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漆黒クリスマス

ヴィルソンにとって、イベントはまさに厄日でした。
生前、商人だった頃はイベントにちょっと便乗するだけで金が入ってくるビジネスチャンスの日だったのですが、その必要がなくなった今は何かとイベントだと口実を作って迫ってくるリリエラから逃げる悪夢の日と化してしまいました。楽しむ余裕は皆無です。
しかも今日はクリスマス。聖夜に浮かれた恋人たちがアレやコレやとする特別な日でもあり、まさに全国共通認識と言っても過言ではないでしょう。
そんな日に外でうろついてリリエラに捕まってしまったらナニをされるかわかったものじゃない。
なので、彼は今日一日自室に引きこもって大人しく過ごしています。当然パーティには参加できませんでしたが、大勢でワイワイ盛り上がる行事は嫌いなので問題なし。
「随分静かになったな……もう解散したのか?」
ストーカー撃退法が書かれた本を読みつつ独り言。なお、本の至るページに付箋が貼られていることから、何度も念入りに読まれていることを物語っていました。
すると、ドアをノックする音が聞こえてきましたが、
「……悪いが、今日は誰が来ても対応しないと決めている」
当然無視を決め込みました。しばらくすれば勝手に戻るだろうと思い、再び本に目を落とすのです。
「(いくらアイツでも、今までコツコツ貯めた貯金を投じて作ったこの鍵は解除できないだろう)」
よほどの自信と余裕があるのでしょうか、フフンと鼻を鳴らした直後、

ばきぃ

何かが破壊された時の代表的な音がすると同時にドア方向へ振り向けば、ミニスカサンタコスプレなうのアルスティが平然とした顔でドアを外しているという、常識では考えにくい光景が飛び込んできました。
「うえっg@●※☆♯♭!?」
「日本語でOK」
驚愕して言葉を忘れてしまったヴィルソンを軽くあしらい、アルスティは外したドアを廊下に置いて手についた埃を払います。相当強力な力で外されたためか蝶番と鍵は外れてしまい、蝶番はともかく鍵は二度と使えそうにない状態になってしまいました。
「悪いけど、恨まないでね?私だって話を聞いた身だから協力しないといけないの」
「な、何の話だ……?というか、どうやって外して……」
「んじゃまそういうことで」
彼女は多くを語らずさっさと立ち去ってしまいます。だって良い子のためのサンタ業の途中ですからね、道草を食っている暇はないのですよ。
「おい待て!ちゃんと説明しろ!」
読んでいた本を放り投げ、去ったアルスティを置いに部屋の出口まで駆けた刹那、
それは現れました。
「はっぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃめりぃぃぃぃぃぃぃくりすまぁぁぁぁぁぁぁす」
×××××にさせた指をためらいもなくヴィルソンに見せつける、ブラックサンタ姿のシュザンナです。ドスの効いた声色から、言葉の節々込められた憎悪の念を表しています。
「お前の差し金かぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ヴィルソン絶叫。
「そう、我が仕組んだ!まさか貴様が部屋で籠城しているとは思ってなかったからな!急遽アルスティにドアの取り外しを依頼したのだ!」
「だからか!だから人の部屋のドアを破壊したのかあの女は!」
軽々とドアを取り外したことについては言及しません。彼女がアステルゴリラの1人だとわかっていますからね、もはや疑問すら感じません。
「フフ……このブラックサンタの策略に、早速恐怖しているようだな」
「ブラックサンタだと……?悪い子にお仕置きをするというアレか!?」
「察しが早くて助かる。我はブラックサンタとして貴様に制裁を下しにきた」
