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なんやかんやでクリスマス

 日々の寒さが厳しさの一途を辿る今日はそう、クリスマス当日の朝。
 アーモロードの街は所々がクリスマスに彩ろられ、冒険者たちだけでなくアーモロードの住民の憩いの場にもなっている広場には大きなツリーまで飾られていました。
 特別かつ記念すべき日にクレナイは自室で高らかに叫びます。
「今日は待ちに待ったクリスマス! クリスマスと言えばそう! 恋人たちの祭典ですわ!」
「イエーイ!」
「いえーい」
 横から酒の席のような合いの手を入れるのはサクラと、彼女の頭を定位置とするお化けドリアンことどりぴです。サクラの手にはメモ用紙が握られていました。
「マギニアにいた頃は色々あってお祝いができませんでしたが、今年こそはカヤちゃんとのクリスマスデートと洒落込みますわ〜」
「イエーイ! かやぴとデート!」
 全く関係がありませんが楽しそうなことは全力で乗っかる精神の持ち主であるサクラは両手を振ってノリノリです。今にも踊り出しそう。
「でーと、いえーい」
 彼女の頭の上のどりぴも言葉の意味とサクラのテンションを汲み取り小さい手を一生懸命に振り、盛り上げていました。
 ひとしきり騒いだ後、サクラは両手を下ろして一息つきまして。
「ふぃ〜、しっかし今日のくれっちはテンションたけーなー」
「当たり前ですわ。クリスマスにデートという経験に夢見てましたもの! 街に彩られた幻想的なイルミネーションをバックに恋人同士の甘い時間を過ごすだなんて……ああ、想像しただけでも胸が高鳴りますわ……」
 両手を合わせて天井を見上げ、カヤと過ごすクリスマスの光景を頭の中で思い浮かべます。そして自然と顔が綻びうっとり。ヨダレも忘れてはいけません。
「ほえー」
 サクラは関心したように声を出し、
「ウチってクリスマスはご馳走と掻き入れ時っちゅー印象しかなかったからくれっちみたいなタイプってなんか新鮮かも〜」
「かきいれ?」
 頭上のどりぴが不思議そうに声を出すとサクラはすぐさま答えてくれます。
「ウチって商人の家だからな。イベントごとになるとみーんな浮かれて財布の紐が緩くなりがちなんだよ、そこを狙って商売すればいつもの二倍三倍は稼げるってもんっしょ」
「ぼくまものだけどはじめてきいた」
 どりぴが納得すると同時にクレナイの夢語りは佳境へ入ります。
「そして! デートの最後にはカヤちゃんと二人きりで聖なる夜を性なる夜として過ごしますのよ! そして待っているのは……ふふ、ふふふふふふふ」
 怪しげな笑みと涎を出してもサクラは笑顔です。
「くれっちは今日もぜっこーちょー!」
「せんしんてぃぶ」
 どりぴがハッキリと断言すると部屋のドアが静かに開いて、
「いたいた。皆さん揃って何をしているんですか?」
 顔を出したのはカヤでした。いつもの私服姿、今日は寒いので厚手のシャツに厚手のズボンと冬装備。
 ドアの音と同時に振り返ったサクラは軽く手を上げて
「かやぴやっほー、ちょいとくれっちに用事があってお邪魔してたところなんだー。ウチに用事?」
「いえ、用があるのはクレナイさんですよ」
「えっワタクシ!?」
 夢から戻ってきたクレナイがすぐさまカヤを見ます、ただし涎は出たまま。
「そうです。ちょっと付き合ってもらいたくって……というかどうしたんですかその涎」
「なんでもありませんわ!」
 大きな声で返してからハンカチで涎を拭いてはしたない姿とはおさらばです。いつもはしたないだろうというツッコミは受け付けませんのであしからず。
「し、しかしっ、つ、つつ、付き合うとは!? まさかのカヤちゃんからのお誘いですの!? そんなっ……ワタクシ、興奮と感動のあまり何をするかわかりませんわよ!?」
「まだ日は高いぞくれっち!」
 友であり仲間が早まる姿を見てサクラは心配そうに声を上げます。どりぴは黙ったままでした。
 会話の意図が読めずに首を傾げるカヤは違和感には言及せず「よくわかりませんが……」と前置きをして、
「日が高いから今の内に済ませるんですよ。こういうものは早くに済ませることに越したことはありませんから」
「かやぴってば意外とダイタン……早くってことはそーぢゃん、ラストまで一直線ぢゃん」
