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魔族、思い出を掘り返される

 冒険者の朝は早い。
 と言うのも、冒険者ギルド掲示板のクエスト用紙は朝の早い時間帯か夜の日が沈んだ頃の時間帯にに張り出される決まりになっているため、そのタイミングで掲示板を確認しに行かなければ内容も報酬も美味しいクエストにあり着けないからです。
 そのためクエスト用紙が張り出される時間帯は冒険者が多く集まり、取り合いになることもしばしば。
 誰よりも先に報酬の良いクエストを確保したい焦りから内容を確認せずにクエストを受けてしまい、後に泣き目を見るのは新人冒険者の洗礼としてあまりにも有名な話。とはいえ内容と報酬を吟味していれば美味しいクエストを先に持って行かれてしまうというリスクも生じます。
 先を越されたくない一心で急いで報酬だけ選んでクエストを選ぶか、先を越されるリスクを冒してじっくり選ぶかは冒険者のスタンスに委ねられていました。





 前置きはこのくらいにして、封印の地のサバイバル生活を脱したことでギルド内ではちょっとした有名人になっているアヤノたち一行はクエスト選びをどうしているかと言うと。
「スムージー美味しい〜」
 クエスト掲示板とはほど遠い、ギルドに併設された酒場にてのんびり朝ご飯の真っ最中。今日のメニューは果実を原型がなくなるまで潰した後に牛乳を混ぜ合わせて作られた特性スムージーです。
「よかったですね」
 アヤノの正面に座るヘヌンシアは面倒くさそうに答えつつ、本物の目玉とアイズの実を程よく焼いてソースかけた特製目玉焼きを頬張っていました。美味しそうに。
 二人だけでのんびり朝食を取っている様子から察せられる通り、彼女たちはクエスト争奪戦に参加してまでクエストを得ようとはしていません。
 冒険者になりたての頃はクエスト争奪戦に参加していたアヤノでしたが、
「こんな息苦しい思いまでしてクエスト取ってたら体が持たないから二度としない! それにこれだと痴漢され放題だから一日に最低でも一回は誰かの右手首を捻じ曲げないといけないし!」
 と、不満を暴風のようにびゅんびゅん吹かせつつ争奪戦辞退を決めました。毎朝手首を負傷する冒険者を出す訳にもいかなかったので。
 この意向に対し、背の低いヤトや面倒臭がりのヘヌンシアやリスクは避けたいミケリィは即答で「異議なし」と返答。このパーティは争奪戦からあぶれたクエストを選ぶスタイルを取ることになったのです。
 かつての英雄の影響もあってかピオーネの冒険者は基本的にソロか二人一組パーティが多いこともあり、四人以上のパーティを推奨するクエストは報酬が良くても選ばれないことが多いで、この判断は得策とも言えるでしょう。
「というかアヤノさんって朝食はスムージーにしていることが多いですよね? 少なすぎませんか? 足りませんよね?」
 ヘヌンシアの疑問にアヤノは大きな胸を張って答えます。
「朝に食べ過ぎちゃうと気分が悪くなる時がたまにあるんだよね、だから量的に足りないって自覚は持ちつつも健康と仕事のために抑え気味にしているんだよ!」
「封印の地でサバイバルをしている時は朝からガッツリ食べてませんでした?」
「それはそれ、これはこれ。あの時は贅沢言ってられなかったからね〜、食べれる時に食べておかないとっていう意識のお陰で体調が崩れなかったのかも」
「精神論ですか。一番信用できないやつですね」
 淡々と返して目玉を一口。小型の魔物の目玉を使っているため一口で食べ切れます。
「でもねヘヌくん。お腹の容量的にはあんまり足りてないけど栄養はちゃんと足りてるってミケちゃんは言ってたよ? ダンジョンで作ってたのとは違ってこっちのスムージーは牛乳とか色々混ぜてあるし」
「栄養価が足りているなら途中でガス欠の心配はなさそうですね、安心しました」
「それよりも、果物とキノコだけをすり潰して混ぜて冷やしただけの飲み物をスムージーと呼んでよかったのかって、かつての冒険メシを思い出しながら考えちゃうんだけど」
「深く考えない方が良いかと」
 サバイバル生活をしていた当時は地上の食事が恋しくて無理矢理それっぽい料理を作って再現したこともありました。しかし、ヘヌンシアの微妙な表情から見て取れるようにその全てが良い思い出ではありません、詳細は割愛。
 何食わぬ顔でそれを見るアヤノはスムージーを一口飲んでからコップをテーブルに置きます。
「今こそ好きな時に好きな物が食べられる生活に戻ってはいるけど、ちょっと前まではこのスムージーを飲みたい時に飲むことができない生活だったよね」
「……」
「だからこのスムージーも、ヘヌくんの目玉焼きも、一口一口を大切に愛しく噛み締めながらじっくり食べていかなくっちゃ」
