万物の始まりは海から
青い空、白い雲、暑くてカラッとした空気、白い砂浜で静かに波打つ透き通った海水。
そこから導き出される答えは、そう。
「海だー!」
「海なのです!」
「うみ」
夏のとある休日。
ことりたち一行はモーディアル学園を飛び出し、海水浴に来ていたのです。しっかり水着もレンタルして。
「どうですか? ライトミュラー家が保有するプライベートなビーチは」
満足気に現れたルンルンはいつもと異なっています。皆と同様に水着姿なのはもちろんですが、その背後には長身短髪エルフのメイドが日傘を差し、彼女を紫外線から守っているのでした。
「す、すごいねルンルンちゃん。こんなに綺麗で立派なプライベートビーチを持っているなんて……」
隣で話すもののいつも以上に弱々しいトパーズです。ルンルンの側に仕えるエルフのメイドにすっかり怯えているため、致し方ありません。
「本来はライトミュラー家が統括する研究施設による実験場でもあるのですが、夏のワンシーズンのみプライベートビーチとして貸し出しを行っているんです。今回は私がお父様に頼み込んで全て無償で貸し出させました」
「ほ、本当にルンルンちゃんに甘いなあ……ルンルンちゃんのお父さん……」
「水着や浮き輪のレンタル代もケータリングのお食事も全てお父様持ちですので、皆さんは何一つ遠慮も容赦もせずに心ゆくまで楽しんでくださいね」
笑顔で断言したと同時に。
「うんわかった!」
両手にイカ焼きを持つことり、等身以上のフロートベッドを掲げるスイミー、シュノーケリング道具一式を装備したネネイから元気なお返事が来ました。
「……ちょっとは申し訳なさそうにするとかしようよ……」
「奴らには遠慮も容赦も最初から存在しないぞ。今まで何を見てきた」
いつもよりも大きく言えないトパーズに反論する形で声を発したバム。
その刹那、ルンルンは獲物を見るような鋭い視線をバムに浴びせまして。
「本当はお前など誘いたくありませんでしたが、トパーズさんがどうしても仰るので仕方なくライトミュラー家の土地を踏ませてあげたんですよ? 本来であれば、この地に足を踏み入れることすら私の権限で許さなかったのですから、もう少し感謝の言葉とかがあってもよろしいのではありません? まあ、感謝という言葉を次元の狭間に捨て去ったお前には不可能な話でしょうが」
気温は真夏だというのに声色と視線の温度は氷点下にまで下がっていそうな雰囲気です。焦り始めるトパーズとは裏腹にエルフのメイドは平然としており、主人を紫外線から守り続けています。
そして、バムは宿敵に対してまず舌打ちから返答を始め。
「お前にそんな権限などないだろう。仮にあるとするならば、それはお前ではなくお前の家のものであるはずだ。虎の威を借る狐のような女だな、今度から女狐と呼ぼうか? それがいいか」
「は?」
静かにキレつつそっと杖を取り出したので、バムもどこからから人形を取り出し、一触即発寸前。
「やめなよぉ……こんなところまで来て……」
あまりにも弱すぎる静止の声はルンルンとバムという宿敵のバトルを止めるには至りませんでした。
その間、無力なトパーズの側に歩み寄ったのはスイミーです。
「あれはもう諦めた方がいいよトパーズちゃん。こっちはヨシノさんに任せて僕たちは海を楽しもうよ」
「……ヨシノさん?」
「ルンルンちゃんを紫外線から守っているルンルンちゃん専属のメイドさん」
ねっ?と目配せすればヨシノと呼ばれたエルフのメイドは小さく会釈してくれました。しかし、トパーズには恐怖の対処にしかならないため、小さな震えになって終わります。
「そーなのですよトパーズちゃん! 海といえばやれることはたくさんあるのですから、早くやっていかないとあっという間に日が沈んでしまうのです! 善は急げです!」
「ヤドカリいたよ」
シュノーケリング装備のままのネネイとヤドカリのヤドを掴んで持ち上げていることりも楽しそうで、トパーズの表情がほんの少しだけ綻びました。
