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ととモノ2

 クロスティーニ学園の朝は早い。
 日が昇る時間帯から活動を始める生徒は少なからずいるため、校庭で体操をしたり学生寮の隅で座禅を組んで瞑想をしたり、廊下のど真ん中でヨガをしたり……と、冒険者の学園ならではの光景が多く見られます。
 ドワーフの少女、トパーズも朝早くから起床し学生寮周辺を散歩するのが毎日の楽しみであり日課でした。
「今日も朝の風が気持ちいいなぁ。ちょっと寒いけど」
 小さく鼻歌を歌いながらレンガ状の道を進み、少しだけ弱い日差しを浴びながら小鳥の声に耳を傾け、静かな朝を楽しみます。
 近くの校庭では体格の良い生徒たちが一緒にジョギングしている姿も見え、つい関心の声を漏らしました。
「日々のトレーニングを欠かさないんだ……すごいなあ、アタシたちのパーティもこういうのができたらいいけど……」

 どさり

 進行方向から大きな物音がしたので、驚いて足を止めました。
 音に目を向けると、そこいたのは赤色かかった紫色の長い髪をしたドラグーンの女の子。ことり。
 突然降ってきた彼女は地面に対してうつ伏せに倒れており、それはまるで死体のようにぴくりとも動かず……。
「ぴあああああああああああああああああああ!!」
 早朝であることも忘れ、トパーズは悲鳴を上げたのでした。





 教室にて。
「怖かったんだから……本当に怖かったんだから……」
「ごめんね」
 自分の席に座ったまま、顔を覆って泣きじゃくるトパーズの頭をことりは優しく撫でました。
 その様子を眺めるルンルンとネネイは、
「朝のアレは新しいサイレンでも学園に魔物が侵入した特殊アラートでも何でもなく、トパーズさんの悲鳴ということでしたか」
「ぴあーって言ってたのです、ぴあーって」
「からかわないでよぉ……」
 単なる感想ですがトパーズにとっては軽い侮辱にしか聞こえず泣くばかり、二人は慌てて慰めるのでした。
 やりとりを眺めていたバムとスイミーの内、最初に声をかけたのはスイミーで。
「んで? なんでことりちゃんは空から降ってきたんだ?」
 と、ことりに尋ねました。面白い気配を感じたのかワクワクした様子で。
 ことりは表情を一切変えずに答えます。
「自室で寝れなくなって」
「ほん?」
「仕方ないから寝れそうな木を探して一晩過ごした」
「ほーん?」
「でも枝が折れちゃって木から落ちた。それでトパーズちゃんがびっくりした」
「ほんほんほん! なるほど!」
 スイミー、面白いエピソードに満足したのか満面の笑み。この男の性格は悪です。
 で、横のバムは顔を引き攣らせており、
「……今、自室で寝れなくなったとか意味の分からん単語が聞こえたが?」
「寝れなくなったって言うか、入れなくなった」
「もっと意味がわからんぞ!?」
 驚愕していますがことりはキョトンとするばかり。意味がわからないことの意味がわからない、そんな様子でした。
「言葉は通じるが意思疎通は困難だなお前は!」
「んじゃもう放課後にことりちゃんのお宅訪問しちゃうっきゃないな!」
 なんて指を鳴らしたスイミーの提案にバムが絶句し、トパーズたちがギョッとしますが、
「私の部屋に来るの? いいよ」
 非常に軽い返答は承諾の意として受け取られ、パーティ一行は放課後にことりの部屋に向かうことになったのでした。