「でも大切に食べ過ぎて料理が冷めてしまったら美味しさが半減してしまいますよね。スムージーのような冷たい食べ物も時間が経てばぬるくなって美味しくなくなりますよ」
「そんな勿体無いことしたらバチが当たりそうだね! やめよう!」
 速攻の前言撤回。そしてスムージーを飲み干し有言実行。
「甘くて美味しかった! ご馳走様〜」
 コップをテーブルに置いてから笑顔で手を合わせて完食宣言。「食事」という重大な儀式を終えた後はいつも大きな目標を達成した後のような表情を浮かべるのが彼女の今の生き様でした。
「ただの健康食品にしか見えないスムージーでも高級ステーキを食べた時のように満足そうに完食するのは才能ですね」
「ご飯が美味しかったら自然と“美味しいなあ”って気持ちが顔や声に出るものだからね!」
「感情表現が豊かなことで。さぞ生きにくい生活をしてきたことでしょうね」
「美味しいものを食べてリアクションが豊富になったのは封印の地で遭難したことが原因というかきっかけだからつい最近からのことなんだよ?」
「微妙にリアクションが取りづらい補足を入れてこないでくださいよ」
 ヘヌンシアからのクレームは目を逸らして知らんぷり。
 アヤノは封印の地で餓死しかけた際、飢えを凌ぐため蛆の湧いた魔物の死肉にかじりついたことのある人間なのです。
 だから、普通の食べ物の有り難みを誰よりも理解し、敬愛もしているのです。
「知らないフリしないでくださいよ、ちょっと」
「怒らないでよ。話を振ってきたのはヘヌくんなんだから」
「話を始めた本人でも自分が返しにくい答えを言われた際にはクレームを入れる権利ぐらいはあります。理不尽という非道に対して怒りを示すのは全ての生き物における権利ですよ」
「納得するしかないことを言われちゃうと困るなあ」
 頬を軽く膨らませて言った矢先、アヤノの目についたのは残り少なくなった目玉焼き。
「ヘヌくんって朝ご飯にいつもそれ食べてるけど、朝からそれなりにガッツリ食べて大丈夫?」
「俺は朝を抜くと力が出なくなりますから量としてはこれぐらいが丁度いいんですよね。それに、ソースも含めてあっさりとした味付けなので食べやすかったりします」
「へー!」
 目を輝かせるアヤノ。時折無垢な子供のような無邪気な反応をするのも彼女の数多い魅力でしょう。
 味と量は問題ないとはいえ本物の魔物の目玉を使った上に赤いソースが相まった不気味なビジュアルに全く言及しないのは、かつての遭難した際の過酷な食生活が影響してゲテモノに完全耐性が付いているからですね。
 そういった耐性がない他の冒険者の顔色はやや悪く、彼女たちがいるテーブルにはなるべく近づかないようにと常に一歩引いて距離を取っています。
 周囲が引き気味でも気にせず己の食生活を貫くヘヌンシア、目玉焼きに添えられているアイズの実をフォークで刺すと、
「アイズの実、食べます? ここの目玉焼きは付け合わせのアイズの実を食べやすいように柔らかく調理してあるので皮ごとイケますよ」
 そう言ってフォークに刺さったアイズの実をアヤノに向けます。
 となればアヤノの反応は当然、
「やった! 食べる食べる!」
 すぐに席から腰を上げて身を乗り出し、差し出されたアイズの実にパクリと食いつきました。
 長い付き合い故に再度確認などしなくても「あげると言ったら絶対にくれる」という確信があるのです。信頼とも言えますね。
 通常よりも小さいアイズの実は一口でアヤノの口の中に収まり、
「おいしい!」
 嬉しそうに感想を述べるとヘヌンシアは、
「それはよかった」
 感想に感想を返しました。
 なお、周囲からすればこの光景は例えるなら「カップルがデート中に食事をする際に“あ〜ん”して食べさせてあげている」という光景にしか見えないため、アヤノに惹かれている冒険者たちがとても羨ましそうな目で眺めています。男女問わず。
 羨望の眼差しを一身に受けるヘヌンシア。彼は自身の行動によって生じた周囲の印象を否定したりはしません。
 最後のひとつの目玉をフォークで刺し、振り向き様にぱくりと食べました。一口で。
 ただし「俺は可愛いアヤノさんとイチャイチャしながら朝ご飯を食べることができますよ。なんなら間接キスもできちゃいますよ」と自慢するように。フォークを口に咥えたままニヤリとほくそ笑みながら。
 羨望の感情が嫉妬と怒りへ静かに変貌した時、
「アタシを自慢したいからって無言で周りを煽らないの」
 当然アヤノに叱られましたがヘヌンシアは弁解すらしません。フォークを空になった皿の上に戻して「ご馳走様でした」と完食宣言するのでした。
「変な恨みを買ってもアタシは知らないからね?」
「昔から理不尽な恨みを買いまくって慣れているので大丈夫です。つーか、これに関する恨みなんてただの負け惜しみなので痛くも痒くもありませんって」
