ととモノ3D
ダンジョン探索も進めば進むほど、魔物たちの攻撃が苛烈になっていくのも必然。
とある魔物が放った広範囲の魔法攻撃は容赦なくことりたちを襲い、一行に大きな傷を与えます。
魔法の嵐により倒れる者はいないものの膝をつく者が出てくる状況、事態は悪化の一途を辿っています。
「いけません……このままでは回復が追いつかなくなります!」
パーティ内で唯一回復魔法を使役できるルンルンは杖を握り、魔物を睨みながら叫びました。
「手っ取り早く道具を使って回復するのです! お弁当があるのです!」
ネネイが叫び、その声にとっさに反応するのはことり。
「じゃあ、私が使うよ」
と、荷物の中からお弁当(六人分)を取り出した時でした。
皆に弁当を配るために駆けようとした時、少しだけ盛り上がっていた地面に足を躓かせてしまったのは。
「あ」
両手でお弁当を持っているため受け身を取ることすら叶わず、前方に向かって派手に転びました。
同時に彼女の手から解放されるお弁当たち。
パーティメンバー全員が突然の出来事に唖然としている間に、解放されたお弁当は宙に飛び、色々な運動の法則に従ってひっくり返り、地面に着地を遂げました。六人分全て。
ぶちまけられたおかずたち、泥まみれになった米、彩りのために添えられたピックが小さな音を立てて転がり、石にぶつかって止まりました。
その時、確かに、世界の時が止まりました。
つい数秒前までは全ての人の食欲を誘っていた美味しそうなお弁当だったもの。それがほんの一瞬で絶対に口にしたくないランキングナンバーワンに輝くほどの醜態を晒すことになった出来事はあまりにも衝撃的で、皆は言葉を発することも思考することもできず、硬直してしまいました。魔物でさえも。
「いたた…………え」
ようやく顔を上げたことりも、ぶちまけられたお弁当を目の当たりにして絶句。
「…………」
しばし呆然として言葉を失って。
「…………」
現実に起こってしまったことを理解するまで時間をかけて。
「…………」
全てを理解した時、捉えようのない悲しみが一気に襲いかかってきて。
「………………」
今にも泣きそうな顔を浮かべた刹那、
仲間たちの心はひとつになりました。
「大丈夫! 大丈夫だよことりちゃん! 失敗は誰にでもあるよ! 気にしなくていいよ!」
「そうなのですそうなのです! お弁当なんてまた作ればいいのです!」
「焼きそばパンさえあれば錬金できるもんね! ねっ!」
「誰もお前が悪いとは思っていない。だから泣くな」
「森羅万象悪いのはそこの魔物とバムだけです、責めるなら奴らですよことりさん!」
「おい性悪」
目前の魔物のことは一旦放置しことりの元へ駆け寄ると同時に慰めの言葉を掛けます。こんな時でも売り言葉に買い言葉のバムとルンルンはさておいて。
よろよろと起き上がり、座り込んでしまったことりは俯いたまま、
「…………でも」
か細い声が出ましたが続きはいつまで経ってもありません。彼女自身このような失敗は初めてで、どうすればいいのか分からないのでしょう。
心境は痛いほど理解できた仲間たちは一度、顔を見合わせた後、
「大丈夫だよ! アタシだって小さい頃、絵の具水が入ったバケツをカーペットにぶちまけて、すっごいカラフルなカーペットにしたことあるんだもん! そういう失敗は誰にでもあるよ!」
最初にトパーズが励まし。
「初めてフランベに挑戦した時に天井を焦がしてしまったのです! 後でお父さんに怒られたのです! 下手したら火事になってお家がなくなっていたのかもしれないのです! 気にしなくていいのです!」
次にネネイが一生懸命に叫び。
「茶道をしている時、祖父に頭から茶をかけてしまった俺の不始末に比べたら、お前のミスなど可愛いものだ」
更にバムが淡々と諭し。
「朝が起きれない父のためにと送ったお手製の目覚まし時計、アラームが鳴って五分した後にアンスリプが発動するはずだったのですが……仕掛けが誤爆し、父の部屋が火の海になった私の過ちは、なんと重い罪のことか!」
続いてルンルンが少しだけ感情的に言い。
「ほら! みんな大なり小なり色々と失敗しているんだよ! それに比べたらことりちゃんのこれなんて気に留めるようなことでもないからさ! 元気出して!」
最後にスイミーが、ことりの肩を優しく叩きながら締めたのでした。
