ギルド小話まとめ
クアドラのギルドマスターアオと、元スナイパーで現レンジャーのギンは恋人同士です。
「恋人らしくない気がする」
「は?」
今日は休日。アオが自室で黙々と第十四迷宮の魔物の資料をまとめている最中、背後でギンが突然こんなことを言い出したせいで、呆れつつ振り向いたのです。
「お前……色々やってきて今さらそれか?」
「色々?」
「忘れろ」
昨夜もアレソレやっといて何を言ってんだと叫びたかったところですが、話が嫌な方向にこじれそうなので我慢することにしました。
「正式に交際を始めてしばらく経つが、私とアオは恋人らしいことをあまり行っていないと思ってな」
「好き勝手しておいて何を……つーか、恋人らしいことって何だよ」
「腕を組んだり手を繋いだりといった些細なことから、抱きしめ合ったりすることだな」
「あー……」
街で偶然そういうお熱いカップルを見かけて羨ましくなってしまったと、瞬時に察しました。
「アオが人前で私と触れ合うことに対して苦手意識を持っていることは理解している。だから触り遭うのは自室だけなら良いという言い分も納得している。しかし、今まさに部屋に二人きりだというのに触れられないのは我慢できない」
「仕方ないだろ、今日中に司令部に報告しないといけないんだから」
「今ここでしかできないことを今やりたい」
お預けさせすぎたせいでしょうか、日頃の欲求不満が爆発寸前までたまっている様子です。昨日散々した覚えしかありませんが彼にとっては昨夜のアレソレと昼間の触れ合いは別問題なのでしょう。
理解に苦しむアオは頭を抱えてため息をつくわけで、
「用事が終わったらちゃんと相手してやるから我慢しろよ……」
「いつ終わるんだ?」
「もう少し」
「そうか、待つとしよう」
さっきまでの熱量はどこへやら、あっさり納得してくれました。バカだと扱いやすくて助かると思っても口にはしません。自重しない極悪人と囁かれていても、それぐらいの空気は読めます。
やれやれと思いつつ机に向き直ってペンを持ち直した刹那、左肩に重圧がかかります。
見なくてもギンが肩に顎を乗せているとわかりますね。静かに怒りを増長させたたアオ、力を入れすぎてペンにヒビが入りました。
「……何してやがる」
「待っている」
なんという構ってアピールでしょう。この絡み方を誰から学んだのか問いただしてやりたいところですが、ひとまず置いておきましょう。
「……邪魔なんだが?」
「そんなことはないはずだ」
殴りたい、今すぐこの仏頂面をぶん殴りたい。今月で何度思ったことか。
蛇足ですが相手がルノワールだったら容赦なく顔面に拳を入れています。アオはそういう男です。
魔物の資料は予定の半分もまとめあげていませんが限界です。そう、ストレスの。
だからペンを置いて、完成した資料だけを持つと静かに立ち上がるのです。
「む? どうしたんだ?」
「司令部に行くだけだ!」
「分かった、私も行こう」
自然に同行するので拒否しようとも思いませんが、今の彼と一緒にいるのはどうも嫌な予感がします。その理由だけで同行拒否したところで納得してもらう方が大変なので我慢しますが。
色々言いたいことをひとまず押さえて、どすどす歩きながらドアを開けると、
「そうだ。ひとつあったぞ、恋人らしいこと」
「なんだよ!」
いい加減にしろと怒声を上げつつ振り向いた時、
頬にそっと触れるように、優しくキスをされました。
「ーーーーーーーーー!?」
不意打ちに弱い彼から声にならない絶叫が飛び出せば、ギンは満足そうに頷きます。
「ふむ、赤面して慌てるアオを見れるのは私だけだな。恋人の特権だ」
「おま」
え! と叫ぶ前に、とっさに右を向きました。
視線の先に立ち尽くしていたのはケーキ屋の箱を持っているルノワール、何かを堪えているのでしょうか、震えながら口元を抑えており、
「お、お、お熱いっすね……!」
その五秒後、宿の廊下に爆笑の声が響き渡りました。
マギニアの夜。
今日の仕事を終わらせたヒイロが宿の玄関前で見たのは、静かに正座しているギンでした。
「ど、ど、どうしたの……?」
「おかえりヒイロ、私はまたアオを怒らせてしまった」
「やっぱり……」
「私は言いつけを破って人前でイチャつきました」と書かれた看板を首からぶら下げているので何があったかは容易に想像できます。
しかし、怒られたからといってこの不思議な状況はなんでしょうか、疑問はすぐに言葉になります。
「なんでそんな看板をさげてるの?」
「己の罪状を晒して周囲に自分は罪人だと告白し、罪悪感と猛省の気持ちを増長させ罪の意識を植え付ける。これによって悪事の再発をほぼ百パーセント防ぐことができるそうだ。三百年前から伝わる伝統的な儀式だとルノワールに教わった。この板も貰ったぞ」
「そっかあ」
それって人前で恋人らしい様を見せつけたくないアオにとって公開処刑なのでは……と思ったヒイロの告げ口によって、湖の貴婦人亭で一悶着あるわけですが、それは別のお話。
