ご飯があれば大丈夫ですな
粟田口一期という男はおおよそ日本人とはかけ離れている髪の色をしている。しかし地毛である。小さい頃から彼の頭の色は水色だった。何故彼の昔の頃を知っているのかと問われれば、彼の幼馴染として25年。そして、そのうちの2年間を彼の嫁として過ごしているからである。
小さい頃から一緒に居てよく彼を外に連れまわして遊んで、彼の弟達に遊ぼうと連れまわされ、そんな子供時代を過ごした。
中学生に上がってから一期はよくモテた。同い年から先輩、果ては後輩や近くの高校の女子生徒などにとってもモテた。よく彼の隣に居たからか彼女に間違われたりしていろいろと大変なこともあったが、先輩に助けられたりして難を逃れてきた。
そして、一期の女癖が悪くなりだしたのは中学3年頃からだっただろうか。彼女が出来たから、と言われて「ついにあいつにも彼女が…寂しくなるなあ」と思っていられたのも数日。数日後には彼女と別れたと連絡を入れられ、また数日後になると彼女が出来た、と連絡が入る。
もう面倒臭くなって一期と一緒に下校することは辞めた。もういい加減にしろ。
綺麗な顔して、巷では王子様なんて渾名を付けられて、物腰柔らかなその渾名に恥じない王子っぷりだったが女癖が悪い。恐ろしいほどのクズっぷり。
涼しい顔して、ロイヤルとか言われたりして、その裏では平気で二股三股はお手の物。わあ、すっごいクズ!
そしてその彼と何故私が結婚したかというと、成り行きである。
高校の頃に流れで体を重ねてからずるずる続いて23で結婚してた。あれ?
粟田口家の両親と私の両親がさっさと結婚しなさい!とせっついてきて何故か結婚してた。
彼らの弟は兄の性格をよく知っていたため(一期は隠しているつもりだった)
「本当に一兄で良いのか?」「いち兄で良いの?」
何度も彼らに確認された。
まあ、彼のあれは一種の病気のようなものだし、私は特に気にしてはいないわけだ。
俗に言う新婚であろうと彼は浮気はやめなかったし。私はそれを止めることもなかった。
だって学生時代に何度も止めたけど今まで直らなかったわけだし、無理でしょ。
「一期、今日の晩御飯は?」
「出先で食べてくるからいらないよ」
「りょうかーい」
ふむ。今日も朝帰りということで良いらしい。
変な病気を貰ってきたり、間違えて孕ませました!とかそういう事が無ければ好きにするといいさ。私は私で専業主婦生活を優雅に過ごすから。
だって顔良し頭良し、しかも大手企業の重役に身を置いているため高収入。私と同い年であるため25歳という年齢であるけどその大手企業の社長というのが高校時代の先輩らしく、その先輩が会社を立ち上げ見事に大成功。会社に来ないか?と誘われそのまま重役を与えられたという漫画のような展開。
そのお陰で私は専業主婦していられるわけですな。
「んん?」
自分の携帯が短く震えてメールがきたことを伝える。
そのメールアドレスは久しく見ていないもので、高校の先輩からだった。
面倒事に巻き込まれそうになっていると私をよく助けてくれた先輩だ。
久しぶりに会って一緒に食事でもどうだ?とのこと。
ほうほう。私も久しぶりに会いたいし、別に良いか。と思って了承のメールを送信。
これって浮気?いや、よく旦那がしてる事を思えば浮気にもならないわ。
食事に誘われた日はちょうど一期も浮気相手のところへ行くらしくそれに適当に返事をして仕事へ行く彼を見送った。
私は約束の時間になるまでまったり過ごして夕方に家を出た。
「あ、お久しぶりです」
うーん、この人は相変わらず白いなあ。
「おお、久しぶりだなぁ!随分と綺麗になってこりゃあ驚きだ」
「貴方は老けないですね」
