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☆クリスマスが今年もやってきて

一方その頃のアルスティ。ピッキングに手こずったものの、苦労の甲斐あってようやく不法侵入に成功しました。言うまでもなく犯罪ですが、ルテューアなら許すでしょう。
「クーリスッマッスが今年もやーってきたー♪っと」
小声で歌いながら侵入したのはサンタクロースにコスプレした女です。街中で徘徊していたら不審者と言われても仕方がないでしょうが、馬車小屋のお屋敷内なので問題ありません。
部屋にアルスティが不法侵入しているとは夢にも思わず、ルテューアはベッドの上でぐっすり眠っています。
夜の10時が彼の就寝時間、今日はクリスマスパーティがあったので頑張って夜更かししようとしていたのですが、10時5分頃には完璧に寝落ちしていました。5分頑張った。
「すやすや……」
「うわ、寝言の手本みたいなベッタベタな寝息立ててる……すご」
驚く所かどうかは微妙ですが、そこは気にしない方針として扱い、なるべく足音を立てないようにこっそり近づきます。うっかり起こしたらなんて誤魔化そう……なんて考えながら。
「まさか子供もいないのにこんな経験をする事になるとはねぇ、人生は何が起こるか分からないモノだわ……うんうん」
ぽつりとぼやいたこの独り言も、後半ぐらいで心にダメージが入りました。理由は彼女の為にも察してください。
自分で自分の心に傷を負わせながら、ベッドの側までやって来たアルスティは背負っていた袋から袋を取り出します。当然、クリスマス模様のラッピングがされています。
「とにかくこれを置いて、帰ってまた飲もうかしら……レグぐらいなら誘えば……あら?」
プレゼントを置こうとして、ルテューアの枕元に手紙があると気付きました。【サンタさんへ】と汚い字で宛名が書いてあります。
「サンタさん宛て……か」
手紙を取り、代わりにプレゼントを置いてやると、アルスティは何の躊躇もなく手紙の封を切りました。
「今は私がサンタさんなんだし、読んじゃっても大丈夫よねーどれどれ」
勝手な理由で手紙を出し、早速広げてみます。
あまりキレイではない字でこう書かれてありました。

サンタさんへ
ぼくのプレゼントはいらないのであーたんにプレゼントをあげてください。
あーたんはおとなだけどいつもりょだんのリーダーをしていてがんばっているからサンタさんのプレゼントをもらってほしいです。
どうかよろしくおねがいします。
ルテューアより

「…………」
アルスティ、絶句。
マジか。と、心の中で500回ほど連呼する程の衝撃が全身を駆け巡りました。
「(この子は……!年に1度のクリスマスプレゼントをこの子は……私なんかのために!)」
純真すぎる彼の心に打ちひしがれ、嗚呼……自分はなんて汚れた大人に育ってしまったんだろうと己の半生をこれでもかと反省するのでした。そこ、笑わないように。
その刹那、事件は起こった。
「……んあ?」
物音を立てなかったとはいえ気配はあったのでしょうか、ルテューアが目を覚ましたのです。
アルスティ、即座に我に返り、
「(ヤッッッバ)」
慌ててその場にしゃがみ、手紙を折りたたんでポケットに入れました。と同時にすごい量の汗が全身から吹き出してくるも、そのままベッドの下に隠れます。
サンタに扮した想い人がベッドの下にいるなど夢にも思わず、ルテューアは起き上がり、
「……今、変な夢を見たような」
まだ意識が覚醒しきっていないのか、どこか上の空な様子。枕元に置いてあるプレゼントに気付く気配もなく、ただぼんやりと天井を眺めています。
そのまま微動だにしないものだから物音1つしない静寂な空間が戻ってきてしまい、ベッド下の彼女が勘違いをする事になるのです。
「(あら?何も聞こえなくなった……また寝ちゃったのかしら)」
四つん這いになったままベッド下から出てきて、何事もなかったように立ち上がろうとしたのですが、
「だれ?」
「!!」
後ろから呼び止められ、とっさにその場で伏せてしまったのでした。
「……あ。もしかして、サンタさん?」
「そ、そう。サンタ!サンタクロースダヨーふぉふぉふぉふぉ」
この場を乗り切るためなら裏声だって使ってみせる女、それがアルスティ。バレたらどうしようなんて不安は頭になく、この場をどう乗り切るかに思考を集中させます。それしか考えられないので。
「どうしてサンタさんがここに……あっ、僕のお手紙読んでくれた?」
「読んだ読んだ、とっても心温まるお手紙でサンタさん感動しちゃったナールテューアは優しい子だネー」
「じゃあ……サンタさん、あーたんにプレゼントしてくれるの?」
「するするーサンタさんあーたんにプレゼントするヨー」
「そっかー……よかっ……た」
ぽてん。睡魔には勝てなかったルテューアはそのまま背中から倒れ、また眠ってしまいました。
彼の声が聞こえなくなり、ベッタベタな寝息だけが耳に入る状況に戻ったと判断したところで、アルスティはようやく安堵の息を吐き、
「危なかったぁ……九死に一生を得た気分ね。もう死んでるけど」
自虐しながら立ち上がり、ルテューアにちゃんと毛布をかけてやります。
「たかが子供、されど子供と侮っていたわ。自分が教育していた子にここまで追い詰められるハメになるなんてねぇ……」
改めてルテューアの成長のすさまじさを実感したアルスティは踵を返し、忍び足で部屋から出ました。鍵はかけませんでした。
「さて……と」
すぐ隣の自室に戻らず、廊下を進み始めます。
ダイニングに行くために。



