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ととモノ2

 みぞおちに一撃。
「ぐあ」
 滅多に喰らわない物理的かつ打ち所の悪い渾身の攻撃の感想は、ぐもった汚い悲鳴でした。
「スイミーくん!?」
 振り向き様に悲鳴を上げたのはトパーズ。
 彼女の声により、他の生徒たちも一斉に振り向きます。
 注目の的になったスイミーは吹き飛び、壁に背中からぶつかって大きな衝撃音と共に土煙が舞いました。
 皆が息を呑み彼の死を脳裏に過らせ顔を青くする最中、ふわりと降りてきたのは子供のような魔物。
 スイミーに突進を喰らわせた主犯格である魔物でしょう、自分が仕留めたであろう獲物を見て人には理解できない言語を喋りつつケタケタと笑っており、
「どいて」
 背後から音もなく現れたことりがハンマーを振り下ろし、魔物を上から叩き潰したことで不快な笑い声はぺっしゃこになったのでした。
「よし、仇は撃った。これでスイミーくんも安らかに」
「死んでないよー?」
 壁方向から声がしたのでことりはすぐさま土煙を見ました。驚いた顔で。
「スイミーくん大丈夫なのですか!?」
「ごめんね! アタシが気付かなかったから……!」
 ネネイが駆け寄りトパーズが顔を青くさせる中、どんどん土煙が晴れていき。
「気にしなくていいよ〜ちょっとビックリしたけど吹き飛ばされる経験もなかなか面白かったからね!」
 彼らしいポジティブな言葉が飛び出し皆がホッと安堵の息を吐きます。
「意味のわからん“面白さ”にこだわりすぎるお前は致命傷を喰らってもそれか。呆れた価値観だな、別のことにも目を………………」
 最初に憎まれ口を叩いたバムの言葉が止まりました。
 同時に、土煙が完全に晴れました。
「あれ、バムくんどうしたの? 何か変なモノでも見えた?」
「…………」
「なんでルンルンちゃんは一言も喋ってないの? 僕にもバムくんにも……はっ! やっぱ変なモノでもいる!? ここって幽霊系のモンスターも出るしもしかしてそれ? どう? 面白いやつ?」
 茶化すように言いますが二人は答えてくれません。
 それどころかパーティメンバー全員がスイミーを見たまま絶句しており、顔色も悪いように見えます。
 疑問と不信感が湧いてきますがこれで流されるスイミーではありません。
「えっと……? 生きてるって言ってもダメージは思ったよりあるから一旦回復しなくちゃね。錬金術師に転科したお陰で自分で自分の傷を治せるようになったのは便利だよねー」
 と、立ちあがろうとして腕に力を入れようとしましたが、右手が地面に触れる感覚がないことに気付きます。
「ん?」
 すぐ真横に穴でもあるのかと目を向けますが隣はただの地面でした。ダメージ床でもない普通の地面。
「んん?」
 代わりに見つけたのは、腕でした。
「んんんん?」
 すごく見覚えのある腕。二十四時間朝から晩まで生まれてから今日まで苦楽を共に過ごしてきた自分の腕と瓜二つ、そっくり。
「そっくりさんって言うより、これ……」
 ぼやきながら自分の右腕を改めて見てみます。肘の上辺りから完全になくなっていました。
「ありゃーこれは僕の腕だ! どーりで見たことあるわけだ!」
 陽気に笑った刹那、ネネイが両手にそれぞれ持っていた刀を地面に落としてしまい、
「うわぁぁぁん! スイミーくんが! スイミーくんが壊れちゃったのですぅぅぅぅぅ! 死んじゃイヤなのですぅぅぅぅぅ!」
 大粒の涙を流して子供のように号泣し始めました。今世の別れに立ち会ったような大声で。
 しかし、スイミーは陽気な表情を崩すことなくニコニコしたままでして。
「死なないよ〜? これぐらいで死ぬほど脆くないんだよー?」
「死ぬのイヤですぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「聞いて〜?」
 子供をあやすように穏やかな口調で言いますが泣き続けるネネイは聞く耳持ちません。トパーズがネネイの背中を優しく撫でながらハンカチを差し出しますが、受け取る余裕もないのか泣き続けています。
