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なんやかんやでクリスマス

 数年前のこと。
「クリスマスって何」
「は?」
 めっきり寒さが厳しくなってきたアーモロードの街中、日が傾き始める時間が早くなり寒さになれていない人々が帰路につく足が自然と早くなる、そんな季節。
 街道にある街頭の足元に折りたたみ式テーブルを広げ、寒さに負けず占い屋を開いているゾディアックの女性スオウは、店を開いたと同時に声をかけてきたシノビの女にそれはそれは非常に呆れた顔を向けるのでした。
 相手に呆れられているなど気にせずにシノビの女、コキは話を続けます。
「最近、街のみんながクリスマスクリスマスーって言い出してるでしょ? 何のことかちょっと分からなくて……」
「ああ、アンタクリスマス文化のない東国出身だったわね。そりゃ知らないか」
「そなの」
 西洋の文化どころか魔物すら出没しない国出身のシノビは頷きました。
「現状、街の人の話を聞いた感じだと……木にガラス玉や星やフワッとした物体を飾り付けて足元に箱を置いて鳥の丸焼きを食べながら三田とか言う老人を呼ぶ儀式を行うって雰囲気のイベント……だと思っているけど合ってる?」
「定番の知識だけ吸収してまとめただけでそんなトンチキ儀式になる?」
「えっ違う!?」
 コキ驚愕、何を思って今の情報を信じていたのか問いただしたくなりました。
 面倒なので尋ねたりはしません。スオウは腕を組んで、
「所々合ってはいるけど混ぜ合わせが違うわ。そもそも前提も違うし」
「前提……」
「まず、クリスマスっていうのは西洋の神様の生誕祭」
「神様!?」
 想像もしてなかった単語が飛び出したことでコキの口からつい驚愕の声が溢れ出します。それなりの声量でした。
「か、神様……かあ、だから始まる前からしっかり準備して盛大にお祝いをするってことね」
「昨今だと神様の誕生日関係なく、とりあえず飾り付けをしてパーティしてプレゼント配って〜っていうイベントを重視する感じになってるから、本来の意味は忘れられがちになっているけどね」
「プレゼント?」
「そうよ。クリスマスにはサンタっていう老人を姿をした妖精が子供にプレゼントを配る伝説が信じられているわ」
「老人の姿をした妖精……」
 ぽつりとぼやいたコキの脳裏には背中に蝶の羽が生えた全裸の老人が数匹浮遊している光景が映し出されており、とてつもなく不気味な光景と化していました。よって自然と顔が引きつります。
「うわ……」
「何を考えているか知らないけど所詮は伝説よ。昨今は親がこっそりプレゼントを用意して純粋な子供にサンタの存在を信じ込ませるイベントになっているから」
「あっ、要はイベントなのね? 子供のための」
「そーよ。後はクリスマスツリーを用意して普通の誕生日みたいにケーキやチキンでパーティをする感じかしら」
 なんて言い切ったスオウですがコキは何度も首を傾げるばかりで、
「ええと、普通の、誕生日? ケーキ? 誕生日ってケーキを食べるの? 鳥も?」
 目を白黒させながら尋ねるものですからスオウは額を抑えます。
「アンタはそっからか……文化の違いねえ」
「ご、ごめん……」
「アンタはそろそろこっちの文化にちゃんと馴染みなさいよ。ほら、暇だしクリスマスの参考書ぐらい奢ってあげるからそれで勉強しなさい。そしてアタシに商売をさせなさい」
「ホント!? 助かる! クリスマスってイベントをワカバにしてあげたくても詳細が分からないとどうしようもないから……!」
 ぽつりと漏らした本来の目的。どうせワカバ絡みだろうと思っていたスオウはため息を吐いたのでした。
 折りたたみ式のテーブルと椅子を片付け、足取り軽く向かった先はアーモロードの商店街に店を構える本屋です。アーモロード市民だけでなく冒険者や国外から訪れた観光客もよく訪れる人気店。文具屋さんも併用しているとか。
 コキに店の外で待っているように言ったスオウは店の中に入って行き、数分経ってすぐに戻ってきました。
 荷物を持っていない左手に紙袋を抱えて。
「はいこれ。ちゃんと読めばクリスマスのことが大体分かるわよ」
「ありがとう! 異文化の分からないことは人に聞いてみるものね〜」
 喜んで紙袋を受け取り、早速中に収まっている本を取り出します。思ったより軽い本です。
 袋の口から躍り出たタイトルは「あわてんぼうのサンタクロース」
 幼児が親に読んでもらうタイプの可愛らしい絵本でした。
「………………」



