このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

漆黒クリスマス

それからしばらくして、ダイニングにはレグの泣き声が木霊していたわけで。
「おろろーん……おろろーん……」
声が独特ですが泣いています。テーブルの端の席に伏して、40代にもなるおっさんがおいおい泣いています。見た目は若いけど。
何度セクハラ時の制裁を下しても泣くどころか落ち込むこともなかったレグがここまで落ち込んでいるのですから、アルスティだって放ってはおけません。
「ほら、いい大人が拗ねないの」
「だってだって!あそこまで言われるなんて思わないじゃん!おじさんの青春が!時代遅れの一言で終わるなんて!つらたん!」
「どんなに辛くても落とした単位はもらえないんだよ〜?」
そもそも単位を落とすのは自分の責任なのですが、本筋と全く関係ないのでさておき、
「ちくしょう!こうなったら!おじさんがブラックサンタになって旅団に黒いサンタの恐怖を振りまくしかない!」
伏せたままのレグが突然叫び出すと同時に席から立ち上がり、隣のアルスティと正面のニケロをギョッとさせます。
「おじさんやるよ!やっちゃうよ!大人の本気ってやつを今こそ見せつける時だ!」
「へぇ〜」
「あらそう頑張ってー」
ひとりで盛り上がる中年とは違って若い2人は冷静沈着。ついでにとっても塩対応。しょっぱすぎて作り直しを検討するレベルです。
「いつもにも増して冷たくない!?」
ここまで冷たい反応をされるとは思ってなかったレグ驚愕。なんでなんでと言いながらアルスティたちを交互に見やっています。
聞かれた2人は正直に、
「だって、そろそろルテューアたちのプレゼントも用意しなくちゃいけないし……おっさんの戯言に付き合っている暇はございません」
「僕は純粋にめんどくさいだけ〜」
大変辛辣な意見をレグにぶつけ、中年のハートをメッタメタに傷つけたのでした。
「酷くない!?おじさんの一世一代の決心を踏みにじる力強すぎじゃない!?踏まれすぎておじさんぺしゃんこになっちゃいそう!」
「いっそ潰れてしまえ」
「あーたんマジ辛辣!」
でもそこがいい。Byレグ
「ブラックサンタをするにしても〜去年あーたんたちがしてたサンタコスプレの色違いになるだけじゃ〜ん」
「い、いや……おじさんは見た目はより中身で勝負するタイプだし……」
「生前はルックスの良さを生かして結婚詐欺してた奴が言うセリフじゃないでしょ?」
「言わんといて!!」
痛いところを突かれまくったレグに反論の余地は一切ありません。今できることと言えば大人しく着席するぐらい。
「始める前から頓挫しかけてるわね、ブラックサンタ計画」
「勢いだけの発言だからね〜仕方ないよ〜」
「ぐぬぬ……あーたんもニケロも塩対応……おじさんには味方がいないのか……?」
『うん』
ハモり返答。レグのメンタルにダメージ。
「ぐっ……力が欲しい……ブラックサンタを名乗る力が……欲しい……」
「そんな力があってたまるか」
アルスティが淡々と言った刹那、2時の方角から声。
「あるぞ!」
「あるの!?」
振り向いた先にいたのは、キッチンの入り口で仁王立ちし、ケーキをわし掴みにしてむっしゃむしゃ食べている眼帯のアステルナイトの女性。
「シュザンナ……?なにやってるの……?」
そう、彼女の名はシュザンナ。つい最近新しく誕生した自称闇の女王。
闇の女王を名乗っているのは、彼女がオディロンと同じ魂を持って生まれた人形兵だからです。
オディロンの魂移しとシュザンナの誕生が被ってしまい不慮の事故が発生。その結果、同じ魂を持つ人形が2体誕生するというマズルカもびっくりの異常事態が発生したのでした。
異常事態の申し子はそんなこと気にもとめず失ってしまった闇の力を探しているそうですが、今日は少々様子が違いました。
「何をしているかだと?見ての通りケーキを食べている!小腹が空いたからな!ペディヴァが作った試作品のケーキだ!」
「あらそうよかったわね」
こんな話題どうでもいいという具合の早口で返すと、シュザンナはケーキを食べる手を止め一旦停止。
「…………」
「……?」
