速買い物に行こう! 宇宙一可愛い僕のセンスを頼ってくれたまえー!」
 大きく腕を振りかぶって得意げに胸を張っていました。まるで「僕を頼れ!」と訴えているかのよう。
「おい、まさかお前ついて来るつもりなのか」
「いーじゃん」
「よくない帰れ」
「やだね!」
 我の強いヒーローにはアオを一人にするという選択肢がないのでしょう。怪訝な顔をされても暴言を吐かれても足を止めず、彼の横をついて歩きます。何度も何度も「何を買うの!?」と尋ねながら。
「俺たちを無視してどんどん話が進んで行く……って、アオ! ぽんぽこ丸は置いて行かなきゃダメだよ!」
「ところで……俺が連れて来られた意味は……」
「あっ……ごめん、たぶん、ない」
「……」
 絶句するカラスバはしばらく立ち尽くしていたと言います。
 ちなみに、アオが駄々を捏ねたせいでぽんぽこ丸の返却には三十分強ぐらいかかりました。





 ルノワールに茶々を入れられながらも購入したのはピアスでした。
 青色のガラスを球状に磨き上げただけの、非常にシンプルで小さいモノ、どこにあってもおかしくない普通のピアスを雑貨屋で購入しました。
「綺麗にラッピングしてもらったし、あとは渡すだけだね! ガンバ!」
 湖の貴婦人亭二階廊下端、バルコニーへと続くドアの前で、ルノワールはアオに激励を飛ばしていました。
 アオの手には小箱がありました。誕生日プレゼント用のラッピングをしてもらった可愛らしい箱、四日遅れの誕生日プレゼントです。
「結局、最後までついて来やがって」
「いいじゃん」
 キッパリと断言。彼女の後ろにいるヒイロとカラスバが苦い顔をしていましたが、生憎彼女の背中に目は付いてないので、それに気づくことはありません。
「ほらほら、空気読んでギンと二人きりにしてあげたんだから、ちゃちゃっと渡してきなって!」
「言われなくてもそうするっつーの」
 ニヤニヤしているルノワールに苛立ちを覚えながらも、アオはさっさとバルコニーに出てしまいました。勢いよくドアが閉まり、騒音後の痛いぐらいの静寂に包まれます。
 しっかりと見届けたルノワール、くるりと振り返ると、
「よーし! こっそり観察するよ!」
 堂々と覗き宣言です。一点の迷いもなく、これから覗くぞ! 覗く以外の何がある! と訴えているような強い意志を感じてしまいます。
 無言のヒイロは彼女が覗き宣言することはなんとなくそんな予感はしていましたし、自分もあの二人の動向が気になっているので何も言いませんが、カラスバは目を白黒させていて、
「えっ……俺も……?」
 一緒に覗くのか? とまでは言いませんが自身を指して確認。
「当たり前だよ! この件で散々僕たちと一緒にいたんだから、結果を見届ける義務があるんだよ!」
「……巻き込まれただけなんだが……」
 すごく理不尽だとカラスバは思いましたし、ヒイロだって同じ気持ちです。
 それでも、この自分勝手ヒーローに逆らう気持ちが芽生えなかったので、ドアの隙間から外の様子を観察することにしたのでした。





