なんやかんやでクリスマス
カヤとクレナイがデートに出かけたその直後。
アーマンの宿、キッチンの片隅にサクラとどりぴはいました。
「おーしっ! かやぴとくれっちのデートも見届けたことだし、今夜のクリスマスパーティが始まるまでにクッキーを作るぞどりぴ!」
「ぼくまものだけどくっきーつくる」
高らかに雄叫びをあげて気合十分。どりぴもクッキーの型を持ち上げやる気を露わにしています。
「作り方はくれっちに教えてもらった! 材料も十分すぎるぐらいにある! クッキーの形も決めてる! 失敗する要素はゼロ! やれる! やれるぞ!」
サクラの手にはメモ用紙。今朝、クレナイに教わった美味しいクッキーの作り方に材料や必要グラム数、オーブンの温度まで事細かく記されています。
「どりぴ型のクッキーを作るから楽しみに待っててくれよな!」
「ぼくまものだけどわくわく」
同じキッチンで宿の少年を含めた従業員たちクリスマスの準備が慌ただしく進められている中、一人と一匹による初めての挑戦が今、始まります。
そして数時間後。
オーブンから取り出しテーブルにお盆ごと乗せられたクッキーは全て、墨汁に浸したように真っ黒に染まっていました。
「…………どうして」
サクラ、悲惨な状況に顔を覆うことしかできません。現実を直視したくないレベルで落ち込んでいました。
どりぴは何も言わず、焼きたてほやほやのクッキーの一つを持ち上げます。ドリアン故に堅い甲皮を持っているお陰か熱には強い様子。
「どりぴ型」として作られたトゲトゲ形のクッキーを見て、
「うに」
とだけ言いました。慰めなのか率直な感想かはよくわかりません。
「ウニ……」
淡々とした感想に釣られてサクラは指と指の間から現実を、うにと称されたクッキーを直視しました。見事なウニでした。
「ウニだ……」
「なんか焦げ臭くね〜? 誰かミスった?」
直後、キッチンに入ってくる緊張感のない呑気な声。
酒瓶を片手に堂々と現れたキャンバスイチの問題児、元海賊のベニトウです。頬はやや赤いのでほぼ出来上がっています。
キッチンにいた人たちの顔が引きつりますがサクラだけは異なり、
「べにちゃそぉ〜」
半泣きになって何かを訴えるように彼女を見るのでした。
「どうしたどうした? 暇だから話ぐらい聞くぞ? 酒くれたらだけどよ」
「聞いてぇ……クッキー作ってミスったぁ……」
「はぁん?」
そしてテーブルの上にあるできたてのクッキーを見て状況を全て悟ります。
「お前が焦がしたのか! いやー派手にやってんじゃねーか、わはは!」
「うに」
「ホントだウニだなこれ」
と言いつつどりぴが持っていたクッキーを許可も得ないまま口に入れました。出来立て熱々でもお構いなしです。
「あはは! 中までしっかし焦がしてやらあウケる〜てことで酒くれ。大事にとってた一本がとうとうなくなっちまってさあ」
片手に持った酒瓶を振りますが、
「どりぴ型のクッキーを作ってたのにウニになっちまったんだ……せっかく徹夜で可愛い感じのイラスト作ったのに……」
サクラは聞いちゃくれません。どりぴは黙ってテーブルに置きっぱなしになっていたスケッチブックを指します。現実ではおいしいクッキーになる予定だったカラフルで可愛いイラストを。
ベニトウはテーブルに酒瓶を置いてからスケッチブックを持ち上げて、
「ドリアンの分際で可愛くなってるじゃねーか。園児以下レベルのかやぴの落書きとは大違いだなあ」
すぐに元の場所に戻しました。
「なんでこんなに焦げちまったんだろ……隠し味がよくなかったのかなあ」
「クッキーの隠し味って何だよ?」
「どりぴの体液」
「せめてドリアンの果汁って言おうぜ?」
通りすがりの少年が驚愕して二度見しましたが誰も気付いてなかったとか。
「ぼくまものだけどかじゅう?」
「そこ疑問なんだな、フルーツの魔物じゃねーかお前」
「そうだった」
どりぴ納得。そして、焦げたクッキーたちをじっと見ます。
「……」
「つーかこの大量のこげこげクッキーどうすんだよ?」
「生地は全部使っちまったしもう捨てるしかないんだよぉ、今から新しく作る時間もないしさあ」
「勿体無いけどしょーがねーか。まっ! 焦げちまったもんは仕方ねーよ、切り替えてオレに酒を奢れ」
