逃げるあの人、追いかけるアタシ
こうして、昼休みが終わり昼からの授業。つまりは五時間目。
昼休みが終わる直前にバムが教室に戻ってきてしまったのでまたもや会話できなかったトパーズ、広げたノートの白いページをガン見しながら。
「帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、かける、かける、かける……」
黒板に文字を書いている先生だけでなく、周囲の生徒にも聞こえない程度の声量で自分に言い聞かせ続けていました。
決意表明はこのぐらいにしておき、真面目に授業を……受けず、スイミーが言ったことを思い出します。
「なんかバムくんね? 気持ちを抑えきれずに告白しちゃったせいでメチャクチャ動揺してるみたい。だから面と向かってトパーズちゃんと話せなくなってるんだよ。じゃ、これから僕は購買に行って体操服を買ってくるから……」
何故体操服を買いに行ったのか……と、考えて始めようとして、すぐに思考を止めます。気になるところが出てくると注意が逸れてしまうのは悪い癖です。
それにしても。
――自制心のあるバムくんが、自分の気持ちを抑えきれなくなるほど、アタシのことが好きだった……なんて。
それほどまでに強い想いを秘め続けていたということ。ずっとずっと好きだと、想われていたということ。
気持ちを吐露するまでの間、彼はどんな気持ちで名前を呼び、友人として仲間として、接していたのだろうか。
考えるだけで顔が赤くなりますが、今はときめきに悶えている場合ではありません。
――とにかく、絶対にバムくんと話そう! 考えるのはそれからだよ! うん!
授業に一秒も耳を傾けずに改めて決意を固めたと同時に。
「じゃあこの問題を……トパーズさん答えて〜」
「びょっ?!」
この後めちゃくちゃ恥ずかしかったそうな。
恥を乗り越え帰りのHRも終わり、チャイムが鳴れば。
「バムくん!」
好機とばかりに立ち上がって振り向いた時には既に、その席には誰もいませんでした。机の上にうさぎのぬいぐるみが座っているだけ。
「あれぇ!?」
「さっき音速みたいなスピードで出て行ったのですよ、バムくん」
驚愕するトパーズの後ろから、ネネイの呆れたような声がしたので急いでクラスメイトに目をやります。
「ええええええ……」
出鼻を挫かれ肩を落として落胆。その間にもことりとスイミーとルンルンが来まして。
「すっごく早かったね」
「ねー? バムくんって素早さ底上げしてたかなぁ?」
「すみません……奴の足をどうやって縛り上げようか思考を練っている間に逃げられてしまいまして……」
約一名臨戦体制のままですが以下略。
呆然とするトパーズに、スイミーは言います。
「で? どうしよっか? バムくんを捕まえたいなら僕たちも何かしら協力できると思うけど」
「ほえ?」
思わぬ提案に間抜けな声が溢れ、目を丸くしつつもクラスメイトたちを二度見。
ことりもネネイも頷いて肯定する中、
「奴を罠に嵌めるのでしたらお任せください。奴を仕留めるために編み出した百八式の罠と策略をトパーズさんのために惜しみなく使ってみせましょう!」
爆竹やら鼠取りやらトラバサミやら、穏やかに済みそうにない物騒な罠の数々を取り出したルンルンの目は本気一色に染まっていました。一悶着やりかねません。
「ルンルンちゃんだけ全力で違う方向を見て突き進んでいるなぁ〜」
心底楽しそうにそれを眺めているスイミーは彼女の言動を否定も肯定もしません。流れに身を任せて面白さが産まれるのを待っているのです……つまり確信犯。
誰も動かないのはトパーズ本人の言葉を待っているから。彼女が一度頷けば、学園を混乱に陥れつつも逃げ回るバムを捕らえてくれることでしょう。
それを踏まえ、トパーズは。
「……ありがとう。みんな」
まず、優しさと心遣いに深く感謝してから。
「でも……アタシひとりで頑張らせてください」
丁寧に頭を下げてお願いしました。
思ってなかったセリフに四人がキョトンとして、最初にことりが尋ねます。
「いいの?」
短い疑問の言葉を聞いて、トパーズは顔を上げ。
「これはアタシとバムくんの問題だから、アタシだけの力で解決したいんだ……だから、お願い」
気の弱い少女から出てきた、強い願いと決意の言葉。
いつも不安で揺れている瞳は、今日だけは真っ直ぐ、揺らぐことなく皆を見つめていました。
無言の本気に、仲間たちはそれぞれ顔を見合わせて。
「トパーズちゃんがそこまで言うなら、手出し無用なのですね」
「そうだね、見守っておこっか」
「ホントに大丈夫? バムくんは手強いよ? もう僕が想像できない面白さと奇行の領域に入っちゃってるし」
「仕留めないのですか?」
口々に言う仲間たちにトパーズは答えます。
「……今、一番戸惑っているのはバムくんだから……それをなんとかできるのは、騒ぎの原因になっているアタシだけだよ」
誰も心配させないように微笑んで見せました。自分の問題は自分で解決する、責任感の強い彼女の口から出てきた言葉を否定する者は、誰もいません。
ことりはもう一度頷いて、
「わかった。トパーズちゃんを信じるよ」
そう言ってから、再びスイミーたちに目配せし。
「バムくんを捕まえてトパーズちゃんに差し出すのは後にしよっか」
「生け取り大作戦は最終手段に取っておくのです!」
「トパーズちゃん、無理そうだったらすぐに無理って言ってね? その時は僕たちでカタを付けるから。三分以内で」
「奴の命も持って数秒」
頼もしすぎる言葉の数々によりトパーズの顔はしっかり引き攣りまして。
「あ、あり、ありがとう……気持ちはすごく嬉しいけど……穏便に、済ませてね……?」
絶対に協力を仰がないで置こうと決意し、教室を出るのでした。
トパーズは放課後の学園を走り回り、バムを探しました。もちろん教師に怒られない程度の走り、すなわち早歩きで。
