ご飯があれば大丈夫ですな
食事とは素晴らしいものだ。これがあれば死ぬことは無いし、何よりも美味しい。不味いものもあるといえばあるが、美味しいのだ。
なんて素敵なごはん。ごはんがあるから私は生きていける。
そう、夫なんていなくともご飯があれば生きていけるのだよ。
今日は夫の実家である粟田口家にお邪魔している。
彼らの両親が親戚のお葬式へ行くことになったらしく、しかも距離があるという事で泊り掛けになってしまうとのこと。
料理を作ることの出来る骨喰くんと薬研くんと乱くんはいるらしいが、まだまだ子供であるため三人だけを台所に立たせるのは心配なので私に頼んだ、というわけである。
あのレストランでのバイトを終えた薬研くんが家に帰ってきて、それにお帰りなさいと笑いかけた。
「ああ、そっか。姉さんが今日は居るんだったな」
「そうだよー。もうちょっとでご飯出来るから待ってて」
「いや、なんか手伝う」
「骨喰くんと乱くんが手伝ってくれたから大丈夫だよ。それにバイトも大変だったでしょう」
一度しか行かなかったあのレストランはとても繁盛している事がよく分かった。
そして注文を取りにあっちこっち移動する薬研くんのことも見ていたし、とても大変だっただろうに更にご飯の支度まで手伝ってもらうのは気が引ける。
「薬研。私も手伝っているから大丈夫だよ」
「あれ?一兄も居たのか」
そう。一期も居るのである。仕事が定時で終わったらしく実家のほうに帰ってきて私の手伝いをしてくれた。珍しい。本当に珍しい。
定時で上がることが出来る日はだいたい浮気するためにふらふらしていた彼が素直に帰ってきたのである。どうやらあのレストランでの会話は嘘ではないらしく、女性関係が落ち着いた。
「っく…!賭けは薬研くんの勝ちのようです……!」
「やりぃ」
音符を飛ばすような上機嫌な顔をした彼に私はぐぬぬと下唇を噛み締めた。
ここにハンカチがあったらハンカチ噛んで悔しがってると思うんだ。
「ちょっと待ちなさい…賭けってなにをしていたのかな?」
一期が私の肩に手を置いてにっこりと微笑んだ。
「レストランでのあの宣言はいつまで続くか」
因みに、私は三日に賭けて薬研は一週間に賭けた。そして今日は一週間目です。はい。なんてことだ、おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!
「私の言葉が、三日で終わると…?あなたはそう思っていたのか…」
「そう思うじゃん」
いつまで経っても治らなかった女癖。それがまさか本当に此処まで抑制できるとは。
「乱くんと骨喰くんは配膳して貰える?」
「わかった」
「はーい!」
なんせ自分を含めた12人分である。しかも男兄弟であるため量も凄いのだ。これを毎回作っている彼らの母親には本当に恐れ慄く。
因みに賭けに見事勝利した薬研くんにはあとでダッツのアイスを買うことにした。
「だから、あれから毎日のように言っているだろう。私はあなたのことが、」
「そういうのまたあとでで良いから。ほら、ご飯ご飯」
あの日から毎日のように好きとか愛してるとか言われてます。
それ何人の人に言ってきたの?と言うと固まる時点でもうどうしようもない。
こいつ嘘付けなさすぎでしょ、早くなんとかしないと!
