ととモノ刻学
レンレン・ロイゼ・ライトミュラー。
クロノ学園初代生徒会長に抜擢されたセレスティアの名である。
種族、性別問わずに分け隔てなく接することができる穏やかな人格、どんな敵が相手でも果敢に挑む勇ましさ、剣士でありながらも魔法に関する豊富な知識を持つ。
このような優秀な能力を持っているにも関わらず、自身の地位や能力を驕ることなく、ひたすら勉学に打ち込む姿はまさに理想の生徒会長と言えよう。
彼が生徒会長候補として名が上がった時、反対する者など誰一人としていなかったのも頷ける。
生徒会長とは、生徒たちの見本となるべき存在なのだから。
クロノ学園三階、生徒会室。
他生徒たちが気を遣って用意してくれた生徒会長専用の席に腰掛け、レンレンは目安箱の中身を確認していました。
生徒たちが生徒会長へのお願いを集める目安箱。生徒の声を間接的に聞くことができる画期的な仕組みですが時折、変な依頼も紛れ込んでいたりします。
図書委員である程度は仕分けてくれているものの、それでも自分たちでは叶えられない願いもあるかもしれないことを危惧し、レンレンは自ら最終チェックを申し出たのです。
そして、目安箱から取り出され、机の上に広げられた紙の山を見て、レンレンは小さなため息。
「まだまだ沢山あるな」
これも自分が生徒会長として期待されている現れなのだと、ひっそりと自分を奮い立たせてから、紙の山の頂点から一枚を取り、中身を確認していきます。
作業開始から一分もしない内に、机の前に音もなく人影が出現します。
「…………」
現れたのはラゴ。レンレンの幼馴染で将来画家志望のディアボロス。
見慣れた幼馴染の出現にも関わらずレンレンは無視して作業を続行。遂行可能な依頼を目安箱に戻し、不可能な依頼を四つ折りにして畳んでおきます。
険悪な仲でも無いレンレンが幼馴染を無視するのはちゃんとした理由があります。
だってこいつ、両手にマラカス持ってるから。
「…………」
無言のまま見つめるラゴですが、レンレンは無視一択。
やがて、マラカスを掲げて振り始めました。ちゃかちゃかと独特な音が生徒会室に響きます。
「…………」
ちゃかちゃか。
「……………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃか。
「………………………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃか。
「…………………………………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃか。
「……………………………………………………」
ちゃかちゃか。
「オ・レ!」
決めポーズが炸裂した刹那、レンレンは立ち上がるとラゴの頭を鷲掴みにしてから机に顔面を叩きつけました。力加減しているお陰で机にヒビが入ることはありませんでした。
「おぶお」
苦しそうな呻き声が出て、
「お前は何がしたいんだよアホンダラ! こっちは必死こいて生徒会の仕事してんだぞ! 妨害目的か! 妨害したくてマラカス振ってんのか! 邪魔したいなら帰って飯食って寝ろ‼︎」
当然の怒鳴り声。しかし、ラゴは反省するどころか。
「いやあ、レンレンくんってばずっとしかめっ面で仕事してるし? 盛り上げてあげようかなーって」
「気遣いか! 気遣いってか! 気遣いっつーのは相手の状況と空気を読んだ上で初めて成立するもんなんだよ! お前のは自分だけの判断でやる気遣い! つまり迷惑行為! それが分からないのかアホが! そもそも、俺を生徒会長に抜擢したのはお前なんだからお前も責任持って仕事手伝え‼︎」
「見知らぬ学園で急に生徒会長に抜擢されても、貴族として上に立つ者としての役割を全うしようとするなんて、レンレンくんはホントに真面目だねー」
「減らず口を減らさないとそろそろツノ折るぞ‼︎」
「やだ片角は勘弁して」
怒りがヒートアップ一直線を辿っていると、レンレンは制服を引っ張られる感覚に襲われます。
「ん?」
横を見つつ、視線を下げればエルゼがいました。
この学園で出会ったノームの女の子であり、この世界で初めての友人でもありました。
「ああ、エルゼか。どうした?」
「…………」
エルゼは何も言わず、ラゴをじっと見つめます。
