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世界樹の迷宮Ⅲリマスター

 海都アーモロードでキャンバスが結成されて数日。
 今日はギルドが発足されてから初めての探索お休みの日。樹海に潜らず、冒険者ではなく普通の人間として活動する日です。
 休みとは言えコキはワカバのご飯代を稼ぐために短期バイトに行ってしまいましたし、ワカバはどこかにフラっと遊びに行ってしまい、スオウは本業である占いの仕事をすると言い残し宿からさっさと出て行ってしまいました。
 キャンバスの新入り冒険者サクラ、プリンセスのような格好をしているモンクの彼女は冒険者として初めてのお休みをどう過ごすか一晩中考えた結果……。
「はい、おまちどうさん」
「ジェラート来た! これでウチはもう無敵っしょ!」
 アーモロードのある一角、小さなジェラート屋さんで名物のフルーツジェラートを受け取っていたのでした。
 リンゴ味のジェラートを受け取ったサクラは鼻歌を歌いつつ、軽い足取りで店の正面にあるベンチに向かいます。
 そこには既にカヤとクレナイがそれぞれジェラートを持って座っていました。
「サクラさん」
「サクラちゃんのジェラートもできましたのね」
「うんっ! 待ちくたびれるかと思ったし!」
 と言ってクレナイの横に座りました。日当たりの良いベンチにクレナイとサクラがカヤを挟んで座る形になりました。
「では、サクラさんも来ましたし食べましょうか」
「ですわね」
「おっしゃ! いただきまーす!」
 三人はできたてホヤホヤのジェラートをスプーンですくって口に運び、それぞれのフルーツフレーバーの味を堪能するのです。
「マジうまっ! みんなメチャうまいって言ってたけどやっぱマジでそうじゃん! ウマー」
「氷菓子なんて久しぶりに食べましたわ〜」
「たまにはこういうのも悪くないですね」
 良い天気の日に仲の良い相手と一緒におやつを食べる……ごく普通の穏やかな休日の光景。この平穏すぎる光景を見て、彼女たちの本業が冒険者であると思う人物はあまりいないことでしょう。
 しばらく他愛のない話を続け、それぞれのジェラートの量が半分程度に差し掛かった頃、
「かやぴのファッションってこだわり強いよね〜」
 と、サクラは急にこんなことを言い出たので、レモン味のジェラートを口に入れようとしていたカヤは手を止めました。
「……はい?」
 言葉の意味は分かってもどうしてこの台詞が出てくるのか理解ができず、サクラを凝視して固まってしまいます。
「だってさだってさ、ファランクスの女の子の装備ってフリルついたワンピースの上にゴツい鎧着る感じのやつで、探索とかなかったらみんな鎧だけ脱いでワンピースみたいな格好で街中歩いてたりするじゃん?」
「そうですね」
「でもかやぴってそうしないじゃん。宿に帰ったらすぐに全部着替えてズボンとワイシャツになるじゃん? 鎧だけ脱いでワンピースになればいいのにしないってことは、このファッションにそーとーなこだわりがあるからってことっしょ? どうどう?」
 そんな疑問をぶつけてからカヤを見つめるサクラ。クレナイは黙ったまま双方をニコニコしながら眺めているだけ。
 尋ねられたカヤは小さく息を吐いてから答えます。
「ファッションにこだわりがある……なんてことはありませんよ。そういうモノにはあまり興味がないので」
「そーなん? じゃあなんで便利さを捨ててまでこの格好にしてんの? こだわりファッションじゃねーって言うなら何?」
 サクラの疑問は尽きることがありません。何度も何度も首を傾げて尋ねるのです。
「ファッションというよりも……単純に、本当に簡単な話なのですが」
「うん」
「す、スカートが苦手、でして……」
「は?」
 想定外の答えにサクラ唖然。
 ここでようやくクレナイが口を開きます。
「カヤちゃんは女の子らしい格好が苦手ですの。ワタクシたちがマギニアという街で冒険者をしていた頃だってカヤちゃんは男モノの鎧を愛用していましたし髪も今より少し短かったですわ。それもとても可愛くて……」