「そ、そっか……そうだよね……、時間は待ってくれないもんね」
「なのです! とりあえず潜って遊ぶです!」
「ご、ごめんアタシ、そんなに泳げなくて……」
遠慮気味に返せばネネイ、心底がっかりした表情を浮かべてくれました。これがトパーズの罪悪感を加速させます。
「ご、ごめんごめんごめん! 気を悪くさせるつもりは全然なかったんだよ⁉︎」
「泳げねーのはしょーがねーのですけどぉ……」
「ごめん! ごめんね!」
慌てて謝罪を繰り返す中、ヨシノと呼ばれたメイドがぽつり。
「一般的な浮き輪やビート板のレンタルもございますので、よろしければお使いください」
と言い、トパーズが震え上がり。
「ケータリングの方も十分すぎるほどご用意しております。ルンルンお嬢様がこれほど多くご友人を連れて来られることなど滅多になかったものですから、調理スタッフがいつも以上に張り切って食事を作っておられます故、ご利用していただければと思います」
丁寧にご案内してくれるものですから、ことりとスイミーの目が輝きます。
なお、バムとルンルンといえば未だに武器を構えたまま、まずはお互いの出方を伺っているところです。この勝負、先に動いた方が負けると判断したのでしょうか。
「ねえねえヨシノさん! どんなメニューがあるの?」
手を挙げながらスイミーが尋ねれば、ヨシノは答えます。
「ポピュラーなものからこの土地ならではのマニアックなグルメまでよりどりみどりですね。イカ焼き、エスカルゴのステーキ、カキフライ、たこ焼き、たこせんべいの目玉焼き乗せ、唐揚げ、カレー、フライドポテト、その他もろもろ」
「……変なのが混じってたような気が……」
トパーズのぼやきに口を挟む者はおらず。返答を終えたヨシノは二時の方向を見やるので、トパーズたちも釣られてそちらに目を向けます。
そこにいるのは。
「うめえなこの焼きそば。どう考えても一般的なやつの類じゃねえっすよ」
「美味しいのは認めるけど……やっぱり足りないわね、パンとかあればもっと美味しくなるんじゃないかしら」
「セルフで焼きそばパンを作ろうとしないでくんないっすか? 海まで来てんのに」
焼きそばを片手に会話を繰り広げるオズとリーヤの下僕と姉御コンビ。もちろん水着姿です。
「」
二人の姿を認識したと同時に、鉤括弧内から文句の台詞が消失したスイミー。なんとも表現し辛い複雑かつ嫌そうな表情で二人を……というより、オズを見ていました。
彼が次の言葉を絞り出すより前に。
「あれ? リーヤちゃんにオズくん? なんでこんなところにいるのです?」
ネネイが首を傾げて尋ねたので、最初にオズが答えてくれます。
「ルンルンにプライベートビーチに来ねえかって誘われたんだよ。断る理由もなかったし、二つ返事でオーケーした」
「オズ、パンを出しなさい」
「なんでこの状況の俺がそれを懐に忍ばせてるとお思いで⁉︎」
焼きそばパンへの凄まじい執着が垣間見えた時、砂浜を踏み締める音がして。
「オズさんもリーヤさんも休日はお暇だと仰っていましたので誘ったんですよ」
バムとの戦いという睨み合いを放棄して戻ってきたルンルンが和かな笑顔で言いました。スイミーに。
その途端、彼は我に返りまして。
「いやいやいや、何やってるのさルンルンちゃん。リーヤちゃんだけならまだしも、こんなコバエまで綺麗なビーチに誘うことないじゃん」
「あらまあ」
ルンルンは始終笑顔。バムと対峙していた凍てつく視線はどこへやら、微笑ましいものを見ているような優しい眼差しだったそうな。
「あ? なんだクソノーム、俺がここにいることがそんなに不満かよ」
「当たり前だしー! なんでここまで来てコバエなんかと会わなきゃいけないのさー! 人のプライベートに首を突っ込んでくるのはやめてもらっていいー? いいよねー⁉︎」
「だーれがテメェの意見なんか聞くかよクソボケ! 俺が休みの日に何をしようが勝手だろうが! いちいち突っかかってくんじゃねーっつーの!」
