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☆彷徨う者へ

ルテューアの居場所を人づてに聞いたアルスティが辿りついたのはお屋敷の外。壊れた馬車小屋でした。
「あ、いたいた」
探していた人物はヨゼとポメと一緒。ソファーで仮眠を取っているオディロンを静かにじーっと見つめていました。
「……なにしてんの」
異様な光景についぽつりと零すと、彼女に気付いたルテューアが真っ先に振り向いて、
「あーたんどうしたの?晩ご飯できたの?」
「まだだけど……みんな揃って何やってるのよ?また何かの儀式?」
自称闇の王のオディロンが、自身の闇の力を取り戻すための儀式がどうのこうのといった作業を、アルスティは何度か見た事があるのでまたその類かと疑ったのですが、ルテューアは首を横に振り、
「ううん。Ⅶ世が体調が悪くて探索から戻って来るなりここで寝ちゃったから、ヨーゼフとポメと一緒に見守ってた。Ⅶ世が寝てる間に闇の力が降ってくるかもしれないから、逃がさないように僕たちで見張ってようって事になったからね!」
「またそんなコミカルな発想を……」
さすが陰で「精神年齢1ケタ組」と呼ばれているだけはあります。大概の大人はため息をついてしまいそうな話でも、アルスティは微笑みを浮かべて。
「どんな事でも真剣に取り組む姿勢は素晴らしいと思うから咎めはしないし、迷惑かけてないからいいわ。それよりも、ルテューアに話があるのよ」
「僕に?」
ハテ?と首をかしげるルテューアです。聞かれる事など1つもないと態度だけて主張しているようにも伺えますが、自覚していないなら事態は深刻です。
「僕に?じゃないわよ、今日のアナタどこか変よ?」
「変?そうかなー?」
「そうよ。今日の自分の行動と周りの反応をよーく思い出してみなさい」
2人が本日の反省会のように今日の出来事を順に振り返っていく最中、ソファーの横に座り込み、オディロンを見守っているヨゼとポメは、
「なかなか降ってこないな。まおーさまの闇の力」
「やうぃ」
「まおーさまが起きている時には全然見かけなかったから、もしかしたら寝てる時みたいに意識がなかったらひょっこり出て来るかもしれないって思ったのによぉ。今日は機嫌悪ぃのかあ?」
「みょーへーた」
「なーにが足りないんだろうなー?オオガラスの中でも闇の力は全然戻らないってまおーさまは言ってたし、闇の力とオオガラスの力って違うのか?難しいな」
「つかしー」
お互い並んで正座してそんな会話。ポメはまだちゃんとした言葉は喋れないので何を言っているのか全く理解できませんが、ヨゼは気にせず喋り続けているので会話しているように聞こえます。もしかすると、お互いがお互いの言葉を理解できていないかもしれないというのに。
「難しくてワケわかんねーことばっかだけど、まおーさまが元の姿に戻れるのなら俺は何だってするし、どんな努力も惜しまねーけどな!」
「ぽふぃ?」
「とりあえず今はまおーさま見張ってようぜ」
「きゅーね!」
会話は全くできず、言葉もちゃんと伝わっているのか分かりませんが、気持ちはどこか通じ合ったようです。元気に頷いたポメがヨゼの膝の上に乗り、より一層目を輝かせてオディロンを見張り始めます。彼の役に立つために。
ヨゼも嫌な顔1つせず、ポメを膝の上に乗せたまま、彼女同様オディロンを見張ります。大好きなまおーさまのために。
そして、ポメが膝に乗って1分も経たない内に、オディロンは起き上がりました。
「まおーさま!おはよう!」
途端にヨゼは膝の上にポメがいる事をこの一瞬で忘れそのまま立ち上がり、彼女を床上に転がしてしまったのでした。
「わぱ~」
転がったポメは人形作業台下の小さな穴に落下。ホールインワンです。
「やはりソファーでは満足に睡眠はとれんな……」
「まおーさままおーさま!体調はよくなった!?」
目を輝かせて尋ねるシモベの少年。もはや飼い主が帰ってきた時に興奮する犬のようです。うさぎ耳パーカーを着ているというのに犬。