翌朝。小鳥の声もせず朝日も差し込まないオオガラスの迷宮内ですが、体内時計が朝だと判断したので朝です。廊下の照明も明るくなっていますし、時計も午前7時を指しています。
昨夜のクリスマスパーティでハメを外した大人たちが起き始めた頃、ダイニングに向かう騒がしい足音が響いていました。
「大変たいへん!起きたら枕元にプレゼントがあった!サンタさんからのプレゼントだよ!スカーフが入ってた!」
ドアを壊す勢いでルテューアが突入してくるや否や、プレゼントに入っていたであろう藍色のスカーフを付き出したのですが、
「あらーよかったじゃない」
朝食前なので誰も席についていないテーブルに1人だけいたアルスティ、彼女の前には美味しそうなカプケーキが置かれていました。
ケーキの方が気になったのか、ルテューアはさっきの勢いを一瞬で消滅させ、目を丸くしたまま近づいて行きます。
「あーたん、それどうしたの?」
「ああこれ?今朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあって、何かなー?って思って開けてみたらケーキが入ってたのよ。いやーびっくりびっくり、サンタさんが間違えて置いてくれたのかしら?」
「サンタさん……」
スカーフを握りしめた少年の脳裏には何が映っているのでしょうか。十中八九昨日のコスプレサンタとのやり取りだろうと思われますが、アルスティはそう簡単にボロを出しません。カップケーキをひと口かじりながら朝食前の優雅なひと時を楽しみます。
「(美味しい美味しい。ミーアに感謝しなくっちゃねぇ)」
そう、現在アルスティが頬張っているカップケーキは昨夜のクリスマスパーティの余りモノを使って作られたリメイクケーキだったのです。夜明け寸前までかかりました。
これも純真無垢な少年のサンタさんへ向けられた願いを叶えるため、アルスティとミーアの共同作業により実現した想いの形。灼熱色に染まるのを防ぐためほとんどミーアが作りましたが。
「それより、初めてサンタさんにプレゼントを貰えてよかったじゃない。日頃の行いが良いお陰ねぇ」
「……でも、僕貧乏だし。サンタさんからプレゼントがくるなんて変だよね?」
「ウチの旅団は貧乏じゃないから、ルテューアが貧乏人じゃなくなったからサンタさんからプレゼントが来たのよ。始めて貰ったサンタさんからのプレゼント、ちゃんと受け取っておきなさい」
馬鹿げた逸話も否定せずに言い切った彼女の言葉で、きょとんとしていたルテューアも笑顔になっていき、
「うん!そうする!サンタさんは欲しい物を言わなくてもちゃんとプレゼントしてくれるって噂は本当だったんだね!すごいや!」
満面の笑みで、本当に嬉しそうに、スカーフをしっかり握りしめました。
「(可愛いヤツめ……)」
「あれ?でも……」
「どうしたの?」
「外の世界ってもう誰もいないんだよね?マズルカちゃん以外みーんな死んじゃったから……それに、オオガラスの中なのにサンタさんはどうやってプレゼントを持ってきたんだろう」
馬鹿はこういう時に限って察しが良い。
満足げだったアルスティの表情が一瞬で凍りつきました。そこまで考えていなかったから。
「あ……いや、その、それは……」
「おは~よ~」
戸惑いを隠しきれなくなったと同時に再びドアが開かれます。ニケロが入ってきたからです。
