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☆牢獄と人形兵

ウンブラム、ヴェルトトゥルム1階。
その一角には決して広くないこじんまりとしたレストランがありました。
ヴェルトでは一部のグルメに人気のお店で口コミによる噂が広がったのもあり、ランチタイムになると人々が行列を作るほどの有名店。今が一番儲かっている時期なので店主はそろそろ店の増改築を考えているそうですが、工事が入ると店を一旦閉めないといけなくなるのでいつも楽しみにしてくれているお客様を悲しませてしまうと悩んでいる真っ最中です。
時刻は午後3時を回った頃、今日も今日とて忙しかったランチタイムが終わって店は一旦閉められ、店主の男とその娘はコーヒーを飲みながら、つかの間の休憩を楽しんでいました。
「今日も忙しかったなあ」
「そうだねお父さん。今日も儲かりまくったね」
「その言い方はやめなさい……まあ、いいか。これを飲み終えたらディナーの準備を始めるぞ」
「はぁい」
親子水入らずの時間を静かに楽しんでいましたが、その幸せは一瞬にして潰されることになります。

ずどどどどどど

「ん?なんだこの音は」
「上の階が工事でも始めているのかなぁ?」
地響きのような音が聞こえ、父娘が首を傾げた刹那、
『食べ物はどこじゃあああああああああああ!!』
ものすごい怒号と共に壁が崩壊し、そこから大勢の人が雪崩のような勢いで店の中に侵入してきたのです。言わずと知れた魔女ノ旅団ですが親子はそんなこと知りません。
「キャアアアアア!?壁壊したぁああああ!!」
「なんだなんだ何者だぁ!?」
とっさに父親が娘を庇うように前に立ち、闖入者たちに向けてビビリながらも吠えれば、先陣を切って突入してきたアルスティがそれの2倍ほどの声量で叫びます。
「何者って魔女ノ旅団よ!人に聞く前に自分から言わないと名乗ってあげないんだからね!」
「最初に名乗っているではありませんか」
冷静にツッコミを入れるミーアですが、それ以外の人形兵たちは目が血走っており、
「さっきの議員が言ってたうんまいレストランってここか!ここなのか!おじさん腹ペコで死にそうなんだぞ!」
「キノコなんかで足りるワケがな~い!」
「ないのよ!」
「きゅえ!」
次々と叫ぶ一行の最後尾で既に力尽きている者がいます。牢獄生活3日目になってしりとり以外の発言のほとんどが「お腹すいた」で占めていたルテューアです。壁壊しによってできた瓦礫の上に伏せる形でぴくりとも動いていませんね、峠でしょうか。
「子供がもう死にかけてんだぞ!自体は一刻を争う状況なんだぞ!どうすんだよオイ!」
そんな子供を指してモンスターペアレントのごとく絶叫するレグですが、親子は目を白黒させるばかりで状況がさっぱり呑み込めません。
「え、こども?え?」
「すみませんねぇ騒がしくて」
ただ1人冷静なミーアは倒れた椅子やテーブルを直していました。仲間の説得は試みない方針。
旅団の暴走は続きます。最初に発言したのはアルスティでして、
「さっきまでちょっとイイ話になる雰囲気だったけどそれを一瞬でぶち壊すのって勇気いるんだからね!」
「さすがあーたん!俺たちじゃあできないことを平然とやってのける!」
「そこに痺れるぅ!憧れるぅ!」
すかさず拍手喝采で発言を持ち上げるレグとニケロ。冷静に物事を考える頭なんて既にありません
「すみません……今はみなさん空腹のストレスが限界まで来ていてテンションがおかしいんですよ」
一応ミーアがフォローを入れてくれますが親子はただただ呆然とするばかり、色々なことが次々起こってしまい対応できなくなっているのです。
会話はできなくても彼らの訴えは勝手に続いてしまいます。
「お腹がすいたから、キノコだって食べられると思ったけど、無理、だっ、た」
今まで残酷な光景を何度見て来ても顔色ひとつ変えなかったマサーファが、これでもかと顔を青くしてベイランに背負われていました。
「よくわからないけどマサーファがこんなに真っ青になるなんて滅多にないからとんでもない非常事態なんだぞ!たぶん!」
これだけでも色々察せるかもしれませんが、空腹のせいか頭に十分な酸素と栄養が行き届いていないベイランは何も気付かず彼女を背負ったまま訴えているのでした。
「あ!思い出した!この人たちは3日前に大統領に危害を加えようとした罪で投獄されていた人たちよ!」
突然騒ぎ始めたのは娘でした。魔女ノ旅団の面々を指しながらやや興奮気味に言い、それを聞いた父親が目を丸くして娘を凝視。
「そ、それは本当か!?」
「うんうん、写真は載ってなかったけど容疑者複数を投獄したって書いてあった。お父さんはその時ギックリ腰で身動き取れなかったもんね、そりゃ知らないワケよ」
「うぐ」
ギックリ腰による苦い思い出はさっさと忘れることにして、父親は再び魔女ノ旅団に目を向けます。目はギラギラさせていますが一切武装はせず、ただただ「食べ物をよこせ」と視線と叫びで訴えていました。
「見れば見るほど犯罪者のような目つきをしている……しかし、大統領閣下の命を狙った者たちがどうして私の店を襲撃するのだ」
「狙ったつもりないから!不可抗力だから!」
アルスティ必死の訴え、剣幕から成る迫力に父親は圧倒されてしまい、次の言葉が発せられなくなってしまいます。
固まっている間にも、アルスティは苦い表情のまま肩掛け鞄からレキテイを取り出し、
