今日からきっと、私たちは
それは、とある日に突然、ネネイの口から発せられた言葉。
「リーヤちゃんに告白されたのです」
「は!?」
突然の自己申告により、五人は一斉にネネイを凝視しました。信じられないモノを見るような目で。
ほんの数秒だけ固まっていた仲間たちの中、最初に我に帰って真っ先に次の言葉を繰り出すのがスイミーで。
「な、なんで!? というかいつ!?」
「えっと……ちょっと前なのです!」
なんて雑に答えて。
「ききっ、記憶が若干朧げになるぐらい、ま、まままままままま前ってことなんだね!?」
「何故それをもっと早くに報告しなかったんだ!」
「うっかりなのです〜」
尋常ではないほど慌てているトパーズと普通に怒ってくるバムの声を軽く返して、
「うっかりで済ませられますか! 大切な問題ですよ! それで、どうお返事したんですか!?」
「お返事はまだなのですよ? 急がないからゆっくり考えて、それまではお友達のままで良いって言ってくれたのです」
動揺と言うよりも興味による興奮が勝っているルンルンにあっさりと回答して、
「リーヤちゃんはネネイちゃんのどこが好きって言ってたの?」
「んーと、殺されそうになっても笑っているぐらい明るいところ? って言ってたのです! なんかハカイシンサマに似ているって言ってたのですよ」
きょとんとしながらも尋ねたことりに、あっけらかんと答えたのでした。
「なるほど。信仰対象に似ているから好きになったんだね」
ことりは納得して頷いていましたがスイミーとトパーズは顔を見合わせていまして、
「というか、破壊神と会ったことあるの? リーヤちゃんって」
「どう、なんだろう……そればっかりは本人じゃないと……というか、その気持ちって本当に恋愛的な感情なのかな……」
顔を引き攣らせてしまうトパーズのぼやきはネネイの耳に届いいませんでした。
ネネイ本人がその疑念に辿りついてないのは不幸中の幸いかもしれません。しかし、恋愛とは非常にデリケートで、今後の人生を大きく左右してしまうかもしれない出来事でもあります。
友達を想って言葉にして伝えるのか、黙って見守るべきか考え始めて……。
「まっ、話ても解決しない問題に頭を悩ませなくてもいいでしょ〜」
悩みが深刻化する前にスイミーが声を上げてくれたので、我に返ったのでした。
「リーヤちゃんは陽キャが好きなんだっていう新発見ができただけでも面白いし、今は状況を見守ることに徹して楽しんでおこうよ、トパーズちゃん」
「そ、そ、そうだね!?」
思考が読まれていたのかは定かではありませんが、動揺しながら同調だけしておき、問題を保留にすることを選んだのでした。
不安げな表情が少し和らいだのを見たバムは小さくため息を吐いて。
「……しかし、付き合いがそこそこ長かった中、今になってネネイに想いを伝えるとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「想像力の乏しいアナタには考えが及ばないのも無理ありませんね」
すかさず嫌味で返したルンルンに当然のごとく睨みを向けます。
「あ?」
「リーヤさんは私とことりさんの仲を見て影響されたに決まっています! そう思えば突然の愛の告白にも納得がいくと言うもの!」
ここぞとばかりにルンルンはことりの腕に抱きついて、仲の良さと愛し合っている様を見せつけるようにことりを見つめ始めましたが。
「そうかな?」
ご本人はこの通り、よく分かっていないきょとんとした表情で首を傾げたのでした。
「へー! そういう感じなのですねー!」
「コイツが勝手に言っているだけだ、間に受けるな悪影響だぞ」
「悪影響!? 今、悪影響と言いましたか!? 私のどこが悪影響なんですか!」
「存在」
「は?」
「まーた始まった〜おもろ〜」
「今日も賑やかだね」
「懲りない奴らなのですね」
「……と、いうか。みんな、あのね?」
皆が盛り上がっている中、トパーズは静かに切り出して皆の視線を集めます。
全員の注目を集めた彼女は大きく息を吸ってから、
「報告するにしても時と場合を考えようよ!!」
周囲に無数の魔物たちがひしめく中で絶叫したのでした。
そう、ここはダンジョンのど真ん中、いつも通り探索に出ていたら魔物の群れに遭遇してあっという間に周囲を包囲されて、ちょっとピンチな状況をどう対処するか悩み始めた時にネネイが告白の方向をしたのです。謎タイミングです。
報告した本人に反省の色は全くありません、それどころかちょっとだけ胸を張っています。あんまりないのに。
「今のうちに言っておかないと戦闘が終わったら忘れちゃうかもしれないと思ったのです!」
「それは否定できないけど! 今すっごく囲まれている状況なんだよ!? お話とかしている場合じゃないからね!? 続きは戦闘が終わってからで」
刹那。
「ほら」
バムがビックバムを唱えたことで爆発が起きて魔物は吹き飛び、
「てい」
ルンルンがイペリオンを唱えたことで光の螺旋が魔物を包み、
「よっと」
スイミーはナイトメアを唱えたことで魔物は闇の波に飲まれてしまいました。
こうして、あれほど数がいた魔物は影も形もなくなり、周辺はあっという間に浄土と化しました。ぺんぺん草ひとつ残っていません。
呆然とするトパーズの横で、ことりは足元にあった砂つぶを指でつまみ上げて、
「魔物がチリになっちゃった」
骨も残らず指ですり潰せる程度のチリと化した魔物は、ことりの指を離れて風に乗って消えてしまったのでした。
あっという間に魔物を殲滅させた魔法使い三人は仕事を終えるとすぐにネネイに向き直り。
「で、続きはなんだ」
「教えてくださいな? 今すぐに!」
「わくわく! 面白そう! 聞きたい! ワクワクワク!」
恋バナに興味津々と言った様子で続きを熱望していました。
「き、興味が戦闘力を爆増させてる……」
己の欲望のためなら手段を選ばないを体現した出来事にトパーズは顔を青くするばかり。人の欲望ほど恐ろしいモノはないのだと再確認したのでした。
顔色ひとつ変えてないネネイは腕を組んで頷いて、
「“魔法使いは絶対に怒らせるな”って言ってたお父さんの言葉の意味がやっと分かった気がするのです」
「納得してないで、早くリーヤさんとの秘め事の続きを教えてください! 私の胸が期待で張り裂けてしまう前に!」
鼻息荒く興奮しているルンルンの後で「爆発して跡形も残らなかったいい」とぼやく声がしました。誰が言ったのかは割愛。
絶大な期待と興奮を寄せるルンルンの顔が正面に近付いてきたのでネネイ、少しだけ迷惑そうに顔をしかめつつ。
「うわ近いのです……とゆーか、続きも何もないのですよ? リーヤちゃんに告白されて、私はまだお返事をしてないってお話でおしまいなのです」
「なんと!? 他には、告白以外に二人の仲が親密になるような素敵な恋愛イベントとかは存在しなかったのでしょうか!?」
「ないのですよ? ねっ?」
「急に僕を見るのはどうして?」
同意を求められたスイミーは本気で理解できず呆然とするばかり。
そこへことりがぽんと軽く手を叩きます。
「そっか、リーヤちゃんは大体オズくんと一緒にいるもんね。つまりそういうことだよスイミーくん」
「ドウイウコトナノカナーボクゼンゼンワカラナイナー」
非常にわざとらしい片言を使うのは無視することにして、ことりは続けます。
「それで、ネネイちゃんはいつ、リーヤちゃんにお返事するの?」
「決めてないのです! 今はまだお友達でもいいかなーって思っているのですよ?」
「え」
目を丸くして言葉を止めてしまいました。他の皆も同様に。静かな驚愕を表情に貼り付けて。
友達たちのリアクションの意味が分からず、ネネイは首を傾げてしまいます。
「あれ? みんなどうしたのです? 私、変なこと言ってたのですか?」
本気で理解してないご様子。変なことしか言ってないからこのリアクションだというのに。
五人は黙ったまま顔を見合わせた後、意を結したルンルンは恐る恐る声をかけます。
