ととモノ2

 特に存在しない前回のあらすじ。
 冒険を続けていたら神様と戦うことになった。

 つい数秒前まで、ことりたちは確かに職員室にいました。
 各ダンジョンで見つかったよく分からない証……それらを職員室で組み合わせた途端、真っ黒い世界に飛ばされ、巨大な「何か」が天から現れました。
 あまりにも短時間のうちに多くのことが起こり続けたことで愕然とすることりたちに対し、巨大な何かは神と名乗り。
「願いを叶えるに相応しいか……試させてもらおう」
 試すとはすなわち、剣を交えるということ。
 言葉が足りない説明であっても、その真意はことりたちでも十分に理解できました。
 だからことりは小さく頷いて。
「うんわかった」
 呆れるほど簡単に納得し、細かいことを考えるよりも先に、戦いが始まります。
 魔法壁を貼ったりラグナログで強化したり千里眼で命中率を上げたりラグナログで強化したり魔法壁を貼ったり鬼神斬りで連続攻撃を繰り出したり超鬼神斬りで何度も切り刻んだりビックバムを叩きつけたり倍加魔法で威力を底上げしたビックバムで脳天から焼き尽くしたり魔法壁を貼ったり。
「待って待って待って! ちょっとは容赦するとか知らんの!?」
 戦いの最中、突然動きを止めた神が絶叫したところで、ことりたちも攻撃の手を止めます。
 そのままお互いの顔を見合わせてから、もう一度神を見上げて。
「神様なら何度も殴っても死なないかなって思って」
 ことりが淡々と答え、
「なのです」
 ネネイが大きく頷いて、
「そうだな」
 バムが真顔で言って、
「うん!」
 スイミーが笑顔で同意して、
「ですねえ」
 ルンルンが神ではなくことりを見て言い、
「えー……?」
 最後にトパーズが顔を引き攣らせつつ武器を下ろしました。
 そんな彼女にバムはすかさず言います。
「引いているお前が一番高ダメージを叩き出していたぞ」
「うん。超鬼神斬り超痛かった」
 神本人も同意したところでトパーズ顔面蒼白。
「ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごめんさい!」
 慌てて謝りました。今更かもしれませんが謝らずにはいられなかったのです。
 神は「まあいいだろう」と簡単に流したかと思えば、
「それほどの実力を持つのであれば、願いを叶えるのに相応しいと言える……」
 皆が期待していた台詞を言えば、生徒たち全員の目がすぐにキラキラと輝き始めるではありませんか。
「マジで! やったね! なにしよっか!」
「すごいことになってきたね」
「お願い事はどうするのです?」
「急に言われると困ってしまいますねえ」
「前々から願い事云々は言われてたような気がするけど……」
 本当に人の話をちゃんと聞かない友人たちにトパーズは小さく声を上げることしかできません。その小さな声すら無視されてしまいますが、もはや慣れたモノです。
 そこへ、黙って見ていたバムが口を挟みます。
「まず、誰の願いを叶えるんだ? 願いを叶えるといった大きな報酬は大抵、ひとりだけに限定されるはずだが」
 意見が飛び出すと同時にことりたちは顔を上げてバムを凝視しました。たった今、初めて、願い事による制限に気が付いてしまったからです。
「ホントなのです! どうやって選別するのです!?」
「殴り合いにしておきましょうか? 死者が出ても自己責任ということで」
 どこかから火炎ビンを持ち出したルンルンが不敵な笑みを浮かべ、
「そうだな。丁度いい機会だろう」
 迷いなく応じたバムの後ろで包丁を持った不気味な人形が浮かび上がって、
「公平にじゃんけんで良いんじゃないかな」
 全ての流れを読み取らずにことりが手を挙げた時でした。
「じゃ、そゆことで」
 神がそれだけを言い残し、徐々に姿が薄れ始めたのは。
「ちょ、ちょっと待って!? まだ何も決まって……!」
 慌てて手を伸ばしたトパーズですが、一番小柄な彼女が何かを掴むことはなく……。
 瞬きをした時には、元の職員室に戻っていました。
「…………あれ?」
 激戦を繰り広げた暗闇の空間は蜃気楼のように消え、神の姿形もなければ形跡もありません。残されたのは若干の疲労感だけ。
 あっという間に元の世界に帰ってきたのです。