「俺に!?その理由はなんだ!?」
真面目に迷宮探索もしていますし、日々の家事や料理も積極的に手伝っているというのにブラックサンタが来るとなんて当然、納得できません。心当たりすらないのですから尚更です。
するとシュザンナ、フッ……とほくそ笑み、
「決まっているではないか」
そう言って、ヴィルソンを指すと、高らかに叫ぶのです。
「貴様が気にくわないだけだ!我がオディロンだった時からな!!」
「帰れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ヴィルソン二度目の絶叫。屋敷全体がビリビリ震えるほどのシャウトだったとニケロ談。
「安心しろ、さっさと帰るさ。サンタらしくプレゼントを置いてからな」
「プレゼントはいらん、そのまま帰れ」
「断る」
淡々と言ったシュザンナがドアの影からチラチラ見える真っ赤なリボンを引っ張り、ヴィルソンの目の前に出したのは、
「ハロー!ヴィルソンさーん!」
言わずも知れたリリエラでした。ただし両手には赤いリボンが巻かれてあって自由が効かなくなっていますが。
「ああそうだなお前だろうなアルスティが来てた時点で予想はついていたさ誰に言われなくてもな」
恐ろしいほど早口でした。この世の全てに絶望したような表情での早口で、静かに見ているニケロとレグは言葉にできない申し訳なさを感じたとか。
「そんなこんなで貴様がこの世で一番嫌がるプレゼントであるリリエラをやろう!ありがたく迷惑するがいい!」
「なんだその新単語は!プレゼントされてもそんなもんいらん!返品だ返品!」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよーヴィルソンさーん♪」
「お前は寄ってくるな!!」
両手が使えなくてもリリエラは笑顔で迫ってくるのでヴィルソン抵抗。顔を抑えて距離を離そうと必死ですが、アステルナイトの腕力を上回る勢いと情熱を持つ彼はそれを物ともせずぐいぐい迫ります。
「ありがとうシュザンナ!君たちのお陰でヴィルソンさんとの距離を縮められそうだよ!」
「距離を縮めるといっても物理的だがな」
「ところで、この手のリボンはいつになったらほどいてくれるの?もうプレゼントされたんだからほどいてくれてもいいんじゃない?」
「断る。中途半端に迫れらた方が嫌さ倍増だと踏んでいるからな。どうしてもほどいて欲しいというのならその男に頼むんだな」
「わお」
「俺に迫りながら平然と会話をするな!!」
苦情が飛んで来ていますがブラックサンタ一行は知ったこっちゃありません。こっちに来てから一言も喋っていないレグとニケロなんて暇で暇でしょうがないのか、あっち向いてホイをして遊び始めています。
騒がしい状態が続くカオスな状況の中、シュザンナは足元に置いたままの袋を担ぎ上げ、
「よし、この部屋でやるべき事は全て終わった。次の制裁へ行くぞ」
『ホイサラサッサー』
目の前で繰り広げられている攻防戦などまるで別世界の出来事のように無視し、さっさと踵を返します。当然レグとニケロも続く光景は洗練された下僕のような動きでした。
「おい待て!この状況の中で放置するな!帰るな!!」
「お達者でー!」
絶叫するヴィルソンの真横でリリエラは、これ以上ない幸せな笑顔でブラックサンタ一行を送り出していました。いつも素の笑顔を隠す彼が滅多に見せない心の底からの喜びを表す笑み。レアモノです。
するとシュザンナはぴたりと足を止め、振り返ります。
「我はお前の恋路を陰ながら応援しているぞ、お前が奴に迫ると奴が苦しむからな」
「わあお複雑」
心底喜べない言葉を残し、そのまま去っていきました。ドアはアルスティでもない限り直せないので外されたまま放置という、プライバシー0の状態のまま。
「さあヴィルソンさん!オタノシミはこれからですよ!夜は長いんですからね……!」