 そう発言すればひとりの冒険者が今にも殴りかかりそうな形相になりましたが、ここで逆上すれば本当の意味で情けない敗北者になってしまうと仲間に止められ、喧騒は避けられました。
 昔から買い続けている恨みは断じて理不尽なモノではないと何人もの冒険者が思う中。
「優越感ってヤツね。アタシを独り占めできている満足感が周囲に嫉妬されて恨まれている恐怖を一時的に忘れ去ることができるって感じかな、究極のポジティブ精神にも取れる」
 とても真面目に考えを述べてくれたアヤノ。深刻なツッコミ不足なのはヤトがいないせいです。
 言いたいことは山ほど出てきたヘヌンシアですがあえて言及せず、小さなため息を吐くだけ。
「これよりも身に覚えのない勝手な恨みをぶつけられてボコボコにされていただけなんですけどね。姉たちに“クソザコの分際で私たちよりも魔力持ってんじゃねーよ!”って、すれ違いざまに殴られるなんてしょっちゅうでしたもの」
 淡々とした否定によりアヤノは真顔になりました。
 なんとも言えない微妙な空気が流れ、他の冒険者たちも釣られて嫉妬心を失いつつあった刹那、
「お兄様! お姉様!」
 酒場の入り口から響くのは活発さの中に気品さも併せ持っている少女の声。
 聞き覚えのある声に真っ先に反応したアヤノとヘヌンシアは同時に視線を向け、想像通りであった声の主の名を叫びます。
「ゆーちゃん?」
「ユーワン!?」
 名を呼ばれた少女は真っ直ぐに二人を見ると同時に足早に近付いて行き、あっという間にテーブルの元へ到着しました。
「お久しぶりですわ、ヘヌンシアお兄様、アヤノお姉様!」
 ライトグリーンの長い髪を右頭頂部で白いリボンで結っている少女は、羨望の色に染まっている金色の瞳をアヤノたちに向けています。
 服装はミニスカート丈の水色ワンピース、同じ色のブーツには口の部分にオレンジ色のリボンと膝当てらしき金属板があしらわれており、リボンと同系色のタイツはガーターベルトでしっかり止めています。冒険者をしつつオシャレをする女の子らしい服装と言えますね。
 彼女の名前はユーワン、ヘヌンシアの妹でアヤノをお姉様と慕う魔族の少女です。
 魔王の子であるヘヌンシアの妹ということは当然彼女も魔王の子。既に次期魔王は決まっているため王位継承権はありません。
 外見こそ人間と見分けがつきませんが、これは魂の一部を移した人形を使って作り出した仮の姿。
 ユーワンは、魔界から追放されたヘヌンシアお兄様に会いに行こうにも、かつて魔界に攻め込んできた勇者たちがかけた呪いによって魔界から出ることができず、悔しい想いを募らせていました。
 そこで、自身の分身を作って別世界に送る方法を実現させた結果、今もこうしてヘヌンシアお兄様に会えているということです。
 早い話が強めのブラコンでした。
「ひさしぶりゆーちゃん! 最近は全然こっちに来れてなかったけど忙しかったの?」
 アヤノがにこやかに挨拶を会話を挟みつつ隣の席に座るように促せば、ユーワンは当然のようにアヤノの隣に座ります。
「ええ、ちょっと仕事が立て込んでいましたの。この時期はよく送られてくるので」
「送られてくる……?」
 疑問符で終わったアヤノの顔は引きつっていました。正確にはユーワンが「仕事」と言った辺りで。
 そこですかさずヘヌンシアが補足。
「今って魔界では税を納める時期なんですよ。税は国や地域ごとに納めないといけないという法律があって、税の量や額は国や地域の収益によって大きく変動します。で、少しでも出費を抑えるために悪知恵を働かせる魔族も少なからずいる訳でして」
「脱税は立派な犯罪ですわ。しかもそのような魔族が各地でわんさか出てしまうので、ワタクシたちはどうしても多忙になってしまうワケで」
「絶対にバレるのにどうしてこうも隠れてコソコソ狡い真似をするのやら、俺には理解できませんよ」
 世間話の最中、アヤノは表情を凍り付かせ固まってしまったのでヘヌンシアは話を止めます。
「アヤノさん? あれ、どうしました? まさか税の話も分からないほどアホじゃないですよね?」
「……魔界って税金あるんだ……なんかリアリティがあって残念……」
 夢破れ現実を突きつけられたように肩を落としてガッカリしていました。
 ユーワンはきょとんとしているだけですが、ヘヌンシアはため息をついて、
「どこの国にもあるに決まってるでしょうが。魔界だからと言っても金がないならどこかから略奪すればいいという精神だけで経済を回しているんじゃないんですよ」
「そうなんだ! へー!」
「いつも思うんですけどアナタは魔界のことをどんな世界だと誤認しているんですか?」
「理不尽と絶対な暴力で混沌化するはずなのに法というチートがあることでギリギリの均衡と平穏を保っている矛盾した魔境」
「合ってるから困るな……」
 反論の余地を失いました。
 兄が気まずい顔で目を逸らしてしまいましたが妹は何も気にしません。