 日没からあまり時間も経ってない空は、黄昏から黒く染まりつつあり、白い星たちが点々と輝きを放ち始めていました。
 日の光がなくなったことで急激に気温が落ち、肌寒さを感じます。上着を一枚でも着れば多少は緩和できそうですが、わざわざ取りに行く程でもないのでこのままで過ごします。
 湖の貴婦人亭バルコニーは宿泊している冒険者の憩いの場だったり、洗濯物を干す場所だったりしていますが、今はどちらもありません。広いような狭いような、一言では断言できない空間にいるのは、アオともう一人。
 木製の手すりに手を置き、マギニアの各地から見えるレムリアの世界樹を眺めている青年の後ろ姿が見えたかと思うと、
「アオか」
 バルコニーに一歩入っただけで気付いたらしく、静かに振り向きました。
「……」
 何を言えば良いのかわからず、少し考えたものの気の利く言い回しが見つからなかった結果、無言で近づいていきます。
 後ろに隠した手には、あのプレゼントがあります。彼が気に入ってくれるかどうか自信はありませんが、一生懸命考えて選んだモノです。
 それを渡すだけの単純な作業、なのにどういうワケだか変に緊張していつもの調子が出てきません。待ち望んでいた状況のハズなのに、一刻も早く逃げ出したい気持ちでいっぱいになるのです。
「それで、ここで話がしたいとのことだが……何だ?」
 鈍い青年は夢にも思っていないでしょう。恋人からプレゼントを送られるなどと。
 意識せずとも険しい顔つきになってしまうアオの様子が分からず、ギンはきょとんとしています。これから怒られるのか褒められるのか口説かれるのか検討もつかないので、答えを得るためにも黙ってアオからの返事を待つことにしました。
「…………」
 アオの足が止まりました。彼はすぐ目の前にいます。いつも通り、感情の変化が読み取りにくい仏頂面を浮かべている恋人の前。
 後ろに持っているものを突き出すという、誰にでもできる単純な動作が、今になってできません。腕だけ石化したように動かないのです。
 頭の中で何度も「さっさと渡せ!」「寒いんだからやること済ませて宿に戻りたい」「腹減った」「何で躊躇ってんだよお前」「いい加減にしろ」「寒いってば」等々の言葉が弾幕を作って流れていき、その中でふと、気付きました。

 ―――そういえば、今までアイツに何かしてもらってばっかりで、俺からプレゼントを送るのは滅多になくて……それこそ、形に残るようなモノを送るのは、初めてだったような……?

「っ!?」
「む?」
 自覚した途端緊張がピークに達しました。声を上げなかっただけマシだと言ったところでしょう。
「アオ? 突然俯いてどうしたんだ?」
「…………」
 その緊張は、ここでギンに告白した時よりも各段に上だったと言います。

 ――――やばいやばい、渡しにくい、ものすごく渡しにくい。
 ――――イヤ待て、思考を止めるな考えを続けろ。もしもここでプレゼントを渡せずにのこのこ戻ってみろ、ルノワールになんて言われるか……。

「えー? アオってば結局渡せなかったのぉ? なにそれすっごくヘタレじゃな〜い? マジ勢いの塊って感じぃ〜」

 頭の中でニヤつきながら煽ってくる女を思い浮かべただけで緊張の糸が切れました。切れたというよりも引きちぎりました。そう、ストレスが勝ったのです。
「これ」
 石のように固まっていた腕は自由を取り戻し、プレゼントを前に出すことに成功しました。
「……む?」
 突然可愛い小箱を突きつけられた張本人、何がどうして彼がこれを渡そうとしているのか検討がつかない様子です。渡したい物があるなら、わざわざ包装しなくてもいいのでは? と思っていることでしょう。
「その……誕生日、プレゼント……」
 じわじわと照れが戻ってきたのか、視線を逸らし、ぼそぼそと呟くように答えるだけ。普通の人であればこれだけで察しはつきそうなものですが、相手はギンです。
「誕生日? もう終わっているが?」
 四日前に。
「終わっててもいいんだよ最近なら! 俺だってお前の誕生日ぐらい祝いたいんだから、細かい事はあんまり気にするなっての!」
「なるほど。アオもシエナたちと同じように、祝いたいから祝うということか」
「ま、まあ、そうだけどさ……お前が生まれてこなかったら、こうして俺と恋人になることだってなかったんだ。だから、生まれた日を祝福するのは当然だろ。大切な人の特別な日……なんだから」
「はっ」
 表情は一切変わらないギンの金色の瞳が輝き始めました。こういう時、彼がどういう感情に包まれているか知っています。感動、もしくは喜びです。
 アオはこの反応が少し苦手でした。喜んでくれるのは嬉しいのですが、純粋で眩しい視線を向けられてしまうと、どうにも居心地の悪いような、むず痒いような感覚に陥るからです。
「……ただ歳を取るだけではなく。この日に生まれてきたことに感謝し、祝福する……それが、誕生日という特別な日ということか……」
「お前、シエナたちに散々言われたらしいのに全く理解してなかったのかよ」
「そうだな」
 清々しいぐらい真っ直ぐで、彼らしい返答でした。
「だからアオたちは誕生日を祝福する側だったのか」
「側ってなんだよ側って」
 独特な言い回しを理解するのも疲れましたが、とりあえず彼の中では納得できる答えが見つかったということでしょう。そういうことにしておきます。
 ギンはプレゼントを手に取ると、納得したように頷いて。
「ふむ。アオからの贈り物だからな、この身が滅びるまで大切にしよう」
「そりゃどうも……」
 気苦労は多かったものの、なんとか無事に渡すことができました。これでルノワールにねちねち言われなくて済みそうですね、腕を組んでホッと一息……、
 するのも束の間、
「それで……」
「それで?」