 号泣を横目で見たバム、恐る恐るスイミーの元右腕を指し、
「お前……それ、どうするんだ……?」
 声を震わせて尋ねますがスイミー本人は涼しい顔。
「どうするも取れてしまったものは仕方ないよ。後でくっつければいいだけの話だし」
「修復……できるのか?」
「まあね! でもダンジョンの中だとちょっとなあ……修復途中に襲われて変な感じにくっついたりしたら面倒なことになるんだよねー」
 軽い口調で答え、損傷していない左腕で体を支えて立ち上がりります。ついでに服についた汚れを払っておいて、
「まっ! この状態でもそこまで支障は出ないから大丈夫! ネネイちゃんを泣き止ませて次に行こ次に」
「は?」
「明らかに負傷していますが探索を続けろと?」
 ようやく口を出したルンルンがひどく冷たい声色で尋ねますが、スイミーは笑顔のままでして。
「うん。武器を左腕に持ち替えれば戦えるし片腕が無くても魔法は使えるからね。こう見えても僕って両利きだからあんまり悪影響はないと思うんだ。片腕がないと日常生活に支障は出るかもしれないけど探索を止める理由にはならないでしょ?」
 絶句してしまったバムとルンルンから答えは返ってきませんでした。
 代わりに、頭上からスイミーの名を呼ぶ声がします。
「スイミーくん」
「んい?」
 振り向き様に見たのは無表情で見下していることりで。
「ことりちゃ」
 声をかけ終わる前にことりはスイミーの制服の襟首を掴むと、軽々と持ち上げて地面から離脱させました。
「ほわっ!?」
「ルンルンちゃん、バックドアル」
「喜んで」
 ルンルンはすぐに魔法の詠唱を始めると、一同の足元に魔法陣が浮かび上がり、
「あぁっ! 待って待って! 僕の右腕は持ち帰って! それがないと修理できないから! いくら僕でも無から有は生み出せないから!!」
 絶叫じみた悲鳴が響く中、生徒たちは光に包まれました。



 ダンジョン入り口にある街まで戻った生徒たちは学園に戻らず、宿で一晩を過ごすことになりました。
 宿の主人は男女別に部屋を分けてくれましたが、負傷したスイミーを放置できないと全員が彼の泊まる部屋に押しかけ、様子を見守ることにしたのです。
 そして、騒ぎの渦中にいる張本人は。
「もぉ! ひどいよぉ、勝手に探索終わらせちゃうなんてぇ! 大丈夫だって言ったのにぃ!」
 文句を垂れ流すスイミーは膨れっ面のままテーブルの上に元右腕を置きました。
 宿に着いてからも彼から片時も離れなかったことりは腕を組んで、
「スイミーくんが大丈夫だって言っても私は大丈夫じゃないって判断したから帰った。リーダーがそう判断したからバックドアルを使ってもらった。それだけだよ」
 言葉は穏やかですが声のトーンは低めで反論。スイミーがすぐ後を振り向けば視界に映るのはパーティメンバーの皆が首を縦に振っている姿。
 ここに味方はいません。ため息を吐きます。
「わかったよ……もう文句言わないから」
「わかればよろしい」
 満足そうに鼻を鳴らすことり。腕を組むのをやめて微笑むのでした。
 「すっかりリーダーらしくなっちゃって……」と零し、ポケットから石を取り出します。
「これは土の石か?」
 次に口を出したのはいつの間にかスイミーの横に立っているバムでした。ことりとは反対方向にいます。
「そうだよ。触媒みたいなものだね〜僕たちの体の原材料に一番近い素材だから、いざって時に修理できるよう私物として持っているんだ」
 一同が関心の声を上げ、
「あれっえっ!? スイミーくんって泥んこからできているのです!?」
「どしてそうなったのか分からないなあ」
 ネネイの誤解はさておき、スイミーは続けます。
「ノームの肉体は生身じゃないからどうしても欠損してしまう時っていうのはあるんだ。どんなに丁寧にメンテナンスをしていてもね。欠損したら診療所とかの専門機関を利用するか僕みたいに自力で治したりすればいいだけの話だからあんまり大事にしなくてもいいんだけど……まあ、見慣れてない人には刺激が強いのは事実だよねえ」
