今日からきっと、私たちは

 その後、ネネイは普段通りに過ごし、とうとう日が完全に沈んだ夜になってしまいました。
 時間は刻一刻と過ぎていき、就寝時間が迫る中。
「お邪魔するわね」
「どーぞーなのですー」
 リーヤはネネイの部屋を訪れました。訪れてしまいました。
「リーヤちゃんが私のお部屋に来るのってもしかしなくても初めてなのです?」
 ニッコニコの笑顔で迎えてくれるネネイに気付かれないよう、リーヤは手を後ろに回してから静かに部屋の鍵をかけました。
「そうね。初めてのことだわ」
 そして、何食わぬ顔で会話を続けました。
「そーだったのですね! 初めてのお部屋に初めてのお泊まり! 初めて尽しなのですー!」
「本当にね」
「で? 何するのです? というかお泊まりして何をしたいのです? リーヤちゃんは」
「そうね……」
 言葉を濁し、リーヤは静かな足取りで部屋の奥へ進みます。
 ネネイの横を素通りし、狭過ぎず広過ぎない寮の部屋を見回し始めました。
 机があって、窓があって、必要最低限の収納があって、木製のベッドがある、大して特筆する必要性も感じられないシンプルな部屋です。
 人によっては小物を置いたりマットを敷いたりして部屋に彩りを施すのかもしれませんが、この冒険大好き娘はインテリアには無頓着のため部屋は至ってシンプルなまま。
 目視で確認してから、リーヤはベッドまで行くと部屋主の許可を得ないままその上に座りました。遠慮という文字は彼女の辞書に存在しません。
 そして、口を開きます。
「特にないわね」
「ないのです!? たっぷり時間をかけて考えておいてマジで何もないのです!?」
「ないわ。強いて言うならアナタの生活が見たかっただけだし。それももう叶ったわ」
 あまりにも堂々と言い切るものですから、ネネイはその場で立ち尽くして呆然としてしまいました。言葉にならない感情に襲われている様子。
 横目でそれを眺めるリーヤの口元は、ほんの少しだけ緩んでしました。
「逆に尋ねるけど、アナタはどうなの? ネネイ」
 急に言葉をかけられて、ネネイは何度も瞬き。
「です?」
「今までお泊まり会すらしたことのない……私を部屋に招き入れて、やりたいこととかないのかしら」
「あるのですよ!」
 即答でした。これは想定外だったのか、リーヤは目を丸くさせてネネイを凝視。
「えっ」
「リーヤちゃんのパーティの冒険のお話をたくさん聞きたいのです! どんな冒険をしたのかとか! どんな敵と戦ったのかとか! 宝箱から変な道具が出て来たことがあるのかとか! 聞いてみたいのです!」
 大好きな冒険の話となれば興奮しないネネイはいません。目は宝石のように輝いていますし、興奮のあまり鼻息もちょっと荒い。
 リーヤは小さなため息を吐き、
「こんな時でも冒険なのねアナタは……そういうのはオズに聞いて頂戴」
「オズくんにも聞くのです! でも私はリーヤちゃんからも聞きたいのです!」
「なんでよ。私から聞いてもオズから聞いても話は一緒でしょ?」
「同じかもしれないですけど、リーヤちゃんから見た冒険の景色とオズくんから見た冒険の景色は同じようで違っているはずなのです! 人によって景色の見え方や感じ方って違うのですから、私はリーヤちゃんが見て感じたことを聞きたいのです!」
 それはそれは綺麗で純粋な瞳を輝かせて断言してくれました。心から冒険が好きでないと、絶対に出てこない言葉でした。
 しばし絶句していたリーヤでしたが、やがて呆れるように。
「……阿保に見えてかなり知的な感性を出してくるのよね、アナタって」
「えへへ〜」
 素直に照れました。嬉しいので。少し馬鹿にされたことは気にならないご様子。
 何も言わずにそれを眺めていたリーヤは、小さく息を吐き。
「まあいいわ。それはいつでもできることだし……」
「えー、今しないならいつするって言うのですかー」
「いつでもできるなら今しなくてもいいのよ。それよりネネイ、ちょっとこっち来なさい」
「なんです?」
 疑いも疑念も何も抱かない無垢な生き物は一歩二歩と進み、ベッドのすぐ側まで来てしまいました。
 リーヤは、ネネイを見上げます。
「アナタ、よく私を部屋に招き入れてくれたわよね」
 言葉の意図が分からず、ネネイは首を傾げてしまいます。
「んあ? 遊びに行きたいって言い出したのはリーヤちゃんなのですよ?」