2019.6.12
「恋人らしくない気がする」
「は?」
今日は休日。アオが自室で黙々と第十四迷宮の魔物の資料をまとめている最中、背後でギンが突然こんなことを言い出したせいで、呆れつつ振り向いたのです。
「お前……色々やってきて今さらそれか?」
「色々?」
「忘れろ」
昨夜もアレソレやっといて何を言ってんだと叫びたかったところですが、話が嫌な方向にこじれそうなので我慢することにしました。
「正式に交際を始めてしばらく経つが、私とアオは恋人らしいことをあまり行っていないと思ってな」
「好き勝手しておいて何を……つーか、恋人らしいことって何だよ」
「腕を組んだり手を繋いだりといった些細なことから、抱きしめ合ったりすることだな」
「あー……」
街で偶然そういうお熱いカップルを見かけて羨ましくなってしまったと、瞬時に察しました。
「アオが人前で私と触れ合うことに対して苦手意識を持っていることは理解している。だから触り遭うのは自室だけなら良いという言い分も納得している。しかし、今まさに部屋に二人きりだというのに触れられないのは我慢できない」
「仕方ないだろ、今日中に司令部に報告しないといけないんだから」
「今ここでしかできないことを今やりたい」
お預けさせすぎたせいでしょうか、日頃の欲求不満が爆発寸前までたまっている様子です。昨日散々した覚えしかありませんが彼にとっては昨夜のアレソレと昼間の触れ合いは別問題なのでしょう。
理解に苦しむアオは頭を抱えてため息をつくわけで、
「用事が終わったらちゃんと相手してやるから我慢しろよ……」
「いつ終わるんだ?」
「もう少し」
「そうか、待つとしよう」
さっきまでの熱量はどこへやら、あっさり納得してくれました。バカだと扱いやすくて助かると思っても口にはしません。自重しない極悪人と囁かれていても、それぐらいの空気は読めます。
やれやれと思いつつ机に向き直ってペンを持ち直した刹那、左肩に重圧がかかります。
見なくてもギンが肩に顎を乗せているとわかりますね。静かに怒りを増長させたたアオ、力を入れすぎてペンにヒビが入りました。
「……何してやがる」
「待っている」
なんという構ってアピールでしょう。この絡み方を誰から学んだのか問いただしてやりたいところですが、ひとまず置いておきましょう。
「……邪魔なんだが?」
「そんなことはないはずだ」
殴りたい、今すぐこの仏頂面をぶん殴りたい。今月で何度思ったことか。
蛇足ですが相手がルノワールだったら容赦なく顔面に拳を入れています。アオはそういう男です。
魔物の資料は予定の半分もまとめあげていませんが限界です。そう、ストレスの。
だからペンを置いて、完成した資料だけを持つと静かに立ち上がるのです。
「む? どうしたんだ?」
「司令部に行くだけだ!」
「分かった、私も行こう」
自然に同行するので拒否しようとも思いませんが、今の彼と一緒にいるのはどうも嫌な予感がします。その理由だけで同行拒否したところで納得してもらう方が大変なので我慢しますが。
色々言いたいことをひとまず押さえて、どすどす歩きながらドアを開けると、
「そうだ。ひとつあったぞ、恋人らしいこと」
「なんだよ!」
いい加減にしろと怒声を上げつつ振り向いた時、
頬にそっと触れるように、優しくキスをされました。
「ーーーーーーーーー!?」
不意打ちに弱い彼から声にならない絶叫が飛び出せば、ギンは満足そうに頷きます。
「ふむ、赤面して慌てるアオを見れるのは私だけだな。恋人の特権だ」
「おま」
え! と叫ぶ前に、とっさに右を向きました。
視線の先に立ち尽くしていたのはケーキ屋の箱を持っているルノワール、何かを堪えているのでしょうか、震えながら口元を抑えており、
「お、お、お熱いっすね……!」
その五秒後、宿の廊下に爆笑の声が響き渡りました。
マギニアの夜。
今日の仕事を終わらせたヒイロが宿の玄関前で見たのは、静かに正座しているギンでした。
「ど、ど、どうしたの……?」
「おかえりヒイロ、私はまたアオを怒らせてしまった」
「やっぱり……」
「私は言いつけを破って人前でイチャつきました」と書かれた看板を首からぶら下げているので何があったかは容易に想像できます。
しかし、怒られたからといってこの不思議な状況はなんでしょうか、疑問はすぐに言葉になります。
「なんでそんな看板をさげてるの?」
「己の罪状を晒して周囲に自分は罪人だと告白し、罪悪感と猛省の気持ちを増長させ罪の意識を植え付ける。これによって悪事の再発をほぼ百パーセント防ぐことができるそうだ。三百年前から伝わる伝統的な儀式だとルノワールに教わった。この板も貰ったぞ」
「そっかあ」
それって人前で恋人らしい様を見せつけたくないアオにとって公開処刑なのでは……と思ったヒイロの告げ口によって、湖の貴婦人亭で一悶着あるわけですが、それは別のお話。
2019.6.12