追憶は夢の中で
それは、放課後になると毎日ように発生する常設イベントのようなもので。
「がるるるるるる」
「ぐるるるるるる」
今日も今日とて、スイミーとオズはモーディアル学園廊下のど真ん中でいがみ合っていました。真剣勝負だからかどうかは分かりませんが、オズはいつもの妖精サイズから人サイズになっています。
決して高くない同身長の二人が睨み合う姿は若干の微笑ましさが……。
「何でお前がこんなところにいるんだよクソノーム! 目障りなんだよ! どっか行けや!」
「なーんで僕がお前の言うことなんて聞かなきゃいけないのさ〜? ハエはハエらしくぶんぶん飛んで虫取り用の粘着テープにでも引っかかってたらいいんじゃないのぉ〜?」
「誰がかかるかあんな見え透いた罠! つーか俺らの教室にあれ仕込んだのお前だろ! しかも二十本も! 何でそういうくっだらねえことに全力なんだよお前よぉ!」
「知らないね〜知らないね〜業務用の虫取りテープのことなんて知らないね〜? 暑くなってきて虫が増えやすいこの時期だからあってよったんじゃないのぉ〜? でかい蚊が引っかかったって聞いたよぉ〜?」
「百パー確信犯じゃねえか! 誰が処分したと思ってんだよアレをよぉ!!」
「お勤めごくろー様じゃん」
「どタマにイペリオンぶち込んで頭発光させてやろうかあああああああああ!!」
あるように見えてないかもしれません。
犬猿の仲である二人の対立はこのように非常に賑やかです。通りすがりの生徒たちが視線だけ向けつつ距離をとっており「あれやったのアイツか……」なんて呆れる声まで聞こえてきますね。
男女問わず人々の注目を集めている中で、
「懲りないわね、アナタたち」
少し離れたところで呆れ顔で見守るリーヤがため息を吐いていました。毎日のように見ている光景を前に思うところは特に全くなく、内容もくだらなすぎて止める気も起こらないご様子。
さてこの二人、特にオズ。恐ろしい姐御の言葉ぐらいで争いを沈静化させるほどの仲ではないため。
「止めないでくれよ姐御! 俺はこのクソノーム野郎に一泡吹かせるまで止まる気はねぇんだからよ!」
「止める気もないわよ」
飽き飽きした様子で髪をいじり始めるリーヤ。ここから離れてネネイでも探しに行こうかとも考え初めていました。
騒ぎはもう少しだけ長く続くと思われていましたが、ここでスイミーが鼻で笑い、
「僕に一泡吹かせる? そんな芸当ができるって本気で思ってるわけ?」
相手を心から見下した態度で言うので、オズのストレスがもうひと段階上昇します。
「思ってるっつーの! 現に俺は冒険者学校や魔法学校をいくつも卒業してる実力派なんだぞ! 経験も知識もお前よりは上なんだよバーカ!」
「あら? オズ、アナタ十六歳って言ってなかった?」
「姐御はちょっと口を挟まないで」
年齢に関する指摘に瞬時に反応した直後、スイミーは、
「はっ、笑わせる」
小馬鹿にしたように言い、いくつかの紙を取り出してオズの前に広げました。
「え、これは」
勢いを失って紙を見るオズ。それはつい最近見た覚えのある紙ばかり。
話に興味を持って寄ってきたリーヤもその紙を視界に入れまして。
「これってこの前の中間テストじゃない」
ぽつりと答えをぼやいてから紙の上部、名前の横に記載されている点数に自然と目を向けます。
五枚取り出した答案用紙たち、その全てがしっかり満点でした。
「は!?」
「おお」
驚愕するオズに感心するリーヤ。二人揃ってスイミーを見れば彼は得意気に胸を張り、
「僕に一泡吹かせたいのなら、まずはこれを超えてみることだね〜? ま? 形だけの賢者であるキミには? まっ? 無理な? 話で? あるわけだけどねぇ〜?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
完璧すぎる内容によりオズは完全敗北を悟り、絶叫しながらその場に崩れ落ちてしまいました。そして、虚しく床を殴ることしかできなくなりました。
冷たい視線でそれを見下すリーヤは呆れながらぼやきます。
「オズも点数良かったじゃない」
「あんな完璧を出されたら偏差値がどれだけ良くても霞むっての!!」
「あっそう」
じゃあもういいやと言わんばかりに目を逸らしてしまったのでした。
さてスイミーといえば、敵対する妖精の心底悔しそうかつお手本のような「敗北者」の姿に喜びと愉悦と高笑いが止まらないようで、それはそれははしゃぎながら。
「はーははははは! 敗者の雄叫びは心地いいねぇ〜! どんどん聞かせてもらっていいよぉ〜♪」
調子に乗り始めました、すぐさまオズに睨まれましたが。
「誰がこれ以上嘆くかボケェ!」
「あっそう? じゃあもういいや」
即座に飽きたらしく紙を戻すと、二人にさっさと背を向けて、
「僕はこんなのに構っている暇とかないから、もう行くね〜」
軽い口調で言いつつ足を進めようとした時です。
「ちょっと待ちなさいスイミー」
「どしたのリーヤちゃん?」
振り向きつつ首を傾げます。オズ以外の言葉には素直ですね。
そんな彼にリーヤは尋ねます。
「ことりはどうしたの? アナタたち、いつも一緒にいるのに別行動なんて珍しいわね」
ここでようやくことりの不在に気付いたオズも顔を上げます。周囲を見ますがあのマイペースかつゴリ押し得意なバハムーンの姿はどこにもありません。何なら遠巻きに見ていた他生徒すらいません。
問いかけにより、スイミーはそっと視線を落とすと、
「……ことりちゃんは、全教科赤点取って補修喰らったから、しばらく遊べないんだ……」
「あの子……」
リーヤ呆れたように大きなため息を吐いたのでした。
図書室。
本の貸し借りだけでなくクエストの受付や掲示板もある、冒険者学校の学生であれば誰もが関わりを持つ、冒険者生活中心の場。
常に大勢の生徒で賑わっているクエスト掲示板から少し離れた静かな場所、すなわち自習スペースの長机にオズは伏せていました。
「はぁ……悔しい……」
人サイズのまま、悔しさのあまり嘆き続けるだけの状況がもう数十分は続いていました。時折、先ほどの高笑い等々が脳裏を高速で駆け巡るため、その度に歯をギリギリ鳴らして永久歯に傷をつけてしまいます。
周囲に人がいないことも相まって、しばらくそのままの状況で放置されていたのですが、
「無駄に張り合うわね、アナタたち」
音もなく戻ってきたリーヤが言えば、オズは顔を上げて振り向きます。
「アイツにはどうしても負けたくないんすよ。分かるっすか姐御」
「ぜんぜん」
即答でした。この回答は予想できていたので驚かずに続けて、
「姐御が創造神に敵対心を向けているの似たような感じっすよ」
彼女だけが分かる例えを出せば、予想通りリーヤは軽く手を叩いて納得。
「それなら分かるわ。じゃあ早く彼を殺しなさい」
「極端! 急に殺意生えてきた!!」
