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☆彷徨う者へ

難攻不落、摩訶不思議、何が起こっても不思議ではない、未知なる迷宮。
名は「オオガラスの迷宮」テネスの世界を滅びへと変え、全てを喰らい尽くさんとしている神とも悪魔とも言えぬ存在、オオガラスの体内に形成された迷宮です。
日の光など一切入ってこないというのに、周囲は明るく、自身の姿形から壁や天井の岩肌まで、はっきり見えます。
それでも薄暗く、静寂に包まれている……と言うよりも、耳が痛くなるほどの静けさ、迷宮内を徘徊しているモノは多種多様の魔獣やオオガラスの化身、ドロニア型といった異形のモノたちばかりで、自然界にいる生命体など1つもいない、寂しい場所でした。
いえ、生命体が1つもいないといえば、ウソになりますね。
ちゃんと生きている人間は1人だけいるのです。名はマズルカ、魂の魔女と呼ばれる大魔女であり、魔女ノ旅団の現主でもあります。
魂の魔女が人形に魂を宿して生み出した魔法生物を人形兵と言い、彼らが集まった戦闘集団を魔女ノ旅団を呼ぶのです。
この旅団の人形兵たちに宿っている魂はつい最近まで人間として生きていた魂だったのですが、自身の死後、人形兵として生まれ変わってしまった、悪く言えば死に損ないの集団です。
それでも、驚く程前向きに人形兵としての現状を受け入れ、マズルカと共にオオガラスの心臓を止めるという使命を全うしておりました。



「はーい、それじゃあ今日のミーティングを始めまーす」
魔女ノ旅団リーダー。アステルナイトのアルスティは今日も個性豊かな人形兵たちの前で声を上げ、小部屋内に響かせておりました。
いつもは自由気まま、一部を除いておふざけいたずら三昧の人形兵たちも、ミーティング時だけは大人しくしており、静かに耳を傾けています。それもこれも、アルスティの隣でバッドを持って一行を睨むラミーゾラのお陰です。無言は時に1トン以上の圧力と成るのです。
「今日はアズーメルムでトレジャー収集よ。この前は探索し始めて間もなく小部屋を見つけてうっかりドロニア型を壊しちゃったけど、その分未開の地が多く残ってるからその辺りも重点的に調べて行くわ」
魔女の精鋭部隊数十人で挑んでやっと撃破できるドロニア型を「うっかり壊した」なんて平然と言ってのけるのはこの旅団ぐらいです。かつては人間だった彼らの人間離れは日に日に深刻になっていました。
「次に魔獣についてなんだけど、クラゲは錯乱させたら全力で逃げること。以上」
『なんで?』
「ベイランに聞いて」
ムープとロロの双子らしい同時発生した質問に、アルスティは速やかにパス。そして一斉に向けられる視線にベイランは、
「勘弁してください……」
泣きそうな声で答えるしかありませんでした。マサーファは肩を優しく叩くだけ。
「何があるのかはベイランのリアクションで判断ヨロシク。次にクエスト……というか、弟子のメモなんだけど」
「うん!昆虫イモの収穫よろしくねー!」
軽やかに答えた魔女こそ、魂の魔女マズルカ。この世の滅びが近いにも関わらず、笑顔でダブルピース。彼女が動く度に、胸元のペンダントが揺れていました。
滅ぶ寸前に瀕しているこの世界で魔女の存在は非常に重要ですが、ペンダントに宿っているレキテイこと妖路歴程の魂がオオガラスの心臓に辿りつくための鍵であり、それを扱えるのは現在マズルカしかいません。よって、彼女が迷宮探索に同行するのは必然となってしまうので、旅団の人形兵たちは彼女を守りながら戦う事となるのです。
そうでなくても、マズルカのペンダントは彼女の母の形見でもあるため、それに宿っているレキテイごと手放したくはないのですが。
「収穫してもらいたいのは分かるけどさ、何で9個なのどうしてそんなに多いの」
「いっぱいないと旅団の全員に行き届かないからね」
「お気遣いありがとう!」
思いやりいっぱいの理由があれば仕方がありません。少々やけくそですがお礼を言ったアルスティでした。