「リーダーに“ベニトウには絶対に金を貸すな酒を与えるな”って言いつけられてるからダメ」
「どーりで酒くれ発言が全部スルーされてると思った! もう手が回ってやがったか畜生!」
悔しそうにテーブルを殴ったベニトウが次に目についたのはどりぴ、しかもデコレーション用に黄色く着色されたチョコレートが入ったペンを使い、焦げたクッキーに塗っているではありませんか。
「何やってんだお前、勿体ねえことしやがって」
「どりぴそれ食えないからヤメだヤメ」
軽く嗜めたサクラがどりぴを持ち上げ作業を強制終了させますが、どりぴはチョコレートペンを持ったまま足をじたばたさせて抗議。
「やー」
「おっとどしたん? どりぴが珍しく聞き分けが悪ぃ」
「おほしさまつくってかざる」
「ほえ?」
首を傾げた隙を付いてどりぴはサクラの手から抜け出し、テーブルの上に着地。
「おほしさまないからつくってかざる」
「お星様ぁ?」
怪訝な顔をするベニトウですがサクラはぽんと手を叩いて、
「そっかそっか! ツリーに飾る用の星のオブジェが無かったってかやぴたちが言ってたもんな! だからこの捨てるしかないクッキーで代用するってことか!」
「へぇ〜、確かにこのトゲトゲっぽいのは星に見えなくもねーか」
「うん」
どりぴが頷き、サクラはニッコリ笑います。クッキーを焦がした時の悲しげな表情はもうすっかりなくなっていました。
「んじゃ頑張ってデコって宿の入り口にあるツリーに飾ってやろう! ただ捨てるよりも何倍もいいもんな!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「でもデコる時はクッキーが冷めてからだぞどりぴ、熱いうちにやっちゃうとせっかくデコったチョコが溶けちまうんだ」
そう言ったサクラが指したのはさっきどりぴがデコレーションしていたクッキーです。上に載せられた黄色のチョコレートが溶けてドロドロになってしまっていました。
「ぼくまものだけどしらなかった」
「知らなかったならしょーがないなっ、じゃあこれ移し替えてからどんなデコにするか考えよーな!」
「ぼくまものだけどかんがえる」
談笑しながらもサクラは出来立てのクッキーを普通の皿に移し替えてから、テーブルの上に置きっぱなしだったスケッチブックを手に取ります。
「じゃあ部屋で作戦会議だー!」
「おー」
そしてキッチンを飛び出す二人。
ベニトウを完全に放置して。
「…………」
十分後、サクラはどりぴを頭に乗せてキッチンに戻ってきました。
「べにちゃそ見て見て〜! すっげーパネェばりキャワワなやつ考えてきた!」
「きゃわわわ」
スケッチブックに描いたデザインを見せびらかした刹那、
「あっ」
「う?」
食べかけの焦げたクッキーを持ち、頬に食べカスを貼り付けたベニトウとワカバを視界に収めてしまったのでした。
「………………」
「なるほど……だからベニトウさんとワカバさんが玄関前で野晒しになっていたんですね」
「クリスマスの習慣的なモノにしては物騒だと思いましたわ」
日が落ちて、夜。
ここは玄関をくぐったすぐ先にある宿の共有スペース。椅子とテーブルと受付カウンターがあり、この宿を利用する冒険者たちの憩いのスペースになっており、今日は宿を上げて行うクリスマスパーティの会場でもあります。
デートから帰ってきたカヤとクレナイの二人、共有スペースにあるストーブを囲んで震えるベニトウとワカバを横目で見てから、
「そうよ。考えなしの馬鹿共を制裁するには環境を活かしたこの方法が一番効果的だもの」
一足早く席に座り頬杖をつきながらクッキーを頬張るスオウの愚痴を最後まで聞き終えたのでした。
なお、この後も小声で文句を溢しつつクッキーを食べ続けます。市販のクリスマスツリー型、シナモン風味です。
「食われちまった時は悲しかったけどウチの代わりにすーちんが暴れてくれたからもういいんだ! ちゅーわけでこうした!」
すっかり機嫌を直したサクラが手を上げて見るように促したのは、宿の玄関前に飾られているクリスマスツリーで。
「ぼくまものだけどおほしさま」
全長二メートル近くのクリスマスツリーの頂点には、星型にカットされた黄色い折り紙を頭に貼り付けたどりぴが鎮座していました。