「あまり良くはないな……くっ、我の力がもう少し戻っていればすぐに回復できたというのに……己の力不足が身に染みて分かる」
「そっかー」
大変軽い返答ですがこう見えてもオディロンを心配しているのです。たぶん。
「我は一旦自室に戻る。夕食は後で持って来てくれ」
「おっけーっす!」
顔色の悪いオディロンとは違い、今にも駆け出して行きそうな元気いっぱいのヨゼは敬礼までしていい返事。まおーさまの役に立つことが何よりの幸せだからこそ、この笑顔です。
そんなシモベの言動に目もくれず、ソファーから立ち上がった時、
「ぐっ?」
世界が一瞬ぐらりと揺らぎ、激しい眩暈を覚えてふらついたのです。そのまま作業台に腰をぶつけます。
「まおーさま?」
シモベはキョトンとしていましたが、オディロンの背中から白いもやが浮かび上がっているのを見て目つきを鋭くさせます。
「なんだ!?」
「何がだ……?」
「まおーさま後ろ後ろ!まおーさまから白い煙みたいなのが出てる!背中燃えてるんすか!?」
「人体発火現象じゃあるまいし、そんなバカげた話あるわけ」
呆れながらも振り向いたオディロンも見ました。背後に浮かび上がる白いもやを。
それは彼の真上で徐々に人の形になっていき、やがて成人女性のようなシルウェットが完成しました。
「ふぉおっ!?なにあれ!?」
「白いね!」
向こうで話していたアルスティとルテューアもそれに気付き、目を丸くさせたり目を輝かせたりしてそれぞれ驚いていると、
『ふふふふ……』
どこからともなく声が聞こえました。女性の声でした。
『やっと体に馴染んできたか……私の復讐劇がついに幕を開け』
「敵襲だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
話を全て聞く前にアルスティは武器を出してオディロンというか、白いもやの女性に斬りかかりますが、
『あっぶない!?』
体を後ろにそらせてギリギリ回避。古搭槍の先がオディロンの頭上ギリギリをかすめました。
「おい貴様!我もろともその形容しがたい女を切り捨てるつもりか!ちゃんと状況を見ろ!」
「見てるわよ?正体不明のナニカが出た、こっちに敵意を示している、やられる前に殺れ、よ」
このリーダーお構いなしです。相手が敵意を持ってこちらに挑んで来るというのなら、殺すつもりで応戦するのが彼女の生き様。ちゃっかり古搭槍を構えているルテューアも大きく頷いていました。
「へ?あの白い女ってまおーさまの闇の力の一部とかじゃないの?」
「あんな女我も知らんわ!」
闇の王のシモベに至ってはこのリアクションです。残念なことにツッコミがオディロンしかいないのです。
『び、びっくりした……まさか第一声から斬りかかってくるとは……どんだけ戦闘馬鹿なんだ』
胸を抑えながら白い女性は怯えながらぼやきました。なお今作での『』は、明らかに人ではない彼女の台詞となっております。
「戦闘馬鹿?失礼ね、私はただ自分の命が可愛いからそれを守るために全身全霊で尽くしているだけよ?好き好んで戦ってるワケじゃないんだから」
「でもさっき楽しそうにクラゲの触手を引きちぎってなかったっけ?」
「お黙り」
ルテューアの右足の脛を蹴るという彼女にしては穏便な制裁を繰り出した所で、ずっとシルウェット姿だった白い女性は完全に人の姿になりました。銀色の長い髪に白いワンピース姿の女性が、オディロンの真上でふわふわと浮かんでいます。
「うっわ、人間になった」
「アレが人間なワケなかろう。そもそもただの人間がオオガラスの体内に入り込めるはずがない」
真下のオディロンに指された女性は、眉毛をぴくりと動かすも、一旦不満を飲み込んでから言います。
『私は名も無き魂……俗に言う幽霊のようなものだ。生前の記憶はキレイさっぱり見事に無くしたが、あまり気にしてはいない』
「へぇ~」
アルスティ、薄い反応をしながら聖水を取り出します。ルテューアは塩、ヨゼは殺虫剤。
『一斉に攻撃準備にかかるな!せめて私の話を聞いてからにしろぉ!』
