短編
人には誰しもコンプレックスというものがあると思う。顔の作りであったり体型であったり、声であったり、それは人それぞれだ。コンプレックスがない!という人のほうが珍しいと思う。
そんな話をしている私にもコンプレックスというものがあった。では何故過去形なのかと言われればそれは勿論コンプレックスが改善されたからである。
現在20歳となる私、そんな私は5年前の15歳頃からずっと気にしていた、絶壁。そう。胸が、なかった。もう本当に絶壁である。少しの凹凸のない絶壁。ブラジャー?何ソレ美味しいの?そのぐらいであった。
でも意地でAカップだと言い張りブラジャーをしていた。そんな哀れんだ目で見ないでください。だけど今は違うのだ。現在Dカップぐらいにまで成長したこの胸。
コンプレックスがなくなったのは良いが、別の問題が浮上した。
「おはようございます、主殿。今日も素敵なものをお持ちですな」
近侍である一期一振が私の背後に回ってがっしりと胸を鷲掴んできた。
「おはよう、一期一振。今日も今日とて変態行為、お疲れ様です」
左腕を振り上げてそのまま後に向かって勢い良く動かせば一期の腹に自分の肘が入る。一期は呻き声をあげてがくりと膝を付いた。
全てはあいつが悪いのだ。
15歳で審神者になって、順調に日々を過ごして審神者となって1ヶ月経った頃にどどーんと資材を投下して現れた初の太刀が一期一振だった。
打刀までしかいなかった本丸に綺麗な顔のお兄さん、成人済みであろう人がやってきて私はもう大歓喜だった。
「よ、よろしくおねがいします!」
そうやって手を差し出した時に一期は首を傾げたかと思うと、あろうことか私の胸(絶壁)に手を置いて呟く。
「男…?いえ、女性の方でしたか」
さわやかに笑っているが、こいつ、私の胸に手を置いたままである。
確かに胸がなくて、髪が短かったあの頃、パッと見男に見えるかもしれなかった。だけど私はその前に喋っていた!流石に声まで男っぽくはない!!
藤四郎兄弟の長兄、ロイヤリティ、物腰柔らか、全てがガラガラと音を立てて崩れ落ちた瞬間である。
「ひ、ひぎゃあああああああ!!!!」
私は初期刀の彼の背中に潜り込むついでに布に頭を突っ込んだ。
いつもは文句を言う彼であったが流石に今回は文句は言わなかった。
それから一期一振は私を見つけるたびに顔ではなく胸を見て
「育ちませんなあ」
と呟くのである。失礼すぎるしぶっ飛ばしたい。
時には私の絶壁に手を置いて溜息を吐く始末である。
「一期って巨乳がいいの?」
何気なくそう聞いたら彼はいい笑顔だった。
「無いよりあったほうが良いですな。ですから主殿も頑張ってください」
「なにを?!」
そして5年が経った私の胸はすくすくと成長していき、Dカップとなった。
「主殿、揉ませてください」
「お前はなにをいっているんだ」
「そんな立派なもの、揉まずにどうしろと言うのです!」
「揉まずに大人しくして居てください!!」
セクハラ被害が絶えない。
それなのに我が刀剣達は誰も近侍をしてくれない。
なんで?と聞いたら全員が首を横に振るのだ。
「近侍してると一兄からの視線が痛いんだよな」
「一期くんの視線が怖いんだよね」
「一期のやつ射殺さんばかりの目でこっちを見てくるからな、驚きだぜ」
ちなみに上から薬研・光忠・鶴丸である。
弟達にも殺気を向けるとは大人気ない兄貴である。
「私の胸がどうなってもいいの?!」
「いや、一兄にこの5年間揉まれて大きくなったんじゃねえか?」
「揉まれたって程じゃない気もするんだけど。
お前らの兄貴が揉むようになってきたのは、私の胸がB辺りになってからだ」
「……悪い…」
弟も無言で首を横に振る一期一振シリーズ
成長してきた頃に揉む辺りがあいつの胸への執着を垣間見える。
「ああ…この触感……堪りませんなあ」
読書をしている私の後ろに座ったそいつは遠慮無しに私の胸をがっしりホールドである。もにもにと只管に揉んでくる。本当こいつなんなの。
「主殿、やはりこの下着をつけるのは如何なものかと」
「ほう」
「触るのに支障が出ます」
「綺麗な顔して言ってる事が最低すぎる」
本を閉じてその本の角で脳天に一撃入れれば朝と同じように呻く。
しかし蹲ることはせずに執念で私の胸を掴んだままだ。
本当にこいつ気持ち悪い。なんなの。なんで私の本丸の一期一振はこんななの。
友達審神者の一期一振見たけどマジでロイヤルだったよ。常日頃から胸を揉んでいる私の一期一振とは全然違った。友達審神者に私の一期一振について相談したらドン引かれた。やめて!引かないで!私もどうにかしたいと思ってる!!
