チビ助と少年武士
紫色の明るい長い髪は後ろで結われ、金色の瞳はこの世にいるもの全てを恨んでいるように鋭く、周囲を睨み付けていました。
七歳の子供にしては低すぎる身長、大人の男性が力を入れただけであっさりと折れてしまいそうな細い手足。
女の子のような容姿ですが性別は男の子。可愛らしい容姿と少し高い声のせいでよく間違えられますが、もうすっかり慣れたので怒る気も失せていました。
少年の名前はキキョウ。
本当は別の名前があったそうですが、絶対に過去を語ろうとはせず口は固く閉ざされるばかり。本気で嫌がる姿を見た大人たちは少年の過去は掘り返さないと決めました。
彼がアルクライト家の屋敷に仕えることが決まったのは今から三日前。
ある豪雨の日に息子と一緒に妻の墓参りに来ていた屋敷の主……エンダイブに発見、保護されたのがきっかけです。
キキョウ自身に行く宛が無く、エンダイブの息子ナギットに懐かれたこと、そして、命を救ってくれたエンダイブに少しでも恩返ししたくてアルクライト家に仕えることを快諾したのですが、心配事がひとつだけありました。
自分のような「訳あり」な子供は他の人間に受け入れられるハズがない。
屋敷にはエンダイブの側近であるオリーブというメイドの他にも、大勢の使用人がいます。
東北地方の広大な土地を納めているアルクライト家に仕えているのですから、きっとプライドが高く、自分より格下だと判断した者には子供であっても容赦せず、ストレス解散とか八つ当たりの的にするに違いない。すれ違う度に冷たい言葉を吐かれ、ひとりになれば暴力を振るわれ、ご飯も質素なものしか与えられないだろうと思っていました。
でも、あの場所にいる時よりマシだろう。
何があっても挫けず強く生きていこう。
それは七年しか生きてない子供にしては固すぎる決意でした……。
が、
「なんだぁそのほっそい体はぁ! ガキはたらふく食って大きくなるのが仕事だぞ! 食え食え!」
厨房で調理師のおじいさんに背中をバシバシ叩かれながら抱えきれない程のおにぎりを押し付けられ、
「困ったことがあればすぐに言え、どんな些細なことでも構わない、力になろう」
ふらっと寄った庭園で庭師の中年男性に優しい言葉をかけられ、
「アンタがオリーブさんが言ってた新入りかい? 仕事に慣れるまでが大変だけど、ゆっくりやっていけばいいんだから無理しちゃダメだよ」
廊下で窓ふき掃除をしていた恰幅の良いメイドおばさんに頭を撫でられ、
「……頑張れ」
正門を警備している筋肉ムキムキなお兄さんにあめ玉を貰いました。
「……………………」
何かが、違う。
「どうだった? 記念すべき初仕事、一日お屋敷探索ツアーは」
「オレが想像してたのとぜんぜん違うかったぞ、おっさん」
「おっさん言わない! まだ二十代だから!」
日が落ち、夜になった頃にエンダイブの部屋に呼び出されたキキョウは、デスクの前で和かな笑顔をうかべる男に正直な感想を伝えていました。主人に対する態度とは到底思えない言動で。
おっさん呼ばわりに多少のショックを受けた屋敷の主人でしたが、咳払いをすると改めてキキョウに質問をぶつけます。
「で? 何がどう想像と違ってたの」
「みーんな優しい」
「はい?」
目を丸くするエンダイブに対し、キキョウは続けます。
「オレってさ、ガキだし、ミモトフメーだし、なんかちょっと怪しいし……おっさんやオリーブはいいけど、他のヤツらはみんなオレのことを怪しんでボコボコに苛めるもんだと思ってたのにさ? 会う人みんな優しかったんだよなー?」
首を傾げるキキョウは何事もなく一日を終えてしまったことが本当に不思議で仕方ないらしく、小さい頭で原因を考えている様子ですが、オツムの程度は知れているため具体的な答えは出ません。
「…………」
虐げられないことに疑問を覚える子供がここに来るまでにどれほどの仕打ちを受けてきたのか……領主の男には想像もつきません。
少年の身に起こった様々な悲劇を思い浮かべるよりも、この子の刺々しい思考を少しでも子供らしい純粋なモノに近づけようと誓います。
それが「大人」の役目ですから。
「よかったね、みーんな優しくて」
「よかった……のか?」
エンダイブは席を立つと、納得いかない渋い表情を浮かべる少年の元で膝をつき、同じ目線になります。
キョトンとする少年に彼は優しく語り始めるのです。
「君が思っている“大人の世界”っていうのは、弱いものを見下して力で屈服させるような非道な連中が闊歩してるような世界かもしれないけど、ここにいる人たちは絶対にそんなことしないよ」