「はい? いやあの、できればサクラさんもと思ったのですが……」
「ウチも!? いやウチは場違いっつーかダメぢゃん?! ちゅーかこれからお菓子作るから暇じゃねーし!?」
「それは残念」
「残念!?」
 ギョッとするサクラの横を通り、カヤはクレナイの前で手を差し伸べます。
「クレナイさんは時間があるでしょう? だから少し……お願いします」
「もちろん!!」
 クレナイは即決で手を取りました。欲に対して正直な女です。
「でも、サクラちゃんまで誘おうとしたのは驚きましたわ。カヤちゃんってばいつから複数を囲う野望が芽生えていましたの? 複雑かと問われたらそうですがカヤちゃんの一番はワタクシという絶対的な自信はありますので些細な問題に過ぎませんわね。これを期にワタクシももっと大胆に……」
「クレナイさんが今以上に大胆になられると私の生活の全てにおいて多大な被害が出るのでやめてください。とにかく、時間はあまりないんですから早く行きますよ」
「はえっ? そんなに慌てなくてもクリスマスは逃げませんわよ?」
「クリスマスは今日しかないんですから急ぐ理由になりますよ。急いでください」
「そ、そんなまだワタクシは心の準備が……どのような物事にも順序がありますからまずはそれを守って……」
「準備はこれから始まるんですよ! クリスマスの準備を!」
 刹那、カヤを除く全員の頭に疑問符が浮かび上がりましたが誰一人として疑問を言葉にできないまま、カヤはクレナイの手を引きアーモロードの街に出かけて行きました。
 そう、今夜アーマンの宿で開かれるクリスマスパーティの準備をするために。
「必要な物のリストはまとめていますから手早く買って手早く終わらせてしまいましょう。料理の材料は揃っていると伺ったので後は軽くつまめる軽食やお菓子ですね。追加のお酒もあります」
「え、あ、はい」
「ツリーの飾りも買い足して欲しいとのことだったので玩具屋で見繕いましょうか」
「あっはい、あの、ええと」
「おっと、ちょっとした装飾品も足りてないんだった……メモに追加しておきますけどクレナイさんも覚えていてくださいね」
「は、はい、その」
「じゃあ行きましょうか」
「……はい、行きます行きますわ」
 こうして買い出しは始まりました。
 まずは雑貨屋に入って。
「このロウソクだと予算がオーバーしそうですね……代用品を使うしかなさそうです」
「……」
 次に酒屋に入って。
「シャンパンはこれとこれとこれをお願いします。はい、パーティ用でして……あれ、これは頼んでませんよ? おまけなんですか!? ありがとうございます!」
「……」
 さらに玩具屋に入って。
「星の飾りだけ売り切れている……」
「……」
 最後にお菓子屋さんを訪れ。
「マシュマロかシナモン風味のクッキーか……うーむどちらがいいのか……クレナイさんはどうですか?」
「……どっちでも」
「え?」
 いつもよりも低い声色で返したクレナイに疑問を抱きつつもお買い物タイムは終了。
 リストを全て消化しアーマンの宿に戻ってきたのは午前と午後の境目のような時間帯。つまりはお昼。
 宿に帰り購入した物を宿屋の少年に渡すカヤには目もくれず、クレナイは重い足取りで宿の奥へと入っていき、
「…………デート……」
 一階の廊下の隅に座り込んでしまいました。朝に見た生き生きとした彼女の姿は既にありません。
 こうなってしまった時、キャンバス内で真っ先に行動に移る人物は決まっていまして。
「かやぴは最低だああああああああああああああ!!」
 サクラの怒声が宿の玄関前に響き渡ります。クレナイが落ち込んでからまだ五分も経っていません。
「さいてー」
 ついでにどりぴもサクラの頭上から抗議の言葉をぶつけるのでした。
「はいっ?」
 宿の少年との会話を強制終了させられたカヤはサクラに腕を引っ張られ、クレナイの元に連れてこられたのでした。
「……え、えええ……?」
 廊下の隅の少し薄暗い場所で落ち込むクレナイに困惑していると、すぐさまサクラから追加攻撃。