女性が涙目になって訴えてくるので、まあ仕方がないと渋々承諾。獲物を手にしたまま話に耳を傾ける事にしました。



『今からおよそ500年ぐらい前か……なんらかの理由で私は死に、地上を彷徨う魂に成り果てた。理由は自分でもよく分かっていないが、細かい事は気にしない性分だからすんなり受け入れた』
「ふむふむ」
『霊体だと一部の人間や子供ぐらいにしか姿を認識してもらえず孤独な日々を送っていたが、いっそのことこの特性を活かし、人々を驚かせたら楽しいんじゃないかという発想に至った』
「迷惑な話だ」
『それからは毎日が楽しかった……各地を転々としながら生者を驚かすあの快感はたまらなかった!次第に同じ境遇の仲間も増え、あの世にも逝かず地上でただただ生者を驚かすだけの毎日!死んでよかったと何度思ったか……生前の記憶ないけど』
「イタズラはダメだよー」
『だが、そんな幸せも長くは続かなかった。あの忌まわしきオオガラスが現れて以来、私たちのライフワークは続かなくなってしまったんだ』
「なんで?お前ら死んで肉体ないならオオガラスに狙われる理由なくね?」
『オオガラスに狙われる事はなかったが、問題は生者たちだった。生者たちは私たちのような正体不明の存在ではなく、世界を壊し続ける忌まわしき存在に恐怖したんだ……見えない恐怖よりも見える恐怖の方がよほど恐ろしかったみたいだ』
「ああ~……」
『お陰でラップ音も怪奇現象も〝オオガラスの手下が攻めてくる!”と勘違いされ、生者たちはすっかりオオガラスだけに怯えてしまった。私たちの仕業だと証明する事もできず、楽しみを失った仲間たちは次々とあの世へと去って行き、中にはオオガラスの手下に喰われた者もいた……』
「生者にも死者にも迷惑をかけていたのかあの存在は」
『私1人になってしまったが、決して諦めることはしなかった!生き残った人を探した、霊体の悪戯に驚いてくれるような人間を!だがいなかった!もう全て滅んでしまったんだ!オオガラスのせいで!』
「白いもやもやさん……」
『せめてオオガラスに一矢報いてやろうと体内に潜入したまではよかったが、それからどうするかは考えてなくてな……そしたらのん気にオオガラスの体内で探索をしているお前たちを発見した。霊体である事を活かし、誰か1人の体を乗っ取り利用してやろうと考えたのだ』
「なるほどなぁ」
女性の身の上話が終わり、座って大人しく聞いていた一同は何事もなかったかのように立ち上がりました。各自獲物は持ったままです。
「つまり、オオガラスに復讐したいけど霊体じゃどうする事もできないから、肉体を得るために旅団の誰かの体を乗っ取ろうとしたのね。そして偶然オディロンが選ばれてしまったと」
「大迷惑だ」
腕を組むオディロンは頭上で浮いている女性を睨みますが、彼女は鼻で笑い飛ばし、
『私に気付かなかったお前が悪い。今はまだこうして自由に動けるだろうが、こうしている間にも体の所有権は私に移っている、もう数時間もすれば、私は500年ぶりの肉体を得られるのだ!』
「Ⅶ世はどうなるの!?」
『さあな。大方、魂が消滅するか、肉体から追い出されるかのどちらか……』
ぼそりと言った女性の話に、オディロンとアルスティが青ざめた刹那、
「まおーさまに何してんじゃボケェ―――――!!」
ヨゼの右ストレートがオディロンに炸裂。星嵐鎌を装備してなかったのがせめてもの救いでしょう。
シモベに殴られた彼は軽く吹っ飛び、ハシゴ横の棚に背中から激突。本が何冊か頭に当たり、そのまま床に滑り落ちました。
突発的すぎる行動にアルスティもルテューアも呆然。文字通り言葉を失って悲惨な状況と化したオディロンを眺めることしかできません。
「おっしゃあ!あの幽霊倒せましたよまおーさま!」
何を根拠に言っているのか分かりません。高らかに叫んだ本人でさえも分からないでしょう。
オディロンは静かに立ち上がると、無言のままヨゼの前まで来ました、速足で。
誉めてもらえると思って瞳を輝かせるヨゼにオディロンはゲンコツを一発。アステルナイトの高い腕力を活かした重い一撃でした。
「あぎゃあ!?」