 絵本を渡された時は「この女どうしてやろうか」と静かな怒りを腹の中から発生させたコキでしたが、一旦落ち着いてから本に目を通して見れば彼女の言う通り、クリスマスのことが詳しく分かりやすく描かれていました。
 挿絵でクリスマスパーティの雰囲気は伝わりますしサンタと呼ばれる妖精についても理解を深めることができます。絵本のタイトル通り慌てん坊なこの妖精はうっかりしすぎて大惨事を引き起こしていましたが、さておき。
「ケーキとかチキンがいるのかあ……あんまり貯蓄がないから用意できるか微妙ねえ……鳥はもうビックビルでも焼いて代用してもいいかもしれないわね。でもケーキ、ケーキはどうしたものかしら……」
 探索終わり、素材を売り払い必要な薬品を買い揃えた後の宿へ帰路の途中、コキはぶつぶつと独り言を続けていました。
「ケーキ?」
 美味しそうな単語を聞き、探索必需品の入った紙袋を抱えたワカバは足を止めて振り向きました。期待に満ちた瞳を宝石のように輝かせるのも忘れません。
 少女に合わせて止まったコキはニッコリ笑って。
「ええ、クリスマスはどうしよっかなって思ってね?」
「クリスマスするの?」
「したいなーって思ってる。私の故郷にはクリスマスって風習がなかったから、一度どんなモノか経験してみたいのよ、もちろんワカバと」
「おお〜」
 関心するような声を出したワカバは次に大きく頷いて、
「わたしも、クリスマスしたい」
「じゃあしっかり準備しなきゃね」
「さむいけど、がんばる」
 そんな決意表明をしてくれますが、具体的に何を頑張るつもりなのかコキには検討が付きませんし何を頑張らせるべきなのかも分かりません。未経験者の辛いところです。
 考えている間にもワカバの鼻から鼻水がたらりと。
「寒いわよねこの時期、ワカバは暖かい服って持ってないの?」
 と言いつつハンカチで鼻水を拭いてあげます。通りすがりのアモロ住民が「母子だ……」とぼやいていました。
「ない、さむくてもへーき。コキは?」
「寒さぐらい耐えきれないと一人前のシノビにはなれないのよ」
「すごい」
 純粋な瞳で感動しているワカバには言えません。実はとても我慢しているということに。そろそろ暖かい服装を見繕いたいなと思っていることを。
 本音は隠して歩き出します。ワカバをさっさと追い越せば彼女はその後に続きます。
「ワカバって私と出会う前まではクリスマスをどう過ごしてたの?」
「いつもおわってる」
 淡々と返えされ、一瞬だけ言葉が止まります。
「……樹海に潜っている間にクリスマスが終わっていたのね」
「うん」
 大きく頷いて肯定され、コキの中で決意が生まれます。絶対にワカバと一緒にクリスマスを楽しむという決意が。
「じゃあ今年はちゃんとクリスマスしなきゃいけないわね。ビックビルを狩って鳥の丸焼きでも作りましょ」
「わかった、うもうはぐの、とくい」
「それは頼もしい」
 会話を続けながらもコキはふと考えます。ワカバはクリスマスプレゼントをもらっていたのかと。
 子供だけがもらえる特別なプレゼント、サンタではなく親がサンタの代理として子供に送る年に一度のサプライズ。
 今はともかく幼少期はどうだったのか、もしも覚えているなら参考にしたいと少し気になったので、
「そういやワカバ、クリスマスプレゼントって」
 ふと足を止めるとすぐ横にいるはずのワカバがいないではありませんか。
「あれっ!?」
 驚愕して立ち止まります。すぐさま右を見て左を見て正面を見て、後ろ見て、
 すぐ後ろにある玩具屋のショーウィンドウ前で立ち止まるワカバを見つけました。
「ワカバ? ワカバ? どうしたの?」
 慌てて駆け寄りますがワカバの視線はショーウィンドウの向こうに釘付けです。一言も喋らずガラスの向こうを覗き込んでいました。
 静かに動揺しつつもワカバの視線の先にあるものを確認します。
「ええ……っ? 食べ物じゃ、ない……?」
 視線の先にある物、それは半円球のガラスの中に収まっている小さな模型です。
 雪が降り積もった家に登るサンタクロース、その家の横にはソリを引くトナカイがいてクリスマスの光景を可愛らしく表現していました。
「……」
 ワカバはそれを凝視したまま瞬きもせず、凍りついたように動かなくなっていました。ただし瞳を輝かせたまま。
「それ、欲しいの?」
 コキが問いかけ、ワカバは頷きました。
「食べ物じゃないわよ? 分かってる?」
 ワカバは頷きました。
「口に入れてもダメな物だっていうのも、分かってる?」
 ワカバは頷きました。
 ただし一向に返答は無く模型を眺め続けているだけ。
 食に関してもそれ以外に関しても欲しい物はすぐに「欲しい」とハッキリ言う彼女にしては珍しい行動だと、コキは思いつつ、
「うー……ん、と」
 わざとらしく考え、玩具屋に入っていきました。
 置いて行かれたことも気にせずワカバはずっと模型を見ています。通りすがりの子供に指をさされても知りません。
 玩具屋の中から「ギャッ」と悲鳴が漏れ出したような気がしましたが、構うこともなく。
 数分経って灰色の空から小粒の雪が降り始めた頃、玩具屋のドアに着いた鈴の綺麗な音が響き、コキは店から出てきました。
「…………」
 ちょっと浮かない顔でした。
「……ええと、ワカバ」
「……」
 やはりワカバは答えません。
 コキはそこを咎めず、ワカバとショーウィンドウの間にプレゼントの箱を割り込ませて彼女の視界に無理矢理引き入れました。
「う?」
「これ、クリスマスプレゼント」
「くりすますぷれぜんと!?」
 相当驚いたのか珍しく大声を上げて首を振り、若干引き攣った顔をしているコキを見ました。
「そうよ、ちょっと早いけど……」
「いいの? いいの?」
「いいのよ。さあ、それを持って早く帰りましょ。開けるのは部屋に戻ってからね?」
「わかった!」
 大きな声で返し頷いた少女の瞳はいつも以上に輝いているように見えたコキでした。