「箸を人に向けないでもらえますー⁉︎ 箸ってのはコバエを掴むために使うもので〜人を指すモノじゃありませんよー⁉︎ ハエだからわかんないのかなー???」
「テメェを行きたまま熱々の砂と砂に挟んでやっぞゴラァ‼︎」
いつもの喧嘩はいつも通りヒートアップの一途を辿ります。白い砂浜の温度といい勝負かもしれませんね、リーヤは黙ってそそくさとオズの側から離れて行くのでした。
止まりそうもない喧嘩を呆れ顔で眺めているのは、しれっと戻ってきていたバムで。
「こんな時ぐらい、いつも通りの口論を止めたらどうなんだ」
なんて発言。しかし、周囲の目はとっても冷ややかです。
「……ごめん。この中だとバムくんには一番言われたくない……かも」
「何っ⁉︎」
遠慮しつつもハッキリと答えたトパーズに、バムは静かな驚きを繰り出しました。
それを内心高笑いしつつ見ていたルンルンは、さっさとスイミーに笑顔を向け、
「ふふ、やはりオズさんを誘って正解でした。スイミーさんってばこんなにも喜んで……」
「いや喜んでないよ? 余計なお世話だよ? どうしてこんな奴誘っちゃったのさ?」
「あらあら」
「やめてよその意味深すぎるニッコニコ! 真意が読めなくて怖い! 百物語よりゾッとする!」
叫んでもルンルンの表情は崩れません。彼女には一体何が見えているのか……スイミーは一抹の不安を覚えずにはいられなくなったそうな。
嫌でもその様子を視界に入れてしまったオズは顔を引き攣らせており。
「お前らのところもそんな扱いか……」
肩を落とせばことりがポンと手を叩き、
「つまり、オズくんも似たような扱いを受けているってことだね。どんな感じ?」
「ノーコメント」
即答でした。
更にリーヤといえば、ネネイの姿を上から下までじっくり観察しており。
「どういうことなのよ、その普段着みたいな格好は。もう少し肌面積を増やしなさいよ」
「どうもこうも何もルンルンちゃんのトコロから借りた水着なのです。タンクトップとズボンっていう普段着に見えるけどちゃんとした水着なのです。とゆーかこの下にもちゃんとした水着を着てるのですよ」
「じゃあそれを出しなさいよ」
「恥ずかしいから嫌なのです。そんなこと言うならリーヤちゃんが肌面積を増やしたらいいじゃないですか」
「自分から体を見せびらかすなんて、相当なナルシスト変人か露出癖のある変態しかいないじゃない。なんで私がそんな品のない奴に成り下がらないといけないのよ」
「つい五秒前に私を品のない変態にしようとしていたヤツの台詞じゃないのです!」
頬を膨らませてしまったネネイにリーヤもやや不満顔。
やや険悪になりそうな雰囲気の中、リーヤの背後にそっと立ったのはルンルンです。
「分かりますよリーヤさん。意中のお方の生まれた姿に近い神秘的な光景……即ち、そのお方の肌までを見て、感じておきたいと……しかし、あの柔肌を誰かに見せたくない、自分だけのモノにしたいという矛盾もあり……! それがまたもどかしく……!」
「下心を貴族的な丁寧な言葉で表現するとそうなるのね」
単純に感心するだけでした。
「私、そんなに柔らかくないよ。ほら」
「ホントだ……前屈で手が膝までにしか付かない人とか初めて見た……」
その後ろではことりが立ったままの前屈をトパーズに披露しており、論点のズレを指摘する人はいなかったそうな。
すると、スイミーは急に青空を仰ぎ、
「あーあ! コバエのせいで楽しみが削がれちゃったよ! ことりちゃん! 向こうに行って海の生き物を探してこようよ!」
「うん」
ことり即答。何処からともなく水中観察メガネを取り出せば、明後日の方向へ歩き出してしまったスイミーの後に続いてしまうのでした。
「おーおー行け行け、俺の視界からさっさと消えろっつーの」
「ああっ! ことりさん! 貴女の白い肌に日焼け止めを塗るドキドキ密着イベントがまだですよ!」
悲痛の叫びを披露するセレスティアに周囲は無言で引いていたそうな。
「現状、下心を披露しているのはセレスティアのだけのようだが」
「清楚だとか絶対に嘘なのです」
