万物の始まりは海から
こうして、皆は砂浜のど真ん中でやや巨大なウミガメを取り囲みました。
「この亀さんはどうしたのです?」
最初に尋ねたネネイの疑問にことりは即答します。
「鳥に突かれて困っているところを助けたよ」
「おお! じゃあ竜宮城に連れて行ってもらえるかもしれないのですね!」
「あ、ホントだ。同じシチュエーションだね」
手を叩いて納得していることりですが、ネネイ以外は冷めた視線。
更にリーヤはオズの腰を指で突きながら、
「オズ。竜宮城って何」
「もう驚かないっすよ。竜宮城っつーのは浦島太郎っていうお伽話に出てくる海の中の屋敷っす」
「うらしまたろう」
「悪ガキから亀を助けたら、助けたお礼って亀は浦島太郎を竜宮城に連れて行って、屋敷の主にお礼と称したもてなしをされるんす。でも、実は海の中と陸は時間の流れが違ってて、何も知らずに陸に戻った浦島太郎は自分の家族が全員いなくなっているのを目の当たりにして絶望。屋敷の主にもらった玉手箱っつー手土産を開けると自分は老化してしまうっつーなんとも救いようのない話っすね」
「知らない亀についていくなっていう教訓を学べると」
「一生かかっても教訓を活かせる機会が出てこないような気ぃするんすけど、姉御が納得したならそれでいいっすよ、うん」
多少投げやりで終わりましたがとにかく説明完了。リーヤは改めて亀を見下します。
「で、この亀が竜宮城に連れて行ってくれるかもしれないと」
「私たちに恩義を感じていいたら……ですが」
ぽつりとルンルンが言ったのを皮切りに、全員は静かに亀を見つめ始めます。じーっ。
「……」
亀、当然ながら言葉こそありませんが顔を青くして震えているのは誰が見ても分かるわけで。
「ど、どう見ても怯えてるよね……これ……」
恐る恐る言うトパーズの指摘にことりは手を叩き。
「鳥に襲われて怯えていたから、まだ怖いのかもしれないね」
「……自分より大きな生き物に囲まれていたら誰だって怖いよ……」
「じゃあ、私たちに害意がないってことを分かって貰えたらいいかな」
「なるほど!」
高らかに声を上げたのはルンルン。指をパチリと鳴らすと、ヨシノが音もなく背後に現れます。
そして、ひとりひとりに何かを素早く手渡し初め、ぽかんとしていたオズの手にはタンバリンが渡されました。
「は?」
唖然とするのも束の間。
ことりはおもちゃのラッパ、ネネイはカスタネット、バムはオカリナ、スイミーはリコーダー、ルンルンはバイオリン、リーヤはビブスラップをそれぞれ好き勝手に奏で始めました。ぴーじゃかわちゃちゃしゃーん。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
オズ絶叫。一言も喋っていないトパーズは鍵盤ハーモニカを持ったまま絶句していました。
怒声により即興演奏会は即座に中止され、オズはルンルンに詰め寄ります。
「なんで急に楽器を鳴らし始めてんだよ! 状況が一つも理解できねえぞ! マジでどういうぶっ飛んだ思考をしてんだよテメェはよ!」
「私たちが愉快で楽しい集団だと分かれば、ウミガメさんも怖がらないかと思いまして」
「何一つ愉快じゃねえよ! 突然テキトー演奏会を始めるキチガイ集団だぞこんなん! 見ろや!」
指し示す先にいるウミガメ、状況が飲み込めていないため更に青くなっており、震えも増えておりました。
「さっきよりも怯えてんじゃねえか! 可哀想だろどう見ても!」
「オズさんが大声を出し続けているからではありませんか?」
「んなこたぁねぇやい!」
真意はともかく、後ろではヨシノが楽器を回収しておりました。
一番の不可解な点は、ルンルンの指鳴らし一つで彼女の思考を全て読み取ったヨシノの行動ではありますが……トパーズは、それを口にする勇気がありませんでした。
楽器を返したスイミーはウミガメの横にしゃがんでおり、甲羅をじっと見つめていまして。
「とゆーかさ、この亀って本当にウミガメ?」
「どういうこと?」
ことりが首を傾げ、スイミーは続けます。
「普通の動物とはちょっと違う感じがする。ほら、よく見たら甲羅に星模様がいくつもあるでしょ? 自然界にこんな生き物は存在しないような気がしてねぇ」
「ホントだ。普通のウミガメじゃなさそうだね」
目を凝らしてじっくり観察すれば、甲羅の模様の中に薄っすらと星の模様がいくつも、不規則に散らばっているではありませんか。
生き物好きなことりが自分の知識を思い起こし、こんな生き物がいたかと思案しましたが……特に答えは出てきませんでした。
「つまり、魔物の類である可能性もあるのか」
淡々と断言したバムが言葉を終えた直後、ルンルンの冷たい視線が向けられます。
「は? 何を根拠にそんなことを。このプライベートビーチはライトミュラー家の誇りと知識と技術にかけた超高度な魔物避けの結界を張っているのですよ。悪しき心を持ち、人に危害を加える凶暴性のある生き物を排除する完璧な結界です。それが破られるなどあってはなりませんが」
淡々と言い終え、ことりとトパーズが感心の声をこぼすと同時に、
「悪しき心……」
「凶暴性のある生き物……」
オズとスイミー。ぽつりと零しながらリーヤを見やって。
「あ?」
ギロリと睨まれた刹那、二人は瞬時にことりの後ろに避難。
「いいえ! なんでもございません! なんでもございやせんことよ!」
「なんとなーくちょっと思ったことがポロッと出ただけっす! 別に姉御が完璧にそうじゃんとか微塵も思ってねーっすから!」
「そーそーそーそー! 気のせい! 気のせいなの! ねーコバエー⁉︎」
「なークソノーム! 気のせいだもんな! なっなっ!」
女の子の後ろで必死に弁明している姿のなんと情けないことか。
「こーゆー時だけ息ぴったりなのですね」
「生命の危機がファッション犬猿の体裁を乗り越えたのだろうな」
「ちょっとバムくん今のどーゆー意味」
静かに発せられたクレームはさておき。
「で? 結局何なのよ、この亀は」
不機嫌極まりない様子でリーヤが吐き捨てる姿が今にもウミガメを蹴り飛ばしそうだったので、オズは慌てて彼女の横まで戻り。
「え、えっとな? 魔物避けの結界があるっつーことは、多分だけど精霊の可能性があるっすね」
「精霊?」
「そうそう。普段俺たちが倒しているような悪性が強くて魔物に分類されるようなガラの悪い精霊じゃなくて、自然界の一部として人々に利益をもたらしてくれる良い精霊」
「ふーん? そうなの?」
オズではなくウミガメに向かって問いかけると、ウミガメの目はキラキラと輝き始めたではありませんか。
「う、嬉しそうってことは……本当に精霊なのかな?」
