パーティ結成は母の慈愛により
放課後を迎えて間もない学園はまだ日が高く、空は綺麗な青色、風も心地よく吹いていました。
多くの生徒たちがダンジョンへ赴いたり、寮に帰ろうとしたり、転移魔法を使ってどこかに遊びに行こうとしたりと様々な思惑で学園内を行き交う、いつも通りのよくある光景。
それを、運動場の植え込みに生えている木の上から眺めている、黒髪フェルパーの女の子がおりまして。
「……」
黒い尻尾をゆらゆらと揺らし、心底興味なさそうな目で生徒たちを眺めていましたが、やがて飽きてしまったのか太い枝の上に寝転がると、風に揺れる新緑の葉を見る作業に戻るのでした。
「…………退屈」
「トゥカちゃん、トゥカちゃーん」
地上から名前のような言葉を呼ぶ声がして、尻尾がピンと立ちます。
すぐに下を覗き込めば、見えるのはディアボロスの女の子。ショートに切りそろえた髪を揺らしながら小走りで駆けていき、何かを探している様子。
女の子を見つけた彼女はすぐに声を出します。
「なんだよノーマ、呼ばなくてもいるっての」
そう呼べばディアボロスの女の子、ノーマと呼ばれた彼女は立ち止まって振り返り、木を見上げてフェルパーの女の子に改めて声をかけます。
「トゥカちゃんいたー、そんなところで何してたの〜?」
「暇潰してただけだっつーの。お前こそうまくやれたのかよ」
「バッチリだよ〜これでしばらくは余裕で過ごせるね!」
なんてウィンク。その手には女の子が持つには似つかわしくない黒色の財布が握られていて、すぐにポケットに直したのでした。
トゥカと呼ばれたフェルパーの女の子は木から降り、ノーマと合流を果たします。
「で? アイツには見つからずにやれたのか?」
「そっちも抜かりないよ〜どう見ても初心者で何もかも不慣れな冒険者の卵たちがいたからね〜テキトー言って押し付けておいた! アレならしばらくは居座り続けるよ〜」
「よしよし上出来だ。これならダンジョンに行かなくても金の心配はしなくていい」
「ね〜? でも、単位とかど〜するの? 最初の課題を済ませなきゃいけないでしょ〜? ずっと放置はさすがにマズくな〜い?」
のんびりとした口調で鋭いことを言えば、トゥカは舌打ちで返します。
「面倒だな……なんで今更初心者用のダンジョンなんかに行かなきゃいけねーんだよ、めんどくせーなぁ」
「しょーがないよーアタシたち編入生なんだから〜最初からやり直しになっちゃうのも当然だよね〜」
「くっそ、あれもこれもあの変態母性女のせいだ……」
「安請け合いしちゃったアタシたちにも非はあるけどね〜」
そう言ってから、二人はお互いに後方を確認します。ごく普通の、彼女たちにとっては顔見知りでもない生徒たちがそれぞれの活動をしているだけで、二人のことなどまるで眼中にない様子。
確認し終えてから二人は一緒に安堵の息を吐きました。
「よし、まだバレてねぇみたいだな」
「大丈夫だとは思うけど油断ならないもんね〜あの変態母性女は」
「全くだ……アイツがいない間にオレらはここで平穏を楽しんでおこうぜ」
「だね〜臨時収入も手に入ったし購買でジュースでも買おうよ〜」
「お! いいじゃねぇかそれ!」
なんて楽しげに話しながら、その足はダンジョンではなく購買へ向かいます。
「もうさ〜アタシたちだけでダンジョンに行っちゃう? 二人でもだいじょーぶでしょ?」
「ぶっちゃけそれでもいいような気ぃすっけどな……魔物の集団にさえ気をつけていればいけねえことはねえか? 二人の方が逃げやすいし」
「だよね〜あの変態母性女は職務放棄したことにして、アタシたちだけでやっちゃおうよ〜」
「そして合法的にあの女をパーティから外してやれば、オレたちの学園生活も少しは平和になるだろうな!」
「あの女はパーティに入っていても入っていなくても母性してきそうな気はする〜」
「……言うなってそれを」
トゥカのテンションが急降下して、運動場から学園内の廊下に入ります。