「請求書はどこだ?」

「んん?????」

「祝福代とはいえ、お金にうるさいお前にとっては思わぬ出費だったことだろう。誕生日を伝えてなかった私の落ち度もある。だからいくらか負担するつもりでいる。全額でも構わないぞ」
「…………」
「しかし、先日に探索用のナイフを新調したから持ち合わせは心許なくてな……できれば、次の探索で収入を得るまで待ってもらえると助かる」
「……………………」
「心配するな、私はお前の恋人だ。決してお前の負担になるようなことはしないと約束するぞ。お前のためだからな、アオ」
「…………………………………………」
「これの中身は何だ? 大きさや重さからして食べ物ではないようだが……開けてもいいか?」
「………………………………………………………………」
「アオ? どうしたんだ?」





 誕生日会は延期となりました。
 具体的な理由としては、アオからのプレゼントを有料だと勘違いしたギンが的外れた発言を繰り返したことがシエナたちに知れ渡り、二階の女子部屋でお説教タイムが始まってしまったからです。
 今頃、ギンはシエナたちに叱られながらも、何がいけなかったのか理解できずにキョトンとしていることでしょう。それが反感を買ってしまうというのに。
 そして、アオはロビーのテーブルに付していました。
 冒険者だけでなくマギニアの住民からも「瘴気ノ魔女」とか「悪魔」とか「悪の大魔王」とか呼ばれて畏れられている彼であっても、ギンの反応はかなり傷ついたらしく、
「俺……俺は……俺は今まで自分の言動をこんなに後悔した日は……ない……」
 声を震わせてながらそこまで言うと、何も喋らなくなってしまいました。これ以上言葉を続けてしまうと、泣きそうになっていることがバレてしまうと思ったのでしょう。
 露骨に隠そうとしなくてもバレていますが追い討ちをかける人はいません。アオの肩をそっと叩くヒイロもその一人でした。
「アオの自業自得と決めつけてしまうよりは……その、ギンの考え方にも問題があると思うよ……」
 ギンと付き合いが長いとはいえ、この結末は想定外でその表情はやや引きつっていました。もはや怒りもなければ呆れもありません、全てを諦めたような、そんな表情です。
「……まあ、その、元気を出してほしい……」
 慰めのつもりで湯呑みに入った梅昆布茶を差し出すカラスバですが、
「いらない……」
「…………そう、か」
 速攻で拒絶され、今日は本当にどうして役に立ってないのだろうかと、猛省し始めてしまう真面目なブシドーなのでした。



 なお、ルノワールは二階の廊下の隅で笑っていました。壁をばっしばっし叩きながら。
「ひっひ……痛い……お腹、笑いすぎておなかいたい……!」
 ずっとこんな調子です。この状況で笑っているのは彼女だけです。
「おい、ルノワール……お前にとってそこまで愉快な出来事だっていうのは分かったけど、そろそろいい加減にしておけよ……?」
「ひひひ……ん、ああ? ナギットだ!」
「へ、あ、うん、ナギットだけど?」
「ねえねえナギット! 君って誕生日はいつ?」
「えっ? まだ半年も先だぞ……?」
「そっかあ半年かあ!」
「誕生日がどうかしたのか……? 今朝もシエナたちが誕生会がどうのって盛り上がってたし、今日は朝から探索でさっき帰ってきたばっかりだから、全然わかんねぇんだよな」
「それはシエナたちに聞けば分かるよ。それより、半年後のナギットの誕生日には必ず君を極楽浄土に連れて行ってあげるから、楽しみにしててね!」
 元バードのヒーロー。彼の誕生日には素敵な歌をプレゼントして、喜びの渦に引き込んでやろうと今から意気込みを始めていました。
 そして、ナギットの横を通って鼻歌混じりに一階へと降りていきます。失意のどん底にいる悪友を煽るために。
 一人残された騎士は、
「え……俺……殺されるのか……?」
 顔を青くさせて盛大な勘違いを起こしてしまったそうな。


2019.12.16
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