「この喜びようからすると、可能性は高いと言えますね」
トパーズとルンルンが言葉をこぼした時、
「み……」
と、この中の誰でもない声が聞こえました。間違いなく、ウミガメから発せられた声でした。
「ん? 喋ってる?」
ことりが首を傾げた次の瞬間。
「%◉◆×◀︎↑○♯∃□★▽∞⌘$√&@●」
ウミガメから表現すらできない謎の言語が発せられたではありませんか。
「なに⁉︎ なになになになになになになになになになになになになになに⁉︎」
分かりやすく驚愕と動揺を言葉と動きで表現したトパーズ、驚きという感情を顔に貼り付けたまま皆を見やりますが。
「精霊特有の言語かな?」
「んー、そうなのかも。解読しようにも僕たち全員精霊について明るくないからなあ」
「スイミーくんってノームなのに、精霊のことがわからないの?」
「依代を使って人と同じように生きてる僕たちと、自然界の法則に則って生きてる野良精霊とじゃあ似てるようで違う生き物だからねぇ〜ぜんぜんわかんないや!」
「タラバガニとスベスベマンジュウガニみたいなものだね」
「その例えだと僕は美味しいタラバガニなのか、毒持ちのスベスベマンジュウガニのどっちに分類されちゃう感じ?」
「どっちがいい?」
「まさかの選択式」
ことりとスイミーの気の抜けた会話が発せられる程度には、誰も動揺していません。ひとり慌てていたトパーズは急に恥ずかしくなってしまい、真っ赤になって耳を掴み、俯いてしまいました。
「……」
「案ずるな、お前の気持ちは分かる。俺だって動揺しているぞ」
「……どの辺りが……?」
恋人からの優しいフォローが終わったところで、ネネイ挙手。
「精霊のことなら精霊の扱いに長けたヤツに聞けばいいのです! エルフとか!」
途端にトパーズ以外がヨシノを見ますが。
「私に精霊使いの才はありません」
トパーズ以外がヨシノから目を逸らしました。
すると、オズは淡々と言い始めます。
「なら呼ぶか? 母性」
と、聞くだけでは意味のわからない言葉を発すれば。
「やだ」
「嫌なのです」
「い、いやだ……」
「断る」
「無理」
「拒否します」
「嫌に決まってるでしょ」
ことりもネネイもトパーズもバムもスイミーもルンルンもリーヤも、全員が真顔で拒絶の姿勢。ヨシノだけがキョトンとしていました。
想定通りの反応だったのか、オズも頷いて。
「だろうな。俺だって嫌だわ」
ため息混じりに答えた後、横目でウミガメを見やります。
言葉が伝わらないと分かったのか、首を下げてしょんぼりしている姿がなんと痛ましいことか。
「言葉が通じないから落ち込んじゃってる……」
心配そうにぼやいても精霊の言語などトパーズには理解不能。この生き物を助けたくても助けられないもどかしさで、尻尾が下がって砂浜にぺたんと垂れてしまいました。
全員が首を捻ったり腕を組んだりと、この先の行動を考えあぐねている中。
「えーっと、あの言語なら確か……アレだったような……」
オズだけは独り言を炸裂させながら、何かを必死に思い出そうとしている様子。
「ん? コバエ、なに独り言爆裂させてるの? 爆心地になるの? クレーター作る?」
「爆発から離れろクソノーム。いいからちょっと黙ってろ」
スイミーを一蹴してから一歩前に出ると、ウミガメの前で腰を下ろしてしゃがんでなるべく同じ目線になってから、
『あー、えっと、言葉、コレであってマスカ?』
彼の口から発せられたカタコトの言葉。それは、ウミガメが発した謎言語そのものでした。以降、『』内のセリフは全て精霊特有の言語とします。
『えっ!』
ウミガメの目が輝き、愉快な仲間たち全員がハッと息を飲みます。
「え、ええっ⁉︎ オズくんって精霊の言葉が分かるの⁉︎」
驚きと歓喜に満ちたトパーズに、オズはドヤ顔で返事。
「まーな。昔、魔法学特化の学校に通っていた時に習った程度の、付け焼き刃みたいなもんだけど」
「へ、へえ! すごい!」
「そーなんだー僕ってば感心しちゃったよ〜! 何年ぐらい前に習ったの?」
「ええと確かさん…………って言わせんなボケが! しれっと人の年齢に関するヒント集め始めんな!」
「チッ」
スイミー、すごい顔で悪態をついていますが誰も咎めなかったそうな。
鬱陶しいノームは無視することにして、オズは改めてウミガメに語りかけます。
『それで、アナタは精霊デスカ?』
『そうです! れっきとした海の精霊です! ああよかった! 話の通じる人がいて本当に助かった!』
『お、落ち着いてクダサイ……どうしてこんな所にいたんデスカ?』
『同窓会です!』
「は?」
思わず精霊語を忘れて唖然とするオズ。何を言っているか分からない一同は首を傾げるばかり。
興奮冷めやらぬウミガメは続けます。
『今日はぼくたちの生まれ故郷であるこの地で同窓会をするんです! だから集合場所に向かっていたのに野生動物に襲われるわ、変なノームとバハムーンに拉致されかけるわ散々で!』
「おいお前ら亀に何しやがった」
即座に変なノームとバハムーンであるスイミーとことりを睨みましたが、二人は顔を合わせて。
「何もしてないもんね。僕たちは亀をペットにしようとしていただけだもんね」
「トパーズちゃんに反対されちゃったけどね」
反省の色は皆無。オズは大きくため息を吐くのでした。
「それで……オズさん、亀はなんと?」
ルンルンが尋ねてきたの、オズは答えます。
「ここで同窓会するらしいぞ」
「は? 誰の許可を得て?」
当然、ルンルンは怪訝な顔。後ろで待機しているヨシノも同様に視線を鋭くさせ、ウミガメをしっかり見下しました。
想像通りの反応にオズは驚くこともなく、再度ウミガメに話しかけます。
『あー……ここは、この白羽セレスティアの家が持っている土地、ダカラ、同窓会の会場なんてないハズですヨ?』
『そんなはずありません! ここはぼくたちが生まれて、海の温かさと豊かさを知った土地なんです! 故郷なんです! 思い出の場所なんです! 誰かの土地だなんて話があるワケないです!』
「うーむむ」
怯むことなく力説するウミガメにオズは腕を組んで悩むばかり。
精霊の言葉がわからず状況が飲み込めていないメンバーたちに一度通訳し、情報の共有を行いまして。
「ここは我がライトミュラー家の土地ですよ。うっかり侵入してしまったのであれば弁明の余地はありますが、故意に近付き勝手に催し事を行おうとする迷惑行為を看過できるほど、私は慈悲深くありません」
淡々と言い放ち、ルンルンはどこからともなく杖を取り出します。後ろで待機しているヨシノもしれっと剣を抜いており臨戦体制。
ウミガメがびくりと震えて真っ青になってしまったため、慌ててトパーズがその間に入ります。