穏やかな潮の満ち引きを繰り返す海岸に沿って少し歩けば、ものの数分ほどで人気のない静かな場所に辿り着きます。
平穏に包まれた砂の上を小さなカニが横切り、その横をスイミーがやや大股で歩いて通り過ぎていきました。
「あーあ、ルンルンちゃんってばヒドイなぁ。よりによってコバエなんか呼びつけるなんてさぁ」
なんて愚痴を溢していますが、後ろにいることりは小さく首を傾げています。
「でも、スイミーくんちょっと嬉しそうだったよ?」
不思議な不思議な生き物を見ているような視線を向けた刹那、彼は即座に振り向きまして。
「気のせい! それは絶対に気のせいだよことりちゃん! アレに喜ぶ要素なんてないよ! 羽を引っこ抜いたら当たりが出るとかの特典とかないんだから!」
「くじ引き?」
反対方向に首を傾げていますが、スイミーはさっさと前を向きます。
「今はコバエのことなんて話さない! 興味感心驚きと知的好奇心が刺激される面白生物を探そう!」
「いいね。でも、いるかな?」
「ここはルンルンちゃんちの研究所が使っている施設の一部みたいなものだから、他と違った環境になっている可能性が高い。他と違うってことは、他と違う生き物が見られるってこと、探す価値はあるよ!」
「なるほど」
静かにかつ関心した声を上げた時、二人の目の前から何かの声が。
その頃、砂浜に立ち尽くすバムは、隣にいるトパーズにこんな疑問を投げかけていました。
「お前、泳げないのか」
「泳げない……です……」
「だからずっと浮き輪を持っているということか。泳げる努力はしたのか?」
「したけど、無理だったからこの歳になってもプールや海だと浮き輪が手放せなくって……その……」
「年長者で浮き輪を使うことを恥だと思わなくてもいい。その赤と白の水玉もお前の姿に合っていて違和感がない。良いセンスだと思うぞ」
「あ、ありがとう……ございます……?」
「何故敬語に」
恋人同士とは思えない会話ですね。オズがすごい顔をしていますよ。
「……お前らって、本当に付き合ってんの……?」
「どこをどう見ても付き合っているが」
「アッハイ、そうっすか」
恋人には恋人特有の距離があるということにして、話を終わらせました。
彼の言いたいことがなんとなく分かるのか、トパーズは苦笑い。
「あはは……そういえば、オズくんは泳がないの?」
「俺は姉御の保護責任者っつー立場で来てるからなあ。遊ぶ気はそんなにねえんだけど」
返しながらちらりとリーヤがいる方を見れば、砂の城を作っているネネイの頭から海水をぶっかけている様が見えました。
「ギャーッ! 何をするのですか!」
「今、このタイミングでネネイに海水をかけるか城を破壊するか、どちらが良いリアクションになるか考えた結果、前者が勝ったということよ」
「全っ然理由になってねーのです!」
やってることは下らない悪戯ですが、リーヤは楽しそうでした。リーヤは。
「……止めなくて、いいの?」
「俺があの状況でネネイに助けになることができって考えてるなら、お前はまだ俺のことを理解できてないっつーことだ」
「驚くほど情けないことを自然体で口走るな、お前は」
バムが呆れながら発した時でした。
「おーい! みんなー!」
とても上機嫌なスイミーの声が遠くから響き、トパーズの耳がピンと上がって反応。オズがちょっと嫌な顔をしていますが理由は割愛。
「スイミーくんにことりちゃん? もう帰ってきたの?」
「思ったより早かったな」
バムも一緒に声を上げ、戻ってきた二人の姿を視界に収めます。
見てしまったのは。
二人がかりでないと運べそうにない大きなウミガメを一緒に持ち上げ、満面の笑みで戻ってくるスイミーとことりのコンビで。
「飼おう!」
曇り一つない綺麗な瞳で一緒に提案してきたので、トパーズはすかさず。
「元いた場所に返してきなさい‼︎」
絶叫。声に気づいたネネイたちの視線が向けられ、異常事態は全員に周知されることになったのでした。
「俺がガキの頃、ケロベロスの幼体を拾ってきた時の婆ちゃんと同じ反応だなアイツ」