確かに顔立ちは大人のソレになってるとは思うけど対して変化がない。ひえー恐ろしい。
「一期と結婚をしたと聞いたのもなかなかに良い驚きだったぞ?」
「あれ?一期と連絡取ってるんですか?」
「ん…?もしかして聞いていないのか?一期と同じ会社で、俺は副社長なんだ」
「え」
「どうだ!驚いたか!!」
「驚きました」
「……君はもうちょっと感情表現を豊かにしたほうが良いと思うぞ」
「そうですか?これでも驚いてるんですけど」
まあ、よく彼の弟…今では私の義弟でもあるけども、に表情筋仕事してないよね。と言われる。
中学と高校の友達にもよく言われたなあ。
「こんな高いお店、良いんですか?」
「俺の奢りだ。気にしなくていいぞ」
「それが気になるんですけど…」
好きなものを食べるといい!と言われながら差し出されたメニュー表。そこには美味しそうなものがずらりと並んでいるけれど、総じて値段が高い。
っていうか私服で来るような場所じゃないよね、ここ。
個室になってるから気にはならないけど、なんだか申し訳なくなってくる。
まあ、なんでも頼むと良いとか言われたら頼みますけど。気にはなるけど、遠慮するとは私言っていないんだな。はっはっは、存分に食わせてもらおう。
「今日は有難う御座いました」
「ああ。また機会があったら誘おう」
「はい」
それに素直に頷けば鶴丸さんは微妙な顔をしてきた。
なんですか?と首を傾げれば私の夫の名前をぽつりと零した。
「君は、一期と結婚をしているんだろう?一度誘った身ではあるが、やはり不味かったかな、と思ってしまったんだ。今日は本当に大丈夫だったのか?」
「別に構いませんよ。一期は今日浮気相手と一発洒落込んでると思いますし」
「……んん?」
「いや、一発ではなく二三発やらかしているかも…?」
「違う、そこを聞き返したわけじゃないぞ俺は」
「そうだったんですか」
「ああそうだとも」
がしっと肩を掴まれたかと思うと、今度はまあるい金色の瞳が私を捉えた。
「一期のアレはまだ治っていないのか?」
「そうですね。結婚してからもずっとですよ」
何度言っても治らないし、ここまできたんだからアレは一種の病気だろう。不治の病って奴だ。不治の病は治らないから不治なのである。だから治す事はあきらめた。
「まあ、変な病気と子供作っちゃってさらに面倒な事にはならないようにしなさいとは言ってるので何も問題はないんですけど」
「…そういうものなのか?」
「そういうもんです」
まだ納得していなさそうな、微妙な顔をした鶴丸さんは漸く私の肩から手を離した。
「あ、家ここです」
一軒家の夫婦二人ではだいぶ広い部屋。掃除もなかなか広くて面倒なのだ。
「お茶でも飲んでいきます?」
「いや、遠慮しておくよ。君もほいほい男を家に招くのは如何なもんかと思うぜ」
「そうですか。ではまた今度どうぞ」
「話聞いていたか?」
聞いてましたとも。
「これは、どういうことかな」
高校の先輩である五条鶴丸さんと食事に行ってから早数日。夫である粟田口一期さんが鬼の形相で詰め寄ってきた。
その手に持っているのは招待状のようなもので、見るからに高級感が溢れている。
それを一期の手からひょいっと取って裏面を確認すれば五条鶴丸と書いてあったので特に警戒することも無く中身を見た。
「おお…これは最近噂の駅前のレストランの…!」
駅前のレストラン、おだて。謎のネーミングセンスだが味は格別、そしてとても高い。しかし美味しいので高くともそこのレストランは客が沢山押し寄せるのだとか。あと店員にイケメンしか居ないらしい。
「なぜ鶴丸殿から招待状が届くんだい?そんな話、一言もされていないけど」
「いつだっけ、火曜日に鶴丸さんが食事に誘ってくれてそれに行ったんだよね」