「ネルド曰く、レキテイにかけられた怪しい術が解けるまで時間がかかるの!それまで馬車小屋にも帰れないしアイテムも出せない!今のレキテイは置物同然!でもお腹はすいてすいて仕方がないからこうして食べ物屋を襲撃する処置をとったのよ!文句ある!?」
「おおあり!私とお父さんのお店をしっちゃかめっちゃかにして!」
顔を真っ赤にして反論したのは娘でした。
無残に壊された壁、一緒に吹き飛んだテーブルやイスは立て直されていますが所々傷だらけですし、足が一本折れてしまっているものもあります。娘がこだわってオーダーメイドしたステンドグラスのランプも爆風により中の電球もろとも粉々になって床に散らばっており、ガラスの破片が光ってキレイですが、本来の役目はもう二度と果たせません。
見れば見るほど悲惨な状況。営業時間外だったのは唯一の救いだったのかもしれません。
それでも旅団一行はあんまり反省する様子がなく、
「悪いなお嬢さん、俺たちはレキテイスキルを使わなくても壁壊しをするほど必死なんだ……ただ、1人1個おにぎりがあるだけでいい、何か食い物をくれないか……?」
燃えつきたボクサーのような表情で食べ物を懇願するレグですが、娘は首を横に振って否定の返事。
「修理費ならあるし!足りないならマナプリズン狩って金にするから!」
レキテイとは別の場所に保管していた銀貨の入った袋をじゃらじゃらゆすりながらアルスティは訴えますが、やっぱり娘は首を横に振るだけ。お金の問題じゃないのです。
余談ですが旅団が資金難に陥った時、ヴェルトトゥルムの5階でマナプリズンを狩って溜まったマナを魔女嘆願で財宝樽に変え、売り飛ばして銀貨に変えると言う作業を延々と繰り返していました。その時のルテューアの表情が始終「やむ負えず故郷の村を焼き払い、愛しい人たちが死んで逝く光景を眺めている青年のような瞳をしていた(マサーファ談)」そうですが。
「金がいらないですって!じゃあ何が欲しいっていうの!食べ物の対価はなに!?」
「出て行くか牢獄に逆戻りしてよ!」
「絶対に嫌!3食どころか1食すらまともに出て来ない空間にあれ以上監禁されたら気が狂うわ!」
「狂え!いっそ狂え!そして二度と来るな!」
「力を持った者を腹ペコのまま放置していたらどうなるか知らないとは言わせない!セルフ壁壊しでそこらじゅうの壁は穴ぼこだらけにするし魔獣は狩り尽くされるしあの辺りを徘徊してた覆面の奴らを解体する術を見出すかもしれない!」
「アンタら人間じゃない!人の形をした悪魔か何かよ!」
あながち間違いでもないかもしれないとミーアは思ってしまいました。
アルスティと娘の見苦しい争いが続きます。倒れたまま動かない純真無垢な少年が聞いてしまったらどんな表情をするのでしょうか、誰も考えたくないので考えません。
時間が経てば経つほど、アルスティ以外の旅団メンバーの目つきは狂気を含んだ何かに変わりつつあり、悠長に待っている時間は残っていないことを教えてくれます。ぐったりしている子供とぽーぽー訴えている幼児、店の隅に座り込んで「僕は無力だ……」と落ち込んでいるピアフォートレスの彼は除きます。
娘が反撃を始めたことにより激化する一方だと思われていた口論ですが、
「ちょっと待ちなさい」
父親の一言により、言い争いは一時停止を迎えます。
なんだなんだと一同の視線を集めた彼は、静かに歩みを進め旅団一行と娘の間に割って入り、
「分かりました、アナタ方の要求を受け入れ最高のディナーをごちそうすると約束しましょう」
「っしゃあ!」
ガッツポーズを決める旅団リーダーの彼女はさておき、娘は両目を見開いてビックリ仰天。
「えええっ!?ちょ、お父さん!?どうしてこんな奴らなんかに!?」
「よく考えてみなさい、我々の使命はなんだ?それはお客様に美味しい料理をお腹いっぱい食べてもらう事じゃないのか?暴れ出すほどの勢いでハラペコという病気を患っているお客様いればなおさら、私たちの料理を食べてお腹いっぱいになってほしいと思うだろう?」
「でも、こいつら重罪人じゃないの……?」
「お腹を空かしたお客様に前科なんて関係ない、私の料理を食べたいから来てくれた人は皆大切なお客様……だから平等に接するんだ」
「お父さん……」
感動ではなく呆れる娘の横で、旅団一行はテーブルを勝手に移動させて一列に繋げ、まるで食堂のテーブル席のようにきっちり綺麗に並べて準備を整えています。
「わかった、わかったわよもう。じゃあディナーは無しにしてコイツら……じゃなくてお客様へのお料理を作ればいいのね?」
「うむ。お金も払っていただけるのなら壁の修理代とディナーの代金はきっちり払っていただけると助かるのですがね、こちらも商売なので」
「おっけー!」
納得するや否やアルスティは銀貨の入った袋を娘に押し付け、倒れたままのルテューアを起こしに行ってしまいました。
「…………」
呆然として立ち尽くす娘ですが時間は待ってくれません。父親はさっさと奥の厨房に入ってしまいましたし、旅団一行は散らかした店内をキレイに片づけ始めます。
「食前の運動でお腹を空かせるのはいいよね~」
「もうすっごいペコペコだけどね!」
「…………」
しばらく動かなかった娘ですが、小さくため息をついた後父親を追って厨房に駆けて行ったのでした。
最高のディナーを作るために。
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