漆黒クリスマス
時の流れは早いものであっという間に1週間が経過、クリスマス当日となりました。
時間は深夜、去年同様お屋敷で開催されたクリスマスパーティも無事に終了し皆が解散、子供達は寝静まった頃、
ブラックサンタたちはお屋敷の外……つまりは馬車小屋内に集合していました。
「ブラックサンタ!闇の女王だ!」
「ブラックサンタおじさんだ!」
「……ブラックサンタのトナカイでーす……」
黒色サンタクロースのコスプレ姿のシュザンナ、アルスティ同様ミニスカサンタですね、アステルナイトの流行りでしょうか。
ノーマルブラックサンタのレグ、去年のトナカイコスプレとは違い本格的なサンタクロースの衣装なのでやる気も気合も充分。可愛い女の子が隣にいるから尚更気合が入ります。
そして、去年同様トナカイコスプレのニケロは目が死んでいました。
「なんだ?やけにテンションが低いな。これから悪い人形兵の連中に恐怖を届けに行くのだから、このままで行くと体が持たないぞ」
いつもとは様子の違うニケロにシュザンナはとても不思議そう。
「2年連続で望んでもないトナカイになったら嫌でもこうなっちゃうから……」
「今のところオール素だな、ニケロくん」
「すぐにとは言わないが早い内にいつものテンションに戻しておけよ。こんな調子では相手に舐められてしまい、ブラックサンタ業に支障が出るぞ」
注意されますがニケロは死んだ目のまま「無理……」と力なく返すだけ。きっと始終この調子だとレグは確信したのでした。
「それで?回る順番は昨日打ち合わせした通りで大丈夫か?」
「ああ、人選から時間配分まで完璧かつ入念に練ったプランだからな。何1つ変更点は無しだ」
「んじゃ、打ち合わせ通りということで」
驚くほどスムーズに話が進んでいます。この日のために2人がどれだけ真剣に準備を進めていたのかがわかりますね、ニケロは蚊帳の外でしたが。
「ねえ、これって僕がいる意味ってあるの?」
「もちろんあるぞ!サンタといえばトナカイとセットなのが当たり前!それは闇に堕ちたブラックサンタであれ変わることはない!だからトナカイと共に行動し、サンタらしさを高めておくのだ!」
「そんなクリスマスケーキについてるサンタの砂糖菓子みたいな扱いヤダー!おじさんも何か言ってよ!」
暴論を豪語するシュザンナに抵抗できないと思ったのか、レグに助け舟を求めますが、
「悪ぃなニケロ、おじさんは基本女の子の味方なんだわ」
「うわー!おじさんのバカー!」
泣き叫ぶニケロのすぐ側でシュザンナがまた一時停止していたように見えましたが、きっと気のせいでしょう。
お屋敷の中、エトスの部屋。
ここでは10代の人形兵たちがクリスマスパーティ延長戦の真っ最中。部屋の真ん中にお菓子やジュースを広げて非常に盛り上がっていました。
「クリスマスに乾杯―!」
「君に乾杯―!」
「ケーキがうまーい!」
「だからなんで俺の部屋で飲み直ししてんだよテメーら!!」
ナノコ、ロロ、ムープのトラブルメーカー三人衆の背後から、部屋主の罵声が飛びますが怒鳴られたぐらいで大人しくなるならトラブルメーカーの称号は得ていません。よって平気な顔で乾杯の音頭が続くわけです。
「いつものことなんだし、別にいいんじゃない」
「そーそー♪」
3人のすぐ隣ではミアリとリリエラがまるで他人事のように言っています。実際他人事ですが、
「リリエラがここにいるなんて珍しいね、てっきりヴィルソンとクリスマス❤️ラブしてるかと思ったのに」
肉食系な彼なら夜這いの1つや2つするものだとばかりにロロは言ってます。クリスマスまで迫られるヴィルソンが可哀想だと思っているのは、若干顔を引きつらせているムープぐらいでしょうね。
ナノコたちもその話題に興味津々。飲食する手を止めてリリエラに注目、相変わらず部屋主の文句は無視する傾向。
大好きな彼の話題になるといつも以上に明るい笑顔を浮かべるリリエラなのですが、今回は少し目を伏せてションボリしながら、
「そうしたかったんだけど……ヴィルソンさんに部屋を追い出されちゃって……おまけにあの人ったら部屋に新しい鍵を取り付けたみたいでピッキングもできないんだよ……残念」
「よしよし」
人生はそううまくいかないものです。彼の必死の自衛に成すすべもなく、落ち込むリリエラの頭をロロは優しく撫でてやるのでした。微笑ましい光景ですが、ムープはちょっと違和感。
「なんかロロってばリリエラに優しくない……?」
「女の子はみんなイケメンに優しいんだよ?」
「つまり普段から厳しくされている俺はイケメンじゃないと!?」
「そだね」
「えぇー……?そこ一番直球で来てほしくないところ〜……」
ムープ地味にショック。兄としてというより男として侮辱された気分、ナノコは後ろで大爆笑。
「そんなことより、キッチンからウンブラの赤ワインをちょろっと拝借してきたから飲んじゃおうよ!」
「ロロさん!?」
光の速さで話題変更。ミアリが吹き出しているのが確認できました。
罵声を飛ばしていたエトス、ロロがどこからか取り出した赤ワインのボトルを見るなりギョッとして、
「おいおい、いいのかよ?酒好きの大人たちにキレられんじゃねーの?」
特にアルスティとかアルスティとかアルスティとか。まあ他にもいますがお酒が絡んだり怒らせたりすると厄介な人物ばかりが思い浮かんでしまいます。
しかし、恐れを知らない10代集団は笑い飛ばすばかりでして、
「あれだけ大量にあった酒が今更1つ2つ減ったところで誰も気づかないって〜ととくんの心配性!」
「そーそー、神経質だなー」