「地獄にでも行ったのかお前は」
そこから導き出される答えは、そう。
「海だー!」
「海なのです!」
「うみ」
夏のとある休日。
ことりたち一行はモーディアル学園を飛び出し、海水浴に来ていたのです。しっかり水着もレンタルして。
「どうですか? ライトミュラー家が保有するプライベートなビーチは」
満足気に現れたルンルンはいつもと異なっています。皆と同様に水着姿なのはもちろんですが、その背後には長身短髪エルフのメイドが日傘を差し、彼女を紫外線から守っているのでした。
「す、すごいねルンルンちゃん。こんなに綺麗で立派なプライベートビーチを持っているなんて……」
隣で話すもののいつも以上に弱々しいトパーズです。ルンルンの側に仕えるエルフのメイドにすっかり怯えているため、致し方ありません。
「本来はライトミュラー家が統括する研究施設による実験場でもあるのですが、夏のワンシーズンのみプライベートビーチとして貸し出しを行っているんです。今回は私がお父様に頼み込んで全て無償で貸し出させました」
「ほ、本当にルンルンちゃんに甘いなあ……ルンルンちゃんのお父さん……」
「水着や浮き輪のレンタル代もケータリングのお食事も全てお父様持ちですので、皆さんは何一つ遠慮も容赦もせずに心ゆくまで楽しんでくださいね」
笑顔で断言したと同時に。
「うんわかった!」
両手にイカ焼きを持つことり、等身以上のフロートベッドを掲げるスイミー、シュノーケリング道具一式を装備したネネイから元気なお返事が来ました。
「……ちょっとは申し訳なさそうにするとかしようよ……」
「奴らには遠慮も容赦も最初から存在しないぞ。今まで何を見てきた」
いつもよりも大きく言えないトパーズに反論する形で声を発したバム。
その刹那、ルンルンは獲物を見るような鋭い視線をバムに浴びせまして。
「本当はお前など誘いたくありませんでしたが、トパーズさんがどうしても仰るので仕方なくライトミュラー家の土地を踏ませてあげたんですよ? 本来であれば、この地に足を踏み入れることすら私の権限で許さなかったのですから、もう少し感謝の言葉とかがあってもよろしいのではありません? まあ、感謝という言葉を次元の狭間に捨て去ったお前には不可能な話でしょうが」
気温は真夏だというのに声色と視線の温度は氷点下にまで下がっていそうな雰囲気です。焦り始めるトパーズとは裏腹にエルフのメイドは平然としており、主人を紫外線から守り続けています。
そして、バムは宿敵に対してまず舌打ちから返答を始め。
「お前にそんな権限などないだろう。仮にあるとするならば、それはお前ではなくお前の家のものであるはずだ。虎の威を借る狐のような女だな、今度から女狐と呼ぼうか? それがいいか」
「は?」
静かにキレつつそっと杖を取り出したので、バムもどこからから人形を取り出し、一触即発寸前。
「やめなよぉ……こんなところまで来て……」
あまりにも弱すぎる静止の声はルンルンとバムという宿敵のバトルを止めるには至りませんでした。
その間、無力なトパーズの側に歩み寄ったのはスイミーです。
「あれはもう諦めた方がいいよトパーズちゃん。こっちはヨシノさんに任せて僕たちは海を楽しもうよ」
「……ヨシノさん?」
「ルンルンちゃんを紫外線から守っているルンルンちゃん専属のメイドさん」
ねっ?と目配せすればヨシノと呼ばれたエルフのメイドは小さく会釈してくれました。しかし、トパーズには恐怖の対処にしかならないため、小さな震えになって終わります。
「そーなのですよトパーズちゃん! 海といえばやれることはたくさんあるのですから、早くやっていかないとあっという間に日が沈んでしまうのです! 善は急げです!」
「ヤドカリいたよ」
シュノーケリング装備のままのネネイとヤドカリのヤドを掴んで持ち上げていることりも楽しそうで、トパーズの表情がほんの少しだけ綻びました。
「そ、そっか……そうだよね……、時間は待ってくれないもんね」
