このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ととモノ2

 初夏も過ぎ、夏の暑さが熾烈を極めたクロスティーニ学園。
「一週間も、お休み……?」
 ダンジョンに挑む直前、トパーズが発した何気ない日常会話「そういえば来週から学園お休みだよねー」の一言は、スイミーにビックバム級の衝撃を与えました。
 廊下のど真ん中で立ち尽くしてしまったスイミーにトパーズは恐る恐る話を続けます。
「ええと、来週の頭から一週間、学園が閉まっちゃって学生は全員立ち入り禁止になっちゃう期間があるだよ。いわば夏休み……」
「確かに来週は授業もなければダンジョン内での研修がない期間だっていうのは知ってるよ? でもなんでそれだけで生徒が追い出されなきゃならんの? いなくなるメリットなんてないでしょ?」
 動揺しているのかいつもより多少早口で責め立てるように言うものだから、トパーズが少し怯えて一歩下がってしまいます。
 代わりに口を挟んだのはバムでして。
「授業等がない間に設備関係の点検作業や次学期度の方針を決める会議、加えて教員の休みがあるらしい。学園内に生徒を残らせないようにするのは、単純に邪魔なんだろう」
「だから実家に帰れってことなのですね。納得なのです」
 ネネイが頷いて納得の意を示し、ルンルンも手を叩き。
「そろそろ生家に顔を出す時期だと思っていましたし、丁度良い機会ですね」
「そうなんだ?」
 ことりが尋ねると同時にルンルンは即座に彼女の手を握り、
「本当はことりさんと共に生家に戻り家族に挨拶をと思っていましたが、この時期は家族水入らずで避暑地に行くことが恒例行事となっていまして……加えて、今年は兄の婚約者の同行が決まっていることからどうしても難しく」
「そうなんだ」
「来年こそはことりさんがご一緒できるように裏で工作するので! その時は是非ともご一緒しましょうね!」
「うん」
 怪しさ満点の単語がちらりと聞こえたような気がしましたが、トパーズを始め誰もそこを指摘しません。思い込みが激しいセレスティアには何を言っても無駄なので。
「…………」
 そして、絶句を続けるスイミーにネネイは淡々と尋ねます。
「とゆーか何でお前は知らないのですか? 私やことりちゃんでさえも知っていたのですよ」
 すごく失礼な言い方ですが無視し、スイミーは答えます。
「ことりちゃんと一緒に、校舎裏の人気のない場所でミツハコビルリリアリで巨大蟻塚育成大実験をすることに夢中になりすぎて情報シャットアウトしてた」
「違法建築物を作ってるじゃないのですか、怒られても知らないのです」
「今ね、百五十九センチまで伸びたんだよ」
 得意げにことりが成果の報告をしてきましたが拍手を送るのはルンルンだけでした。
 その間、スイミーの顔色はどんどん青くなっていきます。髪色と同等と称しても過言ではないぐらいに真っ青になりまして。
「えっえっえっ? 来週ってみんな実家に帰る感じなの? 一週間も? 本気?」
 改めて確認してみれば、五人の愉快で面白い仲間たちは互いに顔を見合わせてから。
「そうだね」
「はいなのです」
「う、うん……」
「ああ」
「もちろんですね」
 それぞれ肯定。親元に戻ることが当たり前のような口振りで答えてくれました。
「…………」
 無言で返したスイミー、その場に膝をついて崩れ落ちると、

