世界樹の迷宮Ⅲリマスター
第六階層、昏き深淵の禍神。
かつてこの星を滅ぼそうとした「魔」が生み出したこの階層、日の光が届かない薄暗く不気味な森。
薄暗いだけならまだ良かったのかもしれませんが、常にどこからかの視線を感じ、風もないのに植物は不気味に揺らめき、時折生き物なのか何なのか分からない鳴き声が響いてくるような、長時間止まっているだけで精神面的なダメージを受けてしまいそうな趣です。
そこを探索している冒険者は「キャンバス」
第五階層を踏破した数少ないギルドであり、元老院からも一目置かれている彼女たちは、とある責任を取るために第六階層の最深部にいる「魔」の討伐を目指します。
その道中で……。
「第六階層で野営ってしないん?」
「ここで野営ができると思う?」
「ぜんぜん」
地下二十三階。
キャンバス一行のひとり、サクラはギルドマスターであるコキにそう尋ねたところ、質問で返されてしまったので淡々と答えを出したのでした。
常時であれば探索時にはファランクスであるカヤが立って先頭を歩くのですが、現在はダークゾーンという現在の位置が把握できなくなってしまう不可思議な空間内にいるため、空間把握能力に長けているコキが先導して探索を進めています。
第五階層から続いているダークゾーンを探索することにも慣れてきている一行の表情にはやや余裕があります。探索中に雑談を繰り返すほどには。
「野営をしようと思えばできますよ? やろうと思えば……ですが」
カヤがどこか気まずそうに言うと、横のクレナイは首を振り、
「目の前に蟻地獄があると分かっていて、わざわざ飛び込むほどワタクシたちは愚かではありませんわ。飛び込んだ末にメリットがあるという保証もありませんのに」
「ちょっと、楽しかったりするかも」
希望的観測を述べるワカバの手にはタコの足のような形状の銀色の物体がありました。うねうねと動くそれをに噛み付くと、そのまま美味しそうに踊り食いを始めます。
「楽しいとかそういうのは絶対にないから。というかワカバ、それは持って帰って天ぷらにするんじゃなかったの?」
「生で食べたくなった」
「さいで」
食べたい時に食べられるのであればコキは何も言いません。再び前を向き、目についた扉を開けてその中に足を踏み入れて、
「あ、間違えて違うところに入っちゃった」
全員が部屋の中に入ったところで声を上げました。
タコの踊り食いを終えたワカバはコキの顔を覗き込みます。
「うっかり?」
「そう。しかも、よりによって野営地点がある部屋じゃないの……ウワサをすればなんとやらねえ」
そう言って踵を返した時、サクラがコキの目の前に立ち、勢いよく挙手。
「はいはい! テント使って休むってほどじゃないかもしれないけど! ちょっと休んでおきたいっしょ!」
「ぼくまものだけどきゅうけいしたい」
彼女の頭の上にいるどりぴも同調して手をぱたぱたと振っています。
一人と一匹の顔色に疲労は見えませんが、コキは頷き。
「そうね、休める時に休んで体調は常に万全に整えておいた方がいいもの。急ぐ探索でもないし……少し休んでいきましょうか」
地図を閉じて提案を呑めば、サクラとどりぴから「やった〜!」という元気な声が同時に発生したのでした。
そのまま元気よく部屋の奥へ行ってしまう後ろ姿を眺めていると、隣にすっとカヤが立ち、
「野営地点の部屋であれば魔物の強襲に警戒する必要もなく休めますね。ここに来るまでずっと気を張っていたので、ありがたいです」
「いつも警戒ご苦労様。こんな場所だとワカバの嗅覚がどこまで通用するか未知数だから、カヤが警戒してくれるお陰で強襲に怯えずに済んでるわ」
労いの言葉も忘れずに伝えた後にふと、何かに気付いて、
「そういえば、野営地点のある部屋って基本的に魔物が出てこないけど……どういう原理なのかしら……」
ぼやきつつどりぴを見れば、答えはすぐに返ってきます。
「わからないけど、ここにきたらダメってかんじがする」
いつも通り、微妙に感情が篭っていない淡々とした口調で答えてくれましたが、具体性のないふわふわとした内容に皆は首を傾けるばかり。
「ダメ……とは? どうダメなんですかどりぴさん?」
「ぼくまものだけどわからない。いたくないし、しなないけどダメってかんじになる」
「まあ、魔物ならではの感性ということでしょうか? 人間には感じることのできない独特なモノとか」
「でもよくれっち? どりぴは来れてるよな? 野営地点部屋に」
「サクラたちといっしょだからへーきだよ」
自信満々に答えるどりぴ。仲間と一緒ならば心強いということでしょうか。良い話ですが根本的な疑問は一切解決しておらず、この話は未来永劫に謎として語り継がれることになるのでした。
「コキ、おなかすいた」
「はい、巨大塩ケレプ」
「おいしい」
流れるようにおやつを渡したのを皮切りに、冒険者たちは部屋の真ん中に腰をおろして休息を始めます。もちろん部屋の真ん中にある野営地点には近付かずに。
休息してから数十分経ちまして。
「さて、そろそろ出発しましょうか」
コキがそう言い、皆が頷いてから手早く荷物をまとめます。ワカバは本日七本目の巨大塩ケレプを食べます。
こうして探索の準備を済ませ、コキを先頭にダークゾーンへ続く扉を開け……。
「…………ん?」
ようとして、コキの手が止まります。
「どうしました?」
真っ先に異変に気付いたカヤが後ろから声をかけますが、
「扉が……開かない」
「ええっ!?」
驚愕の声が上がり、他のメンバーたちも次々に目を丸くします。
「いつもならこうやって触れるだけで開くのに……あれ、あれ? なんで?」
動揺しながらも扉を押してみたり、叩いてみたり、蹴ってみたりと試してみますが、不気味な形状の扉は絶命したかのようにぴくりとも動きません。
「なんでなんでなんで!? なんで開かないの!? ちょっと! ねえちょっと! 壊れてるんだけどー! 直してー!」
「これ以上乱暴に扱わないでくださいよコキさん! というか誰に言っているんですか誰に!」
「こーゆーのはなにかしらの合言葉を言ったらいいんじゃね!? 開けごまだれとか!」
「ひらけうごめくどくじゅ」
と、コキたちがパニックに陥っているものの、クレナイはとても冷静でして。
「こうなってしまっては手の施しようがありませんし、いっそのこと扉を木っ端微塵に破壊してみます?」
「こわそう」
彼女の提案にワカバも同調して槌を掲げますが、コキはすぐさま二人を睨み、
「ダメ! 迷宮内のものを無闇に壊すのは迷宮保護法において……」
と、言いかけたところでふと我に返り。
「……いや、元老院の目が届かないであろう第六階層なら、いっか……?」
なんて自己判断を始めたので、カヤが慌て始めます。
「バレる心配がないからって何をしてもいいワケではありませんから! 私たちは第六階層最初の探索者としての責任と使命がある……」
と、言葉を止めると視線を恐る恐る後に向けていくではありませんか。
そして、みるみる真っ青になっていき。
「ヒッ!!」
短くて高い悲鳴。それに釣られて他のメンバーたちも同じ方向に目を向けます。
そこにあったのは。
野営地点としてテントを設置できる場所から伸びるタコの足のようなモノ。それも四本。
その長さは地面からおよそ四メートル程、それぞれがゆらゆらと不規則に揺れているではありませんか。
「あああああああああああああああ!! 生きてるるうううううううううううう!!」
「おー」
ワカバを除く全員が女性らしからぬ声で絶叫した途端に、入ってきた扉に植物のツタのようなモノが巻きつき、開閉が不可能になってしまったことを視覚的に告げてきました。
「げっ」
すぐに気付いたコキが顔をしかめる中、クレナイはゆっくりと刀を抜きます。
「野営地点での戦闘など今までにありませんでしたね。事実、あり得ないことかもしれませんが……ここが今までの常識が通用しない第六階層だと考えたら、不思議ではありませんわ」
「たおして食べる」
いつもと同じトーンで言うワカバも槌を持ったままタコ足を見ています。しっかりヨダレも垂らして。
タコ足に呆気に取られていたカヤも、我に返って盾を構えます。
「今までに戦闘経験のない魔物が相手、気をつけてくださいね」
そう言って誰よりも前に出て、コキは小さく息を吐きました。
「退路も塞がれたしやるしかないわね……様子を見つつ応戦しましょ。ヤバいと感じたらすぐに撤退するわ」
こうしてメンバーが戦闘体制を整えたものの、サクラとどりぴはしっかり抱き合っており。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い! てかキモい! キモくて怖い!」
「ぼくまものだけどこわいよお……」
お互いが顔を真っ青にして震えているではありませんか。コキはとっさに彼女たちを見て、
「サクラとどりぴは自分の身を守ることだけを考えて! サポートはできる限りでいいから……」
そう指示を飛ばした時、
「あ、あの〜……ちょっと待ってもらえます……かね?」
張り詰めた空気を打ち破るような緊張感のない声が響きました。男とも女とも言えない中性的な声色でした。
「えっ?」
コキから気の抜けた声が出て、他のメンバーたちも目を丸くしてキョトン。なんせ、キャンバスのメンバーの誰のものでもない声だったからです。
「い、今のは……なんですか?」
「声したね」
「はて? どこからでしょう?」
「なんだなんだぁ?」
「ぼくまものだけどわかんない」
お互が顔を合わせていると、再び謎の声が響きます。
「あ、ここです〜ここ、ここ!」
と、招くような声。
それに合わせて手招きするように動くタコ足を見て、確信を得た冒険者たちの顔がこれでもかと引き攣ります。ワカバを除いて。
コキは恐る恐るタコ足を指し、
「も、もしかして……その、テントを建てる場所にあった、タコ足の」
違って欲しいと願いつつ確認すれば、明るい声で答えが返ってくるわけで。
「そう! そうです! ワタシです! 野営地点です! いや〜どうもどうも! こうしてお話するのは初めてですねえ!」