 神との激戦を終えた一行を待っていたのは、剣から元の姿に戻ったルオーテとか死んだはずの校長やダンテが生き返っただとか、失われたモノが続々と帰ってくる歓喜溢れる展開。
 事実、学園はそのことでちょっとしたお祭り騒ぎになりました。皆が手を叩いて喜び合う幸せな光景。
 激動の中心人物となったことりたちはこの騒ぎを……。
「誰かこれ、願った?」
 ことりの質問にトパーズ以外は首を振り。
「ううん」
「ぜんぜんなのです」
「全くですね」
「そうだな」
「そうなの!?」
 納得いかないような様子で否定したのでトパーズ絶叫。
「美しい光景だからあんまり水を差したくないんだけどさ? 僕は死者の復活とかいう生命の冒涜よりも、実用的なことを叶えて欲しかったなあって」
「本当に水を差す言葉だよそれ……絶対にみんなに言っちゃダメだよ……?」
「生き返りがおっけーならお母さんを生き返らせて欲しかったのです、お父さんが喜ぶのです」
「お前が言うと重みが違うぞ」
「ネネイちゃんの気持ちも分かるかも。私もお爺ちゃんともう一回お話ししたかった」
「これが悪いこととは断じて言えませんが、私たちの意向に沿った願いを叶えるぐらいはしてもらいたかったものです。皆さんが喜んでいるのは良かったとは言え……」
「僕たちが一番頑張ったのにね?」
「ね?」
 近くに他の生徒や教師がいないのを良いことに、それぞれが不満を漏らしていると。
「普通の神ではできないことをサービスしてやったというのに文句タラタラか」
 つい数分前に聞いた神々しい声が響き、六人全員は驚いた様子で上を見ました。もちろん何もいません。
「言っておくが、死者の復活や魂の記憶を元にした肉体の再構築を行えるのは創造神だけであってな……」
「さっきからなんか変なのが聞こえる! 雑音かな!?」
 信仰心の欠片もないノームの悪意しかない言葉により、神の声は一瞬だけ止まり、
「……生まれて初めて雑音扱いされた……」
「す、すみません……!」
 誰が聞いても落ち込んでいるであろう声色が発生し、またもや反射的に誤ってしまうトパーズなのでした。
 神様相手に及び腰の彼女とは異なり、ことりは天を見上げたまま堂々と発言します。
「私たちのお願いは叶えてくれないの?」
「近しい人の生き返りは喜ばしいことだろう?」
 質問の答えが質問となって返ってきました。よろしいとは言えないコミュニケーションですがことりは表情をひとつも変えることなく見上げ続けるだけ。
 ただしネネイは別でして、頬を膨らませたまま不満気に叫びます。
「よろしいけどよろしくないのです! 近しい人の復活がいいって言うなら、先生とか友達じゃなくて家族とかを生き返らせてくれた方が嬉しい人はいっぱいいると思うのです!」
「あー……そういう意見もあるのか」
 関心する様子の神。途端に黙ったネネイは非常に冷めた目をしていました。軽蔑とも言えます。
「俺たちとは異なる世界の異なる生き物だからか、考え方や常識には若干の隔たりがあるようだな」
「腐っても神だよねー? てかどこから喋ってるの? なんとなーく上を見ているけど、神なんてどこにもいないし」
「これだと思う」
 ことりがすっと取り出したのは神を呼び出す際に使用した例の鍵。神と敵対していた時はほのかな輝きを放っていたそれは、今は輝きを完全に失っており、ただの水晶玉と変わりありません。
 五人がそれを凝視して、情報を脳に届けた刹那、真っ先に言葉を出すのはトパーズでして。
「証を合体させたやつだよね!? どうして持ってるの!?」
「神様をやっつけた記念に持って帰ろうと思って」
 特別なことでも何でもない、魔物を倒したから戦利品を持ち帰るようなノリで言い切った我らがリーダーにトパーズは愕然とするしかありません。
 きょとんとしていることりの腕にルンルンはそっと抱きつきまして。
「大物を仕留めた証は自身が強者である証拠、ことりさんがそれを持つことで、貴女が誰よりもたくましく勇ましい、私の愛しいお方ということを象徴しています。この玉を加工し、私とことりさんの愛の象徴にするのも良い考えだと思いますよ? 大賛成です!」
「しないよ?」
 ことり即答。バムが吹き出していましたが誰も触れませんでした。
 水晶玉を通じて声を届けている神は続けて問います。
「逆に聞くが、お前たちはどんな願いなら喜ぶのだ?」
「お金持ち!」
 スイミー即答。
