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その3

「この神気は……」
「どうかしたのですか、燭台切殿」
「なにか…あった?」
小夜と共に縁側で柿を食べていた時、近くを通った燭台切殿が鍛刀場のほうを振り向いた。
それに気付いて声をかけたけれど、なるほど…
「これは、大倶利伽羅殿ですか」
確かに感じたのは覚えのある神気。前任が居た頃に鍛刀されたものの、反抗心が強くそれを目障りと思った前任に折られてしまった。それを間近で見ていた燭台切殿の塞がらぬ傷となっているのでしょう。
「鍛刀されたんだね…」
そう呟く燭台切殿の顔は複雑そうな顔だった。

「小夜くーん、一緒にあそびましょー!」
「…うん」
ちらりと僕を見た小夜に対して頷けば小夜は今剣殿たちが居るほうへと駆け出していく。
あの姿を見られるようになって、ふた月ほど。あの男が居た時では考えられなかった光景。淀んでいた空気や泥沼の状態であった池。今ではもう見る影もなく、澄みきった息のし易い空気と池の底までが綺麗に見える池。
これが本来あるべき姿だというのに、地獄のような場に慣れきった身体では違和感が拭いきれなかった。そしてやっと違和感が無くなった頃に次に気になったことはといえば、あの審神者は今どうしているのだろう、という疑問。
僕達を癒してくれた恩人は罵詈罵倒を浴びせられる中、離れへと押し込まれた。

「今更だけど、彼女を離れに追いやったことを後悔しているんだ」
「それは…」
きっと、この本丸に居る全員が思っていること、
率先して決めた和泉守殿や同田貫殿、一期一振殿、三日月殿などが挙げられるけれど、その誰もが少なからず後悔をしていた。
本丸へと必要な時にだけ立ち入る事になった彼女と時々すれ違うようになった。
新しく増えたと思われるへし切長谷部と初期刀である歌仙兼定を連れた彼女は自分達を視界にいれることはない。
少し話しかけようと動いた薬研殿や燭台切殿は彼女の刀剣である二人が睨みを効かせて追い払われる。
「彼女はたしかに審神者だけれど、あの前任のような横暴な態度をすることが無かったことぐらい、最初の手入れの時でよく分かっていたのですが…」
植え付けられた前任…審神者への恐怖心で直ぐに信じることなんて出来なかった。

「…あとで、大倶利伽羅に会ってみようと思う」
「……そうですか」
「ああ。それにいつまでもこんなに格好悪いんじゃ笑われちゃうからね」
どこかすっきりとした様子の燭台切殿に少なからず羨望が浮かぶ。
僕と小夜の兄上は未だに本丸へはやってはこない。
それに、本丸にやってきたとしても、兄上はあの審神者の刀剣となる。あの離れからはなかなか現れないだろうし、話す機会もあるかは分からない。
同じ立場である燭台切殿はそれにも関わらず会いに行くと言った。
会えたとしても、自分の主である彼女に酷い仕打ちをした相手である僕達にどういう態度を取るか…それが恐ろしい。

「僕は……」
審神者の元へと行ってまで、兄上に会おうと思うだろうか。

 
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