ウッキウキの楽しげな声が返ってきたことで疑念は確信に変わりました。
普通の人間であればこの時点でこれは夢か幻か、魔物の攻撃を受けて精神汚染されているのではないかと勘繰るかもしれませんがここは第六階層、「魔」と呼ばれる惑星外生命体のお膝元。
「世界樹の迷宮内ではなにが起こってもおかしくない」という金言を濃度五倍にしたような場所なので、野営地点が意思を持って喋り出すという異常事態が現実になっても、ギリギリおかしくないのです。
三秒ほど使って以上の判断を下したキャンバス一行。まずコキは腕を組んで冷静に会話。
「そうだな、初めてだな。まず、前提としてだが野営地点と話すって何だ」
状況は受け入れても全てを許容しているわけではないと念を押しておき、野営地点を名乗るタコ足は答えます。
「休息を与える場所なんですから意思疎通できるのは当然じゃないですか〜」
ここにすぐ同調できるほどの寛容さは誰も持っていません。
「……理解が追いつかないが……自分は宿屋みたいなものだって言いたいのか?」
「やどやって何ですか?」
そう答えられて全員が言葉を失って絶句。気まずい沈黙が生まれてしまいました。
ほんの数秒間だけでしたが。
「……ま、いいです」
静けさに耐えられなくなった野営地点は話を切り替えます。
「それよりも皆さん。この階層の各地にワタシという休息地があるにも関わらず、ご利用にならないのはどうしてですか? ワタシは皆さんに癒しとやすらぎを与えるために存在しているというのに、未だに存在意義が果たせないんですよ?」
「使わない理由なら目の前にいるが」
コキは淡々と答え、タコ足を睨みます。
「えっ!? ど、どこですか!? すぐに排除しますから教えてください!」
慌てた声に合わせてタコ足もそれぞれ忙しなく動き始め、自身の周囲を観察し始めます。あるのは不自然に動く草や木、それから石ころぐらいなものだというのに。
それらをキャンバス一同は冷たい視線で眺めています。
「……騒ぎの中心にいる人って、騒ぎや問題の要因に一番無頓着になってしまうのは、どこでも共通なんですね……」
カヤが静かに言うと四本のタコ足が一斉にこちらを見たので背筋が凍り、言葉を止めてしまいました。
直後、刀を構えたままのクレナイが、
「単刀直入に申しますと、アナタのような理解できない生態の生き物が根城にしている場所で心置きなく休めるなど、不可能な話ということですわ」
警戒心は解かずに優しく教えてあげると「ええっ!?」と驚愕の声が響き、
「原因は自分!? いやいや! ワタシはみなさんにやすらぎと癒しを与える存在でして、断じて危害を加えようとは……!」
「信じられないっしょ」
「ぼくまものだけどしんじない」
サクラとどりぴからも迷いなく断言されてしまい、タコ足は落ち込んだように垂れ下がってしまいます。
「どうして……」
「たべていい?」
「やめて!」
食材を見る目を向けているワカバから距離を取るように一旦引けば、コキからため息が溢れます。
「とにかく、早くここから出してもらおうか。扉が開かなくなったのはお前の仕業なんだろう?」
「いやです! ワタシはね、みなさんにワタシを利用して欲しくてこんな暴挙に出たのです! ここで休んでくれるまで絶対に出しませんよ!」
当然のように否定の言葉が返ってきましたがコキは動じません。
「付き合ってられないな。サクラ、糸」
「どりぴ、糸」
「ぼくまものだけどいともってる」
どりぴがどこからかアリアドネの糸を出した刹那、タコ足の一本が素早くどりぴに巻きつき、サクラの腕から奪い取ったではありませんか。
「うーわー」
「どりぴ――――――――!!」
タコ足に捕まり宙に放り出されたどりぴから絶妙に感情のこもっていない悲鳴が出て、キャンバス一同が絶叫し。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!! どりぴに酷いことするなぁぁあああああああああああ!!」
「ダメですサクラさん! 迂闊に近付いては!!」
泣きながら前に出ようとしたサクラをカヤが羽交締めにして止めますが、友達想いのサクラは腕をぶんぶん振り回して彼女なりの攻撃体勢継続中。
「たすけてー」
空中でひっくり返されてしまったどりぴはアリアドネの糸を持ったままじたばたしていますが、もちろん抜け出すことは叶いません。
「みなさんのことはこっそり観察していたから知っていますよ。その“糸”という道具を使うことでここから脱出できるのだと」
あくまで冷静な野営地点は言い、更に続けます。
「これ以上酷いことはしません。ただワタシは……みなさんにワタシで癒されてほしい……それだけなんです!」
熱心に語りますがコキの目つきは鋭くなるばかり。
「脱出の糸口を念入りに封じた上に人質……魔物質を取った奴の言うことを信じるワケがないだろう」
「食う気だ! ウチらをこうして無理矢理閉じ込めて! 油断したところで頭からバリバリ食うつもりなんだ! どりぴはデザートにされちまうんだあああああああ!!」
サクラ絶叫。隣で聞いていたワカバは頬を膨らませて、
「むー、たべられたくない。食べたい」
と、槌を持つ手を握り直しました。
「だからそんな酷いことしませんって……ワタシはワタシの存在意義を」
「そうでしょうか?」
言い訳を並べようとした野営地点の言葉を遮るのは、クレナイです。
「言葉だけなら何だって言えますわ。アナタが信頼に値しないのはアナタ自身の行動でワタクシたちに対して敵意や害意がないと示せてないからです。ワタクシたちをここに閉じ込めて逃げられないようにたのは、“魔”と敵対しているワタクシたちを排除するため……という目的があったとしても、矛盾も不思議もありませんわ」
彼女にしては珍しく真面目な言い分に人間が全員頷き、タコ足が慌てたように右往左往に動きます。
「そ、それは確かに……そうかも、しれませんが……! でも、そんな、ええっと、どうしたら信じてもらえますか!?」
「今すぐこの世にいる男を全て滅ぼしたら」
ここまで願望を述べた時、カヤに足の脛を蹴られてしまい言葉は強制終了されました。
途端にサクラが叫びます。
「どりぴ返して!」
「この子を返したらみなさんは帰ってしまうではありませんか! だからダメです!」
一瞬で決裂した交渉。羽交締めされたままのサクラは歯をギリギリ鳴らすしかできません。
「み゛ぐう゛……」
「落ち着いてサクラ。そもそもね、こっちは野営をしたくても無理って状況でしょ? ここで休むつもりなんてないからテントの用意すらしてないもの」
「あ! そだった! じゃあどりぴ返してもらえるぢゃん!」
歓喜の声が出てカヤたちもホッと胸を撫で下ろした時、
タコ足が生えている場所の真横に、植物のツタのような物体が生えてきました。しかも大量に。
冒険者たちが唖然としている間にもツタたちはお互いを絡ませながら形を作っていき、一分も経たない内にドーム状になりました。まるでテントのようですね。
「…………」
冒険者一同、絶句。
「こんな感じですよね? ワタシは地上のことはよく分かりませんが、迷宮の中で起こったことや人間のこと等は“あのお方”から知識を授かっていますので、ある程度のことは知っていますよ」
冒険者一同、絶句継続中。
「ささっ! どーぞどーぞ! 中はワタシの力で適温にさせていただいてますので過ごしやすいと思います! 暑かったり寒かったりしたら遠慮なく仰ってくださいね!」
タコ足たちが促すようにお手製草のテントの入り口を開きます。
冒険者たちにはそれが、地獄と死に繋がる入り口のようにも見えました。
「……コキさん、どうします……?」
カヤが小声で問い、コキは答えます。
「……どりぴが捕まっている以上は従うしかないわ。警戒は怠らず、相手を必要以上に刺激しないようにして様子を窺って、隙を探しましょ。どりぴが奪還でき次第アリアドネの糸で逃げる」
「は、はい……」
冒険者たちは敵の懐へと侵入するのでした。
草のテント内は野営地点が言う通り、暑くもなければ寒くもない適温に保たれていました。
天井に這っているツタたちがほの明るく発光しており、人が眠りに落ちやすいちょうど良い暗さを保っています。癒しと安らぎを与えたいという言葉に嘘はなさそうです。
そのテントの中で。
「おろして〜……」
どりぴはタコ足に巻き付かれたまま天井にぶら下がっており、めそめそとか細い声を上げるばかり。もはや抵抗する気力もありません。
「おろしてよ〜……」
嘆く声を続けていると、どりぴの真横にアーチ状になったツタが生えてきました。
巻きついたタコ足がどりぴをそこに乗せると、ツタはゆっくりと前後に動き出します。それはまるで……。
「わーいわーい、ブランコ♪ ブランコ♪」
遊具により機嫌が直ったどりぴは遊びに夢中になり始めるのでした。
「もてなされている……丁重に扱われているわね……どりぴ……」
天井を見上げているコキは微笑ましい光景にも関わらず、顔を引き攣らせているのでした。
「どりぴさんは大切な人質……魔物質? ですからねえ……」
「いいなーどりぴいいなー! 楽しそう! リーダー! ウチもやりたいやりたいやりたい!」
はしゃぎ始めたサクラはコキに無言で叩かれました。
「酷いし……」
「サクラちゃんよしよし……」
嘆くサクラの頭を撫でるクレナイは、改めて問います。
「さて、これからどうしましょうか?」
「どうするって……野営地点のタコ足が満足するまで、ここで足止めを喰らうしかないわ」
ため息を吐きつつ言いますが、カヤもサクラも苦い顔。
「この状況下で寝ろと……?」
「無理みが強いし」
「寝ろとは言ってないわよ? こんなところで寝たら何されるか分かったものじゃないし」
答えたコキはほの明るい天井を睨みました。
それと対照的に、クレナイは地面を見下ろしています。
「しかし、他にできることはありませんわ。ご丁寧に寝具までご用意されていますし、本当にここで寝るしかないのかもしれません」
視線の先にあるのは野営地点が用意したであろう草で作られた布団です。合計五つ、キレイに並んでいました。