「高ランクの素材がたくさん欲しいところですね」
 ルンルン回答。
「良い武具」
 バム返答。
 数秒の間もなく答えを聞いた神、ほんの少し黙ってから、
「えー……? 我、神だから人が喜ぶ資産とかよく分かんない」
 お茶目っけ強めに言いますが当然ウケるはずもなく、スイミーとネネイは水晶玉を睨みまして。
「はぁ? じゃあなんで聞いたのさ、言って損したんだけど」
「コイツつっかえねーのです!」
「なんてこと言うの!!」
 もはや神に対する言葉ではありません。親が子を叱りつけるトーンでトパーズが叫んでも、誰一人として反省の色を出しませんでした。
 すると、
「神様が分かりやすいお願いをすればいいんじゃないかな?」
 己のペースを崩さないことりが小さく手を挙げて述べますが、スイミーとネネイは微妙な顔。
「えー? 神側に寄せるの? 僕たちがぁ?」
「神様が歩み寄ればいいと思うのですー」
「叶えてくれるのは神様だから仕方ないよ」
「ことりちゃんがそこまで言うならしょうがないけど……神が分かりやすい願いってなに?」
 漠然とした疑問に即答できる人はいません。全員が腕を組んだり唸り声をあげたりして考え込んでしまう始末。
 神本人もノーコメントまま少しだけ時間が流れたところで、
「神と人の価値観は異なっているようですから、難しいですね」
 ルンルンが言い出し、ネネイが頷いて返します。
「人でも神様でも分かりやすいお願いにするしかないってことなのですね? すっごく限定されそうなのです」
「うーんと、ご飯がたくさん欲しいとか?」
「おおっ! いいねそれ! でも神ってご飯食べるの?」
「万物の象徴たる神ですからね……食事という概念がなくても不思議ではありません」
「わかったのです! “強い敵と戦いたい!”とかどうです!?」
「ふむ、戦い云々ならまだ神でも分かるか……奴も一応、戦える者だからな」
「そうだね。神様の基準で強い敵を出してくれるならとっても強い魔物を出してくれそう。楽しみ」
「手応えがありそうだけど、神が強いって思う魔物ってことはさ、天災とか起こせそうだよね?」
「しまった、その考えもあるか……恐ろしく人的被害が出そうだな」
「うわー国が滅びそうなのです」
「やめておいた方がいいかもしれませんね。我々では責任を負いきれません……ここはやはり、私とことりさんのハレムーンを!」
「個人に限定する願いはやめた方がいいんじゃないかなって僕は思うます」
 神そっちのけで相談に花が咲き、討論が続きます。
 会話に混ざれず完全に蚊帳の外となったトパーズは、いつの間にか水晶玉を抱えていて、立ち尽くしていました。
「…………」
 ツッコミを放棄し黙ってしまった中、神はようやく声を出します。
「……もしかして、我、かなりの厄介者扱いされてる……?」
 声色から分かります。とても落ち込んでいると。神ですが感情はしっかり備えている生き物はぞんざいな扱いにショックを隠しきれないのだと。
 これまでの数々の無礼により、不敬罪を通り越して死刑にされるのではないかと内心怯えているトパーズは、涙目になりながらもしっかり水晶玉を見て、それに答えます。
「そうだと思います……あの、これ以上ここにいても傷つくだけだと思うので、帰ったほうが……よろしいかと……」
「じゃあそうしよっかな。あ、これは回収するね? 大事なものだから」
「ど、どうぞ……」
 代わりにこれを……という声が響き、トパーズの手から水晶玉が音もなく消えました。
 消えてしまった水晶玉の代わりのように、彼女の手には「神佑天助」が現れたのでした……。
「……」
「トパーズちゃーん! トパーズちゃんはどんなお願い事ならいけると思うのです?」
「米三俵だろ」
「もっと現実を見なさい。花が咲き乱れ自然あふれる穏やかで平穏な、私とことりさんの愛の巣とか」
「お前が現実を見ろ」
「…………」
「ん? よく分からないものを持ったままボーッとしてるね?」
「あれ? 神はどうしたの?」
「……どんな存在が相手でも、みんなと一緒なら日常の枠から外れることは絶対にないんだなって、思っただけ……」
「へ?」
 五人は目を丸くして首を傾げるしかできませんでした。


2025.10.15
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