「くれっちはな! かやぴとクリスマスデートするのをとってもとっても楽しみにしてたんだぞぉ! 年に一度の特別な日にしたがってたんだ! なのにかやぴはデートじゃなくってただの買い出しにくれっちを連れ出して燃えたぎる乙女心に泥水をぶっかけたんだ! 慈悲の擬人化の異名を持つウチでも堪忍袋の尾が切れるっちゅーもんだし!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「え、え、ええっ!? サクラさ」
「言い訳なんて聞かないもんねー! くれっち可哀想! マジガチで可哀想! かやぴがここまでひどーな女だったなんてウチは思ってなかった! なかったんだい!」
「ぼくまものだけどそうおもう」
 腕を組んで頬を膨らませ、クレナイの代わりに怒るサクラは勢いよくそっぽを向いてしまい目も合わせなくなってしまいました。黒い生地にドラゴンのイラストが載ってあるエプロンが動きに合わせて揺れていました。
 そんなサクラとどりぴ、そしてクレナイを交互に見たカヤは困ったように頬をかき、
「その、クリスマスにクレナイさんと過ごしたいから急いでいたんですけど……」
 と、言えばサクラから怒りの表情は綺麗さっぱり吹き飛びまして。
「……おん?」
 カヤを二度見、どりぴもキョトンとしています。
「今朝、宿の子に買い出しを頼まれたんです。いつもお世話になっている方の頼みを断るワケにもいきませんから引き受けました。でも、クレナイさんはクリスマスにデートすることを楽しみにしていましたから、手早く終わらせられるように立ち回ろうと思いまして」
「……だから、くれっちと一緒に、お買い物……」
「ぼくまものだけどなっとく」
「言っておきますけど、クレナイさんを買い出しに連れ回したことを“デート”として扱うほど鈍い人間ではありませんよ。クレナイさん以外の方と交際経験がない私でもそれぐらい分かります」
「ご、ごめんかやぴ」
「ごめんね」
「いえいえ」
 サクラとどりぴの謝罪に首を振って答えます。
「説明が足りてなかった私の落ち度は当然ありますから」
 カヤは一人と一匹から視線を外すと、廊下の隅で拗ねたままのクレナイの前まで歩み寄ります。
 彼女の前で足を止めて腰を下ろし。
「ということですクレナイさん。言葉が足りなくて、すみません」
 もう一度手を差し伸べました。
「……デート、してくれますの?」
 俯いたままのクレナイが久しぶりに声を出します。
「はい。元からそのつもりですよ。一ヶ月も前からクリスマスデートがどうこう言ってたのはクレナイさんでしょう? 忘れるわけがありません」
「……これから?」
「はい」
 するとクレナイは顔を上げ、カヤの手を取らずに抱きつきました。
 少しだけ勢いを付けたためカヤは軽くよろめきつつも彼女を抱き止めます。
「うわっと!? ちょっと、クレナイさん」
 人前で密着するのははしたないと嗜める前に、
「嬉しい……」
 彼女の口からこぼれた短い言葉は、カヤの耳に届きます。
 心の底から溢れ出てくる喜びを噛み締めているような、幸せに満ちた声でした。
「……すみません、誤解をさせてしまって」
 抱きついたままのクレナイの頭を撫で、謝罪します。
「カヤちゃんが不器用なのは誰よりも知っていますわ。そこが可愛らしくもありますから」
「そうですね……さあ、行きましょうか」
「はい! 後は聖なる夜を性なる夜にするだけですわね!」
「しません。夜のパーティまでには宿に戻るんですからそんなことする暇もありませんよ」
「頑張れば時間ぐらい作れると思いますの」
「諦めるという単語がないのは美徳に聞こえますけど絶対に実行しないでください迷惑ですから」
「えー」
 不満で子供みたいに頬を膨らますクレナイに安心感を抱きつつ、カヤはクレナイから手を離すと立ち上がります。クレナイも一緒に。
 そして、サクラの横を通り過ぎようとして、
「……かやぴ!」
 呼び止められ振り向きます。
「どうしましたか?」
 真剣な眼差しのサクラに首を傾げた次の瞬間、
「クリスマスに浮かれて街で盛るような真似だけはするなよ!!」
「しませんよクレナイさんじゃないんですから!!」
 有難迷惑な忠告を今年一番の怒声で返したのでした。

「ワタクシって晩年発情期だと思われてますの!? どりぴちゃんはどう思います!?」
「ぼくまものだけど“うん”っていう」
「うん……」


2023.12.24
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