「川の字で寝るのかあ」
サクラは草の布団の横でしゃがみ、手のひらを乗せて手触りを確かめています。
深緑色の草は見た目に反してとても柔らかく、ふかふかの芝生に近い感触がして、サクラの目が輝き始めて、
「寝転がると同時に無数の植物が伸びてきて、ワタクシたちの体のありとあらゆる穴から養分を吸い取り、あっという間に枯らしていく……というデストラップとも考えられますわね」
「え」
再び話し始めたクレナイが恐ろしいことを口にしたので、サクラが顔を引き攣らせて二度見。更には真っ青になったコキが
「怖っ! 想像したらこっわ! やめてよ極限状態の中でそんなことを言うのは!」
なんてクレームが飛び出しましたが、クレナイの笑顔は絶えません。
「可能性を示唆したまでですわ。油断すれば終わりということです……ね? カヤちゃん?」
振り向きつつ、後ろにいるカヤに同意を求めました。
カヤと言いますと、クレナイと同様に視線を下に向けており、
「……そうですね、こんな、油断したら命が一瞬で刈り取られてしまいそうな、極限状態の中で……」
一度、言葉を止めたカヤは小さく息を吸ってから、
「睡眠という欲に抗えず、ぐっすり眠っておられる方がひとり」
草のお布団の中で眠っているワカバを見据えたのでした。
「ワカバぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
コキ絶叫。言葉の中には「怒り」しか込められてません。
「すやすや」
当のワカバ本人はコキの怒号に気付かないまま夢の世界を満喫中。口がもごもごと動いているので、夢の中でも何かを食べているのでしょう。
「はやっ! わか寝るのはやっ!」
「あらまあワカバちゃん、コキが怒っても微塵も起きる気配がありませんわ。相当熟睡しているご様子で」
サクラもクレナイもワカバを見て目を丸くしている中、カヤも視線を向けたまま、
「お昼寝とか好きですからね、ワカバさんは……探索がない日とかは色々なところで眠っていますし……」
「寝ている方がお腹が空かないから自然と睡眠時間が増えたのよね……じゃなくて!」
うっかり世間話に移行しそうになったのを寸前で切り替え、コキはワカバの枕元に膝をつきます。
「起きなさいワカバ! こんな物騒なところで熟睡しないの! 寝るなら宿のベッドとかにしなさい! いっそのこと、私の胸の中でもいいから!」
「よろしいのですか!?」
反応したのは言うまでもなくクレナイでしたが、カヤに右足を踏まれて声にならない悲鳴が出ました。
「あのぉ、ここは眠って休息する場所なんですから、起こさないであげてくださいよぉ」
と、野営地点の声が響いてきたのでコキはすぐに天井を睨んで、
「黙れ」
「ヒッ」
とびきり低い声で牽制。野営地点はか細い悲鳴を上げるのでした。
「野営地点くんを脅かしても仕方ないぞリーダー」
「そ、そうだけど……分かっているけど……」
「すやすや」
気まずそうにしているコキの足元でワカバはやっぱり熟睡中、ヨダレも出ています。
「ワカバちゃん全然起きませんわねえ。可愛らしい寝顔ですこと」
「一度寝入るとなかなか起きませんからねワカバさんは……しかし、どうしましょう」
「もう寝ちまう? わかが寝ても何も起こってないってことは大丈夫ってことじゃね?」
サクラが非常に軽く提案するもコキは苦い顔を浮かべるだけ。
「ワカバに何もないのはフェイクで、油断した隙に一斉に殺られることも考えられるわ」
「でっけえ釣り針ってことかあ」
納得したように何度も頷くサクラでしたが、真横でカヤが呆然としていることには全く気付いていません。
「釣り針って……どう、いう……?」
「あっ、あのっその! そんなことしませんよ!? 寝首をかくとかそういう真似は……!」
再び野営地点の声がしますが、眠っているワカバを除いた全員が無言のまま天井を見つめ始めました。相手を心から疑っている目で。
「ああっ……疑わしい目を……で、では! 自分が皆さまに癒しと安らぎを与えるためにどれだけ努力したのか! 今からプレゼンさせて頂きますね!」
「いらない」
コキ即答。しかし野営地点は諦めません。
「聞いてください見てください! まずはこの草で作った寝具ですね! この階層にしか生えていない植物でしてね、その中でも一番柔らかくて良い匂いがする草を採用しています!」
熱弁するも彼女らの視線は冷たいままです。
「この階層にしか生えてないということは、魔の一部であるということですよね……」
「嫌」
カヤが顔を引き攣らせ、コキが淡々と意思表示。クレナイとサクラも一緒に頷いていますね。
それでも野営地点はめげません。
「そ、それから自分、睡眠についてすっごく勉強したんです! 自分は生物とは少し違う存在なので睡眠をする必要がないのですが、少しでもそれを理解し癒しと安らぎを与えるため! 勉学を重ねました!」
「具体的には何でしょう? 眠るごとに男がひとり死滅するとかでしょうか?」
クレナイからただの願望が飛び出しましたが野営地点は気にしません。
「ここに生息する魔物たちを実験台にして研究を重ね、究極の癒し空間を作ったんです! アナタたちを傷つけるのではなく、心と体に極上の安らぎを与える空間を!」
「それが、この光る草と柔らかい草っちゅーこと?」
天井の草を指しつつサクラが尋ねると、野営地点の声は少しだけ明るくなりまして、
「いえいえ! 他にもちゃーんとご用意していますよ! まずはこんな感じい良い感じの香りを流しまして」
言い終わると同時にふわりと漂う良い香りが、彼女たちの鼻を刺激します。
「あら、確かに、良い香りね」
「本当ですわ〜ほのかに甘い香りが!」
「お菓子のような花のような……不思議な香りですが、嫌な感じは全くしませんね」
「すげー! なんだろこれ!」
思い思いに感想を述べる中、野営地点のプレゼンは続きます。
「これのすごいところは、どんな生物が嗅いでも“心地よい”と感じる香りになるように調整しているところと」
「ふむふむ」
なんてコキが相槌を打った刹那。
カヤとクレナイとサクラが、次々と糸が切れたように倒れていきました。
「え」
コキ、驚きのあまり硬直。
「このように睡眠欲を強制的に呼び起こして、眠らせることができるんですよ! すごいでしょう?」
「はぁ!? つ、つまりこれは睡眠毒……」
確信を得て顔を青くしたところで、コキも膝をついてしまいます。
「だ、ダメだこれ……は、抗えそうに、ない……」
普通の人間よりも毒耐性の強いコキでも抗うことは叶わず、徐々に意識が遠くなっていきます。
――だめだ、ここで眠ったら、意識を手放してしまったら……冒険が、終わる……
「……ん?」
次にコキの意識が覚醒した時に見た景色は、彼女にとって見覚えのありすぎる光景でした。
穏やかに流れる風、耳に馴染む小鳥たちのさえずり。すぐ後ろにそびえ立っているのは森で、木々の向こうもまた木々です。
遠くに見えるのは集落でしょうか、木造の家から出てくる人間いませんが、窓から白い煙が出ていたり、外に干している洗濯物が揺れていたりと、生活感が垣間見えます。
立っている場所は人々が踏み慣らしたことで生まれた土の道で、それらは、どこにでもありそうな田舎の風景で。
かつて、当たり前のように暮らしていた故郷にそっくりでした。
「…………」
絶句していると。
「どうです? この極上の夢は」
声が聞こえてきました。あの野営地点の声で、どこか自信満々な様子。
顔色ひとつ変えないまま、でも集落を見つめたまま、コキは言います。
「……どういうことだ」
「生き物は眠っている間に夢を見ると聞きます。夢とは睡眠時に脳の記憶を整理する際に発生する現象だとも」
「へー」
知らなかったとは言わないコキ。適当に返しました。
「自分は夢の記憶を参考にして新しい夢を形成し、その人個人の願望を叶えたり幸せな記憶を見せているのですよ。これが極上の安らぎと癒しの真骨頂です! すごいでしょう?」
「つまり私の記憶を勝手に覗いたのか。プライバシーの侵害にも程があるな」
「守秘義務は果たしますから大丈夫ですよぉ。あ、そろそろ出てきますよ」
「何が?」
野営地点が答える前に、それは音もなく目の前に現れました。
背はそこそこ高く、背筋はしっかり伸びていて、黒に近い茶色の髪を後頭部に結っている精悍な顔の青年で。
コキにとって、忘れたくても忘れることもできない彼を。
「……若様?」
つい、ぽろっと、かつて呼んでいた名を、言ってしまいました。
呆然としているコキの耳に、野営地点の声が届きます。
「アナタはこの“若様”に会いたいと心から願っていた……そうでしょう? 記憶と思考回路と感情を読み込み、こうして具現化させてもらいました」
「……」
口を閉ざしたままの彼女に、青年は透き通った声で名前を呼びます。
そして、両手を広げました。まるで胸の中に飛び込んで来いと言わんばかりに。
「…………」
少しの間それを眺めていたコキは、表情を全く変えずに沈黙を破ります。
「……心から会いたいと願った相手が昔の恋人……か。記憶は誤魔化せないものなんだな……」
と、納得したように答えると野営地点の声が高くなりまして。
「恋人というのは人間の番って意味ですよね!? 聞いたことありますよ! 人ではない自分もちょっと“ないわー”って感想を覚えるほどの別れ方をした相手でも、こうしてまた会いたいと焦がれるものなんですね! いや〜なるほど〜人間って奥深いですねえ〜」
関心したように喋り続ける反面、コキは無言で青年に近付いていきます。
「コキ」
青年が再び彼女の名を呼びます。
「……若様……」
コキは、微笑んでいました。
「あ、じゃあ自分は部外者ですしそろそろ退散した方がいいですよね? そこまで干渉はしない……」
人ではない何かが気を遣った時でした。
精悍な顔の青年の顔面に、コキのビンタが飛んだのは。
「は!?」
驚く野営地点。その目の前で青年は地面に背中から倒れてしまいました。
すかさずコキは青年の上に馬乗りになると、胸ぐらを掴みまして。
