冒険者になったワケ
放課後の購買部は以外と人が少なく、必要な道具をじっくりと物色するにうってつけの状況だった。
「うーん……やっぱりこれじゃあダメかなあ……」
「何をしているんだ、トパーズ」
「あ、バムくん。ちょっと日用品を探してるんだ。必要不必要に問わず色々なものが揃っているここならあると思っていたんだけど……なさそうで」
「ここにないなら街まで買い出しに行けばいいだろ。探索ついでに」
「そうだね。でも、できればこれは早く直しておきたいから」
「何を」
「グローブなんだ……学園に入る前にお母さんが送ってくれた物でね? “冒険者は手が荒れやすいからこれでしっかり守っておきなさい”って言われたんだけど……うっかり破いちゃって」
「針と糸なら置いているんじゃないのか」
「革製品だから普通の針と糸じゃあ難しそうなんだよ……ジョルジオ先生に見てもらったけど、錬金で直せるか微妙だって言われちゃったから、自分で縫ってどうにかするしかなくって」
「そうか」
「バムくんは? 購買部まで何を買いにきたの?」
「コイツを修理するのに必要な布を探しに来た」
「こいつ……わあ、かわいい人形」
「始まりの森に捨ててあってな。どこぞかの人形師が捨てたと思うが……全く、人形を処分するにしても適切な手段を踏まずに草むらに放り投げるなんて、嘆かわしいものだ」
「ポイ捨てはよくないもんね。うん……材料を買って錬金で直すんだよね? レシピとかある?」
「あんな過程のない手段は好かん。だから俺は自分の手で直す」
「ええっ!? このお人形を!? ひとりで!? 手縫いで!?」
「そうだが。そこまで驚くことか」
「だって錬金って便利な手段があるのにわざわざ手間をかけてするのが、なんかすごいなあって……」
「言っておくが、錬金全てを嫌悪している訳じゃないからな。あくまでも人形を直す手段として使わないだけだ」
「わ、わかってるよぉ……でもいいな、確固たる意志っていうのかな。そういうこだわりがあるのってちょっとかっこいい」
「……そうか?」
「そうだよ。アタシにはそういうこだわり? みたいなのって特にないから……なんとなく、自分が生きやすい感じの道を選んでるだけだし……」
「将来の目標もないのか」
「うん……家業を継ぐ技術もセンスもないし、アタシよりセンスのある弟に譲った方が絶対うまく行くって確信があったもん。わざわざ無理をしてまで家を最終就職先にする理由もないから」
「家業? お前、家で何かやってたのか」
「あれ? 言ってなかったかなあ……アタシの実家は雑貨屋なんだ。街とかにある交易場みたいなお店というよりも、街の人向けの地域密着型みたいなお店」
「なるほど。確かにお前は商売人をする器量があるようには見えんな」
「ストレートに言われた……事実そうなんだけど。アタシより弟の方が人当たりも良いしお喋りも上手で商売人に向いてる感じだったから、家は弟に任せることにしたんだよね」
「親は反対しなかったのか」
「うん。継いでくれるならアタシでも弟でもどっちでもいいよって感じだったし、弟も家業を継ぐことにノリ気だったから丁度良いかなって」
「で、お前が無数の選択肢の中からわざわざ冒険者を選んだ理由はなんだ?」
「わざわざ選んだことないけど……ただ、家族の中で一番力が強かったから、腕っぷしを買ってくれそうな冒険者になった方がいいかなーって思っただけ。自分の特技を活かせたらいいなって」
「自分の特技を活かしたいなら他の手段なんていくらでもあるだろ。宅配業者に傭兵に守兵……その中で冒険者に決めたのは何故だ」
「え……あ、えっと……な、なんでだろ……進路を決めてた時にたまたま目についただけ……かな?」
「なんだ。本当に“なんとなく”なんだな、お前は」
「うん……だから、強いこだわりを持って自分を主張できるバムくんがちょっと羨ましい。アタシは本当にそう言う個性がないから」
「ぬか床が入った樽を五個、重ねて持ち上げていた奴は無個性な訳がないだろ」