「はあ?」
「うわ、一期…その顔やめなよ」
折角のイケメンが台無しである。
ぐりぐりと眉間の皺を伸ばすように指で押せば手首を掴まれた。
そしてにこやかな顔で顔を近づけてきたわけだけども、流石美形。迫力が違いますなあ。
「浮気ですかな?」
「食事行くだけじゃ浮気にはカウントされませーん」
意義有り。と唱えればどうぞ、と意義を唱えて良いと頷かれる。
「一期だってその日に浮気相手と一発か二発か三発洒落込んでたと思いまーす」
そう言い返してやればうぐっと言葉を詰まらせた。これは三発は洒落込んだな。
「し、しかし…!」
「別に食事くらい構わないでしょ」
あっちだって善意で誘っているわけだし、断る理由もない。
あと何よりも、タダである。現在噂の超お高いレストランをタダである。これは行くしかあるまい。
「分かった…お前がそういうのならば、こっちにだって考えがある」
「ほうほう」
「明日、鶴丸殿に話して私も一緒に連れて行ってもらえないか聞いてみることにする」
「鶴丸さんに一期の分のレストラン代を出させるというのか…なんて非道なやつだ…」
ついさっきお高いレストランだと話したばかりなのに…鬼畜の所業。
「ちゃんとレストラン代はこちらが持つ。だから一緒に行かせてもらう」
「鶴丸さんが良いって言ったら別に構わないけどさあ、一期ってばそんなに今話題のレストラン行きたかったんだね」
「…そうではないんだが」
まあ、レストラン行ければ私はなんでもいいよ。
「いやーすみませんね、鶴丸さん。一期がいきなり付いて行きたいって言い出して」
「構わんさ。予約の時間が迫ってきてる、早く行こうか」
「ちょっと一期…その親の仇を見るかのような目やめなよ」
私の先輩でもある彼は一期の勤めてる会社の上司だろう。そんな荒んだ目を向けて果たして良いのだろうか。いや特に鶴丸さんは気にしていないから良いんだろうけどさあ…
レストランに入って一番最初に驚いたのは、何故か彼の弟、私の義弟が居たことである。
「あれ?薬研くん」
「ん?姉さんに一兄じゃねえか」
彼はまだ中学3年…いや、今年で高校1年に上がったのか。そんな彼がなんでこのレストランで働いているんだ。私は混乱しつつもその旨を伝えると薬研くんはこちらの混乱を知りもしないで一言で済ませた。
「バイト」
「バイト…?」
「おう。将来、医大に行きたくてな。兄弟も多いし両親にそんな負担掛けさせるのも悪いからな、少しでも貯めようと思って知り合いが始めたっていうレストランのウエイターとしてバイトすることになったんだ」
「なるほど…君は本当にしっかり者だねえ……」
幼い頃から彼ら兄弟とよく遊んでいたが彼は11人兄弟の上から4番目だったはず。年の割にはとても落ち着いていて、下の兄弟をよく纏めていた。
席に案内されて私の向かい側に鶴丸さん、私の右隣に一期が座った。
手渡されたメニュー表を眺めながら二人の会話にも耳を傾ける。
「鶴丸殿、私の妻であることを分かった上で食事に誘ったと?」
「まあ知ってはいたが、こいつは俺の高校の後輩でもあるしなあ…」
「そこです」
「どこだ」
「いつのまに知り合っていたのですか」
「あー、お前の彼女とかいう女5人ぐらいに詰め寄られてたから、そこを俺が颯爽と助けてやったんだ」
会話を聞きながらそういえばそんなことがあったなーと思いつつメニューを決め終える。
いや、しかしこっちの料理も捨てがたい…
こういう時こその一期だよね。
「ねえ一期」
「なんだい」
「これとこれ食べたいから」
「分かったから。私がこっちを頼めばいいんだろう」
「そうそう。よく分かってるじゃん」
「何年一緒に居ると思っているんだ…」
25年ですな!