「ま、待ってルンルンちゃん! ウミガメさんの言い分とルンルンちゃんの言い分が食い違っているんだし、情報をすり合わせて事情を把握するのが先じゃないかな⁉︎ ねっ⁉︎」
説得を始めて彼女たちが暴れることを阻止しようとする姿勢。ウミガメの目が希望の光に満ち始めました。
「まあトパーズさん、この亀の肩を持つと仰ると? もしや犬派猫派問題の対になる存在、幻の亀派でしたか?」
「そ、そういうことじゃないけど……魔物扱いされてない良い精霊さんだったら、一方的に倒そうとするのも良くないと思っただけで……」
弱々しく言うもルンルンからウミガメに対する敵意の気配は消えず、更には、
「でも、今の亀さんはルンルンちゃんのお家の庭で勝手にパーティー会場を作っているようなものなのです。亀さんにどういう事情があるにしても、倫理観と法律は無視しちゃいけないのです」
「うっ……」
ネネイのストレートな正論にトパーズは絶句してしまうのでした。
静観するだけだったリーヤは目を丸くさせており。
「アナタ……たまにとんでもなくマトモなことを言うわね」
「ルンルンちゃんちの使用人さんにコッペパンを買いに行かせて、ケータリングの焼きそばと組み合わせて焼きそばパンを作ったリーヤちゃんにまともじゃない扱いされたくないのです!」
焼きそばパン片手のリーヤは無言で返したそうな。
すると、スイミーはそっと挙手。
「ねえねえルンルンちゃん。このビーチって精霊が生まれやすいような、霊力や魔力が豊富に発生する自然の恵みに溢れたポイントとかある?」
突拍子もなくそんな質問を投げれば、ルンルンは杖を持ったまま首を横に振ります。
「いいえ。私が記憶している限り、この土地にそのような特異的な現象は発生したことがありません。元よりここは魔法や錬金術の実験地、魔力や霊力の量が多すぎたり不安定だったりしては実験の公平性が取れませんから、そのような不確定要素のない地を選んでいますよ」
「うーむ、そうなのかあ」
腕を組んで悩み始めるスイミーですが、ことりは首を傾げてきょとん。
「どういうこと?」
「えっとね、魔力や霊力が豊富な地には自然の恵みの結晶である精霊が発生することがあるでしょ? あのウミガメが本当にこの地で生まれ育った精霊だって言うなら、そういった環境的要因があるはずなんだけど」
「ないから謎なんだね」
「そゆこと」
ということで二人一緒に腕を組んで考え始めるのでした。
大変気の抜けた光景を背に、トパーズは問います。
「バムくんとオズくんは何か心当たりとか……ない?
「全くと言っていいほど、無い」」
「びっくりするほどなーんもねえんだわこれが」
「そ、そっか……」
この中で魔法に詳しい者たちが軒並み心当たりがなく、小さなため息を吐くしかありませんでした。
「やい、情弱虫」
「テメェも同じ穴のムジナだろうがクソノーム!」
怒鳴り声が響き、ウミガメが怯え始めたところで。
「そういえば」
と、声を上げたのはヨシノでした。すかさずルンルンが問いかけます。
「どうかしましたか?」
「クソ野郎……ではなく、旦那様からこの地に関する話を聞いたことがございます」
突然重要事項が語られそうになったので、全員がヨシノを見やります。思いっきり主人を罵倒し、訂正も取り繕っていなかったように聞こえた点には、今は触れないでおきました。
ヨシノは続けます。
「この地をライトミュラー家が実験施設として買い取るまで、ここでは地元住民たちによるちょっとした催し事が夏の終わり頃に執り行われていました」
「催し事……?」
「精霊の放流です」
一同が息を飲みます。
「大昔、この海岸には海に纏わる精霊たちが多く生息しており、人々に海の恵みを与えていました。しかし、環境の変化に伴い精霊が好む霊力が発生しなくなったことから、多くいた精霊たちは生息域を他の地に移してしまい、この海岸から精霊の姿が消え去ってしまったのです」
「だから、昔のような光景を取り戻すために、地元住民は精霊を放流していたのか」
「左様です。当時の地元住民たちは精霊が去った理由が分からず様々な手を尽くし……最終的に至った結論は、別の地で発生した精霊の幼生をここに放流し、住み着いてもらう取り組みでした」
「いなくなった理由が理由なんだから、住み着くわけねーだろ?」
「勿論。毎年放った精霊たちは海岸に定住することもなく、全ていなくなってしまいます。精霊が消える原因がわからない地元住民たちは諦めず毎年のように放流を繰り返し、仕舞いには町起こしのイベントにまで仕立て上げ、大々的に取り組み続けていました」
「ちゃっかりしてるわね」
「その結果、海に勝手に精霊を放流して環境を乱しているとされ、国の環境保護団体が動く事態に発展。地元住民と激しい対立をしている最中、ライトミュラー家が仲裁に入り、この地を買い取ることで場を収めたのです」
「めでたしめでたしだね」
「これが、私から奥様を奪ったクソ野郎…………ではなく、旦那様が仰っていたこの地の詳細となります」
「すんげえ私怨を披露してきやがったのです。ドロッドロのやつなのです」
「いつものことなので驚きはしませんよ」
本当に慣れているのか全く動揺せずにルンルンは断言。ネネイは納得していますが、他の仲間たちがすごい顔をしてヨシノを凝視していますよ。
「誤解のないように言っておきますが、お母様とヨシノは交際などしていないただの上司と部下のような関係ですし、ヨシノは二十回以上振られている脈なしなので完全にただの逆恨みとなっております」
「思い込み寝取られ被害者エルフなのですね。とんでもねえ被害妄想を拗らせているだけなのです」
なお、台詞はありませんが他全員は引いております。珍しくことりも。
更に、ネネイがぽつりと続けまして、
「お話を戻すのですけど、この亀さんも地元住民に放流された精霊ってことなのです? だからここを故郷って言ってたのです?」
とか言い出したものですから、全員の視線が今度はネネイに向けられる番になりました。
「です?」
言い出した本人は凝視されている意味が分からずキョトンとするばかりで。
「その可能性は大いにあります! 急ぎお父様を呼びつけて全てを投げ出させ、ネネイさんの意見の裏取りを進めなければ!」
急いで通信用の水晶を取り出したルンルンの肩を、ことりは右手人差し指でつんつん。
「はい! なんでしょうかことりさん! 愛の時間でしょうか!」
振り向きざまに大興奮の声色とテンションを炸裂させている姿とは対照的に、ことりは至って冷静なまま。
「なにか集まってるよ」
「私の愛は常にことりさんに集まっていますよ?」
発言はしっかりスルーし、ことりの視線の先……つまりは海の方角を見やります。