「リリエラまで……」
「持って来ちゃったモノは仕方がないんだし、思い切って飲んじゃいましょ」
ミアリも止める気はないようで、早速栓抜きを用意してボトルを開封するようです。未成年がワインなんてどうかと思う方が多数いると思われますが、嗜める大人がいない以上この場は無法地帯、未成年の飲酒が当たり前のように行われます。
「お前が一番飲みたいんじゃねーの……?」
「じゃあ何?エトスは飲まないつもり?」
「飲む」
彼も即答でした。なんだかんだ言いつつ彼も無法地帯にいる人間、ルールぐらいあっさり破ります。
全員飲酒する方向で話が進みますが、それに伴い問題も発生するわけで、
「飲むのはいいけど、人数分のグラスがないよ」
「あっ!いっけない!うっかりしてた!」
リリエラの指摘により致命的なミスが発覚。ロロが声を上げました。
しょうがないけどキッチンまで取りに行くかーと誰かが言った時、ムープが部屋の奥から、
「おっ!グラスが1個だけここにあったぞ!」
人の部屋を物色して発見のは何の変哲も無い透明のグラスです。ガラス屋さんとかで普通に売っていそうな、本当に一般的なただのグラス。
それを片手で掲げた刹那、エトスの目の色が変わります。
「だーっ!それはダメだ!絶対にダメ!」
絶叫しながらすごい勢いでやって来て、一瞬でグラスを奪取。すぐに大切に抱え、一歩引いてグラスをガードするのでした。
どう見ても普通じゃない勢いにムープはキョトンとして、
「なんで?」
「なんでもねーし!グラスは俺がキッチンから持ってくるからお前らは大人しく待ってろ!」
「はあ」
質問の返答がなくて他の面子も首を傾げていますがエトスはどこ吹く風、グラスを持ったまま出入り口のドアまで向かいます。
「(あぶねーあぶねー……本当に油断ならねぇ奴らだよ全く……)」
ホッと胸を撫で下ろしつつドアノブに手をかけた時でした。
まだ回していないというのに、ギギギギ……と重い音を奏でながらドアが勝手に開いたのです。
「えっ?」
驚いたエトスの目に映ったのは、
「ハッピーーーーーーーーメリーーーーーークリスマーーーース」
ブラックサンタのコスプレをしたシュザンナが白い袋を担いだまま彼を見下し、超低音ボイスでクリスマスの挨拶を繰り出す光景でした。
「悪い子の天敵にして、偉大なる闇の女王、シュザンナ様の光臨だ!!絶望するがいい!」
「おじさんもいるぞ!」
後ろからひょっこり現れたのはブラックサンタの姿をしたレグです。ニケロもいますが始終無言。
ブラックサンタのコスプレを目の当たりにしたエトス、目を見開いて驚愕。
「ええええええ!?お前ら何やってんだ!?」
「ブラックサンタと名乗ったハズだが?」
「それぐらいわかるわ!一目瞭然だっつーの!」
コイツ何言ってんの?みたいな目で見られますがエトスのストレスにしかなりません。そして、部屋から出してくれそうにありません。
「エトスー?どうし……」
入り口手前で叫ぶ彼の様子を見に、ミアリがやって来ますが、
「……うっわぁ……」
ブラックサンタコスプレを見るなり顔を引きつらせ、一歩下がったのでした。
「ミアリちゃんやめて!露骨に引かないで!傷つくから!」
「いや、だって……いい歳した大人が何やってんのよ……」
「ブラックサンタだな!」
「見たらわかるわ!」
堂々と胸を張って答えたシュザンナにエトス同様ストレスを感じながらもツッコミ「このやりとり2度目じゃねーか!」という怒声まで飛びましたが、誰が発したのかは割愛。
なお、部屋の奥で待機したままの他4名は、
「ねえムープ、なんかヤバイの来てない?」
「うわホントだ。街中にいたら絶対に関わりたくないタイプの大人だなぁロロ」
「ここはいつものように絡みに行かないで大人しく様子を見るのが賢い生き方ねぇ、うん」
「ミーアさんの手作りクッキーの余りを持って来てるんだけど、食べる?」
『食べるー!』
関わらない方針で話を固め、クッキーに群がったのでした。
蚊帳の外の4人はともかく、ブラックサンタ2人は不敵な笑みを浮かべながらエトスとミアリに語ります。
「我々がここに来たということは、どういう意味か理解しているのか?貴様ら」
「ただ単に痛々しいコスプレを見せびらかしに来た訳じゃあないぞぉ?」
怪しさと禍々しさの高い表情ですが、大人より肝の座った2人は平然としたまま、
「でしょうねー。分かってたわよそんなの」
「わざわざコスプレまでして、何する気だよ」
なんて緊張感のない返答。完全に大人を舐めきった態度ですが、シュザンナの笑みは消えません。
「フッ、そう返してくると思っていたぞ」
プレゼントの袋を足元に下ろすと、硬く縛っていた口を丁寧に丁寧に開いていきます。
「そんな貴様らには……」
袋から出て来たのは赤黒く染まった生々しい物体です。丁度彼女の掌に収まるサイズで、ゆっくりですがリズムよく鼓動を刻みながら動いていました。
「こんな状態になっても健気に循環運動を続けるオオガラスの戦兵の心臓をくれてやろう!」
高らかに宣言したと同時に投げました。ピッチャー顔負けの綺麗なフォーム、スカートから見える絶景をレグは見逃しませんがニケロに脛を蹴られていまた。
「ギャァァァァァァァ!!」
「キッッッッッッッモ!!」
絶叫しつつも2人は回避。心臓は床に落ち、べしゃりと音を奏でると鼓動を止めたのでした。
「肝ではない、心臓だ」
「そういう意味で言ってんじゃねーよ!つーかなんで俺が悪い子って判定されてんだよ!真面目に迷宮探索手伝ってんじゃねーか!」