「最悪のクリスマスだぁぁぁぁぁぁぁ!!」



こうして、悪夢という名の爆弾を各所で次々と落としていったブラックサンタ一行。彼らは各所で恨まれ各所で妬まれ多くの呪いの言葉を吐かれましたが、ブラックサンタという使命を果たすための活動に後悔は一切ありません。誰から恨まれようとも、己の行動を否定することはありませんでした。
そして、気がつけば夜が明ける時間。オオガラスの迷宮では朝も昼も夜も全くありませんが、ここでの生活が長いせいで何となく分かってしまいます。
「終わったな……」
「ああ、終わった……我々の使命は無事に達成できた」
「もう疲れた〜」
壊れた馬車小屋の中、役目を終えた彼らは最初に集ったこの場所に戻ってきていました。
「まさか夜が明けるまでブラックサンタするとは思ってなかったなぁ。まあ、おじさんとしてはシュザンナちゃんと一夜を共にしたことが何より嬉しいけどさ」
「おっさんの戯言は無視するとしてだ」
「わーお!シュザンナちゃんってあーたん並にドライだよねぇ!」
レグの通常運転行動はさておき、シュザンナは何も入っていない空になった袋をテーブルの上に置くと、
「我がこの偉業を達成できたのは他ならぬ貴様らの協力があってこそだ。闇の女王として礼を言おう」
改めて2人と向き合って小さく頭を下げました。
高慢な性格ではありますが、世話になればきちんと謝礼をする、人として当たり前のモラルをしっかり持っている所が闇の女王の良いところです。
「どういたしまして〜僕は大迷惑だったけどね〜」
「どこまでも正直だな貴様、その姿勢は嫌いではないが」
今回はずっと巻き込まれた被害者だったニケロ、床に座り込んで毒を飛ばしますが闇の女王にストレートな悪意は効きません。ストレートじゃなくても効きません。
元々少なかったやる気の値が0になったニケロとは違いレグといえば両手を広げ、
「おじさんはとっても嬉しかったけどな!シュザンナちゃんと一緒にいれたこともそうだけど、おじさんの青春の1ページであるブラックサンタを受け入れて、こうして大々的に行動してその文化を広めてくれたんだからこれ以上の喜びはないぞぉ!」
高らかに語っていますが、その文化を広めたことによる被害は相当なものです。物理的にも精神的にも。
「なんだ、10割下心だと思っていたがそうでもないんだな」
「いやーそもそもの言い出しっぺはおじさんだからなーシュザンナちゃん参戦による下心は後からついてきただけ」
「下心は否定しないんだね〜」
「うん!」
即答。彼も自分に正直な人間です。
「おっさんがセクハラしようとしてきたことは全てアルスティに報告するから良いとして」
「待ってそれおじさん的には何も良くない」
これから起こるであろう鉄拳制裁というセリフクリティカルゴアに身震いしてももう遅い。ニケロが白い目で見つめる中で、レグの背中に冷たい汗が流れるのでした。
「今日は早朝までご苦労だった、働きに見合った報酬は後で渡そう。我は一度休む」
「わかった〜おやすみ〜」
「おじさんが添い寝したら快眠できるって定評があるんだけどシュザンナちゃんもどうだい?」
返答はナイフでした。今度もしっかり額に刺さりましたね、ダーツだったら最高得点。
そのまま屋敷の中に戻っていった彼女を、レグたちは見届けたあとで、
「んじゃまあ俺たちも休むとしますかねぇ」
「僕もう疲れたよ〜」
ナイフが刺さったままですが通常運転。互いに愚痴をこぼしあいながらお屋敷に戻ろうとした時、馬車小屋の2階から物音がして、
「あれ?彼女はもう戻ったのかい?」
ひょっこりとマズルカが顔を出しました。部屋を見回して、この場にニケロとレグしかいないことを確認してから、梯子を使って1階まで降りて来たのです。
「マズルカちゃん?今日は一段と早いけどどしたん?クリスマス翌日から緊急出撃なんてやだぞ?」
