ととモノ刻学
「奇人?」
授業と授業の合間の時間、つまり休み時間。
どれだけ席が離れていても必ずレンレンの席までやってくるラゴは今回も、彼の机の上に顎を乗せて奇妙な話を語り始めていました。
「…………」
右隣の席にいるエルゼも興味津々な様子で耳を傾けています。表情は変わっていませんが。
「冒険者として誰もが認めるすごい実力があるけど、性格や行動原理といった冒険者の能力以外に難がある厄介な人物……つまり、才能と引き換えに他のところに大きな問題があるって人のことを、最近は“奇人”って呼んでいるんだって」
「へーぇ。そういった人物がこの学園にいるってことか?」
「そうそう。最近は生徒たちの間ですっごい噂になっているんだよね“奇人は誰だ!”“誰が次の奇人に選ばれるんだ!”ってな感じで」
にこにこと楽しそうに語り続けるラゴの言葉に、レンレンの興味も次第と強くなっていくため、質問が増えます。
「誰が奇人なんて決めてるんだ? やっぱり先生とか?」
「いや、生徒同士の意見の一致による多数決」
「曖昧だな⁉︎ てかそれ、相手にとってかなり失礼な称号だろ⁉︎ そんなに雑でいいのかよ⁉︎」
「いいんじゃない? そもそも奇人の話の発端も生徒同士の何気ない会話っぽいし。噂話なんて相手にとって失礼とかそうじゃないかよりも、自分たちにとっていかに面白おかしいかに集点が当てられるものなんだしさ。今回の話も学生同士のよくある話っていうのがちょっと大きくなっただけだよ」
あっけからんと語るラゴにレンレンは小さなため息を吐かずにはいられません。本当に深く考えない幼馴染です。
「今はいいけど社会に出たら絶対に通用しないからな、それ……」
「今しか楽しめないことを今楽しむのが僕たちに課せられた権利と義務よ!」
右手親指を立ててドヤ顔。エルゼもつられて右手親指を立てておきました。ドヤ顔はしていません。
「せいぜい人に迷惑をかけない程度に楽しんでくれよな……じゃあ、その奇人ってのはまだ誰か決まってないんだな?」
「ううん。僕」
「は?」
「……?」
ぽかんとするレンレンとエルゼの視線を一身に受けながら、ラゴは静かに立ち上がり。
「僕、奇人!」
素敵な笑顔で肯定してくれました。自身が、実力がある異常者だと。
「お前かよ‼︎」
「皆に奇人奇人って言われててさーなんでそう呼ぶのって聞いたら、今は学園で誰が奇人って呼ぶのに相応しいか探しているところなんだって! で、最初の一人目が僕ってこと!」
エルゼは黙って拍手していますが、レンレンは二度目の大きなため息。
「妙に詳しいと思ったらそういうことかよ……てか、最初の一人目ってことは奇人ってまだいるのか……」
「今は三人か五人かにするかどうかで意見が割れているみたい。三奇人か五奇人ってことだね! 五奇人なんかゴキブリみたい!」
「…………」
「嬉々して騒ぐなよ。ゴキブリって言われて嬉しいか?」
「あんまり!」
当然、即答でした。
放課後。
レンレンは活動場所を生徒会室に移し、生徒会長用の席に着いて今日の目安箱の依頼に目を通していました。
「で? で? 今日の依頼は何?」
「……」
ラゴとエルゼが目を輝かせる中、依頼文を読み終えたレンレンは言います。
「奇人を探してくれだとさ」
そしてまたため息。つまりそれは「実力のある変人」というレッテルを誰かに貼らなくてはいけないということ、場合によっては大きなトラブルになりかねません。
しかし、ラゴは笑顔のままで。
「ほうほう! 全然決まらなくて困り果てたから生徒会長の力を頼ってきたってことだね! いやー大変面白くなってきたもんですなあ!」
「だから喜ぶなって。自分たちで決められないなら、最初から奇人制度なんて作るなって話だろ」
「…………」
「ほら。エルゼもそうだそうだって言ってる」
「でも依頼として来たからにはするんでしょ? 奇人探し」
核心に迫るような言い方に、レンレンは苦虫を噛み潰したような顔で頷きます。
「……まあな。とはいえ、冒険者の才能のために言動がイカれてる奴なんて早々に見つかるワケないし……どうするか」
「しれっと僕の悪口言った?」
すぐに行動に移せる心当たりもなく、途方に暮れたレンレンが天井を見上げた時でした。
生徒会室のドアが勢いよくスライドして。
「ねーねーねー聞いてー‼︎ 玄関前の花壇でカマキリが共食いしてたのを見たわ‼︎ きっと交尾したのよ‼︎」
部屋に入る前からテンション上昇気味だったエルフの女の子が、大声でこんなことを言いながら現れたのです。
彼女の名前はすずめ。生徒会のメンバー、金髪碧眼の美しいエルフですが生き物がとっても大好きな奇天烈な人物です。付いた通り名は「テンプレ通りの残念な美人」
突然の闖入者にレンレンたちは特に驚くこともなく、すずめを見据え。
「来たよ。いい感じの該当者」
「すごく認めたくないが」
「…………」
三人の冷めた反応など気にせず、すずめはずかずかと生徒会長用の席まで足を進めまして、
「あのねあのねレンレンくん! 生徒会室に標本とか飾ってみない?」
「なんで」
「だってこの部屋ってケッコー殺風景でしょ? もうちょっと何かを飾ってみたら賑やかになると思って!」
「そうか、なるほどな、断る」
レンレン即答。
「えっとねー、蛾とか蝶もいいんだけど! 私のオススメはこれ! 蜂の標本! なんてったって作るのすっごく大変だったもの! 一番綺麗な子を標本にしたいから巣から直接拝借してたんだけど、その時の蜂たちの報復がすごくてすごくて! 何回死にかけたのかしら!」
「断るって言ってるだろ」
問答無用で机の上に標本を並べ始めたすずめにレンレンは冷酷に返しました。