無駄に広い学園中を探し回るだけでも骨が折れるものなので、基本的に聞き込み活動が主となります。知っている顔だったり、知らない顔だったり……色々な人たちに声をかけ、その情報を元に駆け巡りまくって。
「あ! バムくんいた!」
階段の踊り場でバムを発見した刹那、ダッシュしたバムとすれ違ってしまいました。あまりの速さに髪と尻尾の毛が揺れました。
諦めないトパーズは捜索を再開します「また変なことに巻き込まれてるの?」と心配される声もありましたが、深く考えないことにして情報収集に徹し。
「バムくん!」
空き教室で息を潜めていたのを見つけ出したと思ったら、彼は窓から廊下に飛び出して逃走。あまりの速さに通りすがりの生徒がビビっていました。
譲れないトパーズは捜索を続けます「アイツらと関わって疲れない? 大丈夫?」と気を遣う声があり、周囲からどう見られてるのか心配しつつも学園中を巡り。
「バ」
実験室に入った途端に後ろ姿を見かけ、反射的に声をかけたら畳返しで逃げられました。
「この教室って畳あったっけ!?」
ツッコんだら負け。
このように見つけては逃げられ、見つけては逃げられと繰り返され、イタチごっこが続きに続いて数時間……。
放課後の廊下には赤色の西日が差し込んでいました。
「うぅ……全然捕まらない……バムくん逃げ足が本当に早いよぉ……」
誰もいない廊下をトボトボと歩くトパーズの顔は疲労一色に染まっていました。
頭の片隅から鳴り響く「仲間たちに頼る」という選択。誰よりも強くて頼もしく、できないことなど何もないと断言できる愉快な彼女たちであれば、逃げ回るバムを捕獲するなど造作もないでしょうが……。
魔法で連絡しようと考えて、直前で首を振りました。
「ダメだ……絶対にもっと酷いことになる……ただでさえ変な噂が立ってるのに……」
パーティの風評被害が悪化する可能性とバムの保身を考え、断念することにしました。
しかし、一人では解決できない問題かもしれないと考え始めてしまうのも事実。
諦めて帰ってしまおうかという考えが脳裏を過って、
「ダメ。一番困っているのは、心が戸惑っているのはバムくんのはずだから……なんとかしなきゃ……」
小さくぼやき、終業のチャイムが鳴っても探してやると決意を新たにして、顔を上げた時でした。
廊下の窓から、夕陽を眺めているバムを見つけたのは。
「っていたぁ!!」
「はっ」
つい叫んでしまったことで、バムは踵を返して逃げ始めました。
「待って!」
叫びながら追いかけるものの追いつくことは叶いません。小柄なドワーフと長身のディアボロスでは歩幅が違いすぎるため。
「待ってよ! バムくん!」
声を出しても止まる気配はありません。追いつきたい背中が、どんどん遠くに行ってしまいます。
――話をしないといけないのに。
――追いつかなきゃ「好き」って想いに向き合わなきゃ。
――アタシのためじゃない、彼のためにも。
そう思った時には――
斧を投げていました。
トパーズの手から離れた斧は高速回転しながらバムの真横を通過して。
「は」
目の前で九十度にがくんと曲がり、壁に突き刺さって止まりました。
「い゛っ!?」
目前を通過した斧に驚き、バムはその場に尻餅を付いてしまいます。
そして、絶句しつつも壁に突き刺さった斧を見て、ただでさえ血色の悪いディアボロスの顔色をさらに悪くさせてしまうのでした。
「…………」
「お、追いついた……」
ここで彼の元に辿り着いたトパーズが走るのを止め、安堵の息を吐きます。
バムは恐る恐る、トパーズを見上げて、
「い、命だけは……」
「殺さないよ!?」
生まれて初めて同年代からされた命乞いに慌てて説明して誤解を解いて、バムの目の前で両膝をついて同じ目線になりました。
そして、やっと会話を始めます。
「スイミーくんから聞いたよ? アタシにうっかり告白したことが受け入れられなくて逃げ出したって」
「ヤツめ、余計なことを……」
苦虫を噛み潰したような顔で呟き、己の行動を後悔。口止めすればよかったと考えているようですが既に手遅れです。
トパーズは続けます。
「でもね、逃げてばっかりじゃダメだよ。ちゃんとお話ししよ? ねっ?」
小さい子供を説き伏せるような優しい口調。
どうしても気まずくなってしまうのか、バムは目を逸らし、
「……幻滅してないのか、俺に」
自信家な彼らしくない、弱気な言葉が飛び出しました。
トパーズは首を横に振り、彼の言葉を否定します。
「ううん。まさか。アタシだって突然告白されて動揺しちゃったんだもん。ついぽろっと口に出しちゃったバムくんが戸惑っている気持ちも、なんとなく分かるよ」
「…………」
何も言おうとしない彼の言葉を待たず、トパーズは言いたかったこと、聞きたかったことを、言葉にします。
「告白された後ね……気になったんだ。どうしてバムくんみたいな人が、アタシのことを好きになってくれたのか」
「…………」
「アタシは、何の取り柄もない上に“なんとなく”っていう曖昧な理由でクロスティーニ来ただけの半端な子でしょ? でも、バムくんは将来の目的もしっかりしててここで学ぶ意味もちゃんと持っている。アタシみたいに中途半端な人じゃない、同い年なのに先のことをしっかり考えている立派な人でしょ」
「…………」
「それに、一般家庭生まれのアタシと上級階級? って言うのかな……そういうすごい家で生まれ育ったバムくんとじゃあ住む世界も違う……何もかもが異なってる……そんなアタシのことを、気持ちが抑えきれなくなるまで好きになってくれた理由が、分からないよ……」
言葉にすればするほど、好きになってくれた彼の気持ちが分からなくなってきました。
分からなくなっていくほどに、不安な気持ちも積もっていき、顔も見れなくなってきて……。