「そうだけど、私はアナタに言ったわよね。アナタのことを愛しているって、アナタが欲しい、伴侶にしたいと」
 ネネイの表情が固まりました。
 思い出してしまったからです。ひと月前、目の前でくつろぐ堕天使の彼女にキスをされ、愛の告白をされたことを。
 生まれて初めて、自分が性的対象として見られてしまったと自覚した日のことを。
 その時のことを思い出してしまったのか、ゆっくりと俯いてしまいました。
 床しか見えてない目の周りは真っ赤になっていまして。
「……忘れてない、の、です」
 元気の塊すぎる勢いはどこへ消えたのか、絞り出すような声で答えました。
 いつもと異なるウブな彼女が少し面白くて、リーヤはクスリと笑います。
「じゃあ、自分のことを性的対象として見ている人を自分の部屋に入れる……その意味ぐらい、アナタにも分かるわよね?」
「……」
「アナタは頭は良くないけど常識が無いことはない。そうでしょう?」
「…………」
「私が何を求めているか、分かっているわよね?」
「………………」
「ネネイ」
 発する言葉の苛立ちは感じられません。いつも通り冷淡ではあるものの、相手のことを待つ余裕は確かにあり、事を急かそうとしていません。
 赤くなったまま口を閉ざし続けているネネイから言葉を無理に出させるのではなく、彼女の意志で答えを出してくれるのを律儀に待ってくれているのです。
 他者を傷つけ、恨みや呪いを生み出すことを生業とする元邪神が。相手に手を出さずに待つことを選んだ意味を知るのは、リーヤ本人だけでしょう。
 時計の秒針の音が騒音に感じるほどの静寂さの中。
「…………わかっている、です」
 ようやく、ネネイが声を上げました。俯いたままですが。
「私、そこまでバカじゃない、のです……分かってて、リーヤちゃんをお部屋に入れることにしたのです……」
 続けてそう言い、リーヤは疑問を口にします。
「私の気持ちを受け入れて、応える気になった?」
「……わかんないのです」
「あら、そう……」
 少しだけつまらなさそうにぼやき、ベッドから立ち上がります。
「ねえ、ネネイ」
「なんです?」
 不意に呼ばれて顔を上げて。
 無言でずんずんと足音を立てながら迫って来るリーヤが見えたではありませんか。
「わ、わっ、わぁっ!?」
 驚きながら反射的に後退してしまい、数歩下がったところで背中が木でできた壁にぶつかり、鈍い痛みが走ります。
 咄嗟に横に逃げようとしますが、ばしんとリーヤが壁に手をつき、進路を妨害したことで逃走不可能。狼狽えている間に反対側も手をついたので、本当に逃げられなくなってしまいました。
 酷く慌てている最中、リーヤは顔を近付けます。
「ひとつ、教えて? どうして私の気持ちを知って“そういうリスク”があることも踏まえた上で、私を部屋に入れたくれたの?」
「え……」
「断ってくれてもよかったよ? 断られたところで無理矢理部屋に押し入るような無茶もする気はないもの。寮で暴れたことでペナルティを受けるのも面倒だし」
「こ、断るなんてしないのです」
「その理由は? 教えなさい」
「それは……」
 リーヤから目を逸らし、口ごもってしまいました。
 初めてのことに緊張しているのか、愛の告白のことを鮮明に思い出してしまった照れがまだ抜けきっていないのか……頬は少し、赤く染まったまま。
 こういうネネイも新鮮で面白いと思いつつ、態度にも言葉にも表わさないまま眺め続けていると、
「えっと、リーヤ、ちゃん」
 再度ネネイが口を開き、答えを話します。
「リーヤちゃんは、私のこと、好き……なのでよすね?」
「ええ」
「だったら、私に、悪いことは絶対にしないのです」
「は?」
 気の抜けた声が自然と出ました。相手の言葉が本気で、本心から理解できないと人は奇想天外な声を出すのです。
 そんなリーヤの顔を見れないままのネネイは、続けて、
「私のことが好きなリーヤちゃんが、私とお部屋で二人きりになったら……“何か”をするかもしれないって考えは、もちろんあったのです。でも、リーヤちゃんが私のことを好きなら、私が嫌がることや傷つくことは絶対にしないのです。好きな人のことは大切にして当たり前……ですから」
 まだ顔を見て話すことはできないものの、リーヤという少女を考えて出した言葉。「何か」の部分が嫌に強調されていたような気がしますが、今は無視しておきます。