オズ絶叫。周囲に人がいないため睨まれることはありませんでした。
「姐御にはゼロか百しかないん!? 嫌いだからって殺すことはないだろ!?」
「嫌いならさっさと殺そうとするものでしょ? そのためには手段なんて選んでられないわ」
「どんだけ殺伐とした世界で生きてきたんすか……」
「神の世界は弱肉強食なのよ。常に信仰心の奪い合いだったわ。邪神だった私は何もしなくても人の恨みつらみが集まってくるから、信仰心を奪う努力をする必要もなかったけど」
「さいでっか……」
リーヤ自称の神トークについてはツッコんでいたらキリがないため軽く流すだけにしておくとして。呆れつつもオズは席から立ち上がり、リーヤの横に並びました。
「ところで、いい感じのクエストは張り出されたっすか?」
「なかったわ、どれもこれもレベルが低い。あんなのばっかりこなしてたら創造神を殺す力なんていつまで経っても得られないわよ」
「姐御のお眼鏡に叶うやつがないなら、トゥカたちもノってくんねーよなあ……」
リーヤよりも癖とワガママが強い不良娘たちの機嫌も考え、オズはまたため息を吐いたのでした。
「次の探索はクエストをこなすんじゃなくて、鍛錬と称して遠出でもしようかねえ」
「それがいいわね、私も飽きないし。オズもスイミーに一泡吹かせられるほどの実力を付けられるでしょ」
「だからアイツの話はしないでくれって……頑張って忘れようとしてんのに」
「頑張って忘れてもふとした拍子に思い出すでしょ? 悔しさとかの苦い思い出は記憶に残りやすいもの。自分が敗北した記憶というモノは厄介で、いつまで経っても記憶の髄に焼き付いているものよ」
「…………」
苦虫を噛み潰したような表情のまま黙り込んでしまいました。
ここでリーヤに文句をぶつけたいところですが、ひとつふたつ言ったところで気分が晴れないのは明白ですし、下手をすると理不尽な暴力が飛んでくるのは必須。
よって、オズは下唇を噛み締めて我慢するしかありません。
相方の悔しそうな表情を見ようともしないリーヤは、淡々と吐き捨てるように言います。
「そもそも、アナタって彼より何かしら優れるって断言できるところはあるの? 年齢と速度以外で」
「それは!」
言いかけたところで少し考え。
「……それは」
更に考え。
「……それ、は……」
もっと考え。
「…………」
黙ってしまいました。
「成績はさっきのテストで提示された通りだし、魔法の威力も彼が上よね。ことりやネネイから話を聞いた程度しか知らないけど、あれが本当なら間違いなく威力と精度も負けてるわよ」
「……」
「オズが人サイズに時に限るけど、身長も同じぐらい。ノームとフェアリーだからどちらにも飛行能力があるし……やっぱり年齢と速度ぐらいしか誇るところがないんじゃない?」
淡々と述べ続けるリーヤですがその言葉のひとつひとつはオズの心に突き刺さっています。言葉の刃による痛みと苦しみをじっくり感じてしまっています。とうとう胸を押さえ始めました。
「……姐御は、俺にトドメを刺したいのか慰めたいのか協力したいかどれなんすか」
若干恨めしそうに睨みますがリーヤはどこ吹く風で明後日の方向を見まして。
「率直な意見を述べているだけで、オズに何かしたい訳じゃないわよ」
「さいでっか……」
項垂れてしまうオズ。なかなかの落ち込み様です。
「くっそ……負けっぱなしは癪だ……何より人を舐め腐ったあの態度が腹立つ……大人を何だと思ってんだあのクソガキ……」
先ほどの屈辱を思い出しているのか、歯をギリギリと鳴らしてこれでもかと悔しさを露わにしています。握った拳を奴に振り下ろせないのがもどかしいところ。
しかし、リーヤはずっと冷淡で。
「とうとう自分が歳上だと認めたわね。アナタの年齢設定って最近ブレブレじゃないの」
「やめてくれ姐御! 薄々自分でも分かってるから! それをあえて言葉にしないで!」
「ワガママね……ところでアナタって歳いくつなの?」
「それは姐御であってもトップシークレットなんで!」
しれっと質問を回避したところで。
「ええい! こうなったら!」
誰もいないことを良いことに高らかに叫び、リーヤが心底鬱陶しそうな表情を浮かべました。
「あのクソノームの弱みを握ってやる! 自分が優秀だからって大人を舐め腐りやがって! 俺だけならまだしも他の教師たちにも舐めたクソ生意気な態度を取りやがる! 大人を見下していやがる! だったら! たまにはちょいと痛い目に遭ったとしてもバチは当たんねえだろ! 本気になった大人……っつーか、俺の恐ろしさを腐った精神体に叩き込んでやらぁ!!」
「勝てる見込みがないから姑息な手段に出るということね」
鋭く冷たい指摘が飛び、オズの心がちょっとだけ痛みました。
「負けてるとかじゃないから! アレだよあれ! 戦う前に敵を知ることって大事だろって感じの話! 姐御だってそういうのあっただろ!?」
「そうね。でも、いくら調べても創造神に弱点らしい弱点はなかったから、力技で突っ込んいくしかなかったわ」
いつもの神様持論はともかく。
「実力で勝てねえならせめていつもの口喧嘩で勝とうって魂胆だ! うん! それだなそれ! きっとそう! 早さしか勝るところがねえなら他にも得意項目を増やせばいい! そのためなら手段は選ばねえ! 姐御の自論を借りるぜ!」
「あっそう」
無理矢理それっぽい結論を付けました。言葉を借りられたリーヤは本当に興味なさそうです。
「弱みを握ったり情報を得たりするのはいいとしても、手段はどうするの? ことりたちに聞き込みでもする?」
「告げ口されたら一発アウトだからそこは避けてぇな……つーか奴らが俺の肩を持つ理由がそんなにねぇ」
一部除いて仲良いし……とぼやきつつ、ちょっとだけ羨ましさも覚えました。反抗期真っ盛りの娘を三人と、自称父と母の予測不能暴れエルフを抱える自分のところとはえらい違いなので。
彼の心労など知らず、反抗期真っ盛りのリーヤは質問を続けます。
「この世界ではたくさんの魔法技術が開発され、発展もしてきているのよね。だったら相手の弱みを握れるような魔法ぐらいあるんじゃないの?」
「そんな都合の良すぎる魔法なんてある訳な」
ここまで言った直後、オズの脳裏に電流が走る。
「はっ! そうか!」
「ん?」
「姐御ちょっと待っててくれ!」
きょとんとするリーヤを置いてオズは駆け出し、図書室から飛び出してしまいます。人がいないからと言って図書室では走らないようにしましょう。
「……何なのよ」
小さく文句を飛ばしつつも、リーヤはオズが座っていた席に腰を下ろします。若干温もりが残っていました。
彼が戻ってくるまでの時間を潰すため、どこからかノートを取り出します。授業中に板書を写すために使う、ごくごく普通の学生用のノート。
表紙にはタイトルもあります。その名も「破壊神様の功績と素晴らしさ大全・Ⅲ」