「そんなんじゃないよー心配性だなー私はただ、あの眼帯の子の人格が消滅してないか確かめたいだけだよ」
『消滅!?」
人格が消滅だなんて穏やかな単語ではありません。レグとニケロが2人揃って目を丸くさせると、マズルカは意気揚々と答えてくれます。
「ホラ?あの子はオディロンの魂の一部を人形の体に宿して生まれた人形兵なのは知ってるでしょ?実は、魂の一部が流れ込む前の人形素体には既に人形兵の格となる魂が入っていたんだけど、そこにオディロンの魂の一部が流れ込んで、結果としてシュザンナが生まれた」
「あの時からもう素体に魂あったのかよ!?」
「あったよ。あんな偶然起こった事故みたいな状況で、ほんのちょっとの魂しかないのに体の所有者になるなんてすごいよねーびっくりだよねー。彼女の自我が強すぎるのか元の魂の持ち主の魂が激弱だったのか……」
「どっちもだと思う〜」
「でもよ、それがシュザンナちゃんの自我の消滅とどういう関係があるんだ?」
ここまで言われてもいまいちピンときません。シュザンナが生まれる前に別の魂が入っていたなんて知りませんでしたし、それを知る予知もなかったのですから、それと自我の消滅がどう繋がるのか。
「えっとね、今は彼女の強すぎる自我のお陰でオディロンの片割れのシュザンナとして生きてるワケだけど……やっぱりそれは一時的なモノなんだ。しばらくすれば前の持ち主の魂がどうしても勝ってきてしまって、彼女の小さな魂は食い潰されてしまう可能性が高い」
ここまで淡々と語って来た魔女様でしたが、レグとニケロの心境はあまり穏やかではありません。一歩間違えていればシュザンナという人間は死んでいたかもしれないのですから。
愕然とする2人の心境を察したのでしょうか、マズルカはにっこり笑って、
「でも安心して、ちゃんとそれを阻止する方法はあるんだ。彼女の自我がより強くなればいい」
「……どゆこと?」
元からもう強すぎると思いますが。
「自分のことをオディロンの半身ってだけじゃなくて、シュザンナという個人であるとしっかり自覚させることで、今以上に自我は強くなって消滅の危険性が少なくなるんだ。そのためには、彼女自身の意志で行動させる必要がある」
「つまり今のシュシュはⅦ世のコピー版でしかないから、もう少し中身をグレードアップさせておかないとシュシュの魂が負けちゃって、元々の人の人格が出て来ちゃうってことだね〜?」
「だいたいそんな感じだね。つい最近までさ、彼女ってふとした拍子に硬直しちゃったことなかったかい?それ人格消滅の前兆」
『えっ!?』
クリスマス前に時々会話が止まっていた理由が自我の消滅の前兆。つまり相当危険なところまで来ていたということでしょう、レグもニケロも目を丸くして驚愕。
「求めているのは彼女が自分自身の思考で考えて行動することだよ、1人だったことを忘れてね」
「闇の女王じゃなくさせろってことか?シュザンナちゃんのアイデンティティ崩壊するぞ?」
「そこまで言ってないけど……」
「阿呆。我が闇の王であることは世に生まれ落ちてから全て決まっていることだぞ。意思の有る無し関係ない、捻じ曲げられることではないぞ」
会話に割り込むと同時に現れたのはご存知闇の王、オディロンです。レグとニケロはギョッとしていますが、マズルカは手を振って親しげモード。
「やっほーおはよー、あの子大丈夫そうだった?」
「ああ……ひと段落といったところか。魂の魔女の指示はいつも的確で助かる」
「いやー闇の王様に褒めてもらって光栄だなーこりゃ」
頭をかいて照れるマズルカでしたが、約2名ほど話が読めていない人物がいます。さっきから驚きのリアクションしかしていない2人組です。
「あの、えっと、ドユコト?」
恐る恐るレグが声をかけると、オディロンは腕を組んで目を向けて答えてくれます。