一期の実家は純和風の大きな家で、向かい側にあるのが私の実家。純洋風の家である。
家が小さな道路を挟んだ向かい側同士でしかも対になるような家なのだ。
和風と洋風。兄弟沢山と一人っ子。
一人っ子の私だったけど彼らと子供時代を過ごしたお陰で一人っ子感覚はまるで無いが、賑やかな家に何度も羨望の眼差しを向けていた。
しかしまあ、一期と結婚した事で彼らが義弟となったのだが。
「いただきます」
声をかければ皆もいただきまーすと元気良く挨拶をして料理に手を伸ばした。
みるみる無くなっていく中央の皿にあるからあげ。もっと作れば良かっただろうか…男兄弟を嘗めてかかってた。皆育ち盛りですね。
「こりゃあ美味いな、さすが姉さん」
「高級レストラン勤めの薬研くんに言われてもなあ」
「いやいや、本当に美味いぜ?嫁に欲しいくらいだ、って思ったけどもう一兄の嫁だしなあ。
どうだ?俺にしてみないか?」
「薬研くんまだ高1でしょーせめて結婚できる年齢になってから言いなさいな」
「結婚できる年齢でも許しません!!」
冗談の通じない夫である。
さて、突然ですが此処で彼の弟達を紹介しよう。
粟田口一期 長男 25歳
粟田口鯰尾 次男 19歳
粟田口骨喰 三男 19歳
粟田口薬研 四男 16歳
粟田口厚 五男 16歳
粟田口乱 六男 15歳
粟田口博多 七男 14歳
粟田口秋田 八男 12歳
粟田口五虎退 九男 11歳
粟田口平野 十男 10歳
粟田口前田 十一男10歳
粟田口のゲシュタルト崩壊である。
鯰尾と骨喰が二卵性双生児
薬研と厚が年子の同級生
乱と博多が年子
秋田と五虎退が年子
平野と前田が一卵性双生児
頑張ったんだなあ…何が、とは言いません。
「だから言ったんだよ、お姉ちゃん。本当にいち兄で良いの?って」
「いちにいって顔はこれだけど中身はアレだぞって説得したのに本当に結婚しちまうんだもんな」
食器も片付けてお茶を飲みながら広間で寛いでいると乱くんと厚くんが話しかけてきた。その内容は自分の兄を酷く言うような内容であったが構うことはないらしい。
本人目の前にいるのに良いの?とは思う。
「乱…厚……お前たちはなにを…」
「いち兄は隠してるつもりみたいだったけど、僕達とっくの昔に気付いてたからね!」
鯰尾と骨喰曰く、私と一期が一緒に帰ってこなくなった辺りから知ってたらしい。え、10年ぐらい前じゃない?その時ってあの双子達は9歳でしょ?そんな年齢から一期の女癖の悪さを知っていたの?
よくそんなんで兄を慕っていたね君たち…
「一兄が数日置きに違う女の人と歩いてたから、骨喰と一緒にアレ誰だろう?って言いながら小学校から帰ってきてたんですよー」
ね?兄弟。という鯰尾くんの問いかけに対し骨喰くんは無言で頷いた。
一期は頭を抱えていた。
「私の苦労は一体…」
二股三股の痕跡を家族に隠す努力よりも浮気をしない努力をしろよ。
私の呟きを拾ったらしい秋田くんはお茶のお代わりをそっと注いでくれた。優しさが染みる。
別に向かい側にある自分の実家に帰って寝ても良かったんだけど、面倒だと思うしという事で皆の言葉に甘えて客間を借りることにした。
「なんで一期も?」
一期にはちゃんと自分の部屋あるじゃないか。
「別に構わないだろう。夫婦なのだから」
…夫婦ねえ……まあ確かにそうだけど、自宅の寝室も一つのベッドで寝ているけども。夫婦って言われても首を傾げてしまう程度には夫婦感がない。
「あれから鶴丸殿からの誘いは?」
「いや、とくに無いけど」
「そうか」
なら良かった。と呟いたかと思うとそのまま布団に潜り込んだ。良かったって何が?まあ、いいか。朝食は何を作ろう。朝ごはんもいっぱい食べるのかなあ…
初恋っていうもんは、小学校の高学年頃に済ませた。それは俺達兄弟全員がそうだと思う。平野と前田もそろそろ自覚してくる頃だろう。
兄弟全員が同じ人間を好きになるなんて滅多にないとは思うがそれが有り得たのは環境ゆえだと思う。男兄弟しか居ない俺達の身近な女っていうのは長兄の嫁であり俺たちの幼馴染でもあるあの人だけだ。
俺達に対して分け隔て無く優しく、よく遊んでくれた彼女は長兄の嫁になった。