そして、ほんの一分ほど使って廊下を歩いたところで、
「へい! そこの可愛いお嬢さん方! ちょいと俺たちのパーティに入らない!?」
突然、フェアリーの少年が目の前に現れたかと思えば、軽い口調で手を差し出してきました。なお全長十五センチぐらい。
「…………」
きょとんとして黙っていたトゥカとノーマ、やがて顔を見合わせて、
「……なんだ、コイツ」
「ショウリョウバッタが喋ってるよトゥカちゃん、どうしよっか〜?」
「せめて空飛べる羽が生えてる虫にしてもらえないかねぇ!?」
フェアリー絶叫。
同時に、彼の後ろから黒い羽のセレスティアの女の子と、エルフの男の子が現れました。
「あら、虫扱いしてもいいのね?」
「いや厳密にはよくないっすよ?」
「虫がいいのかい? じゃあ僕は可愛らしいアゲハ蝶をチョイスしよう!」
「精一杯のフォローか!? それはお前なりのフォローなのか!? どっちにしろ虫だけど! 今までのハエやガや蚊に比べたらまともな方だけど!!」
雄叫びの最中、絡まれたままのトゥカとノーマは怪訝な顔。さっさと失せやがれと言いたそうなピリついた様子で、フェアリーを睨み始めます。
「で、誰だよテメェ」
まずトゥカが言い出せば、フェアリーは改めて名乗ります。
「っとすまんすまん。俺はオズ、こっちはリーヤの姐御」
「好物は焼きそばパンよ」
「そんでもってこっちは変態のライムント」
「手厳しいなあ」
簡単な紹介を済ませてから、ノーマはトゥカに耳打ち、
「ねえねえトゥカちゃん、エルフを変態扱いするのって最近のトレンドなのかなあ」
「聞いたことねえよそんなアンチ方面に極振りしたトレンド。どの界隈で流行ってんだ、変態業界?」
「さあ〜」
オズたちには聞こえないように話してから、こちらも名乗らないと気付いて、
「自己紹介されたら自己紹介しなきゃね〜? アタシはノーマだよ〜」
「……トゥカだ」
「おう、よろしく!」
オズが元気に返したところで、ノーマは即座にリーヤを見ます。笑顔でした。
「とゆーか“ノーマ”と“リーヤ”ってなんか名前が被ってる感じがしてやーなんだけど〜? すぐに改名してくれる〜?」
「文句ならオズに言って」
「なんで〜?」
笑顔がオズに向きました。笑顔でしたが心からの笑みではありません「とりあえず場を和やかにするために明るい表情を作っている」という印象を抱く雰囲気の笑顔でした。
内情はしっかりオズに伝わったらしく、彼は顔を引き攣らせつつ目を逸らし、
「……名前一つでケチケチつけんなよ。自分に似てる名前のやつなんて世界にごまんといるだろうが」
なんて誤魔化すしかありませんでした。
自称邪神のセレスティア、名前が無いと言い放った生き物に名前を付けたという事情は、非常にややこしい上に説明が面倒です。口を閉ざすのが最善のやり方と言えるでしょう。
やや険悪な空気を読まないリーヤは、静かにトゥカとノーマを見据え、
「そんなことより、さっきオズが言った通り私たちは今パーティメンバーを探しているところなの。アナタたちさえよければ……どうかしら?」
そう誘ってみましたがトゥカは目つきを鋭くしてリーヤたちを睨みます。
「はぁ? なんでオレたちが……」
「トゥカちゃん、ちょっと」
「はあ?」
文句をぶつける前にノーマに腕を引っ張られ、廊下の隅まで移動。
オズたちがきょとんとしているのを背中で感じ取りつつ、二人は小声で話し始めます。
「これはチャンスだよ? マティルっていう変態母性女を確実に押し付けることができるまたとない機会じゃな〜い?」
「はっ!? そうか! 今までは誤魔化し誤魔化しやってきたが“冒険に慣れてない我が子たちを助けるために誠心誠意世話してやってくれ”って頼めば、あの変態は喜んで上から下まで何もかもを世話するはず!」
「でしょ〜? 我ながらナイスアイディア! だと思わな〜い?」
「って、でもよ? アイツってエルフは庇護対象外って言ってなかったか? エルフ野郎はどうすんだよ」