 放課後。
 女子の寮に男子が入るのは常識的に問題かもしれませんが、ことりの部屋に問題が起こったため解決したい旨と、男子二人が一行から離れないことを条件に特別に入室を許可されたのでした。
「ああ……女性の聖域にもついにバムの魔の手が侵入してしまったのですね……世界悲劇の日と名付け後世に語り継ぐとしましょう……」
「お前を男子寮に放り込んで穢れた日を創設してやろうか」
 いつもの喧嘩はさておき、ことりに先導された一行は彼女の部屋の前に辿り着きます。角部屋でした。
「ことりちゃんのお部屋に行くのって初めてなのです! ちょっぴりワクワクするのです!」
「そういえばそうだね。そもそもあんまり人様の部屋って行くことないし……」
 ネネイとトパーズの声を背中で聞きつつ、ことりは自室のドアの前に立ちます。
「たぶん大丈夫だと思うけど、何かあったらすぐに逃げるようにしてね」
 は? と、五人が一斉に目を丸くし言葉の意味を考えている間にことりはドアノブを掴みます。
「ウェルカムマイルーム」
 自分は部屋に入らずにドアを全開にして部屋の全容をパーティメンバーたちにお披露目。女の子の部屋フルオープン。
 次の瞬間、
「ギャッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」
 ことりを除く全員が蒼白し、同じ悲鳴を上げ、後ろも見ずに下がって同じタイミングで壁と背中をくっつけました。
 即座にドアを閉めたことり。
「どう? 我が家は?」
 とりあえず感想を促しますが、五人は当然のように顔を真っ青にさせていまして。
「な、な、何あれ?! 何なのあれ!? 本当にここってことりちゃんの部屋!?」
 声を震わせるトパーズの問いにことりは頷きました。
「異界とか魔界とかそういった禍々しい別世界に通ずる扉ではありませんの……?」
 怯えるルンルンの声にことりは頷きました。
「部屋じゃなかった!? 摩訶不思議空間だった!? 僕たちは部屋という真理のその先を覗いてしまったということ!?」
 恐怖しつつも言葉は止めないスイミーの熱弁にことりは首を横に振りました。
「やべーのです!!」
 絶叫するネネイにことりは頷きました。
「寝ぼけて漆黒のブレスでも吐いたか……?」
 肩を振るわせたバムの疑問にことりはそっぽを向き、
「小さい頃から寝ブレスを一度もしたことないねって親に褒められてたもん……」
 頬を膨らませてとっても分かりやすく拗ねました。
「そ、それはその……すまない……」
 バム、素直に謝罪。
 横目で見たルンルンはひどく落ち着いた、冷淡な口調で言います。
「アナタが素直に謝るなんて珍しいどころか非常識ですね。明日は学園が地盤沈下しますか」
「俺の行動ひとつで世界の終わりを予見するな。俺だって自分に非があるなら謝罪する程度の社会性はある。お前と違ってな」
「私だって社会性はありますよ? 常識と倫理の辞典と呼ばれていますから」
「誰が呼んでるんだそれ、イマジナリーフレンドか?」
 その会話を聞きつつ、トパーズとスイミーは顔を見合わせます。
「寝ブレスって何……? おねしょのブレス版……? 知ってる?」
「僕も初耳、もしかしてブレスっておしっこと同じ感覚なのかも?」
「違うわ!!」
 ブレスが吐ける男から否定が出たところで話を戻します。
 壁に貼り付け続けるわけにもいかないので円陣を組み、作戦会議開始。
「ことりちゃんの部屋が住める状況じゃないのは分かったよ? でも、ずっと木の上なんてちょっと危ないよ」
「頑丈だから落ちても大丈夫だったよ」
「ことりちゃんは怪我しないかもしれないけど誰かが下敷きになったりしたら大変だよ!?」
「そうだった、じゃあどうしよっか」
 手を叩くことり。そう、彼女は色々と鈍いのです、トパーズが怪訝な顔をするほどには。
 次にスイミーが小さく手を挙げて、
「じゃあ僕の部屋に来る? 夜通しお互いの“面白い”について語り合える日々を作ろう!」
「いいね」
 ことりはナイスアイディアと絶賛するように指を鳴らします、スイミーもガッツポーズ。
 途端にトパーズが首を何度も横に振り、
「ダメ! ダメダメダメ! 同じ年頃の男女が同じ部屋で一晩を過ごすのは色々とダメ! 本当に!」
 両手を振って一生懸命かつ必死に制止。バムも腕を組んで何度も頷き静かに同意していました。
 否定されてしまった二人は顔を不思議そうに顔を見合わせるばかり。
「ダメみたいだね、ことりちゃん」
「じゃあやめておこう、私たちのマスコットでもあるトパーズはいつも正しいことしか言わないから」
