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冒険者になったワケ

「ことりちゃん! 次は移動教室だよ!? どうしてずっと窓の外見てるの……!?」
「鳥がいっぱいいるなーって、トパーズちゃんも見る?」
「いやいや、鳥を見ている場合じゃないよ……早く行かないと遅れちゃうから、早く行こう?」
「そうだね」
 トパーズに急かされるように教室から出たことりは、一緒に実験室に向かう。
「あ、ダンゴムシだ」
「ことりちゃん……虫に興味があることを悪くは言わないけど、遊んでばかりいると遅れちゃうよ?」
「そうだった、つい」
「ことりちゃんって虫とか植物とかを拾い集めてるよね? さっきも鳥の観察をしてたし、自然物が好きなの?」
「好き……というか、ダンゴムシだったら“これはダンゴムシ”たんぽぽだったら“これはたんぽぽ”ってちゃんと認識できるようになっているから、惹かれるんだと思う」
「え、え? ええと……?」
「ダンゴムシもたんぽぽも初めて見るモノじゃないけど、ちゃんと興味を持った上で触ったり見たり匂いを嗅いだりして“これらはそういう生き物なんだ”って少しずつ理解していってる、その理解がとても楽しい」
「え? えぇ? クロスティーニ学園に入るまで、自然と触れ合ったことがなかった……の? 外出を禁止されていたの……?」
「ううん、酷く厳しい親じゃなかったから自由に外には出れてた。でも私は物心ついた時から“生き物”に興味関心が全くなかった」
「い、生き物……に? じゃあ何を楽しみにしていたの?」
「本とか石とか景色とか」
「本当に無機物ばかりなんだ……」
「両親以外の生き物はいてもいなくてもいいかなって、誰かに悪いことを言われたりされたりもなかったのに、全てがどうでもよかった。あってもなくても同じだって本気で思って、信じてた」
「…………」
「種族問わず友達も作らない、常にひとりぼっちで本ばかり読んでいる子供だったから、両親はずっと心配していたと思う」
「そ、そうだね、アタシが親御さんの立場だったら絶対に心配するよ。自分たちがいなくなったらひとりで生きていけるのかって……居ても立っても居られなくなっちゃうよ」
「そんな感じの気持ちだったと思う。親に心配をかけているのはわかってたけど、興味がないモノに興味を持つのって難しいどころか、やり方もよく、分からない」
「ことりちゃん……」
「進路について真剣に考える時期に両親から“冒険者になって見聞を広めてきなさい”って伝えられた」
「じゃあ、この学園に来たのって」
「地元から遠く離れた土地で冒険者になって研鑽を積めば何かが変わるかもしれないって、藁にもすがる気持ちだったように見えた。私も特にやりたいこともなかったしこれ以上心配かけたくなかったから、とりあえず従った」
「将来を決めちゃったんだね……後悔してないの?」
「してない」
「それはよかった」
「スイミーくんがいたから」
「ほ?」
「入学する前、学園に向かっていた時、同じ方向から来たスイミーくんと会って話してね、すごく楽しかった」
「楽しかったんだ? 確かにスイミーくんて言動はどうかと思うけど、楽しい人だもんね……」
「スイミーくんが面白いと思って感じているお話と、私が面白くて楽しいって感じているお話はどれも一緒だったんだ。趣味が合うっていうのかな、家族以外の人と話して楽しいて感じたのは生まれて初めてだった」
「本当に楽しかったんだね……なんだか見ているこっちまで楽しくなってくるよ」
「うん。生き物って私がよく読んでいる本と同じぐらい面白くて楽しいモノで、積極的に触れて感じていくことで、もっともっと楽しくなるんじゃないかって気付いた」
「すごいねスイミーくんのトーク術……アタシにはきっと真似できないんだろうなあ」
「スイミーくんと話して面白さを共有して、生まれ変わった気分になった。だから今、私は色々な生き物に興味を持っている真っ最中なんだ。知ろうとしているって言うのかも」
「だからたんぽぽの綿毛を摘みに行ったり、中庭で一日中四葉のクローバーを探したり、池に撒き餌をして釣りをしたりしているんだね……初めての自然だもんね、興味を持つのも当然だよ」
「うん」
「でも人に迷惑をかけちゃダメだよ。特に池に撒き餌のするのはダメ、水質が悪くなるって先生たち怒ってたから」
「うん、あの後すっごい怒られた」
「怒られたんだ……」
「他人に怒られるのって滅多にない経験だから楽しかった」
「堪えてないなあ……」
「でね。生き物に興味を持って楽しいって感じるようになれたのはスイミーくんのお陰」
「うんうん」
「私にとっては色の無かった世界に“面白い”って色を塗ってくれのが、スイミーくん」
「良い色なんだねえ……きっと」
「私を生まれ変わらせてくれたスイミーくんはなんというか」
「なんというか?」
「例えるなら、神さまみたいな人かな」
「神さまかあ……大きく出たね……」
「そうだね、でもスイミーくんは神さまって言われるは嫌だと思うから、内緒にしてね」
「わ、わかったよ。そもそも人に広めるような話でもないし……」
「そうかな?」
「そうだよ。あれ? じゃあアタシたちと仲良くしてくれたりパーティを組んだりしているのも……スイミーくんとお話しして生き物の面白さを知って、興味を持つことができたからってことに……?」
「うん」
「…………」
「トパーズちゃん?」
「……な、なんというか……スイミーくん、すごいな……アタシは頭良くないから難しい言葉とか使えないし言い換えられないけど……すごいっていうのはわかるよ」
「わかってくれるなら嬉しいな。実験室見えてきた、みんなもう来てるかな」
「アタシたちは遅めに教室を出たからもうみんな揃ってるよ」
「草むらで見つけた蛇の抜け殻、スイミーくん喜ぶかな」
「どわあああああ! ナンテモノ持ってきてるのぉぉおおおお!?」
「あれ?」


2024.5.20
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