彼の後ろには多少やつれた様子のレグもおり無言を貫いていました。アルスティがいても一言も発しません。
昨夜の疲労が癒えていないおっさんは放っておき、ルテューアはすぐさまニケロたちの元に駆け寄ると、
「ニケロ!おじさん!見て見て!初めてサンタさんからプレゼント貰ったよ!」
「へ~よかったね~」
「…………」
「あれ?おじさんどうして暗いの?」
「昨日麻雀再戦でボロ負けしたショックがまだ癒えてないだけだよ~ね~おじさ~ん?」
ニケロの勝者の笑みはレグの心にグサグサと刺さり、表情が更に暗くなっていくのが目に見えて分かります。
「ふーん……でも不思議なんだ、サンタさんはどうしてオオガラスの迷宮の中に来れたんだろうって。あーたんと話してた」
「ああ~」
道理であーたんた青ざめているハズ……と納得し、ニケロは淡々と語り始めます。
「るーくんってば知らないの~?サンタさんは妖精さんだから、オオガラスの中とか人間滅亡とかはそ~ゆ~のは全く関係ないんだよ~?」
「サンタさんって妖精さんなの!?」
「そうだよ~人間っぽい見た目だけど、実際は人間じゃなくて妖精さんなんだよ~」
「なるほど!人と妖精さんじゃあ全く違うもんね!」
光の速さで納得してくれました。
「朝ご飯ができるまで、ヨーゼフたちに自慢してきていい?サンタさんからプレゼント貰えたって!」
「朝食の時間に遅れなかったらいいんじゃない~?」
「じゃあ行ってくる!」
そう言ってダイニングの外に飛び出して行った慌ただしい足音は、あっという間に遠ざかったのでした。
「……行ったなあ」
ようやく口を開いたレグの本日最初の台詞に続き、
「私としたことが詰めが甘かったみたい……ヒヤッヒヤしたわ、ニケロナイスフォロー」
アルスティが額の汗をぬぐうと、ニケロはいつもと変わらぬ声色で言います。
「まあね~でも、きっとサンタさんでも滅びに瀕したテネスの中で無事でいられる保障なんてどこにもないんだろうね~」
「サンタが本当にいるような言い回しだなぁ」
からかうような口調でレグが茶化すも、ニケロはキョトン。
「本当に?本当もなにもいるでしょ?サンタさん」
刹那、絶句するアルスティとレグ。
「毎年クリスマスになると、僕が生前入院していた病院にサンタさんが来て子供たちにプレゼントを配っていたよ?ここでゆっくり配っていても、世界中で自分の分身が一生懸命働いているから自分は楽できるーって現実的な話もしたし」
『…………』
「あれ?あーたん?おじさん?」
2人は気付いてしまった。
生前、人生の半分を病院という閉鎖空間で過ごしたニケロのその手の知識が欠けてしまっている可能性があることに。気付いてしまうキッカケが起きる事が、極めて少なかった事実に。
不治の病に侵された少年の夢を守るための大人たちの努力に。
「……ニケロくん、もしかして君……」
「スタァァァァァァップ」
ここまで来たら、目覚めさせてしまうのも気が引けて、
彼の周り大人たちは再び口を閉じる事となったのでした。



「みてみてまおーさま!起きたら何かあって開けたらまおーさまの眼帯と同じモノが出て来た!お揃い!」
「だからといって前髪で隠れていない目に付けるな。馬鹿丸出しになっているだろう」


END
2016.12.22
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