「えっ!? あれ見てたの!?」
「たまたま見つけた。小柄なのによく食うのかと感心したが」
「違うよ!? 頼まれて食堂まで持って行ってただけだよ! アタシのご飯じゃないよ! きゅうり一本もらったけど!」
「違うのか」
「うん……アタシは食べる量は普通だよ……たぶん」
「そうか」
「……なんでちょっと楽しそうなの……?」
「別に。それで、“なんとなく”で学園に入ったお前はこれからどうするんだ」
「どうするって、パーティを組んだみんなと一緒に色々なダンジョンを探索してクエストをこなして……経験を積んでいったら、何か見つかればいいなって思う……」
「何も考えてないな」
「おっしゃる通りで……」
「入学して日が浅い今ならその考え方でもいいかもしれないがな。気が弱いクセにお人好しでお節介で物事のイエスノーはハッキリしていて力の強いお前は、最終的に何に成るのか」
「……褒めてる?」
「別に」
「…………」
「そうだ、その破れたグローブ。俺に貸せ」
「な、なんで!?」
「警戒するな、破れた箇所を縫い直す程度の補修ならできる。不器用なお前が慣れない手で革製品用の針と糸を使うよりも、慣れている俺が繕った方が綺麗に仕上がる」
「はい、その通りです……アタシはすごく不器用です……でも、いいの?」
「この人形を直すついでだ。嫌なら断っても構わんが」
「いや、いやいやいや! アタシがやるよりバムくんにやってもらった方がグローブも嬉しいに決まってるよ! よろしくお願いします!」
「うむ、素直でよろしい。この程度の穴ならすぐに直るな」
「よ、よかったあ……これなら最初からバムくんに頼んでおけばよかったかも……」
「……」
「え、何?」
「そうだな……色合い的に花も良いと思ったがこの位置だと目立ちにくい……ベターに肉球か、別のマスコットの柄でも」
「もしかして破れたところにアップリケ的なものを縫い付けようとしてる!? やめて! 普通に繕うだけでいいから! そうしてくださいお願いします!」
2024.5.23
「うーん……やっぱりこれじゃあダメかなあ……」
「何をしているんだ、トパーズ」
「あ、バムくん。ちょっと日用品を探してるんだ。必要不必要に問わず色々なものが揃っているここならあると思っていたんだけど……なさそうで」
「ここにないなら街まで買い出しに行けばいいだろ。探索ついでに」
「そうだね。でも、できればこれは早く直しておきたいから」
「何を」
「グローブなんだ……学園に入る前にお母さんが送ってくれた物でね? “冒険者は手が荒れやすいからこれでしっかり守っておきなさい”って言われたんだけど……うっかり破いちゃって」
「針と糸なら置いているんじゃないのか」
「革製品だから普通の針と糸じゃあ難しそうなんだよ……ジョルジオ先生に見てもらったけど、錬金で直せるか微妙だって言われちゃったから、自分で縫ってどうにかするしかなくって」
「そうか」
「バムくんは? 購買部まで何を買いにきたの?」
「コイツを修理するのに必要な布を探しに来た」
「こいつ……わあ、かわいい人形」
「始まりの森に捨ててあってな。どこぞかの人形師が捨てたと思うが……全く、人形を処分するにしても適切な手段を踏まずに草むらに放り投げるなんて、嘆かわしいものだ」
「ポイ捨てはよくないもんね。うん……材料を買って錬金で直すんだよね? レシピとかある?」
「あんな過程のない手段は好かん。だから俺は自分の手で直す」
「ええっ!? このお人形を!? ひとりで!? 手縫いで!?」
「そうだが。そこまで驚くことか」
「だって錬金って便利な手段があるのにわざわざ手間をかけてするのが、なんかすごいなあって……」
「言っておくが、錬金全てを嫌悪している訳じゃないからな。あくまでも人形を直す手段として使わないだけだ」
「わ、わかってるよぉ……でもいいな、確固たる意志っていうのかな。そういうこだわりがあるのってちょっとかっこいい」
「……そうか?」