「それでも生贄が二人もいるなら十分でしょ〜? 細かいことは気にせずに、アタシたちの自由な時間を増やすことだけを考えようよ〜」
「確かにそうか……これで“未成年の内に不純同性愛行為はいけません!”って言われて邪魔されることもなくなるって思えば」
「こっちは同意の上でイチャイチャしてるのにね〜マジ迷惑だったよね〜」
「マジそれ。じゃ、そのプランで行くか」
「おけおけ」
話し終えたところで二人同時に振り返り、同じ足取りで戻ってきました。
答えを待っているオズたちに二人は言います。
「パーティ入りの件だけどよ」
「いいよ〜入っても〜」
真の企みを隠したまま肯定的な返答。内心めちゃくちゃほくそ笑んでいますが、事情を知らない初対面の彼らがそれを悟ることはないでしょう。
「おお! 願ったり叶ったりだな!」
「案外あっさり解決したわね」
「これで一安心……と言ったところかな?」
三人はそれぞれ喜んでいます。まんまとハメられたと知らずに。
ついニヤついてしまいそうな表情を抑えつつ、トゥカは話を続けます。
「実はな、オレらの他にもうひとり、エルフの女がいるんだよ。そいつも一緒にパーティ入りして構わねえか?」
「へぇ、エルフ……こっちは全然問題ないぞ? な?」
オズは念の為にとラインムントに確認を取るように返事を促せば、彼は小さく頷きます。
「同族でも僕は大歓迎さ」
非常に好感触。事態はトゥカたちの期待通りに転がり続けていますね。
「そりゃあよかった。オレらも安心だぜ」
「ね〜?」
計画が破綻しないで済むからとは言いません。成績は悪くとも悪知恵が働く頭を持っている二人は非常に策士です。
次に、オズは二人に尋ねます。
「でもよ、本人いないところで勝手にパーティメンバーを決めちまって大丈夫か? 一応確認とかした方がいいんじゃねえの?」
「何も気にしなくていいぞ。アイツはボケカス博愛主義者だからな。無断でパーティメンバーを決めちまっても問題ねぇし、逆に喜ぶだろ」
「カスなのか博愛主義者なのかどっちなんだよソイツ……」
この場にいないエルフのことを淡々と、悪口のみで語る様にオズは引いていますが、ノーマは笑顔で追撃。
「あのね〜? カスと博愛主義者と変態と博愛主義者は両立するんだよ〜?」
「意味が分からないわね」
吐き捨てるように言ったのはリーヤでした。新たに決まったメンバーに特段興味を抱く素振りは見せませんが、その目はどこか希望に満ち溢れているようにも見えました。
「これでダンジョンに行ける、お金を稼いで焼きそばパンが買える……!」
理由は見ての通りですね。オズはノーコメント。
彼女の好物など心底どうでもいいトゥカとノーマは呆れ顔を浮かべまして。
「なんで焼きそばパン限定なんだよお前」
「そんなのどうでもいいよトゥカちゃん。これでアタシたちも安泰なんだからもっと喜ぼうよ〜」
「そうだな! オレたちのモーディアル学園での生活はこれから始まるってもんだ……!」
喜びを分かち合いがっしりと手を握り合った時……。
二人が脳天から衝撃を受ける台詞が。
「ありがとう。心優しき我が娘たち」
ライムントの口から、放たれました。
オズとリーヤにとっては見慣れてしまった自称父性による娘呼ばわりでしたが、トゥカとノーマの顔から笑顔が一瞬で消え失せ、表情が凍りついたではありませんか。
「…………」
「…………」
絶句して立ち尽くす二人。ぴくりとも動きません。
「あん?」
「どうしたのかしら?」
勝手に娘呼ばわりした怒りも戸惑いもない様子にオズとリーヤは首を傾げるばかり。ライムント本人もキョトンとしたままで、娘(自称)たちの変化に静かに戸惑っていました。
少しの沈黙の末、トゥカがようやく口を開きます。
「……お、おま、お前、わ、我が、娘……娘っつった、か……?」
誰が聞いても分かるほど動揺しているのか声を振るわせ、恐る恐るライムントを見上げれば彼は笑顔で答えてくれます。