兄は隠しているつもりだったらしいが、兄弟全員が気付いていた。
「いちにいって本当に女癖悪いよな」
また違う香水の匂いを纏わせながら帰ってきた兄が自分の部屋へと戻るのを確認してから厚が呟いた。
誰もが思っていたけど言わなかった言葉をさらりと言うもんだから、つい厚のことを二度見した。その時まだ6歳ぐらいだった下の弟達はきょとんとした顔で首を傾げる。
「あの人がいるっていうのに、何してるんだか」
鯰尾兄さんは溜息を吐いたと思うとポッキーを三本ぐらい口に突っ込んでた。ポッキーを砕く音を聞きながらふと思い出すのは両親のことだ。
どうやら一兄とあの人に結婚しないのか?とせっついているらしい。
あの人が長兄の嫁になるのは予想出来ていた。なんだかんだ言いながらもあの人は一兄がどんなに女癖悪くてもずっと隣に居たわけだし、脈ナシっていうわけでも無いんだろう。
っていうのを理解していない兄があの人の気を引くために二股三股している事に気付いているのは俺達兄弟だけである。
あの二人に足りないのは言葉だ。言葉が足りない。思ってても言わない俺達は初恋相手が兄とはいえど、取られてしまうのがなんだか悔しいからである。
どう頑張っても自分達は粟田口一期の弟としか見てもらえない。勝ち目なんて鼻から無かった。だから少しぐらいの意地悪は大目に見てもらわねえとなあ。
「薬研くーん」
名前を呼ばれてキッチンのほうへ行けばアイスとスプーンを手渡される。
「はい。昨日の賭けのやつ!」
チョコレート味のダッツである。有り難く受け取って咀嚼しているとわらわらと兄弟達が集まってきた。
「あー!アイス食べてるずるーい!」
「みんなにはこっちー薬研は今回特別なのだよー」
兄弟分のガリガリ君ソーダ味を渡して、本人もどうやらガリガリ君らしい。
「一期の分も買ってあるけど食べる?」
「さっき朝ご飯を食べたというのに…」
「いらない?」
「もらいますけど」
広間で全員でアイスを黙々と食べていると姉さんがアイスを持ち上げて一兄と見比べた。
「何してるんだお前は…」
解けるからさっさと食べなさい。と嫁の頭をぺちんと叩く。
一見夫婦には見えない二人でも仲が良いことは昔から変わっていない。
「一期の髪の色と同じだね」
ガリガリ君ソーダ味、確かに一兄の髪と同じ色である。
「その髪もいっそのことソーダ味してたらなあ…」
「…してたら何する気だったんだ姉さん」
「舐めてたかもしれない」
真剣そのものの顔だった。この人ならやりかねない。
「お姉ちゃんのその食への執着心ってなんなの?
昔はそんな食への拘りとかなかったような気がするけど…」
乱の言い分も確かだ。確か姉さんは食えれば良い!っていう心の持ち主であったはずだ。FFのポーションが売られていた時も、兄弟全員でコレは美味しくないという微妙な顔になった時、姉さんだけは全部飲み干していた。
とりあえず食えれば良い。みたいな人だった。それがいつの間にか美味しいものを求めてフラフラ一人でカフェに行ったりする人になってた。
ガリガリ君を一番遅くに食べ始めた姉さんが一番に食べ終えたらしい。
アイスが無くなったままの棒を口に銜えながら何かを考え始め、一兄に視線を止めた。
「一期と結婚して、専業主婦になったわけですが」
そういやそうだったな。一兄の収入で十分足りるってことで姉さんは専業主婦である。
「一期が浮気相手と夕食食べに行ったりしてて私は家でぼっち飯なわけよ。そして思ったのよ、なんで浮気してる奴が美味しいもの食べてて私は一期が食べなかった夕食の残りを食べて過ごしているんだ、と」
要約するとこうらしい。
夕食作って一兄を待つ、だけど浮気相手の元へ行き食事してきたりで一兄が夕食を食べない。となると余った夕食は次の日の自分のお昼ご飯になったりするらしい。
そしてなんで浮気してるような奴が美味いものを食べてるのに自分は残り物なんだ、と。
それから姉さんは食べられればなんでも良い精神から、美味い物食いたい精神へと様変わりしたらしい。
あの五虎退や秋田でさえ一兄に対して冷たい視線を向けた。
「分かったから…!今度お前が行きたいところに連れて行くから…!」
「え!いいの?」
「その代わり、鶴丸殿から食事に誘われても断ること」