 全てを黙って聞き届けたリーヤは尋ねます。
「だから、私を部屋に入れたの?」
 黙り込んだネネイは頷き、肯定しました。
 同時にリーヤの口からこぼれるのは、深いため息の音。
「そんな理由でアナタは……はあ、呆れた子」
「それにリーヤちゃん、私のことが好きなら私と一緒にいたいって思うのですよね? だから……一緒にいた方がいいって思ったのです……」
「私のために?」
「なのです……」
「……自分のためじゃなくて、人のために、アナタは……」
 小さくぼやきながら、リーヤはネネイから離れました。
 そして、再度ベッドサイドに戻り、腰をかけまして。
「んーと、自分のためにもなっているのですよ」
 壁に取り残されたネネイは、リーヤを見据えて言いました。
「どこが?」
「リーヤちゃんが嬉しいと、私も嬉しいのです! 私と一緒にいるリーヤちゃんは嬉しい、リーヤちゃんが嬉しいと私も嬉しい! すごく素敵なことなのです!」
 少しだけいつもの調子に戻ったネネイはきっぱりと言い放ち、笑顔を向けてくれました。
 一片の曇りも闇も見えない、リーヤにとっては眩しすぎる笑顔を。
 欲しくて欲しくてたまらない、それを。
「…………」
 直視したまま、目を離すことができなくなっていました。
「ん? リーヤちゃん、どうしたのです?」
 声をかけても返事がなく、言葉のないまま眺め続けているリーヤにネネイは首を傾げます。
 少しだけ待ってみましたが、いつまで経っても動きがありません。
「リーヤちゃん?」
 もう一度声をかけても反応がなく、ネネイはとうとうベッドの方へ足を向けます。
 そのまま彼女の隣に腰掛け、目の前で手をひらひら振ってみました。
「おーい、なのですー」
 振り続けても反応がなく、首を傾けた時でした。
 リーヤの手が、手を振り続ける手首を掴んだのは。
「わっ?」
 気の抜けた声を出し、目を白黒させます。
 ここでやっと、リーヤは再度口を開くのです。
「本当に、アナタは眩しすぎるわ」
「え、え」
「でもねネネイ。私の、“アナタが欲しい”という抑えきれない欲望を受け止めてくれるのに、その理由はちょっとだけ、真っ直ぐすぎるわ」
 状況を心から楽しみ、目の前の少女を愛おしさを隠さないような柔らかな微笑み。
 冷淡で残酷で凶暴な彼女が滅多に見せない表情に、ネネイの心臓は驚きと別の意味で高鳴ります。
「え、あ……」
 またもや真っ赤になってしまったネネイの手首を下ろし、改めて言います。
「私は、“そのつもり”で来たのよ?」
 言い方に含みはあるものの“そのつもり”の意味が分からないほどネネイは子供ではありません。
 だから、言葉に詰まりつつも返すのです。
「あ、え、う……で、でもっ、私たちはまだ、未成年で」
「十代後半なら生殖器官等の肉体はほとんど完成しているわ。もう妊娠できる体でしょ? アナタ」
「ううっ……え、あれ? リーヤちゃん、男の子だったのです? 私妊娠させられるのです!?」
「違うわよ。両生類の類じゃないから」
「じゃあ、よかったのですー」
 安心したように笑うので、リーヤは怪訝な顔。
「……何が、良かったのかしら」
「妊娠したら冒険できなくなるのです。お父さんの冒険者仲間の人が妊娠して冒険できなくなっちゃったのを見てきたから知っているのです。だから、私は将来的に結婚はしても妊娠はしたくないのです、絶対に」
「珍しい形の選択子無し宣言ね」
 聞く人が聞いたら怒り狂いそうだなあとリーヤ思いました。言葉にはしませんでした。
「……ま、いいわ。とりあえず、丁度いい感じになったことだし」
「です?」
 そのまま、掴んだままの手首をぐいと押して体ごと引っ張って。
「わぷ」
 背中からベッドに落ちてしまい、動揺する間もなくリーヤが体の上に乗りました。
「さて、どうしようかしら?」
 絶対的な勝利を確信したような笑みを浮かべ、ネネイは自分の状況を痛いほど理解して肩がびくりと震えます。
「ど、どうするって何、するのです……?」
「あら。分かっているクセに私に言わせる気?」
 別にいいけど……と、ぼやいてから、ネネイの制服……タカチホ義塾の制服の帯を外していきます。リーヤ自身も同じ制服のためスムーズでした。
「ハッキリ言ってあげようかしら、それとも、抽象的に伝えた方がいい?」
「そ、その、な……あの……」