「もちろん! 例え血の繋がりがなくても、エルフでないのであれば君たちは僕の娘さ! そして、僕から永遠に、無限の愛を注ぐと約束しよう!」
高らかに叫んでいますがオズもリーヤも冷めた目。
「これ、何て言う種類のセクハラに分類されるんすかね」
「知らない」
適当に返しました。
そして、トゥカとノーマは青ざめたまま、お互いの顔を見ます。驚きの青さに染まってしまった幼馴染兼、恋人の顔を。
「トゥカちゃん……こい、コイツ、こいつ……」
「ま、間違い……ねぇ、ゲルンカの、ところの……」
「なんで、なんでこう、貧乏くじばっかり引いちゃうのかな……アタシたちって……」
「知らねぇ……家族ガチャも仲間ガチャも親ガチャも大敗してる理由なんて、考える気もしねぇ……」
三人には聞こえない声量で会話を続けていましたが、痺れを切らしたリーヤが二人を睨み、
「さっきから何をブツブツと言って」
と、文句を言い始めた時でした。
「我が娘たち――――――――!!」
聞き覚えはないけどニュアンスに心当たりしかない声が、トゥカとノーマの背後から響きました。
反射的な速度で振り返った二人の視界に飛び込んできたのは、金色の長い髪を揺らしながら駆けてくるエルフの女の子の姿。
右手を振り、左手には植木鉢を抱え、幸せそうな笑みを浮かべてやって来るではありませんか。
「げっ!」
「戻ってきたぁ」
まるで天敵を見つけてしまったようなリアクションに加え、
「姐御、聞き間違いだよな? 俺ってば白昼夢を見ちまってるんだよな? あのエルフさ、さっき我が娘がどうとか言ってたかもしれないけど、俺がバカな変換しちまってるだけだよな? なぁ? 幻聴の類ってことだよな?」
「現実と戦いましょう」
オズとリーヤは遠い目をしていました。
そうしている内に、エルフの女の子はトゥカとノーマの前で足を止めます。
「ようやく見つけましたよ? 私の可愛い娘たち。急にいなくなってしまうから母は心配してしまいました。母はかくれんぼがあまり得意ではありませんから……程々にしてくださいね?」
まるで自分が母親のような言い草にはもはや心当たりしかありません。オズが頭を抱え、リーヤがため息を吐き、
「誰が娘だ変態母性女!!」
トゥカ絶叫。ノーマは耳を塞いでいます。
「あら? 私はそのような名前ではなく“マティル”という、母が三日三晩悩んだ末に付けてくれた名が……」
「知らねぇよテメェの名付けエピソードなんか!」
「名前というのは親が子に最初に与える最も尊き贈り物……決して無碍に扱って良いものではなく、一生涯をかけて大切に扱わなければならず」
「キラキラネームで悩んでる全国の子供に今すぐ土下座しろや!! なんでオレらが関わるエルフは揃いも揃って自称親ヅラするような変態ばっかなんだよ!」
「はて?」
マティルと呼ばれたエルフが首を傾げ、トゥカたちの側にいるオズとリーヤとライムントを視界に収めて……。
「まあ! ライムント!」
嬉々して名を呼べばライムントも笑顔を作り、
「マティル! やっぱりマティルだね! ようやく会えたよ!」
二人のエルフは駆け寄っていき、美男美女が互いに手を取り合います。そして、
「ライムント……どうしてアナタがモーデアル学園に?」
「頑張り屋さんなマティルの力にどうしてもなりたくってね。でも、お父様たちを説得するのに時間が掛かって遅れてしまったんだ……すまない」
「いいえ。アナタが来てくれたのであれば辿り着くまでの時間など気にしません。また、会えて嬉しいわ」
「ふふ、僕もだよ……マティル」
なんて愛おしそうに語り合います。背後からラブラブなオーラも出ているように見えるほど、二人の間に甘く尊い時間が流れていました。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
完全に取り残されたエルフ以外ではない種族の四人の心境は今、ひとつになりました。
