冒険者になったワケ

 お昼休みの学園の屋上は珍しく閑散としていた。
「やあやあバムくん! こんなところでおひとり寂しく何をしているのかな? 僕に教えてくれたまえ!」
「…………」
「そんな大きめの羽虫が近づいて来た時みたいな顔しなくていいじゃないか。僕は君に何か酷いことをしたことがあった?」
「酷いことはされてないが、ただただ鬱陶しい。スイミーというノームの存在が」
「手厳しい!」
「邪険にされても一切気にしないお前の神経の図太さが羨ましいな」
「うん! わかったわかった、百パーセントの嫌味だ! 僕にはわかる!」
「嫌味を言われたって自覚があるなら教室に帰れ」
「やだね! お昼休みになったら早々にどっかに行っちゃうバムくんの動向を知るまで僕は帰れないから! ところでホントに何してんの?」
「見て分からないか、人形を直してる」
「そだね、僕が本当に気になるのはどうして武器にもしない人形を丁寧に繕っているのかなーってこと」
「ま、無駄に見えるかもしれないな。捨てられた人形の修復なんて……一言で言ってしまえばただの趣味だ」
「シュミ? 趣味にしてはそのゴッテゴテで裁縫の全てが詰まってる! みたいな裁縫箱を使ってない?」
「意外とちゃんと見てるな……質の良い人形を作るには当然、道具の質も問われてくる。それだけの話だ」
「イイモノ作りたいからイイモノ使っているんだね。うんうん、理屈は分かる分かる〜」
「妙に小馬鹿にしている感じが腹立つな……ルンルンとは別の方向性で」
「僕は他の人にストレスを与えたいんじゃなくて、面白いものを見つけたいだけだよ。でも何で捨てられた人形を修復することに意味ってあるの? 好きだからやってるの?」
「そうだな、俺がやりたいと思ったからやっているだけだ。適切な処置をされずこの世と別れることができなかった人形にもう一度生命を吹き込んでやっているだけ。ただのエゴだ」
「人形は生きてないけどね」
「例え話に過ぎん。古くから人形には魂が宿りやすいと……って、お前も似たようなものだろ」
「確かに僕はノームだけどこの体は布製じゃないから」
「ああ、木製の」
「違うもん。というかその人形に前に塗ってたレースのお洋服着せてあげるの?」
「あれは新作に着せる服の装飾品だ。こいつは破れたところを繕って……そうだな、チョッキぐらいは着せてやってもいいか」
「本当に好きなんだね人形が。あ、新作って何? もしかして別のも作ってるの?」
「当然だ。これのように綿を詰め込んだものから球体関節の木製の人形も製作している。実家ほどではないがここでも良いアトリエが作れたから、思ったよりも制作が捗る」
「アトリエって何!? え、いつどこにそんなの作ったの!?」
「寮の自室」
「なる〜」
「俺がここで何をしているか大体分かっただろ、さっさと向こうに行け」
「断る! ここまで人形を愛してやまないバムくんがこの学園に入った理由を聞くまでどっか行かない!」
「唐突になんだお前は……」
「だって気になったんだもん」
「お前が喜ぶような面白い話じゃないぞ。後継者争いから離れるために冒険者になっただけの話だ……家を継ぎたくなかったからな」
「やっぱりすっごいお金持ちなんだ、バムくんちって」
「活動すればするだけ勝手に金が入るだけだ」
「その手の人にとってはすっごく羨ましいことをしれっと言う〜ってことはバムくんって、冒険者にならなかったら家を継いでたってこと?」
「さあな、我が家は実力主義……現当主のお祖父様に認められて初めて家を継げる。何年か前から兄と姉の争いが熾烈を増してきてな……巻き込まれたくなかったんだ」
「平穏に好きな人形を作り続けられる生活をしたくてクロスティーニ学園に来たってことか〜なるほどね! でもそれ冒険者である理由あんの?」
「冒険者になれば世界中を廻れる。そして、まだ見ぬ外国には俺の感性を刺激する人形があるかもしれない。人形の魅力を更に引き立てる素材も手に入るかもしれない。普通のとは異なる生活はそれなりに刺激にもなる……と、俺にとって冒険者は非常に都合が良いんだ。更に好きな時に人形制作もできるときている」
「趣味のために冒険者になったって感じだね〜僕はそういうの悪くないと思うな!」
「へえ」
「素っ気な〜い、てか学園に来てからも人形を作ってたの? 寮の部屋は広くないのに……スペースなさそう」
「できた人形は兄のアトリエに送っているから問題ない」
「へ? あ、お兄さんと仲良いの?」
「さあな……部屋に飾り続けるのは勿体無いからアトリエに置いてやると一方的に提案してきただけだ。たまに物好きな客が買っていくらしい」
「……売れてるんだ?」
「そうらしいぞ。その金で次の材料を買ったり道具を新調できるから有り難いと言えばそうだな」
「バムくん、じゅうぶんそれで食べていけるんじゃ……」
「趣味だから楽しいんだ。本職にするつもりはない」
「お、お……」
「あ?」
「面白い! すごっく面白いよバムくん! 才能と技術に恵まれながらもあえてそれを蹴って冒険者という過酷な世界に飛び込んでいったぶっ飛んだ芸術センス! 僕、なんか感動した!」
「馬鹿にしてるだろお前」
「してないも〜ん! いやあ、君をパーティに入れてよかった! 本当によかった! 僕の目に狂いはなかったんだ!」
「お前の目に狂いはないかもしれないが、お前自身は存分に狂ってるだろ」
「えへへ〜褒められちゃった。後で自慢しちゃお」
「褒めてない」


2024.5.26
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