ほんの少しだけ見つめられたレンレンは、やがて小さなため息をこぼし。
「わかったわかった。まあ、机と強制接吻させれば少しは反省するはずだし、これぐらいにしておく」
そう告げて、ラゴから手を離してやりました。
すぐさま顔を上げたラゴはエルゼを見やり、
「いやぁ、助かったよエルゼ〜ありがとー」
「…………」
何も言わないままのエルゼ。表情も一切変わりませんがどこか満足そうな雰囲気が感じ取れます。
そして、レンレンはさっさと椅子に腰掛けると山のように積まれている紙をまた一枚取りながら、
「要件が済んだなら帰れ。それか手伝え」
なんて冷たく言い放ちながらも仕事を再開し。
「ほら見てエルゼ! この床の真っ白なこと真っ白なこと! これぞ僕が求めていたキャンバスに他ならない! これを僕の美的センスによる色彩で描いて、白を美に染めてみせる!」
ラゴは部屋の端でエルゼと並んでしゃがみ込み、床を指して大興奮。即座にカラーペンを取り出せば想いとセンスと妄想による色彩により、絵を描いていくではありませんか。
「…………」
無言のままのエルゼですがどこか関心したように、ラゴの手で描かれていく絵を食い入るように眺めていまして。
二人は、背後でレンレンが腕を組んで仁王立ちしていることに全く気付きませんでした。
「あ」
一足先に気付いたラゴが振り向いた時にはもう遅い。
見事なかかと落としがラゴの背中にクリティカルヒット。
「ごえ」
鈍い悲鳴と共にラゴは前方へ倒れ、持っていたカラーペンたちは床に散らばってしまいました。
目を見開いて驚いているように見えるエルゼが硬直する中、レンレンは大きく息を吸い込みまして。
「床に落書きするなって何年単位で言い続けたら理解するんだ! お前は‼︎」
学園全体に響き渡ってもおかしくない声量の怒鳴り声が炸裂。エルゼが耳……ではなくヘッドフォンの部分を抑えています。
「な、何も染まっていないモノを染めるのが画家の使命で……」
「個人の思想が公共の場に落書きする正当な理由になると思うな馬鹿が! やるならスケッチブックに描けって何度言ったら分かるんだ!」
「だって……画材買ったらスケッチブック買うお金無くなっちゃって……」
「だから金は計画的に使えって言ってるだろ! 金は無限にあるワケじゃない! 使う時は自分の目的を確実に達成してくれるかだとか、これ以外でも代用できるものがあるんじゃないかとか、金を使うことによって生じる不利益だとか、そういうのを考えてから財布の紐を緩めろ!」
「貴族でお金は有り余るほど持っているのにレンレンくんってみみっちいよねー?」
エルゼが首を傾げた刹那、ラゴの頭にゲンコツが炸裂。
「痛い!」
そして、ラゴは動かなくなりました。
「…………」
目に見えて慌て始めるエルゼを横目に、レンレンは小さなため息を吐きます。
「エルゼ。俺は今から購買に行くけど、一緒に来るか?」
エルゼは答えません。ラゴとレンレンの二人を交互に見るだけで、決めあぐねている様子。
なのでレンレンはこう言います。
「好きなドーナツを一個奢るから、一緒に購買に行こう」
エルゼは何度も頷きました。即決でした。
そして、ラゴを見ることもなく生徒会室から出ていくレンレンの後を追い、一緒に部屋から出て行ってしまうのでした。
「え……僕より、ドーナツ……?」
はい。
クロノ学園一階の某所に、購買部は存在していました。
これから冒険の地に赴くために準備を進めている生徒が多いのか、レジには行列ができておりレンレンとエルゼも例に漏れず列に並び、順番を待っていました。
そんな中でも。
「全く……ラゴの奴は人の迷惑になることしかしないんだからよ……」
と、幼馴染に対するため息混じりの悪態が止まりません。
いちご味のドーナツの袋を持つエルゼは、レンレンを見上げます。
「…………」
相変わらず、言葉もなければ表情筋が動くこともありません。彼女の依代には表情筋を動かす機能が欠落しているのかと疑ってしまうほど、変化がありません。
彼女の視線に気づいたレンレンは答えます。
「いや、アイツのことが嫌いってことはないぞ? 幼馴染で人生の半分ぐらいの長い付き合いで、なんだかんだ言いつつも世話になったこともあれば俺が世話をしたこともあって……今もそれが続いているだけ。なんというか、気を許せる存在なんだよな」