青色の綺麗な海面から浮かび上がる白い生き物が見えるではありませんか。
それはイカでした。耳(イカの上の方にある三角の部位)が三角ではなく五角形の、イカでした。
「えっ⁉︎ なにこれ⁉︎」
「これはイカです」
驚愕するトパーズに、まるで異国語の例文のような簡単な説明がスイミーから飛び出しました。
その間にも、次々と浮かび上がってくる生き物たち。それは、一般的な海洋生物とは異なる姿形をしている、自然界であれば異形と呼ばれているような姿のモノばかり。
「変なのばっかりね」
「な、なんだなんだなんだ⁉︎ 奇天烈海洋生物大セールか⁉︎」
冷静なリーヤと狼狽えるオズの横を、ウミガメはヒレを駆使しながら海岸を進んでいくではありませんか。それもどこか急いでいる様子で。
「あっおい⁉︎ どうしたんだ⁉︎」
『同窓会のメンバーです! みんな来てくれた!』
振り返ることなく海に戻ったいったウミガメは、海面に漂う異形の生命体……つまりは海の精霊たちに向かって泳いでいってしまいました。
即座にオズが通訳して、あの生き物たちがウミガメの同窓会メンバーだということを伝えれば。
「つまり、あの生き物たちは全て海の精霊ということか……初めて見たな……」
バムは海を眺めて呆然としていれば、真横でテンション高めな声。
「見て見て! おでこにでっけー目玉が一個だけついてる黒まだら模様のお魚もいるのです! どういう精霊なのです⁉︎」
なんて興奮しているネネイ。彼女は言葉通りの特徴をしたグロテスクな風貌の魚を掴んでいました。
時折びちびちと体を大きく動かす不気味な姿に、バムもリーヤも怪訝な顔。
「それは……本当に精霊か……? 未確認生命体の一種ではなくてか……?」
「冥界の海で泳いでいても不思議ではない出立ちをしているわよ」
「そーなのです?」
「とにかく、海に帰してやれ。敵と認識されて攻撃されるぞ」
「殴られるのは嫌です! キャッチアンドリリースなのです!」
叫びながら魚を海に放り投げ、放物線を描いた魚は海に着水したのでした。
さて、海岸にいる一同が呆然としているのも気に留めない海の精霊たちといえば。
『ひさしぶり! 元気だった?』
『元気だよ元気! 五百年ぶりだね!』
『もうそんなに経ってたっけ? 時の流れってのは早いねえ』
『ここもすっかり様変わりしちゃって、なんか物寂しくなったような気がするけど……まー五百年なんてそんなもんっしょ』
『むしろちゃんと形として残っていることに感謝しなくっちゃ!』
『めそめそ……猫娘に弄ばれた……』
『魚型の精霊が食用にされなかっただけマシだと思いなよぉ』
『お前はいいよな! ミノカサゴ型の精霊だからいいよな! 毒だから食われることも遊ばれることもなくっていいよな!』
『おーい! 喧嘩しないでー!』
『あっ幹事の登場だ。遅いぞ〜』
『ごめんごめん、野鳥や変な人たちに絡まれちゃって……ほら、あそこの海岸にいる人たち』
『やれやれ。キミはみんなをまとめ上げる能力はあるのに喧嘩はからっきしなんだから、変なのに絡まれたらすぐに逃げないとダメでしょ?』
『うぅ……仰る通りで……でももう大丈夫だよ! 同窓会、楽しんで行こう!』
なんて楽しげに会話をしており、全てはオズに筒抜けです。随時通訳されます。
「あの亀が諸悪の根源でしたか……やはり締め上げておけばよかったですね」
「投げる? ビーチパラソル」
「やめよう!」
険しい目つきのルンルンの横で畳んだビーチパラソルを槍のように持つことりがいましたが、トパーズの必死の叫びにより凶行は阻止されました。
しかし、周囲の反応は冷淡で。
「今ならまとまっているから、一網打尽にできる絶好のチャンスだね? やっちゃう?」
「手っ取り早く済むならそうしましょう」
さっさと武器を持ち出したスイミーとリーヤが淡々と処理しようと目論みますが、トパーズは必死に首を横に振ります。
「だからダメだよ! 確かに不法侵入してパーティしているだけの迷惑行為だけど、あの子達は地元住民の人たちが昔の光景を取り戻すために放った精霊たちなんだよ? ただ帰ってきただけ! 悪いことなんてしてないのに……!」
「現在進行形で悪いことしてるのです。なんなら元は不法に投棄された精霊だと思うのです。被害者と加害者の両面を持っているのです」
ネネイのストレートな物言いによりトパーズ撃沈。項垂れてしまいました。
「優しいお前が精霊たちに情けをかけるのは分かるぞ、そう落ち込むな」
「バムくん……!」
「精霊を追い出さなければ奴の顔に泥を塗ることができるからな。余程のことがない限り、現状維持が好ましい」
「バムくん……?」
恋人も恋人で私情で動く人でした。
すると、オズは深いため息を吐き。
「つーかよぉ、一網打尽にできそうとはいえ五百年以上生きてるそこそこ中堅の精霊相手だぞ。しかもそれなりの数だ、悪性の精霊じゃなくても骨が折れる。悪さしている魔物を追い払うのとはまたワケが違うっつーの」
「そうなんだ」
「そうだよ。一般的な冒険者ならそれなりの報酬をもらって初めて請け負う仕事で……」
説明タイムに入る直前、
「少し、よろしいでしょうか」
ヨシノが声を上げ、オズの言葉が止まりました。
「先ほど、クソボケ愚鈍大馬鹿カス野郎から正式に許可が降りましたので、ご報告を」
丁寧な口調で繰り出される頭の悪そうな悪口。誰を指しているのかは言うまでもありませんね。
「ヨシノさん、どんどん呼称が悪くなる」
「ここまで来ると、最終的にどんな呼び方になるのか気になっちまうな……」
スイミーとオズのぼやきはさておき、ヨシノは続けます。
「たった今、ライトミュラー家はあの精霊たちに懸賞金をかけました。精霊の強さ、大きさに関わらず一匹につき一万ゴールドで買い取らせていただくことをお約束します。更に、一番多く捕まえた者には臨時ボーナスも付けて」
「おっしゃあ‼︎」
全てを言い終わる前に、冒険者たちは武器を持って駆け出していました。海に蔓延る精霊たちを一匹残らず捕え、ビーチに平穏を取り戻すために。
だって、お小遣いが欲しいから。
「えぇぇ……」
トパーズだけでなくオズも、お金に釣られて精霊捕獲に向かった仲間たちを見て顔を引き攣らせることしか、できなくて。
その後、ライトミュラー家の使用人たちの協力も借りつつ、全ての精霊を捕えた一行なのでした。
なお、捕獲された精霊たちはライトミュラー家の研究施設にて保護され、それなりに悠々自適な生活を送ることになったそうです。
「……俺らよりいい生活してんじゃねぇか、コイツら」
水中に作られた珊瑚礁の豪邸で優雅に暮らしている精霊たちが写る写真を見ながら、オズは力無く呟いたのでした。
2026.9.10