――俺(アタシ、私)たちは何を見せられているんだ……。
多くの生徒たちがダンジョンへ赴いたり、寮に帰ろうとしたり、転移魔法を使ってどこかに遊びに行こうとしたりと様々な思惑で学園内を行き交う、いつも通りのよくある光景。
それを、運動場の植え込みに生えている木の上から眺めている、黒髪フェルパーの女の子がおりまして。
「……」
黒い尻尾をゆらゆらと揺らし、心底興味なさそうな目で生徒たちを眺めていましたが、やがて飽きてしまったのか太い枝の上に寝転がると、風に揺れる新緑の葉を見る作業に戻るのでした。
「…………退屈」
「トゥカちゃん、トゥカちゃーん」
地上から名前のような言葉を呼ぶ声がして、尻尾がピンと立ちます。
すぐに下を覗き込めば、見えるのはディアボロスの女の子。ショートに切りそろえた髪を揺らしながら小走りで駆けていき、何かを探している様子。
女の子を見つけた彼女はすぐに声を出します。
「なんだよノーマ、呼ばなくてもいるっての」
そう呼べばディアボロスの女の子、ノーマと呼ばれた彼女は立ち止まって振り返り、木を見上げてフェルパーの女の子に改めて声をかけます。
「トゥカちゃんいたー、そんなところで何してたの〜?」
「暇潰してただけだっつーの。お前こそうまくやれたのかよ」
「バッチリだよ〜これでしばらくは余裕で過ごせるね!」
なんてウィンク。その手には女の子が持つには似つかわしくない黒色の財布が握られていて、すぐにポケットに直したのでした。
トゥカと呼ばれたフェルパーの女の子は木から降り、ノーマと合流を果たします。
「で? アイツには見つからずにやれたのか?」
「そっちも抜かりないよ〜どう見ても初心者で何もかも不慣れな冒険者の卵たちがいたからね〜テキトー言って押し付けておいた! アレならしばらくは居座り続けるよ〜」
「よしよし上出来だ。これならダンジョンに行かなくても金の心配はしなくていい」
「ね〜? でも、単位とかど〜するの? 最初の課題を済ませなきゃいけないでしょ〜? ずっと放置はさすがにマズくな〜い?」
のんびりとした口調で鋭いことを言えば、トゥカは舌打ちで返します。
「面倒だな……なんで今更初心者用のダンジョンなんかに行かなきゃいけねーんだよ、めんどくせーなぁ」
「しょーがないよーアタシたち編入生なんだから〜最初からやり直しになっちゃうのも当然だよね〜」
「くっそ、あれもこれもあの変態母性女のせいだ……」
「安請け合いしちゃったアタシたちにも非はあるけどね〜」
そう言ってから、二人はお互いに後方を確認します。ごく普通の、彼女たちにとっては顔見知りでもない生徒たちがそれぞれの活動をしているだけで、二人のことなどまるで眼中にない様子。
確認し終えてから二人は一緒に安堵の息を吐きました。
「よし、まだバレてねぇみたいだな」
「大丈夫だとは思うけど油断ならないもんね〜あの変態母性女は」
「全くだ……アイツがいない間にオレらはここで平穏を楽しんでおこうぜ」
「だね〜臨時収入も手に入ったし購買でジュースでも買おうよ〜」
「お! いいじゃねぇかそれ!」
なんて楽しげに話しながら、その足はダンジョンではなく購買へ向かいます。
「もうさ〜アタシたちだけでダンジョンに行っちゃう? 二人でもだいじょーぶでしょ?」
「ぶっちゃけそれでもいいような気ぃすっけどな……魔物の集団にさえ気をつけていればいけねえことはねえか? 二人の方が逃げやすいし」
「だよね〜あの変態母性女は職務放棄したことにして、アタシたちだけでやっちゃおうよ〜」
「そして合法的にあの女をパーティから外してやれば、オレたちの学園生活も少しは平和になるだろうな!」
「あの女はパーティに入っていても入っていなくても母性してきそうな気はする〜」
「……言うなってそれを」
トゥカのテンションが急降下して、運動場から学園内の廊下に入ります。
そして、ほんの一分ほど使って廊下を歩いたところで、
