厚くん愛が抑えきれなかった
「よっ……と。俺は、厚藤四郎」
藤四郎、粟田口の短刀。初期からいる薬研藤四郎や乱藤四郎の兄弟。ここまでは普通に考え付いた。何より、好みだった。もう自分の好みのど真ん中だった。
最近やってきた厚だったけど、自分以外の兄弟がもう既に全員揃っていたこともあって直ぐに打ち解けた。いまはどうやらみんなと鬼ごっこをしているらしく、短刀仲間達と仲良く走り回っていた。
「たーいしょ、なに考えてんだ?」
「や、薬研…吃驚するからいきなり声掛けないでよ…」
「別に足音消してきたわけじゃないぜ?大将が厚のことを熱心に見てるのが悪いな」
ん?いま、この子は一体なんと言った…?
ギギギ…と錆びたような音を出しながら私は恐る恐る薬研のほうを見た。
私の視線に気付いた薬研は目を合わせたかと思うとにっこりと綺麗に笑う。
「厚のこと好きなんだろ?」
「な、なななにを言ってるの薬研?!」
「丸分かりだ。大将は嘘吐くのが下手だからなあ」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。手に持っていたお茶をそっと横に置いてから、私は縁側に倒れ伏した。確かに私は厚が好きだ。もう初めて見た時から胸を射抜かれていた。
でもさ、18歳になったばかりの私ではあるけど、厚の見た目年齢は頑張っても12歳そこらでしょ?これってアウト?セーフ?高校生が高学年であれど小学生に手を出すんだよ?現代的に考えると普通にアウトじゃないかな、これは。
「まあ何にせよ、大将が本気で厚のことが好きってのはよく分かってるからな。
俺は反対はしないし、大将が望むなら手助けだってしてやるつもりだ」
だから、バシッと決めてくれよ?大将。
と、薬研が私の手を引っ張り身を起こさせてくれた。
うう…なんで短刀って男前の子がそれなりに居るの…五虎退とか可愛らしい顔してるけど、戦になるとわりと凛々しい顔になるの私知ってるんだからね…
「薬研ってば本当に短刀なのか不思議になる…抱いてください……」
「ったく、短刀といえど俺っちだって男だからな、軽率にそんな言葉言うなよ?」
冗談だって軽く流してくれる薬研だからこそのこの言葉だよ、分かってくれ。
ふと誰かからの視線が気になって目をそちらへ向ければ、厚がこっちを見ていた。
このまま目を逸らすのも何だか忍びないから軽く手を振った。
すると厚も元気に手を振り返してくれた。可愛い。本当に可愛い。
現在の鬼である今剣に見つかってしまったらしく、厚はその場からすぐに居なくなってしまった。
その姿を見た薬研は厚が去っていった方をじっと見ながら呟いた。
「…俺っちも短刀だけど、厚だって短刀だからな?」
「?うん…?」
そりゃあそうだ。厚が短刀以外の何かに見えるわけじゃないし。
首を傾げれば薬研に深く溜息をつかれてしまった。
その日の夜、一通り仕事を終えて布団に入ろうとした時に声が掛けられた。
「大将、いま大丈夫か?」
大将、と私を呼ぶのはこの本丸で二人だけだ。薬研と厚。
そしてこの声は後者の人物だ。
「大丈夫だけど、なにかあった?」
襖を開ければ思ったとおり、厚が立っていた。
怪我をしているわけでは無さそうだし、どうしたんだろう?
「とりあえず話は中で聞くよ、入って」
「…入っていいのか?」
「勿論だよ、春が近付いてきてるっていってもまだ外は寒いし。中でお話しよう」
座布団を取り出して自分の目の前に置けば、厚は襖を閉めて私の部屋の中に入るとすとん、と腰を下ろした。話とはなんだろう、と思って厚が口を開くのを待っていれば、すぐに言葉を発してくれた。
「そうやって、薬研と閨を一緒にしたとか?」
「うん?」
閨…って、あの閨ですよね。なんか凄い勘違いが厚の中で行われていないか。
「いや、そんなことした覚えはないけど…なんでいきなり…」
「昼間に縁側で大将が薬研に抱いてって言ってただろ?」
「ああ…」
確かに言った。言いました。
「でもあれはちょっとした冗談だから、気にしなくても」
ほら、明日起きられなくなっちゃうから早く寝たほうがいいよ。
遠まわしに部屋に戻るように促しても部屋に戻る様子は無かった。
「まだ何か聞きたいこととか?」
「その言葉、俺にも言ってみてくれよ」
その言葉ってどれだ、と一瞬考えたがさっきまでの会話の流れで理解することが出来た。
「え、いや、それは…!」
だって薬研は私の言葉を冗談って笑ってスルーしてくれるし、いや、厚だってスルーしてくれるとは思うけど、でもこれを好きな人に言うのは勝手が違うといいますか…!