「このわいやーというものが邪魔なのです。昔つけていたわいやーのない下着はないのですか?」
スポブラか。スポブラのことなのか。
「無いから。それなりの大きさになるとワイヤーのものしかないから」
あったとしても買いません。なんで変態のためにわざわざワイヤーのないタイプ買わないといけないんだ。
「では私と居るときは下着を外しましょう」
「外さないから!待て!なんであんた服の下に手突っ込んでんの!!」
「外して差し上げようかと思いまして」
「頼んでない!」
もごもごと服の下に這う大きな手に流石に危機感が芽生え私は叫んだ。
「山姥切ぃぃぃいい!!!」
数秒後、セコムの登場である。機動により颯爽と現れた山姥切と何故か長谷部と薬研。
「またか一期一振!」
「一期、貴様そろそろ本当に圧し切ってやろうか…!」
「いい加減にしろ一兄!」
お前ら心配してくれてたんだな…そう思ってるなら近侍ぐらい変わってくれよ。
ずるずると三人に引き摺られていく一期を見送り私はやっと読書を再開した。
しかし諦めないのがこの本丸の一期一振というやつである。
次の日欠伸をしながら広間へ足を踏み入れて、朝食を食べるために続々と入ってくる刀剣達に挨拶をしながら自分の席に座る。
そして近侍の席は私の真横にあるためそこには既に一期がきっちりと正座をして座っていた。
「おはようございます」
「おはよー」
一期は大人しくしていればとてもイケメンである。それは彼を顕現してからこの5年で痛いほど分かっている。だけどこいつはどう足掻いても残念なイケメン。一期の顔を見て溜息を吐けば溜息を吐かれた本人は首を傾げている。
「いかがなさいましたか?」
「体調気遣うのは良い家臣だけど、当然のように胸掴まないでくれる?」
不埒な動きをする手を払えばとても残念そうに肩を落としてきた。
落ち込むイケメンと言えば聞こえはいいかもしれないが、こいつ胸を触ることを拒否されて全力で落ち込むイケメンだからな。何も格好良くない。
「なんで一期ってこんな性格なの?友達のところの一期って普通だったよ?」
「その友人は女性ですか?」
「うん」
「でしたらそちらの私も頭の中では胸のことで頭一杯でしょうな」
「笑顔でこいつ爆弾落としやがった」
友人審神者、逃げて。超逃げて。
「え?じゃあ一期一振ってだいたいは巨乳好き?」
「ですな」
「ですなじゃねぇぇぇええええ!!!」
じゃあオープンスケベかむっつりスケベかの違いだけかよ!どっちも嫌だわ!!お客様の中に心の底からロイヤルな一期一振をお持ちの方はいらっしゃいませんかーー!!
「男は乳が好きなのです。諦めてください」
「そうだとしてもお前はもう少し自分の顔と言動を省みてくれ!」
顔と性格が不一致だわ!そんな綺麗な顔して乳が好きとか言う一期一振なんて誰も望んでない!
「弟達はこんな兄貴で良いの?!」
藤四郎ゾーンに座っている彼らの弟達。私が指を指した一期一振をちらっと見たかと思うと全員が諦めたような目をして首を振っていた。
薬研だけではなく弟全員からこいつ駄目だ認定されている兄。
「勿論お会いした時はその…とても驚きましたが……」
「い、いちにいはいちにいだしな…」
前田と厚の必死のフォロー。五虎退や秋田も首を縦に振っていて必死のフォロー。粟田口のフォローがあってこの一期一振は成り立っております。
「主殿はなぜ私をそんなに否定するのですか」
「勿論胸に対して異様な執着を見せる一期が怖いっていうのと、」
私は覚えているぞ。ずっと覚えている。もう死ぬまで覚えてるって決めた。
「貧相な胸ですなあ…」
「背中かと思いました。胸でしたな」
「(胸を見て溜息)」
「普通は胸を見ると絶景ってなりますが主殿の場合は絶壁ですね(笑」
これが本丸に来た当初の一期一振である。
「素敵なものをお持ちですね」
「揉んでいいですか?」
「はぁ…この触り心地……」
「いやー…絶景ですなあ」
これが最近の一期一振である。
「Aカップ時の私とDカップ時の私への扱いの差がむかつく」
主ぞ?我、主ぞ?そんな主に対してあの冷たい目!冷たい言葉!