「嫌だああああああああああああああ!! 実家に帰りたくないいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 頭を抱え、学園の外どころかブルスケッタ学園にまで届きそうな声量の大声で叫び始めました。
 ことりを除く仲間たちの目は心なしか冷ややかです。
「……スイミーくん可哀想」
 彼の一番の理解者であることりは膝をついてしゃがみ、叫び続けるスイミーの肩を撫でて慰め始めますがそれだけで彼の絶望的状況が変わることはないので絶叫は続いてしまうわけで。
「あんなところに戻りたくなあああああああいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!! 無理無理無理無理無理無理無理ぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「お前の家庭環境が崩壊しているのは察しているが、そこまで拒絶反応を示すものでもないだろう」
 耳を塞ぐバムが吐き捨てるように言えば、スイミーからの絶叫は止まりましたが血走った目は向けられます。
「拒絶反応するけど!? 詳細は言いたくないけどあんなところには二度と帰りたくないんだよ僕は! ねえどうしよう! 僕はどうすればいいの!」
「実家に帰れ」
「無理だってばあああぁぁぁ! ねえ! 誰でもいいから僕を殺して保健室に放置しておいて! 休みが終わったら蘇生してくれたらいいから!」
 非道な提案にギョッとしたトパーズの横で、すかさずルンルンが一言。
「遺体を長期間放置すると蘇生の失敗率が跳ね上がるのでその方法はオススメできませんよ」
「のぉおぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉん!!」
 現実の厳しさに打ちひしがれたスイミーは床を何度も叩くことしかできません。己の無力さを噛み締めながら。
「スイミーくん……可哀想」
 ことりが小さくこぼしますがスイミーはもう顔を上げません、床も殴りません。小刻みに震え続けるだけ。
 大切な友人であり恩人である彼が苦しむ姿を見たくなかったことりは。
「ねえスイミーくん、私の家に来る?」
 と、提案しました。
 その言葉を聞き届けると同時にルンルンが、悲しみのような怒りのような憎しみのような羨望のような憎悪のような簡潔に表現できない「すごい顔」をして、トパーズが小さな悲鳴を上げました。
 ひとつの修羅を誕生させたなど知らず、スイミーは希望に満ちた表情を浮かべてことりを見上げます。
「いいのぉ……? ことりちゃぁん……?」
「いいよ。事前に連絡すれば一週間ぐらいお客さんを泊められるようにしてくれるはず。私が家に友達を連れて来るなんて初めてのことだから、お父さんは泣いちゃうかもしれないけど気にしないで」
「泣いちゃうんだ……」
 若干顔が引きつったものの最悪の事態が回避できそうなスイミーは安堵の息を吐いてから立ち上がり、膝についた汚れを払います。ことりも同様に。
「急死に一生を得た気分だよことりちゃん! お言葉に甘えさせてもらっちゃうね! 手土産は何がいいかな?」
「鮭とば」
「ああ! 硬いけど美味しいよねアレ」
 安心したのかいつもの明るいスイミーに戻り、ことりは安心したように微笑みました。すぐ真横ですごい顔をしたルンルンが横顔を凝視していることに気付かずに。
「よかったのですね。なんかよくわからないですけど」
 ネネイが雑な感想を述べ、
「ことりちゃんが他人に全く興味を持たなかったことを考えると親御さんが感動するのも当然のような気がするけど……大の大人が泣いちゃうほどなの……?」
「見たことないけど泣いてると思うよ。時々届く手紙とかね、お父さん泣きながら書いてるみたいで涙の跡が滲んで半分ぐらい読めない時とかよくあるから」
「娘の成長を喜び感涙するのは良いが、書いた文字が涙で滲んでしまったら書き直してから送るべきだろう」
「うん。帰ったらお父さんに伝えておくね」
 トパーズとバムの疑問と指摘に淡々と答えた後、ふと、目を伏せました。
「だけど」
「だけど?」
「なんだ?」
 首を傾げたトパーズとバムを見ることなく、ことりは続けます。
「両親は揃って学者さんで家のそこかしこには研究に関する資料や本があるんだ。かろうじて生活スペースは死守しているんだけど、書斎とか寝室みたいな部屋はその資料に埋め尽くされている」
「バハムーンで学者とは珍しいが今はその話題は深掘りしないでおく。続けろ」
 バムが催促をしてことりは続けます。
「スイミーくんは私の部屋で寝泊まりしてもらうことになるんだけど」
