世界樹の迷宮Ⅲリマスター
今日はバレンタインです。
「バレンタインだからチョコレートのお菓子を作るぞ!」
「ぼくまものだけどおかしつくる」
アーマンの宿のど真ん中、という共有スペースで意気込んでいるのはいつものサクラ。頭の上にはいつものどりぴ。
それを非常に冷めた目で見ているのは、占い業に行く前にコーヒーで一服をしているスオウです。
「アンタがお菓子を錬成したら得体の知れない味の何かができるだけでしょうが」
「すーちん! お菓子に錬成って単語は使わないっしょ!」
「アンタの場合は使うのよ。何でシフォンケーキを食ったら焼きタラコとオレンジピールの味がするのよ」
「わかんない」
答えたのはどりぴでした。
「すーちんもたまにはやろーぜお菓子作り! 今、くれっちがかやぴにプレゼントするチョコ作ってるからさ〜みんなでやったら楽しいって!」
「なんでわざわざ手作りだなんて面倒なことするのよ。てゆーか、アタシは作って渡すより捧げられる方がいいんだから巻き込まないでくれる」
「わかった! じゃあ渾身の一作品を作ってすーちんに捧げるな!」
「アンタのは絶対にいらない」
サクラを見ずに吐き捨てるように言えば、階段を軽快に降りてくる音。
「バレンタインバレンタイン♪ チョコレートいっぱい♪」
非常に上機嫌のワカバでした。彼女はスオウを見るなり期待を込めた眼差しで。
「チョコレート」
なんて催促しながら彼女の元まで行ってしまうではありませんか。
当然、スオウは大きなため息を吐きまして。
「それは今日の占いが終わって帰ってきてから。夜まで待ってなさい」
「わかった」
大きく頷いて納得しましたが、サクラとどりぴは説明し辛い不思議な生物を見るような眼差しでその光景を眺めています。
「わか、すーちんはチョコを捧げる側じゃなくて捧げられる側だからチョコをねだっても貰えないっしょ」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「う?」
ワカバ本人は首を傾げてきょとん。言葉の意味は理解できても言っている理由が理解できない様子。
スオウ、本日二度目のため息。
「アタシは毎年常連からチョコを貢がれているんだけど、そんなにたくさん食べる気がないから全部ワカバにあげてるのよ。アタシはもらったチョコを処理できて、ワカバはチョコが食べられるっていう双方にとって得しかない取引を毎年やってるってワケ」
「スオウ、毎年チョコレートくれる」
本人たちはしれっと言っていますが送った側の気持ちを何一つ考慮していない行為ですね、サクラ真顔。
「横領だ」
「ぼくまものだけどそうおもう」
いつもより冷めた口調で言い切った後、
「私はバレンタインは結構好きよ?」
コキが奥の部屋からひょっこり顔を出してきて、サクラとどりぴはすぐさまそちらに目を向けます。
「リーダー!? そーなん!? リーダーってバレンタイン文化のない国の出身って聞いたから意外だな!」
「そうね、特定の日にチョコレートを送り合う文化を知ったのはアモロに来てからだったから、馴染みはなかったし最初は意味が分からなかったんだけど……今は一年の中で一二を争うほど好きなイベントになっているわ」
「なんでなんで?」
興味津々にどりぴが尋ねると、コキは得意げに鼻を鳴らし。
「バレンタイン当日から“手作りチョコレート用のチョコレート”が格安で売られ始めるからよ!」
途端にサクラとどりぴの目から光が消えました。スオウは黙ってコーヒーを飲みました。
コキの熱弁は続きます。
「お店によってはバレンタイン当日に在庫を減らしてしまいって理由で値段を何割か下げて売り始めるわ! 次の日になるとほとんどの店が在庫処分セールを始めるからなお得! そして、チョコレートは保存方法さえ間違えなければ日持ちするから大量に買っても問題なし! しばらくワカバのおやつに困らない!」