「……」
あ、この顔は「折角美味しいもの食べられるのに何故断らなければいけないんだ」っていう顔だな。不満ありますっていうのを前面に押し出してる。
「休日には絶対に外食に連れていく」
「しかたないなぁ!そこまで言うなら断っておくよ!」
休日の外食で妥協したらしく、満面の笑みで一兄からの提案を呑んだ姉さんは一兄の手を取ったかと思うと、
「絶対だからね!」と約束を取り付けていた。
そして夕食は何作ろうかなーとスマホを取り出して料理アプリを開いた彼女は知らないと思うが、手を握られた一兄が顔を真っ赤にさせて感動に打ち震えていた。
やることやってると思うんだが、どうも長兄の甘酸っぱい青春というやつは終わってはいないらしい。この夫婦にそんなものあったのか。いや、無かったからこそのこの態度なのか。
この数日後、姉さんは一兄の言葉のとおり、鶴丸殿といわれる人とは食事には行かなかったらしいが、俺は見てしまったのだ。
また俺のバイト先に食べにやってきた姉さんが今度は別の美形な兄さんを連れていることに。しかもその美形な兄さん。恐ろしい程に顔が整っていた。いや、自分の兄貴もなかなか良い顔しているとは思うがつい二度見三度見してしまうぐらいの美形。
姉さんのことだから浮気なんてものではないと思うがなかなか親しそうな間柄らしく、穏やかに談笑して料理を頬張っていた。
一兄…あんたの嫁さんが旦那に見せる表情よりもっと良い表情で飯食ってるぜ。一兄はこんな嫁さんの表情なんて見たことが無いんだろうなあ…
我が兄は本当に旦那とは思われていないらしい。哀れに思うと同時に胸がすく。
きっと数日経って兄はまた泣くんだろうなあ。
しかし俺達兄弟から大事な姉さんを奪った挙句、自身の心を伝えられない不器用が故の数々の所業。忘れはしない。
料理長から貰った賄い食にしてはとびきり豪華な料理を口に運んで俺はうっそりと笑った。
ああ、今日も飯が美味い
なんて素敵なごはん。ごはんがあるから私は生きていける。
そう、夫なんていなくともご飯があれば生きていけるのだよ。
今日は夫の実家である粟田口家にお邪魔している。
彼らの両親が親戚のお葬式へ行くことになったらしく、しかも距離があるという事で泊り掛けになってしまうとのこと。
料理を作ることの出来る骨喰くんと薬研くんと乱くんはいるらしいが、まだまだ子供であるため三人だけを台所に立たせるのは心配なので私に頼んだ、というわけである。
あのレストランでのバイトを終えた薬研くんが家に帰ってきて、それにお帰りなさいと笑いかけた。
「ああ、そっか。姉さんが今日は居るんだったな」
「そうだよー。もうちょっとでご飯出来るから待ってて」
「いや、なんか手伝う」
「骨喰くんと乱くんが手伝ってくれたから大丈夫だよ。それにバイトも大変だったでしょう」
一度しか行かなかったあのレストランはとても繁盛している事がよく分かった。
そして注文を取りにあっちこっち移動する薬研くんのことも見ていたし、とても大変だっただろうに更にご飯の支度まで手伝ってもらうのは気が引ける。
「薬研。私も手伝っているから大丈夫だよ」
「あれ?一兄も居たのか」
そう。一期も居るのである。仕事が定時で終わったらしく実家のほうに帰ってきて私の手伝いをしてくれた。珍しい。本当に珍しい。
定時で上がることが出来る日はだいたい浮気するためにふらふらしていた彼が素直に帰ってきたのである。どうやらあのレストランでの会話は嘘ではないらしく、女性関係が落ち着いた。
「っく…!賭けは薬研くんの勝ちのようです……!」
「やりぃ」
音符を飛ばすような上機嫌な顔をした彼に私はぐぬぬと下唇を噛み締めた。
ここにハンカチがあったらハンカチ噛んで悔しがってると思うんだ。
「ちょっと待ちなさい…賭けってなにをしていたのかな?」
一期が私の肩に手を置いてにっこりと微笑んだ。
「レストランでのあの宣言はいつまで続くか」
因みに、私は三日に賭けて薬研は一週間に賭けた。そして今日は一週間目です。はい。なんてことだ、おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!