「僕はタマムシがいいなー綺麗だし、角度によって輝きが変わるから模写し甲斐があるんだよねー」
「…………」
レンレンの意見など真っ向から無視。ラゴはそんなことを言い、エルゼは蝶の標本を指しました、これがいいと言っているように。
「タマムシもいいわね! エルゼちゃんは蝶がいいの? じゃあ生徒会室用の標本でも作っちゃおっか! みんな好きな虫さんをそれぞれ見つけて標本にするの! 合作なんて素敵!」
「わーお! グッドアイディア!」
「……」
大変楽しそうなラゴに、同調するように右手親指を立てるエルゼ。標本賛同派完成の瞬間でした。
しかし、
「俺の許可が降りる前に話を進めるな! ホント話を聞かないよなお前らは‼︎」
レンレンの怒鳴り声が炸裂し、生徒会室合作標本の話は完全に絶たれました。
場所は生徒会室から三階の廊下に移ります。
「性格を犠牲に才能を得ている人を奇人って呼ぶのね……なーんか面白そう!」
レンレンたちに廊下に連れ出されたすずめは、奇人の話聞けば笑顔で手を叩いていました。とても楽しそうに。
しかし、レンレンは続けまして。
「その奇人候補になるかもしれないって言われても、面白いって思えるか?」
「私が……奇人……⁉︎」
心底驚いた様子のすずめ、目を丸くして自身を指してから、
「おっけーわかった!」
サムズアップ。つまり、肯定的に受け取ってくれたということ。
「…………」
「いいのかよ……」
無言のエルゼと呆れ返るレンレンの視線など気にせず、すずめは手をひらひらと振り、
「学者なんて一生をかけて知りたいモノを追い求める奇人変人の集まりよ? 学者を目指している私がそんなこと言われて怒るなんてあり得ないわ! むしろ褒められている気分!」
なんて誇らしげ、レンレンはツッコむ気も失せてしまいました。
「じゃあすずめも僕と同じ奇人仲間ってことで!」
「ラゴくんも奇人だったの? ってことはお揃いってことね! オソロ〜」
「おっそろぉ〜」
じゃれている二人に背を向け、レンレンは足を進めます。
「じゃ、報告するために図書室に行くぞ」
「…………」
と、隣にいるエルゼが無言のままレンレンを見上げています。何かを訴えているようにも見えました。
視線に気づいたレンレンはすぐに答えます。
「三人揃ってなくても報告はできる。元よりじっとしている人じゃないんだから、先に図書室に突き出したほうがいい……そうだろ?」
「…………」
エルゼは納得したのか、頷いてから視線を逸らしたのでした。
「いやいやいや、折角ならもうひとりぐらい奇人候補を見つけてから行った方が良くない?」
なんて言ってきた第一の奇人、ラゴはレンレンの肩に手を置いて軽々しく言ってきます。よって、レンレンの眉間に皺がよる事態に。
「へぇ? じゃあ他の候補に心当たりがあるってことか?」
「特にないから今から探すのさ! 絶対にすぐ見つかるよ〜」
根拠なんてミリどころかミクロン単位でもないことでしょう。しかし、絶対にあると信じ込んでいるこの姿は究極のポジティブから来るモノなのか、ただの馬鹿なのか、付き合いが長いレンレンでも判断がつきません。
黙っている彼を尻目に、ラゴは廊下の机に飾られている壺に目をつけて、
「たとえばさ、こういう所とか」
なんて言いながら、人の頭ほどの大きさがあるツボに顔を突っ込んで中を覗き始めました。
「そんな所にいるわけないだろ……いるとしても、虫とか体の大きさを縮めたフェアリーぐらいなもので……」
「あ」
「あ?」
突如、ラゴの動きはぴたりと止まってしまいました。
そして、
「ギャーッ‼︎ 助けてぇー‼︎ 抜けなくなったぁー‼︎」
絶叫もとい悲鳴。見ればツボに頭を突っ込んだままのラゴがじたばたと暴れているではありませんか。
「何やってんだ阿呆!」
怒鳴り声を炸裂させながら、レンレンは右手でラゴの首根っこ、左手にツボを掴んで引っこ抜こうとしますが、いくら力を入れてもぴくりとも動きません。
「痛い痛い痛い! 引っかかった! ツノ引っかかった! 抜けない! 抜けないよぉ! 助けてぇ――――――‼︎」
「どうやって入ったんだよ! 入ったなら抜けるだろ!」
「わかんないわかんない! なんか気付いたらするんと入ってたの! 痛い痛い! 引っ張らないで! 首もげる!」
「チッ、仕方ない、やっぱりツノを折るしかないか」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
異常事態発生、幼馴染二人が悪戦苦闘する中。
「…………」
エルゼは黙ったまま立ち尽くすしかできません。この場に残るか先生を呼んでくるか、すぐに判断か下せず震えておろおろするばかり。
更には、
「あ! ほら見てエルゼちゃん! あのチョウチョ!」
すぐ近くで大変なことになっているにも関わらず、すずめは楽しそうに窓の外を指しているではありませんか。その目には真新しい生き物しか映っていない様子。
「…………」
エルゼはすずめの制服の裾を引っ張りながらラゴとレンレンを指します。向こうで大変なことが起こっていると訴えるように。
だがしかし、
「あのチョウチョはね? あそこの木が着ける花の蜜を吸いに来てるのよ。この時期は木にたくさんのお花が咲くから」
すずめ気にせず植物の話を続行。エルゼが服の裾を引っ張る力が自然と強くなります。
「…………」
「いい感じのサイズだし羽も綺麗……きっと、たっぷりと栄養をとって育った子なねぇ」
「…………」
「あ、葉に止まったわね。休憩するのかしら」
「…………」
とうとう諦めたエルゼ、すずめから手を離してこの場から離れようと決意、背を向けようとして、