「つまり、その、非常に言いにくいのですが……リーヤさんからの告白はお断りするということですか?」
発言したルンルン本人だけでなく、ことりたちも固唾を飲んで見守りネネイからの回答を待ちます。
緊張感に包まれるメンバーとは異なり、ネネイの返事は非常にあっけらかんとしておりまして。
「んー……まだわかんないのです。断るって断言するのもまだちょっと違うって感じがするのです!」
笑顔で答えられてしまい皆は確信します。
「コイツはまだ何も考えていない」と。
そもそもネネイは冒険のことしか頭にない冒険娘。恋愛事が頭の中に入る余地はないのでしょう。ことり以外の四人は小さなため息を吐いたのでした。
「なんでみんな呆れてるのです? 何か変だったのですか?」
意味が分かっていないネネイは首を傾げるのでした。
「……やはり、冒険のことしか頭にないネネイに恋愛はまだ早い気か……」
「バムくん、ネネイちゃんはアタシたちと同い年だよ? そもそも、それはバムくんには言われたくないような……」
「う゛っ」
トパーズに告白した時のやらかしを思い出し、バムは心臓を締め付けられたような痛みに襲われたのでした。
なお、実際にそんな痛みは発生していません、ただのトラウマです。斧の。
ことりたちがリーヤの愛の告白を知ってから数日経ちました。
その日は何の変哲もない平日の放課後、天気は決して良くもなく悪くもない週の真ん中、気温は適温、とある空き教室。
「ノーマちゃんの恋愛教室にようこそ〜」
教卓の上に肘をついたノーマが、正面で仁王立ちしているリーヤにそんな挨拶を交わしたのでした。
「色々教えてもらうわよ、よろしくお願いするわね」
腕を組んでノーマを見据える姿はどう見ても教えを受ける態度ではありませんが、その目は真剣です。態度は悪いですが学ぶ姿勢は十分にありまして。
「…………は?」
ノーマの横で立ち尽くしているトゥカは唖然として、
「……え、なにこれ」
リーヤの隣で浮遊しているオズは呆然としていました。なお今は妖精サイズなので全長十センチ程度。
事態が全く飲み込めていない二人にノーマはにこにこで説明。
「なにって〜ノーマちゃんの恋愛教室だよ? リーヤちゃんに恋愛テクのプロであるアタシに色々と教わりたいって頼まれちゃったんだ〜」
「プロとは言ってないわよ。このパーティで恋人持ちかつ話が通じそうなのがアナタしかいないから相談しただけ」
「も〜リーヤちゃんってばノリが悪いな〜」
「待て待て待て!」
今にもノーマとリーヤで穏やかに話が続けられそうな雰囲気を察知し、オズは慌てて声を上げました。
「恋愛って何だ?! なんでお前らだけで話が勝手に進んでんだ?! どういうことなんだよトゥカ!?」
「オレに聞くな! オレが知ってるわけねぇだろうが!? 勝手に共犯にしてんじゃねーよ!」
勢いのまま飛び火しかけたトゥカが逆ギレしかける中、上機嫌のノーマが続けます。
「リーヤちゃんはね〜ネネイちゃんをモノにしたいから、その方法を教えて欲しい〜って感じ〜」
「え、あぁ……」
瞬時に話の流れを理解したトゥカは静かに納得しましたが、オズは吹き出して。
「ぶえっ!? は!? へっ!? 姐御!? マジでネネイに惚れてんの!?」
リーヤを二度見すれば即座に飛びます。舌打ちが。
「前からそう言ってるでしょ。あの子ったら私が告白したって言うのにいつまで経ってもいつもの調子のままで接してきて、最近は私が告白したことを忘れいている感じなのよね。一ヶ月も」
「そりゃ確かに長すぎだけど……だから痺れを切らして、よりにもよってコイツらに頼ったんすか!?」
「うわ〜オズにゃんってばその言い方はひど〜い、心外〜」
穏やかな口調で放たれるクレームを無視し、オズはリーヤの正面に飛びます。
「姐御、俺の見解を言わせてもらうと頼る相手をメチャクチャ間違えてる。コイツらろくなことを吹き込まねえぞ、破滅する方面の的外れなアドバイスしか出てこねえ、ハッキリ分かる」
善良な生徒からカツアゲしたり授業は基本サボりったりする素行の悪さを考慮しての説得。ノーマとトゥカの視線が鋭くなるのも承知の上で発言しました。
「あ? 勝手なこと言ってんじゃねぇぞハエの分際で」
「オズにゃんがアタシたちのことをどう思っているかよ〜く分かっちゃったよね〜」
「うっせぇわ! 姐御に変なことを吹き込んだら同パーティでも容赦しねえぞ!」
「こわ〜い」
微塵も怖いと思ってない軽い言葉がノーマから出ました。一応このパーティのリーダーはオズですがそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりの生意気な態度です。
ギリギリと歯を鳴らしつつなんて怒鳴ってやろうか考えている最中、リーヤからため息がこぼれまして。
「オズ邪魔、帰って」
説得虚しく、羽虫を追い払うように手をひらひらとされてしまい邪魔者宣言。これにより、この場においてオズの味方も賛同者も誰もいないことが決定付けられてしまいました。現実は残酷です。
ここで諦めて尻尾を巻いて帰るようなフェアリーではないのがオズなので、
「姐御の命令でも絶対に帰らないね! 今日ばかりは羽をちぎられようが体を鷲掴みにされようがハエ叩きでぶたれようが絶対に意見は曲げん! 俺の意地だ!」
高らかに叫び硬い意志を表しました。女子三人は非常に鬱陶しい虫を見るような目を向けるばかりでした。
「めんどくせーなこのハエ」
「ハエハエ言うな! つーか母性父性夫婦はどこ行った! いっつもお前らの素行を正そうとして、放課後になるとへばりついてるじゃねえか!」
恐ろしいほど人の話を聞かないエルフ夫婦(現段階では婚約者)の不在に触れると、リーヤが答えてくれます。
「ノーマが恋愛相談に応じてくれる条件があのエルフ夫婦の排除だったのよ。力技でもよかったけど後処理が面倒だし、ちょっと遠くへ行くタイプの少人数編成クエストを委託することで物理的に遠くへやったわ。早くても三日はかかるから奴らは当分不在よ」
「な、なるほど……その手があったか……」
これには素直に関心するオズでした。
「“カワイイ娘のために一肌脱いで欲しいの”ってねだるのがコツよ」
「ねだったんすか姐御」
「恋愛相談のためよ」
淡々と答えたリーヤはこれ以上多くを語ることはありませんでした。どこか遠くを見ていましたが気のせいでしょうか。
厄介なエルフがいなくなったことで上機嫌なノーマは軽く手を叩き、
「リーヤちゃんのお陰で本当に助かったよ〜アタシたちに平穏というかけがえのない宝物をくれたお礼に、リーヤちゃんが知りたいことをしっかりと教えてあげるね〜」
「それは有難いわ。例えばどんなことがあるのかしら」
「まず〜相手を肉欲に支配させて素直に言うことを聞かせる方法から〜」
「やめろぉおおおおおぉおぉおぉぉおぉぉお!!」
オズ絶叫。あまりの声量に耳が良いトゥカが迷惑そうに耳を塞ぎました。
「オズうるさいわよ」
「うるさくもなるわ! やっぱりこういうアウトな知識ばっかじゃねぇか! 姐御! 正攻法で挑む努力をちょっとはしてくれよ!」
「健全な方法が全てを万全に解決させていたら、世の中に不正なんて文字はないわ」
「否定はできん! だからってな、不純で下品な方法を肯定しても良いって理由にはなんねーんすよ!?」
「本当にうるさい妖精ね」
目の前で飛び回りながら喚き散らす妖精をどうやって潰すか考え始めた時、ノーマが教壇から離れます。
「まーまーオズにゃん、落ち着きなよ〜」
「元はと言えばお前が原因だが!?」
「正義感の強いオズにゃんがアタシたちのやり方を受け入れることができないのは分かるよ〜? でも〜オズにゃんが思う“悪い方法”のことを知っておくことはダメなことじゃないと思うな〜? 悪いお手本があるから良いお手本の説得力が生まれるってものでしょ〜?」
「お、おう……?」
不良娘とは思えない言い回しにオズの勢いが衰え、下を向いて考え始めてしまいました。
下を向いていなければ、ノーマの口元がほんの少しだけ上がったことに気付いたというのに。