「なんで?」
「理由は色々あるけど……君以外にもワケアリの使用人はいっぱいいるからかな?」
さらりと答えたエンダイブの言葉にキキョウは目を丸くさせたので、彼はニコニコしながら続けます。
「例えば……東の国で戦士として戦場を駆け抜けていた人もいれば、男に捨てられて酒に溺れていた人もいるし、前に仕えていた屋敷でヒドイ扱いをされていた人だっているね」
「みんな壮絶なんだな」
「君もそうなんじゃないのかな?」
その一言には痛い程覚えがありますが、今はまだ唇を噛み締めるだけ。
小さな体に起こった数々の悲劇と惨劇を口に出すことは……まだ、できませんでした。
「……使用人が変なヤツらばっかりだったらおっさんが色々言われるんじゃねーの?」
「僕はかなりの変わり者だってみんな知ってるから心配ないよー特殊な事情がある人を雇っても“エンダイブさんだからなぁ”って思われて終わりだもん」
「えぇー……」
その程度でいいのかと思わずにはいられないキキョウ、七歳。
「自分で変わり者って言うの?」
「うん。だいたいね、使用人の身元がどうとか過去がどうとかっていうのは問題にならないんだよ。だって、今をどうやって生きるかどうかが一番大切で重要なことなんだから。使用人のみんなはアルクライト家を守って、僕はその代わりにこの地とみんなを守る。それでいいんだよ」
「それで……いい?」
「それにね? 君はまだ子供なんだから大人に気を使わなくていいの。今はしっかり食べて、成長して、ナギットくんと遊んで、みんなを守れるぐらい強くなればいいんだから。それがキキョウくん七歳の主なお仕事だよ」
そのまま優しく頭を撫でられて、不満を言えなくなってしまいました。
「……おっさんっていいヤツだよな」
「えへん」
「話は終わりましたか?」
突然、頭上から女性の声が響くとキキョウはとっさに振り返ります。
視線の先で静かに立っていたのは、メイド服を着た妙齢の女性。
感情のこもってなさそうな紫色の瞳に見つめられ、キキョウはつい身震いしてしまいますが、エンダイブはにこやかに手を振っていました。
「終わったよーついさっきね」
「そうですか」
「えっ、え? オリーブ……いつから、そこに?」
驚いたまま口をぱくぱくさせるキキョウに、オリーブと呼ばれたメイドは冷たい視線を投げ掛けて、
「最初からずっといました、気配を消す程度のことは使用人として常識ですよ」
「へえぇ……そ、そっか……知らんかった」
「他の方々はアナタに甘く接するかもしれませんが私はそうはいきません。まずはその口の聞き方から矯正しなければなりせんね」
淡々と言い切ったオリーブはキキョウの腕を掴みます。
「え? きょーせー? って?」
「正しく戻すと言う意味です。目上の者には敬語を使うのは常識ですよ」
「え、え? けーご? いや、別によくね……?」
「よくありません。アルクライト家に仕える人間として相応しい素振りを身に付けるまで寝かせませんよ」
「げ」
その一言に一気に表情が歪みます。七歳のガキにそこまでしなくてもよくね? と思いますがオリーブの冷たい瞳に圧倒され、言葉は出てきませんでした。
「では、エンダイブ様。私はキキョウの教育があるので失礼致します」
「おっけー」
軽々しく返して手を振るエンダイブに一礼し、オリーブはキキョウを引きずるように連れて行きます。
「わー! イヤだ! なんかイヤだ! 怖ぇぇ!」
「大丈夫ですよ、よく言われますからね」
「何が大丈夫かよくわかんねぇー! ギャー!」
叫びながら暴れてもオリーブはびくともしません。彼の腕を掴む手の力は全く緩まず固定されたままで、手枷をされていた頃をちょっとだけ思い出しました。
泣き叫ぶキキョウを引きずるポーカーフェイスのオリーブが部屋から出て、廊下に子供の叫び声が木霊します。
「うわー! 助けて! 誰か~!!」
絶叫した刹那、気付きます。
すぐ目の前から歩いてくるメイドに連れられている金髪碧眼の子供は間違いなく……。
「チビ助! 助けて! チビ助ぇぇぇぇぇ!!」
「?」
必死に訴えたところで三歳の子供は状況を把握できません。唖然とするメイドの横で首を傾げるだけで終わりました。
キョトンとしている間にもオリーブに引きずられたのキキョウはこのまま廊下の角へ消え、いつまでも悲鳴を木霊させるのでした。
「チビ助ではなくナギット様と呼びなさい」
「ギャー!!」