既に次の心臓を持って準備しているシュザンナにエトス必死の講義。サポートではあるものの、ゴアなどでメインアタッカーとの交代を命じられた時はちゃんと真面目に仕事をしていますし、慣れない刀剣の使い方だって努力してそこそこマスターしつつあります。
しかし、シュザンナは首を横に振り、
「貴様の普段の業務を真面目にこなしていることは承知している。だが、貴様が我らブラックサンタを小馬鹿にした罪は真面目に仕事をするだけでは決して消えん」
「ゲーッ!この前のアレかよ!おいおっさん!」
こうなるまでに何があったのか大体分かった彼、即座にレグを睨みます。
「いやーおじさんに怒ってもなー?おじさんだって止めたんだぞ?心臓豪速球投げ、いやマジで、本当に」
「心臓投げだけかよ!」
「でもこの有様じゃないの!」
潰れた心臓をミアリが指すものの、レグは平然としたままです。
「うん。だっておじさんは可愛い女の子の味方だし」
「私は!?!?」
「ミアリちゃんも可愛いぞ?おじさんだって味方したかったんだぞ?だけどなーあーたんが作ったブラックリストに名前が乗ってたってのもあってシュザンナちゃんとあーたんで2対1なんだよこれが。こうなっちゃうと数が多い方に行っちゃうのが人の悲しい性……」
「うぐっ」
ブラックリストに載る心当たりがあるミアリ、反論できず。
「だから普段から真面目にしとけって言ってたのによぉ……」
エトスが呆れてますが後の祭り、反論が飛ばないのをいい事にシュザンナは袋から心臓を取り出し、レグも心臓を持っていつでも彼女に渡せるようスタンバイします。
「よし、もう反論はないな!覚悟を決めろ!」
マジで投げる3秒前、もう誰も彼女を止めませんし止めようともしません。ここでようやくニケロが声を上げます。
「2人共逃げてー」
『ギャアアアアアアアアアアアアア!!』
緊張感のない声が飛ぶと同時にシュザンナは本当に投げました。それも1つ2つではありません、無数です。数えきれないぐらいの心臓を投げまくります。
もちろん、エトスとミアリは絶叫しながら逃走。逃げれば逃げるほどシュザンナはそれを追うように心臓を投げるため、あっという間に床が悲惨な事になってしまいました。
泣きながら逃げる2人を見て、それでもなお投げ続けるシュザンナは、
「フハハハハ!泣きわめけ!畏れおののけ!我は人間に闇の恐怖を振りまく闇の女王!其の悲鳴は我が闇の一族を賛美する甘美な蜜であるぞ!」
とてもとても楽しそうに笑っていました。高笑いです。
「えっ!?一族?シュザンナちゃんの他にもいるの!?」
「我が半身がいるではないか」
「オディロンのこと?そっちかあなんだぁ」
女の子はもういないのか……と、残念に思ったことは言わないでおいたレグでした。
さて、入り口が悲惨な事になりつつあるカオスな状況に、奥で知らないフリをしていたロロたちも気付いたようで、
「ねーねー、なんか血生くさいんだけどー?」
「ホントだ、なん……ヒッ!?グロいのがいっぱい落ちてる!?」
振り向いた矢先、顔を真っ青にさせて悲鳴を上げたムープは、入り口前で心臓を投げまくるブラックサンタ一行と、泣きながら逃げるエトスとミアリという地獄のような光景を目の当たりにしたのでした。
もちろん、その光景はロロだけでなくナノコとリリエラもしっかり見ているわけでして、
「……なにこれ」
「おつまみの類かしらねぇ」
「ここにきて素なのかボケなのかわからない天然を発揮しないでくれない!?」
唯一この状況に怯えるムープが悲鳴にも似た絶叫を飛ばした刹那、シュザンナの双眸がこちらに向けられます。
「むっ!?悪戯好きトリオか!?貴様らもアルスティのリストに名前があったな!後で部屋に突撃しようと思っていたが丁度いい!」
そして飛んでくる心臓。投げている本人は相変わらず楽しそうですし、隣でそれを見ているレグは嬉しそうです。ニケロは相変わらず瞳に正気がありません。
「ヒイィィィ!?」
「わーやだー生臭いー」
当然回避するのですがそれぞれ表情が違いますね、ムープは悲鳴が止まりませんしナノコはいつもと変わらず軽い様子でひょいっと避けています。
「生の心臓を投げてくる新手の妖怪なのかな、アレ」
「わかんないね」
回避性能の高いファセットのロロとリリエラは、避けつつお盆でガードもするという徹底した防御体制で心臓を避け続けていました。
「ハハハハハ!逃げ惑うが良い!」
いくら避けてもシュザンナの心臓豪速球は止まりません。油田から溢れる石油のごとく心臓は尽きることなく飛び続け、エトスの部屋を血で汚していくのです。
「目が本気じゃん!本気で殺しに行く目じゃん!おっさん止めろよ!」
ムープが涙目になって叫びますが、
「シュザンナちゃんが楽しそうで我々は何よりです」
「ドチクショウ!!」
女が絡んだ時のおっさんはまるで役に立ちません。自分にできることと言ったらこうして悪態をつくだけ。
「今日はシュシュ優先デーなのね、おじさんらしいけ」
刹那、べしゃあ、と、ナノコの顔面に心臓が直撃しました。
「ごふっ」
そのまま倒れてしまったナノコ、1ミリたりとも動きません、一瞬たりとも動きません。完全に機能を停止してしまったようにも見えます。
『ナノコーーーーーーーー!!』
絶叫する双子。即死かなぁとぼやくリリエラ。
「ぜってーショック死じゃねーか!」
「イヤーーーーーーー!!」
そして止まらぬ悲鳴。1人が倒れたことによりその恐怖があっという間に全体に伝わり、パニック状態はさらに悪化、冷静さを失うばかり。
その光景を、ニケロは死んだ魚のような目で見つめるしかできませんでした。