「確かにこの時期は繁忙期ですわ、でもワタクシはお仕事を頑張ったので予定よりも早くお休みを頂いてお兄様やお姉様に会いに行けましたの! 努力の賜ですわ!」
 後に褒められることが当然だと確信を持つ子供のように得意げに話しましたがアヤノの表情は微妙なままです。
「あー……お仕事頑張ったんだゆーちゃん。つまりその、迅速に……やったの?」
「はい!」
 即答すればアヤノは弱々しく笑って、
「そっかあ……ゆーちゃんはすごいなあ、本当にすごい、アタシには真似できないやあ」
「ふふん、ワタクシのことはもっと褒めてもいいんですのよお姉様っ!」
「えらーい」
 軽い口調で褒めつつ軽く手を叩く控えめな称賛でも、ユーワンにとっては全世界の生き物から一斉に褒め称えられているのと同等の価値があります。少女は無い胸を張りながら甘美な言葉で満たされていくのでした。
 そんな微笑ましい光景を見るヘヌンシアは、
「くっ……俺は……兄なので……! 羨ましいと思っても羨ましいと言うだけしかできないんだ……だって、俺はユーワンの兄だから……妹の幸福を摘み取ってはいけいない……兄だ、から……っ!」
「歯を食いしばるぐらい悔しいなら別の話題を出してもいいんだよ、ヘヌくん」
「ところでユーワン今日はアヤノさんに褒めてもらうためだけに来たのか?」
 一才の迷いもなくすぐさま話の変更を切り出しました。迅速な判断でした。
 アヤノの賞賛に酔いしれていたユーワンは大好きなお兄様の疑問にすぐさま答えます。
「違いますわ! これも大切ですがこちらも大切! ワタクシはアヤノお姉様の手料理が食べたくって来ましたわ! お姉様の手料理を食べるためにこの人形の体を飲食可能にしてもらったと言っても過言ではないぐらい、お姉様の手料理が食べたいんですの!」
 そして力説、ヘヌンシアは大きく頷いて納得するのでした。
 手料理と聞いてアヤノの表情はパッと明るくなります。
「そっかそっか! 任せて得意分野だから! 今夜何か作ってあげるね!」
「ホントですの!? 後で予定変更とかしないでくださいね!」
「わかってるよ。でも今後の予定よりも先に直近の予定を決めなきゃいけないんだけどね」
「え? ギルドのお仕事ではありませんの?」
 首を傾げるユーワンに答えたのはヘヌンシアです。
「ギルドで仕事を受けようと思ってたんだけど今日はヤトさんもミケリィさんもいなくて俺とアヤノさんだけでさ。朝食後にどうするか決めることにしてたんだよ」
「ヤトちゃんは教会のボランティアに行っちゃって、ミケちゃんはいつもの飲食店のバイトだってえ」
 そう言ったアヤノは心底退屈そうに体を伸ばし、テーブルの上に伏せてしまいました。
 するとユーワンは手をぽんと軽く叩きます。
「なるほど、ではミケリィお姉様とちびっ子に代わってワタクシがギルドのお仕事のお手伝いをさせていただきますわ! 魔物退治とかおまかせあれですわ!」
 なんて高らかに宣言すればヘヌンシアが即座に反応して立ち上がり、
「は⁉︎ お前、大丈夫なのか⁉︎ 俺よりも戦闘慣れしてないっつーのに⁉︎ 俺たちに気を遣って無理しなくてもいいんだぞ⁉︎」
 なんて早口で心配するものですからアヤノは顔を上げて、微笑ましいなと思いつつ眺めるのでした。
 兄の心配を他所にユーワンは再び無い胸を張ります。
「お兄様、ご心配には及びませんわ。この人形の体はある程度改良されているので多少の魔法は使えますの。強力な力はありませんがお兄様たちの足を引っ張ることはありませんわよ!」
「地元にいた時よりも単純に弱体化されてそうで心配なんだけど」
「まあまあ、冒険する時の人数は多い方が楽しいし、ゆーちゃんだってやる気なんだから無下にするのは可哀想だよ」
「アヤノさん……」
 説得されたことで意気消沈したヘヌンシアが腰を下ろすとアヤノは小声で、
「なるべく弱い魔物の討伐依頼とかにするから、ゆーちゃんが悟らない程度のレベル低めのやつ」
 ユーワンに聞こえないように囁けばヘヌンシアはほっと息を吐きます。
「ああ……それなら安心ですね」
「なっ⁉︎ お兄様とお姉様だけで内緒話なんてズルいですわ! 何のお話ですの⁉︎」
 椅子から立ち上がって抗議するユーワンですが、アヤノは振り向きつつ右手人差し指を口元に当て、
「ナイショ」
 ウィンクしてイタズラっぽく答えました。
「内緒なら仕方ありませんわね」
 そして少女は椅子に腰を降ろします。アヤノが相手では驚くほど引きが良いです。
「朝食も食べ終わったことですし、そろそろ掲示板に向かいますか」
「だね。めぼしい依頼はもうないだろうけど」
「あ! 掲示板に行く前にお兄様に報告しておきたいことがありますの」
「なんだ?」
「魔王の戴冠式が来月に決まりましたわ」
「へえ」