「…………」
「あ、今のは絶対にアイツに伝えないでくれよ? 言ったら言ったでまた調子に乗るだろうし、そうなったらすんごくウザいからな」
「…………」
エルゼは頷き返し、レンレンから笑顔がこぼれます。
「うんうん、エルゼは素直でいい子だな……おっと、そろそろレジだぞ」
「…………」
心なしか嬉しそうにしているエルゼの目に、おやつのドーナツと一緒に小さなスケッチブックをレジ当番の生徒に渡すレンレンの姿が映ったのでした。
しばらくして、レンレンとエルゼは生徒会室に戻りました。
「おーいラゴ、ちょっとは反省しただろ? お前に……」
ドアを開けつつそう言いかけたレンレンでしたが結局、言葉は止まってしまいました。
生徒会長用の机の上でヨガのハトのポーズをして、微動だにしていないラゴの姿を見てしまったのですから。
「………………」
黙ってしまったレンレン、エルゼに買ってきたドーナツとスケッチブックを渡すと、早足で机までやって来て。
「あ、レンレンくんお帰」
お迎えの挨拶は最後まで伝えられませんでした。
言葉を終えるより先に、アッパーカットが飛んできたからです。もちろん顎にヒット。
「のごぉ」
哀れ自業自得。ラゴは上に吹っ飛んでいくとそのまま床に倒れました。
そして、
「究極阿呆野郎がぁ! 行儀が悪い! 意味不明! アホ! 馬鹿丸出し! 何がしたいのか全く理解できん!」
「れ、レンレンくんたちが帰ってきた時に、僕が机の上でヨガしてるのを見たら、どんな反応するか気になっちゃって……」
「幼さ故に危機管理能力が未発達の幼児並みに本能で動くなお前はよ! 走ってる馬車の車輪に指突っ込んでみたいと思ったらすぐ実行してただろ!」
「そこまで無鉄砲じゃないさ……指突っ込んだのは電動ミシンの縫い針さ……小さい頃に危うく人差し指が貫通するところだったのよ」
「何年経ったら反省っつー言葉覚えるんだよお前は‼︎」
怒鳴り散らすレンレンと反省の色がひとつもないラゴの返しを聞きながら、エルゼは部屋の隅にあった椅子に座ると、さっさとドーナツを頬張るのでした。
「………………」
美味しいそうです。
2026.9.16
クロノ学園初代生徒会長に抜擢されたセレスティアの名である。
種族、性別問わずに分け隔てなく接することができる穏やかな人格、どんな敵が相手でも果敢に挑む勇ましさ、剣士でありながらも魔法に関する豊富な知識を持つ。
このような優秀な能力を持っているにも関わらず、自身の地位や能力を驕ることなく、ひたすら勉学に打ち込む姿はまさに理想の生徒会長と言えよう。
彼が生徒会長候補として名が上がった時、反対する者など誰一人としていなかったのも頷ける。
生徒会長とは、生徒たちの見本となるべき存在なのだから。
クロノ学園三階、生徒会室。
他生徒たちが気を遣って用意してくれた生徒会長専用の席に腰掛け、レンレンは目安箱の中身を確認していました。
生徒たちが生徒会長へのお願いを集める目安箱。生徒の声を間接的に聞くことができる画期的な仕組みですが時折、変な依頼も紛れ込んでいたりします。
図書委員である程度は仕分けてくれているものの、それでも自分たちでは叶えられない願いもあるかもしれないことを危惧し、レンレンは自ら最終チェックを申し出たのです。
そして、目安箱から取り出され、机の上に広げられた紙の山を見て、レンレンは小さなため息。
「まだまだ沢山あるな」
これも自分が生徒会長として期待されている現れなのだと、ひっそりと自分を奮い立たせてから、紙の山の頂点から一枚を取り、中身を確認していきます。
作業開始から一分もしない内に、机の前に音もなく人影が出現します。
「…………」
現れたのはラゴ。レンレンの幼馴染で将来画家志望のディアボロス。
見慣れた幼馴染の出現にも関わらずレンレンは無視して作業を続行。遂行可能な依頼を目安箱に戻し、不可能な依頼を四つ折りにして畳んでおきます。
険悪な仲でも無いレンレンが幼馴染を無視するのはちゃんとした理由があります。
だってこいつ、両手にマラカス持ってるから。
「…………」
無言のまま見つめるラゴですが、レンレンは無視一択。
やがて、マラカスを掲げて振り始めました。ちゃかちゃかと独特な音が生徒会室に響きます。
「…………」
ちゃかちゃか。