「だからさ〜オズにゃんも聞いておいたらいいんだよ〜アタシたちの恋愛のすゝめ。オズにゃんも参考にしていいからさ〜」
「将来的に絶対に参考にしたくねえけど」
「あ〜でもオズにゃんの年齢を考えると、相手が男の子でも女の子でも犯罪になっちゃうか〜」
「言うなってそれを! つーか俺はなあ!」
文句を叫びながらノーマを見据えた刹那、頭の上に何か粒子が降ってくるではありませんか。
それは、目の前にいる笑顔全開のノーマが、まるでご飯にふりかけをかけるようにオズの頭に何かを振り撒いていまして。
「……これは?」
「睡眠薬〜吸い込むタイプ〜」
「え」
答えを聞いた時には既に手遅れ。急激に眠気に襲われたオズはへなへなと床に落下してしまいました。
「これで口うるさいのはいなくなったね〜」
すぐに万能薬を飲んで睡眠対策を整えたノーマは一仕事終え、満足げに額についた汗を拭うのでした。汗はかいていませんが。
「意外とあっさりうまく行ったよな」
「オズにゃんが単純で助かったね〜」
「善性が強いから騙されやすいのよ、コイツ」
「へぇ」
全く興味なく答えたトゥカ、床に落ちたオズの羽をつまんで持ち上げると、外へと続く窓を開けてそこから放り捨ててしまいました。
すぐに窓を閉め、鍵もかけておきます。
「よし、いっちょ上がり」
「本当に虫の処分みたいな捨て方だったわね」
「実際、虫みたいなモノだしね〜? じゃ、続きをしよっか〜リーヤちゃん」
「ええ。よろしくお願いするわ」
空が昼と夜の境目を映し出した頃、スイミーとことりは二人並んで校舎横の道を歩いていました。
「クロアシムシムアリの歩行時速測ってたら遅くなっちゃったねえ」
「うん。早く帰ろう」
下校時間が過ぎる前に急いで校舎から出ようと一緒に帰路につき、気持ち早めの足取りで歩いている最中。
「あっ」
ふと、ことりが足を止めてそのコンマ五秒後にスイミーも止まります。
「ことりちゃん? 何を発見したの? おもしろいもの?」
「あれ」
短く答えたことりは目の前の植え込みにある木を指します。校舎の横に並ぶように植えられている普通の木です。
二階ほど高さにある枝に、妖精サイズのオズが洗濯物のように引っかかっているのが見えるではありませんか。スイミーがちょっとだけ嫌な顔をしました。
「ぐー」
オズ本人はぐっすり熟睡中。いびきをかいて眠っています。
「オズくん寝てるね」
「見えちゃったから分かるよ? アイツ何やってんだろこんなところで寝て……ことりちゃんじゃあるまいし」
「気になるの?」
「いや別に」
「そっか」
小さく頷いたことり。何食わぬ顔でオズが引っかかっている木の元まで足を運びます。
スイミーが首を傾げる中、その木の幹を思いっきり蹴っ飛ばしたではありませんか。
「わおぉ!?」
腕力があることに定評のあるバハムーンの脚力もかなりのものです。木が衝撃による振動で枝を大きく揺らせば、引っかかっていたオズがぽろりと落ちてきました。
地面にぶつかる前にことりは手のひらでしっかりキャッチ。なお、衝撃と落下を味わったにも関わらずオズが起きる気配は微塵もありませんでした。
「ふう」
ことりは、安堵の息を吐いてからスイミーの元へ戻りまして。
「はい、オズくんだよ」
取れたてほやほやのオズを差し出したのでした。
差し出されたスイミーは顔を引き攣らせながら、オズとことりを交互に見ており。
「んー……えと、え? ことりちゃん? 気にならないって言ったよね僕? あれれ? 聞こえてなかった?」
「……あんなところで寝てたら風邪ひいちゃうでしょ?」
「あーっ! そっかぁ! コイツのこと心配してたのかぁ! ことりちゃんは優しいなぁ〜優しいねぇ〜」
彼女の行動に納得したようですがその言い草はどこかわざとらしく、何かを認めてないような白々しさがあります。
「……」
「いじっぱりだね」と、指摘しようかちょっとだけ迷ってから。
「……そうだね」
やめておくことにしました。簡単には認めないことをことりは知っているので。
「とにかく、オズくんを起こしてあげようよ」
「だね。じゃあアンスリプでもかけてやろうかな」
そう言ったスイミーが取り出したのは杖ではなくきれいな水。
キョトンと首を傾げることりの前で瓶の蓋を取ると、
「ちょっとごめんねことりちゃん」
ことりの手のひらの上で瓶をひっくり返すと、オズの頭上から大量の水が降り注ぐではありませんか。
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?」
まるで溺れる寸前の声というよりも音がオズから発生。逃れようにも水の勢いによりうまく体が動かせず手足をバタバタさせることしかできません。
「わお」
短く感心していることりが様子を観察している中、きれいな水が無くなってしまったのか水がぴたりと止まりまして。
その瞬間、オズは素早くことりの手のひらから飛び降りるとぽんっと軽い音がして、人のサイズに戻りました。
「殺す気かテメェ!!!!!!!!」
すぐさまスイミーの胸ぐらを掴んで絶叫。頭から水を浴びたので全身ずぶ濡れのままですが今はそれどころではないご様子。
なお、これに関しては誰が見てもスイミーが悪いのでことりは仲裁に入りません。黙ってハンカチを取り出して手を拭き始めました。
「錬金術の応用で見た目よりもたくさん容量があった綺麗な水でのお目覚めはどうだ〜い?」
「反省の色ナシかよテメェ! 人のおちょくるために変なもんばっか作りやがって! つーか起こすならもっと優しく起こせや!」
「痛みで起きるよりかはいいじゃんか〜贅沢なコバエだなぁ〜」
「どっちがマシかっつー問題じゃねぇよ! 牛乳を拭いた雑巾で机を拭くかトイレの掃除用具入れにある雑巾で机を拭くかどっちがいいかって二択を強いられてるようなもんだぞ!」
「ちゃんと洗っていても不衛生さを感じてしまうパティーンのやつか〜」
「もちっと真面目に受け取れやクソノームがよぉ!!」
そろそろ喧嘩のヒートアップの気配がしたので、ことりは口を挟みます。
「ところで、オズくんはどうしてあんなところで寝ていたの?」
小さく挙手もしつつ尋ねると、オズはことりを見ながらスイミーの胸ぐらから手を離しました。
「おっとそうだった……いやな? ノーマの奴に眠らされちまって……」
ここまで発言したところで、色々なことを思い出してしまい真っ青に。
「青くなった赤くなったり忙しいねぇコバエ」
敵のぼやきは無視し、オズは頭を抱え始めます。
「ここでお前なんかとじゃれあってる場合じゃゃねえんだよ! 早く、姉御と合流しねぇと……!」
「あ? 心外なんだけど」
「リーヤちゃんがどうかしたの?」
話が見えなくてことりは首を傾げ、オズは顔を上げます。その表情は珍しく酷く動揺していました。
「ノーマとトゥカに変なことを吹き込まれてんだよ現在進行形で! ネネイをモノにするとかなんとかで!」
「は? どゆことそれ」
「ネネイちゃんはモノじゃないよ?」
目つきを鋭くするスイミーとは異なりことりはずっと首を傾げたままです。これがモノの捉え方の差ですね。
しかしオズ、今はリアクション差に触れる余裕すらなく。
「やべぇぞやべぇぞ……放っておいたらあの二人に余計なことを吹き込まれた姉御がネネイに肉欲と淫行のかぎりを尽くして心も体もあれやこれやと」
学生の身でギリ許される発言が出た刹那、
「くぉらあああああああああああああああ!! ことりちゃんの前で変なこと言うなあああああああああああああああああ!!」
スイミー絶叫。その手はことりの両耳をしっかりと塞いでおり不適切な言葉が彼女の脳に届かないように配慮までされていました。
「?」
効果は絶大なのかことりはずっとキョトンとしたままです。スイミーの行動も理解ができていません。
その姿を見たオズ、冷静さを取り戻したのか顔を引き攣らせておりまして。
「……お前はことりの何なんだよ」
「なんだっていいでしょ! てかリーヤちゃんが何? どうしてアダルティな話になってるの?」
「あーうん言う、ちゃんと説明すっから。とりあえずことりも話に参加できるようにしてやってくれ、変なことは言わないから」