 まるで「床の隅に雑巾が落ちていますよ」と言われた後のように心底どうでもいい反応が返ってくるだけでした。
 それとは正反対にアヤノは自分のことのように喜びます。
「やっと戴冠式するんだ! 長かったね!」
「ワタクシたちの予定や他の準備とかがありましたので、思ったより時間がかかってしまいましたわ」
「やっぱり色々と決めないといけないこととかあるんだね?」
「ありますわ。相手がお姉様であっても教えることはできませんけど」
「やだなあ、アタシだって聞いちゃいけないことといけないことの区別ぐらいつくよ〜」
 と、世間話を始めてしまったのでヘヌンシアはわざとらしく咳払いをして、
「で、伝えることって戴冠式だけか?」
「おっといけない、ワタクシとしたことが……お兄様もご存じの通り、戴冠式が終わったら法律に則りワタクシたちは実家から出ないといけないので各自引っ越しの準備を進めていますの。ちなみにワタクシは先月に引っ越し作業が終わって今はお母様の地元で暮らしていますわ」
「そうだな」
「それで、お兄様が使っていた部屋はどうすればいいかとなりまして。ご本人がいるというのに勝手に私物を触っても良いものかと」
 王族の会話の割には内容が一般的だなあと思うアヤノ、黙って会話を聞き続けます。
「あー……部屋に残した私物とかは全部まとめて処分してくれたらいいよ」
「はえ? いいんですの?」
「いいよ。流刑されることを望んで罪を負った身だから自室に残した物に未練はないし持ったらいけない。いつか魔界を出るって決めた時から部屋に物はなるべく置かないようにしてたんだよ」
「お兄様……」
「ヘヌくん……」
 どこか寂しそうな目になるユーワンとアヤノですが、
「つーか、自室に物があればある分だけ姉さんたちに悪さされるから不用意に物を置けなかったんだよな。本当に大切な物は肌身離さず持ってたよ」
「……」
「ヘヌくん…………」
 ユーワンは絶句し、アヤノは憐れみの目でヘヌンシアを見つめるのでした。





 一口に魔界と称しても色々ありますが、この魔界はピオーネがある世界とは別の次元に存在していました。
 多くの人間に知られてはいませんが「世界」というのは複数存在しており、常識外的な力を使って行き来することができます。自分が生まれ育った、もしくは生活している土地以外の世界を「異世界」と呼ぶことが多いとか。
 さてこの魔界。強者絶対主義、弱者無人権、魑魅魍魎、酒池肉林をひとまとめにして圧縮した上で二倍にしている世界ですが「法」という魔王でも逆らえない絶対的なモノが存在することで、ギリギリの秩序を保っています。
 この矛盾したヘンテコな魔界こそヘヌンシアの故郷でありユーワンの現在の住まいです。
 その中心部、魔界の心臓部と称しても過言ではない地、魔王城。つまりはヘヌンシアの実家。
 石造の廊下を歩いているのはユーワンと、
「ホントに? ホントにがっさーって捨ててもいいって言ったのか? 本当に本当にホント?」
 何度も何度もしつこく確認を繰り返す青年でした。
 金色の短い髪はところどころ跳ねており、赤色の裾の短いジャケットを着ています。しかしジャケットの前は開いており、上半身はジャケット以外着てないので素肌が丸見えです。
 ぴっちり着込んでいる赤色ズボンの太ももと膝下部分には、竜の鱗のような模様の金属製のプレートを着けています。うっかり油断した時の防御用だと本人談。
 彼の名前はカヌス、他のきょうだいたちとの激しい戦いの末に魔王の正統後継者の座を勝ち取った次期魔王でありヘヌンシアとユーワンの兄。
 そして、全魔族公認の魔界一のブラコンでもあります。
「ホントにホントか? ホントにそう言ったんだよな?」
 見た目も服装もやや軽薄そうで陽気な正確にも見える彼ですが、今は少し不安げでした。
「しつこいですわよ。ワタクシがヘヌンシアお兄様の言葉を間違えたことがありまして?」
 呆れるように答えたのはユーワンでした。今は人形ではなく本体なので水色の可愛らしいドレス姿。腰に巻いた白い大きなリボンがチャームポイントと本人談。髪型は人形の姿と全く同じなのはこれがお気に入りのヘアスタイルだからです。
「もう未練はないとヘヌンシアお兄様は仰っていましたわ。そもそもこれは出ていく前から決めていたことだとも」
「えーなんだか寂しいなー」
「……さては、カヌスお兄様」
「なに?」
 足を止めたユーワンに合わせ、カヌスも一旦立ち止まって妹を見ます。
「ヘヌンシアお兄様が自室に置いた私物を持ってきて欲しいと頼んでいたら、それを口実に会いにいくつもりだったんでしょう?」
 淡々と言い放つとカヌスはふっと視線を逸らし、再び歩き始めます。
「……バレたか」
「バレバレですわよ」
 雑談を交わしつつ二人は魔王城中心部、王族の居住スペースの一角へやって来ました。
 到着した先はヘヌンシアが使っていた部屋の前。