 すぐに答えが出ず金魚のように口をぱくぱくさせるばかり。その間にも帯は完全に外されベッドの下に捨てられました。
「ま、ちゃんと教えてあげましょうか」
 少しだけ楽しそうにぼやき、太ももに手を沿わせます。
 触れた瞬間に少しだけびくりと震えましたが、拒絶する素振りはありません。それを良いことに手は素肌を撫でるようにゆっくりと上へ上へ進み、スカートの下に潜り込ませて。
「ネネイ、このままだと私はアナタの純潔を、処女を頂くことになるのだけれど、いいのかしら?」
 くすりと笑って問えば、ネネイは目を見開き。
「しょっ!? わ、ええっ!? でも、リーヤちゃんは女の子なのですよね!? だったら処女は無理なのですよ!?」
「分かってないわね。同性同士でも初めては処女をもらうのよ」
「はえぇ……」
 感心したように声をこぼすネネイには言いません。これらは全てノーマからの受け売りであることなど。
 同性同士の「やり方」を教えるために、目の前で始めてしまった大胆な姿を思い返し。
「……あれは一種の羞恥プレイなのかしら」
「へ?」
「なんでもないわ。とにかく、このままだと初めてを散らすわよ、ネネイ?」
 スカートの中にある手を更に上に滑らせても、動く度に体がびくりと震えるだけ。
 先に到達したのはパンツではなくスパッツだったので、内心少しがっかりしていると。
「で、でもリーヤちゃん、その……こんなこと、ダメ……だと、思うのです」
「あら? ここまで来てダメなの? どうして?」
 首元のリボンを解きながら尋ねれば、ネネイは目を逸らして、答えます。
「未成年の内に、こんなこと、したら……」
「いいじゃない。異性との行為と違って妊娠のリスクないし」
 返ってきた答えは非常に淡白でした。
「わ、私その、経験も、女の子同士の知識も、ないのです……」
「私だってないに決まってるでしょ」
 相手の懸念など一切考えず、服を掴むと、遠慮容赦なく捲りあげました。
 ネネイが感じるのは、上半身だけに広がる涼しい感覚と、彼女に半裸を見られてしまう羞恥心。顔面が、恥ずかしさとこの先のことでいっぱいになって、また顔が真っ赤に染まりました。
「みっ」
「あら、結構可愛い下着」
 照れと羞恥によりダメージを受けているネネイとは異なり、リーヤはやや上機嫌。彼女のあまり膨らみのない胸と、一応それを隠すために着けられた薄水色の下着に心躍らせました。
 それに触れつつも脱がすことはまだせず、問いかけます。
「さて、もう後がないわよ? 抵抗するなら、私を退けるなら今のうち」
「う……」
「嫌なの? それなら嫌って言って。私の手を払い除けてもいいのよ? それぐらい、できるでしょ?」
「…………」
 ネネイは何も言いません。
 顔を赤くし、リーヤから目を逸らしたままでした。
「あら」
 ウブで可愛らしいけども元気で素直すぎる彼女らしくない反応でもあります。しかし、それにも興味を示し独占欲が駆り立ててしまうのがリーヤという生き物。
「…………」
 何も言わないまま固まってしまったネネイを、真っ直ぐに見下ろして、
「抵抗されたぐらいで怪我するほど、私は柔じゃなわよ」
「……違うのです」
「違う?」
 問いかけには無言が返ってきました。
「黙っていたら分からないわよ」
「…………」
「私のことを受け入れてくれる気になったのかしら?」
「…………」
「どっちなのよ。アナタ、好きでもない相手とこういうことをするのは本気で嫌がるタイプだと思っていたのだけれど?」
 呆れるようにぼやいた時、ネネイの口元から微かな声が溢れます。
「……リーヤ、ちゃん」
「何よ」
「私、リーヤちゃんに告白された時に、始めて気付いたことがあるのです……」
 突然何を言い出すかと思えば……と、内心呆れ果てていましたがリーヤは渋々聞く姿勢。手の動きを止めたまま言葉を待つことに。
 未だにリーヤの顔を見れないネネイは続けて言います。
「リーヤちゃんは私と一緒にいる時、楽しそうなのです、嬉しそうなのです、幸せそうなのです」
 ネネイ自身のことではなくリーヤのことを語り始めるものですから、ほんの一瞬だけ目を丸くさせました。
 その驚きを言葉にして伝えることはなく、すぐにいつもの表情に戻ったリーヤは答えます。
「ええ。魅力的すぎて、欲しくてたまらないモノを前にしているんですもの。嬉しくもなるわ」