「そうだよ。アタシにはそういうこだわり? みたいなのって特にないから……なんとなく、自分が生きやすい感じの道を選んでるだけだし……」
「将来の目標もないのか」
「うん……家業を継ぐ技術もセンスもないし、アタシよりセンスのある弟に譲った方が絶対うまく行くって確信があったもん。わざわざ無理をしてまで家を最終就職先にする理由もないから」
「家業? お前、家で何かやってたのか」
「あれ? 言ってなかったかなあ……アタシの実家は雑貨屋なんだ。街とかにある交易場みたいなお店というよりも、街の人向けの地域密着型みたいなお店」
「なるほど。確かにお前は商売人をする器量があるようには見えんな」
「ストレートに言われた……事実そうなんだけど。アタシより弟の方が人当たりも良いしお喋りも上手で商売人に向いてる感じだったから、家は弟に任せることにしたんだよね」
「親は反対しなかったのか」
「うん。継いでくれるならアタシでも弟でもどっちでもいいよって感じだったし、弟も家業を継ぐことにノリ気だったから丁度良いかなって」
「で、お前が無数の選択肢の中からわざわざ冒険者を選んだ理由はなんだ?」
「わざわざ選んだことないけど……ただ、家族の中で一番力が強かったから、腕っぷしを買ってくれそうな冒険者になった方がいいかなーって思っただけ。自分の特技を活かせたらいいなって」
「自分の特技を活かしたいなら他の手段なんていくらでもあるだろ。宅配業者に傭兵に守兵……その中で冒険者に決めたのは何故だ」
「え……あ、えっと……な、なんでだろ……進路を決めてた時にたまたま目についただけ……かな?」
「なんだ。本当に“なんとなく”なんだな、お前は」
「うん……だから、強いこだわりを持って自分を主張できるバムくんがちょっと羨ましい。アタシは本当にそう言う個性がないから」
「ぬか床が入った樽を五個、重ねて持ち上げていた奴は無個性な訳がないだろ」
「えっ!? あれ見てたの!?」
「たまたま見つけた。小柄なのによく食うのかと感心したが」
「違うよ!? 頼まれて食堂まで持って行ってただけだよ! アタシのご飯じゃないよ! きゅうり一本もらったけど!」
「違うのか」
「うん……アタシは食べる量は普通だよ……たぶん」
「そうか」
「……なんでちょっと楽しそうなの……?」
「別に。それで、“なんとなく”で学園に入ったお前はこれからどうするんだ」
「どうするって、パーティを組んだみんなと一緒に色々なダンジョンを探索してクエストをこなして……経験を積んでいったら、何か見つかればいいなって思う……」
「何も考えてないな」
「おっしゃる通りで……」
「入学して日が浅い今ならその考え方でもいいかもしれないがな。気が弱いクセにお人好しでお節介で物事のイエスノーはハッキリしていて力の強いお前は、最終的に何に成るのか」
「……褒めてる?」
「別に」
「…………」
「そうだ、その破れたグローブ。俺に貸せ」
「な、なんで!?」
「警戒するな、破れた箇所を縫い直す程度の補修ならできる。不器用なお前が慣れない手で革製品用の針と糸を使うよりも、慣れている俺が繕った方が綺麗に仕上がる」
「はい、その通りです……アタシはすごく不器用です……でも、いいの?」
「この人形を直すついでだ。嫌なら断っても構わんが」
「いや、いやいやいや! アタシがやるよりバムくんにやってもらった方がグローブも嬉しいに決まってるよ! よろしくお願いします!」
「うむ、素直でよろしい。この程度の穴ならすぐに直るな」
「よ、よかったあ……これなら最初からバムくんに頼んでおけばよかったかも……」
「……」
「え、何?」
「そうだな……色合い的に花も良いと思ったがこの位置だと目立ちにくい……ベターに肉球か、別のマスコットの柄でも」
「もしかして破れたところにアップリケ的なものを縫い付けようとしてる!? やめて! 普通に繕うだけでいいから! そうしてくださいお願いします!」
2024.5.23