「な、なるほど……そう来ましたか……」
「似合ってますわよどりぴちゃん」
「ぼくまものだけどにあう」
頂点のまま得意げに言うどりぴですが、スオウだけは目もくれず。
「まっ、いいんじゃないの? そこでそうしてる限りご馳走は食べられなくなるだろうけど」
「ぼくまものだけどたべる」
次の瞬間にはどりぴはテーブルの上に立っていました。スオウは手早くクッキーを持つとどりぴの前まで持っていってやり、
「もぐもぐ」
両手でしっかりクッキーを持ってから食べ始めました。早いですね。
あまりの速さに硬直してしまったサクラでしたが、その内に首を横に振り、
「どりぴがご馳走が食えなくなるぐらいならクリスマスツリーの星なんてなくてもいっか〜」
あっさり自己解決。そのままテーブルに向かうのでした。
「そーそー! せっかくのクリスマスなんだから仲間外れだなんて可哀想な真似できねーもんなー!」
ここでベニトウ復活、一度酷い目に遭っても懲りないのが彼女の長所であり短所です。
「……さむい」
なおワカバはまだ震えていました。
「アナタはもう少し反省してくださいよ」
呆れるようにと言うよりも呆れ果てた様子のカヤが言ってもベニトウは知らん顔。
「やなこった! こんな日に落ち込む暇なんかねーもん! 一秒一秒を楽しまないと負けた気になるしよ!」
「コイツに反省を促すなんて大型犬に逆立ちを要求するようなモノだから諦めるべきよ」
呆れるスオウは皿からクッキーを一枚持つと席から離れ、震えたままのワカバの口に突っ込みます。
「さっさと食いなさい。コキがバイトから帰ってきたらフツーに心配されるわよ」
「……うい」
ワカバも食べ始めました、そして食べ終わりました。
「パーティが始まるまで時間あるしクリスマスにちなんだ話でもして時間潰すか」
「クリスマスにちなんだ話とはなんでしょう? 男を血に染める話ですか?」
期待しつつ己の野望を言い放ったクレナイが絶句するセリフが、ベニトウの口から出ます。
「これはオレがまだ海賊やってた時、クリスマスっつーかイベントに興じて大乱交パーティをしていた時の話なんだけどよ」
「やめれぇー! この状況でする話じゃねぇー!!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
サクラとどりぴの抑制も虚しくベニトウの話は続いてしまいます。
「イヤー!! 男のシモの話なんて聞きたくありませんわー!!」
「大丈夫だ安心しろクレナイ! ちゃんと女もいたから! ちょっとだけ!」
「その女ってどっかの集落から拉致ったか商人から安く買い叩いた奴隷かなんかでしょどーせ! 海賊船だとよくあるって聞いたことあるわよアタシ!」
「うっわ……」
「かやぴの軽蔑した顔が胸に刺さるぜ! わはは!」
「ウチかやぴのあんな顔みたことないし見たくもなかった、よりにもよってクリスマスに」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「まあそう気にすんなって! クリスマスはまだ終わってねーんだ! 面白おかしく過ごそうぜ!」
「楽しんでいるのはベニトウさんだけですよね!?」
「いいじゃねーか付き合えよ〜シラアイたちもまだ帰ってきてねーしさあ〜オレの渾身の実話聴きてえだろ?」
「聴きたくないです本当に聞きたくないですって!」
「そう言うなって〜えーとアレって誰から言い始めたんだったかな、たしか船内で一番デカかった……」
「うわー! 始まる! クリスマスにする話じゃねえ話が始まっちまう! わか含めた子供隠せ隠せ!」
「ぼくまものだけどかくす」
「う……?」
「頭に乗るだけじゃ隠せないでしょうがバカ!」
「奴隷同士の女の子たちの濃厚な絡みか男を蹂躙し尽くす話であれば興味はありますわ!!」
「クレナイさんちょっと黙っててください!!」
「なんだよ〜釣れねえな〜なんやかんや言いつつ興味あるクセによぉ〜?」
「ねえねえ、その話面白そうよね? もっと詳しくしてくれる?」
「おっと! ほら、やっぱり楽しんでくれる奴が」
嬉しそうに振り向いたベニトウが見たのは、鬼の形相で立つコキでして。
「…………あっ」
次にベニトウが意識を覚醒させたのは、クリスマスから三日経った朝のことでした。