「…………」
彼の「好き」という気持ちに嘘はない。
でも、自分が「好き」と言って貰えるほどの人物という自信は、全くありません。
いっそのこと、変な理由で好きになってもらった方が気が楽だなんて考え始め、
「……はぁ」
ため息が聞こえ、肩が震えました。
「本当に、お前は……自分を蔑ろにする言葉はスラスラと……」
「だ、だって」
慌てて顔を上げて否定しようとするものの、それより先にバムは続けて、
「必要以上にネガティブになるところはお前の悪癖だ。さっさと治しておけ」
「あ、はい、頑張るます……」
自信は全くありませんがとりあえず返事はしておきました。居た堪れなくなって視線も合わせられませんが。
しばらく沈黙が続くと思われていましたが、意外にもバムはすぐに会話を再開させます。
「それで、だ」
「うん?」
再び彼を見据えます。
バムも、トパーズを見ていました。
「お前は、自分の嫌なところばかりに目を向ける反面、人の良いところばかりに目をつける。それが非常に上手く、的確だ」
突然、褒められるものですからトパーズの体はびくりと跳ね、全身を使って驚いてくれました。
「え!? で、でもっ、アタシよりすごい人なんていっぱいいるし……」
否定しようとする言葉を、バムは遮って続けます。
「人の良いところを見つけて称賛する。嫌味な気持ちなど一つもなく素直な気持ちでな……それは、誰にでもできるようなことではない」
「……そう、かな……」
「お前の気の小ささと自信の無さがそうさせているだけかもしれないがな」
「うぐ」
ストレートな物言いに思い当たる節しかなく、胸元を抑えるのでした。
「だが……素直で純粋に、他者を評価し、想いやることができるお前の優しさは大したものだ。最初はただ気遣っているだけかと思っていたが、一緒に行動する内にお前の純粋さと真っ直ぐな感性は本物だと気付いた。それを知り、触れ続けていって、俺は」
言葉を止めました。
「……?」
不思議そうに首を傾げている彼女を、赤い瞳は見据えて、
「……とても、愛おしいと、思ったんだ」
皮肉屋な彼の口から出た、トパーズを想う言葉。
好きになった理由の全てが詰まった、二度目の告白。
そんな風に自分を見てくれて、評価してくれて、好きになってくれて、素敵な言葉をかけてくれて。
「…………」
すぐに気持ちを言葉にできず、黙って俯いてしまいました。
顔に熱が集まっているところから、自分がどんな表情をしているのか想像できてしまい、恥ずかしさのあまりどうにかなってしまいそうでしたが、それをぐっと堪えて。
「あとは、気の弱いところと流されやすいところと自分に自信のないところを直してくれたらいいが、贅沢は言わないでおこう」
さらりと欠点も並べてくれたことで、一気に我に返って肩の力が抜けたのか。
「一言多いよ……」
呆れ返ったように声を溢したのでした。
「返事はしなくてもいい、受け入れられないなら以前のようにただのクラスメイトに戻るだけの話だからな」
「え」
咄嗟に顔を上げます。彼はもうトパーズを見ていません。
「……逃げ回って悪かったな。じゃあ、これで」
全てを答えたことで役目は終わったと判断したのか、彼は立ち上がろうと……。
「待ってよ! 勝手に話を終わらせないで!」
する前に、トパーズは叫んでいました。
バムは驚いた様子もなく、冷静に言葉を返します。
「まだ、何かあるのか」
「あるよ! 大アリだよ!」
気の弱い彼女にしては珍しく強い言葉で断言して、彼を見据えました。
「あのねバムくん、確かにね、アタシは自分のことが好きじゃないし、流されやすいしネガティブだし不器用でしょ?」
「そうだな」
即答でした。
「みんなと違ってこれと言って目立ったところなんてない、ちょっと気が弱くて力が強いだけのドワーフって感じで見られてばかりだった。ただそれだけの普通の子だから……誰も、アタシのことを深く知らなくてもいいよねって思われたんだよ。地元の友達にも、家族にも」
「ほう」
「それが嫌だってことはないよ? 人付き合いするんだったらそれだけで十分だったから……でも、バムくんは、アタシのそういう目立たなくて地味なところだけじゃなくて、良いところも悪いところも全部ちゃんと見てくれた。その上で“好き”って言ってくれた。ただのマスコットじゃなくてトパーズっていうドワーフを見て、知って、好きになってくれたんだよね。気持ちを抑えきれなくなる程に……」
「ああ」
バムは頷き、それ以上は言いません。
トパーズは、言葉を続けずに口を閉じてしまいました。
言いたいこと、言わなきゃいけないことを言葉にして伝えなければいけないけど、気持ちを真っ直ぐな言葉にするのは誰だって躊躇うもの。心が成熟していない思春期の学生であれば特に。
それを分かっていて、バムは待ち続けています。トパーズのことを。
自分にはなかった考える時間も、心を決めるまでの躊躇いと葛藤もある彼女を、少しだけ羨ましく、愛しくも想いながら。
そして、
トパーズは言います。
「……ここまで言ってくれた人、アナタが、初めて……だよ」
気恥ずかしさから目を伏せてはいたものの、気持ちだけはちゃんと前を向いて、答えてくれました。
「……」
「ねえ、バムくん、こんなアタシでも……まだ、自分に自信が持てないようなアタシでも、よかったら……もっと、好きになって欲しい……アタシも、アタシのことを見てくれたアナタの“好き”に応えたい、アナタのことをもっと知って、好きになりたい……から」
「……ああ」
「アナタの恋人になっても、いい、ですか?」
彼の手を優しく握って、訪ねました。
その手を見て、バムは応えます。
「当然だ」
優しく微笑んだその表情をトパーズは始めて見ました。
本当に好きな人にしか向けないような微笑みに、彼の想い全てがあるような気もして、嬉しくって恥ずかしくって照れくさくて。