「私の言葉が、三日で終わると…?あなたはそう思っていたのか…」
「そう思うじゃん」
いつまで経っても治らなかった女癖。それがまさか本当に此処まで抑制できるとは。
「乱くんと骨喰くんは配膳して貰える?」
「わかった」
「はーい!」
なんせ自分を含めた12人分である。しかも男兄弟であるため量も凄いのだ。これを毎回作っている彼らの母親には本当に恐れ慄く。
因みに賭けに見事勝利した薬研くんにはあとでダッツのアイスを買うことにした。
「だから、あれから毎日のように言っているだろう。私はあなたのことが、」
「そういうのまたあとでで良いから。ほら、ご飯ご飯」
あの日から毎日のように好きとか愛してるとか言われてます。
それ何人の人に言ってきたの?と言うと固まる時点でもうどうしようもない。
こいつ嘘付けなさすぎでしょ、早くなんとかしないと!
一期の実家は純和風の大きな家で、向かい側にあるのが私の実家。純洋風の家である。
家が小さな道路を挟んだ向かい側同士でしかも対になるような家なのだ。
和風と洋風。兄弟沢山と一人っ子。
一人っ子の私だったけど彼らと子供時代を過ごしたお陰で一人っ子感覚はまるで無いが、賑やかな家に何度も羨望の眼差しを向けていた。
しかしまあ、一期と結婚した事で彼らが義弟となったのだが。
「いただきます」
声をかければ皆もいただきまーすと元気良く挨拶をして料理に手を伸ばした。
みるみる無くなっていく中央の皿にあるからあげ。もっと作れば良かっただろうか…男兄弟を嘗めてかかってた。皆育ち盛りですね。
「こりゃあ美味いな、さすが姉さん」
「高級レストラン勤めの薬研くんに言われてもなあ」
「いやいや、本当に美味いぜ?嫁に欲しいくらいだ、って思ったけどもう一兄の嫁だしなあ。
どうだ?俺にしてみないか?」
「薬研くんまだ高1でしょーせめて結婚できる年齢になってから言いなさいな」
「結婚できる年齢でも許しません!!」
冗談の通じない夫である。
さて、突然ですが此処で彼の弟達を紹介しよう。
粟田口一期 長男 25歳
粟田口鯰尾 次男 19歳
粟田口骨喰 三男 19歳
粟田口薬研 四男 16歳
粟田口厚 五男 16歳
粟田口乱 六男 15歳
粟田口博多 七男 14歳
粟田口秋田 八男 12歳
粟田口五虎退 九男 11歳
粟田口平野 十男 10歳
粟田口前田 十一男10歳
粟田口のゲシュタルト崩壊である。
鯰尾と骨喰が二卵性双生児
薬研と厚が年子の同級生
乱と博多が年子
秋田と五虎退が年子
平野と前田が一卵性双生児
頑張ったんだなあ…何が、とは言いません。
「だから言ったんだよ、お姉ちゃん。本当にいち兄で良いの?って」
「いちにいって顔はこれだけど中身はアレだぞって説得したのに本当に結婚しちまうんだもんな」
食器も片付けてお茶を飲みながら広間で寛いでいると乱くんと厚くんが話しかけてきた。その内容は自分の兄を酷く言うような内容であったが構うことはないらしい。
本人目の前にいるのに良いの?とは思う。
「乱…厚……お前たちはなにを…」
「いち兄は隠してるつもりみたいだったけど、僕達とっくの昔に気付いてたからね!」
鯰尾と骨喰曰く、私と一期が一緒に帰ってこなくなった辺りから知ってたらしい。え、10年ぐらい前じゃない?その時ってあの双子達は9歳でしょ?そんな年齢から一期の女癖の悪さを知っていたの?