ようやく1人を仕留めたシュザンナのテンションは右肩上がりするばかりでして、
「心臓のストックはまだまだあるぞ!魂移しマラソンの時に出会ったオオガラスの戦兵からもぎっとてきたからな!」
「楽しそうな女の子はいつ見てもいいもんだなぁ」
心臓を渡すレグの表情も幸せそうです。目前の光景は地獄の一角みたいになっていますが、そんなもの気に留めていません。
シュザンナの言葉に心当たりがあったのか、リリエラは心臓を回避しつつ手を叩き、
「ああ!だから最近ずっと死体いじりをしてたんだね!新しい趣味に目覚めたんだと思ってた!」
「入念すぎるしそんな趣味心底嫌だし!!」
ムープが叫んだ刹那、彼の顔面にも赤黒いモノが命中。
「ふげっ」
悲鳴と共にひっくり返った彼は動かなくなってしまいました。
「ああっ!ムープ!」
「あれ?今のって心臓?ちょっと形が違うくない?」
ロロが叫び、リリエラが首を傾げればシュザンナは心臓を投げる手を止めて答えてくれます。
「いや魔羅だ」
「なんつーもん投げてんだお前!!!!」
悲鳴よりも大きな声で叫んだのはエトスでした。しかもすごい形相です、まるで我が子が誘拐されそうになっているのも目の前で見てしまった親のようですね。リリエラとロロもノーリアクションですが苦い顔。
この中で唯一キョトンとしているのはミアリだけでして、
「え?まら?まらって何?」
「いや、ちょっと……お前には教えられねぇ……これ年齢制限ねーし……」
「は?」
目をそらしたエトスの口からその答えが出ることは決してありませんでした。言ったとしても規制されますが。
「フフフ……魔羅も心臓もまだまだたっぷりあるからな、怯えるがいい!」
「これが文章だからいいけど、画像が付いてたら確実にモザイク規制が入るようなモノ投げてんじゃねーよ!」
「いやー生の心臓も規制されると思うけどなー」
絶叫するエトスの横から割り込んできたロロでしたが、そのツッコミが一瞬の隙となったのでしょう、顔に心臓が正面衝突。
「むぎゅ」
「あっ」
隣で大惨事が起こっていますがリリエラのリアクションは薄いものでした。別に何とも思っていませんからね。
彼とは違い感情豊かなミアリは、次々と倒れてしまう悲惨な光景を何度も間近で見てしまいその度に恐怖が倍増。パニックが止まりません。
「死ぬなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おいミアリ!ちょっとは落ち着」
恐怖により暴れるミアリを、エトスが止めようとしたその時、タイミングが悪かったのかお互いの体がそこそこの勢いをつけて接触、その衝撃でお互いバランスを崩してしまいます。
ミアリはそのまま前に倒れましたが、エトスは寸前で踏ん張って転倒の阻止に成功。しかし、飛んできた心臓は大切に持っていたグラスに当たってしまいました。
「!?」
手から弾かれたグラスは空を飛びんで1秒にも満たない空中浮遊を楽しんだ後、床に激突。甲高い音を立てて割れ、その短い生涯に幕をおろしたのでした。
「!!?!?!」
声にならない悲鳴が飛びます。
だって、だってこれは……
回想はじめ
それは数日前、エトスがミーアに頼まれて、ダイニングの掃除を手伝っていた時のことでした。
「おーい、エトスー」
「えっ、ラム?!ど、どうしたんだ!?」
「屋敷の倉庫を整理していたらこれが出てきたんだけど、ひとつ貰ってくれないかい?」
「ええっ?!な、なんで!?」
「なんでって……なかなか上質なモノみたいだし普段の食卓で使うと割られてしまう危険があるからはちょっとね……」
「そ、そうか……でも、それなら俺じゃなくてアルスティにあげればいいんじゃねーの……?」
「あの子にあげたらきっと酒盛りに使うからダメ。だから君に受け取って欲しいんだ」
「…………まあ、お前がそこまで言うなら引き取ってやるよ」
「よかった、ありがとう。2つしかないから丁度よかったよ」
「へえ……って2つ!?もうひとつはどこにあるんだ?」
「僕が持ってるけど?」
「……ああ、な、なるほど……」
「?」
回想終わり。
「ラムが……ラムがくれたグラス……グラスが……お揃いだった……のに……」
エトスは割れたグラスの前で膝をついて倒れ、虚ろな表情のまま動きません。小さな声で何度も同じ言葉を繰り返していますが、シュザンナたちの耳には届きませんでした。
「ととくんどうしたんだろう」
「よっぽどアレが大切だったんだろうなぁ……理由は知らんが」
片想いする少年の想いが込められたグラスとは夢にも思ってないニケロがレグが首を傾げるばかりでしたが、シュザンナは粛々と袋の口を閉じており、
「あそこまで気落ちしているなら制裁は必要なさそうだな。次に行くぞ」
足元にはピクリとも動かなくなったミアリが転がっていました。詳細は省略。そして、
「あれ?こっちはお咎めなし?」
唯一生き残ったリリエラが目を丸くして自身を指しました。
「貴様にはブラックサンタの制裁を下す理由がないからな」
「でも、こーんな地獄絵図の中で放置されるのがよっぽど残酷だけどなぁ」
彼の言う通りでして、周辺の床や壁は心臓等で赤黒く染まっており、心臓を当てられたことにより倒れ、そのままピクリとも動かないナノコたち、グラスの前で延々と何かをぼやいているエトス……このカオスな状況を一言で表すとしたら、まさに地獄絵図が相応しいと言えるでしょう。
他人がどうなろうと知ったこっちゃないリリエラですが、このまま放置されて責任を問われるのは心底嫌です。面倒ごとは大嫌いですもの。
するとシュザンナは腕を組んで一言。