 日常会話のような軽い口調で言ってから、
「ことりちゃん、ちょっと僕の右腕を持ってくれない?」
「いいよ。持ってどうするの?」
「こう、取れた所に近づけて……そうそう、そんな感じでいてね」
 元右腕と本体の欠損部分を近づけてもらい、自身は左手で土の石を持って欠損部分に重ねるようにかざします。
 次に紡がれた言葉は詠唱でした。
 彼以外には理解できない言葉が続いていけば、かざしていた土の石が光り輝き、その光に照らされた腕と体はゆっくりと再生を始めます。
 皆が息を飲む中、分離してしまった右腕と体が再接合され修復が終わると、石は粒子となって消えてしまいました。
「治ったね」
「ありがと、ことりちゃん。もう手を離していいよ」
「…………」
「ことりちゃん?」
 言葉を無視することり、瞬きもせずスイミーの右腕を撫でたり押したり軽く引っ張ったりと感触と強度をを確かめます。
「ことりちゃーん? ちゃんと治ったから確認作業とかいらないよ? 壊れたことで強度が落ちたりしないんだから、丁寧に触らなくてもいいって……ひょっ、その触りかたやめてくすぐったい……」
 絶妙な感覚に口元が緩んだ刹那、物凄い勢いをつけたルンルンが2人の間に乱入しまして。
「ことりさん! 無機質な体よりも私の柔らかい羽の方が素敵な感触ですよ! 毎日お手入れしている成果を存分に浴びてみませんか!?」
 どこか慌てた様子で言えばことりは顔を上げます。
「そうだね。スイミーくんは大丈夫そうだから」
 納得したように言うと彼の腕から手を離しました。ルンルンの羽には触りませんでした。
 解放されたスイミーは弄ばれていた右腕を労わりつつホッと一息。
「びっくりしたあ……ことりちゃんは時々不思議なことをするなあ」
 「そこが面白いんだけど〜」とぼやくと、一歩だけ前に踏み出す足音。
「……ねえ、スイミーくん」
 トパーズでした。
 いつもの自信なさげな様子とは異なり表情は真剣そのもの、真っ直ぐな目で彼を見つめます。
「どしたのどしたの?」
 気にしてないのかフリをしているのか、いつものように陽気な口調で応えますが、トパーズは落ち着いたトーンで続けます。
「どうして、怪我をしているのに平気な顔で探索を続けるなんて言ったの?」
「探索を続けることに問題はないって判断したからだよ?」
「スイミーくんはそうかもしれない、ノームにとっては大した問題じゃないかもしれない……でも、種族の違うアタシたちにとっては大丈夫には見えなかったんだよ。ネネイちゃんみたいに大騒ぎしてもいいぐらいには大事件だったんだよ?」
「んまーその辺りは種族の違いによる差はあるかもしれないね。ノーム以外の種族は腕が取れたら大事件どころか命に関わることだってあるもの。その価値観で僕のを見たら大騒ぎするのも当然だあ」
「価値観とかじゃなくって! そうじゃなくってさあ……心配しただよ!? アタシも! みんなも!」
「ほへ?」
 心底間抜けな声が出て、目を丸くし首を傾げます。
 まるで「そんなこと考えたこともなかった!」と態度で伝えているかのように。
 真剣な眼差しで睨むトパーズに加勢するように、ネネイも声を上げます。
「痛いとか痛くないとか、問題あるとかないとかじゃなくて、見る感じすっごく痛々しかったからみんな心配したのです。というか怪我している人が目の前にいたら心配するのが当たり前なのです」
 淡々と言ってから、
「お前、心配されたことないのですか?」
 そう、尋ねました。

――お前はもう……何も、しないでくれ。

 頭の中……いえ、魂の中に刻まれた苦い記憶が呼び起こされ、スイミーの顔から笑顔が消えて。
「……どうだろ、わかんない」
 苦笑いを浮かべながら答えました。
「わからない? 変な答えなのですね」
「そうかも。昔っからひとりでなんでもこなしてたからさ、心配させる隙とかなかったのかもね〜」
「心配させる隙って何なのですか。誰かに心配されたら苦しんで死ぬのですか」
