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ご飯があれば大丈夫ですな


三条三日月とは大企業の社長を父に持ち、自分は起業して大成功をし、生まれながらの美貌と努力をして培った人望。人が羨むものを全て持っているような男だ。
しかし彼にも欲しいものが唯一つだけ手に入らないらしいが、それは置いておく。
そんな人生の勝ち組とも云われる彼はそれは勿論美味しい料理を食べて暮らしてきた。だが彼は不思議なことに好きなお菓子を聞くと全員が二度見三度見してしまうものが好きだと言うのだ。
好きな料理はとくに無いらしいが、好きなお菓子はある。それはとても美味しいものなんだろう、と思いながら話を聞くと耳を疑うのだ。

「うまい棒のたこやき味が好きだな」
え?うまい棒?





「ふむ、ここはどこだ?」
片手には地図、もう片方の手には携帯。
駅を出て東に真っ直ぐ言ったらコンビニが見えるからそのコンビニがある角を右に曲がって…さっきまで辿ってきた道をなぞるがいまいち現在地が分からない。
どうしたものか、と辺りを見回すとふと目が合った。
「道に迷ってしまってなあ、ここに行くにはどうしたらいいのだろうか?」
「え…」
心底面倒臭いという顔をされたが知らぬふりをする。そうしていれば溜息を吐きながらその女子は地図を覗き込んだ。
「えーっと、このデパートですか?」
「ああ。知り合いと買い物に出かける予定だったんだが辿り着けなくてなあ」
「なんで迷うんですかこの距離で…」
持っていた水色のペンでサラサラと地図に線が引かれていく。
「今私達はここにいるので、地図に書いた通り進めば大丈夫ですよ。
ここらへんで一番大きなデパートですし、少し歩けば建物も見えますから」
「おお!すまぬなあ」
礼を言ってよし、行くか。と足を踏み出せば腕を掴まれた。
「んん?」
「違う!なんで逆方向に行こうとするんですか!」
「こっちではないのか」
「違います!」
その女子はまた深い深い溜息を零すと俺の手を掴んだ。
女子と手を繋ぐなんて全くの未経験であるためその柔らかな感触に少々戸惑った。
「私も結局そっちの方面に用事があるので案内します。」
「本当か?それは有り難いなあ」
手を引かれるままに大通りを歩いていけば目的地であろう建物が見えてきた。なるほど、こっちの方面であったか。確かにこうして手を引かれていなかったらあのまままた迷子になっていただろうなあ
「ここで大丈夫ですね?」
「ああ。世話になったな」
「それじゃ私はこれで」
彼女が手を振った時に自分も手を振り替えした。
その時に【ぐぅぅう…】というなんともいえない自分の腹から聞こえた音。
「…これ、食べます?」
「これはなんだ?」
「うまい棒のたこやき味です。私の一番好きな味なんですけどお裾分けです。
これから知り合いとご飯食べにいくので」
小走りで去っていくその後姿を見ながら包装紙を開けてサクリと音を立ててそのスナック菓子に噛り付いた。
「ほう。なかなか美味いな」
一番好きな味だと言うておったし、他にも味があるのだろうか。
まあ、鶴にでも聞いてみるか。あやつなら分かるだろう。







「あれ?」
凄く見覚えのある美人さん。と思ったらやっぱり先週の土曜日にデパートまで道案内してあげた人だ。
あっちもどうやら私の存在に気付いたらしく微笑みを浮かべながら近付いてきた。
「まさか同じ学校に通っておったとは。先日は助かった」
「それは良かったです。お知り合いにはちゃんと会えましたか?」
「会えたぞ。あいつも驚いていた。まさか迷わずに辿り着くなんて、と」
「…迷うということを察しておきながら迎えに来てくれないんですか」
「そういうやつだ」
なんて酷い人なんだ。顔を見てやりたいもんだ。
「それじゃ、次は移動教室なので」
「うむ」
ひらひらと手を振ったその人に釣られて私も手を振りかえした。
そういえば名乗っていなかったな、と思って慌てて名前を告げればその人はきょとん、とした後に柔らかく笑って名乗ってくれた。
「三条三日月だ、よろしくたのむ」
「宜しくお願いします」
翌週の月曜日、全校集会の時に生徒会長として現れた彼にどうりで見たことあるような無いような顔だと納得した自分がいるのであった。



