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ご飯があれば大丈夫ですな

暑さも少しは和らいだかな、と思ったけどもやっぱり暑い。そんな時期にコンビニの前を通ると見かける旗。
「おでんはじめました」冷やし中華はじめましたとかもあるけど、私としてはおでんが重要なのである。
おでんを作って失敗したことがあるのだ。別に味は問題ないのよ?単純に失敗したのである。夫から今日は帰れそうだというメールをもらって、自分自身がおでんを食べたくなったというのと、久しぶりに食卓を囲むのだし、何か団欒できるような、そんなものにしようと思って決めたのがおでんだ。
ぐつぐつおでんを作っていて、そろそろ帰って来るかなーとか思っていたらメール。嫌な予感がしつつメールを開けば嫌な予感ほど当たるというものである。
「やっぱり帰れなくなった」
帰れなくなった、じゃなくてどうせ一夜のお誘いに乗っただけだろ!スマートフォンの液晶を割ってやりたい気持ちになったがいつものことだ、と冷静さを取り戻す。
重要なのは、この二人前…夫はそれなりに量を食べると考え二人前以上三人前未満のおでんだ。
仕方ない…今夜はおでんで、明日の朝に残ったおでんを食べて…まあ結局次の日のお昼までおでんであったのだが。
そういう事が数年前にあったから、鍋物を作ったことはあれから一度もない。

「そういうことがあったわけよ」
「それは…その…すまない…」
おでんを食べたいと零した夫にそのことを話してやれば居た堪れなさそうに顔を逸らした。
「めんどくさいし、コンビニのおでんでいい?」
それなら自分の好きな物だけ買えていいし、何よりコンビニのおでんって美味しいらしいし?
「コンビニおでんの昆布と大根食べてみたかったんだよねー」
高校の後輩がお昼にコンビニダッシュしておでんを買いに行っていたのを思い出した。
外に買いに行くのはダメだったような気もして、それを問えばなんとも無理矢理押し通したらしい。
じっちゃんの面倒見てて昼飯買ってくるの忘れたんだよ!昼飯が無いまま午後の授業に出たら餓死しちまう!先生のせいにしますよ!?
って叫んだそうな。
無理矢理承諾を貰った後輩は金髪を揺らしながら校門を出て数分後におでんを片手に戻ってきていた。学食買えば良かったんじゃないの、それに先生もなんで気押されてんのさ。とは思った。
余談だが、学食の裏メニュー、和風出汁カレーラーメンが超絶美味しかった。和風ラーメンの食券を購入し食堂の人にカレーラーメンで!と言えばカレーラーメンにしてもらえる。知る人ぞ知る裏メニューである。
話がとっても脱線したわけだが、そんなこんなでコンビニへやってきた。

「一期、アイス」
「苺アイス?」
「違う」
一期アイス食べようよ。という意味で使ったのだ。断じて苺アイスが食べたいというアピールではない。
「このチョコミントアイス見たことない」
「またそれですか…」
「そのしっぶい顔やめてよね。こんなにチョコミント美味しいのに」
「理解できない」
この美味しさを理解できないほうが理解できない。
おでんとアイスを買って、近くの公園のベンチに座る。
「アイスを残しておきたいけどおでん食べてる間に溶けるよね…」
渋々デザートを先に食べる。美味い。やっぱりチョコミントは最高だぜ。
一期はソーダアイスを食べてた。一期って名前がそれなのにソーダ味好きだよね。
肌寒い季節だし、先にアイスを食べてその後におでんでちょうど良かったかもしれない。おでんの温かさは染みるぜ…
一期曰く、「想いがちゃんと通じ合った」あの日から約一年である。週に一度の外食が楽しいと思いながら過ごしていたらいつのまにか一年経ってた。某先輩風に言うと驚きだぜ!
「やっぱ大根がいいよねー」この味の染みた大根。なんて美味しいんだろう。コンビニって侮れないなあ、って思ったわけですよ。
「私としてはきちんとあなたが作ったおでんが食べたかったんだけど…」
「やだよ。コンビニおでん食べたかったんだから。また機会あればね」
大根がおでんの王様だよな。あーー大根おいしいでござるーーー!!!
具を食べ終えたらしい一期が汁をずるずる飲んでいた。汁を飲む姿さえ容姿が良ければ豪勢なスープを飲んでいるようにも見えるからイケメンってずるいよね。ただのおでんの汁なのにさ。