よくそんなんで兄を慕っていたね君たち…
「一兄が数日置きに違う女の人と歩いてたから、骨喰と一緒にアレ誰だろう?って言いながら小学校から帰ってきてたんですよー」
ね?兄弟。という鯰尾くんの問いかけに対し骨喰くんは無言で頷いた。
一期は頭を抱えていた。
「私の苦労は一体…」
二股三股の痕跡を家族に隠す努力よりも浮気をしない努力をしろよ。
私の呟きを拾ったらしい秋田くんはお茶のお代わりをそっと注いでくれた。優しさが染みる。
別に向かい側にある自分の実家に帰って寝ても良かったんだけど、面倒だと思うしという事で皆の言葉に甘えて客間を借りることにした。
「なんで一期も?」
一期にはちゃんと自分の部屋あるじゃないか。
「別に構わないだろう。夫婦なのだから」
…夫婦ねえ……まあ確かにそうだけど、自宅の寝室も一つのベッドで寝ているけども。夫婦って言われても首を傾げてしまう程度には夫婦感がない。
「あれから鶴丸殿からの誘いは?」
「いや、とくに無いけど」
「そうか」
なら良かった。と呟いたかと思うとそのまま布団に潜り込んだ。良かったって何が?まあ、いいか。朝食は何を作ろう。朝ごはんもいっぱい食べるのかなあ…
初恋っていうもんは、小学校の高学年頃に済ませた。それは俺達兄弟全員がそうだと思う。平野と前田もそろそろ自覚してくる頃だろう。
兄弟全員が同じ人間を好きになるなんて滅多にないとは思うがそれが有り得たのは環境ゆえだと思う。男兄弟しか居ない俺達の身近な女っていうのは長兄の嫁であり俺たちの幼馴染でもあるあの人だけだ。
俺達に対して分け隔て無く優しく、よく遊んでくれた彼女は長兄の嫁になった。
兄は隠しているつもりだったらしいが、兄弟全員が気付いていた。
「いちにいって本当に女癖悪いよな」
また違う香水の匂いを纏わせながら帰ってきた兄が自分の部屋へと戻るのを確認してから厚が呟いた。
誰もが思っていたけど言わなかった言葉をさらりと言うもんだから、つい厚のことを二度見した。その時まだ6歳ぐらいだった下の弟達はきょとんとした顔で首を傾げる。
「あの人がいるっていうのに、何してるんだか」
鯰尾兄さんは溜息を吐いたと思うとポッキーを三本ぐらい口に突っ込んでた。ポッキーを砕く音を聞きながらふと思い出すのは両親のことだ。
どうやら一兄とあの人に結婚しないのか?とせっついているらしい。
あの人が長兄の嫁になるのは予想出来ていた。なんだかんだ言いながらもあの人は一兄がどんなに女癖悪くてもずっと隣に居たわけだし、脈ナシっていうわけでも無いんだろう。
っていうのを理解していない兄があの人の気を引くために二股三股している事に気付いているのは俺達兄弟だけである。
あの二人に足りないのは言葉だ。言葉が足りない。思ってても言わない俺達は初恋相手が兄とはいえど、取られてしまうのがなんだか悔しいからである。
どう頑張っても自分達は粟田口一期の弟としか見てもらえない。勝ち目なんて鼻から無かった。だから少しぐらいの意地悪は大目に見てもらわねえとなあ。
「薬研くーん」
名前を呼ばれてキッチンのほうへ行けばアイスとスプーンを手渡される。
「はい。昨日の賭けのやつ!」
チョコレート味のダッツである。有り難く受け取って咀嚼しているとわらわらと兄弟達が集まってきた。
「あー!アイス食べてるずるーい!」
「みんなにはこっちー薬研は今回特別なのだよー」
兄弟分のガリガリ君ソーダ味を渡して、本人もどうやらガリガリ君らしい。
「一期の分も買ってあるけど食べる?」
「さっき朝ご飯を食べたというのに…」
「いらない?」
「もらいますけど」
広間で全員でアイスを黙々と食べていると姉さんがアイスを持ち上げて一兄と見比べた。
「何してるんだお前は…」
解けるからさっさと食べなさい。と嫁の頭をぺちんと叩く。
一見夫婦には見えない二人でも仲が良いことは昔から変わっていない。
「一期の髪の色と同じだね」
ガリガリ君ソーダ味、確かに一兄の髪と同じ色である。
「その髪もいっそのことソーダ味してたらなあ…」
「…してたら何する気だったんだ姉さん」
「舐めてたかもしれない」
真剣そのものの顔だった。この人ならやりかねない。
「お姉ちゃんのその食への執着心ってなんなの?