「追われる身じゃなくなって心に余裕ができた時からずっと、ずっと思っていたことがあったの。若様を、お前を、この手でぶち殺してやりたいって!」
高らかに叫べば、鼻血を出している青年が真っ青になり、野営地点の驚愕は継続中。
「こ、ころっ、え……えっ!? 番なんじゃないんですか!?」
「叶いっこない夢だって諦めていたわ。だって、私は国に帰れないしコイツは領地から出られない身……二度と会えないから、夢を見るだけに留めておいた……この細い首を絞めることも、その綺麗な顔面がぐちゃぐちゃになるまで殴り続けることも!」
と言いながらめちゃくちゃに殴っています。青年に悲鳴を上げさせる余裕も与えません。
「あ、あのっ、えっえっ!? 会いたいって、そういう……!?」
「夢の中なら! リアリティに溢れる夢の中なら! 何度でも! いくらだって殺せる! 私の人生をメチャクチャにしたコイツに! 私自身が手を下せるなんて! こんなに嬉しいことはないわ!」
自分の拳が血で真っ赤になっても気にならないコキは、青い空に向かって叫びます。
「野営地点! これは一度殺してしまったら復活しないのか!? できることなら私ができるありとあらゆる殺し方を全てやりたい! 夢だから! 可能なんだろう!?」
「で、できる、できます……けど……」
「っしゃあ! じゃあコイツ殺そ」
そう言って躊躇なく首を九十度に曲げました。骨が砕ける聞き心地の悪い音がしました。
「ヒッ」
「あら、あっさり死んだわね……意外と脆い……いや、私の記憶が元になっている若様だから脆くできてて当然か……」
ひとりで納得しつつ立ち上がると、首があり得ない方向に曲がった死体を蹴飛ばしました。
死体はごろりと転がり、木にぶつかって止まりました。
「ま、いいわ! おかわり頂戴!」
「あ、ひ、ひ……」
「どうした? 早く、おかわり!」
「あ、あわ、わ……」
「次はなーにーにーしーよーうーかーなー? シンプルに毒殺でもいいしー生きたまま腹を裂くのもいいかしら? 男はじわじわと苦しめてから殺していく方が良いっていうクレナイの言い分に納得できてしまうのが複雑なところねえ……ま、いっか!」
「ひ、ひぃ……ひっ……」
「どうした? 早く次を出せ、こっちは溢れんばかりの殺アイディアがな」
「あーんあーん! こんな人間知らない! わからない! こんなのあのお方の参考資料になかったよー! 怖いよぉぉぉぉ!!」
「はっ!?」
目を覚ましたコキは草を蹴飛ばして起き上がりました。
いつの間にか草の布団の中で眠っていたらしく、隣にはワカバ、反対隣にはカヤとしっかり川の字で眠っていた様子。
なお、クレナイはカヤに抱きついて満面の笑みで眠っていました。先ほどまでの夢のことを考えると、彼女が何を見ているのかは考えるまでもありませんね。
そしてサクラはテントの隅で丸くなって熟睡中。草でできた布団は蹴飛ばされた痕跡があるため寝相でここまで転がったのでしょうか、とんでもないですね。
「ほっ……全員無事そうね。ちょっとみんな! 起きて起きて!」
大声を出しながらカヤの肩を掴んで揺さぶれば、夢の中にいた彼女の目はゆるゆると開いていきます。
「うーん……あれ……?」
「ああ……すごく良い夢を見ていましたわ……」
ついでに声と振動により覚醒したクレナイも一緒に起き上がり、気持ちの良くない目覚めを迎えました。
「ぐっともーにんぐ!」
大声だけで目覚めたサクラは聞き心地の良い元気な挨拶と共に起き上がって、立ち上がりました。そして腕を振って柔軟体操開始。
続々と目覚めるメンバーですがひとりだけ夢の中に居続ける者がおりまして。
「すやすや」
メルヘンチックな寝息を立てる娘、その名はワカバ。相変わらず口元から涎が流れていました。
いつもなら穏やかかつ癒される気持ちで眺めるコキですが、現状は場所が場所なのでストレスしかありません。
コキはワカバの肩を掴み、
「ワカバ! こら! 起きろ!」
「はぅっ」
耳元で叫ばれてしまえばいくらワカバでも目覚めるというもの。体を震わせて覚醒したワカバは即座に起き上がって周りを見て。
「あさごはんは?」
この一言です。夢の中でも食べたと思われますがまだ足りなかったご様子。コキは呆れたように大きなため息を吐きました。
「ないから。いい加減に現実に帰ってきなさい」
「うー、ごはん……」
頬を膨らませて不満そうですが気に留めている場合ではありません。立ち上がったコキは周囲を見て。
「えーっとぉ? あれからどれくらい経ったのかしら? ここじゃあ全然分からないわねぇ……」
「時計によると二時間ぐらいって感じだな!」
しれっと懐中時計を取り出してサクラが言い、
「でも二時間しか寝てないとは思えないぐらい体が軽いんだよなー! しっかり熟睡して体の疲れを全部吹っ飛ばしたような感じがする!」
テンション高めに続けながら腕を振って有り余る元気を表してくれました。
断じてサクラが単純だからという話ではなく、カヤは座り込んだまま両手を見ています。信じられないような顔を浮かべて。
「た、確かに……昼寝とは思えないほどの疲労回復しているような……」
「今なら男を百人殺せそうですわ! 是非そうしましょう!」
クレナイのいつもの発作は無視して、コキは怪訝な顔。
「こんな環境が悪すぎる場所で眠って……ねぇ?」
そうぼやくと同時に、
「ここで休んだのですから、それぐらい回復して当然ですよ」
野営地点の声が響き、コキはまた天井を睨みつけます。
「出たわね、ケチな運営」
「誰がケチですか……マジで怖かったんですから……」
文句に文句を返す野営地点の声は震えていました。未だに恐怖が拭えていないようなそんな声。
やりとりに違和感しかないカヤは顔を引き攣らせながらコキを見上げまして。
「ケチって……? どういうことですか?」
「理想の夢を見せてくれるって言ったのに理想を見せてくれなかった。それだけのことよ」
「誰があんな恐怖体験に耐えられると!?」
絶叫する野営地点。まるで想像がつかずカヤは何も言えないでいましたが、考えうる限りろくでもなく、常人では考えつくようなモノではないのだと結論付け、追求をやめることにしました。
サクラとワカバはお互いに顔を見合わせて首を傾げているだけでしたが、クレナイは自分の頬を抑えてうっとりと恍惚しており。
「コキの理想は想像がつきませんが……ワタクシの理想の世界は確かにあそこにありましたわ……! 今はまだ夢で見ることしかできませんが、いつか叶えてみせます。夢で見た光景と同じ、全ての男が死滅した理想の世界の創生を……!」
「しっかり世界を滅ぼしてんなぁくれっちは」
簡潔な感想を述べてから、サクラはカヤに問います。
「で? で? かやぴは? どんな夢見たん?」
気軽に尋ねましたがカヤの体はびくりと跳ね、とっさにサクラから視線を逸らしてしまいます。
「わっ私ですか!? いや、それは、その……」
どういうことか顔も赤いですね。何かを察したサクラがニヤリと笑い、クレナイが期待の眼差しを向け、夢の暴露に期待を込めていましたが。
「……な、内緒……です」
守秘義務を行使されてしまい、一気に不満げになるのでした。
「わたしはね、ごはんがいっぱい、おいしかった」
聞くまでもなかったワカバの夢の内容はさておき。
「いかがでしたか? ワタシがプレゼンした極上の眠りと安らぎは! また利用してくれますよね?」
「誰がするか」
コキ即答。てっきりガッカリするかと思われていましたが、
「ですよね! よかったあ……自分ももうあんな恐怖体験したくないですし……」
何故か安渡しているご様子。
「本当に何があったんですか……?」
「それはちょっと……とりあえず、こちらはお返ししますね」
と、たこ足に巻きつかれたままのどりぴが天井から、サクラの目の前に降ろされました。
「どりぴ! 大丈夫だったか!? 怪我してないか!?」
歓喜余って涙目になったサクラでしたが、
「すやすや」
「あれ」
どりぴ熟睡中。それにより肩の力が抜けた声が自然と飛び出しました。
「しっかり眠らされてるわね、どりぴも」
「このまま起こしちまうのも可哀想だし、このまま持って帰っておこう」
サクラはどりぴを抱き抱えるとタコ足はどりぴを解放し、上に引っ込んでしまいました。
「よし、どりぴも返してもらったしとっとと帰るわよ! こんな所にいてたまるか!」
目的を達成したと言わんばかりの勢いと声量で叫んだコキはさっさとテントから出て行きました。カヤも無言で頷き、ついて行きました。
「じゃあウチらは帰るなー、たぶん二度と会わないと思うけど」
「いつか夢の続きをもっと気軽な手段で見せれるようになってくださいまし」
「ごはんほしかった」
サクラ、クレナイ、ワカバも続いてテントから出て行きます。
野営地点はもう止めません、黙ったまま出ていく冒険者たちを見送ります。
「あっはいどうぞそうしてください……もし、もしも泊まることがありましたら我が名誉にかけて全力でおもてなしさせていただきます……そういう存在ですから……」
出会った当初とは比べ物にならないぐらい低いテンションのまま見送りの挨拶をして、五人と一匹がアリアドネの糸で帰っていくのを眺めているのでした。
「……あのお方は、我々の理解の範疇を超えた人間と対峙しようとしているのかもしれない……」
人ではなくバケモノに対する言葉をぼやき、森は不気味な静寂さを取り戻したのでした。
その後、野営地点はこの地にやってくる唯一の人間たちに安らぎを与えようとはしませんでした。
けれども自分の役目を放棄することはせず、安らぎを与える対象を魔物に変えることにして、ここに迷い込んできた魔物に極上のひとときを提供することに精を出します。
極上のひとときを受けた魔物が活性化し冒険者に牙を向く! なんてことはありませんでしたが、野営地点は満足そうでした。
自分の存在の意味をようやく見出したのですから……。
「すっごくいい話風に終わってるのが釈然としないのは……私だけ?」
「コキさんだけじゃありませんよ、ええ」
2025.12.6