「安心しろ、貴様には役割がある」
「役割?」
時間は深夜、去年同様お屋敷で開催されたクリスマスパーティも無事に終了し皆が解散、子供達は寝静まった頃、
ブラックサンタたちはお屋敷の外……つまりは馬車小屋内に集合していました。
「ブラックサンタ!闇の女王だ!」
「ブラックサンタおじさんだ!」
「……ブラックサンタのトナカイでーす……」
黒色サンタクロースのコスプレ姿のシュザンナ、アルスティ同様ミニスカサンタですね、アステルナイトの流行りでしょうか。
ノーマルブラックサンタのレグ、去年のトナカイコスプレとは違い本格的なサンタクロースの衣装なのでやる気も気合も充分。可愛い女の子が隣にいるから尚更気合が入ります。
そして、去年同様トナカイコスプレのニケロは目が死んでいました。
「なんだ?やけにテンションが低いな。これから悪い人形兵の連中に恐怖を届けに行くのだから、このままで行くと体が持たないぞ」
いつもとは様子の違うニケロにシュザンナはとても不思議そう。
「2年連続で望んでもないトナカイになったら嫌でもこうなっちゃうから……」
「今のところオール素だな、ニケロくん」
「すぐにとは言わないが早い内にいつものテンションに戻しておけよ。こんな調子では相手に舐められてしまい、ブラックサンタ業に支障が出るぞ」
注意されますがニケロは死んだ目のまま「無理……」と力なく返すだけ。きっと始終この調子だとレグは確信したのでした。
「それで?回る順番は昨日打ち合わせした通りで大丈夫か?」
「ああ、人選から時間配分まで完璧かつ入念に練ったプランだからな。何1つ変更点は無しだ」
「んじゃ、打ち合わせ通りということで」
驚くほどスムーズに話が進んでいます。この日のために2人がどれだけ真剣に準備を進めていたのかがわかりますね、ニケロは蚊帳の外でしたが。
「ねえ、これって僕がいる意味ってあるの?」
「もちろんあるぞ!サンタといえばトナカイとセットなのが当たり前!それは闇に堕ちたブラックサンタであれ変わることはない!だからトナカイと共に行動し、サンタらしさを高めておくのだ!」
「そんなクリスマスケーキについてるサンタの砂糖菓子みたいな扱いヤダー!おじさんも何か言ってよ!」
暴論を豪語するシュザンナに抵抗できないと思ったのか、レグに助け舟を求めますが、
「悪ぃなニケロ、おじさんは基本女の子の味方なんだわ」
「うわー!おじさんのバカー!」
泣き叫ぶニケロのすぐ側でシュザンナがまた一時停止していたように見えましたが、きっと気のせいでしょう。
お屋敷の中、エトスの部屋。
ここでは10代の人形兵たちがクリスマスパーティ延長戦の真っ最中。部屋の真ん中にお菓子やジュースを広げて非常に盛り上がっていました。
「クリスマスに乾杯―!」
「君に乾杯―!」
「ケーキがうまーい!」
「だからなんで俺の部屋で飲み直ししてんだよテメーら!!」
ナノコ、ロロ、ムープのトラブルメーカー三人衆の背後から、部屋主の罵声が飛びますが怒鳴られたぐらいで大人しくなるならトラブルメーカーの称号は得ていません。よって平気な顔で乾杯の音頭が続くわけです。
「いつものことなんだし、別にいいんじゃない」
「そーそー♪」
3人のすぐ隣ではミアリとリリエラがまるで他人事のように言っています。実際他人事ですが、
「リリエラがここにいるなんて珍しいね、てっきりヴィルソンとクリスマス❤️ラブしてるかと思ったのに」
肉食系な彼なら夜這いの1つや2つするものだとばかりにロロは言ってます。クリスマスまで迫られるヴィルソンが可哀想だと思っているのは、若干顔を引きつらせているムープぐらいでしょうね。
ナノコたちもその話題に興味津々。飲食する手を止めてリリエラに注目、相変わらず部屋主の文句は無視する傾向。
大好きな彼の話題になるといつも以上に明るい笑顔を浮かべるリリエラなのですが、今回は少し目を伏せてションボリしながら、
「そうしたかったんだけど……ヴィルソンさんに部屋を追い出されちゃって……おまけにあの人ったら部屋に新しい鍵を取り付けたみたいでピッキングもできないんだよ……残念」
「よしよし」
人生はそううまくいかないものです。彼の必死の自衛に成すすべもなく、落ち込むリリエラの頭をロロは優しく撫でてやるのでした。微笑ましい光景ですが、ムープはちょっと違和感。
「なんかロロってばリリエラに優しくない……?」
「女の子はみんなイケメンに優しいんだよ?」
「つまり普段から厳しくされている俺はイケメンじゃないと!?」
「そだね」
「えぇー……?そこ一番直球で来てほしくないところ〜……」
ムープ地味にショック。兄としてというより男として侮辱された気分、ナノコは後ろで大爆笑。
「そんなことより、キッチンからウンブラの赤ワインをちょろっと拝借してきたから飲んじゃおうよ!」
「ロロさん!?」
光の速さで話題変更。ミアリが吹き出しているのが確認できました。
罵声を飛ばしていたエトス、ロロがどこからか取り出した赤ワインのボトルを見るなりギョッとして、
「おいおい、いいのかよ?酒好きの大人たちにキレられんじゃねーの?」
特にアルスティとかアルスティとかアルスティとか。まあ他にもいますがお酒が絡んだり怒らせたりすると厄介な人物ばかりが思い浮かんでしまいます。
しかし、恐れを知らない10代集団は笑い飛ばすばかりでして、
「あれだけ大量にあった酒が今更1つ2つ減ったところで誰も気づかないって〜ととくんの心配性!」
「そーそー、神経質だなー」
「リリエラまで……」