ぐるぐると言葉にして伝えられない言い訳が頭の中を駆け巡る。
「どうした、言ってくれないのか?」
「む、むりです…」
冗談でも言えないものは言えない。それよりも恥ずかしく死ぬ。死んでしまう。
後ろに敷いてある布団に頭を突っ込みたい衝動に駆られるが退室してくれるまでは我慢だ。
「ふーん」
どこか不機嫌そうな厚のその声。
「なにか怒ってる?」
「べつに、大将って分かりやすいのになかなか切り出さねえなあって」
分かりやすい。なにが?いや、それよりもこの言葉はどこかで聞き覚えがあるぞ。昼間に薬研にも言われたような気がする。
薬研にも私は分かりやすいから厚のことが好きだってことが丸分かりだって、
「…あの、厚さん…なにを切り出さないのか、聞いても大丈夫だったりしますかね」
「なにをって、大将が俺のこと好きなくせして何も言ってこないし、終いには薬研に抱いてほしいとか喋ってるし」
う、うわああああ!!やっぱり厚にもばれてました!!本人にも気付かれていました!!
そうだよね、そんな少女漫画じゃないんだから「あの子に好きな人…?誰だろう…」とか超鈍い展開とかあり得る筈がなかったー!!
普通は好意持ってれば少なからずそれを察せるのが人間ですよね!そうでした!!
「もしかして違ったか?」
「いえいえ!そんなことはありません!!私は厚のことが大好きでs……」
「ほら、やっぱりな。大将は嘘吐くのが下手だからな」
穴があったら入りたい。だれかスコップを、スコップを下さい。私は部屋に穴を掘ってそこに埋ろうと思います。いま決めました。だから誰かスコップをお願いします。
「いっそのこと殺してください!!」
私はついに布団へと逃げた。布団に頭を突っ込んで叫ぶ。
「おいおい大将。俺にちゃんと返事を返させてくれよ。
俺からの返事を聞いてから殺してほしいかほしくないか決めてくれよな」
布団で真っ暗だった視界が明るくなって、目の前には私の好きな人。
被っていたあったかお布団を取り除かれて軽々と見た目が完全に子供の彼に私は腕を取られて起き上がらされてしまったのだ。
細いなあと思いながら見ていた体は思いのほかがっちりとしていて頬に熱が集るのが分かった。
「俺も大将のことが好きだ、」
「…まじですか」
つい真顔で口走った言葉に色気もムードもなかった。自分が一番そう思っている。
「おう」
輝かしいほどの笑顔で、しかも至近距離で、そんな事言われてしまえば私の顔は真っ赤に染まる。だって好きな人が自分の腕を掴んだ状態で!至近距離で!!もうだめ…
「しにそう…」
「ん?大将を殺させるわけがないし、もし死ぬとしたらその前に大将の名前を教えてもらわないとな!」
「名前を?」
「真名で縛って、ずっと俺と一緒に居てもらうぜ、たーいしょ」
彼の兄と同じ呼ばれ方をしていて、彼の兄に大将と呼ばれてもこんなにならないのに、もう胸が今までにないほどドキドキと五月蝿い。
薬研と比べてしまえば明らかに幼い言動をする厚だけど、他の薬研以外の短刀と比べるとしっかりしている。もう容姿とか声とか、全てが本当にドンピシャだったんです…違います、おねしょたを望んでいたわけではないんです、やめてください検非違使呼ばないでください。
「なあ大将。短刀ってな、主の身を守るための守り刀として主の閨に持ち込まれたりもしたんだ。その閨で主が情事に浸ることだってある。だから俺達短刀はな、大太刀や太刀のやつらより、そういうのに詳しいんだぜ?」
「……え」
朝起きて、輝かしい笑顔で「おはよう、大将」と笑った彼は短刀でも男でした。
なかなか朝ご飯の場に顔を出さない私を心配したのか、薬研が部屋を覗き込んできて、私と厚を見てから頷いて言うのだ。
「ほらな、短刀といえど男だって言ったろ?」
はい。すみませんでした。私が悪かったです。
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