次に旅団編成の話が始まるのですが、この中で1人だけ、真面目に話を聞いていない人物がいました。
「…………」
無言のままですが、アルスティの話は耳に入っても通り抜けるだけで、何1つ聞いていません。彼はぼんやりと、小部屋の天井を眺めていました。
「で、この結魂書は……ってルテューア?ルテューアー聞いてるー?」
名前を呼ばれても天井を見る視線を外そうとしません。その眼差しは真剣そのもので、普段の彼なら滅多に見れない眼差しでした。
「ルテューアってば」
痺れを切らしたアルスティ、彼の視線の先をちらりと見ますが壊れた小部屋のヒビの入った白い天井が見えるだけで、他に目立つモノは何もありません。
ため息をつきながら目の前まで来てみるも、ルテューアは接近してきた彼女に気付く素振りすら見せず、瞬き1つせずひたすら天井を眺めています。
旅団の人形兵やマズルカも怪訝な顔をして見守る中、
「ちょっとルテューア!」
「はいっ!?」
怒声によって我に返ったらしく、びくりと体を震わせてからアルスティが目の前にいると気づいたのでした。
「あーたん?どうしたの?」
「どうしたの?じゃないでしょうが。ミーティングちゃんと聞いてた?」
途端に固まる彼。そして目が泳ぎ始めます。一同の目が白いモノに変わりました。
「え、あー……その、うーんと……」
「聞いてなかったのね?」
「……ごめんなさい」
てし。ルテューアの額にアルスティのチョップが当たりました。とても軽い音でした。
「あう」
「もう、2回も言うの面倒なんだから聞き逃した内容は他の人に聞いといてよね?わかった?」
「はーい……」
やれやれと言いながら戻っていくアルスティの後姿を見る事すらできませんでした。
「怒られちゃった……」
「るーくんがあーたんの話を聞いてないなんて珍しいね~いつもはピンからキリまで、一語一句間違えないで覚えてるのに~」
ミーティングを再開したアルスティの話を聞き流し、ニケロは小さな声でルテューアに囁くと、ルテューアは視線を落としたまま答えます。
「だって、あそこにいるのに誰も気にしてないみたいだし、可哀想だし、僕に何かできることはないかな……って」
「あそこ?いる?何が~?」
「ほえ?」
2人は同時に首を傾けました。



薄暗く、天井の高い洞窟を旅団の一行とマズルカは歩いています。
アズーメルムと呼ばれる場所は不気味なほど静けさに包まれており、靴と地面がぶつかる音だけが響いていました。
洞窟だというのに灯りの類がなくても、周囲が不自由なく見渡せる環境なのは何故か、それは大魔女でも分かりませんし、オオガラス自身も分からないでしょう。
「今日も静かだね~」
騒がしい旅団にしては珍しく静まり返っており、その空気に耐え切れずニケロがぽつりと声を出し、早速ナノコが喰いつきます。
「こう静かな時に音を立てると、普段は何気ない物音なのに騒音並みの音量に感じちゃう事ってない?ほら、寝る前にベッドの中で本を読んでいる時に、ページをめくる音がいやに大きく聞こえちゃうって感じで!」
「あ~なんとな~く分かるかも~」
「じゃあ早速」
何食わぬ顔で呪鐘を両手に持ったので、後ろからサモに叩かれました。中身のないスイカを叩いたような軽い音がします。
「いたい~さもさもってば女の子に手を挙げるなんてひどくなーい?」
「酷くて結構。私はアナタが騒音迷惑を起こしそうだったので事前に阻止しただけです」
「音の1つや2つでとやかく言うなんて、さもさもってば小さいわねー」
「大きな音を出して魔獣が発生したらどうするつもりだったんですか」
「レベルを上げて物理で殴る」
「すみませんラミーゾラさん、鈍鎚貸してください。さっきレベル上がったのでこれを殴ろうかと」
「ごめんて」
他者を見下す冷たい瞳になったサモなら、鈍鎚でナノコの頭部を一撃など迷いなく行うでしょう。慈悲の欠片もなく振り下ろす様が脳裏を過る前に、90度のキレイなお辞儀を披露したのでした。