ノートを広げれば、綺麗な字がびっしりと書き連ねているではありませんか。その全てが彼女が何よりも信仰する破壊神様の詳細や、引き起こした事件や事故、出来事の数々が記載されています。もはや創作小説のよう。
「ええと、どこまで書いたかしら」
小さくぼやいてペンを取り出し、前のページを少しめくって内容を確認してから、白紙のページに文字を書き始めます。
筆のスピードは止まることを知らず、図書室にペンを走らせる微かな音だけが響き、白紙のページがあっという間に文字で埋め尽くされたところで。
「これだぁ!!」
「どれよ」
オズが戻ってきました。時間にして十分弱ほど。
その手には白い球が握られていました。ピンポン玉よりも一回り小さい球体です。
彼を見ようともしていないリーヤの横に立ったオズは気揚々と続けます。
「待たせて悪ぃな姐御、ちょいと自分の部屋まで戻ってこれを取りに行ってたんだよ」
「何をよ」
ノートの前に白い球を置きます。それなりに軽い音がしました。
「“夢見の真珠”っつー魔道具でな、これを使うと相手の夢を見ることができるんだよ」
「なんで人の夢なんて見るのよ」
文字を書く手を止めずに尋ねればオズは答えます。
「夢ってのは記憶を整理するために見るものだ。だから、人の夢を見ればソイツの記憶を覗くことができるってワケ。見たい記憶もある程度コントロールできるらしいぞ?」
すると、リーヤは文字を書く手を止めました。
静かにノートを閉じ、オズの方を見て。
「つまり、それを使えば相手のプライバシーを侵害し放題ってことね。なかなか悪質な物を持っているじゃない」
ニヤリと笑って言いました。
潔白なセレスティアらしからぬ邪悪さを感じ、オズは顔を引き攣らせ、
「……なんで姐御、そういう悪辣な話題には食いつきがいいんすか」
思っている言葉をそのまま出力すれば、リーヤはどこか得意げに返すのです。
「私は元々、人の悪感情を糧にして産まれた邪神よ? そんな私が倫理や道理に反する行為を好ましく思うのは当然でしょ? そういった行為から生まれる負の感情は私の糧や力になるのだから」
「だから暴力的だし不良娘のトゥカやノーマとイヤに気ぃ合うんすね……」
ため息を吐きつつ、彼女の堕天の原因を垣間見た気になったオズでした。
「人の体になってしまった今の私に、悪感情を糧にする力は全くないわ。今やこれは単なる習性とか趣味嗜好と言って過言じゃないわよ……で? この魔道具はどうやって使うの?」
話を戻したリーヤが尋ねれば、オズはすぐに説明に入ります。
「まず、枕の中にこれを仕込みます」
「ええ」
「次に、夢を見たい相手を連れてきます」
「そうね」
「その後、ソイツと自分とで……抱き合って…………寝ます……」
「急にハードルをぶち上げてきたわね」
自分で言いながらダメージを受けたのか、オズは机の上に手をつくとそのまま項垂れてしまいました。
「そうだった! それがあったんだったこの魔道具! 忘れてた! 姐御に説明するまですっかり忘れてたぞ畜生!」
「どうして急に密着することになるのよ」
「これ元々は恋人とか夫婦の浮気防止用アイテムだから!」
「なるほど」
合点がいったのか手を叩いて納得してくれました。
「で、何でアナタはこんな魔道具を持っているのよ。恋人でもいたの?」
「いや昔、便利だけど使用条件がちょっとアレな魔道具を集めるのにハマってただけで……」
「どういう精神状態がアナタをそうさせたのよ」
「若気の至りってやつっす」
「実年齢いくつなの?」
「黙秘権行使」
年齢に関する話題は雑に回避し、真珠を再び手に持ちます。
真っ白い球体は不透明度が高すぎるせいか、持ち主の顔を一切写しません。照明の灯りを反射し自身の輝きをアピールしていました。
「やっぱダメかなこの魔道具……自分の記憶を覗かれるぐらいなら別にいっかーって思ってたけど、それ以前のクソデカハードルがあったわ……」
「自分の記憶? どういうこと?」
オズはきょとんとしているリーヤを見まして。
「これは夢を共有する魔道具だからな。共有するっつーことは相手の夢だけじゃなくて自分の夢も見られちまうってこと」
「痛み分けね」
納得しつつも更に疑問が生じます。
「オズは記憶を見られてもいいの? 相当なリスクだと思うけど」
自身の記憶の提示は、例えるなら全裸の自分を曝け出すと言っても過言ではありません。自称元神様であるリーヤでさえもそのリスクは想像に難しくないようで、青色の目は少しだけ鋭くなっていました。
心配しているのか信じられない生き物を見ているのか……心情は定かではありませんが、オズの答えはあっさりしたもので。
「いいっすよ、俺に恥ずかしい過去なんてないんで。つーか人の記憶を覗くなら自分の記憶も覗かれる覚悟じゃねえとフェアじゃないっしょ?」
取り繕うようなモノでもなさそうな、本心のような言葉。
正直者すぎる様にがっかりしたのか呆れたのか、リーヤは大きなため息を吐き、
「姑息なのかそうじゃないのか分からない妖精ねアナタって。変なの」
さっさと視線を逸らしてしまいました。「つまらない……」と言わんばかりの表情ですね。
セレスティアだというのに邪悪な思考にしか興味を抱かない姐御に内心引きつつも、態度にも言葉にも出さないオズはぼやきます。
「やっぱダメだなこの魔道具……恋人でもなんでもないのに抱き合って寝るなんてキツイっての」
「彼とはそこまで仲じゃなかったのね」
「ねーから!? なんでそう思ったん!?」
速攻で否定すると、リーヤはオズに視線を戻し。
「手伝ってあげてもいいわよ?」
「はぇっ!?」
唐突にそんな提案をしたものですから、驚きついでに真珠を放り投げて落としそうになり、慌てて空中でキャッチしました。
目に見えて慌てている相方を気にかけることなく、リーヤは続けます。
「スイミーを連れてきつつ眠らせてあげるわよ。もちろん条件付きだけど」
「そりゃあ助かる! けど、どういう風の吹き回しで!?」
「暇だからなのと、その真珠が本当に相手の夢を見れる魔道具か確認したいだけ。あ、真珠を使うのはもちろんオズだから」
「もちろんそれは分かってるっすよ! いやぁラッキー! 姉御がいるなら百人どころか千人力だな!」
自称邪神の強さを知っているためこれほど頼もしい存在もなく、指を鳴らして喜ぶオズでしたが、ふと気付いて。
「でも姐御ってスリープの魔法使えなかったよな? まさか正面から頼み込む気じゃあ……」
スリープどころか魔法全般が不得意な姐御を見て、不安気に尋ねましたが帰ってきた答えは自信に満ち溢れていました。
「アナタの計画が破綻するような真似はしないから安心しなさい。で、協力する条件なんだけど……」
「なになに? なんでも言って!」
軽々しく言えばリーヤはふと、図書室の高い天井を見上げます。
でも、見ているのは木造の天板ではなく、もっともっと別の、彼女にとって最も尊きもので。