「へい! そこの可愛いお嬢さん方! ちょいと俺たちのパーティに入らない!?」
突然、フェアリーの少年が目の前に現れたかと思えば、軽い口調で手を差し出してきました。なお全長十五センチぐらい。
「…………」
きょとんとして黙っていたトゥカとノーマ、やがて顔を見合わせて、
「……なんだ、コイツ」
「ショウリョウバッタが喋ってるよトゥカちゃん、どうしよっか〜?」
「せめて空飛べる羽が生えてる虫にしてもらえないかねぇ!?」
フェアリー絶叫。
同時に、彼の後ろから黒い羽のセレスティアの女の子と、エルフの男の子が現れました。
「あら、虫扱いしてもいいのね?」
「いや厳密にはよくないっすよ?」
「虫がいいのかい? じゃあ僕は可愛らしいアゲハ蝶をチョイスしよう!」
「精一杯のフォローか!? それはお前なりのフォローなのか!? どっちにしろ虫だけど! 今までのハエやガや蚊に比べたらまともな方だけど!!」
雄叫びの最中、絡まれたままのトゥカとノーマは怪訝な顔。さっさと失せやがれと言いたそうなピリついた様子で、フェアリーを睨み始めます。
「で、誰だよテメェ」
まずトゥカが言い出せば、フェアリーは改めて名乗ります。
「っとすまんすまん。俺はオズ、こっちはリーヤの姐御」
「好物は焼きそばパンよ」
「そんでもってこっちは変態のライムント」
「手厳しいなあ」
簡単な紹介を済ませてから、ノーマはトゥカに耳打ち、
「ねえねえトゥカちゃん、エルフを変態扱いするのって最近のトレンドなのかなあ」
「聞いたことねえよそんなアンチ方面に極振りしたトレンド。どの界隈で流行ってんだ、変態業界?」
「さあ〜」
オズたちには聞こえないように話してから、こちらも名乗らないと気付いて、
「自己紹介されたら自己紹介しなきゃね〜? アタシはノーマだよ〜」
「……トゥカだ」
「おう、よろしく!」
オズが元気に返したところで、ノーマは即座にリーヤを見ます。笑顔でした。
「とゆーか“ノーマ”と“リーヤ”ってなんか名前が被ってる感じがしてやーなんだけど〜? すぐに改名してくれる〜?」
「文句ならオズに言って」
「なんで〜?」
笑顔がオズに向きました。笑顔でしたが心からの笑みではありません「とりあえず場を和やかにするために明るい表情を作っている」という印象を抱く雰囲気の笑顔でした。
内情はしっかりオズに伝わったらしく、彼は顔を引き攣らせつつ目を逸らし、
「……名前一つでケチケチつけんなよ。自分に似てる名前のやつなんて世界にごまんといるだろうが」
なんて誤魔化すしかありませんでした。
自称邪神のセレスティア、名前が無いと言い放った生き物に名前を付けたという事情は、非常にややこしい上に説明が面倒です。口を閉ざすのが最善のやり方と言えるでしょう。
やや険悪な空気を読まないリーヤは、静かにトゥカとノーマを見据え、
「そんなことより、さっきオズが言った通り私たちは今パーティメンバーを探しているところなの。アナタたちさえよければ……どうかしら?」
そう誘ってみましたがトゥカは目つきを鋭くしてリーヤたちを睨みます。
「はぁ? なんでオレたちが……」
「トゥカちゃん、ちょっと」
「はあ?」
文句をぶつける前にノーマに腕を引っ張られ、廊下の隅まで移動。
オズたちがきょとんとしているのを背中で感じ取りつつ、二人は小声で話し始めます。
「これはチャンスだよ? マティルっていう変態母性女を確実に押し付けることができるまたとない機会じゃな〜い?」
「はっ!? そうか! 今までは誤魔化し誤魔化しやってきたが“冒険に慣れてない我が子たちを助けるために誠心誠意世話してやってくれ”って頼めば、あの変態は喜んで上から下まで何もかもを世話するはず!」
「でしょ〜? 我ながらナイスアイディア! だと思わな〜い?」
「って、でもよ? アイツってエルフは庇護対象外って言ってなかったか? エルフ野郎はどうすんだよ」