2023/12/24
アーマンの宿、キッチンの片隅にサクラとどりぴはいました。
「おーしっ! かやぴとくれっちのデートも見届けたことだし、今夜のクリスマスパーティが始まるまでにクッキーを作るぞどりぴ!」
「ぼくまものだけどくっきーつくる」
高らかに雄叫びをあげて気合十分。どりぴもクッキーの型を持ち上げやる気を露わにしています。
「作り方はくれっちに教えてもらった! 材料も十分すぎるぐらいにある! クッキーの形も決めてる! 失敗する要素はゼロ! やれる! やれるぞ!」
サクラの手にはメモ用紙。今朝、クレナイに教わった美味しいクッキーの作り方に材料や必要グラム数、オーブンの温度まで事細かく記されています。
「どりぴ型のクッキーを作るから楽しみに待っててくれよな!」
「ぼくまものだけどわくわく」
同じキッチンで宿の少年を含めた従業員たちクリスマスの準備が慌ただしく進められている中、一人と一匹による初めての挑戦が今、始まります。
そして数時間後。
オーブンから取り出しテーブルにお盆ごと乗せられたクッキーは全て、墨汁に浸したように真っ黒に染まっていました。
「…………どうして」
サクラ、悲惨な状況に顔を覆うことしかできません。現実を直視したくないレベルで落ち込んでいました。
どりぴは何も言わず、焼きたてほやほやのクッキーの一つを持ち上げます。ドリアン故に堅い甲皮を持っているお陰か熱には強い様子。
「どりぴ型」として作られたトゲトゲ形のクッキーを見て、
「うに」
とだけ言いました。慰めなのか率直な感想かはよくわかりません。
「ウニ……」
淡々とした感想に釣られてサクラは指と指の間から現実を、うにと称されたクッキーを直視しました。見事なウニでした。
「ウニだ……」
「なんか焦げ臭くね〜? 誰かミスった?」
直後、キッチンに入ってくる緊張感のない呑気な声。
酒瓶を片手に堂々と現れたキャンバスイチの問題児、元海賊のベニトウです。頬はやや赤いのでほぼ出来上がっています。
キッチンにいた人たちの顔が引きつりますがサクラだけは異なり、
「べにちゃそぉ〜」
半泣きになって何かを訴えるように彼女を見るのでした。
「どうしたどうした? 暇だから話ぐらい聞くぞ? 酒くれたらだけどよ」
「聞いてぇ……クッキー作ってミスったぁ……」
「はぁん?」
そしてテーブルの上にあるできたてのクッキーを見て状況を全て悟ります。
「お前が焦がしたのか! いやー派手にやってんじゃねーか、わはは!」
「うに」
「ホントだウニだなこれ」
と言いつつどりぴが持っていたクッキーを許可も得ないまま口に入れました。出来立て熱々でもお構いなしです。
「あはは! 中までしっかし焦がしてやらあウケる〜てことで酒くれ。大事にとってた一本がとうとうなくなっちまってさあ」
片手に持った酒瓶を振りますが、
「どりぴ型のクッキーを作ってたのにウニになっちまったんだ……せっかく徹夜で可愛い感じのイラスト作ったのに……」
サクラは聞いちゃくれません。どりぴは黙ってテーブルに置きっぱなしになっていたスケッチブックを指します。現実ではおいしいクッキーになる予定だったカラフルで可愛いイラストを。
ベニトウはテーブルに酒瓶を置いてからスケッチブックを持ち上げて、
「ドリアンの分際で可愛くなってるじゃねーか。園児以下レベルのかやぴの落書きとは大違いだなあ」
すぐに元の場所に戻しました。
「なんでこんなに焦げちまったんだろ……隠し味がよくなかったのかなあ」
「クッキーの隠し味って何だよ?」
「どりぴの体液」
「せめてドリアンの果汁って言おうぜ?」
通りすがりの少年が驚愕して二度見しましたが誰も気付いてなかったとか。
「ぼくまものだけどかじゅう?」
「そこ疑問なんだな、フルーツの魔物じゃねーかお前」
「そうだった」
どりぴ納得。そして、焦げたクッキーたちをじっと見ます。
「……」
「つーかこの大量のこげこげクッキーどうすんだよ?」
「生地は全部使っちまったしもう捨てるしかないんだよぉ、今から新しく作る時間もないしさあ」
「勿体無いけどしょーがねーか。まっ! 焦げちまったもんは仕方ねーよ、切り替えてオレに酒を奢れ」
「リーダーに“ベニトウには絶対に金を貸すな酒を与えるな”って言いつけられてるからダメ」