「なのです! とりあえず潜って遊ぶです!」
「ご、ごめんアタシ、そんなに泳げなくて……」
遠慮気味に返せばネネイ、心底がっかりした表情を浮かべてくれました。これがトパーズの罪悪感を加速させます。
「ご、ごめんごめんごめん! 気を悪くさせるつもりは全然なかったんだよ⁉︎」
「泳げねーのはしょーがねーのですけどぉ……」
「ごめん! ごめんね!」
慌てて謝罪を繰り返す中、ヨシノと呼ばれたメイドがぽつり。
「一般的な浮き輪やビート板のレンタルもございますので、よろしければお使いください」
と言い、トパーズが震え上がり。
「ケータリングの方も十分すぎるほどご用意しております。ルンルンお嬢様がこれほど多くご友人を連れて来られることなど滅多になかったものですから、調理スタッフがいつも以上に張り切って食事を作っておられます故、ご利用していただければと思います」
丁寧にご案内してくれるものですから、ことりとスイミーの目が輝きます。
なお、バムとルンルンといえば未だに武器を構えたまま、まずはお互いの出方を伺っているところです。この勝負、先に動いた方が負けると判断したのでしょうか。
「ねえねえヨシノさん! どんなメニューがあるの?」
手を挙げながらスイミーが尋ねれば、ヨシノは答えます。
「ポピュラーなものからこの土地ならではのマニアックなグルメまでよりどりみどりですね。イカ焼き、エスカルゴのステーキ、カキフライ、たこ焼き、たこせんべいの目玉焼き乗せ、唐揚げ、カレー、フライドポテト、その他もろもろ」
「……変なのが混じってたような気が……」
トパーズのぼやきに口を挟む者はおらず。返答を終えたヨシノは二時の方向を見やるので、トパーズたちも釣られてそちらに目を向けます。
そこにいるのは。
「うめえなこの焼きそば。どう考えても一般的なやつの類じゃねえっすよ」
「美味しいのは認めるけど……やっぱり足りないわね、パンとかあればもっと美味しくなるんじゃないかしら」
「セルフで焼きそばパンを作ろうとしないでくんないっすか? 海まで来てんのに」
焼きそばを片手に会話を繰り広げるオズとリーヤの下僕と姉御コンビ。もちろん水着姿です。
「」
二人の姿を認識したと同時に、鉤括弧内から文句の台詞が消失したスイミー。なんとも表現し辛い複雑かつ嫌そうな表情で二人を……というより、オズを見ていました。
彼が次の言葉を絞り出すより前に。
「あれ? リーヤちゃんにオズくん? なんでこんなところにいるのです?」
ネネイが首を傾げて尋ねたので、最初にオズが答えてくれます。
「ルンルンにプライベートビーチに来ねえかって誘われたんだよ。断る理由もなかったし、二つ返事でオーケーした」
「オズ、パンを出しなさい」
「なんでこの状況の俺がそれを懐に忍ばせてるとお思いで⁉︎」
焼きそばパンへの凄まじい執着が垣間見えた時、砂浜を踏み締める音がして。
「オズさんもリーヤさんも休日はお暇だと仰っていましたので誘ったんですよ」
バムとの戦いという睨み合いを放棄して戻ってきたルンルンが和かな笑顔で言いました。スイミーに。
その途端、彼は我に返りまして。
「いやいやいや、何やってるのさルンルンちゃん。リーヤちゃんだけならまだしも、こんなコバエまで綺麗なビーチに誘うことないじゃん」
「あらまあ」
ルンルンは始終笑顔。バムと対峙していた凍てつく視線はどこへやら、微笑ましいものを見ているような優しい眼差しだったそうな。
「あ? なんだクソノーム、俺がここにいることがそんなに不満かよ」
「当たり前だしー! なんでここまで来てコバエなんかと会わなきゃいけないのさー! 人のプライベートに首を突っ込んでくるのはやめてもらっていいー? いいよねー⁉︎」
「だーれがテメェの意見なんか聞くかよクソボケ! 俺が休みの日に何をしようが勝手だろうが! いちいち突っかかってくんじゃねーっつーの!」
「箸を人に向けないでもらえますー⁉︎ 箸ってのはコバエを掴むために使うもので〜人を指すモノじゃありませんよー⁉︎ ハエだからわかんないのかなー???」