「持って来ちゃったモノは仕方がないんだし、思い切って飲んじゃいましょ」
ミアリも止める気はないようで、早速栓抜きを用意してボトルを開封するようです。未成年がワインなんてどうかと思う方が多数いると思われますが、嗜める大人がいない以上この場は無法地帯、未成年の飲酒が当たり前のように行われます。
「お前が一番飲みたいんじゃねーの……?」
「じゃあ何?エトスは飲まないつもり?」
「飲む」
彼も即答でした。なんだかんだ言いつつ彼も無法地帯にいる人間、ルールぐらいあっさり破ります。
全員飲酒する方向で話が進みますが、それに伴い問題も発生するわけで、
「飲むのはいいけど、人数分のグラスがないよ」
「あっ!いっけない!うっかりしてた!」
リリエラの指摘により致命的なミスが発覚。ロロが声を上げました。
しょうがないけどキッチンまで取りに行くかーと誰かが言った時、ムープが部屋の奥から、
「おっ!グラスが1個だけここにあったぞ!」
人の部屋を物色して発見のは何の変哲も無い透明のグラスです。ガラス屋さんとかで普通に売っていそうな、本当に一般的なただのグラス。
それを片手で掲げた刹那、エトスの目の色が変わります。
「だーっ!それはダメだ!絶対にダメ!」
絶叫しながらすごい勢いでやって来て、一瞬でグラスを奪取。すぐに大切に抱え、一歩引いてグラスをガードするのでした。
どう見ても普通じゃない勢いにムープはキョトンとして、
「なんで?」
「なんでもねーし!グラスは俺がキッチンから持ってくるからお前らは大人しく待ってろ!」
「はあ」
質問の返答がなくて他の面子も首を傾げていますがエトスはどこ吹く風、グラスを持ったまま出入り口のドアまで向かいます。
「(あぶねーあぶねー……本当に油断ならねぇ奴らだよ全く……)」
ホッと胸を撫で下ろしつつドアノブに手をかけた時でした。
まだ回していないというのに、ギギギギ……と重い音を奏でながらドアが勝手に開いたのです。
「えっ?」
驚いたエトスの目に映ったのは、
「ハッピーーーーーーーーメリーーーーーークリスマーーーース」
ブラックサンタのコスプレをしたシュザンナが白い袋を担いだまま彼を見下し、超低音ボイスでクリスマスの挨拶を繰り出す光景でした。
「悪い子の天敵にして、偉大なる闇の女王、シュザンナ様の光臨だ!!絶望するがいい!」
「おじさんもいるぞ!」
後ろからひょっこり現れたのはブラックサンタの姿をしたレグです。ニケロもいますが始終無言。
ブラックサンタのコスプレを目の当たりにしたエトス、目を見開いて驚愕。
「ええええええ!?お前ら何やってんだ!?」
「ブラックサンタと名乗ったハズだが?」
「それぐらいわかるわ!一目瞭然だっつーの!」
コイツ何言ってんの?みたいな目で見られますがエトスのストレスにしかなりません。そして、部屋から出してくれそうにありません。
「エトスー?どうし……」
入り口手前で叫ぶ彼の様子を見に、ミアリがやって来ますが、
「……うっわぁ……」
ブラックサンタコスプレを見るなり顔を引きつらせ、一歩下がったのでした。
「ミアリちゃんやめて!露骨に引かないで!傷つくから!」
「いや、だって……いい歳した大人が何やってんのよ……」
「ブラックサンタだな!」
「見たらわかるわ!」
堂々と胸を張って答えたシュザンナにエトス同様ストレスを感じながらもツッコミ「このやりとり2度目じゃねーか!」という怒声まで飛びましたが、誰が発したのかは割愛。
なお、部屋の奥で待機したままの他4名は、
「ねえムープ、なんかヤバイの来てない?」
「うわホントだ。街中にいたら絶対に関わりたくないタイプの大人だなぁロロ」
「ここはいつものように絡みに行かないで大人しく様子を見るのが賢い生き方ねぇ、うん」
「ミーアさんの手作りクッキーの余りを持って来てるんだけど、食べる?」
『食べるー!』
関わらない方針で話を固め、クッキーに群がったのでした。
蚊帳の外の4人はともかく、ブラックサンタ2人は不敵な笑みを浮かべながらエトスとミアリに語ります。
「我々がここに来たということは、どういう意味か理解しているのか?貴様ら」
「ただ単に痛々しいコスプレを見せびらかしに来た訳じゃあないぞぉ?」
怪しさと禍々しさの高い表情ですが、大人より肝の座った2人は平然としたまま、
「でしょうねー。分かってたわよそんなの」
「わざわざコスプレまでして、何する気だよ」
なんて緊張感のない返答。完全に大人を舐めきった態度ですが、シュザンナの笑みは消えません。
「フッ、そう返してくると思っていたぞ」
プレゼントの袋を足元に下ろすと、硬く縛っていた口を丁寧に丁寧に開いていきます。
「そんな貴様らには……」
袋から出て来たのは赤黒く染まった生々しい物体です。丁度彼女の掌に収まるサイズで、ゆっくりですがリズムよく鼓動を刻みながら動いていました。
「こんな状態になっても健気に循環運動を続けるオオガラスの戦兵の心臓をくれてやろう!」
高らかに宣言したと同時に投げました。ピッチャー顔負けの綺麗なフォーム、スカートから見える絶景をレグは見逃しませんがニケロに脛を蹴られていまた。
「ギャァァァァァァァ!!」
「キッッッッッッッモ!!」
絶叫しつつも2人は回避。心臓は床に落ち、べしゃりと音を奏でると鼓動を止めたのでした。
「肝ではない、心臓だ」
「そういう意味で言ってんじゃねーよ!つーかなんで俺が悪い子って判定されてんだよ!真面目に迷宮探索手伝ってんじゃねーか!」