どうしたの?と首をかしげるアルスティでしたが、シュザンナは何事もなかったように突然話を再開します。
「そんなことよりおっさんよ、ブラックサンタになれる力が欲しいと嘆いていたな」
話すと同時にもしゃもしゃケーキを食べながらレグに再度確認。言われた本人は少々動揺しつつも頷いて、
「あー、まあ、言ったけど?オディロンがおっさん呼びだから君もおじさんのことをおっさんって呼ぶんだね?女の子だからまあいいけど」
おじさん呼びは許しても、おっさん呼びは許さない彼のこだわりを理解できるものは旅団の中にはいませんし旅団の外にもいません。
おっさんの同意を受けたシュザンナは、さっさとケーキを食べ終わると手についたクリームをさっさとハンカチで拭きながら、
「ふむ、よし。ならば闇の女王たる我が一肌脱いでやろうではないか」
「マジ!?脱ぐってどこまd」
刹那、ハンカチを直したポケットから即座に投げられたナイフは、見事レグの額に刺さりました。果物にナイフが刺さったように、さっくりと。
あまりの早業にアルスティとニケロが拍手喝采を送ったため、シュザンナはちょっとだけ満足げ。鼻を鳴らしてほんの少しだけ上機嫌になったのが見てわかります。
「フッ……これ以上無駄口を叩くと私の銀のナイフが貴様の頭部を貫くぞ」
「いやー、その?もうすでに貫いているというか?」
額に刺さったままの状態ナイフを刺してマイルドな抗議。側から見ればとんでもない重症ですが、痛みを感じにくい人形兵の体と数々の被ゴアによる慣れのお陰で、ここまで冷静さを保つことができるのです。
「貫いてない。刺さっているだけだ。害はないだろう」
「フツーに痛いんだけどなあ?」
普段通りの声のトーンと落ち着き加減でとてもそうには見えません。実は刺さってないんじゃないかと思うぐらい。
「いつもの頭部ゴアよりはマシだろう」
「ああうん確かにそうなんだけどね?でもちょっと生活に支障出てきちゃいそうだから抜いて欲しいなぁ?」
「じゃあ私が抜いてあげましょうか?」
話に割り込んできたアルスティ、少し手を挙げて言いますが途端にレグの目が輝き、
「えっ!?あーたんが抜いてくれんの!?じゃあ額のナイフだけじゃなくて下半身のおじさんJr.も」
刹那、彼の両目がアルスティの中指と人差し指によって貫かれた音がリビングに響きました。ちょっと湿った音でした。
「あぎゃあああああああああああ!!目がぁ!目がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
椅子からひっくり返ったセクハラ中年、潰された両目を抑えながら床上で転がって暴れます。暴れたところで痛みが発散されることはないとわかっているのですが、兎にも角にも暴れます。
彼を一撃で仕留めた女は、汚れた指を丁寧に拭きながら吐き捨てるように言うのです。
「目が潰れるのは頭部ゴア扱いになるんだしよかったじゃないの?修理に行きやすくなって」



アルスティの残酷な優しさによりレグはしっかり修理され、数分後にはリビングに戻って元気な姿をお披露目したのでした。
「それで、シュザンナちゃん。ブラックサンタを名乗れる力って本当にあるのか?」
「だからあると言っているだろう。何度も言わせるな」
何事もなかったように修理から戻って席についたレグの最初の一言に、シュザンナは力強く肯定しました。
ここまで強く肯定するということはかなりの自信があるということ、ブラックサンタに興味はなくてもアルスティは気になってしまいます。
「具体的な方法はなにかしら?」
「簡単だ。より濃厚かつ死ぬまで忘れないようなブラックサンタ業を行えばいいだけの話。そうすれば、全員が嫌でも我々をブラックサンタだと認めてくれるだろう」
「要はブラックサンタをしろってことかーやっぱそうなっちゃうんだよなー……って、我々?」
「無論我のことだが」
『えっ?』
予想もしていなかった返答に一同驚愕、驚きつつもシュザンナを見やりますが、彼女は平然としたまま、
「なんだ?我がブラックサンタをすることに不満があるのか?」
「不満ってワケじゃないけど……なんで?って思って」
ねえ?なんてアルスティが男2人に同意を求めれば、彼らは無言で頷く反応。
シュザンナは続けます。