「素直に聞き入れてくれたのならよかったよ……マスコットじゃないけど……」
 不服な点はあるものの安堵して胸を撫で下ろします。同時にこの二人の貞操概念を知りたくなりましたが、話が脱線しそうだったので今は言葉を飲み込んでおきました。
「……念の為尋ねるが、部屋を片付けるという手段は存在しないのか……?」
「高度な浄化魔法を使わないと無理」
 バムの疑問はことり本人によりすぐ解決し、絶望へと成り果てました。
「木の上がダメなら誰かの部屋に泊まるしかない……スイミーくんの部屋は何故かダメらしいから、トパーズちゃんかネネイちゃんか……」
「そ、そうだよことりちゃん! 寝泊まりするだけだしアタシの部屋に……」
「でも寝具が小さいから無理だね」
「小さくないよ一般サイズだよぉ!」
 悲痛な訴えは強がりと判断されて無視されてしまい、同情したバムは黙って肩を叩いてあげるのでした。
 ことりは続けて、
「ルンルンちゃんの部屋で寝泊まりさせてくれないかな?」
 ルンルンに向けて尋ねました。あまり困ってないような雰囲気で淡々と。
 すると、
「なっ……! そ、そんなっ……!」
 突然ルンルンは口元を抑え、驚いたように後退りします。酷く驚愕し、ことりから目を離さないまま。
「ことりさん……貴女……そんな、まさかっ……! わ、私と寝所を共にしたい……と……!?」
「うん」
「そんな……ああ……ことりさん……まさか貴女がそんなことを仰るだなんて! 私と、私と……!」
「ルンルンちゃんのお部屋に泊まりたいよ?」
「私と祝言を上げたいだなんて!」
 驚きを隠せないままルンルンがそう言い放つことにより一同の表情が固まりました。なおことり除く。
「どうして?」
「寝所を共にするということは人が一番無防備な状態“睡眠”を曝け出しても良い、心と体を赦しているということに他なりません! それは即ち、将来を誓い合える程の信頼と愛があるということ……」
 そして頬を染めるルンルン。その言葉と表情には「本気」の二文字しかありませんでした。
「君、イイトコの出のハズなのに野生動物と人社会が混じり合ったような考え方してるねー」
 後頭部で腕を組んだスイミーがニコニコしながら皮肉を飛ばしますがルンルンには効きません。
 すっかり照れて「その気」になっている少女は横目でことりを見ながら、恥ずかしげに言います。
「ことりさんの気持ちは分かりました、しかし私たちは出会って間もないクラスメイト……まずは友人から始めるのが筋だと思うのですが……」
「もう友達だよ?」
「なっ!? ことりさん……そんな……祝言は目と鼻の先と! そう仰りたいのですね!?」
「?」
 会話を続ければ続けるほど先の話が勝手に盛り上がっていきます。ルンルンの中で現在進行形で。話の中心にいることりは意味がわからないのか首を傾げるばかり。
 止めるタイミングが分からず狼狽えているトパーズを尻目に、スイミーはバムに耳打ち。
「ねーねー有識者、あれってどこまで本気なんだ?」
「全部」
「え」
「全部」
 スイミーだけでなくトパーズまで愕然とする中、バムは淡々と答え続けます。
「奴は性格と思考は最悪だが嘘だけは絶対につかない、冗談を言って人を陥れるようなことはしない。この俺に対してもだ。だから祝言云々は心から本気で言ってるんだ、残念ながらな」
 最後に「ことり……哀れな女だ……」と同情するようにぼやき、この話を終わらせました。
「ルンルンちゃん……やはり僕が見込んだ通り、オモシレー女……」
 スイミーがニヤリとほくそ笑みトパーズが顔を引きつらせていると、ふと彼女は顔を上げて、
「あれ? そういえばネネイちゃんは……?」
「終わったー! のですぅ!」
 突然廊下に響き渡る元気で明るい声。
 全員が一斉に声の発生源に目を向けます。それは先ほど見た混沌の世界、即ちことりの部屋の前。
 そこに立っているのはデッキブラシを二刀流しているネネイでした。
「とても手強かったのです、まさか私がここまで苦戦するとは思ってなかったのです。世界にはまだ見ぬ強敵がたくさんいるということですね」
「ネネイちゃん……? い、今まで何してたの……?」
 トパーズが恐る恐る尋ねると、ネネイは得意げに鼻を鳴らしまして。
「お掃除してたのです! ことりちゃんのお部屋がとっても散らかっていたので! 私物には手をつけてないのでそこは安心してくれて構わないのですよ! ほら!」
 そう言ってドアを開けました。女の子の部屋フルオープン二度目。
 ドアの先にあるのは謎の異空間ではなく、見慣れた寮の個室。ベッドと机と棚と窓がある、飾りっ気のない学生の部屋そのものです。