「そうだ! ちょっと近くで観察させてもらいましょ!」
窓を開けたすずめが次に何をするのか気付いてしまい、エルゼはこの場から動けなくなってしまったのでした。
○月×日晴れ。
自分の地位を捨てられ「マメタ」として生きていくことになり、それなりに時間が経った。
最近は生徒会にも入ってみた、生徒会長は良い人だと思う、怖い時もあるけど。
気になる人といえば金髪碧眼のエルフ、すずめさんだ。
やってることは変だけど美人だし、優しいし、物知りだし、本当に素敵な人だと思う。こんな人、貴族社会にはいなかった。
でも、この気持ちを恋心だと認めてしまってはいけない。
憧れだけに留めておかなければ、きっと、僕は。
「おいテメェ、すずめに色目使ってなかったか……?」
マメタの頭部を鷲掴みにして持ち上げたリクは、とっても低い声で耳元で囁きました。
「……こうなる……」
「何がだ」
「何でもないです……なんでもないです……」
こうしてマメタは今日も生命の危機から解放されたのでした。
「たっく、今度すずめに色目を使ったらただじゃおかねぇって言ったよな」
舌打ち混じりでリクからの悪態が飛び、マメタは乱れた髪を手櫛で直してから、あからさまに嫌そうな表情を向けます。
「覚えてるって……心配性な……」
「本当にか? 本当だろうな?」
「ホントですホントですって……拳握り締めるのやめて、怖いから……」
出会った当初、すずめに惹かれたことを口走った刹那に校舎裏に連れ込まれて文字通りボコボコにされたのは記憶に新しいマメタ、徐々に顔が青くなっていきます。リトマス試験紙みたいに。
「てか、僕にばっかり警戒しなくても……いいような……」
「身近な奴から潰していくのがセオリーだろうが」
「潰される前提なの嫌すぎる……生徒会に入るんじゃなかった……」
後悔したところでもう遅い。今となっては完全に探索の頭数に数えられていますからね、今日も夜のダンジョン探索に赴く予定です。
「……すずめさんが綺麗で素敵な人なのはわかるし、憧れる気持ちを持つのは仕方ないと……思うのになあ……」
「あ?」
「ひっ、いや……いくら綺麗な人でも……あの奇行には、付いていけないから……」
付いていけるのキミぐらいなものだし……とは、言わないで胸の内にしまっておきました。なんとなく。
すると、リクは握った拳を下ろし、
「その気持ちは分かる。アイツは自分の興味関心が惹かれる対象……古今東西の生き物が目に入ると、常人では考えられねぇ動きを始めやがるからな。おまけに人の話も聞かねぇと来た」
「うん」
「その行動において自分の身の安全は全くもって考慮してねぇ、恐ろしく周りが見えてねぇんだ。いつどこで怪我して帰ってくるかもわからん危なっかしいところが多いったらありゃしねぇ。俺ぐらい強くねぇと、とてもとてもアイツの行動に対処できねぇよ」
「うんうん」
「加えて恥じらいも母体に置いてきたような思考回路してっからなぁ。俺がちゃんと目ぇ光らせてやんねぇと……今まで生きてこられたのが不思議なぐらいだぞ全く」
「本当に……すずめさんのことが大切なんだね」
素直な感想を静かに伝えれば、リクの顔はみるみる真っ赤になりまして。
「う、うるせぇ! 当たり前のことを言ってんじゃねぇよ!」
なんて、まるでお手本のような照れ顔を披露してくれました。
嫉妬深い彼の年相応らしい反応が見れて、マメタもつい気を緩めてしまったのか、
「……でも、なんで彼氏じゃないのに彼氏ヅラしてるの?」
刹那、マメタの意識は飛びました。壁に上半身がめり込んでしまったので。
「…………さて、すずめ探すか」
めり込ませた張本人はマメタを放置し、あらためて廊下のど真ん中を歩き始めます。
「とりま、生徒会室に顔出すか」
放課後になってから瞬時に姿を消すすずめを探すのは、今のリクにとっては慣れた作業です。まずは生徒会室、次に中庭、後は適当にブラつく。以上。
階段を登って三階にたどり着けば、すずめのハイテンションな高い声が廊下内を木霊しているのが嫌でも耳に入ります。
「今日は生徒会室か」
独り言をぼやき、廊下の角を曲がって生徒会室前に顔を出せば、
「もうちょっと! もうちょっとで届くわ! 伸びろ! 私の左手ぇ!」
廊下の窓から身を乗り出し、木に向かって左手を伸ばしているすずめの姿が目に飛び込んできたではありませんか。傍にはオロオロするだけのエルゼもいます。
こうなると、次に発生するリアクションはこちら。
「わ゛――――――――――――――――――っ‼︎ 何やってんだテメェ‼︎」
絶叫。
声によりリクの存在に気が付いたすずめはすぐに振り向き、
「あ、リクくん」
一瞬だけ気を取られた時間、それは彼女の集中力を損なうには十分で。
バランスを失った体はぐらりと、窓の外に傾いて。
「あっ」
失態に気付き、小さく声が出ると同時に、リクは動いていました。
「すずめ!」
リクは駆け出していました。
今すぐにでも三階から落下しそうな彼女を救わなければ、待っているのは悲惨な血の現実。
せめて、どこか体の一部を掴めさえすれば引っ張り上げられると、手を伸ばし。
体のほとんどが窓の外に消えていく姿に目にして、自身も窓から身を乗り出し――。
「おっと」
次の瞬間、傾いていたすずめの体は空中でぴたりと止まりました。
「は?」
なんで? と、問いかける前に窓から乗り出したリクの手は空を掴み、バランスを崩して――。
「ああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
落下しました。三階から、地上に向かって。