「今週末に購買に並ぶのよ、月に一度だけ販売されるジャンボビッグ焼きそばパン。エネルギーとカロリーと量の化け物と称される、ただただ大きさだけに拘った一品……」
「へい! 奢らせて頂きやす!」
九十度の綺麗なお辞儀を披露したことで、交渉成立しました。
図書室を後にして、リーヤは購買部へ向かいます。
心配なのと計画の遂行を見守るため、妖精サイズに戻ったオズも距離を取りつつ後ろからついていきます。その姿は若干ストーカーのよう。
さて、リーヤの目論見通り、スイミーは購買部にいました。
「スイミー」
「あれ? リーヤちゃん? どしたの?」
その手には買ったばかりであろう硬石がたくさん。防具の強化をするためのアイテムのためかなりの数を確保しなければならないため、こうして大量にまとめ買いする生徒は少なく無いとか。
振り向きつつリーヤと向き合ったスイミーですが、その視線は彼女ではなくその周囲を見ています。何を探しているのかは一目瞭然ですね。
「オズならいないわ。私ひとりよ」
「ありゃそう? あのハエはどしたの?」
「知らない」
実際は後ろからこっそり着いてきているのですが、どの辺りにいるかは把握してないため半分ぐらいは嘘ではありませんね。
「そんなことよりも、私は貴方に頼みたいことがあって来たのよ」
そう切り出し始めると、スイミーの目は輝きを発します。
「えっ!? なになに!? リーヤちゃんが僕に!? 良いよ良いよ何でも言って! 報酬はあのハエの弱味でいいよ!」
ストレートに目論見を発言しました。リーヤは無表情のままですが後方のオズは歯をギリギリ鳴らしています。
大変無邪気な邪悪を前に、リーヤは軽く息を吐き、
「考えていることは大体一緒なのね、貴方たち」
「へ?」
きょとんと首を傾げた直後でした。
目にも留まらぬ速さで接近し、アッパーカットをクリティカルでヒットさせたのは。
「ごはぁっ」
どんな魔物の攻撃よりも重い一撃は、彼を地上から空中に放り投げるには十分な威力を有しています。
瞬時に意識を手放したスイミーは宙に浮きました。その拍子に硬石たちがバラバラと地面に転がり落ちていきます。
周囲の生徒や購買部で働くバイト店員が呆然とする中、意識がないまま短い空中浮遊を堪能したスイミーは頭から床に落下。着地と共にちょっと嫌な音がしました。
ぴくりとも動かなくなったノームを見て、リーヤはほっと一息。
「よし、完璧な作戦だったわ」
「暴力による力技は作戦じゃなくて通り魔なんだよ馬鹿野郎!!」
オズ絶叫。同時に目撃者である一般生徒たちから悲鳴が上がりました。
恐怖とパニックに包まれた購買部でしたが「責任持って介抱するから任せておけ」と言って生徒たちを宥め、オズとリーヤは気絶したスイミーを保健室ではなく、中庭まで運びました。
中庭に彼を運んだのはもちろん、夢見の真珠を使うため。保健室だと一般生徒や教師の目がある可能性が高いため利用を断念するしかなく、寮という案もありましたが、それでは女子生徒であるリーヤが関与できなくなってしまうため妥協して中庭です。
「ちょっとした事故で気絶してしまった彼を介抱するから近付かないで欲しい」とデタラメを言って他の生徒たちを遠ざけ、ついでに枕も持ってきて夢を共有する準備が整いました。
「で? 誰もここまでボコボコにしろって言ってないんだけど?」
芝生の上に寝転がされたスイミーの前で、オズは不満たっぷりの声をリーヤに浴びせました。ちなみに人サイズに戻っています。
しかし、枕を抱えているリーヤの辞書に反省の文字などなく。
「あら? 嫌いなヤツがボコボコにされたのよ? スカッとしないの?」
「しませんけどぉ!? 惨すぎるって姐御は! 姐御はいつもそう! 暴力が最適解だと思ってる! それは考えうる限り一番の悪手だって何度言ったら分かんの!」
「自分の手で下す方がいいってことね」
「ちげーから! お願いだから痛みと暴力から一定の距離取って!」
「でも良い具合に気絶したからいいじゃない」
「したけど! それはありがとうございました!」
過程は惨かったものの目的を達成してくれたことに変わりはなく、オズは九十度の綺麗なお辞儀を披露して礼を述べておきました。
直後に真っ青のまま気絶しているスイミーを見て、大きくため息を吐きます。
「あーあー可哀想に……俺が発端だけどよ、外傷だけ治しておいてやるか」
さっさとルナヒールを唱えると、スイミーの外傷はみるみると塞がっていき、心なしか顔色も戻りました。
それを信じられないような目で見ているリーヤは。
「……嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだけどこの状況を笑い飛ばすほど俺は非道じゃないんで」
「ふーん、変なの」
理解できない生き物を見るような視線を向けていました。
暴力と破壊が大好きな姐御が何を思って自身を見ているのかぐらい分かります。
分かった上で言葉をかけないのは、人の考えを変えるには言葉程度ではダメだと知っているからです。経験論で。
さて、回復魔法での治療を終え、オズは軽く息を吐きます。
「よし終わり。保健室から借りてきた枕に真珠も仕込んだし、後は俺が寝るだけだな」
「そうね、早くしなさい」
枕を差し出し、リーヤはそう言いましたが。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………」
オズはぴくりとも動かず、謎の沈黙が産まれたので。
「寝なさいよ」
若干キレ気味に言って彼の足をがしがし蹴り始めました。
「イテ、イテテ! いやその、なんつーかな!? やっぱ抱き合うのがキツイっつーか!?」
「ここまできて、そして私に労働させておいて何を言っているの? 早くしないと彼、起きるわよ」
至極真っ当な正論。オズの足を蹴る力も次第に増してきて、鈍い痛みがどんどん増えていきます。
「痛え痛えって! そうだけどな! そうなんだけど……」
バックステップで蹴りから逃げるオズ。言葉尻は濁ったままで、次の言葉が必要なはずなのにいつまで経っても出てきません。
するとリーヤ、大きなため息を吐いて。
「仕方ないわね。手伝ってあげるわよ」
「マジっすか!?」
「ジャンボ焼きそばパンおかわり」
「りょ!」
深いことは言わずとも分かります。何度目かの綺麗なお辞儀を披露してからオズはすぐに顔を上げ、
「で? 手伝うってどうすんの?」
「聞かなくても分かるでしょ?」
淡々と言い、枕を一度足元に置いてからオズの目の前まで近付いて。
「……あ」
全てを察し真っ青になったところでもう遅い。
次の瞬間、目のも止まらぬ早さで繰り出されたみぞおちへの一撃を避けることができませんでした。
「ぐおぉっ」
腹部への重い一撃により、オズの意識はどこかへ飛んでいってしまい、あっという間に気を失ってしまったのでした。