しっかりと財布を握りしめている彼女に同調する人はいませんね、ワカバだけは目を輝かせてコキを見ています。
「ということで今のうちに安値になっているチョコを確保してくるわ! ワカバも行く?」
「行く」
「じゃあ行きましょ、こういうのは無くなるのが早いから」
「わかった」
とんとん拍子で話が進んでコキとワカバは宿から出て行ってしまい、冷めた目をしているサクラとどりぴとスオウだけがこの場に残りました。
「……なんで、リーダーとわかって、付き合い始めてもイベントに色気がないんだろうな」
「付き合ってない時間が長すぎて、そっちが自然になっているとああいう有様になるのよ。覚えておきなさい、損しかないから」
「そんなんだ」
その日の夜。
「ハッピーバレンタインデーですわ! 今年はサクラちゃんと一緒にチョコレートクッキーを作りましたの!」
「いらない」
アーマンの宿の共有スペースに集まったキャンバスの面々にクレナイが放った一言は、スオウに一蹴されました。
「あら、スオウちゃんってば間髪入れずにお断りしなくても……サクラちゃんは味付けをしていませんし、念のためにワタクシも試食して味を確認しましたから、警戒しなくても大丈夫ですのよ?」
「じゃあ貰うわ」
クレナイが差し出したクッキーが入った袋をスオウは奪うように受け取ったのでした。
一連のやり取りをしっかり見ていたサクラは遠い目をしており、
「……なんでウチの料理って腫れ物扱いされてるん?」
「味がミラクルでマジカルのランダム属性付きの料理は警戒されて当然だから」
コキは淡々と答えてからクッキー入りの袋を開けてみると、見覚えのある形を見つけたので一つ取り出してみます。
「あら、ドリアン型」
「味つけは全然させてもらえなかったけど! 型抜きはめっちゃくっちゃ頑張ったし! これはどりぴ型!」
「へえ〜可愛いじゃない」
「こっちはケセランパサランで〜こっちはデフォルメした森ネズミで〜」
「うんうん」
「これは雷雲の竜頭!」
「なんで!?」
コキ絶叫。
ちなみに雷雲の竜頭は破滅を呼ぶ凶竜という三つ首竜から生えている頭の一つです。生息地は交易都市ダマバンド。
驚きすぎて固まるコキの横で、カヤは黙ったまま袋から雷雲の竜頭型のクッキーを取り出しておりまして、
「ほ、本当だ……雷雲の竜頭だ……再現度が高すぎる……」
クオリティの高さに顔を引き攣らせていました。
「本当はな、残り二つの頭も作って三つ揃えてやりたかったんだけどな? 生地も足りなかったし時間もなかったから雷雲の竜頭だけにしたんだよなあ」
悔いは残っているのか少しだけ視線を落としているサクラでしたが、カヤもコキも顔を引き攣らせたままです。
「そ、そうなんですね……」
「バレンタインに三つ首竜をチョイスするセンスって何なのよ……」
「男児でしょ」
心底興味なさそうに言ったスオウはクッキーの型を見ようともせずに食べていました。
「ぼくまものだけどクッキーたべてる」
どりぴもテーブルの上でクッキーを食べています。自分と同じ形をしたクッキーを。
なお、ワカバは皆が貰った袋よりも二回りも大きな袋を抱えており、中のクッキーをしっかり噛み締めて食べていました。
「おいしい」
ご満悦です。
「それから! カヤちゃんにはワタクシからの本命も贈呈しますわ! 今年はガトーショコラを焼いてみました!」
この瞬間が待ち遠しくてたまらなかったのか、クレナイはとびきりの笑顔のまま箱をカヤに差し出します。
綺麗にラッピングされた赤い箱、リボンはピンク、リボンに結ばれたメッセージカードには「クレナイより愛を込めて♡」と可愛い字体で書かれていました。