 そう言い切った刹那。
「僕どうしよう……」
「振り出しに戻ってしまったのです」
「実家に帰るって手段は本当にないの……?」
「ないもん」
「頑なだな」
「帰らないにしても野宿するわけにはいかないでしょう? 宿に泊まるにもお金がかかります」
 全員ことりを無視して話を最初に戻しました。
「…………」
 ことり、真顔でノーコメント。
「ネネイちゃんとトパーズちゃんはどう? 一週間居候を受け入れてもらえないかな? もちろん手土産は持っていくし何かしらの労働はするよ!」
 必死に提案するスイミーですがネネイもトパーズも首を横に振ります。
「私は家に帰ったらすぐにお父さんと一緒にダンジョンに篭って実力を見てもらう予定があるからダメなのです」
「あ、アタシも……アタシのお休みに合わせて旅行に行くって計画を立てているみたいだからちょっと……」
「がっくし。じゃあ……ルンルンちゃんは?」
「実の娘が年頃の男の子と共に帰省してきた現場に遭遇してしまった父親の発狂をご覧になられますか?」
「責任取れないからやめておく」
 薄々分かっていましたが想像以上にリスキーでした。トパーズが顔を引きつらせているほどに。
「となると……」
 と、ぼやいてからスイミーはバムを見ます。
 スイミーだけではありません。ネネイも、ルンルンも、トパーズも、ことりも、つまりは仲間たち全員の視線を一身に向けられている状態。
 視線を受けたバムは大きなため息を吐き、
「……仕方ないか」
 あっさり許可した刹那、スイミーの目が希望で輝きます。
「いっいいの!? 本当にいいのぉ!?」
「困るようなことでもないからな。客人のひとりやふたり、しばらく面倒を見れるだろう」
「キャーッ!! ありがとうバムくん! 本当にありがとう!! 大好き! 超好き! 愛してる! 結婚して!!」
 歓喜余って抱きつこうとしたスイミーですが、バムは抱きつかれる直前に顔面を掴んで接触を阻止。
「それは将来を誓い合った相手としろ」
「ウンワカッタ」
「よ、よかったね……」
 顔を引きつらせつつもトパーズが言い、バムはスイミーから手を離しました。
「まあ、泊めるには条件があるがな」
 突然の提案が飛び出しましたがスイミーの笑顔は崩れません。
「なになーに? 今の僕ならもうなんだってできちゃうよ? 多少の無理難題でも全然……」
「休みは帰省しないと親に連絡を入れろ」
 スイミーの表情から感情が消え去りました。
「お前とお前の親に何があったのかは知らん、知るつもりもない。だがな、お前をここまで育て学園に入学させてくれたのは紛れもなくお前の親だ。それに間違いはあるか?」
「な、ない」
「家庭事情なんて人それぞれだ、絶対に親に感謝しろとまでは言わん。だが、今こうして学園生活を送れているのは自分自身のお陰もあるかもしれないが親の力でもある。親がお前を育てるという責任と道理を果たしているのであれば、子であるお前も親に対して責任と道理を通すのは当然のことだ。未成年で、親の庇護下にある子がどこで何をしているかぐらいは教えてやれ」
「お、教えなきゃいけないの……? わざ、わざ……?」
 バムは頷きます。
「道理を通さない者に俺の家の敷居は跨がせんぞ」
 はっきりと断言し、スイミーは立ち尽くすことしかできません。
「上げて下げるとは……性格に難のある者は慈悲ひとつ与えるにも周囲に不愉快を撒き散らすのですね」
「知らん」
 ルンルンとバムのいつもの光景はさておき、声を上げるのはネネイ。
「バムくんの言うとおりなのです。だって、お休みで家に帰れって言われているのに帰って来なかったらご両親は心配すると思うのです。たぶんお休みの都合を知っているはずなのですから」
 純粋かつ素直に心配する言葉をかけました。トパーズが何度も大きく頷いて同意しているのが見えますね。
 しかしスイミーは目を逸らし。
「……心配しないよあんなの……」
 なんて一言。これまでの言動の見ても思春期特有の親子不仲という問題だけではないのだと伝わってきますが、仲間たちは絶対に「何があった?」とは聞きません。
 面倒臭いから……ではなく、人には誰にでも、触れられたくない傷があると知っているから。
「心配しなくても不審に思って学園に連絡を入れるのです。それでなんやかんやあってスイミーくんが叱られて反省文を書かされることになるのです。それでもいいのです?」
「あら面白そうなペナルティ」
 興味を持って目が輝きますが。
「なら俺の家に泊める話は無しだ」
「すみません連絡します。手紙書くので一晩待ってください」
 九十度の綺麗なお辞儀が炸裂し、この日は解散となりました。