かつてこの星を滅ぼそうとした「魔」が生み出したこの階層、日の光が届かない薄暗く不気味な森。
薄暗いだけならまだ良かったのかもしれませんが、常にどこからかの視線を感じ、風もないのに植物は不気味に揺らめき、時折生き物なのか何なのか分からない鳴き声が響いてくるような、長時間止まっているだけで精神面的なダメージを受けてしまいそうな趣です。
そこを探索している冒険者は「キャンバス」
第五階層を踏破した数少ないギルドであり、元老院からも一目置かれている彼女たちは、とある責任を取るために第六階層の最深部にいる「魔」の討伐を目指します。
その道中で……。
「第六階層で野営ってしないん?」
「ここで野営ができると思う?」
「ぜんぜん」
地下二十三階。
キャンバス一行のひとり、サクラはギルドマスターであるコキにそう尋ねたところ、質問で返されてしまったので淡々と答えを出したのでした。
常時であれば探索時にはファランクスであるカヤが立って先頭を歩くのですが、現在はダークゾーンという現在の位置が把握できなくなってしまう不可思議な空間内にいるため、空間把握能力に長けているコキが先導して探索を進めています。
第五階層から続いているダークゾーンを探索することにも慣れてきている一行の表情にはやや余裕があります。探索中に雑談を繰り返すほどには。
「野営をしようと思えばできますよ? やろうと思えば……ですが」
カヤがどこか気まずそうに言うと、横のクレナイは首を振り、
「目の前に蟻地獄があると分かっていて、わざわざ飛び込むほどワタクシたちは愚かではありませんわ。飛び込んだ末にメリットがあるという保証もありませんのに」
「ちょっと、楽しかったりするかも」
希望的観測を述べるワカバの手にはタコの足のような形状の銀色の物体がありました。うねうねと動くそれをに噛み付くと、そのまま美味しそうに踊り食いを始めます。
「楽しいとかそういうのは絶対にないから。というかワカバ、それは持って帰って天ぷらにするんじゃなかったの?」
「生で食べたくなった」
「さいで」
食べたい時に食べられるのであればコキは何も言いません。再び前を向き、目についた扉を開けてその中に足を踏み入れて、
「あ、間違えて違うところに入っちゃった」
全員が部屋の中に入ったところで声を上げました。
タコの踊り食いを終えたワカバはコキの顔を覗き込みます。
「うっかり?」
「そう。しかも、よりによって野営地点がある部屋じゃないの……ウワサをすればなんとやらねえ」
そう言って踵を返した時、サクラがコキの目の前に立ち、勢いよく挙手。
「はいはい! テント使って休むってほどじゃないかもしれないけど! ちょっと休んでおきたいっしょ!」
「ぼくまものだけどきゅうけいしたい」
彼女の頭の上にいるどりぴも同調して手をぱたぱたと振っています。
一人と一匹の顔色に疲労は見えませんが、コキは頷き。
「そうね、休める時に休んで体調は常に万全に整えておいた方がいいもの。急ぐ探索でもないし……少し休んでいきましょうか」
地図を閉じて提案を呑めば、サクラとどりぴから「やった〜!」という元気な声が同時に発生したのでした。
そのまま元気よく部屋の奥へ行ってしまう後ろ姿を眺めていると、隣にすっとカヤが立ち、
「野営地点の部屋であれば魔物の強襲に警戒する必要もなく休めますね。ここに来るまでずっと気を張っていたので、ありがたいです」
「いつも警戒ご苦労様。こんな場所だとワカバの嗅覚がどこまで通用するか未知数だから、カヤが警戒してくれるお陰で強襲に怯えずに済んでるわ」
労いの言葉も忘れずに伝えた後にふと、何かに気付いて、
「そういえば、野営地点のある部屋って基本的に魔物が出てこないけど……どういう原理なのかしら……」
ぼやきつつどりぴを見れば、答えはすぐに返ってきます。
「わからないけど、ここにきたらダメってかんじがする」
いつも通り、微妙に感情が篭っていない淡々とした口調で答えてくれましたが、具体性のないふわふわとした内容に皆は首を傾けるばかり。
「ダメ……とは? どうダメなんですかどりぴさん?」
「ぼくまものだけどわからない。いたくないし、しなないけどダメってかんじになる」
「まあ、魔物ならではの感性ということでしょうか? 人間には感じることのできない独特なモノとか」
「でもよくれっち? どりぴは来れてるよな? 野営地点部屋に」
「サクラたちといっしょだからへーきだよ」
自信満々に答えるどりぴ。仲間と一緒ならば心強いということでしょうか。良い話ですが根本的な疑問は一切解決しておらず、この話は未来永劫に謎として語り継がれることになるのでした。
「コキ、おなかすいた」
「はい、巨大塩ケレプ」
「おいしい」
流れるようにおやつを渡したのを皮切りに、冒険者たちは部屋の真ん中に腰をおろして休息を始めます。もちろん部屋の真ん中にある野営地点には近付かずに。
休息してから数十分経ちまして。
「さて、そろそろ出発しましょうか」
コキがそう言い、皆が頷いてから手早く荷物をまとめます。ワカバは本日七本目の巨大塩ケレプを食べます。
こうして探索の準備を済ませ、コキを先頭にダークゾーンへ続く扉を開け……。
「…………ん?」
ようとして、コキの手が止まります。
「どうしました?」
真っ先に異変に気付いたカヤが後ろから声をかけますが、
「扉が……開かない」
「ええっ!?」
驚愕の声が上がり、他のメンバーたちも次々に目を丸くします。
「いつもならこうやって触れるだけで開くのに……あれ、あれ? なんで?」
動揺しながらも扉を押してみたり、叩いてみたり、蹴ってみたりと試してみますが、不気味な形状の扉は絶命したかのようにぴくりとも動きません。
「なんでなんでなんで!? なんで開かないの!? ちょっと! ねえちょっと! 壊れてるんだけどー! 直してー!」
「これ以上乱暴に扱わないでくださいよコキさん! というか誰に言っているんですか誰に!」
「こーゆーのはなにかしらの合言葉を言ったらいいんじゃね!? 開けごまだれとか!」
「ひらけうごめくどくじゅ」
と、コキたちがパニックに陥っているものの、クレナイはとても冷静でして。
「こうなってしまっては手の施しようがありませんし、いっそのこと扉を木っ端微塵に破壊してみます?」
「こわそう」
彼女の提案にワカバも同調して槌を掲げますが、コキはすぐさま二人を睨み、
「ダメ! 迷宮内のものを無闇に壊すのは迷宮保護法において……」
と、言いかけたところでふと我に返り。
「……いや、元老院の目が届かないであろう第六階層なら、いっか……?」
なんて自己判断を始めたので、カヤが慌て始めます。
「バレる心配がないからって何をしてもいいワケではありませんから! 私たちは第六階層最初の探索者としての責任と使命がある……」
と、言葉を止めると視線を恐る恐る後に向けていくではありませんか。
そして、みるみる真っ青になっていき。
「ヒッ!!」
短くて高い悲鳴。それに釣られて他のメンバーたちも同じ方向に目を向けます。
そこにあったのは。
野営地点としてテントを設置できる場所から伸びるタコの足のようなモノ。それも四本。
その長さは地面からおよそ四メートル程、それぞれがゆらゆらと不規則に揺れているではありませんか。
「あああああああああああああああ!! 生きてるるうううううううううううう!!」
「おー」
ワカバを除く全員が女性らしからぬ声で絶叫した途端に、入ってきた扉に植物のツタのようなモノが巻きつき、開閉が不可能になってしまったことを視覚的に告げてきました。
「げっ」
すぐに気付いたコキが顔をしかめる中、クレナイはゆっくりと刀を抜きます。
「野営地点での戦闘など今までにありませんでしたね。事実、あり得ないことかもしれませんが……ここが今までの常識が通用しない第六階層だと考えたら、不思議ではありませんわ」
「たおして食べる」
いつもと同じトーンで言うワカバも槌を持ったままタコ足を見ています。しっかりヨダレも垂らして。
タコ足に呆気に取られていたカヤも、我に返って盾を構えます。
「今までに戦闘経験のない魔物が相手、気をつけてくださいね」
そう言って誰よりも前に出て、コキは小さく息を吐きました。
「退路も塞がれたしやるしかないわね……様子を見つつ応戦しましょ。ヤバいと感じたらすぐに撤退するわ」
こうしてメンバーが戦闘体制を整えたものの、サクラとどりぴはしっかり抱き合っており。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い! てかキモい! キモくて怖い!」
「ぼくまものだけどこわいよお……」
お互いが顔を真っ青にして震えているではありませんか。コキはとっさに彼女たちを見て、
「サクラとどりぴは自分の身を守ることだけを考えて! サポートはできる限りでいいから……」
そう指示を飛ばした時、
「あ、あの〜……ちょっと待ってもらえます……かね?」
張り詰めた空気を打ち破るような緊張感のない声が響きました。男とも女とも言えない中性的な声色でした。
「えっ?」
コキから気の抜けた声が出て、他のメンバーたちも目を丸くしてキョトン。なんせ、キャンバスのメンバーの誰のものでもない声だったからです。
「い、今のは……なんですか?」
「声したね」
「はて? どこからでしょう?」
「なんだなんだぁ?」
「ぼくまものだけどわかんない」
お互が顔を合わせていると、再び謎の声が響きます。
「あ、ここです〜ここ、ここ!」
と、招くような声。
それに合わせて手招きするように動くタコ足を見て、確信を得た冒険者たちの顔がこれでもかと引き攣ります。ワカバを除いて。
コキは恐る恐るタコ足を指し、
「も、もしかして……その、テントを建てる場所にあった、タコ足の」
違って欲しいと願いつつ確認すれば、明るい声で答えが返ってくるわけで。
「そう! そうです! ワタシです! 野営地点です! いや〜どうもどうも! こうしてお話するのは初めてですねえ!」
ウッキウキの楽しげな声が返ってきたことで疑念は確信に変わりました。