「この亀さんはどうしたのです?」
最初に尋ねたネネイの疑問にことりは即答します。
「鳥に突かれて困っているところを助けたよ」
「おお! じゃあ竜宮城に連れて行ってもらえるかもしれないのですね!」
「あ、ホントだ。同じシチュエーションだね」
手を叩いて納得していることりですが、ネネイ以外は冷めた視線。
更にリーヤはオズの腰を指で突きながら、
「オズ。竜宮城って何」
「もう驚かないっすよ。竜宮城っつーのは浦島太郎っていうお伽話に出てくる海の中の屋敷っす」
「うらしまたろう」
「悪ガキから亀を助けたら、助けたお礼って亀は浦島太郎を竜宮城に連れて行って、屋敷の主にお礼と称したもてなしをされるんす。でも、実は海の中と陸は時間の流れが違ってて、何も知らずに陸に戻った浦島太郎は自分の家族が全員いなくなっているのを目の当たりにして絶望。屋敷の主にもらった玉手箱っつー手土産を開けると自分は老化してしまうっつーなんとも救いようのない話っすね」
「知らない亀についていくなっていう教訓を学べると」
「一生かかっても教訓を活かせる機会が出てこないような気ぃするんすけど、姉御が納得したならそれでいいっすよ、うん」
多少投げやりで終わりましたがとにかく説明完了。リーヤは改めて亀を見下します。
「で、この亀が竜宮城に連れて行ってくれるかもしれないと」
「私たちに恩義を感じていいたら……ですが」
ぽつりとルンルンが言ったのを皮切りに、全員は静かに亀を見つめ始めます。じーっ。
「……」
亀、当然ながら言葉こそありませんが顔を青くして震えているのは誰が見ても分かるわけで。
「ど、どう見ても怯えてるよね……これ……」
恐る恐る言うトパーズの指摘にことりは手を叩き。
「鳥に襲われて怯えていたから、まだ怖いのかもしれないね」
「……自分より大きな生き物に囲まれていたら誰だって怖いよ……」
「じゃあ、私たちに害意がないってことを分かって貰えたらいいかな」
「なるほど!」
高らかに声を上げたのはルンルン。指をパチリと鳴らすと、ヨシノが音もなく背後に現れます。
そして、ひとりひとりに何かを素早く手渡し初め、ぽかんとしていたオズの手にはタンバリンが渡されました。
「は?」
唖然とするのも束の間。
ことりはおもちゃのラッパ、ネネイはカスタネット、バムはオカリナ、スイミーはリコーダー、ルンルンはバイオリン、リーヤはビブスラップをそれぞれ好き勝手に奏で始めました。ぴーじゃかわちゃちゃしゃーん。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
オズ絶叫。一言も喋っていないトパーズは鍵盤ハーモニカを持ったまま絶句していました。
怒声により即興演奏会は即座に中止され、オズはルンルンに詰め寄ります。
「なんで急に楽器を鳴らし始めてんだよ! 状況が一つも理解できねえぞ! マジでどういうぶっ飛んだ思考をしてんだよテメェはよ!」
「私たちが愉快で楽しい集団だと分かれば、ウミガメさんも怖がらないかと思いまして」
「何一つ愉快じゃねえよ! 突然テキトー演奏会を始めるキチガイ集団だぞこんなん! 見ろや!」
指し示す先にいるウミガメ、状況が飲み込めていないため更に青くなっており、震えも増えておりました。
「さっきよりも怯えてんじゃねえか! 可哀想だろどう見ても!」
「オズさんが大声を出し続けているからではありませんか?」
「んなこたぁねぇやい!」
真意はともかく、後ろではヨシノが楽器を回収しておりました。
一番の不可解な点は、ルンルンの指鳴らし一つで彼女の思考を全て読み取ったヨシノの行動ではありますが……トパーズは、それを口にする勇気がありませんでした。
楽器を返したスイミーはウミガメの横にしゃがんでおり、甲羅をじっと見つめていまして。
「とゆーかさ、この亀って本当にウミガメ?」
「どういうこと?」
ことりが首を傾げ、スイミーは続けます。
「普通の動物とはちょっと違う感じがする。ほら、よく見たら甲羅に星模様がいくつもあるでしょ? 自然界にこんな生き物は存在しないような気がしてねぇ」
「ホントだ。普通のウミガメじゃなさそうだね」
目を凝らしてじっくり観察すれば、甲羅の模様の中に薄っすらと星の模様がいくつも、不規則に散らばっているではありませんか。
生き物好きなことりが自分の知識を思い起こし、こんな生き物がいたかと思案しましたが……特に答えは出てきませんでした。
「つまり、魔物の類である可能性もあるのか」
淡々と断言したバムが言葉を終えた直後、ルンルンの冷たい視線が向けられます。
「は? 何を根拠にそんなことを。このプライベートビーチはライトミュラー家の誇りと知識と技術にかけた超高度な魔物避けの結界を張っているのですよ。悪しき心を持ち、人に危害を加える凶暴性のある生き物を排除する完璧な結界です。それが破られるなどあってはなりませんが」
淡々と言い終え、ことりとトパーズが感心の声をこぼすと同時に、
「悪しき心……」
「凶暴性のある生き物……」
オズとスイミー。ぽつりと零しながらリーヤを見やって。
「あ?」
ギロリと睨まれた刹那、二人は瞬時にことりの後ろに避難。
「いいえ! なんでもございません! なんでもございやせんことよ!」
「なんとなーくちょっと思ったことがポロッと出ただけっす! 別に姉御が完璧にそうじゃんとか微塵も思ってねーっすから!」
「そーそーそーそー! 気のせい! 気のせいなの! ねーコバエー⁉︎」
「なークソノーム! 気のせいだもんな! なっなっ!」
女の子の後ろで必死に弁明している姿のなんと情けないことか。
「こーゆー時だけ息ぴったりなのですね」
「生命の危機がファッション犬猿の体裁を乗り越えたのだろうな」
「ちょっとバムくん今のどーゆー意味」
静かに発せられたクレームはさておき。
「で? 結局何なのよ、この亀は」
不機嫌極まりない様子でリーヤが吐き捨てる姿が今にもウミガメを蹴り飛ばしそうだったので、オズは慌てて彼女の横まで戻り。
「え、えっとな? 魔物避けの結界があるっつーことは、多分だけど精霊の可能性があるっすね」
「精霊?」
「そうそう。普段俺たちが倒しているような悪性が強くて魔物に分類されるようなガラの悪い精霊じゃなくて、自然界の一部として人々に利益をもたらしてくれる良い精霊」
「ふーん? そうなの?」
オズではなくウミガメに向かって問いかけると、ウミガメの目はキラキラと輝き始めたではありませんか。
「う、嬉しそうってことは……本当に精霊なのかな?」
「この喜びようからすると、可能性は高いと言えますね」
トパーズとルンルンが言葉をこぼした時、
「み……」