「次に変なこと言ったら君の耳元でナイトメア放つからね」
「怖……」
異常な執着心にやや引きながらも約束はしたので、スイミーはことりの耳から手を離してあげました。
そして、オズは語り始めます。
「姐御がネネイに告ったのは知ってるよなお前ら。つーか知ってろ」
「知ってる」
「知ってるよ、ネネイちゃんから聞いた」
「よし。で、なっかなか返事がねぇことに痺れを切らした姐御が強硬手段に出ることにしたっぽいんだよ。そのためによりによって不良娘共のノーマとトゥカに助言を頼みやがった」
「その選択さ、数ある手段の中でも悪手が過ぎない?」
「俺だってそう思った! だから止めようとしたのにノーマの奴に妨害されちまったんだよ!」
「だから眠らされてたのかあ。納得〜」
腕を組んで頷くスイミーですが、ことりは彼の肩をそっと叩きます。
「スイミーくん、告白の強硬手段って?」
びくりと肩が震えました。オズの表情も固まりました。
スイミーは振り返らずに答えます。
「…………交際スルカ、シナイカ、ハッキリシロッテ、詰メ寄ルコトカ、ナア」
とんでもない棒読みでした。棒読み世界チャンピオンになれそうなほどの見事な棒読みでした。
「詰め寄るってどうやって? 暴力?」
「暴力だったらリーヤちゃんが誰かに助言を求めるようなことはしないんじゃないかなあ……もっと他の、別のやり方だと思うよ? 僕が想像もつかないような何か……」
ちらりとオズを見やり、釣られてことりも一緒に彼を見ます。
何を求められているか察したオズは一瞬飛び跳ねそうになりましたが、
「や、やり方はともかく今は姐御だっつーの!」
雑に話を逸らしました。
「何をしようとしているのか知っているのは姐御だけなんだから、今は姐御を捕まえるのが先決だ! そっから情報のすり合わせとかしねえと!」
「じゃあ魔法で連絡すればいいじゃん」
「姐御は魔法で連絡するのをめんどくさがってやろうとしねぇんだよ! 連絡したい時は大体俺にやらせてっからな!」
「いい具合に利用されてるねえコバエ」
「うるせえ!」
怒鳴りつつも飛び立とうとしたその時です。
「あれー? みんな揃って何をしているのですー?」
話の中心にはいなくても重要人物であるフェルパー、ネネイの声がして三人は一斉に振り向きました。
見ればこれから帰るところなのか、足取り軽いままで三人の方へ歩いて行く姿が見えるではありませんか。異常らしい異常はゼロ、まだ大丈夫そう。
「ネネイ!?」
「ネネイちゃんだ」
「ネネイちゃん!?」
一人のフェアリーと一人のバハムーンと一人のノームの視線を一身に受けた一人のフェルパーは、三人の目の前で足を止めて。
「んえ?」
なんて呑気にキョトンとしていると、ことりが真っ先に尋ねます。
「ネネイちゃん、リーヤちゃんを見なかった? オズくんが探しているみたいなんだけど」
「リーヤちゃんなのです? さっき会ったのですよ?」
「何ぃ!?」
オズ絶叫、同タイミングでスイミーも絶叫。見事なシンクロでした。
「あ、姐御はお前に何か言ってなかったか……?」
そして恐る恐る尋ねればネネイは笑顔で答えてくれます。
「リーヤちゃんが急に私の部屋にお泊まりしたいって言い出したのです! だから今日はお泊まり会するのです!」
と。
「アウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウト!!」
「んえぇ?」
首と手を横に振って叫び続けるオズとスイミーにネネイはキョトンとするばかり。さっきからこの二人、見事なシンクロが続きますね、やっぱ仲良いだろ。
「ダメなの? 好きな人同士は床を共にするんだってルンルンちゃんが言ってたよ?」
何がいけないのか理解ができないことりが不思議に思って尋ねると、オズが答えてくれます。
「あ、ああ……それに関しちゃあ間違ってはいねえんだよ、間違ってはな」
「問題なのは何を考えているかイマイチ読めないリーヤちゃんがそれをやってしまったら、その先に問題が発生する可能性があるってことが問題で問題な訳でね!?」
「慌て過ぎてゲシュタルト崩壊してっぞ! 落ち着けクソノーム!」
オズ絶叫。その後もやいのやいのと叫び続ける二人を見て、ネネイは首を傾げていました。ことりも一緒に。
「オズくんとスイミーくんはどうして急にマンザイを初めているのです?」
「詳しくはわからないけど……リーヤちゃんがネネイちゃんのお部屋にお泊まりするのって初めてのことだから、心配しているんじゃないかな」
「そーゆーことなのですね!」
ことりの意見を否定する材料がなにもないことから、ネネイは手を叩いて納得しまして。
「心配しなくていいのですよオズくん! 何も問題ないのです!」
と、安心させようとして無い胸を張って自信満々に言ってくれますが、オズは本音を包み隠さない怪訝な顔を浮かべてしまいます。
「……その自信と底抜けのない明るさはどっから来るんだよ」
「私からなのです! えっへん!」
つまり根拠などミリ単位でないということ。オズは額を抑えて深く息を吐いてしまいました。
「うむむ、心配だけど女子寮での話になってくると僕たちは手を出せないからなあ……」
ぼやくスイミーの言う通り、学生寮は共有スペース以外の場所では異性の立ち入りは基本的に禁止です。特別な事情があって教師に許可を取らない限りの侵入は校則違反と見做され、かなり重いペナルティが課せられます。
もしやオズによる妨害を防ぐためにあえて寮で……という考えを脳裏で駆け巡らせていると、
「……ネネイちゃん、本当にいいの?」
不意にことりがネネイを見据えて尋ね、ネネイはきょとん。
「何がです?」
「リーヤちゃんはたぶん、ネネイちゃんに告白した時の返事を聞こうとしているんじゃないのかな。ネネイちゃんの答えを聞くために、私たちでは想像もつかないようなことをしてくるかもしれないんだけど……それでも、大丈夫?」
まるで、小さな子供に対して使うような柔らかい口調のまま、真剣に諭すように言いました。
大切な仲間を、友達のためを想っての言葉。今ならまだ、引き返すことはできますし、引き返せないのであればこちらから引っ張る所存です。
「ことり……」
「ことりちゃん……」
オズとスイミーが固唾を飲んで二人を交互に見やる中、ネネイは笑顔で答えます。
「はいなのです! 問題なんてないのですよ!」
根拠はない、人の善性しか信じない素直でまっすぐな少女から放たれる明るい言葉。
それを受けたことりは、小さく頷きます。
「わかった。ネネイちゃんを信じるよ」
「い、いいのかよ? マジでいいのかよ?」
心配性なオズが何度も聞きますがことりの意思は揺らぎません。
「うん。リーヤちゃんの強硬手段がどんなモノなのかはよくわからないけど、ネネイちゃんなら大丈夫……それに」
「おう、それに?」
軽々しく尋ねると、
「万が一、リーヤちゃんがネネイちゃんを泣かすようなことをしたら……容赦するつもり、ないから」
いつもより少し低い声色で、右手の拳を握り締めながら言い切りました。
「……」
オズ、真っ青。
その耳元でこっそりと、ことりたちに聞こえない声量でスイミーは囁きます。
「……あの時、僕が言ったことの意味がよーく分かったでしょ」
「眠れる竜を起こすなってことだな……ってか足を蹴るな足を」
しれっと攻撃も忘れません。何も聞こえてないことりとネネイにとってはスイミーが突然攻撃したように見えますが、この二人の間では特段珍しいことでもないので、特に触れられることはありませんでした。
「よくわっかんねーのですけど、みんな心配しすぎなのですよ。大丈夫だって言ってるのですよ?」
どこまでも明るいネネイにスイミーは言います。
「分かってるよ……ことりちゃんが信じるって言うなら僕も君を送り出すけど……でもまあ、うん、油断はしないでね?」
「油断? わかんないけどわかったのです!」
「ふ、不安……!」
顔色がどんどん優れなくなるスイミーの横で、詫びの品をどうするかの算段を立て始めるオズなのでした。