その間、すずめはくるくると指を回せば、窓から身を乗り出していた体はまるで後ろに引っ張られるように室内へと戻っていきます。
そして、呆然としているエルゼの横にしっかりと足をつけ、廊下に舞い戻りました。
「危なかったあ! 前に木から落ちそうになったことを活かして、落下しそうになった時に自動で引き戻してくれる魔法を覚えておいて正解だったわ! やっぱり無茶はするものじゃないわね! うんうん!」
「…………」
「ところで、さっきリクくんが見えたような気がしたんだけど……いない? エルゼちゃん、リクくん知らない?」
「…………」
エルゼは黙ったまま、窓の外を指し。
「ぎゃあー! 空から人が落ちてきたぁー!」
「わ、わたし先生を呼んでくる!」
「しっかりしろ! こんなところで人生を終わらせるんじゃない! 帰ってくるんだあの世から!」
「回復魔法! 回復魔法が使える奴はすぐに治療してやってくれ! 応急処置でいいから!」
「バハムーンが飛べるワケないのに無茶しやがって……」
地上から発生する悲鳴に近い叫び声がここまで聞こえ、
「あれ?」
すずめは首を傾げたのでした。
数分後、リクは三階の廊下に戻ってきていまして。
「怒られちゃった!」
笑顔のすずめの頭頂部には、できたてホヤホヤのタンコブが鎮座しており、しっかり叱られたことが伺えます。
「怒るに決まってんだろ馬鹿野郎! 落ちたのが俺じゃなかったら死ぬか骨折ってるところだったんだぞ!」
目立った外傷をひとつも負わず、拳を握ったままのリクの怒声が炸裂してもすずめの笑顔は消えません。
「三階から落ちてもほぼ無傷だなんてリクくんって頑丈ね! 骨は何でできてるの?」
「カルシウムしかねぇだろうが!」
「そっかー!」
「…………」
エルゼは絶句したまま、二人を見上げることしかできませんでした。
「さすがは竜の血を引く種族であるバハムーン、頑丈さや生命力の高さは僕たちにとても真似できるようなモノじゃないよ。経緯はともかく、無傷なことは誇るべきだと思うなあ」
腕を組み、感心するように感想を伝えたラゴ、ただし頭部は人の頭ではなくツボであるものとします。
「なんだこのツボ星人」
怒りも吹っ飛んだリクがツボ星人を凝視し固まりかけている中、彼の後ろにいるレンレンから大きなため息は発生します。
「何をどうしても引っこ抜けなかった……」
その暗い表情を見て、リクは色々な事情を悟ったのでした。
「……テメェも苦労してるよな」
「君には負けるよ……」
苦労人同士が言葉が少ないまま親睦感を深めている光景。それを、エルゼがどこか複雑そうに眺めていました、表情は変わっていませんが。
「いつの間にか奇抜なファッションになってるわねラゴくん! 今日からそれで生きていくの?」
「いやー前が全く見えないから解放されたいんだよねこれが。前が見えたらこのままでもよかったんだけど! でもこれで描くのもひとつのコンセプトになるかもしれないし、どうしよっかなー」
相手の苦労などつゆ知らない二人の会話に苦言を呈する気力も、苦労人二人にはありませんでした。
会話が別の方向に変わったのは、レンレンが改めて話を切り出したタイミングで。
「……もういい、今から職員室に行くぞ」
言いながらラゴの右手首を掴み、彼だけでなくエルゼも疑問の渦に引き込みます。
「え? 保健室じゃないの?」
「……?」
二人一緒に首を傾げれば、次にレンレンから飛び出すのは舌打ちで、
「ツボを割ってお前の頭を出してやるんだから、まずは先生方に事情を話して謝罪しないといけないだろうが馬鹿野郎」
「ホントごめん。お世話になります」
何も見えませんが幼馴染が激昂しているのは声色だけで分かります。ラゴは一切口答えせず、素直に手を引かれることにしました。
「あれー? レンレンくーん? 奇人はー?」
「後で‼︎」
すずめにそう言い返してからレンレンとラゴ、ついでにエルゼもその場から立ち去ったのでした。
そして、廊下を進んですぐのこと。
「あ、生徒会長だよ」
「ホントだ! 生徒会長〜奇人探しの依頼はどうですかー?」
軽い声色で声をかけられ、レンレンはすぐに目を向けます。
声の主は生徒二人、彼らと直接的な関わりはありませんが、口ぶりからして奇人の依頼を出した生徒であることは明確。
途端にレンレンは足を止め、
「ごめんね。今はちょっとしたトラブルに見舞われてて依頼どころじゃなくなってしまったんだ。でも、生徒会長の名にかけて依頼を完遂するから、もう少し待っていてくれると嬉しいな」
ラゴに向けた激昂の文字はどこへやら、爽やかな笑顔でそう返してから、再びを足を進めました。
「この先もうすぐ階段だよねレンレンくん、ちょっと怖いからさ……手、繋いでも、いい……?」
「気色悪いトーンで言うな! 恋する乙女かお前は‼︎」
「…………」
「え⁉︎ つまりラゴは右手、自分は左手を繋いで降りて欲しいことか⁉︎ なんで⁉︎」
「あー、今日はちょっとエルゼを放置しすぎちゃったから甘やかせやモードになってるっぽいねー」
「…………」
「まさかのサムズアップ! ええいやってる! 何かあったらラゴを突き落とせばいいからな!」
「僕の命の扱いが道端のタンポポよりも儚い……」
階段前で騒ぐ二人と黙る一人を、二人組の生徒はぽかんとしながら見送り。
「……ねえ、やっぱりさあ」
「うん。やっぱりねぇ」
お互いに顔を見合わせ、静かに頷いたのでした。
翌日、発行された学級新聞(非認可)には「生徒たちが決めた奇人三人衆!」という見出しの下に、ラゴとエルゼとレンレンの三人の写真が載ってしまっていたそうな……。
2026.9.23
授業と授業の合間の時間、つまり休み時間。