と、この中の誰でもない声が聞こえました。間違いなく、ウミガメから発せられた声でした。
「ん? 喋ってる?」
ことりが首を傾げた次の瞬間。
「%◉◆×◀︎↑○♯∃□★▽∞⌘$√&@●」
ウミガメから表現すらできない謎の言語が発せられたではありませんか。
「なに⁉︎ なになになになになになになになになになになになになになに⁉︎」
分かりやすく驚愕と動揺を言葉と動きで表現したトパーズ、驚きという感情を顔に貼り付けたまま皆を見やりますが。
「精霊特有の言語かな?」
「んー、そうなのかも。解読しようにも僕たち全員精霊について明るくないからなあ」
「スイミーくんってノームなのに、精霊のことがわからないの?」
「依代を使って人と同じように生きてる僕たちと、自然界の法則に則って生きてる野良精霊とじゃあ似てるようで違う生き物だからねぇ〜ぜんぜんわかんないや!」
「タラバガニとスベスベマンジュウガニみたいなものだね」
「その例えだと僕は美味しいタラバガニなのか、毒持ちのスベスベマンジュウガニのどっちに分類されちゃう感じ?」
「どっちがいい?」
「まさかの選択式」
ことりとスイミーの気の抜けた会話が発せられる程度には、誰も動揺していません。ひとり慌てていたトパーズは急に恥ずかしくなってしまい、真っ赤になって耳を掴み、俯いてしまいました。
「……」
「案ずるな、お前の気持ちは分かる。俺だって動揺しているぞ」
「……どの辺りが……?」
恋人からの優しいフォローが終わったところで、ネネイ挙手。
「精霊のことなら精霊の扱いに長けたヤツに聞けばいいのです! エルフとか!」
途端にトパーズ以外がヨシノを見ますが。
「私に精霊使いの才はありません」
トパーズ以外がヨシノから目を逸らしました。
すると、オズは淡々と言い始めます。
「なら呼ぶか? 母性」
と、聞くだけでは意味のわからない言葉を発すれば。
「やだ」
「嫌なのです」
「い、いやだ……」
「断る」
「無理」
「拒否します」
「嫌に決まってるでしょ」
ことりもネネイもトパーズもバムもスイミーもルンルンもリーヤも、全員が真顔で拒絶の姿勢。ヨシノだけがキョトンとしていました。
想定通りの反応だったのか、オズも頷いて。
「だろうな。俺だって嫌だわ」
ため息混じりに答えた後、横目でウミガメを見やります。
言葉が伝わらないと分かったのか、首を下げてしょんぼりしている姿がなんと痛ましいことか。
「言葉が通じないから落ち込んじゃってる……」
心配そうにぼやいても精霊の言語などトパーズには理解不能。この生き物を助けたくても助けられないもどかしさで、尻尾が下がって砂浜にぺたんと垂れてしまいました。
全員が首を捻ったり腕を組んだりと、この先の行動を考えあぐねている中。
「えーっと、あの言語なら確か……アレだったような……」
オズだけは独り言を炸裂させながら、何かを必死に思い出そうとしている様子。
「ん? コバエ、なに独り言爆裂させてるの? 爆心地になるの? クレーター作る?」
「爆発から離れろクソノーム。いいからちょっと黙ってろ」
スイミーを一蹴してから一歩前に出ると、ウミガメの前で腰を下ろしてしゃがんでなるべく同じ目線になってから、
『あー、えっと、言葉、コレであってマスカ?』
彼の口から発せられたカタコトの言葉。それは、ウミガメが発した謎言語そのものでした。以降、『』内のセリフは全て精霊特有の言語とします。
『えっ!』
ウミガメの目が輝き、愉快な仲間たち全員がハッと息を飲みます。
「え、ええっ⁉︎ オズくんって精霊の言葉が分かるの⁉︎」
驚きと歓喜に満ちたトパーズに、オズはドヤ顔で返事。
「まーな。昔、魔法学特化の学校に通っていた時に習った程度の、付け焼き刃みたいなもんだけど」
「へ、へえ! すごい!」
「そーなんだー僕ってば感心しちゃったよ〜! 何年ぐらい前に習ったの?」
「ええと確かさん…………って言わせんなボケが! しれっと人の年齢に関するヒント集め始めんな!」
「チッ」
スイミー、すごい顔で悪態をついていますが誰も咎めなかったそうな。
鬱陶しいノームは無視することにして、オズは改めてウミガメに語りかけます。
『それで、アナタは精霊デスカ?』
『そうです! れっきとした海の精霊です! ああよかった! 話の通じる人がいて本当に助かった!』
『お、落ち着いてクダサイ……どうしてこんな所にいたんデスカ?』
『同窓会です!』
「は?」
思わず精霊語を忘れて唖然とするオズ。何を言っているか分からない一同は首を傾げるばかり。
興奮冷めやらぬウミガメは続けます。
『今日はぼくたちの生まれ故郷であるこの地で同窓会をするんです! だから集合場所に向かっていたのに野生動物に襲われるわ、変なノームとバハムーンに拉致されかけるわ散々で!』
「おいお前ら亀に何しやがった」
即座に変なノームとバハムーンであるスイミーとことりを睨みましたが、二人は顔を合わせて。
「何もしてないもんね。僕たちは亀をペットにしようとしていただけだもんね」
「トパーズちゃんに反対されちゃったけどね」
反省の色は皆無。オズは大きくため息を吐くのでした。
「それで……オズさん、亀はなんと?」
ルンルンが尋ねてきたの、オズは答えます。
「ここで同窓会するらしいぞ」
「は? 誰の許可を得て?」
当然、ルンルンは怪訝な顔。後ろで待機しているヨシノも同様に視線を鋭くさせ、ウミガメをしっかり見下しました。
想像通りの反応にオズは驚くこともなく、再度ウミガメに話しかけます。
『あー……ここは、この白羽セレスティアの家が持っている土地、ダカラ、同窓会の会場なんてないハズですヨ?』
『そんなはずありません! ここはぼくたちが生まれて、海の温かさと豊かさを知った土地なんです! 故郷なんです! 思い出の場所なんです! 誰かの土地だなんて話があるワケないです!』
「うーむむ」
怯むことなく力説するウミガメにオズは腕を組んで悩むばかり。
精霊の言葉がわからず状況が飲み込めていないメンバーたちに一度通訳し、情報の共有を行いまして。
「ここは我がライトミュラー家の土地ですよ。うっかり侵入してしまったのであれば弁明の余地はありますが、故意に近付き勝手に催し事を行おうとする迷惑行為を看過できるほど、私は慈悲深くありません」
淡々と言い放ち、ルンルンはどこからともなく杖を取り出します。後ろで待機しているヨシノもしれっと剣を抜いており臨戦体制。
ウミガメがびくりと震えて真っ青になってしまったため、慌ててトパーズがその間に入ります。
「ま、待ってルンルンちゃん! ウミガメさんの言い分とルンルンちゃんの言い分が食い違っているんだし、情報をすり合わせて事情を把握するのが先じゃないかな⁉︎ ねっ⁉︎」
