冒険者になったワケ

「さあさあことりさん! 我が家だと思ってくつろいでください!」
「うん」
 補修課題を言い渡されたことりはルンルンの自室に招かれていた。
「私の部屋とあまり変わらないね。汚染する前のだけど」
「まっ! 部屋まで同じだなんて! 私たちは運命共同体ということですね!」
「同じ寮だからね」
「ではではことりさん! その課題を片付けて私と睦み合いましょう!」
「むつ? えっと、うん。でもこれちょっと難しいよ?」
「どれどれ……? あら、難しくないどころか問題集の文章を変えただけの基礎問題ばかりじゃないですか。解き方さえ理解してしまえば造作もありません」
「そうなんだ、よく覚えてるね」
「これぐらい当然のことです。そもそもテストとは生徒が日々の授業をどれほど聞き、理解していたかを確かめるための確認作業。応用問題以外は難しく考えず、板書を写したノートや授業中の先生の話を思い出すだけで問題は自然と解けます」
「すごいね」
「“すごいね”ではなく自分で考えるものですよ、ことりさん」
「んー、でも、授業中は外とか空気の流れとかたまにこっそり教室に入ってくる羽虫とか、色々気になることがあって先生の話を聞く気が起こらないな」
「たくさんのことに興味を持てるのは素晴らしいことですが、その興味の視野をもう少し広げていきましょうね?」
「うーん……興味がないことに興味を持つのはしんどい……そして苦痛……そうだ」
「何か妙案でも?」
「ルンルンちゃんが教えてくれたらいいんだ」
「へ?」
「私は先生の話よりもルンルンちゃんの話の方が好きだから、ルンルンちゃんが教えてくれたら覚えられそうな気がする」
「なっ!?」
「な?」
「わ、わわっわわわわわわ私のことが好き!? 好きと!? そう仰いました!?」
「え? うん、ルンルンちゃんは好きだよ?」
「なんて……そんな! もう、ことりちゃんはそこまで、考えて……!?」
「何を?」
「しかし、この歳で純潔を散らすのはセレスティアとして、何より私自身が許さない……分かってくださいことりさん……私はアナタのことを愛していますけど、そこまで進んだことはまだしたくありませんから……私の気持ちは間違いなくアナタの……」
「あ、本当だ、補修と問題集が一緒だ。ルンルンちゃんの言った通りだね、すごいね」
「ええそれはもう! ことりさんは理解が早いですね!」
「うん……うん?」
「どうしました? 可愛く小首を傾げて」
「机の上にある写真って……」
「家族写真です。私の家では新年の始まりには必ず家族全員で写真を撮っているんです」
「仲良しなんだ」
「ええ、仲は良いと思います、お父様が少しだけ過保護なだけで」
「そうなんだ。ルンルンちゃんはとても大切にされているんだね」
「大切にされすぎたとも言います。過保護すぎて私がやること全てに口を出してきて……鬱陶しくて堪らなかったんです。お母様とお兄様と弟が嗜めたり呆れても言動を改めようとせず……困ったモノでした」
「深すぎる愛情は時に虐待にもなるってどこかの本で読んだことある。ルンルンちゃんは大丈夫だった?」
「ええ、お母様が強かったのでなんとか。お父様が“進学せずに信頼における家に嫁がせた方が将来が安泰するはず!”とか言い出した時は私が怒る前にお父様を殴り倒してました」
「お母さんつよい」
「お母様は戦士の適性が高いたくましいお方なんです。それこそ、ことりさんのように」
「そうだね」
「多少の暴力はありましたが、お母様の説得のおかげで私はクロスティーニ学園に入学を許されました。冒険者業の傍、魔法について知識をつけ、いつか魔法学を教える教師として教壇に立つために」
「先生になりたいんだ」
「はい。冒険者を続けて実戦経験を積み、研鑽を重ねていこうかと」
「そっか、ルンルンちゃんは教えるの上手だからいい先生になれるよ」
「まあ嬉しい!」
「殴り倒されたお父さんはどうなったの? 反省した?」
「さすがに懲りていました。お父様とは本気で縁切りを考えましたが……有事の際は絶対に守ってくれるという信頼はあるので家族の縁は残しておくことにしました。いつか利用できると思いますので」
「利用」
「ことりさんも何かあった時は遠慮なく頼ってくださいね! 私と将来を誓い合った婚約者であればお父様も下手なことはしないはずです!」
「こんやくしゃ?」
「ん? なぜそこで疑問形に?」
「婚約って、いつしたの?」
「……ん? 先ほど、私のことが好きだと」
「ルンルンちゃんのことは好きだけど、それは婚約したことになるの?」
「…………なりませんね」
「うん」
「……………………わ、私は」
「ルンルンちゃん?」
「私は……そんなっ……私は、すっかりことりさんに恋焦がれてしまったというのに! 将来の計画も念密に練ったというのに……! 全ては私の勘違い、だったなんて……!」
「ごめんね。最近になって生き物に興味が持てた私は恋が分からないから婚約とか恋人とかもよく……あっ」
「お気遣いなく。私が勝手に誤解して盛り上がっていただけ……ことりさんに非はありません。短かったです、私の初恋……」
「ルンルンちゃんが教えて」
「何をですか?」
「恋について。私に教えて」
「……え?」
「私に恋をしているルンルンちゃんなら私に恋を教えられると思うんだ。それで私がルンルンちゃんに恋をするかどうかは分からないけど、でも、ルンルンちゃんのこの気持ちは尊重するべきだと思うから、誤解だったからで終わらせるのはダメだと思う」
「……」
「どうかな? だめ?」
「よ」
「よ?」
「よろしくお願いします……」


2024.5.28
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