どれだけ席が離れていても必ずレンレンの席までやってくるラゴは今回も、彼の机の上に顎を乗せて奇妙な話を語り始めていました。
「…………」
右隣の席にいるエルゼも興味津々な様子で耳を傾けています。表情は変わっていませんが。
「冒険者として誰もが認めるすごい実力があるけど、性格や行動原理といった冒険者の能力以外に難がある厄介な人物……つまり、才能と引き換えに他のところに大きな問題があるって人のことを、最近は“奇人”って呼んでいるんだって」
「へーぇ。そういった人物がこの学園にいるってことか?」
「そうそう。最近は生徒たちの間ですっごい噂になっているんだよね“奇人は誰だ!”“誰が次の奇人に選ばれるんだ!”ってな感じで」
にこにこと楽しそうに語り続けるラゴの言葉に、レンレンの興味も次第と強くなっていくため、質問が増えます。
「誰が奇人なんて決めてるんだ? やっぱり先生とか?」
「いや、生徒同士の意見の一致による多数決」
「曖昧だな⁉︎ てかそれ、相手にとってかなり失礼な称号だろ⁉︎ そんなに雑でいいのかよ⁉︎」
「いいんじゃない? そもそも奇人の話の発端も生徒同士の何気ない会話っぽいし。噂話なんて相手にとって失礼とかそうじゃないかよりも、自分たちにとっていかに面白おかしいかに集点が当てられるものなんだしさ。今回の話も学生同士のよくある話っていうのがちょっと大きくなっただけだよ」
あっけからんと語るラゴにレンレンは小さなため息を吐かずにはいられません。本当に深く考えない幼馴染です。
「今はいいけど社会に出たら絶対に通用しないからな、それ……」
「今しか楽しめないことを今楽しむのが僕たちに課せられた権利と義務よ!」
右手親指を立ててドヤ顔。エルゼもつられて右手親指を立てておきました。ドヤ顔はしていません。
「せいぜい人に迷惑をかけない程度に楽しんでくれよな……じゃあ、その奇人ってのはまだ誰か決まってないんだな?」
「ううん。僕」
「は?」
「……?」
ぽかんとするレンレンとエルゼの視線を一身に受けながら、ラゴは静かに立ち上がり。
「僕、奇人!」
素敵な笑顔で肯定してくれました。自身が、実力がある異常者だと。
「お前かよ‼︎」
「皆に奇人奇人って言われててさーなんでそう呼ぶのって聞いたら、今は学園で誰が奇人って呼ぶのに相応しいか探しているところなんだって! で、最初の一人目が僕ってこと!」
エルゼは黙って拍手していますが、レンレンは二度目の大きなため息。
「妙に詳しいと思ったらそういうことかよ……てか、最初の一人目ってことは奇人ってまだいるのか……」
「今は三人か五人かにするかどうかで意見が割れているみたい。三奇人か五奇人ってことだね! 五奇人なんかゴキブリみたい!」
「…………」
「嬉々して騒ぐなよ。ゴキブリって言われて嬉しいか?」
「あんまり!」
当然、即答でした。
放課後。
レンレンは活動場所を生徒会室に移し、生徒会長用の席に着いて今日の目安箱の依頼に目を通していました。
「で? で? 今日の依頼は何?」
「……」
ラゴとエルゼが目を輝かせる中、依頼文を読み終えたレンレンは言います。
「奇人を探してくれだとさ」
そしてまたため息。つまりそれは「実力のある変人」というレッテルを誰かに貼らなくてはいけないということ、場合によっては大きなトラブルになりかねません。
しかし、ラゴは笑顔のままで。
「ほうほう! 全然決まらなくて困り果てたから生徒会長の力を頼ってきたってことだね! いやー大変面白くなってきたもんですなあ!」
「だから喜ぶなって。自分たちで決められないなら、最初から奇人制度なんて作るなって話だろ」
「…………」
「ほら。エルゼもそうだそうだって言ってる」
「でも依頼として来たからにはするんでしょ? 奇人探し」
核心に迫るような言い方に、レンレンは苦虫を噛み潰したような顔で頷きます。
「……まあな。とはいえ、冒険者の才能のために言動がイカれてる奴なんて早々に見つかるワケないし……どうするか」
「しれっと僕の悪口言った?」
すぐに行動に移せる心当たりもなく、途方に暮れたレンレンが天井を見上げた時でした。
生徒会室のドアが勢いよくスライドして。
「ねーねーねー聞いてー‼︎ 玄関前の花壇でカマキリが共食いしてたのを見たわ‼︎ きっと交尾したのよ‼︎」
部屋に入る前からテンション上昇気味だったエルフの女の子が、大声でこんなことを言いながら現れたのです。
彼女の名前はすずめ。生徒会のメンバー、金髪碧眼の美しいエルフですが生き物がとっても大好きな奇天烈な人物です。付いた通り名は「テンプレ通りの残念な美人」
突然の闖入者にレンレンたちは特に驚くこともなく、すずめを見据え。
「来たよ。いい感じの該当者」
「すごく認めたくないが」
「…………」
三人の冷めた反応など気にせず、すずめはずかずかと生徒会長用の席まで足を進めまして、
「あのねあのねレンレンくん! 生徒会室に標本とか飾ってみない?」
「なんで」
「だってこの部屋ってケッコー殺風景でしょ? もうちょっと何かを飾ってみたら賑やかになると思って!」
「そうか、なるほどな、断る」
レンレン即答。
「えっとねー、蛾とか蝶もいいんだけど! 私のオススメはこれ! 蜂の標本! なんてったって作るのすっごく大変だったもの! 一番綺麗な子を標本にしたいから巣から直接拝借してたんだけど、その時の蜂たちの報復がすごくてすごくて! 何回死にかけたのかしら!」
「断るって言ってるだろ」
問答無用で机の上に標本を並べ始めたすずめにレンレンは冷酷に返しました。
「僕はタマムシがいいなー綺麗だし、角度によって輝きが変わるから模写し甲斐があるんだよねー」
