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☆彷徨う者へ

騎士の勘というより女の勘により気配を察知された幽霊の女は、ルテューアに憑りつくのを断念せざる得ない状況になりました。
『このまま事を進めば確実に私だけ殺られる、そんな気がしてならない』
「そうかなあ?」
『ガキはちょっと黙ってて』
「むう」
子ども扱いされてちょっとだけ頬を膨らましたルテューアから離れた女。それがスイッチだったのか、アルスティの目つきも元に戻りました。
『女の勘怖ぇぇ……しかし、どうするか……あの子供が使えないとなると他は見るからに馬鹿そうな奴と眼帯と』
ふと、女はアルスティに目をやります。
『ここはあの女に憑りついてみるか……?一か八か、やってみるのもアリっちゃありか』
向こうで騒いでる野郎2人よりマシそうだし、と小声で付け足してから。
『お前の体を頂くぞ!女!』
幽霊の女は再び向かってきます。今度はルテューアではなくアルスティ目がけて一直線に。
何の話なのかルテューアはよく分かっていませんし、自身の危機管理能力には若干疎いアルスティも迫る危機には気付いていません。闇の王とシモベなんて論外です。
オオガラスの迷宮に挑んでまだ一か月も経っていないというのに、ここで見知らぬ幽霊に襲われてリタイアしてしまうのか!リーダー不在となるのか!その時!
「あれ~?知らない人が騒いでるみたいだけどどうしたの~?」
『っ!?』
馬車小屋の2階に続くハシゴから人が下りてきました。金色のウェーブがかかった長い髪に大きな三角帽子、胸元にかけられたちょっと趣味の悪い顔があるペンダント。
滅びのテネスで数少ない生き残り、大魔女マズルカです。今は人形兵たちの主人という事になっています。
「あっ、マズルカちゃん!マズルカちゃんはあの女の人が見えてるの?」
「ふふん。私を誰だと思っているのさ、魂の魔女マズルカだよ?この世を彷徨う魂兼幽霊を見落とすワケがないじゃないか!」
胸を張って得意げに言ったマズルカは、しっかりと女を見据え、
「で?何か用?」
酷くあっさりと用件を尋ねました。
『た、魂の魔女だか何だか知らないが、お前たちに私の野望を邪魔させてたまるか!必ずお前たちを蹂躙し、野望の礎にしてやるんだからな!』
「なるほど」
マズルカはそれだけ答えると、オディロンに説教されているヨゼの横を何食わぬ顔で通り過ぎ、錬金窯の前まで来ると鼻歌交じりに蓋を開けました。マナの独特な香りが馬車小屋全体に広がります。
「錬金するの?」
「するよー、見ててね」
きょとんとするルテューアに対し、得意げに言ったマズルカは、懐から青い液体が入った小瓶を取り出しました。旅団の誰もが見覚えのある例の薬品です。
「あら、それって……」
アルスティがそれの名前を口走る前に、しびれを切らした幽霊の女が声を荒げます。
『さっきから私を無視して何をコソコソやっているんだ!言っておくが、私には生者の体に憑りつき、乗っ取る力があるんだぞ!下手に逆らえばお前たちの体なんて好きにする事が可能なんだ!まだ慣れてないけど!』
さらって不慣れな事まで喋ってくれましたが、聞こえているのはルテューアとマズルカだけです。
事の重大さがイマイチよく分かっていないルテューアは目をぱちくりさせて、女をじっと見ているだけですが、
「君にどんな事情があって皆にちょっかいをかけてきているなんて知った事じゃないけど、くだらない事でマロニエ作戦2を邪魔されたら私もレキテーちゃんもビジョ――――――に困っちゃうんだよねぇ……だから」
言い終えると同時に青色の液体を全て錬金窯の中にぶちまけ、窯の中のマナから青白い光が生まれ、同じ色の粒子がふわふわと浮かび上がります。
「こうしちゃう!」
幽霊の女に笑顔を向けました。悩みなんて1つもなさそうな、多くの事を心の底から楽しんでいそうな無邪気すぎる笑顔でした。
『何がしたいんだ……?』
女が呆れ、状況が呑み込めない人形兵たちもぽかんとする中、マズルカは誰にも聞こえないほどの小声で何かを呟き、
『あぇぇぇえええええぇええ!?』
次の瞬間、女の体は物凄い力で引っ張られて、抵抗する間もなく錬金窯の中に吸い込まれてしまいました。まるで吸引力が変わらないただ1つの掃除道具のよう。
相変わらずアルスティには何も見えていませんが、しっかり全てを目撃していたルテューアはマズルカと錬金窯を交互に凝視。
「ま、マズルカちゃん……?何したの……?」
「まーまー心配しないで、すぐにできるから」
すると、ぽんっ!という軽い音と同時に錬金窯から瓶が飛び出してきました。桃色の小さな瓶は魂の小瓶と呼ばれる代物。かつての人形兵たちはこれと同じ物に自身の魂だけが入っていたので、ほんの少しだけ複雑な気分になります。