それからちょくちょく会うのだ。移動教室で友達と一緒にのろのろ廊下を歩いていたりするとどこからともなくやってくる。
私は1年だけど先輩は3年生。そんな遭遇する機会なんて滅多にないはずなのに、どこからともなくひょっこりと現れて私と談笑したかと思うとふらふらと帰っていく。
友達からは気があるんじゃない!?と騒がれたりもしたけど特に興味もないわけで。
「正直困りますね」
「何故だ?俺が告白をすると不都合なことでもあるのか?」
「不都合っていわれても、告白されても私は頷きませんよ」
「ふーむ、それは俺が困ってしまうなあ」
どうしようか、と悩む姿でもそれはそれは美しい。
髪長かったら女の人に見えるんじゃないか…と思ったけどもわりとがっしりとした体型の三日月先輩なのでそれは無理があるか、と思い直した。
「他に好いている相手がいるのか?」
好きな人、なんて甘酸っぱい言葉で片付けて良いものかは知らないけど
「まあ、そんな感じですかね」
「それは残念だな…まあ、諦めるつもりは毛頭無いが」
ンン??
「つまりはお前が俺に惚れるまで口説けば良いということだろう」
「あー…はぁ…?」
なにいってんだこいつ。
「知り合いに聞いたら物で釣ると良いと言われてな、食うか?」
「そ、それは…!」
私の大好きなうまい棒たこやき味じゃないか…!
「好きなだけやろう」
有り難くビニール袋に突っ込めるだけ突っ込んで貰った。
当分はお菓子に困ることはせずに済みそうである。

うまい棒を受け取ったのが完全に悪かった気がする。
あれから手ぶらではなくうまい棒持参で私のところにやってくるようになった。
遭遇するのはまだしも毎回うまい棒を貰うってスナック菓子で私を太らせる気か。
「しかし、何故おぬしは俺と付き合わない?」
三条三日月先輩は明日で卒業する。
さくさくとエビマヨネーズ味を食べながら目の前の三日月さんを見れば新味!ハンバーガー味!という煽り文句のついたうまい棒の封を切っていた。
「前にもその話したような」
「そうだったか?俺はこの顔だし、頭も良い。それに家には余るほど金がある。おぬしが好きなうまい棒やら好きな食べ物やらなんでも買ってやれるぞ?」
何も悪い事なんて無いだろう。と自信満々に言う先輩は確かに綺麗な顔をしている。生徒会長をやっているだけあって人望もあるじ、進学先は有名な大学らしいし、この人を見ていると神様ってのは平等じゃないんだなーとしみじみ感じるものだ。
確かに考えなかったわけではない。あのクズと何連発も罵れるような幼馴染なんて忘れてこの人と付き合ってしまえば何もかもが上手くいくだろう。
お金に困ることなんて無いだろうし、素敵な彼氏ね、なんて人から羨まれるだろうし、しかしこの人がどんなに私のことを好きだと言ってくれていても私にはその気持ちが無いわけで、それで何が楽しいのか。
「無理ですよ。私はあなたと付き合えないです」
「そうか、残念だなあ。結局振り向かせることができなかったか」
餞別にこれをやろう。と綺麗な笑顔で渡されるのは高級お菓子などではなく10円で手に入ってしまう安物のスナック菓子だ。
「たこやき味はやはり美味いなあ」
「…そうですね。私も一番はたこやき味です」
貰ったたこやき味をさくさくと頬張りながら三日月先輩の背中を見送った。






「おや、もしやおぬしは俺の初恋の相手ではないか?」
「初恋相手だったとか一度も聞いたことはないですけど高校時代に貴方からよくうまい棒をもらっていた女子生徒ですよ」
買い物帰り、後ろから声をかけられて振り向けば久しぶりに出会う高校の時の先輩。
相変わらずの綺麗な顔でした。
「どうだ?ここで会ったのも何かの縁だ。食事でもしないか?」
「んー…」
ごはん。確かに食べたい。しかし旦那様がなんと言うか…
でも鶴丸さんに誘われたら断れって言われたわけだし、三日月先輩はセーフじゃないか!?
「行きます」
「はっはっは。そう言ってくれると思っておったぞ」
そして連れてこられたのは先日きたおだてという駅前のレストランである。バイト中の薬研くんと目が合ったのでひらひら~と手を振っておいた。
前回来た時に頼めなかったものを頼んで、デザートも頼んで良いぞ。と言われたので遠慮なく頼んだ。
「しかし久しいなあ。今は何をしているんだ?」
「専業主婦です」
「…ん?」
「専業主婦ですよ」
ほら。と言いながら左手を前に翳せば三日月先輩は「よよよ…」とわざとらしく泣き出した。
「俺というものがありながら、結婚をしていたなんて…」
「別に三日月先輩と付き合った覚えないんですけど」
「共にうまい棒を食した仲であろう!」
「どういう仲?!」
如何わしいのかいかがわしくないのかよく分からない仲だな!!
「それはそうと、もう先輩ではないのだから気軽に呼んでくれて構わないのだぞ」
「じゃあ三日月さんで」
少し不満そうな顔をされたけど勘弁してくれ。年上に呼び捨てとか無理だってば。
運ばれてきたオムライスはふわふわのとろとろでチーズがとろーり。デミグラスソースとの相性もばっちりの品物だった。オムライスはオムライスでもプロが作るだけでこんなにも違うのか…!
口の中に入れた瞬間に広がる卵の味とふわりと口当たり良くとけていく。
オムライス…!恐ろしい子…!!
「美味しそうに食べるなあ」
「だって美味しいですから。
そういえば、三日月さんは何を?やっぱり家を継いだとかですか?」
「いや、家を継いだのは俺の兄だな。一番上の兄が家を継いで俺は気ままに起業をした」
気ままに起業って出来るものだったっけ?しかしそれは突っ込んではいけない。この人とは一年の付き合いも無いが、常識外れということだけはよく理解をしている。
「会社を立ち上げて鶴丸…いや、俺の友人と高校の後輩を誘ってな。順調に進んでいるというわけだ」
「…鶴丸?それって五条鶴丸さんですか?」
「ああ。そうだぞ。鶴のことを知っておったのか」
「ってことは粟田口一期とか、居たりして…?」
「高校の時に生徒会の後輩だったからな。誘ってみたら快く承諾してくれてな。あの二人には世話になっている」
Oh…なんてこった。世界というのはこんなにも狭いのね。世界っていうか日本狭い。
「粟田口一期って私の幼馴染です。で、旦那」
「……まじか」
「まじです」
そうだった。鶴丸さんは生徒会に入っていて、一期も生徒会だった。その繋がりで二人は同じ委員会の先輩後輩という立場だったし、三日月さんは生徒会長を勤めていた。必然的に生徒会である。気付かなかった。十年後の真実であった。