「こ、これからも、よろしく、お願いします……」
顔を真っ赤にしたまま目を伏せてしまったのでした。
「こちらこそ」
「…………」
「…………」
ほんの少しだけ沈黙が産まれたのち、トパーズはなぜか慌てながら、
「じ、じゃあ! まずはみんなに報告しよっか! 心配してくれてたみたいだから!ね!」
どうして慌てているのか自分でもよくわかりませんが、とにかくそう言って立ち上がります。
しかし、バムは床に座り込んだままで、
「報告が必要なのは当然だが……その前にひとつ、頼みがある」
「なあに?」
恋仲になって初めてのおねだりとは何だろうかと、期待しつつ言葉を待っていると、バムは目を逸らして。
「……腰が抜けた」
「本当にごめんね!!」
恋人になって初の共同作業は保健室への同行でした。
「……と、いうことでして、告白をOKしたよ」
二人の結論をパーティメンバーたちに結果を報告できたのは、翌日の朝のHR前の時間でして。
「おぉ〜!!」
待ちに待った報告を聞き届けた仲間たちからは拍手喝采が飛ぶのでした。
「無事に解決したよかったのです! おめでとーなのです!」
「良かったよかった、トパーズちゃんとバムくんが嬉しそうで」
「ねー? ところで斧投擲のコントロールってどうなってんの? 面白そうだから是非とも聞きたいなあ」
「血迷いましたか、トパーズさん」
賞賛ではない言葉が一部から飛び出していますね、よってトパーズ苦い顔。
「無我夢中で投げたからコントロールとかそんなの考えてないし、血迷ってないもん……」
「は? トパーズと違ってお前は人生と思考回路が常に血迷っているだろうが」
「いつもの調子に戻って早々に喧嘩を吹っ掛けないで!」
宿敵であるルンルンに暴言を繰り出す辺りすっかり元の彼です。少し安心したものの、これから先の苦労も考えるとため息を出さずにはいられなくなるトパーズでした。
すると、ネネイはバムの肩を軽く叩いて、
「でもバムくん、これに懲りたら戸惑っているとはいえ逃げ回っちゃダメなのですよ? トパーズちゃんだけじゃなくて私たちも心配していたのです、一部除いて」
一部と呼ばれたルンルンを見ずに指さずに反省を促せば、彼は小さく頷きます。
「分かっている。腰も抜けたことだし、さすがに俺も懲りた」
ちらりとトパーズを見やれば彼女は咄嗟に背を向けて。
「ご、ごめんって……」
それはそれは気まずそうに何度目かの謝罪を口にするのでした。
「まーなにはともあれ! キレーに話が収まってくれてよかったよ! これで僕の問題も解決できそうだしさ!」
「存在が問題行為のようなお前が何を言っているんだ」
「これ見てみ?」
スイミーが取り出したのは体操服です。胸元に名前が入っていることから、正真正銘彼の私物でしょう。
しかし、袖や裾には沢山の可愛い模様のレースが着けられているだけでなく、胴体をぐるりと囲うようにフリルまであしらわれています。さらにそれを彩るような装飾や刺繍まであり、それはそれは豪華で高級感漂う仕上がり。
「わあ、すごいね」
初めて見る高級な体操服にことりが拍手していますが、スイミーは無言でした。若干目が死んでいるような気がするのは錯覚でしょうか。
トパーズは恐る恐る訪ねます。
「こ、これ……どう、したの?」
「我を忘れたバムくんにやられた」
「は!?」
驚愕して振り向きバムを見れば、彼はスイミーの体操服を手に取ります。
そして、体操服全体を観察しつつレースやフリル、刺繍に触れ、
「ほう……素朴すぎる体操服に少しでも愛らしさと芸術性を加えるため、フリルやレースの形や大きさ縫い付ける場所……その全てを緻密に計算し仕上げているな。刺繍もそれらを損なわないように小さく質素にしているが、確かな存在感を主張しているではないか。美しいバランス感覚の取れた作品、これを一体誰が……?」
「ご自分の作品を認知しておられない!?」
その後、体操服は弁償しました。
なお、バム(無意識)作のフリル体操服は校則違反となるため着用はできなかったものの、その愛らしいデザイン性は一部の女子生徒たちにウケ、なかなかの人気を誇ったとか。
2025/8/19
昼休みが終わる直前にバムが教室に戻ってきてしまったのでまたもや会話できなかったトパーズ、広げたノートの白いページをガン見しながら。
「帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、帰りのHRになったら声をかける、かける、かける、かける……」
黒板に文字を書いている先生だけでなく、周囲の生徒にも聞こえない程度の声量で自分に言い聞かせ続けていました。
決意表明はこのぐらいにしておき、真面目に授業を……受けず、スイミーが言ったことを思い出します。
「なんかバムくんね? 気持ちを抑えきれずに告白しちゃったせいでメチャクチャ動揺してるみたい。だから面と向かってトパーズちゃんと話せなくなってるんだよ。じゃ、これから僕は購買に行って体操服を買ってくるから……」
何故体操服を買いに行ったのか……と、考えて始めようとして、すぐに思考を止めます。気になるところが出てくると注意が逸れてしまうのは悪い癖です。
それにしても。
――自制心のあるバムくんが、自分の気持ちを抑えきれなくなるほど、アタシのことが好きだった……なんて。
それほどまでに強い想いを秘め続けていたということ。ずっとずっと好きだと、想われていたということ。
気持ちを吐露するまでの間、彼はどんな気持ちで名前を呼び、友人として仲間として、接していたのだろうか。
考えるだけで顔が赤くなりますが、今はときめきに悶えている場合ではありません。
――とにかく、絶対にバムくんと話そう! 考えるのはそれからだよ! うん!