2019.5.3
七歳の子供にしては低すぎる身長、大人の男性が力を入れただけであっさりと折れてしまいそうな細い手足。
女の子のような容姿ですが性別は男の子。可愛らしい容姿と少し高い声のせいでよく間違えられますが、もうすっかり慣れたので怒る気も失せていました。
少年の名前はキキョウ。
本当は別の名前があったそうですが、絶対に過去を語ろうとはせず口は固く閉ざされるばかり。本気で嫌がる姿を見た大人たちは少年の過去は掘り返さないと決めました。
彼がアルクライト家の屋敷に仕えることが決まったのは今から三日前。
ある豪雨の日に息子と一緒に妻の墓参りに来ていた屋敷の主……エンダイブに発見、保護されたのがきっかけです。
キキョウ自身に行く宛が無く、エンダイブの息子ナギットに懐かれたこと、そして、命を救ってくれたエンダイブに少しでも恩返ししたくてアルクライト家に仕えることを快諾したのですが、心配事がひとつだけありました。
自分のような「訳あり」な子供は他の人間に受け入れられるハズがない。
屋敷にはエンダイブの側近であるオリーブというメイドの他にも、大勢の使用人がいます。
東北地方の広大な土地を納めているアルクライト家に仕えているのですから、きっとプライドが高く、自分より格下だと判断した者には子供であっても容赦せず、ストレス解散とか八つ当たりの的にするに違いない。すれ違う度に冷たい言葉を吐かれ、ひとりになれば暴力を振るわれ、ご飯も質素なものしか与えられないだろうと思っていました。
でも、あの場所にいる時よりマシだろう。
何があっても挫けず強く生きていこう。
それは七年しか生きてない子供にしては固すぎる決意でした……。
が、
「なんだぁそのほっそい体はぁ! ガキはたらふく食って大きくなるのが仕事だぞ! 食え食え!」
厨房で調理師のおじいさんに背中をバシバシ叩かれながら抱えきれない程のおにぎりを押し付けられ、
「困ったことがあればすぐに言え、どんな些細なことでも構わない、力になろう」
ふらっと寄った庭園で庭師の中年男性に優しい言葉をかけられ、
「アンタがオリーブさんが言ってた新入りかい? 仕事に慣れるまでが大変だけど、ゆっくりやっていけばいいんだから無理しちゃダメだよ」
廊下で窓ふき掃除をしていた恰幅の良いメイドおばさんに頭を撫でられ、
「……頑張れ」
正門を警備している筋肉ムキムキなお兄さんにあめ玉を貰いました。
「……………………」
何かが、違う。
「どうだった? 記念すべき初仕事、一日お屋敷探索ツアーは」
「オレが想像してたのとぜんぜん違うかったぞ、おっさん」
「おっさん言わない! まだ二十代だから!」
日が落ち、夜になった頃にエンダイブの部屋に呼び出されたキキョウは、デスクの前で和かな笑顔をうかべる男に正直な感想を伝えていました。主人に対する態度とは到底思えない言動で。
おっさん呼ばわりに多少のショックを受けた屋敷の主人でしたが、咳払いをすると改めてキキョウに質問をぶつけます。
「で? 何がどう想像と違ってたの」
「みーんな優しい」
「はい?」
目を丸くするエンダイブに対し、キキョウは続けます。
「オレってさ、ガキだし、ミモトフメーだし、なんかちょっと怪しいし……おっさんやオリーブはいいけど、他のヤツらはみんなオレのことを怪しんでボコボコに苛めるもんだと思ってたのにさ? 会う人みんな優しかったんだよなー?」
首を傾げるキキョウは何事もなく一日を終えてしまったことが本当に不思議で仕方ないらしく、小さい頭で原因を考えている様子ですが、オツムの程度は知れているため具体的な答えは出ません。
「…………」
虐げられないことに疑問を覚える子供がここに来るまでにどれほどの仕打ちを受けてきたのか……領主の男には想像もつきません。
少年の身に起こった様々な悲劇を思い浮かべるよりも、この子の刺々しい思考を少しでも子供らしい純粋なモノに近づけようと誓います。
それが「大人」の役目ですから。
「よかったね、みーんな優しくて」
「よかった……のか?」
エンダイブは席を立つと、納得いかない渋い表情を浮かべる少年の元で膝をつき、同じ目線になります。
キョトンとする少年に彼は優しく語り始めるのです。
「君が思っている“大人の世界”っていうのは、弱いものを見下して力で屈服させるような非道な連中が闊歩してるような世界かもしれないけど、ここにいる人たちは絶対にそんなことしないよ」
「なんで?」