「それでも生贄が二人もいるなら十分でしょ〜? 細かいことは気にせずに、アタシたちの自由な時間を増やすことだけを考えようよ〜」
「確かにそうか……これで“未成年の内に不純同性愛行為はいけません!”って言われて邪魔されることもなくなるって思えば」
「こっちは同意の上でイチャイチャしてるのにね〜マジ迷惑だったよね〜」
「マジそれ。じゃ、そのプランで行くか」
「おけおけ」
話し終えたところで二人同時に振り返り、同じ足取りで戻ってきました。
答えを待っているオズたちに二人は言います。
「パーティ入りの件だけどよ」
「いいよ〜入っても〜」
真の企みを隠したまま肯定的な返答。内心めちゃくちゃほくそ笑んでいますが、事情を知らない初対面の彼らがそれを悟ることはないでしょう。
「おお! 願ったり叶ったりだな!」
「案外あっさり解決したわね」
「これで一安心……と言ったところかな?」
三人はそれぞれ喜んでいます。まんまとハメられたと知らずに。
ついニヤついてしまいそうな表情を抑えつつ、トゥカは話を続けます。
「実はな、オレらの他にもうひとり、エルフの女がいるんだよ。そいつも一緒にパーティ入りして構わねえか?」
「へぇ、エルフ……こっちは全然問題ないぞ? な?」
オズは念の為にとラインムントに確認を取るように返事を促せば、彼は小さく頷きます。
「同族でも僕は大歓迎さ」
非常に好感触。事態はトゥカたちの期待通りに転がり続けていますね。
「そりゃあよかった。オレらも安心だぜ」
「ね〜?」
計画が破綻しないで済むからとは言いません。成績は悪くとも悪知恵が働く頭を持っている二人は非常に策士です。
次に、オズは二人に尋ねます。
「でもよ、本人いないところで勝手にパーティメンバーを決めちまって大丈夫か? 一応確認とかした方がいいんじゃねえの?」
「何も気にしなくていいぞ。アイツはボケカス博愛主義者だからな。無断でパーティメンバーを決めちまっても問題ねぇし、逆に喜ぶだろ」
「カスなのか博愛主義者なのかどっちなんだよソイツ……」
この場にいないエルフのことを淡々と、悪口のみで語る様にオズは引いていますが、ノーマは笑顔で追撃。
「あのね〜? カスと博愛主義者と変態と博愛主義者は両立するんだよ〜?」
「意味が分からないわね」
吐き捨てるように言ったのはリーヤでした。新たに決まったメンバーに特段興味を抱く素振りは見せませんが、その目はどこか希望に満ち溢れているようにも見えました。
「これでダンジョンに行ける、お金を稼いで焼きそばパンが買える……!」
理由は見ての通りですね。オズはノーコメント。
彼女の好物など心底どうでもいいトゥカとノーマは呆れ顔を浮かべまして。
「なんで焼きそばパン限定なんだよお前」
「そんなのどうでもいいよトゥカちゃん。これでアタシたちも安泰なんだからもっと喜ぼうよ〜」
「そうだな! オレたちのモーディアル学園での生活はこれから始まるってもんだ……!」
喜びを分かち合いがっしりと手を握り合った時……。
二人が脳天から衝撃を受ける台詞が。
「ありがとう。心優しき我が娘たち」
ライムントの口から、放たれました。
オズとリーヤにとっては見慣れてしまった自称父性による娘呼ばわりでしたが、トゥカとノーマの顔から笑顔が一瞬で消え失せ、表情が凍りついたではありませんか。
「…………」
「…………」
絶句して立ち尽くす二人。ぴくりとも動きません。
「あん?」
「どうしたのかしら?」
勝手に娘呼ばわりした怒りも戸惑いもない様子にオズとリーヤは首を傾げるばかり。ライムント本人もキョトンとしたままで、娘(自称)たちの変化に静かに戸惑っていました。
少しの沈黙の末、トゥカがようやく口を開きます。
「……お、おま、お前、わ、我が、娘……娘っつった、か……?」
誰が聞いても分かるほど動揺しているのか声を振るわせ、恐る恐るライムントを見上げれば彼は笑顔で答えてくれます。