「可愛らしいことと関係ありますかそれ」
「じゃあかやぴって男装女子だったーちゅーこと!?」
 クレナイはうっとりしながら当時の光景を思い出していますしサクラからは羨望の眼差しが送られて、カヤは顔を引きつらせるばかり。すごい勢いで脳裏を過ぎる「厄介なことになった」という感想。
 はぐらかしたところで後に再度しつこく質問攻めにされるのは目に見えて分かります。よって彼女は質問に答えるしかありません。
「男装したくしてそうしているワケではありませんよ、たまたまそういうモノが好きな傾向にあるだけです。本当に男装したいなら髪は伸ばしませんしファランクスのあの鎧と服も突き返しています」
「ほーん、めちゃくちゃ拒絶するほどでもないっちゅーことか」
「着ないことに越したことはないので探索以外はこの格好にしてますけどね」
 そう言って、苦笑い。
 クレナイはイチゴ味のジェラートを一口食べつつその横顔をじっと見て、
「…………」
 じーっと見て、
「……………………」
 見続けていました。
「かやぴ、くれっちがすごーく構って欲しそうにしてる」
「……なんですか」
 渋々振り向くとクレナイはニッコリと微笑み。
「常々気になっていました、カヤちゃんは女の子らしい格好に苦手意識を持つのはどうしてなのかと」
 やんわりと投げられた疑問にカヤは目を丸くします。
「あれ。話したことありませんでした?」
「ありませんわ。カヤちゃんだけでなく女の子の言葉は一字一句間違えることなく覚えているワタクシが言うのですから間違いありません」
 デタラメのような能力ですが相手は「全ての男を滅ぼし世界をあるべき姿に戻す」を本気で信条としている女好きの武士のクレナイだからあり得る話として受け取れます。キャンバスの基本知識です。
 そんな彼女が断言するのですから話したことはないのでしょう。
「表に出したくない話でもないので言えないことはありませんけど……楽しい話ではありませんよ?」
「どうぞどうぞ、カヤちゃんのことがまたひとつ理解できるのであればワタクシにとってそれ以上に幸福なことなどありませんから! むしろドンと来てくださいまし! さあさあさあ!」
「ウチも聞きたい! ウチも聞きたいウチも聞きたいウチも聞きたいウチも聞きたいウチも聞きたいウチも聞きたいウチも聞きたい!」
 途端に騒がしくなる左右。これによりカヤのため息がまたひとつ重くなります。
「言いますよ言いますって、だから大人しく聞いてください」
「わかりましたわ」
「おけまる〜」
 聞き分けの良い二人で助かりました。サクラはこの隙にカップの底に残ったリンゴのジェラートを口の中にかき込み完食させたのでした。
 カヤはほんの少しだけ下を見て、自分のカップの中に半分近く残っているジェラートを眺めながら、話し始めます。
「父親のいない私の家庭は裕福ではなくて……母と祖母が働きに出てやっと生活できるほど貧しかったんです。毎日食べ物に困っていたのはもちろんのこと、服なんて滅多に買える物ではなかったんです。だから、近所の子供のお下がりや安く買い叩かれている古着等が小さい頃からの普段着でした」
「かやぴ苦労してんねえ」
「騎士を志す前だったんですけど、当時の幼い私はお下がりや古着のようなボロボロの洋服に辟易していたんです。同時にごく普通の家庭で育った女の子が着るような可愛い洋服に憧れていました。でも、我が家に普通の洋服を買えるほどお金の余裕がないことは幼いながらに分かっていたので……」
「諦めてしまいましたのね……」
「自分で作ることにしたんです」
「へ?」
「買えないなら使わない布や服を縫い合わせて作れば良いやと思ったんですよ。裁縫のやり方は祖母が教えてくれたので基本的なことはできましたよ基本的なことは……出来栄えは、ともかく」
「かやぴってばチャレンジャー」
「その言い方から察するにとても歪なお洋服が出来上がったのですね。カヤちゃんの家事スキルを考慮しなかったとしても」