「理由は色々あるけど……君以外にもワケアリの使用人はいっぱいいるからかな?」
さらりと答えたエンダイブの言葉にキキョウは目を丸くさせたので、彼はニコニコしながら続けます。
「例えば……東の国で戦士として戦場を駆け抜けていた人もいれば、男に捨てられて酒に溺れていた人もいるし、前に仕えていた屋敷でヒドイ扱いをされていた人だっているね」
「みんな壮絶なんだな」
「君もそうなんじゃないのかな?」
その一言には痛い程覚えがありますが、今はまだ唇を噛み締めるだけ。
小さな体に起こった数々の悲劇と惨劇を口に出すことは……まだ、できませんでした。
「……使用人が変なヤツらばっかりだったらおっさんが色々言われるんじゃねーの?」
「僕はかなりの変わり者だってみんな知ってるから心配ないよー特殊な事情がある人を雇っても“エンダイブさんだからなぁ”って思われて終わりだもん」
「えぇー……」
その程度でいいのかと思わずにはいられないキキョウ、七歳。
「自分で変わり者って言うの?」
「うん。だいたいね、使用人の身元がどうとか過去がどうとかっていうのは問題にならないんだよ。だって、今をどうやって生きるかどうかが一番大切で重要なことなんだから。使用人のみんなはアルクライト家を守って、僕はその代わりにこの地とみんなを守る。それでいいんだよ」
「それで……いい?」
「それにね? 君はまだ子供なんだから大人に気を使わなくていいの。今はしっかり食べて、成長して、ナギットくんと遊んで、みんなを守れるぐらい強くなればいいんだから。それがキキョウくん七歳の主なお仕事だよ」
そのまま優しく頭を撫でられて、不満を言えなくなってしまいました。
「……おっさんっていいヤツだよな」
「えへん」
「話は終わりましたか?」
突然、頭上から女性の声が響くとキキョウはとっさに振り返ります。
視線の先で静かに立っていたのは、メイド服を着た妙齢の女性。
感情のこもってなさそうな紫色の瞳に見つめられ、キキョウはつい身震いしてしまいますが、エンダイブはにこやかに手を振っていました。
「終わったよーついさっきね」
「そうですか」
「えっ、え? オリーブ……いつから、そこに?」
驚いたまま口をぱくぱくさせるキキョウに、オリーブと呼ばれたメイドは冷たい視線を投げ掛けて、
「最初からずっといました、気配を消す程度のことは使用人として常識ですよ」
「へえぇ……そ、そっか……知らんかった」
「他の方々はアナタに甘く接するかもしれませんが私はそうはいきません。まずはその口の聞き方から矯正しなければなりせんね」
淡々と言い切ったオリーブはキキョウの腕を掴みます。
「え? きょーせー? って?」
「正しく戻すと言う意味です。目上の者には敬語を使うのは常識ですよ」
「え、え? けーご? いや、別によくね……?」
「よくありません。アルクライト家に仕える人間として相応しい素振りを身に付けるまで寝かせませんよ」
「げ」
その一言に一気に表情が歪みます。七歳のガキにそこまでしなくてもよくね? と思いますがオリーブの冷たい瞳に圧倒され、言葉は出てきませんでした。
「では、エンダイブ様。私はキキョウの教育があるので失礼致します」
「おっけー」
軽々しく返して手を振るエンダイブに一礼し、オリーブはキキョウを引きずるように連れて行きます。
「わー! イヤだ! なんかイヤだ! 怖ぇぇ!」
「大丈夫ですよ、よく言われますからね」
「何が大丈夫かよくわかんねぇー! ギャー!」
叫びながら暴れてもオリーブはびくともしません。彼の腕を掴む手の力は全く緩まず固定されたままで、手枷をされていた頃をちょっとだけ思い出しました。
泣き叫ぶキキョウを引きずるポーカーフェイスのオリーブが部屋から出て、廊下に子供の叫び声が木霊します。
「うわー! 助けて! 誰か~!!」
絶叫した刹那、気付きます。
すぐ目の前から歩いてくるメイドに連れられている金髪碧眼の子供は間違いなく……。
「チビ助! 助けて! チビ助ぇぇぇぇぇ!!」
「?」
必死に訴えたところで三歳の子供は状況を把握できません。唖然とするメイドの横で首を傾げるだけで終わりました。
キョトンとしている間にもオリーブに引きずられたのキキョウはこのまま廊下の角へ消え、いつまでも悲鳴を木霊させるのでした。
「チビ助ではなくナギット様と呼びなさい」
「ギャー!!」
2019.5.3
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