後方の人たちが騒々しくなり始めた中、一行の中では前の方を歩くルテューアは、
「……」
相変わらず黙ったまま天井を岩の壁を見つめていました。もちろん、そこには何もいません。
すぐ後ろでその様子を見ていたラミーゾラは、小さく首を傾げており、
「(さっきから一体何を見ているんだ?天井の岩の形を見ているワケでもないみたいだし、魔獣がいる様子もない、子供は大人が予想できないような事に興味を持つって聞くし、僕たちには理解しがたい事に興味を持っているのかも)」
「ぽ!」
足元から鳴き声……ではなく呼び止めるような声が発せられ、下ではなく正面に目を向けると、物陰に隠れていたクラゲのような魔獣が、触手を伸ばしながらルテューアに迫ってきている光景が見えます。
「危ない!」
「あっ」
天井の何かに気を取られたせいで魔獣の存在に気付くのが大幅に遅れ、我に返った時にはもう互いの距離は3メートルにも満たない。このまま何もしないままだと確実に腕か足を持っていかれるでしょう。
せめてダメージ軽減するだけでもと慌てて武器を構えた時です、足元からピンク色の塊が飛び出してきたのは。
「ぽりゃー!」
ポメでした。雄たけびのような声を上げてルテューアと魔獣の間に割って入った小さな要塞は、宙に浮かんだまま両手の戦術甲で触手による攻撃をがっちりガード。ダメージを0に抑えました。
攻撃を防がれ、一瞬体制を崩した魔獣がよろめいて、
「潰す!」
その隙にラミーゾラが鈍鎚で上から魔獣を叩きつぶしました。地面と魔獣は鈍鎚によって隙間なく密着、鈍鎚を退けてみると厚さ1センチにも満たないぺらぺら魔獣の姿が露わになりました。
「干物みたいになった……骨の無い軟体生物だからか……?」
「あ、ありがとう!ポメ、ラムちゃん!」
「ラムちゃんゆーな」
すぐさま振り向いてルテューアを睨むラミーゾラ。対してポメは両腕を上げてぽーぽー鳴いて喜びを表現しています。
ラミーゾラはポメを両手で持ち上げ、そのまま抱きかかえながら、
「まったく、ポメが気付いてくれたからよかったものの……今日の君は集中力に欠けている。普段なら魔獣の奇襲ぐらいすぐ気づくだろう?」
「ご、ごめんなさい……」
「今朝からずっと上の空だし、一体どうしたんだい?体調が悪いとか?」
俯いたままのルテューアは首を横に振り、
「体はどこも悪くないよ?ちょっと気になるって言うか、どうしてついて来てるのかなーって思って……」
「ついて来てる?何が?」
「ほえ?」
「ぱえ?」
2人は同時に首を傾げ、つられてポメも反対側に首を傾けました。



探索を終え、旅団の一行とマズルカは馬車小屋に戻ってきました。
馬車小屋と言っても当然馬はおらず、小屋自体は相当無茶をして使っていたのか壁や床には大きな穴が開いているので中の様子が外から丸見えになってしまい、プライバシーはほとんどありません。オオガラスの体内で雨風の心配もなく、気温と湿度も常に適温という過ごしやすい環境にはあるため、半壊している馬車小屋でも快適に過ごせるとマズルカ談。ただし、彼女のプライベートスペースは損害の少ない2階だったりします。
人形兵たちは拠点ではただの人形に……戻るワケがありません。ルフラン市にいた時と違い、人目を気にせず自由気ままに過ごせるのですから、大人しくしておく理由がないのですよ。
オオガラスの迷宮内はルフランの地下迷宮並にマナが濃いため、人形兵たちはそのマナを使って人間サイズを維持できますが、狭い馬車小屋に10人以上も住めないので、アストルムから拝借もとい盗難してきたお屋敷を魔道具に改造し、人形兵たちの居住区を完成させたのでした。原理等々は説明できません。
いつもは馬車小屋の隅の棚上にぽつんと置かれているだけのミニチュアハウスに見えますが、触れるとの中に転送されます。中は各個人の部屋とダイニングがあったりと、生活する上では何不自由しない空間が広がっています。