普通の人間であればこの時点でこれは夢か幻か、魔物の攻撃を受けて精神汚染されているのではないかと勘繰るかもしれませんがここは第六階層、「魔」と呼ばれる惑星外生命体のお膝元。
「世界樹の迷宮内ではなにが起こってもおかしくない」という金言を濃度五倍にしたような場所なので、野営地点が意思を持って喋り出すという異常事態が現実になっても、ギリギリおかしくないのです。
三秒ほど使って以上の判断を下したキャンバス一行。まずコキは腕を組んで冷静に会話。
「そうだな、初めてだな。まず、前提としてだが野営地点と話すって何だ」
状況は受け入れても全てを許容しているわけではないと念を押しておき、野営地点を名乗るタコ足は答えます。
「休息を与える場所なんですから意思疎通できるのは当然じゃないですか〜」
ここにすぐ同調できるほどの寛容さは誰も持っていません。
「……理解が追いつかないが……自分は宿屋みたいなものだって言いたいのか?」
「やどやって何ですか?」
そう答えられて全員が言葉を失って絶句。気まずい沈黙が生まれてしまいました。
ほんの数秒間だけでしたが。
「……ま、いいです」
静けさに耐えられなくなった野営地点は話を切り替えます。
「それよりも皆さん。この階層の各地にワタシという休息地があるにも関わらず、ご利用にならないのはどうしてですか? ワタシは皆さんに癒しとやすらぎを与えるために存在しているというのに、未だに存在意義が果たせないんですよ?」
「使わない理由なら目の前にいるが」
コキは淡々と答え、タコ足を睨みます。
「えっ!? ど、どこですか!? すぐに排除しますから教えてください!」
慌てた声に合わせてタコ足もそれぞれ忙しなく動き始め、自身の周囲を観察し始めます。あるのは不自然に動く草や木、それから石ころぐらいなものだというのに。
それらをキャンバス一同は冷たい視線で眺めています。
「……騒ぎの中心にいる人って、騒ぎや問題の要因に一番無頓着になってしまうのは、どこでも共通なんですね……」
カヤが静かに言うと四本のタコ足が一斉にこちらを見たので背筋が凍り、言葉を止めてしまいました。
直後、刀を構えたままのクレナイが、
「単刀直入に申しますと、アナタのような理解できない生態の生き物が根城にしている場所で心置きなく休めるなど、不可能な話ということですわ」
警戒心は解かずに優しく教えてあげると「ええっ!?」と驚愕の声が響き、
「原因は自分!? いやいや! ワタシはみなさんにやすらぎと癒しを与える存在でして、断じて危害を加えようとは……!」
「信じられないっしょ」
「ぼくまものだけどしんじない」
サクラとどりぴからも迷いなく断言されてしまい、タコ足は落ち込んだように垂れ下がってしまいます。
「どうして……」
「たべていい?」
「やめて!」
食材を見る目を向けているワカバから距離を取るように一旦引けば、コキからため息が溢れます。
「とにかく、早くここから出してもらおうか。扉が開かなくなったのはお前の仕業なんだろう?」
「いやです! ワタシはね、みなさんにワタシを利用して欲しくてこんな暴挙に出たのです! ここで休んでくれるまで絶対に出しませんよ!」
当然のように否定の言葉が返ってきましたがコキは動じません。
「付き合ってられないな。サクラ、糸」
「どりぴ、糸」
「ぼくまものだけどいともってる」
どりぴがどこからかアリアドネの糸を出した刹那、タコ足の一本が素早くどりぴに巻きつき、サクラの腕から奪い取ったではありませんか。
「うーわー」
「どりぴ――――――――!!」
タコ足に捕まり宙に放り出されたどりぴから絶妙に感情のこもっていない悲鳴が出て、キャンバス一同が絶叫し。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!! どりぴに酷いことするなぁぁあああああああああああ!!」
「ダメですサクラさん! 迂闊に近付いては!!」
泣きながら前に出ようとしたサクラをカヤが羽交締めにして止めますが、友達想いのサクラは腕をぶんぶん振り回して彼女なりの攻撃体勢継続中。
「たすけてー」
空中でひっくり返されてしまったどりぴはアリアドネの糸を持ったままじたばたしていますが、もちろん抜け出すことは叶いません。
「みなさんのことはこっそり観察していたから知っていますよ。その“糸”という道具を使うことでここから脱出できるのだと」
あくまで冷静な野営地点は言い、更に続けます。
「これ以上酷いことはしません。ただワタシは……みなさんにワタシで癒されてほしい……それだけなんです!」
熱心に語りますがコキの目つきは鋭くなるばかり。
「脱出の糸口を念入りに封じた上に人質……魔物質を取った奴の言うことを信じるワケがないだろう」
「食う気だ! ウチらをこうして無理矢理閉じ込めて! 油断したところで頭からバリバリ食うつもりなんだ! どりぴはデザートにされちまうんだあああああああ!!」
サクラ絶叫。隣で聞いていたワカバは頬を膨らませて、
「むー、たべられたくない。食べたい」
と、槌を持つ手を握り直しました。
「だからそんな酷いことしませんって……ワタシはワタシの存在意義を」
「そうでしょうか?」
言い訳を並べようとした野営地点の言葉を遮るのは、クレナイです。
「言葉だけなら何だって言えますわ。アナタが信頼に値しないのはアナタ自身の行動でワタクシたちに対して敵意や害意がないと示せてないからです。ワタクシたちをここに閉じ込めて逃げられないようにたのは、“魔”と敵対しているワタクシたちを排除するため……という目的があったとしても、矛盾も不思議もありませんわ」
彼女にしては珍しく真面目な言い分に人間が全員頷き、タコ足が慌てたように右往左往に動きます。
「そ、それは確かに……そうかも、しれませんが……! でも、そんな、ええっと、どうしたら信じてもらえますか!?」
「今すぐこの世にいる男を全て滅ぼしたら」
ここまで願望を述べた時、カヤに足の脛を蹴られてしまい言葉は強制終了されました。
途端にサクラが叫びます。
「どりぴ返して!」
「この子を返したらみなさんは帰ってしまうではありませんか! だからダメです!」
一瞬で決裂した交渉。羽交締めされたままのサクラは歯をギリギリ鳴らすしかできません。
「み゛ぐう゛……」
「落ち着いてサクラ。そもそもね、こっちは野営をしたくても無理って状況でしょ? ここで休むつもりなんてないからテントの用意すらしてないもの」
「あ! そだった! じゃあどりぴ返してもらえるぢゃん!」
歓喜の声が出てカヤたちもホッと胸を撫で下ろした時、
タコ足が生えている場所の真横に、植物のツタのような物体が生えてきました。しかも大量に。
冒険者たちが唖然としている間にもツタたちはお互いを絡ませながら形を作っていき、一分も経たない内にドーム状になりました。まるでテントのようですね。
「…………」
冒険者一同、絶句。
「こんな感じですよね? ワタシは地上のことはよく分かりませんが、迷宮の中で起こったことや人間のこと等は“あのお方”から知識を授かっていますので、ある程度のことは知っていますよ」
冒険者一同、絶句継続中。
「ささっ! どーぞどーぞ! 中はワタシの力で適温にさせていただいてますので過ごしやすいと思います! 暑かったり寒かったりしたら遠慮なく仰ってくださいね!」
タコ足たちが促すようにお手製草のテントの入り口を開きます。
冒険者たちにはそれが、地獄と死に繋がる入り口のようにも見えました。
「……コキさん、どうします……?」
カヤが小声で問い、コキは答えます。
「……どりぴが捕まっている以上は従うしかないわ。警戒は怠らず、相手を必要以上に刺激しないようにして様子を窺って、隙を探しましょ。どりぴが奪還でき次第アリアドネの糸で逃げる」
「は、はい……」
冒険者たちは敵の懐へと侵入するのでした。
草のテント内は野営地点が言う通り、暑くもなければ寒くもない適温に保たれていました。
天井に這っているツタたちがほの明るく発光しており、人が眠りに落ちやすいちょうど良い暗さを保っています。癒しと安らぎを与えたいという言葉に嘘はなさそうです。
そのテントの中で。
「おろして〜……」
どりぴはタコ足に巻き付かれたまま天井にぶら下がっており、めそめそとか細い声を上げるばかり。もはや抵抗する気力もありません。
「おろしてよ〜……」
嘆く声を続けていると、どりぴの真横にアーチ状になったツタが生えてきました。
巻きついたタコ足がどりぴをそこに乗せると、ツタはゆっくりと前後に動き出します。それはまるで……。
「わーいわーい、ブランコ♪ ブランコ♪」
遊具により機嫌が直ったどりぴは遊びに夢中になり始めるのでした。
「もてなされている……丁重に扱われているわね……どりぴ……」
天井を見上げているコキは微笑ましい光景にも関わらず、顔を引き攣らせているのでした。
「どりぴさんは大切な人質……魔物質? ですからねえ……」
「いいなーどりぴいいなー! 楽しそう! リーダー! ウチもやりたいやりたいやりたい!」
はしゃぎ始めたサクラはコキに無言で叩かれました。
「酷いし……」
「サクラちゃんよしよし……」
嘆くサクラの頭を撫でるクレナイは、改めて問います。
「さて、これからどうしましょうか?」
「どうするって……野営地点のタコ足が満足するまで、ここで足止めを喰らうしかないわ」
ため息を吐きつつ言いますが、カヤもサクラも苦い顔。
「この状況下で寝ろと……?」
「無理みが強いし」
「寝ろとは言ってないわよ? こんなところで寝たら何されるか分かったものじゃないし」
答えたコキはほの明るい天井を睨みました。
それと対照的に、クレナイは地面を見下ろしています。
「しかし、他にできることはありませんわ。ご丁寧に寝具までご用意されていますし、本当にここで寝るしかないのかもしれません」
視線の先にあるのは野営地点が用意したであろう草で作られた布団です。合計五つ、キレイに並んでいました。
「川の字で寝るのかあ」
