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明日こそは、


美人で気立ても良く、無理な采配などせず、ゆっくりとだが確実に戦場を制覇していく。
そんな主が俺達の誇りだった。
演練に行けば自分達の主は綺麗な人だ、霊力がとても澄んでいてとても気高い魂を持っている、素晴らしい人だとあちらこちらから声が聞こえてくるくらい、彼女は優秀だった。
そしてその優秀な彼女の刀である俺達は彼女の刀らしくあろうと必死に練度を高めていった。
美人薄命とはよく言ったもので、彼女はまさにそれだった。
審神者になってから3年目。病に倒れて彼女はあっさりと居なくなってしまったのだ。
皆が涙を流し、彼女以上の審神者なんていない、彼女以外の審神者なんていらない、と泣き崩れた。
そして後任がやってきて俺達は愕然とするのだ。
美人であった彼女と今目の前にいる新しい主を比べて肩を落とす。
何か非があったわけではない、特別これが上手といったこともない、普通の、普通の女だったのだから。主と同じ年齢だと聞いたが、齢が同じでもこんなにも違うのかと落胆した。

「後任となった審神者です、宜しくお願いします」

頭を下げた彼女は決して、上座に座ることはなかった。




主の使っていた部屋はそのままに、その隣にあった物置部屋となっていた部屋を片付けたようで、新しい審神者はその部屋に住み着いた。
たまに見かけるとぼーっと空を眺めていたり、何か書き物をしていたりと、こちらをあまり気にかけない様子だった。
別に無理な進軍を強要された訳でもないし、仲間が折られたわけでもない。普通の審神者だった。
時折、主が使っていた部屋を綺麗に掃除する姿が見られたが部屋を荒らすこともなくそのままにしていた。
掃除をするために物を動かすことはあれど元の位置にきちんと戻す。
新しくやってきた審神者は誰にも主と呼ばれない。
主と呼んで、といわれる事も無かった。何よりも主はあの人だけだからだ。


その平凡な審神者は一緒に食事を取る事もなく、部屋で一人で食べているようだった。
毎日毎日飽きずに空を見ていたけれどきっとそれ以外にすることがなかったのかもしれない。
一日の分担や出陣や遠征の管理はこっちで全て行っていた。
主が決めた分担方法や出陣や遠征方法を変えたくなかったことが満場一致。
こちらでやるから口出しをしないでくれ、と最初に取り決めたためか平凡な審神者は何も言わなかった。


「猫だ」
いや、それは虎だろう。と漏れそうになった声を慌てて閉じて様子を伺う。
「ほ~ら、ごろごろー」
五虎退の虎の腹を撫で回す姿はなんだか生き生きしているように見えた。
「あ、」
そしてご主人の下へ戻った虎を見て残念そうに眉を下げたのも、珍しくてつい眺めていた。






「俺の名前は三日月宗近、」
新しい仲間が増えた。
やっとのことで手に入れることが出来たのは三日月宗近だ。
急いで本丸に戻って顕現してもらうとよく見知ったヤツが現れる。
もうその日は本丸をあげてのどんちゃん騒ぎだった。主が居た頃からずっと探していたのだから。
ご馳走を用意するから広間で待っていて、と厨担当の歌仙や光坊に言われ「さあ広間に行こうじゃないか」と背中を押したときだった。
「主は一緒に食わぬのか?」
そう言って審神者を見た三日月は不思議そうに首を傾げた。
「…あるじ?」
自分を指差してなんともいえない顔をする彼女に、全員でハッとした。
ああそうだ、俺達は一度も彼女を主と呼んだことはない。
「ああ。俺の主はおぬしだけだ」
「主…私が主、かあ…」
はじめてみる審神者の表情だった。
しかしその表情はほんの一瞬だけで、すぐにいつもの顔になってしまう。
「私は、いいよ」
部屋で食べるから、とそそくさと彼女は行ってしまった。
誰もが勇気を出せずに居た。一緒に食べようと声をかけることも出来なかった。
それはちょうど平凡な審神者が本丸にやってきて1年が経った頃の話だ。



明日こそは、明日こそは、と誰もが思った。
少しずつ話す回数は増えていったけれど、誰も「一緒に食べよう」「主と呼んでもいいか」その言葉を発することは出来なかった。
ずるずると時間が経つとどんどん言うタイミングがなくなっていく。
大丈夫、まだ時間はある。もっと仲良くなってから、もっとたくさんお喋りが出来るようになってから、そうなったらいつか言おう。
それを横目に彼女に顕現された刀剣たちはなんの気なしに「主」と呼ぶことができてしまうのだからなんだかずるく感じたもんだ。

「やっぱり、猫よね」
「まったく…だからそれは虎だと何回言えば分かるんだ」
「猫科だから猫でいいのよ」
少しだけ腰が曲がっただろうか、白髪が目立つようになったな、とか。
縁側に一緒に座ってそう思う。

自分達は刀で彼女は人間だった。誰もが失念していた。
明日こそは、を続けていたら彼女はどんどん歳を重ねていった。
ああ、このままではダメだ。このままでは、

「なあ…一緒に夕餉でも食べないか」
何年もかかって、漸く言えた一言だった。


その食事の席で彼女の好きなものを知った。
実はこの食事が出るとうきうきしながら食べていたとか、これは辛くて実はあまり好きではなかったとか、食事の席では彼女は以外にも饒舌だった。
こんな些細なことを聞くのに何十年と掛かったなんて驚きだ。

明日こそは、明日こそは彼女に伝えてみよう。


そうして彼女は俺と夕餉を食べた次の日、安らかに息を引き取った。
幸せだったのだろうか、悔いなく人生を終えられたのだろうか、ただただ、俺達はそれだけが気がかりだった。

「結局、君に言えず仕舞いだったなあ」

明日こそは、明日こそは、君のことを主と呼ぼう。









ああそうだ。俺達の主は二人居たんだ。
3年の時を一緒に過ごした主と何十年と一緒に過ごした主が、居た。
美人で何でも出来て俺達の自慢の主。
平凡で何かが得意なものがあったわけでもない主。
それでも俺達は次第に平凡な彼女の中にある、美しい心に惹かれていった。


そうだ、明日、彼女に会えたら…会えたら、何を言おう。
君は猫が好きで、好きなものはあの料理だったとか、なんの実にもならない話をしたい。
あの日あの時、話すことが出来なかったようなどうでもいい話でもいい。
少しずつ話す機会が増えていった時のことでもいい。
なんでもいいから君と話がしたい。

なんでもいいから君と、



「前世?ああ、あの夢が前世だというなら何の面白みもないし、あんな前世、願い下げですね」

君と、話がもっとしたかったんだ。
君が、初めて主と呼ばれたときのような、あの顔がもう一度見たかった。

それだけだったんだ。




鶴丸国永は平凡な審神者だった彼女を前にして立ち尽くすだけだった。





「無理に思い出しても何もいいことは無いさ。


何も、な」

そう言って三日月宗近が笑った。





 
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