「なんだ、仲が悪いという気もしないし…
浮気癖のある旦那とその嫁だなんてもっと夫婦仲がぴりぴりしてるもんかと思ったが…」
「そんなの慣れですよ慣れ」
ご注文は、とメニューを取りに来た褐色肌のイケメンお兄さん。この人もなんだか若そうだなぁ。ウエイターにあるまじき無表情だけど。
決めていたものを注文して、少しすると飲み物がテーブルに置かれる。
ちゅるちゅるとカシスソーダを飲んでいると二人の会話はまだ続いているらしい。
っていうかなんでこの二人が会話弾んでるんだ。
「あまり妻に近付かないでください」
「お前も変な奴だなあ一期。二股三股は当たり前で、結婚した今でもそれは変わらない。それなのに妻に近付かないでほしいと」
「それは…」
「ハッキリしろよ。そんなんだからこいつがこうなるんだ」
こうなるって失礼な。っていうかこうってなんだこうって!
「ちょっと鶴丸さん、指差さないでくださいよ」
「いや、しかしなあ…」
じいっと嘗め回すかのように見られて不快故に眉間に皺が寄る。
「君も綺麗な顔をしているというのに、なぜこの浮気魔なんだ」
「ああー…」
ちらりと自分の隣に居る夫を見やれば夫は何やら硬直したり赤面したりと忙しそうである。
ふぅむ…何故っていわれてもなあ……
「特に考えたこと無かったですね、一番近くに居た異性ってのがこの幼馴染だったわけですし」
隣に居ることが当たり前すぎた。それがどんなに女をとっかえひっかえの最低な奴であっても、幼馴染は幼馴染だし、今更見限ることも無いぐらいには一緒に居る。
「分かった…金輪際、他の女性との関係は切る」
ドドン!という某海賊漫画の効果音が見えた気がした。
「一期…そんな出来もしないこと誓わなくて大丈夫だよ…?」
持って数日じゃないのか君。性欲爆発してまた浮気が始まるんじゃないか?
「出来もしないって…!私はあなたのことを思って…」
「いや、別に面倒なことにならなければ浮気でも何でもしていいけど」
「確かに今までの行いは全て私が悪かった。だけど浮気を繰り返してもあなたは私に興味も示さない、あなたは私のことが好きではないのか?」
おい鶴丸さん。面白いことになってきた!ってにやにやしてんの分かってますからね。
あとで覚えてろよ畜生。
「好き?うーん、別にそこまで好きってほどでも…」
「は…?!じゃ、じゃあ何故私と結婚をしたんだ!」
おお、料理運ばれてきた。ふっふっふ、これを食べるために私はここに来たのだ!
運んできてくれた薬研に対してありがとう、と言葉を告げると、さっきの疑問を急かすかのように一期が私の名前を呼んだ。
ちょっと待ってよ、私はご飯にもありつきたいんだよ!!
高級レストランのごはん>>>(超えられない壁)>>>結婚理由
の方程式がもう既に私のなかに出来上がっている!!
まあ、そろそろちゃんと考えてやらないと一期が五月蝿いのでナイフとフォークを両手に持ち、目の前のステーキを切りながら呟いた。
なんで?そりゃあ流れで結婚したもんだけど、まあしいて言うならば…
「顔」
泣き崩れた夫を見て私はどうしたら良いか分からずとりあえず頭を撫でておいた。
目の前の先輩は爆笑して、料理を運んできた彼の弟も爆笑してた。
そして一期の前に置かれた私が食べたかった料理。やっぱり美味しそうである。これを一口貰いたいがために彼にはこれを注文してもらったのだ。
机に突っ伏している彼を横目にそれを一口貰う。うまい!なんだこれ美味いぞ!!