「リーヤちゃんに告白されたのです」
「は!?」
突然の自己申告により、五人は一斉にネネイを凝視しました。信じられないモノを見るような目で。
ほんの数秒だけ固まっていた仲間たちの中、最初に我に帰って真っ先に次の言葉を繰り出すのがスイミーで。
「な、なんで!? というかいつ!?」
「えっと……ちょっと前なのです!」
なんて雑に答えて。
「ききっ、記憶が若干朧げになるぐらい、ま、まままままままま前ってことなんだね!?」
「何故それをもっと早くに報告しなかったんだ!」
「うっかりなのです〜」
尋常ではないほど慌てているトパーズと普通に怒ってくるバムの声を軽く返して、
「うっかりで済ませられますか! 大切な問題ですよ! それで、どうお返事したんですか!?」
「お返事はまだなのですよ? 急がないからゆっくり考えて、それまではお友達のままで良いって言ってくれたのです」
動揺と言うよりも興味による興奮が勝っているルンルンにあっさりと回答して、
「リーヤちゃんはネネイちゃんのどこが好きって言ってたの?」
「んーと、殺されそうになっても笑っているぐらい明るいところ? って言ってたのです! なんかハカイシンサマに似ているって言ってたのですよ」
きょとんとしながらも尋ねたことりに、あっけらかんと答えたのでした。
「なるほど。信仰対象に似ているから好きになったんだね」
ことりは納得して頷いていましたがスイミーとトパーズは顔を見合わせていまして、
「というか、破壊神と会ったことあるの? リーヤちゃんって」
「どう、なんだろう……そればっかりは本人じゃないと……というか、その気持ちって本当に恋愛的な感情なのかな……」
顔を引き攣らせてしまうトパーズのぼやきはネネイの耳に届いいませんでした。
ネネイ本人がその疑念に辿りついてないのは不幸中の幸いかもしれません。しかし、恋愛とは非常にデリケートで、今後の人生を大きく左右してしまうかもしれない出来事でもあります。
友達を想って言葉にして伝えるのか、黙って見守るべきか考え始めて……。
「まっ、話ても解決しない問題に頭を悩ませなくてもいいでしょ〜」
悩みが深刻化する前にスイミーが声を上げてくれたので、我に返ったのでした。
「リーヤちゃんは陽キャが好きなんだっていう新発見ができただけでも面白いし、今は状況を見守ることに徹して楽しんでおこうよ、トパーズちゃん」
「そ、そ、そうだね!?」
思考が読まれていたのかは定かではありませんが、動揺しながら同調だけしておき、問題を保留にすることを選んだのでした。
不安げな表情が少し和らいだのを見たバムは小さくため息を吐いて。
「……しかし、付き合いがそこそこ長かった中、今になってネネイに想いを伝えるとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「想像力の乏しいアナタには考えが及ばないのも無理ありませんね」
すかさず嫌味で返したルンルンに当然のごとく睨みを向けます。
「あ?」
「リーヤさんは私とことりさんの仲を見て影響されたに決まっています! そう思えば突然の愛の告白にも納得がいくと言うもの!」
ここぞとばかりにルンルンはことりの腕に抱きついて、仲の良さと愛し合っている様を見せつけるようにことりを見つめ始めましたが。
「そうかな?」
ご本人はこの通り、よく分かっていないきょとんとした表情で首を傾げたのでした。
「へー! そういう感じなのですねー!」
「コイツが勝手に言っているだけだ、間に受けるな悪影響だぞ」
「悪影響!? 今、悪影響と言いましたか!? 私のどこが悪影響なんですか!」
「存在」
「は?」
「まーた始まった〜おもろ〜」
「今日も賑やかだね」
「懲りない奴らなのですね」
「……と、いうか。みんな、あのね?」
皆が盛り上がっている中、トパーズは静かに切り出して皆の視線を集めます。
全員の注目を集めた彼女は大きく息を吸ってから、
「報告するにしても時と場合を考えようよ!!」
周囲に無数の魔物たちがひしめく中で絶叫したのでした。
そう、ここはダンジョンのど真ん中、いつも通り探索に出ていたら魔物の群れに遭遇してあっという間に周囲を包囲されて、ちょっとピンチな状況をどう対処するか悩み始めた時にネネイが告白の方向をしたのです。謎タイミングです。
報告した本人に反省の色は全くありません、それどころかちょっとだけ胸を張っています。あんまりないのに。
「今のうちに言っておかないと戦闘が終わったら忘れちゃうかもしれないと思ったのです!」
「それは否定できないけど! 今すっごく囲まれている状況なんだよ!? お話とかしている場合じゃないからね!? 続きは戦闘が終わってからで」
刹那。
「ほら」
バムがビックバムを唱えたことで爆発が起きて魔物は吹き飛び、
「てい」
ルンルンがイペリオンを唱えたことで光の螺旋が魔物を包み、
「よっと」
スイミーはナイトメアを唱えたことで魔物は闇の波に飲まれてしまいました。
こうして、あれほど数がいた魔物は影も形もなくなり、周辺はあっという間に浄土と化しました。ぺんぺん草ひとつ残っていません。
呆然とするトパーズの横で、ことりは足元にあった砂つぶを指でつまみ上げて、
「魔物がチリになっちゃった」
骨も残らず指ですり潰せる程度のチリと化した魔物は、ことりの指を離れて風に乗って消えてしまったのでした。
あっという間に魔物を殲滅させた魔法使い三人は仕事を終えるとすぐにネネイに向き直り。
「で、続きはなんだ」
「教えてくださいな? 今すぐに!」
「わくわく! 面白そう! 聞きたい! ワクワクワク!」
恋バナに興味津々と言った様子で続きを熱望していました。
「き、興味が戦闘力を爆増させてる……」
己の欲望のためなら手段を選ばないを体現した出来事にトパーズは顔を青くするばかり。人の欲望ほど恐ろしいモノはないのだと再確認したのでした。
顔色ひとつ変えてないネネイは腕を組んで頷いて、
「“魔法使いは絶対に怒らせるな”って言ってたお父さんの言葉の意味がやっと分かった気がするのです」
「納得してないで、早くリーヤさんとの秘め事の続きを教えてください! 私の胸が期待で張り裂けてしまう前に!」
鼻息荒く興奮しているルンルンの後で「爆発して跡形も残らなかったいい」とぼやく声がしました。誰が言ったのかは割愛。
絶大な期待と興奮を寄せるルンルンの顔が正面に近付いてきたのでネネイ、少しだけ迷惑そうに顔をしかめつつ。
「うわ近いのです……とゆーか、続きも何もないのですよ? リーヤちゃんに告白されて、私はまだお返事をしてないってお話でおしまいなのです」
「なんと!? 他には、告白以外に二人の仲が親密になるような素敵な恋愛イベントとかは存在しなかったのでしょうか!?」
「ないのですよ? ねっ?」
「急に僕を見るのはどうして?」
同意を求められたスイミーは本気で理解できず呆然とするばかり。
そこへことりがぽんと軽く手を叩きます。
「そっか、リーヤちゃんは大体オズくんと一緒にいるもんね。つまりそういうことだよスイミーくん」
「ドウイウコトナノカナーボクゼンゼンワカラナイナー」
非常にわざとらしい片言を使うのは無視することにして、ことりは続けます。
「それで、ネネイちゃんはいつ、リーヤちゃんにお返事するの?」
「決めてないのです! 今はまだお友達でもいいかなーって思っているのですよ?」
「え」
目を丸くして言葉を止めてしまいました。他の皆も同様に。静かな驚愕を表情に貼り付けて。
友達たちのリアクションの意味が分からず、ネネイは首を傾げてしまいます。
「あれ? みんなどうしたのです? 私、変なこと言ってたのですか?」
本気で理解してないご様子。変なことしか言ってないからこのリアクションだというのに。
五人は黙ったまま顔を見合わせた後、意を結したルンルンは恐る恐る声をかけます。
「つまり、その、非常に言いにくいのですが……リーヤさんからの告白はお断りするということですか?」