「1週間前にマズルカからシュザンナが消滅する可能性があると伝えられてな……折角生まれた我が半身だ、易々と見殺しにするわけにもいかん。消滅を阻止する方法を考えていた」
『…………』
「なんだその目は」
「Ⅶ世は見殺しにするタイプだって思ってたからねぇ」
今日もストレートな意見がニケロの口から飛び出しましたが、やはりオディロンもそういう意見でダメージを受けるタイプではありません。
「目的に協力する者に対し敬意を払うのは当然のことだろう。その者が窮地に陥った時に手を差し伸べるのも王の役目だ」
話を聞くだけなら部下のためなら体を張ってでも助ける上司の鑑なのですが、設定のせいで台無しです。レグは遠い昔、完璧な人間などいないと誰かに言われたことをぼんやり思い出したのでした。
「ところでⅦ世、ひと段落したってどいうこと〜?シュシュに何かしたの〜?」
「シュザンナが今回のブラックサンタをするように仕向けた」
「………………は?」
ニケロ真顔。すごい眼力。
「マズルカにシュザンナの消滅の可能性を伝えられ対策を考えていた時に、おっさんがブラックサンタのことで悩んでいると聞いてな……利用しない手はないだろう?」
「……で?」
レグも真顔。オディロンは冷静。
「シュザンナに我と同じことではなく、違うことをさせれば少しは自分が我と違う存在であると認識するのではないかと思ってな、まずブラックサンタをするか普通のサンタをするか選ばせた。そしたら“なに!?ブラックサンタだと!?まさに闇の女王に相応しい役割ではないか!”と、意気揚々とブラックサンタを選んで部屋を飛び出した」
「おじさんその光景が超高画質で脳内再生できたわ」
レグほどの女好きになると、可愛い女の子が元気よく動き回る光景はいつでも脳内で鮮明に再生できるのはもちろんのこと、まるで自分とその子が特別な関係であるかのようなシチュエーションや、あられもないあんな姿やこんな姿を細部まで脳内再生することが可能です。人は一般的にそれを「妄想」と呼びますが。
「そこからは僕たちが体験した通りの流れ〜?」
「ああ。ブラックサンタを選び、ある程度のターゲットを決め、どのような制裁をするか考え、自分の力で実行に移した。これは紛れもなくシュザンナの意思で決めて行動したもの、少しは我と違う部分も出ただろう」
「出たよ出た〜超出た〜てか初っ端から出てた〜」
これ別にブラックサンタやらせる必要なかったんじゃないかとニケロは思いましたが、
「完全ではないが、シュザンナの自我が消える可能性はかなり抑えられた。それだけでもこのブラックサンタはやらせた価値があったというものだ」
得意げに闇の王が語っていたので口を閉じておくことにしましたが、レグはそうもいかずオディロンの胸ぐらをつかみます。
「む?」
掴まれてもこのキョトンとした様子です。いきなり胸ぐらを掴まれて冷静でいるメンタルは評価できるものでしょうがそれはさておき、
「お前……お前なぁ!?そういうことはもっと最初から教えておけよ!おじさんめっちゃ心配しただろうが!」
「話しておく必要はないと思ったんだがな」
「あるわ!女の子が窮地に陥ってたんだぞ!?下手すりゃ人格消滅してたんだぞ!?死んでたかもしれないってことなんだろ!?そんなの放っておけるか!ちゃんと言っときゃおじさんだって真剣に協力してたっつーの!」
怒声を飛ばすレグ、その表情は真剣そのものでいつもの彼のような下心の類が一切感じられません。この場にマズルカがいなかったら1発ぐらい殴っていた勢いです。
止めもせず見ているだけのニケロは、彼が彼らしからぬ剣幕で迫っている理由がなんとなく想像できます。過去に婚約を誓った恋人を助けられなかった悔しさと悲しみが、彼をここまでさせているのではないか……と。もちろん口にはしません。
「…………」
胸ぐらを掴まれたままポーカーフェイスで黙っていたオディロンは、
「ふむ、すまん。もう少し周囲に相談しておくべきだったな」