授業に一秒も耳を傾けずに改めて決意を固めたと同時に。
「じゃあこの問題を……トパーズさん答えて〜」
「びょっ?!」
この後めちゃくちゃ恥ずかしかったそうな。
恥を乗り越え帰りのHRも終わり、チャイムが鳴れば。
「バムくん!」
好機とばかりに立ち上がって振り向いた時には既に、その席には誰もいませんでした。机の上にうさぎのぬいぐるみが座っているだけ。
「あれぇ!?」
「さっき音速みたいなスピードで出て行ったのですよ、バムくん」
驚愕するトパーズの後ろから、ネネイの呆れたような声がしたので急いでクラスメイトに目をやります。
「ええええええ……」
出鼻を挫かれ肩を落として落胆。その間にもことりとスイミーとルンルンが来まして。
「すっごく早かったね」
「ねー? バムくんって素早さ底上げしてたかなぁ?」
「すみません……奴の足をどうやって縛り上げようか思考を練っている間に逃げられてしまいまして……」
約一名臨戦体制のままですが以下略。
呆然とするトパーズに、スイミーは言います。
「で? どうしよっか? バムくんを捕まえたいなら僕たちも何かしら協力できると思うけど」
「ほえ?」
思わぬ提案に間抜けな声が溢れ、目を丸くしつつもクラスメイトたちを二度見。
ことりもネネイも頷いて肯定する中、
「奴を罠に嵌めるのでしたらお任せください。奴を仕留めるために編み出した百八式の罠と策略をトパーズさんのために惜しみなく使ってみせましょう!」
爆竹やら鼠取りやらトラバサミやら、穏やかに済みそうにない物騒な罠の数々を取り出したルンルンの目は本気一色に染まっていました。一悶着やりかねません。
「ルンルンちゃんだけ全力で違う方向を見て突き進んでいるなぁ〜」
心底楽しそうにそれを眺めているスイミーは彼女の言動を否定も肯定もしません。流れに身を任せて面白さが産まれるのを待っているのです……つまり確信犯。
誰も動かないのはトパーズ本人の言葉を待っているから。彼女が一度頷けば、学園を混乱に陥れつつも逃げ回るバムを捕らえてくれることでしょう。
それを踏まえ、トパーズは。
「……ありがとう。みんな」
まず、優しさと心遣いに深く感謝してから。
「でも……アタシひとりで頑張らせてください」
丁寧に頭を下げてお願いしました。
思ってなかったセリフに四人がキョトンとして、最初にことりが尋ねます。
「いいの?」
短い疑問の言葉を聞いて、トパーズは顔を上げ。
「これはアタシとバムくんの問題だから、アタシだけの力で解決したいんだ……だから、お願い」
気の弱い少女から出てきた、強い願いと決意の言葉。
いつも不安で揺れている瞳は、今日だけは真っ直ぐ、揺らぐことなく皆を見つめていました。
無言の本気に、仲間たちはそれぞれ顔を見合わせて。
「トパーズちゃんがそこまで言うなら、手出し無用なのですね」
「そうだね、見守っておこっか」
「ホントに大丈夫? バムくんは手強いよ? もう僕が想像できない面白さと奇行の領域に入っちゃってるし」
「仕留めないのですか?」
口々に言う仲間たちにトパーズは答えます。
「……今、一番戸惑っているのはバムくんだから……それをなんとかできるのは、騒ぎの原因になっているアタシだけだよ」
誰も心配させないように微笑んで見せました。自分の問題は自分で解決する、責任感の強い彼女の口から出てきた言葉を否定する者は、誰もいません。
ことりはもう一度頷いて、
「わかった。トパーズちゃんを信じるよ」
そう言ってから、再びスイミーたちに目配せし。
「バムくんを捕まえてトパーズちゃんに差し出すのは後にしよっか」
「生け取り大作戦は最終手段に取っておくのです!」
「トパーズちゃん、無理そうだったらすぐに無理って言ってね? その時は僕たちでカタを付けるから。三分以内で」
「奴の命も持って数秒」
頼もしすぎる言葉の数々によりトパーズの顔はしっかり引き攣りまして。
「あ、あり、ありがとう……気持ちはすごく嬉しいけど……穏便に、済ませてね……?」
絶対に協力を仰がないで置こうと決意し、教室を出るのでした。
トパーズは放課後の学園を走り回り、バムを探しました。もちろん教師に怒られない程度の走り、すなわち早歩きで。
無駄に広い学園中を探し回るだけでも骨が折れるものなので、基本的に聞き込み活動が主となります。知っている顔だったり、知らない顔だったり……色々な人たちに声をかけ、その情報を元に駆け巡りまくって。
「あ! バムくんいた!」
階段の踊り場でバムを発見した刹那、ダッシュしたバムとすれ違ってしまいました。あまりの速さに髪と尻尾の毛が揺れました。
諦めないトパーズは捜索を再開します「また変なことに巻き込まれてるの?」と心配される声もありましたが、深く考えないことにして情報収集に徹し。
「バムくん!」
空き教室で息を潜めていたのを見つけ出したと思ったら、彼は窓から廊下に飛び出して逃走。あまりの速さに通りすがりの生徒がビビっていました。