一期も食べなよ、あーん。ってしてやれば机から顔をあげて無言で口を動かした。なんだ、元気じゃんか。
心配して損した気分である。
もう一回あーんしてください!とか言って来たのは無視を決め込んだ。
爆笑する先輩と笑いながら追加の料理を持ってくる弟くん、涙目になりながら料理を口に運ぶ夫。それを全てシャットアウトして私は思うのだ。
ごはんおいしい。
小さい頃から一緒に居てよく彼を外に連れまわして遊んで、彼の弟達に遊ぼうと連れまわされ、そんな子供時代を過ごした。
中学生に上がってから一期はよくモテた。同い年から先輩、果ては後輩や近くの高校の女子生徒などにとってもモテた。よく彼の隣に居たからか彼女に間違われたりしていろいろと大変なこともあったが、先輩に助けられたりして難を逃れてきた。
そして、一期の女癖が悪くなりだしたのは中学3年頃からだっただろうか。彼女が出来たから、と言われて「ついにあいつにも彼女が…寂しくなるなあ」と思っていられたのも数日。数日後には彼女と別れたと連絡を入れられ、また数日後になると彼女が出来た、と連絡が入る。
もう面倒臭くなって一期と一緒に下校することは辞めた。もういい加減にしろ。
綺麗な顔して、巷では王子様なんて渾名を付けられて、物腰柔らかなその渾名に恥じない王子っぷりだったが女癖が悪い。恐ろしいほどのクズっぷり。
涼しい顔して、ロイヤルとか言われたりして、その裏では平気で二股三股はお手の物。わあ、すっごいクズ!
そしてその彼と何故私が結婚したかというと、成り行きである。
高校の頃に流れで体を重ねてからずるずる続いて23で結婚してた。あれ?
粟田口家の両親と私の両親がさっさと結婚しなさい!とせっついてきて何故か結婚してた。
彼らの弟は兄の性格をよく知っていたため(一期は隠しているつもりだった)
「本当に一兄で良いのか?」「いち兄で良いの?」
何度も彼らに確認された。
まあ、彼のあれは一種の病気のようなものだし、私は特に気にしてはいないわけだ。
俗に言う新婚であろうと彼は浮気はやめなかったし。私はそれを止めることもなかった。
だって学生時代に何度も止めたけど今まで直らなかったわけだし、無理でしょ。
「一期、今日の晩御飯は?」
「出先で食べてくるからいらないよ」
「りょうかーい」
ふむ。今日も朝帰りということで良いらしい。
変な病気を貰ってきたり、間違えて孕ませました!とかそういう事が無ければ好きにするといいさ。私は私で専業主婦生活を優雅に過ごすから。
だって顔良し頭良し、しかも大手企業の重役に身を置いているため高収入。私と同い年であるため25歳という年齢であるけどその大手企業の社長というのが高校時代の先輩らしく、その先輩が会社を立ち上げ見事に大成功。会社に来ないか?と誘われそのまま重役を与えられたという漫画のような展開。
そのお陰で私は専業主婦していられるわけですな。
「んん?」
自分の携帯が短く震えてメールがきたことを伝える。
そのメールアドレスは久しく見ていないもので、高校の先輩からだった。
面倒事に巻き込まれそうになっていると私をよく助けてくれた先輩だ。
久しぶりに会って一緒に食事でもどうだ?とのこと。
ほうほう。私も久しぶりに会いたいし、別に良いか。と思って了承のメールを送信。
これって浮気?いや、よく旦那がしてる事を思えば浮気にもならないわ。
食事に誘われた日はちょうど一期も浮気相手のところへ行くらしくそれに適当に返事をして仕事へ行く彼を見送った。
私は約束の時間になるまでまったり過ごして夕方に家を出た。
「あ、お久しぶりです」
うーん、この人は相変わらず白いなあ。
「おお、久しぶりだなぁ!随分と綺麗になってこりゃあ驚きだ」