「胸に刺さったんだぞ!」
「え…?あの無い胸になにがどう刺さったというのですか…?」
「いま現在すごく刺さった!一期の言葉の暴力がすっげー突き刺さった!!」
もう本当にこいつやだ!誰か普通の一期と交換してくれないかな?!大事なのは性格だよ性格!!
「大丈夫ですよ主」
「何が」
「この一期一振、あなたに胸があろうとなかろうと、あなたの近侍であることには変わりはありません。なにより、私はあなたのことが好きです。何が起ころうとも必ずお守り致しましょう」
ふわりと微笑む一期は確かにかっこいい。これぞ私が望んでいたロイヤル一期一振である。
しかし、私は騙されない。
「御託はいい。本音を言え」
「私モチーフのビキニとやらが出てそれを主殿に着ていただくまでは死んでもらっては困りますし、折れたくないですな」
そんなことだろうと思ったよ!
「はいはい、痴話喧嘩はその辺にしてご飯食べようか」
「痴話喧嘩じゃない」
「私は主殿と夫婦になれたらとても嬉しいです」
「胸だろ」
「ええ。夫婦となれば揉み放題です」
「んなわけねえだろ」
お前はどういう目で世の夫婦を見てきていたんだ。
「前の主が…」
「何も言うな!天下人のそんな事情聞きたくない!」
確かに側室が多かったとは聞くけども、そんないらない情報聞きたくない!
涙目になりながら卵を割ってご飯に掛けてぐるぐるとかき混ぜる。
醤油どばーっと入れていたら体に悪いでしょ!って光忠に怒られた。五月蝿い、醤油は日本の味覚だ!醤油美味しい!!塩分美味しい!!!
「大将もその一兄が嫌なら刀解すりゃ解決じゃねえのか?」
「薬研?!」
「いや、刀解する気は全く無い」
「あ、あるじ…!」
「練度99になってるのに勿体無いでしょ」
一期が崩れ落ちる。弟からもこんな風に言われて君って本当に馬鹿。
友人審神者の一期は弟達からとても好かれていたぞ。腹の底で何を思っているのかは置いておいて、とても平和な粟田口一派だった。こんな殺伐としてなかった。
「やっぱり一期が胸への執着を捨てればいいと思う」
そう諭してやれば一期はがばりと勢い良く顔を上げたかと思うと私に抱きついてきた。
「そんな、そんなこと仰らないでください…」
力を込められて今朝食べた卵掛けご飯が出そうになるのを耐えつつ一期の水色の頭に手を置いてぽんぽんと撫でる。
「確かに私は普通の一期一振とは違うかもしれません。ですが主を思う心は普通の一期一振と何ら変わりはありません」
涙声の彼だけど私に抱きついたままで顔は見えない。
「おう。分かったから胸に顔埋めるのやめようや」
「無理ですな。こんな素敵な感触手放すだなんて勿体無い」
足を持ち上げて勢いをつけて一期の腹に膝をぶちかます。
おおよそロイヤルとは思えない声をあげた一期が崩れ落ちた。その口元はにやにやと形作っている。本当に残念な一期一振だなこいつ。
「胸枕を所望します!」
「薬研、これに柄まで通しておいて」
「おう、任せとけ。ぶっすりいかせてもらうぜ」
一期の悲鳴を聞きながら私は執務室へと足を運ぶ。
さて、部隊に指示を出して日課任務さっさと済ませるか。
端末で貯蔵してある資材と今日の任務で得られる資材を確認して頷く。
資材はたんまりとあるし、練度99のレア4太刀の重傷程度なんの問題もないな。
主殿の胸が好き
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