 翌日、休み時間にて。
 スイミーが一晩悩み抜いて考えた手紙の文面はこうでした。

 両親へ。
 夏休みは帰りません。友達の家に泊まります。
 おわり。

「まあ、いいだろう」
「やったやった! じゃあ封してさっさと出す!」
 バムの手から素早く手紙を奪い取ると便箋に入れて封をしました。
「よし! これで顔を見なくても済む……!」
「スイミーくんよかったね」
「ありがとうことりちゃん! これで休みになるまでミツハコビルリリアリの蟻塚観察に専念できるよ!」
「よかった、ちなみに今朝は二ミリ伸びてたよ、横に」
「横かあ……想定外のデータになってきた」
「どーでもいいですけどお休みになる前に片付けておいた方がいいのですよ」
 ネネイの忠告は無視されました。これが後にとんでもない大事件に発展するとは思いもせずに。
 すると、トパーズは小声でバムに言います。
「何だかんだ棘のある言葉を使って厳しくしてたけど、優しいよね……バムくん」
「別にそうでもない。これは俺のためでもあるからな」
「へ?」
 言葉の真意が分からず首を傾げ、詳細を尋ねる前にスイミーが右手を挙げます。
「ところでバムくん!」
「なんだ?」
「一週間も何もせずに居候っていうのもムシが良すぎる話だし、何か手伝えることとかやって欲しいこととかある? 僕にとって君は恩人なんだしさ、相応の対価はちゃんと払うよ」
 そう提案しましたがバムはさっさと目を逸らします。
「いらん。労働をしてもらいたくて家に呼んだ訳ではないからな」
「えっうそやだ……バムくんってば超絶聖人……ディアボロスだけど……」
「……強いて言うならひとつ」
「ひとつ? なになに?」
 スイミーに向けてバムは真実を告げる一言。
「俺の休みに合わせて帰省してくる兄と姉の相手をしくれたら他には何も望まない。まあ……俺が何も言わなくても向こうから勝手に絡んでくると思うがな」
「え」
「じゃあ、俺は家に客人を迎え入れる準備をするように連絡してくる」
 唖然とするスイミーを置いて、バムは教室から出て行ってしまいました。
「あらあら、あの方々のお相手ですか……つまり絵のモデルにされ二十四時間デッサンに付き合わされ美しい風景画を描くために片道数日の絶景ポイントに連れて行かれ、より美しい歌声は良い肉体から産まれるとという持論から肉体作りと称して山登りを行いジャンル問わない未知かつ我々の感覚には合わない独自の音楽を奏でる演奏会に連れて行かれるということ……一週間体力が持つと良いのですが」
 加えてルンルンから追い討ちのような一言も添えられ、スイミーは顔を青くしてバムが出ていった方を指し。
「も、もしかして僕……バムくんが休日を穏やかに過ごすための生贄にされた……?」
 残った全員が無言で頷き返したのでした。



 後日、バムの兄と姉とすっかり仲良くなったスイミーから皆の実家宛に絵ハガキが届いたそうな。


2024.8.14
4/4ページ