「テメェを行きたまま熱々の砂と砂に挟んでやっぞゴラァ‼︎」
いつもの喧嘩はいつも通りヒートアップの一途を辿ります。白い砂浜の温度といい勝負かもしれませんね、リーヤは黙ってそそくさとオズの側から離れて行くのでした。
止まりそうもない喧嘩を呆れ顔で眺めているのは、しれっと戻ってきていたバムで。
「こんな時ぐらい、いつも通りの口論を止めたらどうなんだ」
なんて発言。しかし、周囲の目はとっても冷ややかです。
「……ごめん。この中だとバムくんには一番言われたくない……かも」
「何っ⁉︎」
遠慮しつつもハッキリと答えたトパーズに、バムは静かな驚きを繰り出しました。
それを内心高笑いしつつ見ていたルンルンは、さっさとスイミーに笑顔を向け、
「ふふ、やはりオズさんを誘って正解でした。スイミーさんってばこんなにも喜んで……」
「いや喜んでないよ? 余計なお世話だよ? どうしてこんな奴誘っちゃったのさ?」
「あらあら」
「やめてよその意味深すぎるニッコニコ! 真意が読めなくて怖い! 百物語よりゾッとする!」
叫んでもルンルンの表情は崩れません。彼女には一体何が見えているのか……スイミーは一抹の不安を覚えずにはいられなくなったそうな。
嫌でもその様子を視界に入れてしまったオズは顔を引き攣らせており。
「お前らのところもそんな扱いか……」
肩を落とせばことりがポンと手を叩き、
「つまり、オズくんも似たような扱いを受けているってことだね。どんな感じ?」
「ノーコメント」
即答でした。
更にリーヤといえば、ネネイの姿を上から下までじっくり観察しており。
「どういうことなのよ、その普段着みたいな格好は。もう少し肌面積を増やしなさいよ」
「どうもこうも何もルンルンちゃんのトコロから借りた水着なのです。タンクトップとズボンっていう普段着に見えるけどちゃんとした水着なのです。とゆーかこの下にもちゃんとした水着を着てるのですよ」
「じゃあそれを出しなさいよ」
「恥ずかしいから嫌なのです。そんなこと言うならリーヤちゃんが肌面積を増やしたらいいじゃないですか」
「自分から体を見せびらかすなんて、相当なナルシスト変人か露出癖のある変態しかいないじゃない。なんで私がそんな品のない奴に成り下がらないといけないのよ」
「つい五秒前に私を品のない変態にしようとしていたヤツの台詞じゃないのです!」
頬を膨らませてしまったネネイにリーヤもやや不満顔。
やや険悪になりそうな雰囲気の中、リーヤの背後にそっと立ったのはルンルンです。
「分かりますよリーヤさん。意中のお方の生まれた姿に近い神秘的な光景……即ち、そのお方の肌までを見て、感じておきたいと……しかし、あの柔肌を誰かに見せたくない、自分だけのモノにしたいという矛盾もあり……! それがまたもどかしく……!」
「下心を貴族的な丁寧な言葉で表現するとそうなるのね」
単純に感心するだけでした。
「私、そんなに柔らかくないよ。ほら」
「ホントだ……前屈で手が膝までにしか付かない人とか初めて見た……」
その後ろではことりが立ったままの前屈をトパーズに披露しており、論点のズレを指摘する人はいなかったそうな。
すると、スイミーは急に青空を仰ぎ、
「あーあ! コバエのせいで楽しみが削がれちゃったよ! ことりちゃん! 向こうに行って海の生き物を探してこようよ!」
「うん」
ことり即答。何処からともなく水中観察メガネを取り出せば、明後日の方向へ歩き出してしまったスイミーの後に続いてしまうのでした。
「おーおー行け行け、俺の視界からさっさと消えろっつーの」
「ああっ! ことりさん! 貴女の白い肌に日焼け止めを塗るドキドキ密着イベントがまだですよ!」
悲痛の叫びを披露するセレスティアに周囲は無言で引いていたそうな。
「現状、下心を披露しているのはセレスティアのだけのようだが」
「清楚だとか絶対に嘘なのです」
穏やかな潮の満ち引きを繰り返す海岸に沿って少し歩けば、ものの数分ほどで人気のない静かな場所に辿り着きます。