「……………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃか。
「………………………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃか。
「…………………………………………」
ちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃか。
「……………………………………………………」
ちゃかちゃか。
「オ・レ!」
決めポーズが炸裂した刹那、レンレンは立ち上がるとラゴの頭を鷲掴みにしてから机に顔面を叩きつけました。力加減しているお陰で机にヒビが入ることはありませんでした。
「おぶお」
苦しそうな呻き声が出て、
「お前は何がしたいんだよアホンダラ! こっちは必死こいて生徒会の仕事してんだぞ! 妨害目的か! 妨害したくてマラカス振ってんのか! 邪魔したいなら帰って飯食って寝ろ‼︎」
当然の怒鳴り声。しかし、ラゴは反省するどころか。
「いやあ、レンレンくんってばずっとしかめっ面で仕事してるし? 盛り上げてあげようかなーって」
「気遣いか! 気遣いってか! 気遣いっつーのは相手の状況と空気を読んだ上で初めて成立するもんなんだよ! お前のは自分だけの判断でやる気遣い! つまり迷惑行為! それが分からないのかアホが! そもそも、俺を生徒会長に抜擢したのはお前なんだからお前も責任持って仕事手伝え‼︎」
「見知らぬ学園で急に生徒会長に抜擢されても、貴族として上に立つ者としての役割を全うしようとするなんて、レンレンくんはホントに真面目だねー」
「減らず口を減らさないとそろそろツノ折るぞ‼︎」
「やだ片角は勘弁して」
怒りがヒートアップ一直線を辿っていると、レンレンは制服を引っ張られる感覚に襲われます。
「ん?」
横を見つつ、視線を下げればエルゼがいました。
この学園で出会ったノームの女の子であり、この世界で初めての友人でもありました。
「ああ、エルゼか。どうした?」
「…………」
エルゼは何も言わず、ラゴをじっと見つめます。
ほんの少しだけ見つめられたレンレンは、やがて小さなため息をこぼし。
「わかったわかった。まあ、机と強制接吻させれば少しは反省するはずだし、これぐらいにしておく」
そう告げて、ラゴから手を離してやりました。
すぐさま顔を上げたラゴはエルゼを見やり、
「いやぁ、助かったよエルゼ〜ありがとー」
「…………」
何も言わないままのエルゼ。表情も一切変わりませんがどこか満足そうな雰囲気が感じ取れます。
そして、レンレンはさっさと椅子に腰掛けると山のように積まれている紙をまた一枚取りながら、
「要件が済んだなら帰れ。それか手伝え」
なんて冷たく言い放ちながらも仕事を再開し。
「ほら見てエルゼ! この床の真っ白なこと真っ白なこと! これぞ僕が求めていたキャンバスに他ならない! これを僕の美的センスによる色彩で描いて、白を美に染めてみせる!」
ラゴは部屋の端でエルゼと並んでしゃがみ込み、床を指して大興奮。即座にカラーペンを取り出せば想いとセンスと妄想による色彩により、絵を描いていくではありませんか。
「…………」
無言のままのエルゼですがどこか関心したように、ラゴの手で描かれていく絵を食い入るように眺めていまして。
二人は、背後でレンレンが腕を組んで仁王立ちしていることに全く気付きませんでした。
「あ」
一足先に気付いたラゴが振り向いた時にはもう遅い。
見事なかかと落としがラゴの背中にクリティカルヒット。
「ごえ」
鈍い悲鳴と共にラゴは前方へ倒れ、持っていたカラーペンたちは床に散らばってしまいました。
目を見開いて驚いているように見えるエルゼが硬直する中、レンレンは大きく息を吸い込みまして。
「床に落書きするなって何年単位で言い続けたら理解するんだ! お前は‼︎」
学園全体に響き渡ってもおかしくない声量の怒鳴り声が炸裂。エルゼが耳……ではなくヘッドフォンの部分を抑えています。
「な、何も染まっていないモノを染めるのが画家の使命で……」
「個人の思想が公共の場に落書きする正当な理由になると思うな馬鹿が! やるならスケッチブックに描けって何度言ったら分かるんだ!」
「だって……画材買ったらスケッチブック買うお金無くなっちゃって……」