「もちろん! 例え血の繋がりがなくても、エルフでないのであれば君たちは僕の娘さ! そして、僕から永遠に、無限の愛を注ぐと約束しよう!」
高らかに叫んでいますがオズもリーヤも冷めた目。
「これ、何て言う種類のセクハラに分類されるんすかね」
「知らない」
適当に返しました。
そして、トゥカとノーマは青ざめたまま、お互いの顔を見ます。驚きの青さに染まってしまった幼馴染兼、恋人の顔を。
「トゥカちゃん……こい、コイツ、こいつ……」
「ま、間違い……ねぇ、ゲルンカの、ところの……」
「なんで、なんでこう、貧乏くじばっかり引いちゃうのかな……アタシたちって……」
「知らねぇ……家族ガチャも仲間ガチャも親ガチャも大敗してる理由なんて、考える気もしねぇ……」
三人には聞こえない声量で会話を続けていましたが、痺れを切らしたリーヤが二人を睨み、
「さっきから何をブツブツと言って」
と、文句を言い始めた時でした。
「我が娘たち――――――――!!」
聞き覚えはないけどニュアンスに心当たりしかない声が、トゥカとノーマの背後から響きました。
反射的な速度で振り返った二人の視界に飛び込んできたのは、金色の長い髪を揺らしながら駆けてくるエルフの女の子の姿。
右手を振り、左手には植木鉢を抱え、幸せそうな笑みを浮かべてやって来るではありませんか。
「げっ!」
「戻ってきたぁ」
まるで天敵を見つけてしまったようなリアクションに加え、
「姐御、聞き間違いだよな? 俺ってば白昼夢を見ちまってるんだよな? あのエルフさ、さっき我が娘がどうとか言ってたかもしれないけど、俺がバカな変換しちまってるだけだよな? なぁ? 幻聴の類ってことだよな?」
「現実と戦いましょう」
オズとリーヤは遠い目をしていました。
そうしている内に、エルフの女の子はトゥカとノーマの前で足を止めます。
「ようやく見つけましたよ? 私の可愛い娘たち。急にいなくなってしまうから母は心配してしまいました。母はかくれんぼがあまり得意ではありませんから……程々にしてくださいね?」
まるで自分が母親のような言い草にはもはや心当たりしかありません。オズが頭を抱え、リーヤがため息を吐き、
「誰が娘だ変態母性女!!」
トゥカ絶叫。ノーマは耳を塞いでいます。
「あら? 私はそのような名前ではなく“マティル”という、母が三日三晩悩んだ末に付けてくれた名が……」
「知らねぇよテメェの名付けエピソードなんか!」
「名前というのは親が子に最初に与える最も尊き贈り物……決して無碍に扱って良いものではなく、一生涯をかけて大切に扱わなければならず」
「キラキラネームで悩んでる全国の子供に今すぐ土下座しろや!! なんでオレらが関わるエルフは揃いも揃って自称親ヅラするような変態ばっかなんだよ!」
「はて?」
マティルと呼ばれたエルフが首を傾げ、トゥカたちの側にいるオズとリーヤとライムントを視界に収めて……。
「まあ! ライムント!」
嬉々して名を呼べばライムントも笑顔を作り、
「マティル! やっぱりマティルだね! ようやく会えたよ!」
二人のエルフは駆け寄っていき、美男美女が互いに手を取り合います。そして、
「ライムント……どうしてアナタがモーデアル学園に?」
「頑張り屋さんなマティルの力にどうしてもなりたくってね。でも、お父様たちを説得するのに時間が掛かって遅れてしまったんだ……すまない」
「いいえ。アナタが来てくれたのであれば辿り着くまでの時間など気にしません。また、会えて嬉しいわ」
「ふふ、僕もだよ……マティル」
なんて愛おしそうに語り合います。背後からラブラブなオーラも出ているように見えるほど、二人の間に甘く尊い時間が流れていました。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
完全に取り残されたエルフ以外ではない種族の四人の心境は今、ひとつになりました。
――俺(アタシ、私)たちは何を見せられているんだ……。