「……スイミーくん……私……」
「ほら、泣かない泣かない。ほっぺの泥を落として立ちあがろう! スカイフィッシュを捕まえたくて森じゅうに罠を仕掛けたら猟友会の人たちにバチバチに怒られた僕よりは全然マシだから!」
なんてウィンク。
しかし、トパーズの非常に冷たい目でスイミーを見つめていまして。
「……犯罪なんじゃ……」
「過ぎたことだから気にしなーい! じゃ、今日は学院に帰ろっか! ことりちゃん!」
「……うん」
顔を上げたことりに少しだけ笑顔が戻り、仲間たちはホッと一息、安堵の息を吐きました。ちなみに許可なく山とかに罠を仕掛けることは本当に犯罪なので真似しないように。
ことりは立ち上がり、制服についた土汚れを軽く払ってから仲間たちに向き直り。
「みんな……ありがとう」
心優しい仲間たちに感謝し、礼を述べます。
仲間たちは、大きく頷くのでした。
「よーし! じゃあ今日は気合いを入れて牛すじ煮込みカレーを作るのです! お野菜もいっぱい入っている食べ応えがあるやつのです!」
「やったあ! アタシ、ネネイちゃんが作るカレー好きだよ!」
「ええ、あのスパイスの絶妙な配合による辛みはクセになります」
「辛すぎる気もするがな……ヨーグルトも仕入れておくか」
「じゃあ帰り道で買っておこっかー、購買には無かったハズだし! あ、じゃあちょっと僕が考案したスパイスも追加して……」
「スイミーくんの提案はなんか嫌なのです!」
「そんな雑な感じで正面から断られるの!? ショック!」
「……楽しみだね」
楽しく語らいながら帰路に着く生徒たち。
と、足を止めたネネイは振り返って魔物を指し、
「そこのお前! ことりちゃんがぶちまけた弁当はやるのです! 晩飯にでもするがいいのです!」
一方的に言ってから足早に去ってしまいました。
その背中を、魔物は黙って見つめていました。
介入する隙が一切なく、追撃を放つことができなかったため、ずっと立ち尽くしていた魔物は。
「…………」
地面にぶちまけられた弁当の汚れていないおかずをかき集めると、さっさと持ち帰ってしまったのでした。
「人って身勝手だな……」なんて思いながら。
2025.6.11
とある魔物が放った広範囲の魔法攻撃は容赦なくことりたちを襲い、一行に大きな傷を与えます。
魔法の嵐により倒れる者はいないものの膝をつく者が出てくる状況、事態は悪化の一途を辿っています。
「いけません……このままでは回復が追いつかなくなります!」
パーティ内で唯一回復魔法を使役できるルンルンは杖を握り、魔物を睨みながら叫びました。
「手っ取り早く道具を使って回復するのです! お弁当があるのです!」
ネネイが叫び、その声にとっさに反応するのはことり。
「じゃあ、私が使うよ」
と、荷物の中からお弁当(六人分)を取り出した時でした。
皆に弁当を配るために駆けようとした時、少しだけ盛り上がっていた地面に足を躓かせてしまったのは。
「あ」
両手でお弁当を持っているため受け身を取ることすら叶わず、前方に向かって派手に転びました。
同時に彼女の手から解放されるお弁当たち。
パーティメンバー全員が突然の出来事に唖然としている間に、解放されたお弁当は宙に飛び、色々な運動の法則に従ってひっくり返り、地面に着地を遂げました。六人分全て。
ぶちまけられたおかずたち、泥まみれになった米、彩りのために添えられたピックが小さな音を立てて転がり、石にぶつかって止まりました。
その時、確かに、世界の時が止まりました。
つい数秒前までは全ての人の食欲を誘っていた美味しそうなお弁当だったもの。それがほんの一瞬で絶対に口にしたくないランキングナンバーワンに輝くほどの醜態を晒すことになった出来事はあまりにも衝撃的で、皆は言葉を発することも思考することもできず、硬直してしまいました。魔物でさえも。
「いたた…………え」
ようやく顔を上げたことりも、ぶちまけられたお弁当を目の当たりにして絶句。
「…………」
しばし呆然として言葉を失って。
「…………」
現実に起こってしまったことを理解するまで時間をかけて。
「…………」
全てを理解した時、捉えようのない悲しみが一気に襲いかかってきて。
「………………」
今にも泣きそうな顔を浮かべた刹那、
仲間たちの心はひとつになりました。