 しかも、まだ誰も使っていないような状態に見えるほど隅から隅までピッカピカの綺麗な部屋になっていました。
「ウソォ!?」
「すごい」
 メンバーたちが驚愕する中ことりだけは目を輝かせていました。心から感動していました。
 反応に満足したネネイは胸を張ります。
「えっへん! 掃除洗濯料理については任せてくださいなのです! 超得意なのです! でも、こんなになるまで放置していてはダメなのです、定期的なお掃除は必要なのですよ」
「何もしてなくても汚れる場合はどうしたらいい?」
「絶対に何かしているのでその何かをやめるのです!」
 最もな意見でした。
 面食らったような顔をしたことり、何も言わずに部屋の中に入ります。
 入学してから間もない時間を過ごした第二の我が家、引っ越してきた当初の姿が戻っています。
 表情はあまり変わりませんが、生気により輝いている目は感動の感情を物語っていました。
「……ネネイちゃん」
 少女は静かにクラスメイトの名を呼びます。
「はい! どうかしたのですか? 掃除のコツを聞きたいのですか?」
 のこのこと部屋に入ってきたネネイの両手を取ると、顔の近くまで寄せて。
「一生、私の部屋の掃除をしてください」
「え?」
 ネネイ、きょとん。
「ネネイちゃんがいてくれたら、私は自室をあんな風に汚してしまう宿命から解放されると思う。ネネイちゃんに助けてもらいたい」
「それは自分でどうにかしろなのです」
「どうにかできていたらとっくの昔にどうにかしている、だからお願い、ずっとずっと部屋の掃除をして」
「できないですよ、ずっとお部屋のお掃除だなんて冒険者の仕事じゃないのです、お嫁さんでもないのに」
「じゃあお嫁さんになって」
「じゃあ?」
 口調は淡々としているもののその気持ちは本気、手を握る力が段々と強くなり逃がさない意思。
 頑丈なのか鈍いのかネネイは顔色ひとつ変えませんが。
「ちょっと待ってください! ことりさん! ネネイさん!」
「今のは聞き捨てならないな」
 話を聞いていたのか突然部屋に入ってくるルンルンとバム、二人とも眉間にシワを寄せ足音を大きく立てて乗り込んできます。
 ことりが首を傾げ、ネネイが振り向き二人を見まして。
「ネネイさんは私の専属メイドになって頂くご予定なのですから! いくらことりさんでも譲ることはできません!」
「お前は我が家の家政婦、最終的には家政婦長に就任する女だ。こればかりは絶対に譲らん!」
「なんで私の将来の進路を勝手に決められているのですか?」
 首を傾げているネネイをことりはとっさに抱き寄せて、
「ダメ。私も譲れない、生まれてから今日まで私の周りをまとわりついていた問題、解決するかもしれないチャンスを棒に振れない」
 確固たる意思を表明。
 ルンルンがちょっとだけ羨ましそうにネネイを見ていましたがバムは見なかったことにしました。
「あのー? 私は冒険者として生きてくつもりなので、お嫁さんにもメイドにも家政婦にもならないのですよ?」
 ネネイの言葉は届かず、ことり、ルンルン、バムの間で火花が散り、次の瞬間に始まる大口論。
「おーい?」
 やはり聞いてくれません。何度も声をかけて続けても反応してくれません。
 「誰がネネイに家事手伝い等をしてもらうか」とか「時給はこれぐらい出せる見込み」だとか「時給云々ではなく将来の面倒を全て見れる甲斐性の方が大切」だとかの口論に発展、寮でなければ武器を抜いているほどの迫力で。
「キャー! 面白そうだし僕も参戦しよーっと!」
 どこに面白さを感じてしまったのかスイミーまで「人生には面白さも大切だけど生活力もいるよねー」と言いながら、ヒートアップする三人の中に飛び込んで行ってしまったのでした。
「あわわわわわわ……」
 入り口から様子を伺うしかできないトパーズは顔を青くさせて怯えるばかりで。
「ダメだよ人の将来を勝手に決めたら……アタシだってネネイちゃんのご飯を毎日食べたいけど……すっごく美味しかったし……」
 でもお嫁さんとかじゃなくて……と言いかける前に、ことりたちに睨まれて、
「お前も敵だな! 来い!!」
 怒声を浴びせられたと同時に部屋に引き込まれ、不毛な言い争いに参戦させられたのでした。


 後に騒ぎを聞きつけた教師にこってり絞られたそうな。
 なお、ネネイが綺麗にしたことりの部屋は三日で元の異空間に戻ったそうな。


2024.5.7
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