「そういえば妊娠してたんだよねー」
「ぶふっ?!」
「汚い」
「はぁ?!え、いまこの場面で言うんですか!?おでんの場面で?!」
おでん馬鹿にするのやめなよまじで。冬の風物詩だべさ。
口からぽたぽたと汁が零れてる。汚い。コンビニで貰った手拭を差し出せば無言でそれを受け取った。そして口周りと手を綺麗にしてからさっきの話を掘り返してきた。卵美味い。
「っていうか、こんなところでおでんって、冷えるから!妊娠しているんだろう!?」
「まだ9月じゃん。そこまで寒くないし」
「妊娠って本当か…?」
なんだその疑わしげな目は。なんてやつだ。
鞄から母子手帳を出してやれば目がぽろりと落ちてしまうんじゃないかと思うほど見開く。何かを言いたいらしいけど言葉が見つからないのか「うっ…」とか「ええ…?」とか母子手帳と私のお腹を交互に見やる。
「とりあえず、帰るぞ!」
「ちょっとまって、ソーセージで最後だから」
「ああもう!なんでそんないつも通りなんだ!」
別に騒いだって何があるわけでもないし、流れるままに身を委ねるのさ。





「暇してるなら器そっちに並べてー」
「はーい」
今年で中学一年になる娘は父譲りの水色の髪を揺らしててきぱきと器を運んでくれる。
「お母さんも何か言ってやってよ!お兄ちゃん達、私の友達にまで睨み利かせてるの!
それのおかげで男友達できないし、これじゃ彼氏なんて夢のまた夢だよ!!」
「なるようになるんじゃない?」
「もー!ちゃんと聞いてよ!!」
「はいはい」
上の二人はどっちも男で、三人目にしてやっと女が産まれた。
旦那は大層娘を可愛がっていて、そりゃあ上の二人のことも可愛がってはいたが、娘の方は2割3割増しってぐらいである。
兄二人にも可愛がられて育った故に我儘な子にならないかと心配したがその心配は必要なかった。顔は旦那に似たが性格が完全に私に似てしまったので結構ドライだ。
旦那と兄をうざがる時期に突入して三人がよく家の隅でキノコを栽培している。娘に冷たくされた!と泣いてくる旦那をさらに冷たくするのが私の役割である。
兄二人が妹に悪い虫がつかないように追い払っているらしいが娘としては彼氏が欲しいらしいので素晴らしいすれ違いを引き起こしている。見ていて面白いので私は何も言わない。
「そういえば、駅の近くの…えーっと、おだて?っていうお店行きたいなー」
「ああ、あそこね。じゃあ今週はそこリクエストしようか」
「やったー!」
玄関の開く音とただいまーという元気な声。そして兄弟そろって今日の飯は!?と聞いてきたので献立を告げるとよっしゃ!と嬉しそうに頬を緩める。
部屋に戻ったかとおもうとすぐに着替えを済ませてリビングに戻ってきた。
「今日ちょうど獅子王先生と話してたんだよなー
俺は卵が好きで、先生は餅巾着が良いって」
…確かに十数年前のあの時、あの後輩は餅巾着大量に買って帰ってきたな…と何年越しかに思い出した。



少しするとまた扉が開いてただいまという声がかかる。
それに対しておかえりなさーいと出迎えれば、何年経っても変わることのないそのイケメン具合。朝見てイケメンだなーと思い夜見てイケメンだなーと思う日々である。
「今日の夕飯は?」
「おでんはじめました」
「…もう本当に勘弁してくれ……」
「別にあの頃の話はしてないじゃない」
「顔が物語ってる」
「表情で判断された…だと…?」
おでん失敗事件はどうやら旦那の心に深く刻み込まれたらしく、おでんを出すたびに微妙な顔をされる。
長男におでんを食べてるときに懐妊を旦那に話したんだよ。って言ったらこれまた旦那と同じようななんともいえない微妙な顔をされた事もあったりする。
まあ確かにそんな事教えられてもどういう顔したらいいのか分からないよね、笑えばいいと思うよ。

「明後日はおだてっていうお店行きたい」 
アツアツおでんを囲みながら娘がそう零せば旦那は予約しておくよ。と爽やかに言い放つ。しかしこの数年であのお店凄まじい人気で予約取るのも大変とか聞いただけど、大丈夫なのか?
そう思いながら顔を見ればいい笑顔を返されたので大丈夫なんだろう。旦那が可愛い娘との約束を反故するわけがないな、そういえば。ソーセージ美味い。
「明後日って…土曜日?俺、用事あるから日曜日にしてほしいんだけど」
長男の言葉に抗議を示したのは長女である。
「やだよ!日曜日は友達と遊びに行ってくるんだから!」
バチバチと火花が散っているけど、二人の好きな昆布と大根が私の器に盛り付けられているのに良いのだろうか?
子供に譲れって?なんで好きな物譲らないといけないのさ。我が家は弱肉強食よ。
「あー!大根がお母さんにとられてる!」
「俺の昆布ー!!」
しょぼーんと肩を落とす二人を見た一期は苦笑しながら自分の器によそっていた大根と昆布を分け与えていた。良いお父さんを持ってよかったね二人とも。大根と昆布美味い。
「まあ…提案した人が行けるように、土曜日にしようか。予定は…ずらせるならずらしても良いし、無理に来なくても大丈夫だから」
「じゃあ次の外食の行き先は俺が決める」
そういうことで決したらしく、今度の週一外食は長男抜きとなった。