「今になって考えると子供にしては上出来だなあって思うんですけどね……? まあ、とにかく洋服はできました。着心地はともかく幼い私は満足する出来だったので早速着て、近所の子に見せに行ったのですが……」
「待ってこのあとは聞かなくてもわかる、ぜってーに似合わないって言われまくってたんしょ」
 カヤは小さく頷き、そのまま顔を上げられなくなってしまいました。
「子供は……正直ですから……大バッシングを受けたショックで今でも女性らしい服に袖を通すと憂鬱な気分になるんですよ……」
「似合わないって思っちゃうから?」
「いいえ、似合うか似合わないかは大した問題ではなく……一生懸命苦労して作り上げた物が否定されたショックからまだ立ち直れてないのだと思います。あの時立て続けに言われたのは“似合ってない”ではなく“服が変”だったので」
 そこまで言い切ってカヤの言葉は止まりました。顔は上がらないままですが。
 クレナイとサクラはお互いに顔を見合わせます。
「努力が否定されたことと女の子らしい服装が結びついているから、スカート等が苦手ということですのね。カヤちゃんの家事スキルの低さが生み出してしまった悲劇ですわ」
「かやぴかわいそ。ファランクスの服さー似合ってるから全然気にしなくていいし、落ち込まなくていいんよ?」
 サクラがカヤの肩をそっと叩き、静かに慰めたところでカヤは顔を上げます。
「ありがとうございますサクラさん。心の傷はそこまで深くないのでお気遣いなく」
「傷に深いも浅いもねーから、傷は等しく傷っしょ! 甘く見たらアカン! あーゆーおーけー?」
「え? あ。おーけー?」
「おっしゃ」
 そして右手親指を当ててニヤリと笑うサクラ。探索の時もこの独特のノリに振り回されてばかりです。
 と、サクラはカヤの膝の上に乗ったままのジェラートをじっと見まして、
「……ところでかやぴ、残りのジェラートって……」
「欲しかったらサクラさんに差し上げますよ」
「やった食べる!」
 子供のように喜ぶとさっさとジェラートを受け取って食べ始めました。
「うま〜」
「サクラちゃんってばそんなにジェラートが気に入りましたの?」
「だってマジでウメーもん! 今度わかたちにも教えてあげよーっと」
 幸せそうにジェラートをかきこんですぐに食べ終わりました。
「あーもう無くなっちまった……食べ物って儚いや。あ、そうだかやぴ、このカップのゴミまとめて捨ててくるし」
「そこまで気を遣わなくてもいいんですよ?」
「いいっていいって、ウチがやりたいだけだし〜てかくれっちってもう食べ終わったん?」
「ええ。ワタクシの分もついでにお願いしますわ」
「おけおけ〜」
 三人分のカップを回収してサクラはジェラート屋へ向かって行きました。店先に専用のゴミ箱があるので。
 そして、二人きりになった途端にクレナイはカヤに語りかけます。
「カヤちゃん、あの」
「どうしました?」
 振り向いたカヤ、いつになく真面目なトーンのクレナイを不思議そうに眺めます。
 次にクレナイから返ってきたのは、
「帰ったらファランクスのあの服を少し仕立て直しましょうか? スカートのようなズボンに改造することぐらいなら可能だと思いますの。もちろん、カヤちゃんが望むのであればの話ですが」
 カヤを気遣うこんな提案。その表情は、いつも子供のようなワガママかつ自重しない言動を繰り返す彼女にしては珍しく真剣そのものでした。
 あまりにも珍しくてキョトンとしたカヤでしたが、すぐに首を振ります。横に。
「ありがとうございますクレナイさん。でも、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「しかし、毎日着るお洋服を自身のメンタルを削ってまで着る必要はないかと」
「削ってなんていませんよ。苦手と言えば苦手ですが仕事に必要な服装だからと割り切っていますから」
「ああ、カヤちゃんの仕事人間っぷりが出ていますわね惜しみなく」