発言したルンルン本人だけでなく、ことりたちも固唾を飲んで見守りネネイからの回答を待ちます。
緊張感に包まれるメンバーとは異なり、ネネイの返事は非常にあっけらかんとしておりまして。
「んー……まだわかんないのです。断るって断言するのもまだちょっと違うって感じがするのです!」
笑顔で答えられてしまい皆は確信します。
「コイツはまだ何も考えていない」と。
そもそもネネイは冒険のことしか頭にない冒険娘。恋愛事が頭の中に入る余地はないのでしょう。ことり以外の四人は小さなため息を吐いたのでした。
「なんでみんな呆れてるのです? 何か変だったのですか?」
意味が分かっていないネネイは首を傾げるのでした。
「……やはり、冒険のことしか頭にないネネイに恋愛はまだ早い気か……」
「バムくん、ネネイちゃんはアタシたちと同い年だよ? そもそも、それはバムくんには言われたくないような……」
「う゛っ」
トパーズに告白した時のやらかしを思い出し、バムは心臓を締め付けられたような痛みに襲われたのでした。
なお、実際にそんな痛みは発生していません、ただのトラウマです。斧の。
ことりたちがリーヤの愛の告白を知ってから数日経ちました。
その日は何の変哲もない平日の放課後、天気は決して良くもなく悪くもない週の真ん中、気温は適温、とある空き教室。
「ノーマちゃんの恋愛教室にようこそ〜」
教卓の上に肘をついたノーマが、正面で仁王立ちしているリーヤにそんな挨拶を交わしたのでした。
「色々教えてもらうわよ、よろしくお願いするわね」
腕を組んでノーマを見据える姿はどう見ても教えを受ける態度ではありませんが、その目は真剣です。態度は悪いですが学ぶ姿勢は十分にありまして。
「…………は?」
ノーマの横で立ち尽くしているトゥカは唖然として、
「……え、なにこれ」
リーヤの隣で浮遊しているオズは呆然としていました。なお今は妖精サイズなので全長十センチ程度。
事態が全く飲み込めていない二人にノーマはにこにこで説明。
「なにって〜ノーマちゃんの恋愛教室だよ? リーヤちゃんに恋愛テクのプロであるアタシに色々と教わりたいって頼まれちゃったんだ〜」
「プロとは言ってないわよ。このパーティで恋人持ちかつ話が通じそうなのがアナタしかいないから相談しただけ」
「も〜リーヤちゃんってばノリが悪いな〜」
「待て待て待て!」
今にもノーマとリーヤで穏やかに話が続けられそうな雰囲気を察知し、オズは慌てて声を上げました。
「恋愛って何だ?! なんでお前らだけで話が勝手に進んでんだ?! どういうことなんだよトゥカ!?」
「オレに聞くな! オレが知ってるわけねぇだろうが!? 勝手に共犯にしてんじゃねーよ!」
勢いのまま飛び火しかけたトゥカが逆ギレしかける中、上機嫌のノーマが続けます。
「リーヤちゃんはね〜ネネイちゃんをモノにしたいから、その方法を教えて欲しい〜って感じ〜」
「え、あぁ……」
瞬時に話の流れを理解したトゥカは静かに納得しましたが、オズは吹き出して。
「ぶえっ!? は!? へっ!? 姐御!? マジでネネイに惚れてんの!?」
リーヤを二度見すれば即座に飛びます。舌打ちが。
「前からそう言ってるでしょ。あの子ったら私が告白したって言うのにいつまで経ってもいつもの調子のままで接してきて、最近は私が告白したことを忘れいている感じなのよね。一ヶ月も」
「そりゃ確かに長すぎだけど……だから痺れを切らして、よりにもよってコイツらに頼ったんすか!?」
「うわ〜オズにゃんってばその言い方はひど〜い、心外〜」
穏やかな口調で放たれるクレームを無視し、オズはリーヤの正面に飛びます。
「姐御、俺の見解を言わせてもらうと頼る相手をメチャクチャ間違えてる。コイツらろくなことを吹き込まねえぞ、破滅する方面の的外れなアドバイスしか出てこねえ、ハッキリ分かる」
善良な生徒からカツアゲしたり授業は基本サボりったりする素行の悪さを考慮しての説得。ノーマとトゥカの視線が鋭くなるのも承知の上で発言しました。
「あ? 勝手なこと言ってんじゃねぇぞハエの分際で」
「オズにゃんがアタシたちのことをどう思っているかよ〜く分かっちゃったよね〜」
「うっせぇわ! 姐御に変なことを吹き込んだら同パーティでも容赦しねえぞ!」
「こわ〜い」
微塵も怖いと思ってない軽い言葉がノーマから出ました。一応このパーティのリーダーはオズですがそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりの生意気な態度です。
ギリギリと歯を鳴らしつつなんて怒鳴ってやろうか考えている最中、リーヤからため息がこぼれまして。
「オズ邪魔、帰って」
説得虚しく、羽虫を追い払うように手をひらひらとされてしまい邪魔者宣言。これにより、この場においてオズの味方も賛同者も誰もいないことが決定付けられてしまいました。現実は残酷です。
ここで諦めて尻尾を巻いて帰るようなフェアリーではないのがオズなので、
「姐御の命令でも絶対に帰らないね! 今日ばかりは羽をちぎられようが体を鷲掴みにされようがハエ叩きでぶたれようが絶対に意見は曲げん! 俺の意地だ!」
高らかに叫び硬い意志を表しました。女子三人は非常に鬱陶しい虫を見るような目を向けるばかりでした。
「めんどくせーなこのハエ」
「ハエハエ言うな! つーか母性父性夫婦はどこ行った! いっつもお前らの素行を正そうとして、放課後になるとへばりついてるじゃねえか!」
恐ろしいほど人の話を聞かないエルフ夫婦(現段階では婚約者)の不在に触れると、リーヤが答えてくれます。
「ノーマが恋愛相談に応じてくれる条件があのエルフ夫婦の排除だったのよ。力技でもよかったけど後処理が面倒だし、ちょっと遠くへ行くタイプの少人数編成クエストを委託することで物理的に遠くへやったわ。早くても三日はかかるから奴らは当分不在よ」
「な、なるほど……その手があったか……」
これには素直に関心するオズでした。
「“カワイイ娘のために一肌脱いで欲しいの”ってねだるのがコツよ」
「ねだったんすか姐御」
「恋愛相談のためよ」
淡々と答えたリーヤはこれ以上多くを語ることはありませんでした。どこか遠くを見ていましたが気のせいでしょうか。
厄介なエルフがいなくなったことで上機嫌なノーマは軽く手を叩き、
「リーヤちゃんのお陰で本当に助かったよ〜アタシたちに平穏というかけがえのない宝物をくれたお礼に、リーヤちゃんが知りたいことをしっかりと教えてあげるね〜」
「それは有難いわ。例えばどんなことがあるのかしら」
「まず〜相手を肉欲に支配させて素直に言うことを聞かせる方法から〜」
「やめろぉおおおおおぉおぉおぉぉおぉぉお!!」
オズ絶叫。あまりの声量に耳が良いトゥカが迷惑そうに耳を塞ぎました。
「オズうるさいわよ」
「うるさくもなるわ! やっぱりこういうアウトな知識ばっかじゃねぇか! 姐御! 正攻法で挑む努力をちょっとはしてくれよ!」
「健全な方法が全てを万全に解決させていたら、世の中に不正なんて文字はないわ」
「否定はできん! だからってな、不純で下品な方法を肯定しても良いって理由にはなんねーんすよ!?」
「本当にうるさい妖精ね」
目の前で飛び回りながら喚き散らす妖精をどうやって潰すか考え始めた時、ノーマが教壇から離れます。
「まーまーオズにゃん、落ち着きなよ〜」
「元はと言えばお前が原因だが!?」
「正義感の強いオズにゃんがアタシたちのやり方を受け入れることができないのは分かるよ〜? でも〜オズにゃんが思う“悪い方法”のことを知っておくことはダメなことじゃないと思うな〜? 悪いお手本があるから良いお手本の説得力が生まれるってものでしょ〜?」
「お、おう……?」
不良娘とは思えない言い回しにオズの勢いが衰え、下を向いて考え始めてしまいました。
下を向いていなければ、ノーマの口元がほんの少しだけ上がったことに気付いたというのに。
「だからさ〜オズにゃんも聞いておいたらいいんだよ〜アタシたちの恋愛のすゝめ。オズにゃんも参考にしていいからさ〜」