 そして、現在。
「で、買ったのがあのスノードームってわけ」
「へぇ」
 話を終えたコキに対し非常に興味なさそうに返したスオウは小さく欠伸をしたのでした。
 夜も更け、クリスマスパーティが終わった宿の共有スペースは、数十分前では想像もできなかった静けさと落ち着きを取り戻していました。
 テーブル席で対面するように座っているコキとスオウはチラリと、コキの横にいるワカバを見やります。
 豆菓子に手を付けず、テーブルの上に両腕を組んで置いて顎を乗せ、スノードームを満足げに眺め続けているのです。食欲旺盛な彼女が食べ物を無視しているという極めて珍しい状況です。
「クリスマスの時期はいつもそうね、アンタが食べ物以外に興味を持つのって」
「うん」
 嫌味にも聞こえる口調で言ったスオウの言葉に軽く返答しただけでワカバはスノードームから目を離しません。
 コキが続けて、
「ちゃんと聞いたことなかったけど、どうしてあの時にスノードームを欲しがったの? 中の模型だって食べ物でもないのに」
「これを見てると、なつかしくて楽しくなる」
 淡々と答えコキが首を傾げました。でも言及はしないでおきました。
 代わりに質問を続けたのがスオウで、左腕で頬杖をつくと豆菓子を口の中に放り込みます。
「何それ、食料分けてもらった思い出でもあるの?」
「ちがうけど、楽しいよ」
 目の前で食べ物が頬張られてもスノードームを眺め続けます。
 とても幸せな光景が目の前で広がっているような、そんな表情で。



「りーだー、これなあに?」
「これか? こりゃあスノードームっつーオモチャだよ。あの半円の中に水と白い砂みたいなのが入っててな、振ると雪みてぇに舞うんだ」
「ゆきってなに?」
「そっから? 空から雨じゃなくって白くてふわふわしたモノが落ちてくるんだよ」
「みたいみたい!」
「もうちょいしたらアモロにも降るだろうし、そしたらスノードームと見比べてみな」
「わかった! でも、りーだー」
「どした?」
「すのーどーむとみくらべるってどうやって? だってすのーどーむ、おみせだよ?」
「ええっと……それは……」
「う?」
「…………すまんワカバ、見比べるのは来年にしてくれ。今月ピンチなんだわ」
「むだづかい!」
「うるせぇ!」


2023.12.24
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