昔はそんな食への拘りとかなかったような気がするけど…」
乱の言い分も確かだ。確か姉さんは食えれば良い!っていう心の持ち主であったはずだ。FFのポーションが売られていた時も、兄弟全員でコレは美味しくないという微妙な顔になった時、姉さんだけは全部飲み干していた。
とりあえず食えれば良い。みたいな人だった。それがいつの間にか美味しいものを求めてフラフラ一人でカフェに行ったりする人になってた。
ガリガリ君を一番遅くに食べ始めた姉さんが一番に食べ終えたらしい。
アイスが無くなったままの棒を口に銜えながら何かを考え始め、一兄に視線を止めた。
「一期と結婚して、専業主婦になったわけですが」
そういやそうだったな。一兄の収入で十分足りるってことで姉さんは専業主婦である。
「一期が浮気相手と夕食食べに行ったりしてて私は家でぼっち飯なわけよ。そして思ったのよ、なんで浮気してる奴が美味しいもの食べてて私は一期が食べなかった夕食の残りを食べて過ごしているんだ、と」
要約するとこうらしい。
夕食作って一兄を待つ、だけど浮気相手の元へ行き食事してきたりで一兄が夕食を食べない。となると余った夕食は次の日の自分のお昼ご飯になったりするらしい。
そしてなんで浮気してるような奴が美味いものを食べてるのに自分は残り物なんだ、と。
それから姉さんは食べられればなんでも良い精神から、美味い物食いたい精神へと様変わりしたらしい。
あの五虎退や秋田でさえ一兄に対して冷たい視線を向けた。
「分かったから…!今度お前が行きたいところに連れて行くから…!」
「え!いいの?」
「その代わり、鶴丸殿から食事に誘われても断ること」
「……」
あ、この顔は「折角美味しいもの食べられるのに何故断らなければいけないんだ」っていう顔だな。不満ありますっていうのを前面に押し出してる。
「休日には絶対に外食に連れていく」
「しかたないなぁ!そこまで言うなら断っておくよ!」
休日の外食で妥協したらしく、満面の笑みで一兄からの提案を呑んだ姉さんは一兄の手を取ったかと思うと、
「絶対だからね!」と約束を取り付けていた。
そして夕食は何作ろうかなーとスマホを取り出して料理アプリを開いた彼女は知らないと思うが、手を握られた一兄が顔を真っ赤にさせて感動に打ち震えていた。
やることやってると思うんだが、どうも長兄の甘酸っぱい青春というやつは終わってはいないらしい。この夫婦にそんなものあったのか。いや、無かったからこそのこの態度なのか。
この数日後、姉さんは一兄の言葉のとおり、鶴丸殿といわれる人とは食事には行かなかったらしいが、俺は見てしまったのだ。
また俺のバイト先に食べにやってきた姉さんが今度は別の美形な兄さんを連れていることに。しかもその美形な兄さん。恐ろしい程に顔が整っていた。いや、自分の兄貴もなかなか良い顔しているとは思うがつい二度見三度見してしまうぐらいの美形。
姉さんのことだから浮気なんてものではないと思うがなかなか親しそうな間柄らしく、穏やかに談笑して料理を頬張っていた。
一兄…あんたの嫁さんが旦那に見せる表情よりもっと良い表情で飯食ってるぜ。一兄はこんな嫁さんの表情なんて見たことが無いんだろうなあ…
我が兄は本当に旦那とは思われていないらしい。哀れに思うと同時に胸がすく。
きっと数日経って兄はまた泣くんだろうなあ。
しかし俺達兄弟から大事な姉さんを奪った挙句、自身の心を伝えられない不器用が故の数々の所業。忘れはしない。
料理長から貰った賄い食にしてはとびきり豪華な料理を口に運んで俺はうっそりと笑った。
ああ、今日も飯が美味い