朝練のために寝る、と言って長男次男は先に部屋に戻って、長女は日直で用事あるから明日は早いから寝る、と言って部屋に戻った。
となるとリビングに残るのは私と旦那だけである。
「食べる?」
買っておいたアイスを差し出せば何か言いたそうな顔をしつつも受け取った。
いつものソーダアイスと自分はチョコミント。
「子供が寝静まったあとにこそこそと食べるなんて…」
「いらないなら私があとで食べるけど」
「いただきます」
「どうぞ」
まあ結局は一期が稼いできているお金なんだが。
テレビをつけてもとくに惹かれるものも無くて電源を消してリモコンをテーブルに置いた。
一期は毎回私がチョコミントを食べる度に微妙そうな顔するけど、そろそろ慣れてほしいもんだ。アイスを食べるたびにその顔されるの困るから。
「そういえば、三日月殿から食事に誘われたとか聞いたが」
「ああー誘われたね。昨日だっけ、一昨日だっけ」
忘れてしまったけど確かに誘われた。
「断ったのか?」
「断らないと一期すごい顔するじゃん」
高級料理店が笑顔で手を振っていたけど泣く泣く諦めたのさ。
「当たり前だろう。自分の妻が他の男に食事に誘われたなんて」
最近になってふと思うわけよ。
「純情()だった一期はいったいどこへ行ったのか…」
想いが通じ合ったあの頃はいつもしていた事にすぐに顔を赤らめていた。買い物中にあっちへ行こうと言いながら手を握れば挙動不審になったり。他の女とも何度もしているであろう行為でさえ顔を赤くしたり。なんだそれ、今まで何回もしてきただろ。と呆れたものだ。
「私としてはお前の反応がいつになっても代わり映えしない事が不思議になる」
「不思議っていわれても、小さい頃から一緒に居たんだからもう何年目よ」
自分の年齢を数えるような行為だからしたくはないけどそれなりの年数一緒にいるわけで、この私好みのイケメン顔を毎日拝んでいるのだ。今更トキめくも何もない。
「そういう反応だから私は騙されていたんだ…」
「騙すってなにを」
「好きじゃない人と結婚なんかしない、って…あれを聞いてやっと私はお前に好かれていたんだと実感したんだぞ…」
あー…そういえばそんな事もあったね。だいぶ昔のことじゃないか。
「今も一緒に居てくれているということは、まだ私のことが好きなんだろう?」
なるほど、そういう自信があるからこそ、純情粟田口一期くんは居なくなったのか。
「離婚なんてしたら子供たちが可哀想だしね」
「?!」
サァっとさっきの自信満々の顔から一転、いきなり顔を青くさせて震えだした。反応大きすぎない?なんでそんな焦ってるの。さっきまでの自信どこいったの。
無防備なその口の中にオラァ!と言いながらチョコミントを突っ込んでやった。
一期はチョコミントが好きじゃない。
「うっ…!」
「呻き声あげるほど嫌いか」
お前は全国のチョコミン党に謝るべきだよ。このスースーする感じが素敵なのに。

「おいしい?」
「す、好きな人からのあーんならば、これくらい…!」
「無理しなくていいよ」

口直しに私のソーダ味のアイスをあーんしてください。とか図々しく言ってきたので最後の一口残っていたチョコミントアイスをもう一度口に突っ込んでやる。
やっぱり美味しくないらしくぷるぷる震えている一期を見ながら笑っていれば私の口にソーダアイスが入り込んできた。
いきなりの事に咽そうになったけど気合で飲み込む。


この野郎!と睨もうとさっきまで情けなく震えていた一期を見たら笑われた。
「おいしいですか?」
いつもは私が聞く言葉を一期が言ったのでなんだか毒気が抜かれてしまった。

「おいしいよ」
この先きっと、子供達も一人立ちしてこの家にまた二人だけになってしまっても、美味しいご飯と旦那がいればきっとなんとかなるだろう。
旦那と一緒にご飯を食べる日数はあとどのくらいかは知らないけど、それまではまあ…私の外食我儘と私の手料理には付き合ってもらいましょうかね。

 
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