「死にはしないけど」
「ならみんなから心配されていると覚えておくのです! “心配”っていうのはその人を想っている証だとお父さんは言っていたのです! みんなみんな、スイミーくんが大事だから心配してアレコレ言っているのです! わかっておくのです! バカじゃないんですから!」
「想ってる証ねえ……」
 スイミーは腕を組み、目を閉じて少しだけ考えます。
 答えのある問題ならすぐに正解を手繰り寄せることができる彼ですが、この「問題」には明確な正解が存在しないため思案が必要なので。
 うんうんと唸りながら考え続けているとトパーズは再び口を開きます。
「分からないんだったら、ちょっとずつ覚えて、感じていったらいいと思うよ」
「へ?」
 突然の提案に驚いて目を見開き、真剣な眼差しを絶やさない少女を見ました。
「スイミーくんがアタシたちと出会うまでどんな人生を送ってきたかは知らない、だから心配されるって感覚が鈍い君の気持ちは分からないよ。それは仕方ないと思う、だから……捉え方っていうのかな、それを少しだけ見直して欲しいな」
「ってイイマスト?」
「あのね、まず、アタシたちを引き合わせてくれたのはスイミーくんだから、君がいたからアタシたちはこうして冒険者として活動ができている。きっかけをくれた君に感謝してるし、仲間としてクラスメイトとして大切にしたいなって気持ちは当然……あるから。それだけを絶対に忘れないでいてくれたら、いいなって」
「……」
「自分の大切な人が自分を粗末に扱っているのを見たらイヤでしょ? それと同じ……だと、思うから」
「…………」
 スイミーはすぐに答えません。
 困ったような嬉しいような迷っているような、静かに気を動転させているような様子で、息を吐きます。
「そう……なの、かもね?」
「疑問系なの……?」
「いまいちピンとこないっていうか……あ、みんなのことが大事じゃないとかじゃなくって想像ができないってだけだよ。心配するとかされるとかそういうの長らく忘れてたからさ、思い出すのに時間がかかるってだけ」
「……そっか」
 小さく頷いたトパーズは安心したような声を出し、改めて皆を見ます。
「それじゃあ、今日はもう休もう? 明日も授業がなくて一日探索できる日だから早く寝て明日に備えなきゃ」
「そーなのです! 特にスイミーくんはちゃんと休んでおくのですよ!」
 スイミーを指して念押しまでしつつネネイは先に部屋から出て行ってしまい、トパーズも続こうとして。
「バムがいることで穢れが約束されている部屋に留まり続けていては私の高潔な魂や羽が汚れてしまいますから、これ以上の長居は危険です。早く私たちの部屋に戻り穢れを取り除かなければなりませんね」
「お前がいることで俺の人生という尊ぶべき時間の全てが汚染されるんだが……?」
 どんな時でも宿敵に憎悪の言葉を送ることを忘れないルンルンとバムのやりとりを見て、大きなため息を吐いたのでした。
「急に突っかかるのはやめなよ……どうしていつもそれなの……?」
「呼吸じゃないかな」
 ことりが簡潔にまとめた後、口論が続く前に撤収させなければとトパーズとことりはルンルンを引きずりながら部屋から出たのでした。
 スイミーとバムだけが残された部屋は夜闇の空のように静か。
 バムは椅子に座り、片手サイズに収まる小型の裁縫箱と装飾品として使っているマントをテーブルの上に置きます。いつも探索後に行なっている手入れです。
 スイミーはというと、ふらりとベッドの上に倒れ込んでうつ伏せになりまして。
「……なんだかなあ、難しいなあ、心配かあ」
「今の話を理解できてなかったのか」
「話の内容は分かるけどさ……心配されてもいいんだって、されて当然だろうって普通の感覚なんてだいぶ昔に忘れちゃってたから、また同じことやりそうだなあ。怒られるの嫌だな〜って考えてるだけ」
「やっぱり反省してないだろお前」
「してるもん」
 子供のように反論しつつ頬を膨らませると体を軽く起こして振り向き、裁縫作業を続けるバムを見ました。