「…………」
レンレンの意見など真っ向から無視。ラゴはそんなことを言い、エルゼは蝶の標本を指しました、これがいいと言っているように。
「タマムシもいいわね! エルゼちゃんは蝶がいいの? じゃあ生徒会室用の標本でも作っちゃおっか! みんな好きな虫さんをそれぞれ見つけて標本にするの! 合作なんて素敵!」
「わーお! グッドアイディア!」
「……」
大変楽しそうなラゴに、同調するように右手親指を立てるエルゼ。標本賛同派完成の瞬間でした。
しかし、
「俺の許可が降りる前に話を進めるな! ホント話を聞かないよなお前らは‼︎」
レンレンの怒鳴り声が炸裂し、生徒会室合作標本の話は完全に絶たれました。
場所は生徒会室から三階の廊下に移ります。
「性格を犠牲に才能を得ている人を奇人って呼ぶのね……なーんか面白そう!」
レンレンたちに廊下に連れ出されたすずめは、奇人の話聞けば笑顔で手を叩いていました。とても楽しそうに。
しかし、レンレンは続けまして。
「その奇人候補になるかもしれないって言われても、面白いって思えるか?」
「私が……奇人……⁉︎」
心底驚いた様子のすずめ、目を丸くして自身を指してから、
「おっけーわかった!」
サムズアップ。つまり、肯定的に受け取ってくれたということ。
「…………」
「いいのかよ……」
無言のエルゼと呆れ返るレンレンの視線など気にせず、すずめは手をひらひらと振り、
「学者なんて一生をかけて知りたいモノを追い求める奇人変人の集まりよ? 学者を目指している私がそんなこと言われて怒るなんてあり得ないわ! むしろ褒められている気分!」
なんて誇らしげ、レンレンはツッコむ気も失せてしまいました。
「じゃあすずめも僕と同じ奇人仲間ってことで!」
「ラゴくんも奇人だったの? ってことはお揃いってことね! オソロ〜」
「おっそろぉ〜」
じゃれている二人に背を向け、レンレンは足を進めます。
「じゃ、報告するために図書室に行くぞ」
「…………」
と、隣にいるエルゼが無言のままレンレンを見上げています。何かを訴えているようにも見えました。
視線に気づいたレンレンはすぐに答えます。
「三人揃ってなくても報告はできる。元よりじっとしている人じゃないんだから、先に図書室に突き出したほうがいい……そうだろ?」
「…………」
エルゼは納得したのか、頷いてから視線を逸らしたのでした。
「いやいやいや、折角ならもうひとりぐらい奇人候補を見つけてから行った方が良くない?」
なんて言ってきた第一の奇人、ラゴはレンレンの肩に手を置いて軽々しく言ってきます。よって、レンレンの眉間に皺がよる事態に。
「へぇ? じゃあ他の候補に心当たりがあるってことか?」
「特にないから今から探すのさ! 絶対にすぐ見つかるよ〜」
根拠なんてミリどころかミクロン単位でもないことでしょう。しかし、絶対にあると信じ込んでいるこの姿は究極のポジティブから来るモノなのか、ただの馬鹿なのか、付き合いが長いレンレンでも判断がつきません。
黙っている彼を尻目に、ラゴは廊下の机に飾られている壺に目をつけて、
「たとえばさ、こういう所とか」
なんて言いながら、人の頭ほどの大きさがあるツボに顔を突っ込んで中を覗き始めました。
「そんな所にいるわけないだろ……いるとしても、虫とか体の大きさを縮めたフェアリーぐらいなもので……」
「あ」
「あ?」
突如、ラゴの動きはぴたりと止まってしまいました。
そして、
「ギャーッ‼︎ 助けてぇー‼︎ 抜けなくなったぁー‼︎」
絶叫もとい悲鳴。見ればツボに頭を突っ込んだままのラゴがじたばたと暴れているではありませんか。
「何やってんだ阿呆!」
怒鳴り声を炸裂させながら、レンレンは右手でラゴの首根っこ、左手にツボを掴んで引っこ抜こうとしますが、いくら力を入れてもぴくりとも動きません。
「痛い痛い痛い! 引っかかった! ツノ引っかかった! 抜けない! 抜けないよぉ! 助けてぇ――――――‼︎」
「どうやって入ったんだよ! 入ったなら抜けるだろ!」
「わかんないわかんない! なんか気付いたらするんと入ってたの! 痛い痛い! 引っ張らないで! 首もげる!」
「チッ、仕方ない、やっぱりツノを折るしかないか」
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
異常事態発生、幼馴染二人が悪戦苦闘する中。
「…………」
エルゼは黙ったまま立ち尽くすしかできません。この場に残るか先生を呼んでくるか、すぐに判断か下せず震えておろおろするばかり。
更には、
「あ! ほら見てエルゼちゃん! あのチョウチョ!」
すぐ近くで大変なことになっているにも関わらず、すずめは楽しそうに窓の外を指しているではありませんか。その目には真新しい生き物しか映っていない様子。
「…………」
エルゼはすずめの制服の裾を引っ張りながらラゴとレンレンを指します。向こうで大変なことが起こっていると訴えるように。
だがしかし、
「あのチョウチョはね? あそこの木が着ける花の蜜を吸いに来てるのよ。この時期は木にたくさんのお花が咲くから」
すずめ気にせず植物の話を続行。エルゼが服の裾を引っ張る力が自然と強くなります。
「…………」
「いい感じのサイズだし羽も綺麗……きっと、たっぷりと栄養をとって育った子なねぇ」
「…………」
「あ、葉に止まったわね。休憩するのかしら」
「…………」
とうとう諦めたエルゼ、すずめから手を離してこの場から離れようと決意、背を向けようとして、
「そうだ! ちょっと近くで観察させてもらいましょ!」