「……おやすみなさい。良い夢を」
「がるるるるるる」
「ぐるるるるるる」
今日も今日とて、スイミーとオズはモーディアル学園廊下のど真ん中でいがみ合っていました。真剣勝負だからかどうかは分かりませんが、オズはいつもの妖精サイズから人サイズになっています。
決して高くない同身長の二人が睨み合う姿は若干の微笑ましさが……。
「何でお前がこんなところにいるんだよクソノーム! 目障りなんだよ! どっか行けや!」
「なーんで僕がお前の言うことなんて聞かなきゃいけないのさ〜? ハエはハエらしくぶんぶん飛んで虫取り用の粘着テープにでも引っかかってたらいいんじゃないのぉ〜?」
「誰がかかるかあんな見え透いた罠! つーか俺らの教室にあれ仕込んだのお前だろ! しかも二十本も! 何でそういうくっだらねえことに全力なんだよお前よぉ!」
「知らないね〜知らないね〜業務用の虫取りテープのことなんて知らないね〜? 暑くなってきて虫が増えやすいこの時期だからあってよったんじゃないのぉ〜? でかい蚊が引っかかったって聞いたよぉ〜?」
「百パー確信犯じゃねえか! 誰が処分したと思ってんだよアレをよぉ!!」
「お勤めごくろー様じゃん」
「どタマにイペリオンぶち込んで頭発光させてやろうかあああああああああ!!」
あるように見えてないかもしれません。
犬猿の仲である二人の対立はこのように非常に賑やかです。通りすがりの生徒たちが視線だけ向けつつ距離をとっており「あれやったのアイツか……」なんて呆れる声まで聞こえてきますね。
男女問わず人々の注目を集めている中で、
「懲りないわね、アナタたち」
少し離れたところで呆れ顔で見守るリーヤがため息を吐いていました。毎日のように見ている光景を前に思うところは特に全くなく、内容もくだらなすぎて止める気も起こらないご様子。
さてこの二人、特にオズ。恐ろしい姐御の言葉ぐらいで争いを沈静化させるほどの仲ではないため。
「止めないでくれよ姐御! 俺はこのクソノーム野郎に一泡吹かせるまで止まる気はねぇんだからよ!」
「止める気もないわよ」
飽き飽きした様子で髪をいじり始めるリーヤ。ここから離れてネネイでも探しに行こうかとも考え初めていました。
騒ぎはもう少しだけ長く続くと思われていましたが、ここでスイミーが鼻で笑い、
「僕に一泡吹かせる? そんな芸当ができるって本気で思ってるわけ?」
相手を心から見下した態度で言うので、オズのストレスがもうひと段階上昇します。
「思ってるっつーの! 現に俺は冒険者学校や魔法学校をいくつも卒業してる実力派なんだぞ! 経験も知識もお前よりは上なんだよバーカ!」
「あら? オズ、アナタ十六歳って言ってなかった?」
「姐御はちょっと口を挟まないで」
年齢に関する指摘に瞬時に反応した直後、スイミーは、
「はっ、笑わせる」
小馬鹿にしたように言い、いくつかの紙を取り出してオズの前に広げました。
「え、これは」
勢いを失って紙を見るオズ。それはつい最近見た覚えのある紙ばかり。
話に興味を持って寄ってきたリーヤもその紙を視界に入れまして。
「これってこの前の中間テストじゃない」
ぽつりと答えをぼやいてから紙の上部、名前の横に記載されている点数に自然と目を向けます。
五枚取り出した答案用紙たち、その全てがしっかり満点でした。
「は!?」
「おお」
驚愕するオズに感心するリーヤ。二人揃ってスイミーを見れば彼は得意気に胸を張り、
「僕に一泡吹かせたいのなら、まずはこれを超えてみることだね〜? ま? 形だけの賢者であるキミには? まっ? 無理な? 話で? あるわけだけどねぇ〜?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
完璧すぎる内容によりオズは完全敗北を悟り、絶叫しながらその場に崩れ落ちてしまいました。そして、虚しく床を殴ることしかできなくなりました。
冷たい視線でそれを見下すリーヤは呆れながらぼやきます。
「オズも点数良かったじゃない」
「あんな完璧を出されたら偏差値がどれだけ良くても霞むっての!!」
「あっそう」
じゃあもういいやと言わんばかりに目を逸らしてしまったのでした。
さてスイミーといえば、敵対する妖精の心底悔しそうかつお手本のような「敗北者」の姿に喜びと愉悦と高笑いが止まらないようで、それはそれははしゃぎながら。
「はーははははは! 敗者の雄叫びは心地いいねぇ〜! どんどん聞かせてもらっていいよぉ〜♪」
調子に乗り始めました、すぐさまオズに睨まれましたが。
「誰がこれ以上嘆くかボケェ!」
「あっそう? じゃあもういいや」
即座に飽きたらしく紙を戻すと、二人にさっさと背を向けて、
「僕はこんなのに構っている暇とかないから、もう行くね〜」
軽い口調で言いつつ足を進めようとした時です。
「ちょっと待ちなさいスイミー」
「どしたのリーヤちゃん?」
振り向きつつ首を傾げます。オズ以外の言葉には素直ですね。
そんな彼にリーヤは尋ねます。
「ことりはどうしたの? アナタたち、いつも一緒にいるのに別行動なんて珍しいわね」
ここでようやくことりの不在に気付いたオズも顔を上げます。周囲を見ますがあのマイペースかつゴリ押し得意なバハムーンの姿はどこにもありません。何なら遠巻きに見ていた他生徒すらいません。
問いかけにより、スイミーはそっと視線を落とすと、
「……ことりちゃんは、全教科赤点取って補修喰らったから、しばらく遊べないんだ……」
「あの子……」
リーヤ呆れたように大きなため息を吐いたのでした。
図書室。
本の貸し借りだけでなくクエストの受付や掲示板もある、冒険者学校の学生であれば誰もが関わりを持つ、冒険者生活中心の場。
常に大勢の生徒で賑わっているクエスト掲示板から少し離れた静かな場所、すなわち自習スペースの長机にオズは伏せていました。
「はぁ……悔しい……」
人サイズのまま、悔しさのあまり嘆き続けるだけの状況がもう数十分は続いていました。時折、先ほどの高笑い等々が脳裏を高速で駆け巡るため、その度に歯をギリギリ鳴らして永久歯に傷をつけてしまいます。
周囲に人がいないことも相まって、しばらくそのままの状況で放置されていたのですが、
「無駄に張り合うわね、アナタたち」
音もなく戻ってきたリーヤが言えば、オズは顔を上げて振り向きます。
「アイツにはどうしても負けたくないんすよ。分かるっすか姐御」
「ぜんぜん」
即答でした。この回答は予想できていたので驚かずに続けて、
「姐御が創造神に敵対心を向けているの似たような感じっすよ」
彼女だけが分かる例えを出せば、予想通りリーヤは軽く手を叩いて納得。
「それなら分かるわ。じゃあ早く彼を殺しなさい」
「極端! 急に殺意生えてきた!!」
オズ絶叫。周囲に人がいないため睨まれることはありませんでした。