既に次の心臓を持って準備しているシュザンナにエトス必死の講義。サポートではあるものの、ゴアなどでメインアタッカーとの交代を命じられた時はちゃんと真面目に仕事をしていますし、慣れない刀剣の使い方だって努力してそこそこマスターしつつあります。
しかし、シュザンナは首を横に振り、
「貴様の普段の業務を真面目にこなしていることは承知している。だが、貴様が我らブラックサンタを小馬鹿にした罪は真面目に仕事をするだけでは決して消えん」
「ゲーッ!この前のアレかよ!おいおっさん!」
こうなるまでに何があったのか大体分かった彼、即座にレグを睨みます。
「いやーおじさんに怒ってもなー?おじさんだって止めたんだぞ?心臓豪速球投げ、いやマジで、本当に」
「心臓投げだけかよ!」
「でもこの有様じゃないの!」
潰れた心臓をミアリが指すものの、レグは平然としたままです。
「うん。だっておじさんは可愛い女の子の味方だし」
「私は!?!?」
「ミアリちゃんも可愛いぞ?おじさんだって味方したかったんだぞ?だけどなーあーたんが作ったブラックリストに名前が乗ってたってのもあってシュザンナちゃんとあーたんで2対1なんだよこれが。こうなっちゃうと数が多い方に行っちゃうのが人の悲しい性……」
「うぐっ」
ブラックリストに載る心当たりがあるミアリ、反論できず。
「だから普段から真面目にしとけって言ってたのによぉ……」
エトスが呆れてますが後の祭り、反論が飛ばないのをいい事にシュザンナは袋から心臓を取り出し、レグも心臓を持っていつでも彼女に渡せるようスタンバイします。
「よし、もう反論はないな!覚悟を決めろ!」
マジで投げる3秒前、もう誰も彼女を止めませんし止めようともしません。ここでようやくニケロが声を上げます。
「2人共逃げてー」
『ギャアアアアアアアアアアアアア!!』
緊張感のない声が飛ぶと同時にシュザンナは本当に投げました。それも1つ2つではありません、無数です。数えきれないぐらいの心臓を投げまくります。
もちろん、エトスとミアリは絶叫しながら逃走。逃げれば逃げるほどシュザンナはそれを追うように心臓を投げるため、あっという間に床が悲惨な事になってしまいました。
泣きながら逃げる2人を見て、それでもなお投げ続けるシュザンナは、
「フハハハハ!泣きわめけ!畏れおののけ!我は人間に闇の恐怖を振りまく闇の女王!其の悲鳴は我が闇の一族を賛美する甘美な蜜であるぞ!」
とてもとても楽しそうに笑っていました。高笑いです。
「えっ!?一族?シュザンナちゃんの他にもいるの!?」
「我が半身がいるではないか」
「オディロンのこと?そっちかあなんだぁ」
女の子はもういないのか……と、残念に思ったことは言わないでおいたレグでした。
さて、入り口が悲惨な事になりつつあるカオスな状況に、奥で知らないフリをしていたロロたちも気付いたようで、
「ねーねー、なんか血生くさいんだけどー?」
「ホントだ、なん……ヒッ!?グロいのがいっぱい落ちてる!?」
振り向いた矢先、顔を真っ青にさせて悲鳴を上げたムープは、入り口前で心臓を投げまくるブラックサンタ一行と、泣きながら逃げるエトスとミアリという地獄のような光景を目の当たりにしたのでした。
もちろん、その光景はロロだけでなくナノコとリリエラもしっかり見ているわけでして、
「……なにこれ」
「おつまみの類かしらねぇ」
「ここにきて素なのかボケなのかわからない天然を発揮しないでくれない!?」
唯一この状況に怯えるムープが悲鳴にも似た絶叫を飛ばした刹那、シュザンナの双眸がこちらに向けられます。
「むっ!?悪戯好きトリオか!?貴様らもアルスティのリストに名前があったな!後で部屋に突撃しようと思っていたが丁度いい!」
そして飛んでくる心臓。投げている本人は相変わらず楽しそうですし、隣でそれを見ているレグは嬉しそうです。ニケロは相変わらず瞳に正気がありません。
「ヒイィィィ!?」
「わーやだー生臭いー」
当然回避するのですがそれぞれ表情が違いますね、ムープは悲鳴が止まりませんしナノコはいつもと変わらず軽い様子でひょいっと避けています。
「生の心臓を投げてくる新手の妖怪なのかな、アレ」
「わかんないね」
回避性能の高いファセットのロロとリリエラは、避けつつお盆でガードもするという徹底した防御体制で心臓を避け続けていました。
「ハハハハハ!逃げ惑うが良い!」
いくら避けてもシュザンナの心臓豪速球は止まりません。油田から溢れる石油のごとく心臓は尽きることなく飛び続け、エトスの部屋を血で汚していくのです。
「目が本気じゃん!本気で殺しに行く目じゃん!おっさん止めろよ!」
ムープが涙目になって叫びますが、
「シュザンナちゃんが楽しそうで我々は何よりです」
「ドチクショウ!!」
女が絡んだ時のおっさんはまるで役に立ちません。自分にできることと言ったらこうして悪態をつくだけ。
「今日はシュシュ優先デーなのね、おじさんらしいけ」
刹那、べしゃあ、と、ナノコの顔面に心臓が直撃しました。
「ごふっ」
そのまま倒れてしまったナノコ、1ミリたりとも動きません、一瞬たりとも動きません。完全に機能を停止してしまったようにも見えます。
『ナノコーーーーーーーー!!』
絶叫する双子。即死かなぁとぼやくリリエラ。
「ぜってーショック死じゃねーか!」
「イヤーーーーーーー!!」
そして止まらぬ悲鳴。1人が倒れたことによりその恐怖があっという間に全体に伝わり、パニック状態はさらに悪化、冷静さを失うばかり。
その光景を、ニケロは死んだ魚のような目で見つめるしかできませんでした。
ようやく1人を仕留めたシュザンナのテンションは右肩上がりするばかりでして、