説得を始めて彼女たちが暴れることを阻止しようとする姿勢。ウミガメの目が希望の光に満ち始めました。
「まあトパーズさん、この亀の肩を持つと仰ると? もしや犬派猫派問題の対になる存在、幻の亀派でしたか?」
「そ、そういうことじゃないけど……魔物扱いされてない良い精霊さんだったら、一方的に倒そうとするのも良くないと思っただけで……」
弱々しく言うもルンルンからウミガメに対する敵意の気配は消えず、更には、
「でも、今の亀さんはルンルンちゃんのお家の庭で勝手にパーティー会場を作っているようなものなのです。亀さんにどういう事情があるにしても、倫理観と法律は無視しちゃいけないのです」
「うっ……」
ネネイのストレートな正論にトパーズは絶句してしまうのでした。
静観するだけだったリーヤは目を丸くさせており。
「アナタ……たまにとんでもなくマトモなことを言うわね」
「ルンルンちゃんちの使用人さんにコッペパンを買いに行かせて、ケータリングの焼きそばと組み合わせて焼きそばパンを作ったリーヤちゃんにまともじゃない扱いされたくないのです!」
焼きそばパン片手のリーヤは無言で返したそうな。
すると、スイミーはそっと挙手。
「ねえねえルンルンちゃん。このビーチって精霊が生まれやすいような、霊力や魔力が豊富に発生する自然の恵みに溢れたポイントとかある?」
突拍子もなくそんな質問を投げれば、ルンルンは杖を持ったまま首を横に振ります。
「いいえ。私が記憶している限り、この土地にそのような特異的な現象は発生したことがありません。元よりここは魔法や錬金術の実験地、魔力や霊力の量が多すぎたり不安定だったりしては実験の公平性が取れませんから、そのような不確定要素のない地を選んでいますよ」
「うーむ、そうなのかあ」
腕を組んで悩み始めるスイミーですが、ことりは首を傾げてきょとん。
「どういうこと?」
「えっとね、魔力や霊力が豊富な地には自然の恵みの結晶である精霊が発生することがあるでしょ? あのウミガメが本当にこの地で生まれ育った精霊だって言うなら、そういった環境的要因があるはずなんだけど」
「ないから謎なんだね」
「そゆこと」
ということで二人一緒に腕を組んで考え始めるのでした。
大変気の抜けた光景を背に、トパーズは問います。
「バムくんとオズくんは何か心当たりとか……ない?
「全くと言っていいほど、無い」」
「びっくりするほどなーんもねえんだわこれが」
「そ、そっか……」
この中で魔法に詳しい者たちが軒並み心当たりがなく、小さなため息を吐くしかありませんでした。
「やい、情弱虫」
「テメェも同じ穴のムジナだろうがクソノーム!」
怒鳴り声が響き、ウミガメが怯え始めたところで。
「そういえば」
と、声を上げたのはヨシノでした。すかさずルンルンが問いかけます。
「どうかしましたか?」
「クソ野郎……ではなく、旦那様からこの地に関する話を聞いたことがございます」
突然重要事項が語られそうになったので、全員がヨシノを見やります。思いっきり主人を罵倒し、訂正も取り繕っていなかったように聞こえた点には、今は触れないでおきました。
ヨシノは続けます。
「この地をライトミュラー家が実験施設として買い取るまで、ここでは地元住民たちによるちょっとした催し事が夏の終わり頃に執り行われていました」
「催し事……?」
「精霊の放流です」
一同が息を飲みます。
「大昔、この海岸には海に纏わる精霊たちが多く生息しており、人々に海の恵みを与えていました。しかし、環境の変化に伴い精霊が好む霊力が発生しなくなったことから、多くいた精霊たちは生息域を他の地に移してしまい、この海岸から精霊の姿が消え去ってしまったのです」
「だから、昔のような光景を取り戻すために、地元住民は精霊を放流していたのか」
「左様です。当時の地元住民たちは精霊が去った理由が分からず様々な手を尽くし……最終的に至った結論は、別の地で発生した精霊の幼生をここに放流し、住み着いてもらう取り組みでした」
「いなくなった理由が理由なんだから、住み着くわけねーだろ?」
「勿論。毎年放った精霊たちは海岸に定住することもなく、全ていなくなってしまいます。精霊が消える原因がわからない地元住民たちは諦めず毎年のように放流を繰り返し、仕舞いには町起こしのイベントにまで仕立て上げ、大々的に取り組み続けていました」
「ちゃっかりしてるわね」
「その結果、海に勝手に精霊を放流して環境を乱しているとされ、国の環境保護団体が動く事態に発展。地元住民と激しい対立をしている最中、ライトミュラー家が仲裁に入り、この地を買い取ることで場を収めたのです」
「めでたしめでたしだね」
「これが、私から奥様を奪ったクソ野郎…………ではなく、旦那様が仰っていたこの地の詳細となります」
「すんげえ私怨を披露してきやがったのです。ドロッドロのやつなのです」
「いつものことなので驚きはしませんよ」
本当に慣れているのか全く動揺せずにルンルンは断言。ネネイは納得していますが、他の仲間たちがすごい顔をしてヨシノを凝視していますよ。
「誤解のないように言っておきますが、お母様とヨシノは交際などしていないただの上司と部下のような関係ですし、ヨシノは二十回以上振られている脈なしなので完全にただの逆恨みとなっております」
「思い込み寝取られ被害者エルフなのですね。とんでもねえ被害妄想を拗らせているだけなのです」
なお、台詞はありませんが他全員は引いております。珍しくことりも。
更に、ネネイがぽつりと続けまして、
「お話を戻すのですけど、この亀さんも地元住民に放流された精霊ってことなのです? だからここを故郷って言ってたのです?」
とか言い出したものですから、全員の視線が今度はネネイに向けられる番になりました。
「です?」
言い出した本人は凝視されている意味が分からずキョトンとするばかりで。
「その可能性は大いにあります! 急ぎお父様を呼びつけて全てを投げ出させ、ネネイさんの意見の裏取りを進めなければ!」
急いで通信用の水晶を取り出したルンルンの肩を、ことりは右手人差し指でつんつん。
「はい! なんでしょうかことりさん! 愛の時間でしょうか!」
振り向きざまに大興奮の声色とテンションを炸裂させている姿とは対照的に、ことりは至って冷静なまま。
「なにか集まってるよ」
「私の愛は常にことりさんに集まっていますよ?」
発言はしっかりスルーし、ことりの視線の先……つまりは海の方角を見やります。
青色の綺麗な海面から浮かび上がる白い生き物が見えるではありませんか。
それはイカでした。耳(イカの上の方にある三角の部位)が三角ではなく五角形の、イカでした。