「姐御にはゼロか百しかないん!? 嫌いだからって殺すことはないだろ!?」
「嫌いならさっさと殺そうとするものでしょ? そのためには手段なんて選んでられないわ」
「どんだけ殺伐とした世界で生きてきたんすか……」
「神の世界は弱肉強食なのよ。常に信仰心の奪い合いだったわ。邪神だった私は何もしなくても人の恨みつらみが集まってくるから、信仰心を奪う努力をする必要もなかったけど」
「さいでっか……」
リーヤ自称の神トークについてはツッコんでいたらキリがないため軽く流すだけにしておくとして。呆れつつもオズは席から立ち上がり、リーヤの横に並びました。
「ところで、いい感じのクエストは張り出されたっすか?」
「なかったわ、どれもこれもレベルが低い。あんなのばっかりこなしてたら創造神を殺す力なんていつまで経っても得られないわよ」
「姐御のお眼鏡に叶うやつがないなら、トゥカたちもノってくんねーよなあ……」
リーヤよりも癖とワガママが強い不良娘たちの機嫌も考え、オズはまたため息を吐いたのでした。
「次の探索はクエストをこなすんじゃなくて、鍛錬と称して遠出でもしようかねえ」
「それがいいわね、私も飽きないし。オズもスイミーに一泡吹かせられるほどの実力を付けられるでしょ」
「だからアイツの話はしないでくれって……頑張って忘れようとしてんのに」
「頑張って忘れてもふとした拍子に思い出すでしょ? 悔しさとかの苦い思い出は記憶に残りやすいもの。自分が敗北した記憶というモノは厄介で、いつまで経っても記憶の髄に焼き付いているものよ」
「…………」
苦虫を噛み潰したような表情のまま黙り込んでしまいました。
ここでリーヤに文句をぶつけたいところですが、ひとつふたつ言ったところで気分が晴れないのは明白ですし、下手をすると理不尽な暴力が飛んでくるのは必須。
よって、オズは下唇を噛み締めて我慢するしかありません。
相方の悔しそうな表情を見ようともしないリーヤは、淡々と吐き捨てるように言います。
「そもそも、アナタって彼より何かしら優れるって断言できるところはあるの? 年齢と速度以外で」
「それは!」
言いかけたところで少し考え。
「……それは」
更に考え。
「……それ、は……」
もっと考え。
「…………」
黙ってしまいました。
「成績はさっきのテストで提示された通りだし、魔法の威力も彼が上よね。ことりやネネイから話を聞いた程度しか知らないけど、あれが本当なら間違いなく威力と精度も負けてるわよ」
「……」
「オズが人サイズに時に限るけど、身長も同じぐらい。ノームとフェアリーだからどちらにも飛行能力があるし……やっぱり年齢と速度ぐらいしか誇るところがないんじゃない?」
淡々と述べ続けるリーヤですがその言葉のひとつひとつはオズの心に突き刺さっています。言葉の刃による痛みと苦しみをじっくり感じてしまっています。とうとう胸を押さえ始めました。
「……姐御は、俺にトドメを刺したいのか慰めたいのか協力したいかどれなんすか」
若干恨めしそうに睨みますがリーヤはどこ吹く風で明後日の方向を見まして。
「率直な意見を述べているだけで、オズに何かしたい訳じゃないわよ」
「さいでっか……」
項垂れてしまうオズ。なかなかの落ち込み様です。
「くっそ……負けっぱなしは癪だ……何より人を舐め腐ったあの態度が腹立つ……大人を何だと思ってんだあのクソガキ……」
先ほどの屈辱を思い出しているのか、歯をギリギリと鳴らしてこれでもかと悔しさを露わにしています。握った拳を奴に振り下ろせないのがもどかしいところ。
しかし、リーヤはずっと冷淡で。
「とうとう自分が歳上だと認めたわね。アナタの年齢設定って最近ブレブレじゃないの」
「やめてくれ姐御! 薄々自分でも分かってるから! それをあえて言葉にしないで!」
「ワガママね……ところでアナタって歳いくつなの?」
「それは姐御であってもトップシークレットなんで!」
しれっと質問を回避したところで。
「ええい! こうなったら!」
誰もいないことを良いことに高らかに叫び、リーヤが心底鬱陶しそうな表情を浮かべました。
「あのクソノームの弱みを握ってやる! 自分が優秀だからって大人を舐め腐りやがって! 俺だけならまだしも他の教師たちにも舐めたクソ生意気な態度を取りやがる! 大人を見下していやがる! だったら! たまにはちょいと痛い目に遭ったとしてもバチは当たんねえだろ! 本気になった大人……っつーか、俺の恐ろしさを腐った精神体に叩き込んでやらぁ!!」
「勝てる見込みがないから姑息な手段に出るということね」
鋭く冷たい指摘が飛び、オズの心がちょっとだけ痛みました。
「負けてるとかじゃないから! アレだよあれ! 戦う前に敵を知ることって大事だろって感じの話! 姐御だってそういうのあっただろ!?」
「そうね。でも、いくら調べても創造神に弱点らしい弱点はなかったから、力技で突っ込んいくしかなかったわ」
いつもの神様持論はともかく。
「実力で勝てねえならせめていつもの口喧嘩で勝とうって魂胆だ! うん! それだなそれ! きっとそう! 早さしか勝るところがねえなら他にも得意項目を増やせばいい! そのためなら手段は選ばねえ! 姐御の自論を借りるぜ!」
「あっそう」
無理矢理それっぽい結論を付けました。言葉を借りられたリーヤは本当に興味なさそうです。
「弱みを握ったり情報を得たりするのはいいとしても、手段はどうするの? ことりたちに聞き込みでもする?」
「告げ口されたら一発アウトだからそこは避けてぇな……つーか奴らが俺の肩を持つ理由がそんなにねぇ」
一部除いて仲良いし……とぼやきつつ、ちょっとだけ羨ましさも覚えました。反抗期真っ盛りの娘を三人と、自称父と母の予測不能暴れエルフを抱える自分のところとはえらい違いなので。
彼の心労など知らず、反抗期真っ盛りのリーヤは質問を続けます。
「この世界ではたくさんの魔法技術が開発され、発展もしてきているのよね。だったら相手の弱みを握れるような魔法ぐらいあるんじゃないの?」
「そんな都合の良すぎる魔法なんてある訳な」
ここまで言った直後、オズの脳裏に電流が走る。
「はっ! そうか!」
「ん?」
「姐御ちょっと待っててくれ!」
きょとんとするリーヤを置いてオズは駆け出し、図書室から飛び出してしまいます。人がいないからと言って図書室では走らないようにしましょう。
「……何なのよ」
小さく文句を飛ばしつつも、リーヤはオズが座っていた席に腰を下ろします。若干温もりが残っていました。
彼が戻ってくるまでの時間を潰すため、どこからかノートを取り出します。授業中に板書を写すために使う、ごくごく普通の学生用のノート。
表紙にはタイトルもあります。その名も「破壊神様の功績と素晴らしさ大全・Ⅲ」