譲れないトパーズは捜索を続けます「アイツらと関わって疲れない? 大丈夫?」と気を遣う声があり、周囲からどう見られてるのか心配しつつも学園中を巡り。
「バ」
実験室に入った途端に後ろ姿を見かけ、反射的に声をかけたら畳返しで逃げられました。
「この教室って畳あったっけ!?」
ツッコんだら負け。
このように見つけては逃げられ、見つけては逃げられと繰り返され、イタチごっこが続きに続いて数時間……。
放課後の廊下には赤色の西日が差し込んでいました。
「うぅ……全然捕まらない……バムくん逃げ足が本当に早いよぉ……」
誰もいない廊下をトボトボと歩くトパーズの顔は疲労一色に染まっていました。
頭の片隅から鳴り響く「仲間たちに頼る」という選択。誰よりも強くて頼もしく、できないことなど何もないと断言できる愉快な彼女たちであれば、逃げ回るバムを捕獲するなど造作もないでしょうが……。
魔法で連絡しようと考えて、直前で首を振りました。
「ダメだ……絶対にもっと酷いことになる……ただでさえ変な噂が立ってるのに……」
パーティの風評被害が悪化する可能性とバムの保身を考え、断念することにしました。
しかし、一人では解決できない問題かもしれないと考え始めてしまうのも事実。
諦めて帰ってしまおうかという考えが脳裏を過って、
「ダメ。一番困っているのは、心が戸惑っているのはバムくんのはずだから……なんとかしなきゃ……」
小さくぼやき、終業のチャイムが鳴っても探してやると決意を新たにして、顔を上げた時でした。
廊下の窓から、夕陽を眺めているバムを見つけたのは。
「っていたぁ!!」
「はっ」
つい叫んでしまったことで、バムは踵を返して逃げ始めました。
「待って!」
叫びながら追いかけるものの追いつくことは叶いません。小柄なドワーフと長身のディアボロスでは歩幅が違いすぎるため。
「待ってよ! バムくん!」
声を出しても止まる気配はありません。追いつきたい背中が、どんどん遠くに行ってしまいます。
――話をしないといけないのに。
――追いつかなきゃ「好き」って想いに向き合わなきゃ。
――アタシのためじゃない、彼のためにも。
そう思った時には――
斧を投げていました。
トパーズの手から離れた斧は高速回転しながらバムの真横を通過して。
「は」
目の前で九十度にがくんと曲がり、壁に突き刺さって止まりました。
「い゛っ!?」
目前を通過した斧に驚き、バムはその場に尻餅を付いてしまいます。
そして、絶句しつつも壁に突き刺さった斧を見て、ただでさえ血色の悪いディアボロスの顔色をさらに悪くさせてしまうのでした。
「…………」
「お、追いついた……」
ここで彼の元に辿り着いたトパーズが走るのを止め、安堵の息を吐きます。
バムは恐る恐る、トパーズを見上げて、
「い、命だけは……」
「殺さないよ!?」
生まれて初めて同年代からされた命乞いに慌てて説明して誤解を解いて、バムの目の前で両膝をついて同じ目線になりました。
そして、やっと会話を始めます。
「スイミーくんから聞いたよ? アタシにうっかり告白したことが受け入れられなくて逃げ出したって」
「ヤツめ、余計なことを……」
苦虫を噛み潰したような顔で呟き、己の行動を後悔。口止めすればよかったと考えているようですが既に手遅れです。
トパーズは続けます。
「でもね、逃げてばっかりじゃダメだよ。ちゃんとお話ししよ? ねっ?」
小さい子供を説き伏せるような優しい口調。
どうしても気まずくなってしまうのか、バムは目を逸らし、
「……幻滅してないのか、俺に」
自信家な彼らしくない、弱気な言葉が飛び出しました。
トパーズは首を横に振り、彼の言葉を否定します。
「ううん。まさか。アタシだって突然告白されて動揺しちゃったんだもん。ついぽろっと口に出しちゃったバムくんが戸惑っている気持ちも、なんとなく分かるよ」
「…………」
何も言おうとしない彼の言葉を待たず、トパーズは言いたかったこと、聞きたかったことを、言葉にします。
「告白された後ね……気になったんだ。どうしてバムくんみたいな人が、アタシのことを好きになってくれたのか」
「…………」
「アタシは、何の取り柄もない上に“なんとなく”っていう曖昧な理由でクロスティーニ来ただけの半端な子でしょ? でも、バムくんは将来の目的もしっかりしててここで学ぶ意味もちゃんと持っている。アタシみたいに中途半端な人じゃない、同い年なのに先のことをしっかり考えている立派な人でしょ」
「…………」
「それに、一般家庭生まれのアタシと上級階級? って言うのかな……そういうすごい家で生まれ育ったバムくんとじゃあ住む世界も違う……何もかもが異なってる……そんなアタシのことを、気持ちが抑えきれなくなるまで好きになってくれた理由が、分からないよ……」
言葉にすればするほど、好きになってくれた彼の気持ちが分からなくなってきました。
分からなくなっていくほどに、不安な気持ちも積もっていき、顔も見れなくなってきて……。
「…………」