「将来的に絶対に参考にしたくねえけど」
「あ〜でもオズにゃんの年齢を考えると、相手が男の子でも女の子でも犯罪になっちゃうか〜」
「言うなってそれを! つーか俺はなあ!」
文句を叫びながらノーマを見据えた刹那、頭の上に何か粒子が降ってくるではありませんか。
それは、目の前にいる笑顔全開のノーマが、まるでご飯にふりかけをかけるようにオズの頭に何かを振り撒いていまして。
「……これは?」
「睡眠薬〜吸い込むタイプ〜」
「え」
答えを聞いた時には既に手遅れ。急激に眠気に襲われたオズはへなへなと床に落下してしまいました。
「これで口うるさいのはいなくなったね〜」
すぐに万能薬を飲んで睡眠対策を整えたノーマは一仕事終え、満足げに額についた汗を拭うのでした。汗はかいていませんが。
「意外とあっさりうまく行ったよな」
「オズにゃんが単純で助かったね〜」
「善性が強いから騙されやすいのよ、コイツ」
「へぇ」
全く興味なく答えたトゥカ、床に落ちたオズの羽をつまんで持ち上げると、外へと続く窓を開けてそこから放り捨ててしまいました。
すぐに窓を閉め、鍵もかけておきます。
「よし、いっちょ上がり」
「本当に虫の処分みたいな捨て方だったわね」
「実際、虫みたいなモノだしね〜? じゃ、続きをしよっか〜リーヤちゃん」
「ええ。よろしくお願いするわ」
空が昼と夜の境目を映し出した頃、スイミーとことりは二人並んで校舎横の道を歩いていました。
「クロアシムシムアリの歩行時速測ってたら遅くなっちゃったねえ」
「うん。早く帰ろう」
下校時間が過ぎる前に急いで校舎から出ようと一緒に帰路につき、気持ち早めの足取りで歩いている最中。
「あっ」
ふと、ことりが足を止めてそのコンマ五秒後にスイミーも止まります。
「ことりちゃん? 何を発見したの? おもしろいもの?」
「あれ」
短く答えたことりは目の前の植え込みにある木を指します。校舎の横に並ぶように植えられている普通の木です。
二階ほど高さにある枝に、妖精サイズのオズが洗濯物のように引っかかっているのが見えるではありませんか。スイミーがちょっとだけ嫌な顔をしました。
「ぐー」
オズ本人はぐっすり熟睡中。いびきをかいて眠っています。
「オズくん寝てるね」
「見えちゃったから分かるよ? アイツ何やってんだろこんなところで寝て……ことりちゃんじゃあるまいし」
「気になるの?」
「いや別に」
「そっか」
小さく頷いたことり。何食わぬ顔でオズが引っかかっている木の元まで足を運びます。
スイミーが首を傾げる中、その木の幹を思いっきり蹴っ飛ばしたではありませんか。
「わおぉ!?」
腕力があることに定評のあるバハムーンの脚力もかなりのものです。木が衝撃による振動で枝を大きく揺らせば、引っかかっていたオズがぽろりと落ちてきました。
地面にぶつかる前にことりは手のひらでしっかりキャッチ。なお、衝撃と落下を味わったにも関わらずオズが起きる気配は微塵もありませんでした。
「ふう」
ことりは、安堵の息を吐いてからスイミーの元へ戻りまして。
「はい、オズくんだよ」
取れたてほやほやのオズを差し出したのでした。
差し出されたスイミーは顔を引き攣らせながら、オズとことりを交互に見ており。
「んー……えと、え? ことりちゃん? 気にならないって言ったよね僕? あれれ? 聞こえてなかった?」
「……あんなところで寝てたら風邪ひいちゃうでしょ?」
「あーっ! そっかぁ! コイツのこと心配してたのかぁ! ことりちゃんは優しいなぁ〜優しいねぇ〜」
彼女の行動に納得したようですがその言い草はどこかわざとらしく、何かを認めてないような白々しさがあります。
「……」
「いじっぱりだね」と、指摘しようかちょっとだけ迷ってから。
「……そうだね」
やめておくことにしました。簡単には認めないことをことりは知っているので。
「とにかく、オズくんを起こしてあげようよ」
「だね。じゃあアンスリプでもかけてやろうかな」
そう言ったスイミーが取り出したのは杖ではなくきれいな水。
キョトンと首を傾げることりの前で瓶の蓋を取ると、
「ちょっとごめんねことりちゃん」
ことりの手のひらの上で瓶をひっくり返すと、オズの頭上から大量の水が降り注ぐではありませんか。
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?」
まるで溺れる寸前の声というよりも音がオズから発生。逃れようにも水の勢いによりうまく体が動かせず手足をバタバタさせることしかできません。
「わお」
短く感心していることりが様子を観察している中、きれいな水が無くなってしまったのか水がぴたりと止まりまして。
その瞬間、オズは素早くことりの手のひらから飛び降りるとぽんっと軽い音がして、人のサイズに戻りました。
「殺す気かテメェ!!!!!!!!」
すぐさまスイミーの胸ぐらを掴んで絶叫。頭から水を浴びたので全身ずぶ濡れのままですが今はそれどころではないご様子。
なお、これに関しては誰が見てもスイミーが悪いのでことりは仲裁に入りません。黙ってハンカチを取り出して手を拭き始めました。
「錬金術の応用で見た目よりもたくさん容量があった綺麗な水でのお目覚めはどうだ〜い?」
「反省の色ナシかよテメェ! 人のおちょくるために変なもんばっか作りやがって! つーか起こすならもっと優しく起こせや!」
「痛みで起きるよりかはいいじゃんか〜贅沢なコバエだなぁ〜」
「どっちがマシかっつー問題じゃねぇよ! 牛乳を拭いた雑巾で机を拭くかトイレの掃除用具入れにある雑巾で机を拭くかどっちがいいかって二択を強いられてるようなもんだぞ!」
「ちゃんと洗っていても不衛生さを感じてしまうパティーンのやつか〜」
「もちっと真面目に受け取れやクソノームがよぉ!!」
そろそろ喧嘩のヒートアップの気配がしたので、ことりは口を挟みます。
「ところで、オズくんはどうしてあんなところで寝ていたの?」
小さく挙手もしつつ尋ねると、オズはことりを見ながらスイミーの胸ぐらから手を離しました。
「おっとそうだった……いやな? ノーマの奴に眠らされちまって……」
ここまで発言したところで、色々なことを思い出してしまい真っ青に。
「青くなった赤くなったり忙しいねぇコバエ」
敵のぼやきは無視し、オズは頭を抱え始めます。
「ここでお前なんかとじゃれあってる場合じゃゃねえんだよ! 早く、姉御と合流しねぇと……!」
「あ? 心外なんだけど」
「リーヤちゃんがどうかしたの?」
話が見えなくてことりは首を傾げ、オズは顔を上げます。その表情は珍しく酷く動揺していました。
「ノーマとトゥカに変なことを吹き込まれてんだよ現在進行形で! ネネイをモノにするとかなんとかで!」
「は? どゆことそれ」
「ネネイちゃんはモノじゃないよ?」
目つきを鋭くするスイミーとは異なりことりはずっと首を傾げたままです。これがモノの捉え方の差ですね。
しかしオズ、今はリアクション差に触れる余裕すらなく。
「やべぇぞやべぇぞ……放っておいたらあの二人に余計なことを吹き込まれた姉御がネネイに肉欲と淫行のかぎりを尽くして心も体もあれやこれやと」
学生の身でギリ許される発言が出た刹那、
「くぉらあああああああああああああああ!! ことりちゃんの前で変なこと言うなあああああああああああああああああ!!」
スイミー絶叫。その手はことりの両耳をしっかりと塞いでおり不適切な言葉が彼女の脳に届かないように配慮までされていました。
「?」
効果は絶大なのかことりはずっとキョトンとしたままです。スイミーの行動も理解ができていません。
その姿を見たオズ、冷静さを取り戻したのか顔を引き攣らせておりまして。
「……お前はことりの何なんだよ」
「なんだっていいでしょ! てかリーヤちゃんが何? どうしてアダルティな話になってるの?」
「あーうん言う、ちゃんと説明すっから。とりあえずことりも話に参加できるようにしてやってくれ、変なことは言わないから」