箱だけで彼女の本気と入れ込み具合を察したのでしょう。カヤは微笑みながらそれを受け取ります。
「ありがとうございます。今年もまた、可愛らしくて豪華ですね」
「はい! 常日頃からカヤちゃんへの愛を表現していますが、バレンタインは普段より一層! カヤちゃんへのワタクシの愛を形にするために全力を尽くしましたわ! お菓子の美味しさはもちろんラッピングもこだわっていますの! 包装が派手すぎるとカヤちゃんが困ってしまうので自重しましたが!」
「そうですね」
「本当は、男の首をいくつか使ってワタクシの愛があれば男を全て滅ぼすことも容易いという表現もしたかったのですが、サクラちゃんとのクッキー作りもありましたし調達する時間がなく……惜しいですわ……」
「クレナイさんの手作りお菓子をダストシュートすることにならなくて本当によかったです」
目を伏せるクレナイにカヤは淡々と答えました。目は笑ってなかったのでコキとサクラは息を飲みました。
「とにかく、今年も普通のお菓子で安心しましたよ。これは後で部屋で一緒に食べましょうね」
「はい! 来年は等身大チョコに挑戦しますわ!」
「しないでください。絶対にしないでください」
クレナイの技量と熱意があれば、本当に等身大チョコレートが作れそうだとキャンバスの面々全員は思いました。本気にされるとカヤが困ることになるので言いませんが。
「それから……その、私からもクレナイさんに渡す物がありまして」
「はい!! なんでしょうか!! カヤちゃんからの贈り物であれば飴の包み紙でも部屋の隅のある埃でもまつ毛一本でも天寿を全うするまで大切に保管しますが!!」
「ゴミはちゃんと捨ててくださいね」
クレナイを一切見ずに言ったカヤは、ガトーショコラが入った箱をテーブルに置いてから二階へと上がっていきます。
しばらくして、戻ってきました。
小さな花束を持って。
「えっ?」
これにはクレナイだけでなく見守りに徹していたコキたちも驚きの声を上げて、目を丸くさせていました。
「食べられる?」
ワカバだけは趣旨が異なっていましたが。
「食べられませんよ。これはごく普通の花束ですから」
「おー、なんで?」
「お菓子を手作りする技量は私にはなかったので」
「なるほど」
ワカバは納得してから再びクッキーを食べ始めました。
「ということで、私からのバレンタインプレゼントです。受け取ってください」
「え、へ……は、はい……!」
動揺しながらもクレナイは花束を受け取り、形を崩さないようにしつつしっかりと抱きしめました。
いつもの彼女には似合わない静かな姿にカヤは首を傾げ、
「どうしたんですか?」
少しだけ不安げに尋ねると、クレナイは答えます。
「そ、その……カヤちゃんから花を贈られるなんて思ってなかったもので……喜びの前に驚きが来てしまいましたの……」
受け取った花束をうっとりと見ながら頬を染めているのが分かり、カヤは安堵の息を吐きます。
「クレナイさんは、想定外のことには本当に弱いですからね」
「ええ……でも、嬉しい気持ちは本当ですわ。ありがとうございます、カヤちゃん」
「貴女にはいつも色々な物や気持ちを頂いてばかりですから、お返しがしかっただけですよ。喜んでもらえたなら、よかった」
カヤも微笑んで返し、バレンタインにチョコレートよりも甘い空間が広がったのでした。
そして、カヤが送ったピンク色のチューリップの花言葉の意味に気付いたクレナイが悶えることになるのを、この時はまだ誰も知りません……。
「こういうのだよこういうの! リーダーもちゃんと見習った方がいいって!」
「お黙れ」
思うところがあったのか余計なお節介だと煩わしく思ったのか……コキはサクラの足を軽く蹴ったのでした。
余談ですが、バレンタイン当日と翌日に買い溜めしていたチョコレートは、ワカバに三日経たずに全て食われてしまったそうです。