「……わかればいいんだよ。今回は無事に解決できたからいいけど、次からはおじさんにも一声かけろよ?ちゃんと協力するから」
「善処しよう」
納得したところでレグは手を離し、オディロンを解放。自由の身となった彼は少し乱れた服を整えて、
「我は屋敷に戻る」
「おっけー。何かあったらすぐ私とレグに教えてね!」
マズルカが元気よく手を振るのを背に、オディロンは屋敷に戻ったのでした。
「一件落着なのかな〜?」
「おじさんは微妙に納得してないけどな」
「まあまあ、今度からはちゃんと君達にも言うからさ」
「それならいいんじゃ……ん?君たち?」
さり気無く頭数に数えられているニケロが怪訝な顔で首を傾げましたが、マズルカもレグも明後日の方向を眺めて見て見ぬふり。
「…………」
いい加減本人の了承もなく巻き込んでいくのはやめてほしいと言いたかったのですが、言うだけでキチンと聞いてくれる人たち相手ではないと痛いほどわかっているのでやめました。
「んじゃまあ屋敷に戻ろうぜ。今日はもうおじさん昼まで寝たい」
「僕も〜夜通しサンタだったから眠いよ〜今日の探索休みたいってあーたんに言ってみよう〜」
「あーたん体力が無尽蔵にあるから一晩徹夜してもケロッとした顔で探索出てるんだよなぁ」
「人間味がないね〜まあ人間じゃないけど、僕ら含めて」
「そりゃ言えて……」
のんびり会話をしていた刹那、
「おい、なんで良い話で終わろうとしてんだテメーら」
「んえ?」
ニケロの首筋に刀剣の刃が、皮膚を裂かない程度にピタリと当てられ、
「このまま無事に日常生活に戻れると本気で思っているのか……?」
「おお?」
レグの後頭部に古塔槍の刃先が、頭皮に刺さらない程度に密着させられました。
こんな状況のため振り返る以上に頭を動かすことすらできない2人ではありましたが、声と台詞と今回の話の経緯だけで誰なのかはわかります。
「ととくんとヴィー?どうしたの〜?そんなドスの効いた声とか出しちゃって〜」
「とぼけるな!お前たちのせいでこっちは悲惨な目に遭ったんだぞ!!主に貞操の危機とかな!!」
「あ、貞操大丈夫だったんだ、よかったな」
「よくないわ!!」
激怒と共にレグの頭皮に古塔槍の先がグサリと刺さりました。しかし、既に額にナイフが刺さっているこの男、この程度のダメージでは悲鳴は出ません。痛いことに変わりはありませんが。
「こっちだって巻き込み事故のせいで大事なもん壊されてんだぞ!責任取りやがれ!」
「そ〜ゆ〜のはさ〜僕らよりシュシュに言ったらいいじゃ〜ん」
「あの女とは金輪際関わりたくねーんだよ!」
「わかる〜」
今回の件で彼女を敵に回すととんでもないことになると分かりましたからね、レグだって否定したくても否定できませんもの。今回は巻き込まれてばかりのニケロにとっては敵も味方も関係なく関わりたくありませんが。
ちなみにマズルカは厄介ごとは御免だと言わんばかりのスピードで馬車小屋の二階に避難。これから朝ご飯の時間まで二度寝を決め込みます。テネスの明日はどっちだ。
「つーわけで今からテメーらにはたっぷり八つ当たりをしてやんよ……」
「逃げても無駄だぞ。屋敷にはブラックサンタのショックから目覚めた奴らが次々とお前たちを狙う手筈になっているからな」
どんどん黒いオーラが見えてくるエトスとヴィルソン。姿形が見れないニケロとレグは分かりませんが、瘴気を思わせるオーラが溢れすぎて前方に流れてきています。それぐらい強い憎悪の念が、屋敷の中にも溢れているのでしょう。
「まーこうなるっていうのは分かってたけどね、おじさんは」
「もうちょっと早く言ってほしかったなぁ……」
クリスマスの悪夢は終わらない。


END

2018.1.31
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