「貴方は老けないですね」
確かに顔立ちは大人のソレになってるとは思うけど対して変化がない。ひえー恐ろしい。
「一期と結婚をしたと聞いたのもなかなかに良い驚きだったぞ?」
「あれ?一期と連絡取ってるんですか?」
「ん…?もしかして聞いていないのか?一期と同じ会社で、俺は副社長なんだ」
「え」
「どうだ!驚いたか!!」
「驚きました」
「……君はもうちょっと感情表現を豊かにしたほうが良いと思うぞ」
「そうですか?これでも驚いてるんですけど」
まあ、よく彼の弟…今では私の義弟でもあるけども、に表情筋仕事してないよね。と言われる。
中学と高校の友達にもよく言われたなあ。
「こんな高いお店、良いんですか?」
「俺の奢りだ。気にしなくていいぞ」
「それが気になるんですけど…」
好きなものを食べるといい!と言われながら差し出されたメニュー表。そこには美味しそうなものがずらりと並んでいるけれど、総じて値段が高い。
っていうか私服で来るような場所じゃないよね、ここ。
個室になってるから気にはならないけど、なんだか申し訳なくなってくる。
まあ、なんでも頼むと良いとか言われたら頼みますけど。気にはなるけど、遠慮するとは私言っていないんだな。はっはっは、存分に食わせてもらおう。
「今日は有難う御座いました」
「ああ。また機会があったら誘おう」
「はい」
それに素直に頷けば鶴丸さんは微妙な顔をしてきた。
なんですか?と首を傾げれば私の夫の名前をぽつりと零した。
「君は、一期と結婚をしているんだろう?一度誘った身ではあるが、やはり不味かったかな、と思ってしまったんだ。今日は本当に大丈夫だったのか?」
「別に構いませんよ。一期は今日浮気相手と一発洒落込んでると思いますし」
「……んん?」
「いや、一発ではなく二三発やらかしているかも…?」
「違う、そこを聞き返したわけじゃないぞ俺は」
「そうだったんですか」
「ああそうだとも」
がしっと肩を掴まれたかと思うと、今度はまあるい金色の瞳が私を捉えた。
「一期のアレはまだ治っていないのか?」
「そうですね。結婚してからもずっとですよ」
何度言っても治らないし、ここまできたんだからアレは一種の病気だろう。不治の病って奴だ。不治の病は治らないから不治なのである。だから治す事はあきらめた。
「まあ、変な病気と子供作っちゃってさらに面倒な事にはならないようにしなさいとは言ってるので何も問題はないんですけど」
「…そういうものなのか?」
「そういうもんです」
まだ納得していなさそうな、微妙な顔をした鶴丸さんは漸く私の肩から手を離した。
「あ、家ここです」
一軒家の夫婦二人ではだいぶ広い部屋。掃除もなかなか広くて面倒なのだ。
「お茶でも飲んでいきます?」
「いや、遠慮しておくよ。君もほいほい男を家に招くのは如何なもんかと思うぜ」
「そうですか。ではまた今度どうぞ」
「話聞いていたか?」
聞いてましたとも。
「これは、どういうことかな」
高校の先輩である五条鶴丸さんと食事に行ってから早数日。夫である粟田口一期さんが鬼の形相で詰め寄ってきた。
その手に持っているのは招待状のようなもので、見るからに高級感が溢れている。
それを一期の手からひょいっと取って裏面を確認すれば五条鶴丸と書いてあったので特に警戒することも無く中身を見た。
「おお…これは最近噂の駅前のレストランの…!」
駅前のレストラン、おだて。謎のネーミングセンスだが味は格別、そしてとても高い。しかし美味しいので高くともそこのレストランは客が沢山押し寄せるのだとか。あと店員にイケメンしか居ないらしい。
「なぜ鶴丸殿から招待状が届くんだい?そんな話、一言もされていないけど」
「いつだっけ、火曜日に鶴丸さんが食事に誘ってくれてそれに行ったんだよね」