2025.2.14
「バレンタインだからチョコレートのお菓子を作るぞ!」
「ぼくまものだけどおかしつくる」
アーマンの宿のど真ん中、という共有スペースで意気込んでいるのはいつものサクラ。頭の上にはいつものどりぴ。
それを非常に冷めた目で見ているのは、占い業に行く前にコーヒーで一服をしているスオウです。
「アンタがお菓子を錬成したら得体の知れない味の何かができるだけでしょうが」
「すーちん! お菓子に錬成って単語は使わないっしょ!」
「アンタの場合は使うのよ。何でシフォンケーキを食ったら焼きタラコとオレンジピールの味がするのよ」
「わかんない」
答えたのはどりぴでした。
「すーちんもたまにはやろーぜお菓子作り! 今、くれっちがかやぴにプレゼントするチョコ作ってるからさ〜みんなでやったら楽しいって!」
「なんでわざわざ手作りだなんて面倒なことするのよ。てゆーか、アタシは作って渡すより捧げられる方がいいんだから巻き込まないでくれる」
「わかった! じゃあ渾身の一作品を作ってすーちんに捧げるな!」
「アンタのは絶対にいらない」
サクラを見ずに吐き捨てるように言えば、階段を軽快に降りてくる音。
「バレンタインバレンタイン♪ チョコレートいっぱい♪」
非常に上機嫌のワカバでした。彼女はスオウを見るなり期待を込めた眼差しで。
「チョコレート」
なんて催促しながら彼女の元まで行ってしまうではありませんか。
当然、スオウは大きなため息を吐きまして。
「それは今日の占いが終わって帰ってきてから。夜まで待ってなさい」
「わかった」
大きく頷いて納得しましたが、サクラとどりぴは説明し辛い不思議な生物を見るような眼差しでその光景を眺めています。
「わか、すーちんはチョコを捧げる側じゃなくて捧げられる側だからチョコをねだっても貰えないっしょ」
「ぼくまものだけどそうおもう」
「う?」
ワカバ本人は首を傾げてきょとん。言葉の意味は理解できても言っている理由が理解できない様子。
スオウ、本日二度目のため息。
「アタシは毎年常連からチョコを貢がれているんだけど、そんなにたくさん食べる気がないから全部ワカバにあげてるのよ。アタシはもらったチョコを処理できて、ワカバはチョコが食べられるっていう双方にとって得しかない取引を毎年やってるってワケ」
「スオウ、毎年チョコレートくれる」
本人たちはしれっと言っていますが送った側の気持ちを何一つ考慮していない行為ですね、サクラ真顔。
「横領だ」
「ぼくまものだけどそうおもう」
いつもより冷めた口調で言い切った後、
「私はバレンタインは結構好きよ?」
コキが奥の部屋からひょっこり顔を出してきて、サクラとどりぴはすぐさまそちらに目を向けます。
「リーダー!? そーなん!? リーダーってバレンタイン文化のない国の出身って聞いたから意外だな!」
「そうね、特定の日にチョコレートを送り合う文化を知ったのはアモロに来てからだったから、馴染みはなかったし最初は意味が分からなかったんだけど……今は一年の中で一二を争うほど好きなイベントになっているわ」
「なんでなんで?」
興味津々にどりぴが尋ねると、コキは得意げに鼻を鳴らし。
「バレンタイン当日から“手作りチョコレート用のチョコレート”が格安で売られ始めるからよ!」
途端にサクラとどりぴの目から光が消えました。スオウは黙ってコーヒーを飲みました。
コキの熱弁は続きます。
「お店によってはバレンタイン当日に在庫を減らしてしまいって理由で値段を何割か下げて売り始めるわ! 次の日になるとほとんどの店が在庫処分セールを始めるからなお得! そして、チョコレートは保存方法さえ間違えなければ日持ちするから大量に買っても問題なし! しばらくワカバのおやつに困らない!」