窓を開けたすずめが次に何をするのか気付いてしまい、エルゼはこの場から動けなくなってしまったのでした。
○月×日晴れ。
自分の地位を捨てられ「マメタ」として生きていくことになり、それなりに時間が経った。
最近は生徒会にも入ってみた、生徒会長は良い人だと思う、怖い時もあるけど。
気になる人といえば金髪碧眼のエルフ、すずめさんだ。
やってることは変だけど美人だし、優しいし、物知りだし、本当に素敵な人だと思う。こんな人、貴族社会にはいなかった。
でも、この気持ちを恋心だと認めてしまってはいけない。
憧れだけに留めておかなければ、きっと、僕は。
「おいテメェ、すずめに色目使ってなかったか……?」
マメタの頭部を鷲掴みにして持ち上げたリクは、とっても低い声で耳元で囁きました。
「……こうなる……」
「何がだ」
「何でもないです……なんでもないです……」
こうしてマメタは今日も生命の危機から解放されたのでした。
「たっく、今度すずめに色目を使ったらただじゃおかねぇって言ったよな」
舌打ち混じりでリクからの悪態が飛び、マメタは乱れた髪を手櫛で直してから、あからさまに嫌そうな表情を向けます。
「覚えてるって……心配性な……」
「本当にか? 本当だろうな?」
「ホントですホントですって……拳握り締めるのやめて、怖いから……」
出会った当初、すずめに惹かれたことを口走った刹那に校舎裏に連れ込まれて文字通りボコボコにされたのは記憶に新しいマメタ、徐々に顔が青くなっていきます。リトマス試験紙みたいに。
「てか、僕にばっかり警戒しなくても……いいような……」
「身近な奴から潰していくのがセオリーだろうが」
「潰される前提なの嫌すぎる……生徒会に入るんじゃなかった……」
後悔したところでもう遅い。今となっては完全に探索の頭数に数えられていますからね、今日も夜のダンジョン探索に赴く予定です。
「……すずめさんが綺麗で素敵な人なのはわかるし、憧れる気持ちを持つのは仕方ないと……思うのになあ……」
「あ?」
「ひっ、いや……いくら綺麗な人でも……あの奇行には、付いていけないから……」
付いていけるのキミぐらいなものだし……とは、言わないで胸の内にしまっておきました。なんとなく。
すると、リクは握った拳を下ろし、
「その気持ちは分かる。アイツは自分の興味関心が惹かれる対象……古今東西の生き物が目に入ると、常人では考えられねぇ動きを始めやがるからな。おまけに人の話も聞かねぇと来た」
「うん」
「その行動において自分の身の安全は全くもって考慮してねぇ、恐ろしく周りが見えてねぇんだ。いつどこで怪我して帰ってくるかもわからん危なっかしいところが多いったらありゃしねぇ。俺ぐらい強くねぇと、とてもとてもアイツの行動に対処できねぇよ」
「うんうん」
「加えて恥じらいも母体に置いてきたような思考回路してっからなぁ。俺がちゃんと目ぇ光らせてやんねぇと……今まで生きてこられたのが不思議なぐらいだぞ全く」
「本当に……すずめさんのことが大切なんだね」
素直な感想を静かに伝えれば、リクの顔はみるみる真っ赤になりまして。
「う、うるせぇ! 当たり前のことを言ってんじゃねぇよ!」
なんて、まるでお手本のような照れ顔を披露してくれました。
嫉妬深い彼の年相応らしい反応が見れて、マメタもつい気を緩めてしまったのか、
「……でも、なんで彼氏じゃないのに彼氏ヅラしてるの?」
刹那、マメタの意識は飛びました。壁に上半身がめり込んでしまったので。
「…………さて、すずめ探すか」
めり込ませた張本人はマメタを放置し、あらためて廊下のど真ん中を歩き始めます。
「とりま、生徒会室に顔出すか」
放課後になってから瞬時に姿を消すすずめを探すのは、今のリクにとっては慣れた作業です。まずは生徒会室、次に中庭、後は適当にブラつく。以上。
階段を登って三階にたどり着けば、すずめのハイテンションな高い声が廊下内を木霊しているのが嫌でも耳に入ります。
「今日は生徒会室か」
独り言をぼやき、廊下の角を曲がって生徒会室前に顔を出せば、
「もうちょっと! もうちょっとで届くわ! 伸びろ! 私の左手ぇ!」
廊下の窓から身を乗り出し、木に向かって左手を伸ばしているすずめの姿が目に飛び込んできたではありませんか。傍にはオロオロするだけのエルゼもいます。
こうなると、次に発生するリアクションはこちら。
「わ゛――――――――――――――――――っ‼︎ 何やってんだテメェ‼︎」
絶叫。
声によりリクの存在に気が付いたすずめはすぐに振り向き、
「あ、リクくん」
一瞬だけ気を取られた時間、それは彼女の集中力を損なうには十分で。
バランスを失った体はぐらりと、窓の外に傾いて。
「あっ」
失態に気付き、小さく声が出ると同時に、リクは動いていました。
「すずめ!」
リクは駆け出していました。
今すぐにでも三階から落下しそうな彼女を救わなければ、待っているのは悲惨な血の現実。
せめて、どこか体の一部を掴めさえすれば引っ張り上げられると、手を伸ばし。
体のほとんどが窓の外に消えていく姿に目にして、自身も窓から身を乗り出し――。
「おっと」
次の瞬間、傾いていたすずめの体は空中でぴたりと止まりました。
「は?」
なんで? と、問いかける前に窓から乗り出したリクの手は空を掴み、バランスを崩して――。
「ああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
落下しました。三階から、地上に向かって。
その間、すずめはくるくると指を回せば、窓から身を乗り出していた体はまるで後ろに引っ張られるように室内へと戻っていきます。