「大丈夫! 大丈夫だよことりちゃん! 失敗は誰にでもあるよ! 気にしなくていいよ!」
「そうなのですそうなのです! お弁当なんてまた作ればいいのです!」
「焼きそばパンさえあれば錬金できるもんね! ねっ!」
「誰もお前が悪いとは思っていない。だから泣くな」
「森羅万象悪いのはそこの魔物とバムだけです、責めるなら奴らですよことりさん!」
「おい性悪」
目前の魔物のことは一旦放置しことりの元へ駆け寄ると同時に慰めの言葉を掛けます。こんな時でも売り言葉に買い言葉のバムとルンルンはさておいて。
よろよろと起き上がり、座り込んでしまったことりは俯いたまま、
「…………でも」
か細い声が出ましたが続きはいつまで経ってもありません。彼女自身このような失敗は初めてで、どうすればいいのか分からないのでしょう。
心境は痛いほど理解できた仲間たちは一度、顔を見合わせた後、
「大丈夫だよ! アタシだって小さい頃、絵の具水が入ったバケツをカーペットにぶちまけて、すっごいカラフルなカーペットにしたことあるんだもん! そういう失敗は誰にでもあるよ!」
最初にトパーズが励まし。
「初めてフランベに挑戦した時に天井を焦がしてしまったのです! 後でお父さんに怒られたのです! 下手したら火事になってお家がなくなっていたのかもしれないのです! 気にしなくていいのです!」
次にネネイが一生懸命に叫び。
「茶道をしている時、祖父に頭から茶をかけてしまった俺の不始末に比べたら、お前のミスなど可愛いものだ」
更にバムが淡々と諭し。
「朝が起きれない父のためにと送ったお手製の目覚まし時計、アラームが鳴って五分した後にアンスリプが発動するはずだったのですが……仕掛けが誤爆し、父の部屋が火の海になった私の過ちは、なんと重い罪のことか!」
続いてルンルンが少しだけ感情的に言い。
「ほら! みんな大なり小なり色々と失敗しているんだよ! それに比べたらことりちゃんのこれなんて気に留めるようなことでもないからさ! 元気出して!」
最後にスイミーが、ことりの肩を優しく叩きながら締めたのでした。
「……スイミーくん……私……」
「ほら、泣かない泣かない。ほっぺの泥を落として立ちあがろう! スカイフィッシュを捕まえたくて森じゅうに罠を仕掛けたら猟友会の人たちにバチバチに怒られた僕よりは全然マシだから!」
なんてウィンク。
しかし、トパーズの非常に冷たい目でスイミーを見つめていまして。
「……犯罪なんじゃ……」
「過ぎたことだから気にしなーい! じゃ、今日は学院に帰ろっか! ことりちゃん!」
「……うん」
顔を上げたことりに少しだけ笑顔が戻り、仲間たちはホッと一息、安堵の息を吐きました。ちなみに許可なく山とかに罠を仕掛けることは本当に犯罪なので真似しないように。
ことりは立ち上がり、制服についた土汚れを軽く払ってから仲間たちに向き直り。
「みんな……ありがとう」
心優しい仲間たちに感謝し、礼を述べます。
仲間たちは、大きく頷くのでした。
「よーし! じゃあ今日は気合いを入れて牛すじ煮込みカレーを作るのです! お野菜もいっぱい入っている食べ応えがあるやつのです!」
「やったあ! アタシ、ネネイちゃんが作るカレー好きだよ!」
「ええ、あのスパイスの絶妙な配合による辛みはクセになります」
「辛すぎる気もするがな……ヨーグルトも仕入れておくか」
「じゃあ帰り道で買っておこっかー、購買には無かったハズだし! あ、じゃあちょっと僕が考案したスパイスも追加して……」
「スイミーくんの提案はなんか嫌なのです!」
「そんな雑な感じで正面から断られるの!? ショック!」
「……楽しみだね」
楽しく語らいながら帰路に着く生徒たち。
と、足を止めたネネイは振り返って魔物を指し、
「そこのお前! ことりちゃんがぶちまけた弁当はやるのです! 晩飯にでもするがいいのです!」
一方的に言ってから足早に去ってしまいました。
その背中を、魔物は黙って見つめていました。
介入する隙が一切なく、追撃を放つことができなかったため、ずっと立ち尽くしていた魔物は。
「…………」
地面にぶちまけられた弁当の汚れていないおかずをかき集めると、さっさと持ち帰ってしまったのでした。
「人って身勝手だな……」なんて思いながら。
2025.6.11