「だから金は計画的に使えって言ってるだろ! 金は無限にあるワケじゃない! 使う時は自分の目的を確実に達成してくれるかだとか、これ以外でも代用できるものがあるんじゃないかとか、金を使うことによって生じる不利益だとか、そういうのを考えてから財布の紐を緩めろ!」
「貴族でお金は有り余るほど持っているのにレンレンくんってみみっちいよねー?」
エルゼが首を傾げた刹那、ラゴの頭にゲンコツが炸裂。
「痛い!」
そして、ラゴは動かなくなりました。
「…………」
目に見えて慌て始めるエルゼを横目に、レンレンは小さなため息を吐きます。
「エルゼ。俺は今から購買に行くけど、一緒に来るか?」
エルゼは答えません。ラゴとレンレンの二人を交互に見るだけで、決めあぐねている様子。
なのでレンレンはこう言います。
「好きなドーナツを一個奢るから、一緒に購買に行こう」
エルゼは何度も頷きました。即決でした。
そして、ラゴを見ることもなく生徒会室から出ていくレンレンの後を追い、一緒に部屋から出て行ってしまうのでした。
「え……僕より、ドーナツ……?」
はい。
クロノ学園一階の某所に、購買部は存在していました。
これから冒険の地に赴くために準備を進めている生徒が多いのか、レジには行列ができておりレンレンとエルゼも例に漏れず列に並び、順番を待っていました。
そんな中でも。
「全く……ラゴの奴は人の迷惑になることしかしないんだからよ……」
と、幼馴染に対するため息混じりの悪態が止まりません。
いちご味のドーナツの袋を持つエルゼは、レンレンを見上げます。
「…………」
相変わらず、言葉もなければ表情筋が動くこともありません。彼女の依代には表情筋を動かす機能が欠落しているのかと疑ってしまうほど、変化がありません。
彼女の視線に気づいたレンレンは答えます。
「いや、アイツのことが嫌いってことはないぞ? 幼馴染で人生の半分ぐらいの長い付き合いで、なんだかんだ言いつつも世話になったこともあれば俺が世話をしたこともあって……今もそれが続いているだけ。なんというか、気を許せる存在なんだよな」
「…………」
「あ、今のは絶対にアイツに伝えないでくれよ? 言ったら言ったでまた調子に乗るだろうし、そうなったらすんごくウザいからな」
「…………」
エルゼは頷き返し、レンレンから笑顔がこぼれます。
「うんうん、エルゼは素直でいい子だな……おっと、そろそろレジだぞ」
「…………」
心なしか嬉しそうにしているエルゼの目に、おやつのドーナツと一緒に小さなスケッチブックをレジ当番の生徒に渡すレンレンの姿が映ったのでした。
しばらくして、レンレンとエルゼは生徒会室に戻りました。
「おーいラゴ、ちょっとは反省しただろ? お前に……」
ドアを開けつつそう言いかけたレンレンでしたが結局、言葉は止まってしまいました。
生徒会長用の机の上でヨガのハトのポーズをして、微動だにしていないラゴの姿を見てしまったのですから。
「………………」
黙ってしまったレンレン、エルゼに買ってきたドーナツとスケッチブックを渡すと、早足で机までやって来て。
「あ、レンレンくんお帰」
お迎えの挨拶は最後まで伝えられませんでした。
言葉を終えるより先に、アッパーカットが飛んできたからです。もちろん顎にヒット。
「のごぉ」
哀れ自業自得。ラゴは上に吹っ飛んでいくとそのまま床に倒れました。
そして、
「究極阿呆野郎がぁ! 行儀が悪い! 意味不明! アホ! 馬鹿丸出し! 何がしたいのか全く理解できん!」
「れ、レンレンくんたちが帰ってきた時に、僕が机の上でヨガしてるのを見たら、どんな反応するか気になっちゃって……」
「幼さ故に危機管理能力が未発達の幼児並みに本能で動くなお前はよ! 走ってる馬車の車輪に指突っ込んでみたいと思ったらすぐ実行してただろ!」
「そこまで無鉄砲じゃないさ……指突っ込んだのは電動ミシンの縫い針さ……小さい頃に危うく人差し指が貫通するところだったのよ」
「何年経ったら反省っつー言葉覚えるんだよお前は‼︎」
怒鳴り散らすレンレンと反省の色がひとつもないラゴの返しを聞きながら、エルゼは部屋の隅にあった椅子に座ると、さっさとドーナツを頬張るのでした。
「………………」
美味しいそうです。
2026.9.16