「小瓶?もしかしてあの幽霊を小瓶にしたの?」
見えてなくても察しはついたアルスティは、できたてほやほやの魂の小瓶をマズルカから押し付けられました。
「話がややこしくなる前に小瓶にして口を封じておいた方がいいかなって。でも口を封じるよりも小瓶にして新しい戦力にしたら探索もはかどるし一石二鳥じゃん!」
「さわやかフェイスでグーサインまでくれた所悪いんだけど、正直これを新しい戦力にしたくないわよ私……色々こじらせてるみたいだし」
「同感だ」
いつから話を聞いていたのか、2人の間にオディロンが割って入ってきました。騒動の間、お説教を喰らっていたヨゼは部屋の隅で三角座り、オーラからしてかなり落ち込んでいます。
「我に憑りつくだけでなく、そのまま肉体を乗っ取ろうとした不埒な者と肩を並べて戦うなど御免だ。今すぐ小瓶ごと魂を消し去ってしまえ」
「ほら、闇の王(自称)もそう言ってる事だし」
「おい。自称とは何だ自称とは」
内なる台詞も聞き逃さなかったオディロンの鋭い視線を背中で受けつつ、アルスティはマズルカに小瓶を突き返そうとしますが、
「そう急がないで、捨てるかどうかはそれをじっくり見てからにしなさいって」
「じっくり……?」
言われるままにじっくり見てやります。一方でルテューアが落ち込むヨゼを慰めに行く姿がありますが割愛させていただきます。
「……あっ!?アニクラ80!80もあるわよコレ!」
「何だと!?」
「わぁ~お、めちゃ高いじゃ~ん」
相変わらず軽い言動で喜ぶマズルカの存在は一旦無視して、アルスティとオディロンは互いに顔を見合わせこっそりと、
「どうする?500年も幽霊してて色々こじらせてるし、ハッキリ言ってめんどくさそうな人だったけど……これで新しい人形兵作ってもらう?」
「性格に難がありすぎる上に姑息な手段しか知らないだろうあの女は。険しい道のりであるオオガラスの迷宮を探索するんだぞ?追加メンバーは即戦力になりそうな者でないと動きにくくなるのは目に見えている。アニクラ80という数字は見逃せないが、すぐに人形兵にする必要性は低いな」
「うーむ……一理ある。じゃあ捨てるのは無しにして、しばらく置いておくっていうのはどうかしら?とりあえず様子見って事で」
「そうだな、その手で行こう」
お互い同意の上で話しに決着をつけ、貰った小瓶を人形作業台の引き出しの中に入れ、ご丁寧にテープを貼って固定させました。
「ついでに〝さわるべからず”ってメモ貼っておきましょ。剥がしたらオヤツ抜きって付け足しておけばナノコたちも下手に触らないでしょ」
「名案だな」
問題児(10代後半)の対応にもすっかり慣れてきたアルスティとオディロン。どこか白い目で見つめてくるマズルカの視線をない物として扱い、物理的な封印を終えたのでした。
「知れば知るほど複雑な人間関係してるよね君たちって。下手な愛憎物語より面白いかも……」
「ごはんですよー」
マズルカがぼやくと同時に、皆を呼ぶ女性の声が馬車小屋の中に響き渡ります。
部屋の隅に目をやれば、いつの間にかミニチュアハウスの側にミーアが立っているではありませんか。声の主は紛れもなく彼女です。
最初に声をかけたのはアルスティで、
「あら、もうそんな時間なの?今日の晩御飯は何かしら」
「エビフライとポテトサラダです」
「ぽてとさらだ!?」
「エビフライ!?」
刹那、部屋の隅で丸くなっていたヨゼと、一生懸命慰めていたルテューアの瞳が宝石のように輝いている瞳をミーアに向けながら立ち上がりました。ヨゼに至っては叱られて落ち込んでいたというのにもう元気を取り戻しています。スイッチで切りかえたような速さです。
「やったエビフライだエビフライだ!早く食べよ食べよ!」
「俺ぽてとさらだ大盛りがいい!」
「そう言うと思って沢山作っておきましたよ。さあ、みなさん待ってるんですから早く屋敷に戻りましょうね」
ミーアが率先してミニチュアハウス触れると一瞬光った後に彼女の姿が消えたので、ルテューアとヨゼ、さらにマズルカもワクワクしながら後に続いたのでした。
「立ち直り早っ」
「馬鹿だからな。落ち込む早さも立ち直る早さも天下一品だ」
「長所なのか短所なのか判断に困る特製しかないのかしら……?」
「知らん」
保護者組の苦労は止まらない。



余談ですが。
存在感としてはエビフライに負けたアニクラ80の幽霊の女は、この後とても長い間引き出しの中に収納されたままになったのでした。
「あれー?ヨーゼフ、ポメはどこ?」
「へ?」
1時間後、床下で爆睡していたポメは無事救出されました。


END
2016.11.25
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