「はあ?」
「うわ、一期…その顔やめなよ」
折角のイケメンが台無しである。
ぐりぐりと眉間の皺を伸ばすように指で押せば手首を掴まれた。
そしてにこやかな顔で顔を近づけてきたわけだけども、流石美形。迫力が違いますなあ。
「浮気ですかな?」
「食事行くだけじゃ浮気にはカウントされませーん」
意義有り。と唱えればどうぞ、と意義を唱えて良いと頷かれる。
「一期だってその日に浮気相手と一発か二発か三発洒落込んでたと思いまーす」
そう言い返してやればうぐっと言葉を詰まらせた。これは三発は洒落込んだな。
「し、しかし…!」
「別に食事くらい構わないでしょ」
あっちだって善意で誘っているわけだし、断る理由もない。
あと何よりも、タダである。現在噂の超お高いレストランをタダである。これは行くしかあるまい。
「分かった…お前がそういうのならば、こっちにだって考えがある」
「ほうほう」
「明日、鶴丸殿に話して私も一緒に連れて行ってもらえないか聞いてみることにする」
「鶴丸さんに一期の分のレストラン代を出させるというのか…なんて非道なやつだ…」
ついさっきお高いレストランだと話したばかりなのに…鬼畜の所業。
「ちゃんとレストラン代はこちらが持つ。だから一緒に行かせてもらう」
「鶴丸さんが良いって言ったら別に構わないけどさあ、一期ってばそんなに今話題のレストラン行きたかったんだね」
「…そうではないんだが」
まあ、レストラン行ければ私はなんでもいいよ。
「いやーすみませんね、鶴丸さん。一期がいきなり付いて行きたいって言い出して」
「構わんさ。予約の時間が迫ってきてる、早く行こうか」
「ちょっと一期…その親の仇を見るかのような目やめなよ」
私の先輩でもある彼は一期の勤めてる会社の上司だろう。そんな荒んだ目を向けて果たして良いのだろうか。いや特に鶴丸さんは気にしていないから良いんだろうけどさあ…
レストランに入って一番最初に驚いたのは、何故か彼の弟、私の義弟が居たことである。
「あれ?薬研くん」
「ん?姉さんに一兄じゃねえか」
彼はまだ中学3年…いや、今年で高校1年に上がったのか。そんな彼がなんでこのレストランで働いているんだ。私は混乱しつつもその旨を伝えると薬研くんはこちらの混乱を知りもしないで一言で済ませた。
「バイト」
「バイト…?」
「おう。将来、医大に行きたくてな。兄弟も多いし両親にそんな負担掛けさせるのも悪いからな、少しでも貯めようと思って知り合いが始めたっていうレストランのウエイターとしてバイトすることになったんだ」
「なるほど…君は本当にしっかり者だねえ……」
幼い頃から彼ら兄弟とよく遊んでいたが彼は11人兄弟の上から4番目だったはず。年の割にはとても落ち着いていて、下の兄弟をよく纏めていた。
席に案内されて私の向かい側に鶴丸さん、私の右隣に一期が座った。
手渡されたメニュー表を眺めながら二人の会話にも耳を傾ける。
「鶴丸殿、私の妻であることを分かった上で食事に誘ったと?」
「まあ知ってはいたが、こいつは俺の高校の後輩でもあるしなあ…」
「そこです」
「どこだ」
「いつのまに知り合っていたのですか」
「あー、お前の彼女とかいう女5人ぐらいに詰め寄られてたから、そこを俺が颯爽と助けてやったんだ」
会話を聞きながらそういえばそんなことがあったなーと思いつつメニューを決め終える。
いや、しかしこっちの料理も捨てがたい…
こういう時こその一期だよね。
「ねえ一期」
「なんだい」
「これとこれ食べたいから」
「分かったから。私がこっちを頼めばいいんだろう」
「そうそう。よく分かってるじゃん」
「何年一緒に居ると思っているんだ…」
25年ですな!