元々は人形兵たちだけの場所でしたが、マズルカが勝手に改造を加えたらしく、彼女もお屋敷に入れるようになりました。以上、説明終わり。
「どうしよう……」
お屋敷のダイニング、食事の時間になると大勢の人形兵たちで囲う食卓は現在、アルスティが伏せているだけの寂しい状態となっていました。
「……」
親友の辛そうな声と360度どこから見ても落ち込んでいるように見える姿に情が動いたラミーゾラ、無言で目の前の席に着くと、
「何が?」
投げやり気味に訪ねると、アルスティは顔を上げて答えます。
「ルテューアの様子がおかしい」
「ああ……」
納得するしかできない話。ラミーゾラは頬杖をついてため息交じりにぼやくのでした。
「いっつも真面目に探索してくれてるけど今日はなーんか上の空で、ずっと別の場所を見てるような感じで。自分の心配はしないで他人の心配ばっかりする子だからすぐ誤魔化しちゃうし……どうしたらいいのかしら……」
「似てるよねぇ君たちって、自分より他人優先な所が特に」
「そう?」
自覚など無く首を傾げる彼女こそ生前、仲間を逃がすために敵の軍勢を1人でどうにかしようとした人物なのですが、本編とは関係ないのでさておきます。
「あの子に無茶させすぎたかなあ?大丈夫だからってあれこれ色々やらせて……あ~あ、こんなんじゃリーダー失格かも……」
再びテーブルに伏せて落ち込むアルスティ。リーダーとして元騎士として、経験の少ないルテューアを引っ張って行かなければならないというのに、結局こうなってしまって……と、自分を責める言葉が頭の中でぐるぐる回り、さらに深く落ち込んでしまいました。
既に見慣れている光景なのか、顔色1つ変えずに本日2度目のため息をついたラミーゾラは、アルスティの頭に軽く右手を乗せると、
「自分を責めても仕方がないよ。今はここで落ち込むよりも、ルテューアと話をするのが先なんじゃないかな?何かに悩んでいるのなら、相談に乗ってあげるのも手だよ」
少年の悩みといえば主に片想いの相手であるアルスティの事でしょうが、ラミーゾラはあえて言いませんでした。
「ラムぅ……」
「泣きそうな声を出さないの。そんな調子だとかえってあの子が心配しちゃうんだからいつもの君らしく振舞っていればいいんだよ。ほら、さっさと行く」
「そうね!いつまでも弱ってなんかいられないわ、ちょっくら行ってくる!」
瞳に生気を取り戻した彼女、椅子を倒しそうになるほど勢いよく席から立つと、大きく腕を振りながらダイニングから出ていきました。
「……」
「いつもより随分お優しいのですね」
ダイニング奥の調理場から話を聞いていたのか、ミーアは笑顔を振りまきながらラミーゾラの横までやってきました。左腕に抱えたボールには半分ほどマッシュされたじゃがいもがあります。今日の晩御飯はポテトサラダです。
「そんな事はないよ。僕はただあの子が落ち込んでいたから慰めてやっただけさ」
「充分優しいと思いますよ?私はてっきり〝1人で抱え込むな!”と叱咤するかと」
「アホな上にアホみたいに責任感が強くて落ち込んだりするのは珍しくないし、口うるさくしても聞いてくれないからね、アホだから。もう諦めているよ」
「アホアホ言い過ぎですよ。それより、お暇ですよね?」
暇だけど。とラミーゾラが返すと、ミーアは持っていたボールと右手に会っためん棒を差し出して、
「お暇でしたら夕食の準備のお手伝いをしてくださいな。皮を剥いたじゃがいもをマッシュするだけの簡単なお仕事なので、ラミーゾラさんにもできますよ」
押し付ける勢いで渡されたので、ラミーゾラは渋々承知。
「それぐらいなら構わないけど……ミーア、まさか、アルスティがいなくなるタイミングを計ってたりしてた?あの子が料理をすると全体の10割が灼熱色になるから?」
「頑張ってマッシュしてくださいねーラミーゾラさーん。お手伝いをした分だけエビフライの数が増えますよー」
目を逸らされました。
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