彼の「好き」という気持ちに嘘はない。
でも、自分が「好き」と言って貰えるほどの人物という自信は、全くありません。
いっそのこと、変な理由で好きになってもらった方が気が楽だなんて考え始め、
「……はぁ」
ため息が聞こえ、肩が震えました。
「本当に、お前は……自分を蔑ろにする言葉はスラスラと……」
「だ、だって」
慌てて顔を上げて否定しようとするものの、それより先にバムは続けて、
「必要以上にネガティブになるところはお前の悪癖だ。さっさと治しておけ」
「あ、はい、頑張るます……」
自信は全くありませんがとりあえず返事はしておきました。居た堪れなくなって視線も合わせられませんが。
しばらく沈黙が続くと思われていましたが、意外にもバムはすぐに会話を再開させます。
「それで、だ」
「うん?」
再び彼を見据えます。
バムも、トパーズを見ていました。
「お前は、自分の嫌なところばかりに目を向ける反面、人の良いところばかりに目をつける。それが非常に上手く、的確だ」
突然、褒められるものですからトパーズの体はびくりと跳ね、全身を使って驚いてくれました。
「え!? で、でもっ、アタシよりすごい人なんていっぱいいるし……」
否定しようとする言葉を、バムは遮って続けます。
「人の良いところを見つけて称賛する。嫌味な気持ちなど一つもなく素直な気持ちでな……それは、誰にでもできるようなことではない」
「……そう、かな……」
「お前の気の小ささと自信の無さがそうさせているだけかもしれないがな」
「うぐ」
ストレートな物言いに思い当たる節しかなく、胸元を抑えるのでした。
「だが……素直で純粋に、他者を評価し、想いやることができるお前の優しさは大したものだ。最初はただ気遣っているだけかと思っていたが、一緒に行動する内にお前の純粋さと真っ直ぐな感性は本物だと気付いた。それを知り、触れ続けていって、俺は」
言葉を止めました。
「……?」
不思議そうに首を傾げている彼女を、赤い瞳は見据えて、
「……とても、愛おしいと、思ったんだ」
皮肉屋な彼の口から出た、トパーズを想う言葉。
好きになった理由の全てが詰まった、二度目の告白。
そんな風に自分を見てくれて、評価してくれて、好きになってくれて、素敵な言葉をかけてくれて。
「…………」
すぐに気持ちを言葉にできず、黙って俯いてしまいました。
顔に熱が集まっているところから、自分がどんな表情をしているのか想像できてしまい、恥ずかしさのあまりどうにかなってしまいそうでしたが、それをぐっと堪えて。
「あとは、気の弱いところと流されやすいところと自分に自信のないところを直してくれたらいいが、贅沢は言わないでおこう」
さらりと欠点も並べてくれたことで、一気に我に返って肩の力が抜けたのか。
「一言多いよ……」
呆れ返ったように声を溢したのでした。
「返事はしなくてもいい、受け入れられないなら以前のようにただのクラスメイトに戻るだけの話だからな」
「え」
咄嗟に顔を上げます。彼はもうトパーズを見ていません。
「……逃げ回って悪かったな。じゃあ、これで」
全てを答えたことで役目は終わったと判断したのか、彼は立ち上がろうと……。
「待ってよ! 勝手に話を終わらせないで!」
する前に、トパーズは叫んでいました。
バムは驚いた様子もなく、冷静に言葉を返します。
「まだ、何かあるのか」
「あるよ! 大アリだよ!」
気の弱い彼女にしては珍しく強い言葉で断言して、彼を見据えました。
「あのねバムくん、確かにね、アタシは自分のことが好きじゃないし、流されやすいしネガティブだし不器用でしょ?」
「そうだな」
即答でした。
「みんなと違ってこれと言って目立ったところなんてない、ちょっと気が弱くて力が強いだけのドワーフって感じで見られてばかりだった。ただそれだけの普通の子だから……誰も、アタシのことを深く知らなくてもいいよねって思われたんだよ。地元の友達にも、家族にも」
「ほう」
「それが嫌だってことはないよ? 人付き合いするんだったらそれだけで十分だったから……でも、バムくんは、アタシのそういう目立たなくて地味なところだけじゃなくて、良いところも悪いところも全部ちゃんと見てくれた。その上で“好き”って言ってくれた。ただのマスコットじゃなくてトパーズっていうドワーフを見て、知って、好きになってくれたんだよね。気持ちを抑えきれなくなる程に……」
「ああ」
バムは頷き、それ以上は言いません。
トパーズは、言葉を続けずに口を閉じてしまいました。
言いたいこと、言わなきゃいけないことを言葉にして伝えなければいけないけど、気持ちを真っ直ぐな言葉にするのは誰だって躊躇うもの。心が成熟していない思春期の学生であれば特に。
それを分かっていて、バムは待ち続けています。トパーズのことを。
自分にはなかった考える時間も、心を決めるまでの躊躇いと葛藤もある彼女を、少しだけ羨ましく、愛しくも想いながら。
そして、
トパーズは言います。