ノートを広げれば、綺麗な字がびっしりと書き連ねているではありませんか。その全てが彼女が何よりも信仰する破壊神様の詳細や、引き起こした事件や事故、出来事の数々が記載されています。もはや創作小説のよう。
「ええと、どこまで書いたかしら」
小さくぼやいてペンを取り出し、前のページを少しめくって内容を確認してから、白紙のページに文字を書き始めます。
筆のスピードは止まることを知らず、図書室にペンを走らせる微かな音だけが響き、白紙のページがあっという間に文字で埋め尽くされたところで。
「これだぁ!!」
「どれよ」
オズが戻ってきました。時間にして十分弱ほど。
その手には白い球が握られていました。ピンポン玉よりも一回り小さい球体です。
彼を見ようともしていないリーヤの横に立ったオズは気揚々と続けます。
「待たせて悪ぃな姐御、ちょいと自分の部屋まで戻ってこれを取りに行ってたんだよ」
「何をよ」
ノートの前に白い球を置きます。それなりに軽い音がしました。
「“夢見の真珠”っつー魔道具でな、これを使うと相手の夢を見ることができるんだよ」
「なんで人の夢なんて見るのよ」
文字を書く手を止めずに尋ねればオズは答えます。
「夢ってのは記憶を整理するために見るものだ。だから、人の夢を見ればソイツの記憶を覗くことができるってワケ。見たい記憶もある程度コントロールできるらしいぞ?」
すると、リーヤは文字を書く手を止めました。
静かにノートを閉じ、オズの方を見て。
「つまり、それを使えば相手のプライバシーを侵害し放題ってことね。なかなか悪質な物を持っているじゃない」
ニヤリと笑って言いました。
潔白なセレスティアらしからぬ邪悪さを感じ、オズは顔を引き攣らせ、
「……なんで姐御、そういう悪辣な話題には食いつきがいいんすか」
思っている言葉をそのまま出力すれば、リーヤはどこか得意げに返すのです。
「私は元々、人の悪感情を糧にして産まれた邪神よ? そんな私が倫理や道理に反する行為を好ましく思うのは当然でしょ? そういった行為から生まれる負の感情は私の糧や力になるのだから」
「だから暴力的だし不良娘のトゥカやノーマとイヤに気ぃ合うんすね……」
ため息を吐きつつ、彼女の堕天の原因を垣間見た気になったオズでした。
「人の体になってしまった今の私に、悪感情を糧にする力は全くないわ。今やこれは単なる習性とか趣味嗜好と言って過言じゃないわよ……で? この魔道具はどうやって使うの?」
話を戻したリーヤが尋ねれば、オズはすぐに説明に入ります。
「まず、枕の中にこれを仕込みます」
「ええ」
「次に、夢を見たい相手を連れてきます」
「そうね」
「その後、ソイツと自分とで……抱き合って…………寝ます……」
「急にハードルをぶち上げてきたわね」
自分で言いながらダメージを受けたのか、オズは机の上に手をつくとそのまま項垂れてしまいました。
「そうだった! それがあったんだったこの魔道具! 忘れてた! 姐御に説明するまですっかり忘れてたぞ畜生!」
「どうして急に密着することになるのよ」
「これ元々は恋人とか夫婦の浮気防止用アイテムだから!」
「なるほど」
合点がいったのか手を叩いて納得してくれました。
「で、何でアナタはこんな魔道具を持っているのよ。恋人でもいたの?」
「いや昔、便利だけど使用条件がちょっとアレな魔道具を集めるのにハマってただけで……」
「どういう精神状態がアナタをそうさせたのよ」
「若気の至りってやつっす」
「実年齢いくつなの?」
「黙秘権行使」
年齢に関する話題は雑に回避し、真珠を再び手に持ちます。
真っ白い球体は不透明度が高すぎるせいか、持ち主の顔を一切写しません。照明の灯りを反射し自身の輝きをアピールしていました。
「やっぱダメかなこの魔道具……自分の記憶を覗かれるぐらいなら別にいっかーって思ってたけど、それ以前のクソデカハードルがあったわ……」
「自分の記憶? どういうこと?」
オズはきょとんとしているリーヤを見まして。
「これは夢を共有する魔道具だからな。共有するっつーことは相手の夢だけじゃなくて自分の夢も見られちまうってこと」
「痛み分けね」
納得しつつも更に疑問が生じます。
「オズは記憶を見られてもいいの? 相当なリスクだと思うけど」
自身の記憶の提示は、例えるなら全裸の自分を曝け出すと言っても過言ではありません。自称元神様であるリーヤでさえもそのリスクは想像に難しくないようで、青色の目は少しだけ鋭くなっていました。
心配しているのか信じられない生き物を見ているのか……心情は定かではありませんが、オズの答えはあっさりしたもので。
「いいっすよ、俺に恥ずかしい過去なんてないんで。つーか人の記憶を覗くなら自分の記憶も覗かれる覚悟じゃねえとフェアじゃないっしょ?」
取り繕うようなモノでもなさそうな、本心のような言葉。
正直者すぎる様にがっかりしたのか呆れたのか、リーヤは大きなため息を吐き、
「姑息なのかそうじゃないのか分からない妖精ねアナタって。変なの」
さっさと視線を逸らしてしまいました。「つまらない……」と言わんばかりの表情ですね。
セレスティアだというのに邪悪な思考にしか興味を抱かない姐御に内心引きつつも、態度にも言葉にも出さないオズはぼやきます。
「やっぱダメだなこの魔道具……恋人でもなんでもないのに抱き合って寝るなんてキツイっての」
「彼とはそこまで仲じゃなかったのね」
「ねーから!? なんでそう思ったん!?」
速攻で否定すると、リーヤはオズに視線を戻し。
「手伝ってあげてもいいわよ?」
「はぇっ!?」
唐突にそんな提案をしたものですから、驚きついでに真珠を放り投げて落としそうになり、慌てて空中でキャッチしました。
目に見えて慌てている相方を気にかけることなく、リーヤは続けます。
「スイミーを連れてきつつ眠らせてあげるわよ。もちろん条件付きだけど」
「そりゃあ助かる! けど、どういう風の吹き回しで!?」
「暇だからなのと、その真珠が本当に相手の夢を見れる魔道具か確認したいだけ。あ、真珠を使うのはもちろんオズだから」
「もちろんそれは分かってるっすよ! いやぁラッキー! 姉御がいるなら百人どころか千人力だな!」
自称邪神の強さを知っているためこれほど頼もしい存在もなく、指を鳴らして喜ぶオズでしたが、ふと気付いて。
「でも姐御ってスリープの魔法使えなかったよな? まさか正面から頼み込む気じゃあ……」
スリープどころか魔法全般が不得意な姐御を見て、不安気に尋ねましたが帰ってきた答えは自信に満ち溢れていました。
「アナタの計画が破綻するような真似はしないから安心しなさい。で、協力する条件なんだけど……」
「なになに? なんでも言って!」
軽々しく言えばリーヤはふと、図書室の高い天井を見上げます。
でも、見ているのは木造の天板ではなく、もっともっと別の、彼女にとって最も尊きもので。
