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冒険者になったワケ

 放課後になってしばらく経ち空が薄暗くなった頃、ルンルンは足早に廊下を歩いていた。
「私としたことが調べ物をしていたら寮に帰るのが遅れてしまいました。もうすっかり暗くなってしまいましたね……」
ふと家庭科室の前にさしかかると、中から漂う香りが鼻をくすぐった。
「こんな時間に誰が……? あら、ネネイさん?」
「むっ!? その声はルンルンちゃんなのですね! そんなところで何をしているのですか!?」
「それはこちらの台詞です。もう日はすっかり沈んでいる時間……家庭科部でもない貴女は何をしているんですか?」
「お弁当の唐揚げを揚げているのです! もし良かったら味見するのですか?」
「私に毒味役を命じるなど大きく出ましたねネネイさん。味見というものは料理長自身が体を張って行うものではなくって?」
「とか言いながら近寄ってくるなです。イジワル言うならあげないのですよ、唐揚げ」
「私がいつ“いらない”と言いましたか!? いただきます!」
「ルンルンちゃんってちょっとメンドクサイ性格なのですね」
「私は面倒臭い性格ではありません、それは捻くれ者のバムに向ける表意ですよ。私はとっても素直な性格と評判ですから」
「そうですね。とっても素直に唐揚げを食べているからそうなのです」
「……うん。やはりルンルンさんの手料理はどのシェフにも負けない腕前……一体どこで料理の研鑽を積みましたの?」
「けんさん? けんさんはよく分からないのですが料理はずーっとしていたから得意になっただけなのです!」
「まあ、お母様のお手伝いを?」
「お母さんはいないのです!」
「え」
「私が小さい頃にお母さんは病気で死んじゃったのです。それからはずっとお父さんと二人暮らしなのです。私はお父さんが“美味しい!”って言ってくれるご飯をたくさん作りたくて頑張ったのです!」
「そ、そうでしか……失言でしたね。申し訳ありません」
「いいのです。私にとってお母さんがいないことは普通のことなので気にしたこととかなかったのです。気を遣われる方が何か嫌なのです」
「あら。ではなるべくその話で気を遣わないでおきますね」
「そうして欲しいのです!」
「しかし明日のお弁当なんですよね? 今から揚げてしまって良いのですか?」
「これは新しい味付けの練習なので良いのです! 練習したいから先生に許可を貰って家庭科室を使わせてもらっているのです! ルンルンちゃんが“美味しい”って言ってくれたなら大成功なのです!」
「練習……なるほど、ネネイさんの料理の腕前は隠れた努力の賜物でしたか。私も見習わなけれあなりませんね」
「ん? ルンルンちゃんも料理するのですか? 教えますよ?」
「いいえ。我が家の料理長はネネイさんなので私が覚える必要はないかと」
「なんで勝手に決められているのですか? 私は冒険者になるので料理長にはならないのです!」
「ではメイド長に」
「メイド長にもならないのです! 私はお父さんと一緒に冒険者をするのです!」
「お父様と?」
「はい! お父さんは私が生まれる前から冒険者をしていて、世界中を回っていたのです! すごい人なのです! 私は冒険者になってお父さんと一緒に世界中を冒険するのです!」
「では冒険していない時にシフトを入れておきますね」
「だからやらないのです! たまにならやってもいいですがいつもは嫌なのです! すごい冒険者のお父さんと冒険者しないといけないのです!」
「強情ですね。そんなに凄腕の冒険者なんですか? お父様は」
「それはよく分からないのです。でも、冒険のお話をしている時のお父さんはとっても楽しそうだったのです、お父さんのお仲間さんのお話も面白くて楽しいのです。だから私は同じようなことがしたいのです」
「……冒険者は楽しいことばかりではありませんよ?」
「それはそうなのです。私はことりちゃんやトパーズちゃんみたいに頑丈じゃないのでよく倒れてしまうのです、たまに灰になったりもなっていたらしいのです。マジで死ぬ一歩手前になっていたのです」
「なっていましたね。早くバムも灰になってもらいたいものですが」
「バムくんも同じこと言ってたのです」
「そうですか」
「で、マジで死ぬ一歩手前になったこともあるのですけど、それでもやっぱり冒険者は楽しいのです。見たことないものが見れてやったことないことがやれて、強い敵を倒してすごいぞーってなって……お父さんが体験してきたことができて、とってもとっても楽しいのです。怖いとか言ってたら言ってる時間がもったいないのです」
「ポジティブな思考ですね」
「はいなのです! それに私はお父さんが見つけられなかった物も見つけるって目標もあるのです! そのために日夜努力しているのです! 料理もそれなのです!」
「何故、そこで料理を?」
「美味しい食べ物を食べたらやる気が出てきてテンションが上がるのです! モチベーションは大事だってお父さんが言ってたのです!」
「確かに大切なことですね、長年冒険者をしてきた人から出るその言葉には不思議と説得力があります。しかし、そのようなお父様が見つけられなかったものとは?」
「お母さんの病気を治す手段なのです」
「ん?」
「お母さんの病気はすごい難しいものでお医者さんでも治せないものだったらしいのです。だからお父さんは冒険者をしながら病気を治す薬とかを探し回っていたのです。世界中を周っていれば絶対に見つかると信じていたのです。でも、間に合わなくってお母さんは死んじゃったのです」
「……」
「お父さんは“自分は冒険者をしている意味がない”って落ち込んでいた時もあったのです。だから私は励ましてあげたのです、そして“大きくなったら冒険者になってお母さんの病気を治す方法を見つける”って言ったのです。手遅れだったけど、お父さんの冒険は無駄じゃなかったって私が証明してあげるのです。だから私は冒険者になるのです」
「……お優しいですね、ネネイさんは。お父様も大変喜んだことでしょう」
「そうなのです! お父さんは今、私の先輩冒険者として頑張っている最中なのです!」
「そのような話を聞いてしまった以上、我が家のメイド長として雇うのは難しくなってしまいますね」
「だからメイド長にはならないのです!」
「出張料理人……という手もありますか。私がワープの魔法を極めればあるいは……」
「人の話を聞けなのです! お弁当作ってあげないのですよ!」


2024.5.21
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