しっかりと財布を握りしめている彼女に同調する人はいませんね、ワカバだけは目を輝かせてコキを見ています。
「ということで今のうちに安値になっているチョコを確保してくるわ! ワカバも行く?」
「行く」
「じゃあ行きましょ、こういうのは無くなるのが早いから」
「わかった」
とんとん拍子で話が進んでコキとワカバは宿から出て行ってしまい、冷めた目をしているサクラとどりぴとスオウだけがこの場に残りました。
「……なんで、リーダーとわかって、付き合い始めてもイベントに色気がないんだろうな」
「付き合ってない時間が長すぎて、そっちが自然になっているとああいう有様になるのよ。覚えておきなさい、損しかないから」
「そんなんだ」
その日の夜。
「ハッピーバレンタインデーですわ! 今年はサクラちゃんと一緒にチョコレートクッキーを作りましたの!」
「いらない」
アーマンの宿の共有スペースに集まったキャンバスの面々にクレナイが放った一言は、スオウに一蹴されました。
「あら、スオウちゃんってば間髪入れずにお断りしなくても……サクラちゃんは味付けをしていませんし、念のためにワタクシも試食して味を確認しましたから、警戒しなくても大丈夫ですのよ?」
「じゃあ貰うわ」
クレナイが差し出したクッキーが入った袋をスオウは奪うように受け取ったのでした。
一連のやり取りをしっかり見ていたサクラは遠い目をしており、
「……なんでウチの料理って腫れ物扱いされてるん?」
「味がミラクルでマジカルのランダム属性付きの料理は警戒されて当然だから」
コキは淡々と答えてからクッキー入りの袋を開けてみると、見覚えのある形を見つけたので一つ取り出してみます。
「あら、ドリアン型」
「味つけは全然させてもらえなかったけど! 型抜きはめっちゃくっちゃ頑張ったし! これはどりぴ型!」
「へえ〜可愛いじゃない」
「こっちはケセランパサランで〜こっちはデフォルメした森ネズミで〜」
「うんうん」
「これは雷雲の竜頭!」
「なんで!?」
コキ絶叫。
ちなみに雷雲の竜頭は破滅を呼ぶ凶竜という三つ首竜から生えている頭の一つです。生息地は交易都市ダマバンド。
驚きすぎて固まるコキの横で、カヤは黙ったまま袋から雷雲の竜頭型のクッキーを取り出しておりまして、
「ほ、本当だ……雷雲の竜頭だ……再現度が高すぎる……」
クオリティの高さに顔を引き攣らせていました。
「本当はな、残り二つの頭も作って三つ揃えてやりたかったんだけどな? 生地も足りなかったし時間もなかったから雷雲の竜頭だけにしたんだよなあ」
悔いは残っているのか少しだけ視線を落としているサクラでしたが、カヤもコキも顔を引き攣らせたままです。
「そ、そうなんですね……」
「バレンタインに三つ首竜をチョイスするセンスって何なのよ……」
「男児でしょ」
心底興味なさそうに言ったスオウはクッキーの型を見ようともせずに食べていました。
「ぼくまものだけどクッキーたべてる」
どりぴもテーブルの上でクッキーを食べています。自分と同じ形をしたクッキーを。
なお、ワカバは皆が貰った袋よりも二回りも大きな袋を抱えており、中のクッキーをしっかり噛み締めて食べていました。
「おいしい」
ご満悦です。
「それから! カヤちゃんにはワタクシからの本命も贈呈しますわ! 今年はガトーショコラを焼いてみました!」
この瞬間が待ち遠しくてたまらなかったのか、クレナイはとびきりの笑顔のまま箱をカヤに差し出します。
綺麗にラッピングされた赤い箱、リボンはピンク、リボンに結ばれたメッセージカードには「クレナイより愛を込めて♡」と可愛い字体で書かれていました。
箱だけで彼女の本気と入れ込み具合を察したのでしょう。カヤは微笑みながらそれを受け取ります。