「……ここまで言ってくれた人、アナタが、初めて……だよ」
気恥ずかしさから目を伏せてはいたものの、気持ちだけはちゃんと前を向いて、答えてくれました。
「……」
「ねえ、バムくん、こんなアタシでも……まだ、自分に自信が持てないようなアタシでも、よかったら……もっと、好きになって欲しい……アタシも、アタシのことを見てくれたアナタの“好き”に応えたい、アナタのことをもっと知って、好きになりたい……から」
「……ああ」
「アナタの恋人になっても、いい、ですか?」
彼の手を優しく握って、訪ねました。
その手を見て、バムは応えます。
「当然だ」
優しく微笑んだその表情をトパーズは始めて見ました。
本当に好きな人にしか向けないような微笑みに、彼の想い全てがあるような気もして、嬉しくって恥ずかしくって照れくさくて。
「こ、これからも、よろしく、お願いします……」
顔を真っ赤にしたまま目を伏せてしまったのでした。
「こちらこそ」
「…………」
「…………」
ほんの少しだけ沈黙が産まれたのち、トパーズはなぜか慌てながら、
「じ、じゃあ! まずはみんなに報告しよっか! 心配してくれてたみたいだから!ね!」
どうして慌てているのか自分でもよくわかりませんが、とにかくそう言って立ち上がります。
しかし、バムは床に座り込んだままで、
「報告が必要なのは当然だが……その前にひとつ、頼みがある」
「なあに?」
恋仲になって初めてのおねだりとは何だろうかと、期待しつつ言葉を待っていると、バムは目を逸らして。
「……腰が抜けた」
「本当にごめんね!!」
恋人になって初の共同作業は保健室への同行でした。
「……と、いうことでして、告白をOKしたよ」
二人の結論をパーティメンバーたちに結果を報告できたのは、翌日の朝のHR前の時間でして。
「おぉ〜!!」
待ちに待った報告を聞き届けた仲間たちからは拍手喝采が飛ぶのでした。
「無事に解決したよかったのです! おめでとーなのです!」
「良かったよかった、トパーズちゃんとバムくんが嬉しそうで」
「ねー? ところで斧投擲のコントロールってどうなってんの? 面白そうだから是非とも聞きたいなあ」
「血迷いましたか、トパーズさん」
賞賛ではない言葉が一部から飛び出していますね、よってトパーズ苦い顔。
「無我夢中で投げたからコントロールとかそんなの考えてないし、血迷ってないもん……」
「は? トパーズと違ってお前は人生と思考回路が常に血迷っているだろうが」
「いつもの調子に戻って早々に喧嘩を吹っ掛けないで!」
宿敵であるルンルンに暴言を繰り出す辺りすっかり元の彼です。少し安心したものの、これから先の苦労も考えるとため息を出さずにはいられなくなるトパーズでした。
すると、ネネイはバムの肩を軽く叩いて、
「でもバムくん、これに懲りたら戸惑っているとはいえ逃げ回っちゃダメなのですよ? トパーズちゃんだけじゃなくて私たちも心配していたのです、一部除いて」
一部と呼ばれたルンルンを見ずに指さずに反省を促せば、彼は小さく頷きます。
「分かっている。腰も抜けたことだし、さすがに俺も懲りた」
ちらりとトパーズを見やれば彼女は咄嗟に背を向けて。
「ご、ごめんって……」
それはそれは気まずそうに何度目かの謝罪を口にするのでした。
「まーなにはともあれ! キレーに話が収まってくれてよかったよ! これで僕の問題も解決できそうだしさ!」
「存在が問題行為のようなお前が何を言っているんだ」
「これ見てみ?」
スイミーが取り出したのは体操服です。胸元に名前が入っていることから、正真正銘彼の私物でしょう。
しかし、袖や裾には沢山の可愛い模様のレースが着けられているだけでなく、胴体をぐるりと囲うようにフリルまであしらわれています。さらにそれを彩るような装飾や刺繍まであり、それはそれは豪華で高級感漂う仕上がり。
「わあ、すごいね」
初めて見る高級な体操服にことりが拍手していますが、スイミーは無言でした。若干目が死んでいるような気がするのは錯覚でしょうか。
トパーズは恐る恐る訪ねます。
「こ、これ……どう、したの?」
「我を忘れたバムくんにやられた」
「は!?」
驚愕して振り向きバムを見れば、彼はスイミーの体操服を手に取ります。
そして、体操服全体を観察しつつレースやフリル、刺繍に触れ、
「ほう……素朴すぎる体操服に少しでも愛らしさと芸術性を加えるため、フリルやレースの形や大きさ縫い付ける場所……その全てを緻密に計算し仕上げているな。刺繍もそれらを損なわないように小さく質素にしているが、確かな存在感を主張しているではないか。美しいバランス感覚の取れた作品、これを一体誰が……?」
「ご自分の作品を認知しておられない!?」
その後、体操服は弁償しました。
なお、バム(無意識)作のフリル体操服は校則違反となるため着用はできなかったものの、その愛らしいデザイン性は一部の女子生徒たちにウケ、なかなかの人気を誇ったとか。
2025/8/19