なんで!?と、視線で訴えるヨゼに、
「馬鹿か貴様は!霊体に取りつかれている我を殴った所で何の解決にもならんわ!我にダメージが入るだけであの女はかすり傷1つ負わせられないのだぞ!」
「そうなのか!?」
「当たり前だ馬鹿者!」
怒鳴り散らすオディロンを見て、躾の大切さが身に染みて分かる光景だったとアルスティは後に愚痴っている。
「オディロンも大変ねぇ……」
「あーたん、あーたん」
「今のは全面的にヨゼが悪いから仲介はできないわよ」
「そうじゃないよ。あの女の人がⅦ世の後ろからいなくなってる」
「ふぇ?」
改めて見ると、オディロンの背中から昇っていた白いもやも、オオガラスに個人的恨みを持つ女性の姿もなくなっていました。怒り心頭中の彼は気づいていませんが。
「ホントだ。まさかさっきのどさくさに紛れて完全に憑りついたとか……?」
「ううん、天井に張り付いてるよ」
ルテューアが指す先は、先ほどオディロンが激突した棚上の天井。何もありません。
「えっと、いるの?あそこに?女の幽霊が?」
「いるよ」
動揺して倒置法を駆使してしまったアルスティには何も見えませんが、ルテューアの眼には女性の姿が捉えられている様子。
『クソッ、殴られた衝撃で体から追い出されてしまった。しかし、何故あの男は完全な霊体になった私の姿が見えるんだ?霊感持ちか子供ぐらいにしか私の姿は見えなかったハズだが……』
「じゃあ、僕が子供だからおねえさんが見えたのかな?」
女性と会話しているルテューアですが、幽霊が見えないアルスティにとっては彼が独り言を炸裂させているようにしか見えません。とはいえ、彼女と会話できる人物が彼しかいない以上、しばらくの間任せておきます。
『は?子供?お前のどこが子供なんだ』
「中身かな?または魂」
『魂?精神年齢的な話か?自称おっさんとか言う女とか心はいつでも10代とかほざく男はよく見てきたが』
「違うよー魔法生物だから!人形素体に入られた魂が子供だって意味!」
『は!?マジ!?』
驚愕の事実に絶叫した女はアルスティを見ますが、当然彼女には姿が見えないので無視されます。なんとか見ようと何度も目を凝らしている様子ですが、残念な事に女が叫んだとは知りません。
「人間じゃなくて魔法生物だもん。だから僕は見た目は大人でも中身は子供だったりするんだ。ねー、あーたん!」
「へ?そ、そうねぇ」
話の流れはサッパリ分かりませんが、間違いでもないので同意すると女性は頭を抱えだし、
『どうりでずっと見られたワケかドチクショー!子供の発見率ってホント半端ないよなー!ホント!』
悔しそうに頭を抱えてその場で宙返りのように回転を始めました。
「どう?あの人なんて言ってる?」
「回ってる」
「はい?」
目の前で起こっている事を正直に話しただけですが、アルスティにとってはワケが分からない返答になってしまったのでした。
そうしている間にも、女の回転は止まり、
『私が見えているなら動きにくい……こうなったら、憑りつき先をあの眼帯からお前に変えてやる!』
ルテューアを睨み、そのまま突進してくるではありませんか。
「へ?」
状況がまるで理解できていない彼は首を傾け、向って来る女をぼんやり見ていただけでしたが、
『はっ』
憑りつく寸前、つまりルテューアの目の前まで来た刹那、すぐ横から凍てつくような恐ろしい視線を感じ、女はその場でぴたりと制止。
「…………」
何百年ぶりに感じた恐怖心に震えながらも視線を上げた先にいたのは、無言で睨んでいるアルスティの姿。彼女に霊体の女は見えていないハズなのに、青色の瞳には自分自身が映っていました。
『えっ……えっ……』
驚きと恐怖のあまり言葉を失う女。蛇に睨まれた蛙のごとくぴくりとも動けなくなります。
「あーたんどうしたの?すっごく怖い顔してるけど」
「いや~な感じがしたから、とりあえず睨んでおいた方がいいかなって私の勘が囁いたの」
女の勘とは恐ろしいモノですね。
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