「しかし、部屋の片付け程度ならワタクシたちがしなくても業者に頼めば良かったのではなくって?」
「ここは一応魔王一族のプライベートな空間だから公的に認められてる家臣や使用人じゃないと入れないのは知ってるだろ? でもみんな戴冠式の準備で忙しいし新規の業者を探している暇も手続きをする暇もないからこうして俺たちがやるんだよ。つーか身内の私物は身内が見るものだろ?」
「カヌスお兄様はあれこれ口実を作って滅多なことでは入れなかったヘヌンシアお兄様の部屋を見たいだけでしょう?」
「内緒な!」
 素敵な笑顔で答えました。嘘をついてまで誤魔化そうという抗いの姿勢は一切ありません。とても素直な返答でした。
「そうやってデリカシーがないから叱られるんですわよ?」
「知ってる知ってる!」
「はあ、あの方はどうしてカヌスお兄様をお選びになられたのか……ワタクシは少々理解できませんわ……」
 呆れ果てている最中にカヌスが部屋に入ってしまったのでユーワンは慌てて後を追いかけます。
 そこは、とてもシンプルな部屋でした。
 王族の部屋だけあって広いですが家具は大きなベッドと机とクローゼットだけで他には何もなく、単純に広いだけ。
 バルコニーに続く窓はカーテンが閉まっているため部屋は暗く、ドアを閉めてしまうと完全な暗闇になってしまうことでしょう。
「あらまあ見事に殺風景」
 のんびりと感想を述べるカヌスの横をするりと抜け、ユーワンはカーテンを開けて窓から自然の光を部屋に招き入れます。今日の魔界の空は赤と青が混じった禍々しい色合いの快晴でした。
 部屋に光が入ったところでカヌスは扉を閉め、改めて部屋を見渡します。
「ずっと放置されている割にはそこそこ綺麗だな」
「当たり前ですわ。ワタクシが時々お掃除をしに来ていましたもの」
 ユーワンはカーテンを紐でまとめてから窓を開け、空気の入れ替えを行います。
「そなの? なんで?」
「ワタクシは物心ついた時からこのお部屋でヘヌンシアお兄様と毎日のように遊んでいましたから思い出がたくさんありますの。そんな部屋を放置して、埃を積もらせてしまうのも気が引けてしまって」
 振り向きざまの横顔はほんの少しだけ寂しそうでした。
「ユーワン、お前」
「昔は用もないのに訪れたりもしていましたがヘヌンシアお兄様は当たり前のように受け入れてくれましたし、ヘヌンシアお兄様が不在の時もこっそり訪れてお兄様がいない寂しさを埋めたりもしていましたわ。だからお兄様ご本人以上に思い出があると言っても過言ではありませんの!」
「俺が同じことをすると罵詈雑言の嵐が降ってくるっつーのにな! なんだろうなこの差!」
「それはご自身の胸に手を当てて思案するのがよろしいと思いますわ〜!」
 勝ち誇ったように笑うユーワンですがカヌスにとっては可愛い妹なので嫉妬など醜い真似はしません。すぐに切り替えていきます。
「考えるまでもなく答えが出てることだし! 片付けやるかーパパぱっとね」
「手短に済ませてしまいましょうか。カヌスお兄様だって戴冠式の準備でお忙しいでしょうし」
「いや全然。難しくてややこしいこととか全部任せてるしむしろ“お前はウロウロして変にちょっかいかけて余計なトラブルを増やすから絶対に触るな!”って裁判長とかに言われてるからそれなりに暇」
「……」
「かわいそうなものを見る哀れみな目はやめて。次期魔王も辛いのよ」
 雑談もそこそこに二人は部屋の片付けを始めます。収納してある私物を取り出し処分するだけの作業を。
 作業が始まり、そして終わりました。
「……なくね?」
 そう、ものの五分で。一瞬のような短い作業でした。
 たった五分の捜索で出てきたのは筆記用具と洋服数枚のみ。机の上に並べられました。
 想像以上に手応えのない結果に終わり、カヌスは天井を仰ぎます。
「姉貴たちを警戒するにしても物がなさすぎだろ……? 本ばっか読んでたクセに本もねえじゃん……」
「ヘヌンシアお兄様は欲しい本があれば王都の図書館までわざわざ借りてましたわ。図書館の本なら勝手に捨てられることもないとか」
「それは知ってるけど」
「あら、やはりご存じでしたか」
「お前は俺を何だと思ってるんだ! ブラコンだぞ!」
「ご自身を得意げにブラコンだと称する人はカヌスお兄様以外にきっといませんわ」
 淡々と言ったユーワンは呆れもなければ蔑んでもいません。当たり前のことを当たり前に言っただけの、リアクションが無いとも取れる言い草でした。
「んじゃ、なんでアイツがわざわざここから少し距離のある図書館に通ってたのかは知ってるか?」
「いいえ。子供の頃に質問したことはありますが、答えてくださなかったんですの」