「こればかりは自分の切り替えの速さに感謝です。それに」
 ベンチに置かれたクレナイの手に、カヤの手がそっと重なりました。
「へっ」
 短く声を出したクレナイをカヤはじっと見据え、続けます。
「昔と違って今は、私がどんな格好をしても頭から否定せずに優しく肯定してくれる貴女がいるから、昔から抵抗感しかなかった女性らしい服にも袖を通せるんですよ」
「え、えっ、カヤちゃん」
「最初にあの服を着た時はスカートの抵抗感と、スカート姿の自分があまりにも似合わないと感じてしまってちょっと落ち込んでいたんですよ。でも、クレナイさんは真っ先に褒めてくれました。その時に思ったんです“ああ、あの時に欲しかった言葉がようやく得られたんだ”って」
「え、ええ……」
「お陰で枕を濡らした子供の頃の私は救われました。ありがとうございます、クレナイさん」
 真面目なカヤが時々見せる可愛らしくて柔らかい微笑み。
 クレナイはこれが大好きでした、世界で一番大好きで世界で一番愛おしくてこの子のためなら文字通り、本当になんでもできてしまうから。世界を滅ぼすことだって容易です。
 しかし、大好きな笑顔を目の前にした彼女はぽかんと固まったまま、微動だにしません。
「えっと、クレナイさん?」
 カヤが首を傾げ、空いている手を目の前で振ってみると彼女はぴくりと体を震わせて覚醒。
「はっ!? ワタクシとしたことがトキメキのあまり言葉を失っていましたわ!?」
「なんですかそれ……」
 呆れ果ててため息をつくカヤですが、言葉とは裏腹に口元はほんの少しだけ緩んでいました。クレナイは気付いてないようですが。
「私が少しでも甘えたり褒めたりする度に言動が止まってしまうのは何故ですか」
「慣れてないものでつい」
「慣れの問題ですかね……」
「だってカヤちゃんからのデレなんて珍しいですもの!」
「デレて」
 すっかり慣れてしまったのかクレナイがいつもの調子に戻ってしまいました。カヤがよく知るいつもの顔でした。
「ふふ、ワタクシの言葉がワタクシの知らない頃のカヤちゃんを助けてあげられたというならこれほど幸せなことはありません。この世界で一番愛おしいアナタには誰よりも幸せになってもらいたいですもの」
「……私だって、そうですよ」
「出会った頃よりはマシになっていますが、カヤちゃんは自分に自信が持てないタイプで自分のことだけは何かと否定しがちですし……これはもう、ワタクシが体を張ってカヤちゃんを肯定し続けてカヤちゃんがいかに可愛らしくて素晴らしい存在ということを骨の髄どころか魂にまで刻む必要がありますわね!」
「さっきの台詞からこの結論に至る経緯を知りたいのですが」
「自分が幸せになる近道は自己肯定する力を高めることですわ。ワタクシのように自分に絶対の自信があれば人生が充実するというものですの!」
 目を輝かせる彼女の言葉にはものすごく説得力がありました。この世にいる全ての男を殺すことを絶対の正義として疑わず、そしてそれを自身の力で成すことができると本気で思い込み、道ゆく男たちに危害を加えようとしている彼女だから。
 ありすぎて頭痛がするほどに。
「まずはカヤちゃんがご自身がとても可愛らしいことをもっと自覚してもらいましょうか、ワタクシが厳選する可愛い服を着てもらう……とか。とっても似合うはずなのでカヤちゃんも気にいるはずですわ!」
 カヤの頭痛の根源は呑気にそんな提案をして、カヤの背筋に嫌な予感を走らせました。
「……ほう? ちなみにその服とは」
「刺繍やレースがついていて〜生地がちょっと薄くて〜体のシルエットがよく見えて〜華やかなワンピースみたいな形の服ですわ! ベビードールと言うのですけども」
「絶対に着ませんからね!!」
 このタイミングでジェラート屋の店員と談笑していたサクラが戻ってきて、顔を真っ赤にして怒っているカヤを見て首を傾げたそうな。


2023/9/3
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