平穏に包まれた砂の上を小さなカニが横切り、その横をスイミーがやや大股で歩いて通り過ぎていきました。
「あーあ、ルンルンちゃんってばヒドイなぁ。よりによってコバエなんか呼びつけるなんてさぁ」
なんて愚痴を溢していますが、後ろにいることりは小さく首を傾げています。
「でも、スイミーくんちょっと嬉しそうだったよ?」
不思議な不思議な生き物を見ているような視線を向けた刹那、彼は即座に振り向きまして。
「気のせい! それは絶対に気のせいだよことりちゃん! アレに喜ぶ要素なんてないよ! 羽を引っこ抜いたら当たりが出るとかの特典とかないんだから!」
「くじ引き?」
反対方向に首を傾げていますが、スイミーはさっさと前を向きます。
「今はコバエのことなんて話さない! 興味感心驚きと知的好奇心が刺激される面白生物を探そう!」
「いいね。でも、いるかな?」
「ここはルンルンちゃんちの研究所が使っている施設の一部みたいなものだから、他と違った環境になっている可能性が高い。他と違うってことは、他と違う生き物が見られるってこと、探す価値はあるよ!」
「なるほど」
静かにかつ関心した声を上げた時、二人の目の前から何かの声が。
その頃、砂浜に立ち尽くすバムは、隣にいるトパーズにこんな疑問を投げかけていました。
「お前、泳げないのか」
「泳げない……です……」
「だからずっと浮き輪を持っているということか。泳げる努力はしたのか?」
「したけど、無理だったからこの歳になってもプールや海だと浮き輪が手放せなくって……その……」
「年長者で浮き輪を使うことを恥だと思わなくてもいい。その赤と白の水玉もお前の姿に合っていて違和感がない。良いセンスだと思うぞ」
「あ、ありがとう……ございます……?」
「何故敬語に」
恋人同士とは思えない会話ですね。オズがすごい顔をしていますよ。
「……お前らって、本当に付き合ってんの……?」
「どこをどう見ても付き合っているが」
「アッハイ、そうっすか」
恋人には恋人特有の距離があるということにして、話を終わらせました。
彼の言いたいことがなんとなく分かるのか、トパーズは苦笑い。
「あはは……そういえば、オズくんは泳がないの?」
「俺は姉御の保護責任者っつー立場で来てるからなあ。遊ぶ気はそんなにねえんだけど」
返しながらちらりとリーヤがいる方を見れば、砂の城を作っているネネイの頭から海水をぶっかけている様が見えました。
「ギャーッ! 何をするのですか!」
「今、このタイミングでネネイに海水をかけるか城を破壊するか、どちらが良いリアクションになるか考えた結果、前者が勝ったということよ」
「全っ然理由になってねーのです!」
やってることは下らない悪戯ですが、リーヤは楽しそうでした。リーヤは。
「……止めなくて、いいの?」
「俺があの状況でネネイに助けになることができって考えてるなら、お前はまだ俺のことを理解できてないっつーことだ」
「驚くほど情けないことを自然体で口走るな、お前は」
バムが呆れながら発した時でした。
「おーい! みんなー!」
とても上機嫌なスイミーの声が遠くから響き、トパーズの耳がピンと上がって反応。オズがちょっと嫌な顔をしていますが理由は割愛。
「スイミーくんにことりちゃん? もう帰ってきたの?」
「思ったより早かったな」
バムも一緒に声を上げ、戻ってきた二人の姿を視界に収めます。
見てしまったのは。
二人がかりでないと運べそうにない大きなウミガメを一緒に持ち上げ、満面の笑みで戻ってくるスイミーとことりのコンビで。
「飼おう!」
曇り一つない綺麗な瞳で一緒に提案してきたので、トパーズはすかさず。
「元いた場所に返してきなさい‼︎」
絶叫。声に気づいたネネイたちの視線が向けられ、異常事態は全員に周知されることになったのでした。
「俺がガキの頃、ケロベロスの幼体を拾ってきた時の婆ちゃんと同じ反応だなアイツ」
「地獄にでも行ったのかお前は」