「なんだ、仲が悪いという気もしないし…
浮気癖のある旦那とその嫁だなんてもっと夫婦仲がぴりぴりしてるもんかと思ったが…」
「そんなの慣れですよ慣れ」
ご注文は、とメニューを取りに来た褐色肌のイケメンお兄さん。この人もなんだか若そうだなぁ。ウエイターにあるまじき無表情だけど。
決めていたものを注文して、少しすると飲み物がテーブルに置かれる。
ちゅるちゅるとカシスソーダを飲んでいると二人の会話はまだ続いているらしい。
っていうかなんでこの二人が会話弾んでるんだ。
「あまり妻に近付かないでください」
「お前も変な奴だなあ一期。二股三股は当たり前で、結婚した今でもそれは変わらない。それなのに妻に近付かないでほしいと」
「それは…」
「ハッキリしろよ。そんなんだからこいつがこうなるんだ」
こうなるって失礼な。っていうかこうってなんだこうって!
「ちょっと鶴丸さん、指差さないでくださいよ」
「いや、しかしなあ…」
じいっと嘗め回すかのように見られて不快故に眉間に皺が寄る。
「君も綺麗な顔をしているというのに、なぜこの浮気魔なんだ」
「ああー…」
ちらりと自分の隣に居る夫を見やれば夫は何やら硬直したり赤面したりと忙しそうである。
ふぅむ…何故っていわれてもなあ……
「特に考えたこと無かったですね、一番近くに居た異性ってのがこの幼馴染だったわけですし」
隣に居ることが当たり前すぎた。それがどんなに女をとっかえひっかえの最低な奴であっても、幼馴染は幼馴染だし、今更見限ることも無いぐらいには一緒に居る。
「分かった…金輪際、他の女性との関係は切る」
ドドン!という某海賊漫画の効果音が見えた気がした。
「一期…そんな出来もしないこと誓わなくて大丈夫だよ…?」
持って数日じゃないのか君。性欲爆発してまた浮気が始まるんじゃないか?
「出来もしないって…!私はあなたのことを思って…」
「いや、別に面倒なことにならなければ浮気でも何でもしていいけど」
「確かに今までの行いは全て私が悪かった。だけど浮気を繰り返してもあなたは私に興味も示さない、あなたは私のことが好きではないのか?」
おい鶴丸さん。面白いことになってきた!ってにやにやしてんの分かってますからね。
あとで覚えてろよ畜生。
「好き?うーん、別にそこまで好きってほどでも…」
「は…?!じゃ、じゃあ何故私と結婚をしたんだ!」
おお、料理運ばれてきた。ふっふっふ、これを食べるために私はここに来たのだ!
運んできてくれた薬研に対してありがとう、と言葉を告げると、さっきの疑問を急かすかのように一期が私の名前を呼んだ。
ちょっと待ってよ、私はご飯にもありつきたいんだよ!!
高級レストランのごはん>>>(超えられない壁)>>>結婚理由
の方程式がもう既に私のなかに出来上がっている!!
まあ、そろそろちゃんと考えてやらないと一期が五月蝿いのでナイフとフォークを両手に持ち、目の前のステーキを切りながら呟いた。
なんで?そりゃあ流れで結婚したもんだけど、まあしいて言うならば…
「顔」
泣き崩れた夫を見て私はどうしたら良いか分からずとりあえず頭を撫でておいた。
目の前の先輩は爆笑して、料理を運んできた彼の弟も爆笑してた。
そして一期の前に置かれた私が食べたかった料理。やっぱり美味しそうである。これを一口貰いたいがために彼にはこれを注文してもらったのだ。
机に突っ伏している彼を横目にそれを一口貰う。うまい!なんだこれ美味いぞ!!
一期も食べなよ、あーん。ってしてやれば机から顔をあげて無言で口を動かした。なんだ、元気じゃんか。
心配して損した気分である。
もう一回あーんしてください!とか言って来たのは無視を決め込んだ。
爆笑する先輩と笑いながら追加の料理を持ってくる弟くん、涙目になりながら料理を口に運ぶ夫。それを全てシャットアウトして私は思うのだ。
ごはんおいしい。
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