そして、呆然としているエルゼの横にしっかりと足をつけ、廊下に舞い戻りました。
「危なかったあ! 前に木から落ちそうになったことを活かして、落下しそうになった時に自動で引き戻してくれる魔法を覚えておいて正解だったわ! やっぱり無茶はするものじゃないわね! うんうん!」
「…………」
「ところで、さっきリクくんが見えたような気がしたんだけど……いない? エルゼちゃん、リクくん知らない?」
「…………」
エルゼは黙ったまま、窓の外を指し。
「ぎゃあー! 空から人が落ちてきたぁー!」
「わ、わたし先生を呼んでくる!」
「しっかりしろ! こんなところで人生を終わらせるんじゃない! 帰ってくるんだあの世から!」
「回復魔法! 回復魔法が使える奴はすぐに治療してやってくれ! 応急処置でいいから!」
「バハムーンが飛べるワケないのに無茶しやがって……」
地上から発生する悲鳴に近い叫び声がここまで聞こえ、
「あれ?」
すずめは首を傾げたのでした。
数分後、リクは三階の廊下に戻ってきていまして。
「怒られちゃった!」
笑顔のすずめの頭頂部には、できたてホヤホヤのタンコブが鎮座しており、しっかり叱られたことが伺えます。
「怒るに決まってんだろ馬鹿野郎! 落ちたのが俺じゃなかったら死ぬか骨折ってるところだったんだぞ!」
目立った外傷をひとつも負わず、拳を握ったままのリクの怒声が炸裂してもすずめの笑顔は消えません。
「三階から落ちてもほぼ無傷だなんてリクくんって頑丈ね! 骨は何でできてるの?」
「カルシウムしかねぇだろうが!」
「そっかー!」
「…………」
エルゼは絶句したまま、二人を見上げることしかできませんでした。
「さすがは竜の血を引く種族であるバハムーン、頑丈さや生命力の高さは僕たちにとても真似できるようなモノじゃないよ。経緯はともかく、無傷なことは誇るべきだと思うなあ」
腕を組み、感心するように感想を伝えたラゴ、ただし頭部は人の頭ではなくツボであるものとします。
「なんだこのツボ星人」
怒りも吹っ飛んだリクがツボ星人を凝視し固まりかけている中、彼の後ろにいるレンレンから大きなため息は発生します。
「何をどうしても引っこ抜けなかった……」
その暗い表情を見て、リクは色々な事情を悟ったのでした。
「……テメェも苦労してるよな」
「君には負けるよ……」
苦労人同士が言葉が少ないまま親睦感を深めている光景。それを、エルゼがどこか複雑そうに眺めていました、表情は変わっていませんが。
「いつの間にか奇抜なファッションになってるわねラゴくん! 今日からそれで生きていくの?」
「いやー前が全く見えないから解放されたいんだよねこれが。前が見えたらこのままでもよかったんだけど! でもこれで描くのもひとつのコンセプトになるかもしれないし、どうしよっかなー」
相手の苦労などつゆ知らない二人の会話に苦言を呈する気力も、苦労人二人にはありませんでした。
会話が別の方向に変わったのは、レンレンが改めて話を切り出したタイミングで。
「……もういい、今から職員室に行くぞ」
言いながらラゴの右手首を掴み、彼だけでなくエルゼも疑問の渦に引き込みます。
「え? 保健室じゃないの?」
「……?」
二人一緒に首を傾げれば、次にレンレンから飛び出すのは舌打ちで、
「ツボを割ってお前の頭を出してやるんだから、まずは先生方に事情を話して謝罪しないといけないだろうが馬鹿野郎」
「ホントごめん。お世話になります」
何も見えませんが幼馴染が激昂しているのは声色だけで分かります。ラゴは一切口答えせず、素直に手を引かれることにしました。
「あれー? レンレンくーん? 奇人はー?」
「後で‼︎」
すずめにそう言い返してからレンレンとラゴ、ついでにエルゼもその場から立ち去ったのでした。
そして、廊下を進んですぐのこと。
「あ、生徒会長だよ」
「ホントだ! 生徒会長〜奇人探しの依頼はどうですかー?」
軽い声色で声をかけられ、レンレンはすぐに目を向けます。
声の主は生徒二人、彼らと直接的な関わりはありませんが、口ぶりからして奇人の依頼を出した生徒であることは明確。
途端にレンレンは足を止め、
「ごめんね。今はちょっとしたトラブルに見舞われてて依頼どころじゃなくなってしまったんだ。でも、生徒会長の名にかけて依頼を完遂するから、もう少し待っていてくれると嬉しいな」
ラゴに向けた激昂の文字はどこへやら、爽やかな笑顔でそう返してから、再びを足を進めました。
「この先もうすぐ階段だよねレンレンくん、ちょっと怖いからさ……手、繋いでも、いい……?」
「気色悪いトーンで言うな! 恋する乙女かお前は‼︎」
「…………」
「え⁉︎ つまりラゴは右手、自分は左手を繋いで降りて欲しいことか⁉︎ なんで⁉︎」
「あー、今日はちょっとエルゼを放置しすぎちゃったから甘やかせやモードになってるっぽいねー」
「…………」
「まさかのサムズアップ! ええいやってる! 何かあったらラゴを突き落とせばいいからな!」
「僕の命の扱いが道端のタンポポよりも儚い……」
階段前で騒ぐ二人と黙る一人を、二人組の生徒はぽかんとしながら見送り。
「……ねえ、やっぱりさあ」
「うん。やっぱりねぇ」
お互いに顔を見合わせ、静かに頷いたのでした。
翌日、発行された学級新聞(非認可)には「生徒たちが決めた奇人三人衆!」という見出しの下に、ラゴとエルゼとレンレンの三人の写真が載ってしまっていたそうな……。
2026.9.23
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