「どーりで酒くれ発言が全部スルーされてると思った! もう手が回ってやがったか畜生!」
悔しそうにテーブルを殴ったベニトウが次に目についたのはどりぴ、しかもデコレーション用に黄色く着色されたチョコレートが入ったペンを使い、焦げたクッキーに塗っているではありませんか。
「何やってんだお前、勿体ねえことしやがって」
「どりぴそれ食えないからヤメだヤメ」
軽く嗜めたサクラがどりぴを持ち上げ作業を強制終了させますが、どりぴはチョコレートペンを持ったまま足をじたばたさせて抗議。
「やー」
「おっとどしたん? どりぴが珍しく聞き分けが悪ぃ」
「おほしさまつくってかざる」
「ほえ?」
首を傾げた隙を付いてどりぴはサクラの手から抜け出し、テーブルの上に着地。
「おほしさまないからつくってかざる」
「お星様ぁ?」
怪訝な顔をするベニトウですがサクラはぽんと手を叩いて、
「そっかそっか! ツリーに飾る用の星のオブジェが無かったってかやぴたちが言ってたもんな! だからこの捨てるしかないクッキーで代用するってことか!」
「へぇ〜、確かにこのトゲトゲっぽいのは星に見えなくもねーか」
「うん」
どりぴが頷き、サクラはニッコリ笑います。クッキーを焦がした時の悲しげな表情はもうすっかりなくなっていました。
「んじゃ頑張ってデコって宿の入り口にあるツリーに飾ってやろう! ただ捨てるよりも何倍もいいもんな!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「でもデコる時はクッキーが冷めてからだぞどりぴ、熱いうちにやっちゃうとせっかくデコったチョコが溶けちまうんだ」
そう言ったサクラが指したのはさっきどりぴがデコレーションしていたクッキーです。上に載せられた黄色のチョコレートが溶けてドロドロになってしまっていました。
「ぼくまものだけどしらなかった」
「知らなかったならしょーがないなっ、じゃあこれ移し替えてからどんなデコにするか考えよーな!」
「ぼくまものだけどかんがえる」
談笑しながらもサクラは出来立てのクッキーを普通の皿に移し替えてから、テーブルの上に置きっぱなしだったスケッチブックを手に取ります。
「じゃあ部屋で作戦会議だー!」
「おー」
そしてキッチンを飛び出す二人。
ベニトウを完全に放置して。
「…………」
十分後、サクラはどりぴを頭に乗せてキッチンに戻ってきました。
「べにちゃそ見て見て〜! すっげーパネェばりキャワワなやつ考えてきた!」
「きゃわわわ」
スケッチブックに描いたデザインを見せびらかした刹那、
「あっ」
「う?」
食べかけの焦げたクッキーを持ち、頬に食べカスを貼り付けたベニトウとワカバを視界に収めてしまったのでした。
「………………」
「なるほど……だからベニトウさんとワカバさんが玄関前で野晒しになっていたんですね」
「クリスマスの習慣的なモノにしては物騒だと思いましたわ」
日が落ちて、夜。
ここは玄関をくぐったすぐ先にある宿の共有スペース。椅子とテーブルと受付カウンターがあり、この宿を利用する冒険者たちの憩いのスペースになっており、今日は宿を上げて行うクリスマスパーティの会場でもあります。
デートから帰ってきたカヤとクレナイの二人、共有スペースにあるストーブを囲んで震えるベニトウとワカバを横目で見てから、
「そうよ。考えなしの馬鹿共を制裁するには環境を活かしたこの方法が一番効果的だもの」
一足早く席に座り頬杖をつきながらクッキーを頬張るスオウの愚痴を最後まで聞き終えたのでした。
なお、この後も小声で文句を溢しつつクッキーを食べ続けます。市販のクリスマスツリー型、シナモン風味です。
「食われちまった時は悲しかったけどウチの代わりにすーちんが暴れてくれたからもういいんだ! ちゅーわけでこうした!」
すっかり機嫌を直したサクラが手を上げて見るように促したのは、宿の玄関前に飾られているクリスマスツリーで。
「ぼくまものだけどおほしさま」
全長二メートル近くのクリスマスツリーの頂点には、星型にカットされた黄色い折り紙を頭に貼り付けたどりぴが鎮座していました。
「な、なるほど……そう来ましたか……」