まあその話は置いておいて、デザートのフォンダンショコラがわけがわからないぐらいに美味しかった。
さくりと生地を貫けばチョコレートが流れ出てくる。バニラアイスもちょこん、と乗っていてそれと合わせて食べればもう最高。
やっぱこのレストラン良いわ…最高に美味しい。
薬研くんは賄いが出るって言ってたけど、まさかいつもこんなに美味しい賄いを食べているというの…?前にご飯作ってあげたけど絶対に舌が肥えてるんじゃ…
私の料理なんてこの料理と比べたらゴミ以下!でもあっちはプロなんだから仕方ないよね!?っと、心の中で荒らぶりながらも食べ終える。
前回はカシスソーダだったけど今回はカシスオレンジである。
ちゅるちゅる~と飲んでいると視線を感じる。
「随分と美味しそうに食べてくれるからこちらも奢り甲斐があるというものだな」
「そりゃ良かったです」
人のお金で食べるって最高だよね!とは思ってても言わない。


「ありがとうございました。久しぶりにお話が出来て楽しかったです」
「ああ、こちらこそ。それとこれをやろう」
高級そうなスーツ…いや、絶対に一着ウン万円するであろうスーツから取り出されたのはうまい棒だった。スーツからうまい棒。どういう組み合わせだ。
「うまい棒好きですね」
「初めて食べたすなっく菓子というやつだな」
なんてことだ。私は三日月さんのはじめてを奪っていたというのか。うまい棒で。
っていうか高校生までスナック菓子を食べたことがなかったっていう三日月さんの生い立ちに戦慄した。やっぱりこの人すごく良いところの育ちだ。
ぺりぺりと包装をはがしたと思うとそのまま私に向かって差し出した。
さっきご飯を食べたばかりだけど、うまい棒ぐらいはどうということはないな。
それを受け取ってさくっと音を立てて食べれば、私の好きなうまい棒の味が広がった。




久しぶりに会った後輩は人妻になっていたようで少々残念だ。寝取るような趣味はないが今日会った時に未婚であったら間違いなく求婚していただろうなあ、と思う。
まさか鶴と一期の知り合いだとは思わなかったがこれも何かの縁だろう。
自分の顔は悪くはないと思っているし、何人もの女性から交際を申し込まれたりもした。起業をして大成功をしたし、欲しいものは少し頑張れば手に入ってきた。
しかしただ一つだけ手に入らないものが出来てしまった。
取り出したうまい棒の包装を開けて、差し出せば素直にそれを受け取った。彼女はもらったものは絶対に無駄にしない。食い意地が張っているとでも言えばいいのか、勿体無いという精神なのかいまひとつ分からぬがさくさくと音をそのスナック菓子を食べている。
あと一口ほどで食べ終わる、という所で声をかけた。

「うまいだろう?」
お前が俺にくれた初めての駄菓子だ。





それじゃあな、と踵を返した三日月さんの背中を見送った。
思えばあの人が私に対して一番最初に好意を伝えてくれた人だった。




「絶対に三日月さんと結婚してたらこんな苦労しなかったよね」
「しみじみと言わないでもらえませんか」
「まあそれでもあの人を好きにはなれなかったと思うし、一期と結婚して良かったんじゃないのかな」
「投げやりに言ったかと思ったら突然のデレ」

 
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