「実はな、姉貴がヘヌンシアが読んでた本をバラバラにしたことがあったけどその本は図書館の本で、後で親父や図書館の司書に滅茶苦茶に叱られたことがあったんだよ。ユーワンが生まれてそんなに時間が経ってない時だったかな? その一件からヘヌンシアは本を読みたい時は絶対に図書館で借りるようになったし姉貴は本には手を出さなくなってさあ〜」
「……」
 ユーワンは無言で引いていました。この場にいない姉を軽蔑する顔で。
「さて、後はこれを片付けて終わり…………あっ」
 カヌスはふと、ベッドに視線を向けます。
 定期的に掃除されているおかげで埃は一切積もっておらず、綺麗に整えられているベッドを。
「カヌスお兄様? どうかしましたの?」
 首を傾げるユーワンを見ず、カヌスは淡々と答えます。
「ベッドの周りって見たか?」
「はい。下とか枕の裏とか確認しましたわ。私物らしきモノはなかったです」
「ホントに何もなかった? 掃除した時に出てきたモノとかもなかった?」
「ありませんわ?」
 どうして念入りに確認するのかとますます首を傾げるユーワンですがカヌスは見向きもせず、彼にしては珍しく神妙な面持ちで思案します。

 ――やはり奴も男の子、ベッド周りに隠しててもおかしくない……姉貴たちやユーワンを警戒して何も置かなかっただけかもしれないが……だが、確認しておかないと気が済まない。

「俺なら……そうだなあ」
「カヌスお兄様?」
 ユーワンの呼びかけも無視しカヌスは早足でベッドの元へ進み、すぐに到着しました。
 ベッドの右隣に立つと、マットレスとベッド本体の間に手を突っ込んだではありませんか。
「カヌスお兄様⁉︎」
「俺ならなあ、ちょっと手間がかかりそうな場所になあ、隠すんだよなあ」
 ごそごそと動かして奥へと進むとやがて硬いものに触れ、その刹那、目がギラリと光ります。
「あったあ!」
 即座に硬いものを掴むと躊躇いもなく引っ張り出します。
 その手が掴んでいたのは箱でした。大きさは約十センチ前後ほど正方形、金属性で無地の箱。
「まあ⁉︎」
 手を口に当てて驚愕するユーワンを横目で見つつ、箱を机に置きました。
「爪が甘いな弟よ、お前は否定するかもしれねえが俺とお前の思考は似てんだよ。大事なものの隠し場所なんて簡単に読めるんだい」
「カヌスお兄様ってば割とすごいですわね」
「わりと」
 ちょっとした引っ掛かりを覚えても言葉にしません。傷付くと分かっているから。
「少しわかりずらい場所に隠しておられたなんてヘヌンシアお兄様もお人が悪いですわね。何が入っているのやら」
「そりゃあもちろん」
 話の流れで箱を開を開けるために蓋に手を伸ばしたカヌスですが、寸前で止まります。

 ――ベッドの下から出てきた箱、つまりは夜にひとりでヤるそれに関係あるやつに間違いない。というかそもそもちょっと気になったから探してみただけなんだよね? いや身内の性癖知りたいとかじゃなくてさ? やっぱり気になるじゃんどんな感じが好きなのかなとか被虐思考なのか加虐思考なのかとか気になっちゃうじゃん? そういう話とか全然したことないから俺だけがモリモリ興味持っちゃってちょっとチャンスだなーとか思ってたんだよね? うん、俺に興味を持たせるアイツも悪いな。おっけ解決。そもそもこれを処分しないまま流刑になったヘヌンシアにも非がある。俺だけが悪いとは言わせない、なんならこれは片付けの一環で出てきて中身を確認しようとしたら事故が……って体でも話せるもんね。大丈夫怒られない怒られない。
 ――じゃなくてね、俺の保身は問題ないんだよ。真の問題はユーワンなんだよ。男の下の事情なんて知らなさそうな純粋な子が尊敬している兄貴のえげつないかもしれない性癖を知ったらそりゃあショックで卒倒どころの騒ぎじゃないかもしれんのよ。兄貴じゃなくて男としてのヘヌンシアを知ったらパニックどころの話じゃないっての、下手するとトラウマにもなるかもしれねえ。アイツが手塩にかけて育ててきた妹がそんなことになったらもうヘヌンシアだけじゃなくてアヤノちゃんたちにもボコボコにされるぞ俺。魔王だからケンカは勝てるけど暴言には勝てないんだよ、腕力じゃあ言葉には絶対勝てないの。あれ、どっちにしろピンチ?

「カヌスお兄様? 箱を開けるのではなくって?」
 ここまでおよそ五秒、ユーワンの一声で我に返りました。
 次の瞬間に口から飛び出したのは、
「ユーワン! お前は見るな関わるな近寄るな!」
 彼にとってはそれなりに強めの拒絶でした。
「どうして⁉︎ もしやその箱に何かがあるんですの⁉︎」
「これを開けたら、開けたら…………爆発するかもしれない!」
「爆発⁉︎」
 驚愕するユーワンを扉の前まで押し戻し、ついでに後ろを向かせつつ「絶対に動くな」と念を押してから足速に机まで戻ります。迅速な動きでした。
 さあ、秘め事が白日の下に晒される時が訪れました。
 深呼吸を三回ほど繰り返し、頭の中を冷静にさせ、蓋に手をかけます。
「いざ!」
 レッツ性癖!