「今週末に購買に並ぶのよ、月に一度だけ販売されるジャンボビッグ焼きそばパン。エネルギーとカロリーと量の化け物と称される、ただただ大きさだけに拘った一品……」
「へい! 奢らせて頂きやす!」
九十度の綺麗なお辞儀を披露したことで、交渉成立しました。
図書室を後にして、リーヤは購買部へ向かいます。
心配なのと計画の遂行を見守るため、妖精サイズに戻ったオズも距離を取りつつ後ろからついていきます。その姿は若干ストーカーのよう。
さて、リーヤの目論見通り、スイミーは購買部にいました。
「スイミー」
「あれ? リーヤちゃん? どしたの?」
その手には買ったばかりであろう硬石がたくさん。防具の強化をするためのアイテムのためかなりの数を確保しなければならないため、こうして大量にまとめ買いする生徒は少なく無いとか。
振り向きつつリーヤと向き合ったスイミーですが、その視線は彼女ではなくその周囲を見ています。何を探しているのかは一目瞭然ですね。
「オズならいないわ。私ひとりよ」
「ありゃそう? あのハエはどしたの?」
「知らない」
実際は後ろからこっそり着いてきているのですが、どの辺りにいるかは把握してないため半分ぐらいは嘘ではありませんね。
「そんなことよりも、私は貴方に頼みたいことがあって来たのよ」
そう切り出し始めると、スイミーの目は輝きを発します。
「えっ!? なになに!? リーヤちゃんが僕に!? 良いよ良いよ何でも言って! 報酬はあのハエの弱味でいいよ!」
ストレートに目論見を発言しました。リーヤは無表情のままですが後方のオズは歯をギリギリ鳴らしています。
大変無邪気な邪悪を前に、リーヤは軽く息を吐き、
「考えていることは大体一緒なのね、貴方たち」
「へ?」
きょとんと首を傾げた直後でした。
目にも留まらぬ速さで接近し、アッパーカットをクリティカルでヒットさせたのは。
「ごはぁっ」
どんな魔物の攻撃よりも重い一撃は、彼を地上から空中に放り投げるには十分な威力を有しています。
瞬時に意識を手放したスイミーは宙に浮きました。その拍子に硬石たちがバラバラと地面に転がり落ちていきます。
周囲の生徒や購買部で働くバイト店員が呆然とする中、意識がないまま短い空中浮遊を堪能したスイミーは頭から床に落下。着地と共にちょっと嫌な音がしました。
ぴくりとも動かなくなったノームを見て、リーヤはほっと一息。
「よし、完璧な作戦だったわ」
「暴力による力技は作戦じゃなくて通り魔なんだよ馬鹿野郎!!」
オズ絶叫。同時に目撃者である一般生徒たちから悲鳴が上がりました。
恐怖とパニックに包まれた購買部でしたが「責任持って介抱するから任せておけ」と言って生徒たちを宥め、オズとリーヤは気絶したスイミーを保健室ではなく、中庭まで運びました。
中庭に彼を運んだのはもちろん、夢見の真珠を使うため。保健室だと一般生徒や教師の目がある可能性が高いため利用を断念するしかなく、寮という案もありましたが、それでは女子生徒であるリーヤが関与できなくなってしまうため妥協して中庭です。
「ちょっとした事故で気絶してしまった彼を介抱するから近付かないで欲しい」とデタラメを言って他の生徒たちを遠ざけ、ついでに枕も持ってきて夢を共有する準備が整いました。
「で? 誰もここまでボコボコにしろって言ってないんだけど?」
芝生の上に寝転がされたスイミーの前で、オズは不満たっぷりの声をリーヤに浴びせました。ちなみに人サイズに戻っています。
しかし、枕を抱えているリーヤの辞書に反省の文字などなく。
「あら? 嫌いなヤツがボコボコにされたのよ? スカッとしないの?」
「しませんけどぉ!? 惨すぎるって姐御は! 姐御はいつもそう! 暴力が最適解だと思ってる! それは考えうる限り一番の悪手だって何度言ったら分かんの!」
「自分の手で下す方がいいってことね」
「ちげーから! お願いだから痛みと暴力から一定の距離取って!」
「でも良い具合に気絶したからいいじゃない」
「したけど! それはありがとうございました!」
過程は惨かったものの目的を達成してくれたことに変わりはなく、オズは九十度の綺麗なお辞儀を披露して礼を述べておきました。
直後に真っ青のまま気絶しているスイミーを見て、大きくため息を吐きます。
「あーあー可哀想に……俺が発端だけどよ、外傷だけ治しておいてやるか」
さっさとルナヒールを唱えると、スイミーの外傷はみるみると塞がっていき、心なしか顔色も戻りました。
それを信じられないような目で見ているリーヤは。
「……嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだけどこの状況を笑い飛ばすほど俺は非道じゃないんで」
「ふーん、変なの」
理解できない生き物を見るような視線を向けていました。
暴力と破壊が大好きな姐御が何を思って自身を見ているのかぐらい分かります。
分かった上で言葉をかけないのは、人の考えを変えるには言葉程度ではダメだと知っているからです。経験論で。
さて、回復魔法での治療を終え、オズは軽く息を吐きます。
「よし終わり。保健室から借りてきた枕に真珠も仕込んだし、後は俺が寝るだけだな」
「そうね、早くしなさい」
枕を差し出し、リーヤはそう言いましたが。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………」
オズはぴくりとも動かず、謎の沈黙が産まれたので。
「寝なさいよ」
若干キレ気味に言って彼の足をがしがし蹴り始めました。
「イテ、イテテ! いやその、なんつーかな!? やっぱ抱き合うのがキツイっつーか!?」
「ここまできて、そして私に労働させておいて何を言っているの? 早くしないと彼、起きるわよ」
至極真っ当な正論。オズの足を蹴る力も次第に増してきて、鈍い痛みがどんどん増えていきます。
「痛え痛えって! そうだけどな! そうなんだけど……」
バックステップで蹴りから逃げるオズ。言葉尻は濁ったままで、次の言葉が必要なはずなのにいつまで経っても出てきません。
するとリーヤ、大きなため息を吐いて。
「仕方ないわね。手伝ってあげるわよ」
「マジっすか!?」
「ジャンボ焼きそばパンおかわり」
「りょ!」
深いことは言わずとも分かります。何度目かの綺麗なお辞儀を披露してからオズはすぐに顔を上げ、
「で? 手伝うってどうすんの?」
「聞かなくても分かるでしょ?」
淡々と言い、枕を一度足元に置いてからオズの目の前まで近付いて。
「……あ」
全てを察し真っ青になったところでもう遅い。
次の瞬間、目のも止まらぬ早さで繰り出されたみぞおちへの一撃を避けることができませんでした。
「ぐおぉっ」
腹部への重い一撃により、オズの意識はどこかへ飛んでいってしまい、あっという間に気を失ってしまったのでした。
「……おやすみなさい。良い夢を」