「ありがとうございます。今年もまた、可愛らしくて豪華ですね」
「はい! 常日頃からカヤちゃんへの愛を表現していますが、バレンタインは普段より一層! カヤちゃんへのワタクシの愛を形にするために全力を尽くしましたわ! お菓子の美味しさはもちろんラッピングもこだわっていますの! 包装が派手すぎるとカヤちゃんが困ってしまうので自重しましたが!」
「そうですね」
「本当は、男の首をいくつか使ってワタクシの愛があれば男を全て滅ぼすことも容易いという表現もしたかったのですが、サクラちゃんとのクッキー作りもありましたし調達する時間がなく……惜しいですわ……」
「クレナイさんの手作りお菓子をダストシュートすることにならなくて本当によかったです」
目を伏せるクレナイにカヤは淡々と答えました。目は笑ってなかったのでコキとサクラは息を飲みました。
「とにかく、今年も普通のお菓子で安心しましたよ。これは後で部屋で一緒に食べましょうね」
「はい! 来年は等身大チョコに挑戦しますわ!」
「しないでください。絶対にしないでください」
クレナイの技量と熱意があれば、本当に等身大チョコレートが作れそうだとキャンバスの面々全員は思いました。本気にされるとカヤが困ることになるので言いませんが。
「それから……その、私からもクレナイさんに渡す物がありまして」
「はい!! なんでしょうか!! カヤちゃんからの贈り物であれば飴の包み紙でも部屋の隅のある埃でもまつ毛一本でも天寿を全うするまで大切に保管しますが!!」
「ゴミはちゃんと捨ててくださいね」
クレナイを一切見ずに言ったカヤは、ガトーショコラが入った箱をテーブルに置いてから二階へと上がっていきます。
しばらくして、戻ってきました。
小さな花束を持って。
「えっ?」
これにはクレナイだけでなく見守りに徹していたコキたちも驚きの声を上げて、目を丸くさせていました。
「食べられる?」
ワカバだけは趣旨が異なっていましたが。
「食べられませんよ。これはごく普通の花束ですから」
「おー、なんで?」
「お菓子を手作りする技量は私にはなかったので」
「なるほど」
ワカバは納得してから再びクッキーを食べ始めました。
「ということで、私からのバレンタインプレゼントです。受け取ってください」
「え、へ……は、はい……!」
動揺しながらもクレナイは花束を受け取り、形を崩さないようにしつつしっかりと抱きしめました。
いつもの彼女には似合わない静かな姿にカヤは首を傾げ、
「どうしたんですか?」
少しだけ不安げに尋ねると、クレナイは答えます。
「そ、その……カヤちゃんから花を贈られるなんて思ってなかったもので……喜びの前に驚きが来てしまいましたの……」
受け取った花束をうっとりと見ながら頬を染めているのが分かり、カヤは安堵の息を吐きます。
「クレナイさんは、想定外のことには本当に弱いですからね」
「ええ……でも、嬉しい気持ちは本当ですわ。ありがとうございます、カヤちゃん」
「貴女にはいつも色々な物や気持ちを頂いてばかりですから、お返しがしかっただけですよ。喜んでもらえたなら、よかった」
カヤも微笑んで返し、バレンタインにチョコレートよりも甘い空間が広がったのでした。
そして、カヤが送ったピンク色のチューリップの花言葉の意味に気付いたクレナイが悶えることになるのを、この時はまだ誰も知りません……。
「こういうのだよこういうの! リーダーもちゃんと見習った方がいいって!」
「お黙れ」
思うところがあったのか余計なお節介だと煩わしく思ったのか……コキはサクラの足を軽く蹴ったのでした。
余談ですが、バレンタイン当日と翌日に買い溜めしていたチョコレートは、ワカバに三日経たずに全て食われてしまったそうです。
2025.2.14