「似合ってますわよどりぴちゃん」
「ぼくまものだけどにあう」
頂点のまま得意げに言うどりぴですが、スオウだけは目もくれず。
「まっ、いいんじゃないの? そこでそうしてる限りご馳走は食べられなくなるだろうけど」
「ぼくまものだけどたべる」
次の瞬間にはどりぴはテーブルの上に立っていました。スオウは手早くクッキーを持つとどりぴの前まで持っていってやり、
「もぐもぐ」
両手でしっかりクッキーを持ってから食べ始めました。早いですね。
あまりの速さに硬直してしまったサクラでしたが、その内に首を横に振り、
「どりぴがご馳走が食えなくなるぐらいならクリスマスツリーの星なんてなくてもいっか〜」
あっさり自己解決。そのままテーブルに向かうのでした。
「そーそー! せっかくのクリスマスなんだから仲間外れだなんて可哀想な真似できねーもんなー!」
ここでベニトウ復活、一度酷い目に遭っても懲りないのが彼女の長所であり短所です。
「……さむい」
なおワカバはまだ震えていました。
「アナタはもう少し反省してくださいよ」
呆れるようにと言うよりも呆れ果てた様子のカヤが言ってもベニトウは知らん顔。
「やなこった! こんな日に落ち込む暇なんかねーもん! 一秒一秒を楽しまないと負けた気になるしよ!」
「コイツに反省を促すなんて大型犬に逆立ちを要求するようなモノだから諦めるべきよ」
呆れるスオウは皿からクッキーを一枚持つと席から離れ、震えたままのワカバの口に突っ込みます。
「さっさと食いなさい。コキがバイトから帰ってきたらフツーに心配されるわよ」
「……うい」
ワカバも食べ始めました、そして食べ終わりました。
「パーティが始まるまで時間あるしクリスマスにちなんだ話でもして時間潰すか」
「クリスマスにちなんだ話とはなんでしょう? 男を血に染める話ですか?」
期待しつつ己の野望を言い放ったクレナイが絶句するセリフが、ベニトウの口から出ます。
「これはオレがまだ海賊やってた時、クリスマスっつーかイベントに興じて大乱交パーティをしていた時の話なんだけどよ」
「やめれぇー! この状況でする話じゃねぇー!!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
サクラとどりぴの抑制も虚しくベニトウの話は続いてしまいます。
「イヤー!! 男のシモの話なんて聞きたくありませんわー!!」
「大丈夫だ安心しろクレナイ! ちゃんと女もいたから! ちょっとだけ!」
「その女ってどっかの集落から拉致ったか商人から安く買い叩いた奴隷かなんかでしょどーせ! 海賊船だとよくあるって聞いたことあるわよアタシ!」
「うっわ……」
「かやぴの軽蔑した顔が胸に刺さるぜ! わはは!」
「ウチかやぴのあんな顔みたことないし見たくもなかった、よりにもよってクリスマスに」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「まあそう気にすんなって! クリスマスはまだ終わってねーんだ! 面白おかしく過ごそうぜ!」
「楽しんでいるのはベニトウさんだけですよね!?」
「いいじゃねーか付き合えよ〜シラアイたちもまだ帰ってきてねーしさあ〜オレの渾身の実話聴きてえだろ?」
「聴きたくないです本当に聞きたくないですって!」
「そう言うなって〜えーとアレって誰から言い始めたんだったかな、たしか船内で一番デカかった……」
「うわー! 始まる! クリスマスにする話じゃねえ話が始まっちまう! わか含めた子供隠せ隠せ!」
「ぼくまものだけどかくす」
「う……?」
「頭に乗るだけじゃ隠せないでしょうがバカ!」
「奴隷同士の女の子たちの濃厚な絡みか男を蹂躙し尽くす話であれば興味はありますわ!!」
「クレナイさんちょっと黙っててください!!」
「なんだよ〜釣れねえな〜なんやかんや言いつつ興味あるクセによぉ〜?」
「ねえねえ、その話面白そうよね? もっと詳しくしてくれる?」
「おっと! ほら、やっぱり楽しんでくれる奴が」
嬉しそうに振り向いたベニトウが見たのは、鬼の形相で立つコキでして。
「…………あっ」
次にベニトウが意識を覚醒させたのは、クリスマスから三日経った朝のことでした。
2023/12/24