サクラは草の布団の横でしゃがみ、手のひらを乗せて手触りを確かめています。
深緑色の草は見た目に反してとても柔らかく、ふかふかの芝生に近い感触がして、サクラの目が輝き始めて、
「寝転がると同時に無数の植物が伸びてきて、ワタクシたちの体のありとあらゆる穴から養分を吸い取り、あっという間に枯らしていく……というデストラップとも考えられますわね」
「え」
再び話し始めたクレナイが恐ろしいことを口にしたので、サクラが顔を引き攣らせて二度見。更には真っ青になったコキが
「怖っ! 想像したらこっわ! やめてよ極限状態の中でそんなことを言うのは!」
なんてクレームが飛び出しましたが、クレナイの笑顔は絶えません。
「可能性を示唆したまでですわ。油断すれば終わりということです……ね? カヤちゃん?」
振り向きつつ、後ろにいるカヤに同意を求めました。
カヤと言いますと、クレナイと同様に視線を下に向けており、
「……そうですね、こんな、油断したら命が一瞬で刈り取られてしまいそうな、極限状態の中で……」
一度、言葉を止めたカヤは小さく息を吸ってから、
「睡眠という欲に抗えず、ぐっすり眠っておられる方がひとり」
草のお布団の中で眠っているワカバを見据えたのでした。
「ワカバぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
コキ絶叫。言葉の中には「怒り」しか込められてません。
「すやすや」
当のワカバ本人はコキの怒号に気付かないまま夢の世界を満喫中。口がもごもごと動いているので、夢の中でも何かを食べているのでしょう。
「はやっ! わか寝るのはやっ!」
「あらまあワカバちゃん、コキが怒っても微塵も起きる気配がありませんわ。相当熟睡しているご様子で」
サクラもクレナイもワカバを見て目を丸くしている中、カヤも視線を向けたまま、
「お昼寝とか好きですからね、ワカバさんは……探索がない日とかは色々なところで眠っていますし……」
「寝ている方がお腹が空かないから自然と睡眠時間が増えたのよね……じゃなくて!」
うっかり世間話に移行しそうになったのを寸前で切り替え、コキはワカバの枕元に膝をつきます。
「起きなさいワカバ! こんな物騒なところで熟睡しないの! 寝るなら宿のベッドとかにしなさい! いっそのこと、私の胸の中でもいいから!」
「よろしいのですか!?」
反応したのは言うまでもなくクレナイでしたが、カヤに右足を踏まれて声にならない悲鳴が出ました。
「あのぉ、ここは眠って休息する場所なんですから、起こさないであげてくださいよぉ」
と、野営地点の声が響いてきたのでコキはすぐに天井を睨んで、
「黙れ」
「ヒッ」
とびきり低い声で牽制。野営地点はか細い悲鳴を上げるのでした。
「野営地点くんを脅かしても仕方ないぞリーダー」
「そ、そうだけど……分かっているけど……」
「すやすや」
気まずそうにしているコキの足元でワカバはやっぱり熟睡中、ヨダレも出ています。
「ワカバちゃん全然起きませんわねえ。可愛らしい寝顔ですこと」
「一度寝入るとなかなか起きませんからねワカバさんは……しかし、どうしましょう」
「もう寝ちまう? わかが寝ても何も起こってないってことは大丈夫ってことじゃね?」
サクラが非常に軽く提案するもコキは苦い顔を浮かべるだけ。
「ワカバに何もないのはフェイクで、油断した隙に一斉に殺られることも考えられるわ」
「でっけえ釣り針ってことかあ」
納得したように何度も頷くサクラでしたが、真横でカヤが呆然としていることには全く気付いていません。
「釣り針って……どう、いう……?」
「あっ、あのっその! そんなことしませんよ!? 寝首をかくとかそういう真似は……!」
再び野営地点の声がしますが、眠っているワカバを除いた全員が無言のまま天井を見つめ始めました。相手を心から疑っている目で。
「ああっ……疑わしい目を……で、では! 自分が皆さまに癒しと安らぎを与えるためにどれだけ努力したのか! 今からプレゼンさせて頂きますね!」
「いらない」
コキ即答。しかし野営地点は諦めません。
「聞いてください見てください! まずはこの草で作った寝具ですね! この階層にしか生えていない植物でしてね、その中でも一番柔らかくて良い匂いがする草を採用しています!」
熱弁するも彼女らの視線は冷たいままです。
「この階層にしか生えてないということは、魔の一部であるということですよね……」
「嫌」
カヤが顔を引き攣らせ、コキが淡々と意思表示。クレナイとサクラも一緒に頷いていますね。
それでも野営地点はめげません。
「そ、それから自分、睡眠についてすっごく勉強したんです! 自分は生物とは少し違う存在なので睡眠をする必要がないのですが、少しでもそれを理解し癒しと安らぎを与えるため! 勉学を重ねました!」
「具体的には何でしょう? 眠るごとに男がひとり死滅するとかでしょうか?」
クレナイからただの願望が飛び出しましたが野営地点は気にしません。
「ここに生息する魔物たちを実験台にして研究を重ね、究極の癒し空間を作ったんです! アナタたちを傷つけるのではなく、心と体に極上の安らぎを与える空間を!」
「それが、この光る草と柔らかい草っちゅーこと?」
天井の草を指しつつサクラが尋ねると、野営地点の声は少しだけ明るくなりまして、
「いえいえ! 他にもちゃーんとご用意していますよ! まずはこんな感じい良い感じの香りを流しまして」
言い終わると同時にふわりと漂う良い香りが、彼女たちの鼻を刺激します。
「あら、確かに、良い香りね」
「本当ですわ〜ほのかに甘い香りが!」
「お菓子のような花のような……不思議な香りですが、嫌な感じは全くしませんね」
「すげー! なんだろこれ!」
思い思いに感想を述べる中、野営地点のプレゼンは続きます。
「これのすごいところは、どんな生物が嗅いでも“心地よい”と感じる香りになるように調整しているところと」
「ふむふむ」
なんてコキが相槌を打った刹那。
カヤとクレナイとサクラが、次々と糸が切れたように倒れていきました。
「え」
コキ、驚きのあまり硬直。
「このように睡眠欲を強制的に呼び起こして、眠らせることができるんですよ! すごいでしょう?」
「はぁ!? つ、つまりこれは睡眠毒……」
確信を得て顔を青くしたところで、コキも膝をついてしまいます。
「だ、ダメだこれ……は、抗えそうに、ない……」
普通の人間よりも毒耐性の強いコキでも抗うことは叶わず、徐々に意識が遠くなっていきます。
――だめだ、ここで眠ったら、意識を手放してしまったら……冒険が、終わる……
「……ん?」
次にコキの意識が覚醒した時に見た景色は、彼女にとって見覚えのありすぎる光景でした。
穏やかに流れる風、耳に馴染む小鳥たちのさえずり。すぐ後ろにそびえ立っているのは森で、木々の向こうもまた木々です。
遠くに見えるのは集落でしょうか、木造の家から出てくる人間いませんが、窓から白い煙が出ていたり、外に干している洗濯物が揺れていたりと、生活感が垣間見えます。
立っている場所は人々が踏み慣らしたことで生まれた土の道で、それらは、どこにでもありそうな田舎の風景で。
かつて、当たり前のように暮らしていた故郷にそっくりでした。
「…………」
絶句していると。
「どうです? この極上の夢は」
声が聞こえてきました。あの野営地点の声で、どこか自信満々な様子。
顔色ひとつ変えないまま、でも集落を見つめたまま、コキは言います。
「……どういうことだ」
「生き物は眠っている間に夢を見ると聞きます。夢とは睡眠時に脳の記憶を整理する際に発生する現象だとも」
「へー」
知らなかったとは言わないコキ。適当に返しました。
「自分は夢の記憶を参考にして新しい夢を形成し、その人個人の願望を叶えたり幸せな記憶を見せているのですよ。これが極上の安らぎと癒しの真骨頂です! すごいでしょう?」
「つまり私の記憶を勝手に覗いたのか。プライバシーの侵害にも程があるな」
「守秘義務は果たしますから大丈夫ですよぉ。あ、そろそろ出てきますよ」
「何が?」
野営地点が答える前に、それは音もなく目の前に現れました。
背はそこそこ高く、背筋はしっかり伸びていて、黒に近い茶色の髪を後頭部に結っている精悍な顔の青年で。
コキにとって、忘れたくても忘れることもできない彼を。
「……若様?」
つい、ぽろっと、かつて呼んでいた名を、言ってしまいました。
呆然としているコキの耳に、野営地点の声が届きます。
「アナタはこの“若様”に会いたいと心から願っていた……そうでしょう? 記憶と思考回路と感情を読み込み、こうして具現化させてもらいました」
「……」
口を閉ざしたままの彼女に、青年は透き通った声で名前を呼びます。
そして、両手を広げました。まるで胸の中に飛び込んで来いと言わんばかりに。
「…………」
少しの間それを眺めていたコキは、表情を全く変えずに沈黙を破ります。
「……心から会いたいと願った相手が昔の恋人……か。記憶は誤魔化せないものなんだな……」
と、納得したように答えると野営地点の声が高くなりまして。
「恋人というのは人間の番って意味ですよね!? 聞いたことありますよ! 人ではない自分もちょっと“ないわー”って感想を覚えるほどの別れ方をした相手でも、こうしてまた会いたいと焦がれるものなんですね! いや〜なるほど〜人間って奥深いですねえ〜」
関心したように喋り続ける反面、コキは無言で青年に近付いていきます。
「コキ」
青年が再び彼女の名を呼びます。
「……若様……」
コキは、微笑んでいました。
「あ、じゃあ自分は部外者ですしそろそろ退散した方がいいですよね? そこまで干渉はしない……」
人ではない何かが気を遣った時でした。
精悍な顔の青年の顔面に、コキのビンタが飛んだのは。
「は!?」
驚く野営地点。その目の前で青年は地面に背中から倒れてしまいました。
すかさずコキは青年の上に馬乗りになると、胸ぐらを掴みまして。
「追われる身じゃなくなって心に余裕ができた時からずっと、ずっと思っていたことがあったの。若様を、お前を、この手でぶち殺してやりたいって!」