「次に変なこと言ったら君の耳元でナイトメア放つからね」
「怖……」
異常な執着心にやや引きながらも約束はしたので、スイミーはことりの耳から手を離してあげました。
そして、オズは語り始めます。
「姐御がネネイに告ったのは知ってるよなお前ら。つーか知ってろ」
「知ってる」
「知ってるよ、ネネイちゃんから聞いた」
「よし。で、なっかなか返事がねぇことに痺れを切らした姐御が強硬手段に出ることにしたっぽいんだよ。そのためによりによって不良娘共のノーマとトゥカに助言を頼みやがった」
「その選択さ、数ある手段の中でも悪手が過ぎない?」
「俺だってそう思った! だから止めようとしたのにノーマの奴に妨害されちまったんだよ!」
「だから眠らされてたのかあ。納得〜」
腕を組んで頷くスイミーですが、ことりは彼の肩をそっと叩きます。
「スイミーくん、告白の強硬手段って?」
びくりと肩が震えました。オズの表情も固まりました。
スイミーは振り返らずに答えます。
「…………交際スルカ、シナイカ、ハッキリシロッテ、詰メ寄ルコトカ、ナア」
とんでもない棒読みでした。棒読み世界チャンピオンになれそうなほどの見事な棒読みでした。
「詰め寄るってどうやって? 暴力?」
「暴力だったらリーヤちゃんが誰かに助言を求めるようなことはしないんじゃないかなあ……もっと他の、別のやり方だと思うよ? 僕が想像もつかないような何か……」
ちらりとオズを見やり、釣られてことりも一緒に彼を見ます。
何を求められているか察したオズは一瞬飛び跳ねそうになりましたが、
「や、やり方はともかく今は姐御だっつーの!」
雑に話を逸らしました。
「何をしようとしているのか知っているのは姐御だけなんだから、今は姐御を捕まえるのが先決だ! そっから情報のすり合わせとかしねえと!」
「じゃあ魔法で連絡すればいいじゃん」
「姐御は魔法で連絡するのをめんどくさがってやろうとしねぇんだよ! 連絡したい時は大体俺にやらせてっからな!」
「いい具合に利用されてるねえコバエ」
「うるせえ!」
怒鳴りつつも飛び立とうとしたその時です。
「あれー? みんな揃って何をしているのですー?」
話の中心にはいなくても重要人物であるフェルパー、ネネイの声がして三人は一斉に振り向きました。
見ればこれから帰るところなのか、足取り軽いままで三人の方へ歩いて行く姿が見えるではありませんか。異常らしい異常はゼロ、まだ大丈夫そう。
「ネネイ!?」
「ネネイちゃんだ」
「ネネイちゃん!?」
一人のフェアリーと一人のバハムーンと一人のノームの視線を一身に受けた一人のフェルパーは、三人の目の前で足を止めて。
「んえ?」
なんて呑気にキョトンとしていると、ことりが真っ先に尋ねます。
「ネネイちゃん、リーヤちゃんを見なかった? オズくんが探しているみたいなんだけど」
「リーヤちゃんなのです? さっき会ったのですよ?」
「何ぃ!?」
オズ絶叫、同タイミングでスイミーも絶叫。見事なシンクロでした。
「あ、姐御はお前に何か言ってなかったか……?」
そして恐る恐る尋ねればネネイは笑顔で答えてくれます。
「リーヤちゃんが急に私の部屋にお泊まりしたいって言い出したのです! だから今日はお泊まり会するのです!」
と。
「アウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウトアウト!!」
「んえぇ?」
首と手を横に振って叫び続けるオズとスイミーにネネイはキョトンとするばかり。さっきからこの二人、見事なシンクロが続きますね、やっぱ仲良いだろ。
「ダメなの? 好きな人同士は床を共にするんだってルンルンちゃんが言ってたよ?」
何がいけないのか理解ができないことりが不思議に思って尋ねると、オズが答えてくれます。
「あ、ああ……それに関しちゃあ間違ってはいねえんだよ、間違ってはな」
「問題なのは何を考えているかイマイチ読めないリーヤちゃんがそれをやってしまったら、その先に問題が発生する可能性があるってことが問題で問題な訳でね!?」
「慌て過ぎてゲシュタルト崩壊してっぞ! 落ち着けクソノーム!」
オズ絶叫。その後もやいのやいのと叫び続ける二人を見て、ネネイは首を傾げていました。ことりも一緒に。
「オズくんとスイミーくんはどうして急にマンザイを初めているのです?」
「詳しくはわからないけど……リーヤちゃんがネネイちゃんのお部屋にお泊まりするのって初めてのことだから、心配しているんじゃないかな」
「そーゆーことなのですね!」
ことりの意見を否定する材料がなにもないことから、ネネイは手を叩いて納得しまして。
「心配しなくていいのですよオズくん! 何も問題ないのです!」
と、安心させようとして無い胸を張って自信満々に言ってくれますが、オズは本音を包み隠さない怪訝な顔を浮かべてしまいます。
「……その自信と底抜けのない明るさはどっから来るんだよ」
「私からなのです! えっへん!」
つまり根拠などミリ単位でないということ。オズは額を抑えて深く息を吐いてしまいました。
「うむむ、心配だけど女子寮での話になってくると僕たちは手を出せないからなあ……」
ぼやくスイミーの言う通り、学生寮は共有スペース以外の場所では異性の立ち入りは基本的に禁止です。特別な事情があって教師に許可を取らない限りの侵入は校則違反と見做され、かなり重いペナルティが課せられます。
もしやオズによる妨害を防ぐためにあえて寮で……という考えを脳裏で駆け巡らせていると、
「……ネネイちゃん、本当にいいの?」
不意にことりがネネイを見据えて尋ね、ネネイはきょとん。
「何がです?」
「リーヤちゃんはたぶん、ネネイちゃんに告白した時の返事を聞こうとしているんじゃないのかな。ネネイちゃんの答えを聞くために、私たちでは想像もつかないようなことをしてくるかもしれないんだけど……それでも、大丈夫?」
まるで、小さな子供に対して使うような柔らかい口調のまま、真剣に諭すように言いました。
大切な仲間を、友達のためを想っての言葉。今ならまだ、引き返すことはできますし、引き返せないのであればこちらから引っ張る所存です。
「ことり……」
「ことりちゃん……」
オズとスイミーが固唾を飲んで二人を交互に見やる中、ネネイは笑顔で答えます。
「はいなのです! 問題なんてないのですよ!」
根拠はない、人の善性しか信じない素直でまっすぐな少女から放たれる明るい言葉。
それを受けたことりは、小さく頷きます。
「わかった。ネネイちゃんを信じるよ」
「い、いいのかよ? マジでいいのかよ?」
心配性なオズが何度も聞きますがことりの意思は揺らぎません。
「うん。リーヤちゃんの強硬手段がどんなモノなのかはよくわからないけど、ネネイちゃんなら大丈夫……それに」
「おう、それに?」
軽々しく尋ねると、
「万が一、リーヤちゃんがネネイちゃんを泣かすようなことをしたら……容赦するつもり、ないから」
いつもより少し低い声色で、右手の拳を握り締めながら言い切りました。
「……」
オズ、真っ青。
その耳元でこっそりと、ことりたちに聞こえない声量でスイミーは囁きます。
「……あの時、僕が言ったことの意味がよーく分かったでしょ」
「眠れる竜を起こすなってことだな……ってか足を蹴るな足を」
しれっと攻撃も忘れません。何も聞こえてないことりとネネイにとってはスイミーが突然攻撃したように見えますが、この二人の間では特段珍しいことでもないので、特に触れられることはありませんでした。
「よくわっかんねーのですけど、みんな心配しすぎなのですよ。大丈夫だって言ってるのですよ?」
どこまでも明るいネネイにスイミーは言います。
「分かってるよ……ことりちゃんが信じるって言うなら僕も君を送り出すけど……でもまあ、うん、油断はしないでね?」
「油断? わかんないけどわかったのです!」
「ふ、不安……!」
顔色がどんどん優れなくなるスイミーの横で、詫びの品をどうするかの算段を立て始めるオズなのでした。