「何故だと?我は人間に闇の恐怖を知らしめるために存在する闇の王……もとい闇の女王だぞ?その我がクリスマスの畏怖の象徴とも言えるブラックサンタに成るのは当然だろう。必然と言っても過言ではないな」
本人はしっかりした理由を述べたつもりでしょうが常人が聞いたら相手の正気を疑う台詞。でも、これがシュザンナの本気で、心の底から信じている闇の女王の設定なのです。本人は設定だとも思ってませんが。
旅団の面々は何を言っても無駄だとわかっているのでそこにはツッコみません。もちろん闇の王の方にも。
「でも〜去年はあーたんたちに混じってサンタしてなかったっけ〜?」
まだオディロンだった頃の話です。アルスティとラミーゾラと共にサンタに扮してヨゼにクリスマスプレゼントをあげていましたね、レグをちょっぴり犠牲にしつつ。
「あれは下僕がクリスマスについてあまりにも無知だったから、教育の一環を兼ねて仕方なくサンタをしただけだ」
「へぇ〜」
「なんだその目は」
クリスマスを知らないヨゼが可哀想だったからサンタをしたようにしか見えなかった……なんて思ったのはニケロだけではなく、アルスティやレグだってそうです。言いませんが。
「ねえシュザンナ。ブラックサンタとして誰に制裁するのかは決めてるの?」
「それは今から考えるところだ!」
腕を組んで自信満々、堂々と返しましたが答えはまごう事無きノープラン。勢いだけなら頭部ゴアする前のレグと大差ありません。
「シュザンナちゃんってさ、後先考えずに行動するタイプかな?ん?」
「我は常に先のことを見据えて行動しているぞ?何故我が半身と同じことを言うのだ」
「オディロンにも言われてるのかーそっかーじゃあおじさんからは何も言うことないかなーうんー」
女の子に対してはお子様カレーもビックリも甘さを発揮するレグです。ニケロがすごい目で見てます。
すると、アルスティはテーブルの下から1枚の紙を取り出し、シュザンナに渡しました。
「決まってないんだったらさ、ここに書いてる奴から制裁していってくれない?」
「む?これは?」
渡された紙を見てみると「旅団問題児リスト(いつか絶対に殴り飛ばす)」とあり、何人かの人形兵たちの名前が赤い字で書かれおり、問題児とされている理由が箇条書きで事細かく書かれていました。
「おお!これは便利だ!コイツらにクリスマス=トラウマだと植え付ければいいんだな?」
「どこまでするのかは任せるけど、リストの中にいる全員じゃなくてもいいわよ?ここの赤い枠の奴らだけは確実かつ徹底的にトラウマ植えつけてほしいけど」
「心得た」
とてもスムーズに話が進んでいる様子ですが、唐突に出された恐怖のリストにニケロもレグも真っ青になってまして、
「……なんで、こんなの用意してるの?あーたん?」
「いつか絶対に五体不満足にしてやろうと思ってるんだけど隙っていうの?タイミングが難しくってなかなか制裁できなくってねぇ……でもまあいつかできたら殺っておこうと思って、こうしてリストアップしておいたのよ」
ニケロどん引き。アルスティには逆らってはいけないと改めて実感したのでした。
「んん?もしかして、このリストにおじさんも載っているのでは?」
「載っている自信があるのか貴様」
「うん!」
シュザンナの質問にレグは素敵な笑顔で答えました。
「満面の笑みで言うな。てかレグの名前は載ってないわよーいつでもすぐに息の根を止められるしゴアもできるから」
「わあ〜」
生暖かい視線が送られましたがレグの精神ダメージはゼロです、慣れているから。
「戦闘意外でのゴア回数には自信があるぜ!」
「自覚があるならやるんじゃない」
「いやいや、そうしたいのは山々なんだけどさぁ……あーたんが可愛すぎるから無理なんだわーこれが」
「…………」
「“うっわ、コイツもう手遅れだわ……”みたいな冷たい視線はやめない?あーたんだからいいけど」
「おっさんの素行の悪さはどうでもいいから置いておくとしよう」
「えっ?シュザンナちゃんもそういう対応?」
「………………」
「……あれ?」
会話の途中でシュザンナ停止。まるで彼女だけ時が止まったかのようにピタリと止まり、全く動かなくなってしまいました。