高らかに叫べば、鼻血を出している青年が真っ青になり、野営地点の驚愕は継続中。
「こ、ころっ、え……えっ!? 番なんじゃないんですか!?」
「叶いっこない夢だって諦めていたわ。だって、私は国に帰れないしコイツは領地から出られない身……二度と会えないから、夢を見るだけに留めておいた……この細い首を絞めることも、その綺麗な顔面がぐちゃぐちゃになるまで殴り続けることも!」
と言いながらめちゃくちゃに殴っています。青年に悲鳴を上げさせる余裕も与えません。
「あ、あのっ、えっえっ!? 会いたいって、そういう……!?」
「夢の中なら! リアリティに溢れる夢の中なら! 何度でも! いくらだって殺せる! 私の人生をメチャクチャにしたコイツに! 私自身が手を下せるなんて! こんなに嬉しいことはないわ!」
自分の拳が血で真っ赤になっても気にならないコキは、青い空に向かって叫びます。
「野営地点! これは一度殺してしまったら復活しないのか!? できることなら私ができるありとあらゆる殺し方を全てやりたい! 夢だから! 可能なんだろう!?」
「で、できる、できます……けど……」
「っしゃあ! じゃあコイツ殺そ」
そう言って躊躇なく首を九十度に曲げました。骨が砕ける聞き心地の悪い音がしました。
「ヒッ」
「あら、あっさり死んだわね……意外と脆い……いや、私の記憶が元になっている若様だから脆くできてて当然か……」
ひとりで納得しつつ立ち上がると、首があり得ない方向に曲がった死体を蹴飛ばしました。
死体はごろりと転がり、木にぶつかって止まりました。
「ま、いいわ! おかわり頂戴!」
「あ、ひ、ひ……」
「どうした? 早く、おかわり!」
「あ、あわ、わ……」
「次はなーにーにーしーよーうーかーなー? シンプルに毒殺でもいいしー生きたまま腹を裂くのもいいかしら? 男はじわじわと苦しめてから殺していく方が良いっていうクレナイの言い分に納得できてしまうのが複雑なところねえ……ま、いっか!」
「ひ、ひぃ……ひっ……」
「どうした? 早く次を出せ、こっちは溢れんばかりの殺アイディアがな」
「あーんあーん! こんな人間知らない! わからない! こんなのあのお方の参考資料になかったよー! 怖いよぉぉぉぉ!!」
「はっ!?」
目を覚ましたコキは草を蹴飛ばして起き上がりました。
いつの間にか草の布団の中で眠っていたらしく、隣にはワカバ、反対隣にはカヤとしっかり川の字で眠っていた様子。
なお、クレナイはカヤに抱きついて満面の笑みで眠っていました。先ほどまでの夢のことを考えると、彼女が何を見ているのかは考えるまでもありませんね。
そしてサクラはテントの隅で丸くなって熟睡中。草でできた布団は蹴飛ばされた痕跡があるため寝相でここまで転がったのでしょうか、とんでもないですね。
「ほっ……全員無事そうね。ちょっとみんな! 起きて起きて!」
大声を出しながらカヤの肩を掴んで揺さぶれば、夢の中にいた彼女の目はゆるゆると開いていきます。
「うーん……あれ……?」
「ああ……すごく良い夢を見ていましたわ……」
ついでに声と振動により覚醒したクレナイも一緒に起き上がり、気持ちの良くない目覚めを迎えました。
「ぐっともーにんぐ!」
大声だけで目覚めたサクラは聞き心地の良い元気な挨拶と共に起き上がって、立ち上がりました。そして腕を振って柔軟体操開始。
続々と目覚めるメンバーですがひとりだけ夢の中に居続ける者がおりまして。
「すやすや」
メルヘンチックな寝息を立てる娘、その名はワカバ。相変わらず口元から涎が流れていました。
いつもなら穏やかかつ癒される気持ちで眺めるコキですが、現状は場所が場所なのでストレスしかありません。
コキはワカバの肩を掴み、
「ワカバ! こら! 起きろ!」
「はぅっ」
耳元で叫ばれてしまえばいくらワカバでも目覚めるというもの。体を震わせて覚醒したワカバは即座に起き上がって周りを見て。
「あさごはんは?」
この一言です。夢の中でも食べたと思われますがまだ足りなかったご様子。コキは呆れたように大きなため息を吐きました。
「ないから。いい加減に現実に帰ってきなさい」
「うー、ごはん……」
頬を膨らませて不満そうですが気に留めている場合ではありません。立ち上がったコキは周囲を見て。
「えーっとぉ? あれからどれくらい経ったのかしら? ここじゃあ全然分からないわねぇ……」
「時計によると二時間ぐらいって感じだな!」
しれっと懐中時計を取り出してサクラが言い、
「でも二時間しか寝てないとは思えないぐらい体が軽いんだよなー! しっかり熟睡して体の疲れを全部吹っ飛ばしたような感じがする!」
テンション高めに続けながら腕を振って有り余る元気を表してくれました。
断じてサクラが単純だからという話ではなく、カヤは座り込んだまま両手を見ています。信じられないような顔を浮かべて。
「た、確かに……昼寝とは思えないほどの疲労回復しているような……」
「今なら男を百人殺せそうですわ! 是非そうしましょう!」
クレナイのいつもの発作は無視して、コキは怪訝な顔。
「こんな環境が悪すぎる場所で眠って……ねぇ?」
そうぼやくと同時に、
「ここで休んだのですから、それぐらい回復して当然ですよ」
野営地点の声が響き、コキはまた天井を睨みつけます。
「出たわね、ケチな運営」
「誰がケチですか……マジで怖かったんですから……」
文句に文句を返す野営地点の声は震えていました。未だに恐怖が拭えていないようなそんな声。
やりとりに違和感しかないカヤは顔を引き攣らせながらコキを見上げまして。
「ケチって……? どういうことですか?」
「理想の夢を見せてくれるって言ったのに理想を見せてくれなかった。それだけのことよ」
「誰があんな恐怖体験に耐えられると!?」
絶叫する野営地点。まるで想像がつかずカヤは何も言えないでいましたが、考えうる限りろくでもなく、常人では考えつくようなモノではないのだと結論付け、追求をやめることにしました。
サクラとワカバはお互いに顔を見合わせて首を傾げているだけでしたが、クレナイは自分の頬を抑えてうっとりと恍惚しており。
「コキの理想は想像がつきませんが……ワタクシの理想の世界は確かにあそこにありましたわ……! 今はまだ夢で見ることしかできませんが、いつか叶えてみせます。夢で見た光景と同じ、全ての男が死滅した理想の世界の創生を……!」
「しっかり世界を滅ぼしてんなぁくれっちは」
簡潔な感想を述べてから、サクラはカヤに問います。
「で? で? かやぴは? どんな夢見たん?」
気軽に尋ねましたがカヤの体はびくりと跳ね、とっさにサクラから視線を逸らしてしまいます。
「わっ私ですか!? いや、それは、その……」
どういうことか顔も赤いですね。何かを察したサクラがニヤリと笑い、クレナイが期待の眼差しを向け、夢の暴露に期待を込めていましたが。
「……な、内緒……です」
守秘義務を行使されてしまい、一気に不満げになるのでした。
「わたしはね、ごはんがいっぱい、おいしかった」
聞くまでもなかったワカバの夢の内容はさておき。
「いかがでしたか? ワタシがプレゼンした極上の眠りと安らぎは! また利用してくれますよね?」
「誰がするか」
コキ即答。てっきりガッカリするかと思われていましたが、
「ですよね! よかったあ……自分ももうあんな恐怖体験したくないですし……」
何故か安渡しているご様子。
「本当に何があったんですか……?」
「それはちょっと……とりあえず、こちらはお返ししますね」
と、たこ足に巻きつかれたままのどりぴが天井から、サクラの目の前に降ろされました。
「どりぴ! 大丈夫だったか!? 怪我してないか!?」
歓喜余って涙目になったサクラでしたが、
「すやすや」
「あれ」
どりぴ熟睡中。それにより肩の力が抜けた声が自然と飛び出しました。
「しっかり眠らされてるわね、どりぴも」
「このまま起こしちまうのも可哀想だし、このまま持って帰っておこう」
サクラはどりぴを抱き抱えるとタコ足はどりぴを解放し、上に引っ込んでしまいました。
「よし、どりぴも返してもらったしとっとと帰るわよ! こんな所にいてたまるか!」
目的を達成したと言わんばかりの勢いと声量で叫んだコキはさっさとテントから出て行きました。カヤも無言で頷き、ついて行きました。
「じゃあウチらは帰るなー、たぶん二度と会わないと思うけど」
「いつか夢の続きをもっと気軽な手段で見せれるようになってくださいまし」
「ごはんほしかった」
サクラ、クレナイ、ワカバも続いてテントから出て行きます。
野営地点はもう止めません、黙ったまま出ていく冒険者たちを見送ります。
「あっはいどうぞそうしてください……もし、もしも泊まることがありましたら我が名誉にかけて全力でおもてなしさせていただきます……そういう存在ですから……」
出会った当初とは比べ物にならないぐらい低いテンションのまま見送りの挨拶をして、五人と一匹がアリアドネの糸で帰っていくのを眺めているのでした。
「……あのお方は、我々の理解の範疇を超えた人間と対峙しようとしているのかもしれない……」
人ではなくバケモノに対する言葉をぼやき、森は不気味な静寂さを取り戻したのでした。
その後、野営地点はこの地にやってくる唯一の人間たちに安らぎを与えようとはしませんでした。
けれども自分の役目を放棄することはせず、安らぎを与える対象を魔物に変えることにして、ここに迷い込んできた魔物に極上のひとときを提供することに精を出します。
極上のひとときを受けた魔物が活性化し冒険者に牙を向く! なんてことはありませんでしたが、野営地点は満足そうでした。
自分の存在の意味をようやく見出したのですから……。
「すっごくいい話風に終わってるのが釈然としないのは……私だけ?」
「コキさんだけじゃありませんよ、ええ」
2025.12.6
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