 視界に布と針と糸だけを写しているバムは呆れたトーンで返します。
「トパーズは自分に自信はないが芯はしっかりしているヤツで、強い言葉に苦手意識を持つほど気が弱い点もある……そんなアイツがお前を想っていつもより声を荒げながら言葉をかけたんだ。お前の馬鹿なことにばかり思考を割く魂にアイツの言葉を刻み込んでおけ。アイツの優しさに感謝しながらな」
「そこまで言わなくったっていいじゃん……てか過剰に評価するねえトパーズちゃんのこと。もしかして好きなん?」
「そうだが」
 あっさりと答えました。
 スイミーは再び枕に顔を埋めて、
「そっかあ、そうなんだ……トパーズちゃんのこと好きなんだ……バムくんって……」
 ぽつりと溢しつつ、今の自分の言葉を反芻させて意味を再度理解して。
「…………ん?」
 目を見開いて二度見しましたがバムは一切振り向こうとはしなかったそうな。



 翌朝、天気は快晴、炎魔法の威力も落ちない絶好の冒険日和。
「んー! おはよう今日! またきて来世!」
 宿から出て日の光を一身に受け、スイミーは大きく伸びをしながら世界に挨拶をしました。
「何を食べたらそんな意味の分からない挨拶が出てくるのですか?」
 心底呆れた顔をして彼を見るネネイの横を静かに通り過ぎていくのはことり。今はまだルンルンが側にいません。
「スイミーくん」
「ん? どしたのことりちゃん。まさかまた僕の腕を弄ぶ気……!?」
 くすぐられたことを思い出したのか両手を後ろに回して防御体制を試みますが、ことりは首を横に振ります。
「ううん、違うよ。リーダーとしてやっておかなきゃいけないことを思い出した」
「へぇ? なんそれ?」
 首を傾げるスイミーの前に、ことりは立ちます。
「悪いことをしたら反省を促すようなことをしなくちゃいけないってルンルンちゃんたちが言ってたから……ちゃんとするね」
「何? もしかしてお説教とか? 昨日トパーズちゃんにしっかり目に怒られてさすがの僕もちょっとだけ反省したんだけど……もしかしてことりちゃんからもありがたーいお言葉があったりする? なるはやでお願いできない? ダメ?」
 可愛らしくおねだりしてみますがことりの表情は一切変わりません。
 ことりはスイミーの帽子を取り上げると地面にさっと捨て、彼の頭のつむじ辺りに人差し指を乗せます。
 そして、
「自分を粗末に扱った罰」
 渾身の力をこめて強く、強く押しました。
「あだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!」
 指一本から成る圧迫感に大きな悲鳴が出ました。トパーズだけが青い顔。
 指はすぐに離され、同時にスイミーは地面に崩れ落ちました。
「今度同じことをしたら別の場所を押すからね。すごく、強く」
 背を向けたことりはさっさとダンジョンの入り口に向かって進んでしまいました。いつも通り、無表情で。
 どこかにこやかな笑みを浮かべるルンルンがその後を追い、トパーズがことりとスイミーを交互に見つつも先へ進んで行くのでした。
 地面と密接することとなったスイミーは顔を伏せたまま、声を震わせ、
「だ、誰か……っ、僕の、僕の頭に風穴が開いてないか……見てぇ……」
 必死に声を上げていると、静かにやって来たネネイは彼の頭の前で腰を下ろし、軽く髪を掻き分けます。
「大丈夫なのです、穴はないのです。よかったのですね許されて」
 淡々と告げてから帽子を拾い、頭に被せてあげるとさっさと行ってしまいました。
 目立った外傷がないと判明したものの、圧迫による痛みはすぐに消えないため激痛に耐えるスイミーは一言も喋ることができず、震えながら痛みが去るのを待つしかありません。
 そんな彼を、バムは文字通り見下し。
「少しは懲りることだな」
 吐き捨てるように言ってから足早に進み、彼を置いて行ってしまうのでした。


2024.6.8
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