「その、楽しそうな表情を見せてくれるのは、私にだけ、なのです……」
「アナタほどの逸材なんてそうそういないわ、なら私のレアな表情を向けてもらえるのはアナタだけってことになるわ」
 最愛の破壊神様に似ている。好きになった理由は、欲しくなった理由はただ、それだけ。
 真っ直ぐすぎて、驚くほど素直で、少しだけ毒舌で、本能のままで動く時の善性が強い、とても眩しくて魅力的な存在。
 それが自分の手に堕ち、全てを自分に捧げるほどに夢中になったと思うと……。
「私の愛情表現がどうかしたの?」
 欲望で口元を緩ませながら尋ね、ネネイに答えを促します。
 意外にも答えはすぐに返ってきました。
「リーヤちゃんが、私にだけ向けてくる感情とか顔とかがあって、それは私以外の人は誰も貰えないんだって気付いちゃったのです」
「ええ」
「リーヤちゃんはそれぐらい、本当に私のことが大好きで大好きで、それは、私だけが貰える特別な、もので……」
「それがどうかしたの?」
「……なんと、いうか、嬉しかったのです。この世界で、私だけがリーヤちゃんに、あんな顔を向けられているんだってわかって……愛されているって気付いて……」
「……」
「私しか知らないリーヤちゃんを独り占めしているのって、自分だけが知っている特別な感じが、すごく良いなって思ったのです……」
 全てを言い終えたネネイは、先ほどよりも顔が赤くなっていました。元より素直な性格ではあるものの、自分の恋愛的な気持ちを押し出すことに慣れていないのでしょう。
 恋に身悶えする少女を見下すリーヤは、それをとても楽しそうに眺めていまして。
「じゃあ、アナタも私を独り占めしたいってことかしら?」
 愉悦に浸っている声をかければ、ネネイは何度も頷きました。
「そう……なのかも、しれないのです……この、冒険の時と違うドキドキした気持ちは……そんな感じかも、しれないのです……」
「なら、気持ちは同じってことね」
 そう言えば、頬を染めたままのネネイは、ゆっくりと視線を戻して、リーヤを見ます。
 リーヤは、新しいオモチャを見つけた子供のように楽しげです。鼻歌まで聞こえてきそうなほどに。
 それを見て嬉しくなったのか、安心したのか、ネネイは、
「一緒、なのです」
 いつもの元気で活発な様子とは少し異なる、静かだけど、相手を愛しく想っている、優しい微笑みを浮かべたのでした。
「でも、これが恋なのかは分からないのです。だから、お返事できなかったのです。気持ちがちゃんとわかったら、お返事するつもりだったのですよ」
「それにしたって時間をかけすぎよ。結局、強硬手段に出ることになったじゃないの」
「ご、ごめんです!」
 慌てて謝るネネイの耳には「ま、今聞けたからいいけど……」と、ぼやいたリーヤの声は届いてなさそうですね。
「ええっと、その、リーヤちゃん……」
「なに?」
「私、もっともっとリーヤちゃんの好きが知りたいのです。私のことが好きだっていうリーヤちゃんの素敵な想いをもっと教えて欲しいのです、それから……」
 リーヤの、下着に触れていた手に自分の手を重ねて。
「それ、以上のことも、知りたい……です」
 そう、返事をしました。
 絶句しかけたリーヤは、小さく息を吐き、
「……断るチャンスは十分に与えたわよ」
「……痛いのはイヤ、です……」
「善処するわね」
 
 ――そして今日、私たちは。





 翌朝のことです。
「おっはよー! なのですー!」
 今日も今日とて元気いっぱいなネネイの声がモーディアル学園の校門前に響き渡りました。
 本日のことりパーティは朝からダンジョンに潜る予定となっていたため、教室には行かず校門前で集合することとなっていたのです。そして、ネネイは一番最後に皆と合流したのでした。
 ネネイの姿が現れると同時に、何気ない会話をしていた仲間たちは一斉に彼女を見て、
「ネネイちゃん! 大丈夫だったの!?」
 一番最初にトパーズがそんなことを言うので、ネネイは首を傾げます。
「なのです?」
 マジで理解できていない顔を浮かべているのでトパーズ愕然。そう、昨夜リーヤと二人きりの夜を過ごすことになったのはパーティ内で即座に共有されていたのです。口止めも特にされていませんからね。
 続いてルンルンが問います。
「聞きましたよ? リーヤさんと寝所を共にしたと」
「何か変なことされてない? イヤなこととかなかった?」