「心臓のストックはまだまだあるぞ!魂移しマラソンの時に出会ったオオガラスの戦兵からもぎっとてきたからな!」
「楽しそうな女の子はいつ見てもいいもんだなぁ」
心臓を渡すレグの表情も幸せそうです。目前の光景は地獄の一角みたいになっていますが、そんなもの気に留めていません。
シュザンナの言葉に心当たりがあったのか、リリエラは心臓を回避しつつ手を叩き、
「ああ!だから最近ずっと死体いじりをしてたんだね!新しい趣味に目覚めたんだと思ってた!」
「入念すぎるしそんな趣味心底嫌だし!!」
ムープが叫んだ刹那、彼の顔面にも赤黒いモノが命中。
「ふげっ」
悲鳴と共にひっくり返った彼は動かなくなってしまいました。
「ああっ!ムープ!」
「あれ?今のって心臓?ちょっと形が違うくない?」
ロロが叫び、リリエラが首を傾げればシュザンナは心臓を投げる手を止めて答えてくれます。
「いや魔羅だ」
「なんつーもん投げてんだお前!!!!」
悲鳴よりも大きな声で叫んだのはエトスでした。しかもすごい形相です、まるで我が子が誘拐されそうになっているのも目の前で見てしまった親のようですね。リリエラとロロもノーリアクションですが苦い顔。
この中で唯一キョトンとしているのはミアリだけでして、
「え?まら?まらって何?」
「いや、ちょっと……お前には教えられねぇ……これ年齢制限ねーし……」
「は?」
目をそらしたエトスの口からその答えが出ることは決してありませんでした。言ったとしても規制されますが。
「フフフ……魔羅も心臓もまだまだたっぷりあるからな、怯えるがいい!」
「これが文章だからいいけど、画像が付いてたら確実にモザイク規制が入るようなモノ投げてんじゃねーよ!」
「いやー生の心臓も規制されると思うけどなー」
絶叫するエトスの横から割り込んできたロロでしたが、そのツッコミが一瞬の隙となったのでしょう、顔に心臓が正面衝突。
「むぎゅ」
「あっ」
隣で大惨事が起こっていますがリリエラのリアクションは薄いものでした。別に何とも思っていませんからね。
彼とは違い感情豊かなミアリは、次々と倒れてしまう悲惨な光景を何度も間近で見てしまいその度に恐怖が倍増。パニックが止まりません。
「死ぬなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おいミアリ!ちょっとは落ち着」
恐怖により暴れるミアリを、エトスが止めようとしたその時、タイミングが悪かったのかお互いの体がそこそこの勢いをつけて接触、その衝撃でお互いバランスを崩してしまいます。
ミアリはそのまま前に倒れましたが、エトスは寸前で踏ん張って転倒の阻止に成功。しかし、飛んできた心臓は大切に持っていたグラスに当たってしまいました。
「!?」
手から弾かれたグラスは空を飛びんで1秒にも満たない空中浮遊を楽しんだ後、床に激突。甲高い音を立てて割れ、その短い生涯に幕をおろしたのでした。
「!!?!?!」
声にならない悲鳴が飛びます。
だって、だってこれは……
回想はじめ
それは数日前、エトスがミーアに頼まれて、ダイニングの掃除を手伝っていた時のことでした。
「おーい、エトスー」
「えっ、ラム?!ど、どうしたんだ!?」
「屋敷の倉庫を整理していたらこれが出てきたんだけど、ひとつ貰ってくれないかい?」
「ええっ?!な、なんで!?」
「なんでって……なかなか上質なモノみたいだし普段の食卓で使うと割られてしまう危険があるからはちょっとね……」
「そ、そうか……でも、それなら俺じゃなくてアルスティにあげればいいんじゃねーの……?」
「あの子にあげたらきっと酒盛りに使うからダメ。だから君に受け取って欲しいんだ」
「…………まあ、お前がそこまで言うなら引き取ってやるよ」
「よかった、ありがとう。2つしかないから丁度よかったよ」
「へえ……って2つ!?もうひとつはどこにあるんだ?」
「僕が持ってるけど?」
「……ああ、な、なるほど……」
「?」
回想終わり。
「ラムが……ラムがくれたグラス……グラスが……お揃いだった……のに……」
エトスは割れたグラスの前で膝をついて倒れ、虚ろな表情のまま動きません。小さな声で何度も同じ言葉を繰り返していますが、シュザンナたちの耳には届きませんでした。
「ととくんどうしたんだろう」
「よっぽどアレが大切だったんだろうなぁ……理由は知らんが」
片想いする少年の想いが込められたグラスとは夢にも思ってないニケロがレグが首を傾げるばかりでしたが、シュザンナは粛々と袋の口を閉じており、
「あそこまで気落ちしているなら制裁は必要なさそうだな。次に行くぞ」
足元にはピクリとも動かなくなったミアリが転がっていました。詳細は省略。そして、
「あれ?こっちはお咎めなし?」
唯一生き残ったリリエラが目を丸くして自身を指しました。
「貴様にはブラックサンタの制裁を下す理由がないからな」
「でも、こーんな地獄絵図の中で放置されるのがよっぽど残酷だけどなぁ」
彼の言う通りでして、周辺の床や壁は心臓等で赤黒く染まっており、心臓を当てられたことにより倒れ、そのままピクリとも動かないナノコたち、グラスの前で延々と何かをぼやいているエトス……このカオスな状況を一言で表すとしたら、まさに地獄絵図が相応しいと言えるでしょう。
他人がどうなろうと知ったこっちゃないリリエラですが、このまま放置されて責任を問われるのは心底嫌です。面倒ごとは大嫌いですもの。
するとシュザンナは腕を組んで一言。
「安心しろ、貴様には役割がある」
「役割?」