「えっ⁉︎ なにこれ⁉︎」
「これはイカです」
驚愕するトパーズに、まるで異国語の例文のような簡単な説明がスイミーから飛び出しました。
その間にも、次々と浮かび上がってくる生き物たち。それは、一般的な海洋生物とは異なる姿形をしている、自然界であれば異形と呼ばれているような姿のモノばかり。
「変なのばっかりね」
「な、なんだなんだなんだ⁉︎ 奇天烈海洋生物大セールか⁉︎」
冷静なリーヤと狼狽えるオズの横を、ウミガメはヒレを駆使しながら海岸を進んでいくではありませんか。それもどこか急いでいる様子で。
「あっおい⁉︎ どうしたんだ⁉︎」
『同窓会のメンバーです! みんな来てくれた!』
振り返ることなく海に戻ったいったウミガメは、海面に漂う異形の生命体……つまりは海の精霊たちに向かって泳いでいってしまいました。
即座にオズが通訳して、あの生き物たちがウミガメの同窓会メンバーだということを伝えれば。
「つまり、あの生き物たちは全て海の精霊ということか……初めて見たな……」
バムは海を眺めて呆然としていれば、真横でテンション高めな声。
「見て見て! おでこにでっけー目玉が一個だけついてる黒まだら模様のお魚もいるのです! どういう精霊なのです⁉︎」
なんて興奮しているネネイ。彼女は言葉通りの特徴をしたグロテスクな風貌の魚を掴んでいました。
時折びちびちと体を大きく動かす不気味な姿に、バムもリーヤも怪訝な顔。
「それは……本当に精霊か……? 未確認生命体の一種ではなくてか……?」
「冥界の海で泳いでいても不思議ではない出立ちをしているわよ」
「そーなのです?」
「とにかく、海に帰してやれ。敵と認識されて攻撃されるぞ」
「殴られるのは嫌です! キャッチアンドリリースなのです!」
叫びながら魚を海に放り投げ、放物線を描いた魚は海に着水したのでした。
さて、海岸にいる一同が呆然としているのも気に留めない海の精霊たちといえば。
『ひさしぶり! 元気だった?』
『元気だよ元気! 五百年ぶりだね!』
『もうそんなに経ってたっけ? 時の流れってのは早いねえ』
『ここもすっかり様変わりしちゃって、なんか物寂しくなったような気がするけど……まー五百年なんてそんなもんっしょ』
『むしろちゃんと形として残っていることに感謝しなくっちゃ!』
『めそめそ……猫娘に弄ばれた……』
『魚型の精霊が食用にされなかっただけマシだと思いなよぉ』
『お前はいいよな! ミノカサゴ型の精霊だからいいよな! 毒だから食われることも遊ばれることもなくっていいよな!』
『おーい! 喧嘩しないでー!』
『あっ幹事の登場だ。遅いぞ〜』
『ごめんごめん、野鳥や変な人たちに絡まれちゃって……ほら、あそこの海岸にいる人たち』
『やれやれ。キミはみんなをまとめ上げる能力はあるのに喧嘩はからっきしなんだから、変なのに絡まれたらすぐに逃げないとダメでしょ?』
『うぅ……仰る通りで……でももう大丈夫だよ! 同窓会、楽しんで行こう!』
なんて楽しげに会話をしており、全てはオズに筒抜けです。随時通訳されます。
「あの亀が諸悪の根源でしたか……やはり締め上げておけばよかったですね」
「投げる? ビーチパラソル」
「やめよう!」
険しい目つきのルンルンの横で畳んだビーチパラソルを槍のように持つことりがいましたが、トパーズの必死の叫びにより凶行は阻止されました。
しかし、周囲の反応は冷淡で。
「今ならまとまっているから、一網打尽にできる絶好のチャンスだね? やっちゃう?」
「手っ取り早く済むならそうしましょう」
さっさと武器を持ち出したスイミーとリーヤが淡々と処理しようと目論みますが、トパーズは必死に首を横に振ります。
「だからダメだよ! 確かに不法侵入してパーティしているだけの迷惑行為だけど、あの子達は地元住民の人たちが昔の光景を取り戻すために放った精霊たちなんだよ? ただ帰ってきただけ! 悪いことなんてしてないのに……!」
「現在進行形で悪いことしてるのです。なんなら元は不法に投棄された精霊だと思うのです。被害者と加害者の両面を持っているのです」
ネネイのストレートな物言いによりトパーズ撃沈。項垂れてしまいました。
「優しいお前が精霊たちに情けをかけるのは分かるぞ、そう落ち込むな」
「バムくん……!」
「精霊を追い出さなければ奴の顔に泥を塗ることができるからな。余程のことがない限り、現状維持が好ましい」
「バムくん……?」
恋人も恋人で私情で動く人でした。
すると、オズは深いため息を吐き。
「つーかよぉ、一網打尽にできそうとはいえ五百年以上生きてるそこそこ中堅の精霊相手だぞ。しかもそれなりの数だ、悪性の精霊じゃなくても骨が折れる。悪さしている魔物を追い払うのとはまたワケが違うっつーの」
「そうなんだ」
「そうだよ。一般的な冒険者ならそれなりの報酬をもらって初めて請け負う仕事で……」
説明タイムに入る直前、
「少し、よろしいでしょうか」
ヨシノが声を上げ、オズの言葉が止まりました。
「先ほど、クソボケ愚鈍大馬鹿カス野郎から正式に許可が降りましたので、ご報告を」
丁寧な口調で繰り出される頭の悪そうな悪口。誰を指しているのかは言うまでもありませんね。
「ヨシノさん、どんどん呼称が悪くなる」
「ここまで来ると、最終的にどんな呼び方になるのか気になっちまうな……」
スイミーとオズのぼやきはさておき、ヨシノは続けます。
「たった今、ライトミュラー家はあの精霊たちに懸賞金をかけました。精霊の強さ、大きさに関わらず一匹につき一万ゴールドで買い取らせていただくことをお約束します。更に、一番多く捕まえた者には臨時ボーナスも付けて」
「おっしゃあ‼︎」
全てを言い終わる前に、冒険者たちは武器を持って駆け出していました。海に蔓延る精霊たちを一匹残らず捕え、ビーチに平穏を取り戻すために。
だって、お小遣いが欲しいから。
「えぇぇ……」
トパーズだけでなくオズも、お金に釣られて精霊捕獲に向かった仲間たちを見て顔を引き攣らせることしか、できなくて。
その後、ライトミュラー家の使用人たちの協力も借りつつ、全ての精霊を捕えた一行なのでした。
なお、捕獲された精霊たちはライトミュラー家の研究施設にて保護され、それなりに悠々自適な生活を送ることになったそうです。
「……俺らよりいい生活してんじゃねぇか、コイツら」
水中に作られた珊瑚礁の豪邸で優雅に暮らしている精霊たちが写る写真を見ながら、オズは力無く呟いたのでした。
2026.9.10
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