「…………あれ」
 しかし、出てきたのは想像していたブツとは異なっていました。
 石ころや紙やガラス玉や貝殻などと言った、直球な表現で表すとしたら「ガラクタ」で一蹴されてしまうような物ばかりが収まっていて、アダルティの頭文字すらありません。
 例えるなら小さい子供が作った宝箱のようで、カヌスは首を傾げるばかり。
「カヌスお兄様〜爆発しましたの〜?」
 やがて、ユーワンから緊張感のない確認が飛び出し、カヌスは我に返りました。
「してない。つーかしない、たぶん」
 雑に答えた後にこちらに来るように伝えれば彼女は意気揚々と机まで戻り、箱の中身を確認して一言。
「なんですの? これ」
「わからん。アイツがガキの頃に集めたガラクタ……なのか?」
 と言いつつ貝殻を一枚摘み上げて目線の高さまで持ってくると表と裏を交互にひっくり返して観察します。
「ヘヌンシアお兄様ってばロマンチックですのね。ワタクシ以外の思い出を大切にされているなんて」
「俺もびっくりよ。でもなんーんか見覚えがあるような」
「カヌスお兄様はヘヌンシアお兄様とよく一緒に過ごしていたんですし見覚えがあって当然ではなくって?」
「そういえばそうだよなあ」
 軽く答えつつ貝殻を箱に戻します。
 次の瞬間ユーワンがカヌスの隣から離れますが、気にしていないというよりも気付かない様子で。
「俺としては望んだものが出て来なくってホッとしたというか寂しいというか……つーか、これも捨てていいってことなのかな。姉貴たちに見つからないようにベッドとマットレスの隙間に隠してまで大切にとっておいた思い出も……」
「お兄様お兄様!」
 ひとり寂しさを感じる中、ユーワンの元気な声が聞こえて顔を上げます。
「どしたの?」
「ワタクシも箱を見つけましたわ!」
 興奮気味の少女が机に置いたのはカヌスが見つけ出した箱よりも一回りほど大きな箱ではありませんか。
 二つ目の箱の登場にカヌスは目を見開いて驚愕。
「どえっ⁉︎ どこにあったんだコレ⁉︎」
「ベッドとマットレスの隙間ですわ。カヌスお兄様が調べた場所の反対側にありましたの」
 カヌス唖然。固まっている間にもユーワンは宝物を見つけたように目をキラキラと輝かせながら蓋に手をかけ、
「では早速」
 躊躇いもなく開けようとした刹那、急速に意識を取り戻したカヌスの怒鳴り声が炸裂します。
「まてユーワン! 開けるな!」
「ひぃえっ⁉︎」
 滅多に聞かない怒声にユーワンは肩を震わせ困惑した様子で兄を見上げます。言葉にしなくても分かる「何故?」という疑問が顔に張り付いていました。
 行動を抑制できたのは良いものの、ここからどう説得するか全く考えてない次期魔王はとっさに。
「これを開けたらもしかすると、もしかする、と……か、体が七色に光る呪いにかかるかもしれない!」
「七色⁉︎ そんなふざけた呪いが存在するんですの⁉︎」
「現に俺らが勇者にかけられた呪いだって半分ぐらいふざけてただろ⁉︎ たぶんきっと存在する!」
 強引に押し切った後、ぎょっとしたままのユーワンを扉の前に押しやり、絶対に振り向くなと二度目の念を押してから箱の前に対峙します。
「よし、いざ」
「しかしカヌスお兄様、来月には戴冠式が控えてますのよ? お兄様が七色に光ってしまっては式ができなくなるのではありませんの?」
「大丈夫だ。いざってときには七色に輝いたまま全ての魔族の前に立ってやるつもりだ! そして俺が伝説になるのさ、七色の魔王ってな!」
「伝説にはなりそうですけど魔王一族の汚点として永劫に語り継がれそうですわよ⁉︎ 歴代魔王たちが涙を飲まずに垂れ流しますわ⁉︎」
 兄よりも魔界の心配をするユーワンの声色は真剣そのものでした。
 物事の優先順位を弁えている妹を尻目にカヌスは箱の蓋に手をかけます。
「いざ!」
 レッツ性癖! パート2!
「…………あん?」
 ところが、出てきたのは想像していたブツとは異なっていました。
 ビーズや石を紐で通して作った簡単なアクセサリーや布を適当につなぎ合わせた雑なパッチワークに子供の落書きのような絵と言った、直球な表現で表すとしたら「ガラクタ」で一蹴されてしまうような物ばかりが収まっていて、アダルティの頭文字すらありません。
 例えるなら小さい子供が作った宝箱のようで、カヌスは首を傾げるばかり。
「カヌスお兄様〜七色に光ってしまいましたの〜?」
 やがて、ユーワンから緊張感のない確認が飛び出し、カヌスは我に返りました。
「光ってない。つーか光るわけない、たぶん」
 雑に答えた後にこちらに来るように伝えれば、彼女は意気揚々と机まで戻ってきました。
 そして、箱の中の物を視界に収めた刹那、
「ああっ⁉︎ これは⁉︎」
 箱に飛びついたかと思えばギリギリまで顔を近づけ、瞬きもせずに全体を真剣な眼差しで見つめ続けるではありませんか。
「知ってるのか⁉︎」
「知っているも何も、これはワタクシが子供の頃にヘヌンシアお兄様にプレゼントした小物たちですわ!」
「マジで⁉︎」
「ヘヌンシアお兄様……ワタクシですら忘れていた物を大切に取っておいてくれたんですのね……」
 感動したのか瞳を潤ませ天井を見上げています。
 少女の視界には恐らく、かつて魔王城での生活を共に過ごした優しい兄の表情が明確に写し出されていることでしょう。
 少しを通り越し、かなり羨ましそうに眺めるカヌスは拗ねた子供のように頬を膨らませ、
「チェッ、いいないいな。ヘヌンシアとの思い出が形になって残っているとかいいないいな」
 とかぼやきつつ足元の埃を蹴っ飛ばしてややいじけモード。
 いじけてる兄など気にも留めないユーワンは感動の嵐から舞い戻ると箱の蓋を閉めました。
「ワタクシはこの箱をヘヌンシアお兄様との思い出として保管しておくことにしますわ!」
「うん。そうしてあげな、このまま捨てちまうのも勿体ねえし」
 と、カヌスの視界の端に最初に開けた箱が飛び込んできて、
「そういや最初に開けたやつは何だったんだ?」
「さあ? ワタクシは全く心当たりがありませんわ。こればかりはヘヌンシアお兄様に直接聞くのが手短かつ迅速に疑問を解決できる方法だと思いますが」
「そりゃそうだけどさあ……俺が来たらアイツ怒りそうだしなあ、どうすっかなあ……」
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