 矢継ぎはやにスイミーも声をかけますがネネイは首を横に振ります。
「ないのですよ?」
 あっさりとした返答。
「……本当にか?」
 バムが念押ししてもネネイの表情は曇りません。
「はいなのです!」
 自信満々かつ明るく答えたので皆は安堵の息を溢しました。誰よりも素直で気持ちを隠すという行為を知らない彼女からのセリフなので、大丈夫だと即座に判断できたのです。
「ネネイちゃんが大丈夫なら、よかった」
 ことりも微笑んで納得。ルンルンがときめいていますがそれはアナタに向けられた表情ではありませんよ。
「みんな心配しすぎなのですねー全然平気なのです!」
 腕をブンブン振り回してこれでもかと元気さをアピール。今日は大好きな冒険の日ですからテンションも余計に高い様子。つまりはいつものネネイです。
「その様子だと、心配していたことは何も起こってないってことだね」
「そのようだな」
 スイミーとバムが小声で話し、その間にいたトパーズは遠くを見ながら、
「リーヤちゃん、意外と奥手なのかな……」
 そうぼやきましたが誰も返してくれません。無視ではなくコメントに困るだけです。
「何もなくて一安心ですね。交際とは相手に強要などせずにゆっくり進めていくモノですから、急ぐ必要性などどこにもありませんよ」
「そうなんだ」
 ルンルンの声にことりが答えますが、他全員が呆れた目でルンルンに視線を向けるだけでこの話題は終わりを迎えました。
「それじゃ、今日の探索を始めちゃおう。ことりちゃん、今日はプリシアナ学園方面だったっけ?」
「この前プリシアナで受けたクエストの続きをするからね。バムくん、スポットお願い」
「分かった」
 短く答えたバムがスポットの魔法を準備している最中、ルンルンはこっそりとネネイの横に立ちまして。
「ホッとしましたよ。ネネイさんに先を越されてしまうのかと思いまして」
 なんて言い出すモノですから、ネネイは首を傾げます。
「さき?」
「私は、昨晩ネネイさんとリーヤさんの関係が身を結び、この世界に新しい恋人が生まれたものだと思い込んでいましたから……もし、できることなら、どのような経緯で愛を実らせることができたのかご教授頂きたかったのですが、まだ早かったようですね」
「んー? たぶん恋人にはなったと思うのですよ? たぶん」
 あっけらかんと答えました。大して重要じゃないような口ぶりでしたが、確かに答えてくれました。
 目を見開いて驚いていたルンルンでしたが、すぐに手を軽く叩き、笑顔を浮かべます。
「まあ! おめでとうございます! なるほど、私たちが想像していた展開にはならずとも、想いは成就すると! 一線を越えることがなくても! なんと素晴らしいことなのでしょうか!」
 仲間であり友を心から祝福する温かい言葉がこぼれました。
 先を越されてしまった悔しさは若干あるものの、それよりも喜びが先に出て、素直な気持ちで祝福できるのも貴族の余裕か、人柄の良さか。
 しかし、
「……一線……」
 何故かネネイの視線は下方に向けられてしまいました。ちょっと頬も染まっていました。
「あら? どうかしましたか?」
 純粋な疑問を向けると、ネネイはぽつりぽつりと答えます。
「その、えっと……ど、どこまでが?」
「はい?」
「どこまでが、一線って言う……のです? 男女だったらなんとなく想像はつくのですけど、女の子同士の一線って、男女のそれと同じ感じでいいのです……? 分かんないのです……」
「……………………………………」
「んーっと、よく分からないけですけど、ま、良いのです! 私とリーヤちゃんは今よりもっと仲良しになったってことなのです! あ、別にイヤとかは全然なかったのですよ? リーヤちゃんすごく優しくて」
 そこまで言ったところで、ルンルンは手を叩きました。それなりに大きな音がしました。
 魔法の準備をしていたバムやそれを見守っていたことりたちが不思議そうに振り向くと同時に、ルンルンは叫んでいました。
「集合!!」
 その日の探索は中止になったそうです。

 この日の内にオズが高級な菓子折りを持って土下座をしてきたことで「それ」は決定的なものとなってしまったのでした……。


2026.2.23
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