レグだけではなくアルスティやニケロも首を傾げていましたが、シュザンナはまた急に動き出し、
「こうしてリストも貰ったことだ、クリスマスまでまだ時間はあるから入念に計画を練り、万全の状態でブラックサンタ業に勤めようじゃないか……フフフ……」
相手の心境などいざ知らず、頭の中では早速クリスマスの悪夢の計画を練り始めていました。口元を緩ませてありとあらゆる悪行のシュミレーションをしている様子。
「……色々引っかかる所はあるけど、シュザンナちゃんが楽しそうでおじさんは満足です」
「まあせいぜい頑張ってね〜僕は今年こそクリスマス麻雀大会でも……」
「何を言っている?ブラックサンタ業は貴様も参加するのだぞ?」
唐突に発表された強制参加宣告により、ニケロ硬直。
「…………はい?」
「ブラックサンタは悪行だ。我のような闇の女王にとって悪行は普通のことだが、貴様たちのようなただの人間ににとっては禁じられた行為、許されないものだろう?そんな話を聞いてしまった以上、知らないフリをして逃げ出すなど我が許さん、関係ないとも言わせん。この話を聞いてしまった以上、貴様たちは我々に協力する義務と責任が発生しているのだぞ」
「ええ……暴論じゃないの……?」
誰が聞いても暴論です。無理矢理こじつけて協力させる気満々です。
もちろん協力しなかったら実力行使に移るのは目に見えています。さっきから刀剣とかチラチラ見せてきてますしね。
どん引きなうのニケロとは違い、アルスティは右手を挙げて、
「あのー」
「どうしたアルスティ」
「私はリストを渡したし、ルテューアたちのプレゼントの用意をしないといけないから、できればこれ以上の協力は見込めないってことで見逃して欲しいんだけどなー」
リストとルテューアを口実に逃げる気です。シュザンナは不敵な笑みを浮かべると、
「………………許す!」
「おっしゃ許された」
長いタメの後に出た答えにより、アルスティはブラックサンタプロジェクトからの逃走に成功しました。当然ガッツポーズ。
この結果にニケロ驚愕、
「あーたんズルい!僕も許されたいよ!」
「貴様は我々に対して何もしていないしする予定もない。他の用事も麻雀ぐらいしかないのだろう?ならば協力しろ、これは闇の女王としての命令だ。逆らうことは許さん」
「うえぇ……」
もう逃げられません。項垂れる彼の肩をレグはそっと叩きます。
「もう諦めない、ニケロ。ああいうタイプの娘は一度火が点いちまったら止まらねぇよ」
「嫌だよぉ……またクリスマスの深夜に徘徊するのやだぁ……」
「ガッツリ素に戻ってんなぁ」
いつもはのんびりゆっくり喋るニケロですが、このようにふとした拍子に素の喋り方に戻ることがあります。かなり動揺した時とか特に。
「私もできる限り協力するから落ち込まないの。まあプレゼント優先だけど」
「あーたん……逃げたクセに……」
しっかり根に持っていましたがアルスティは2時の方向を見て知らんぷりを貫きました。
「そういや、今年はルテューアに何をプレゼントするんだ?自分?」
「んなワケないでしょうが」
淡々と断言したアルスティですが、泥酔とかするとやってしまいそうだと思ったのはレグだけではなかったハズです。
それより気になるのは今年のプレゼントです。ルテューアは普段は自分を犠牲にしてまで他人を優先するような心優しすぎる少年ですからね、そんな彼が、サンタクロースに何を願ったのか。
アルスティ、小さく息を吐くと天井を見上げながら、
「……バケツいっぱいのプリンが、食べたいって」
『マジ?』
これにはレグとニケロだけでなくシュザンナも驚きです。
「マジマジ。ミーアに相談したら、いつの間にかバケツプリンが制作プロジェクトをゴルとペディヴァと一緒になって練り始めていたわ。かなり壮大な計画みたい」
「そうか……それで、貴様は何をするんだ?」
「料理を手伝おうかって言ったんだけど、3人にすごい剣幕で止められたからラッピングだけすることになったわ。やっぱり素人が職人に混じっちゃダメよねぇ……」
残念……とぼやきながらため息をつくアルスティでしたが、真実に気づかない愚者のため息でした。
「(違うぞあーたん)」
「(違うだろうな)」
「(みーさんグッジョブ)」
3/6ページ